1週間後に体育祭を控えた月曜日の朝。
伊東翔・大橋洋介・柴崎彰夫の3人組が、染谷彰輝・岡野和樹と話していた。
「とうとう来週は体育祭か…。伊東はさ、運動嫌いなの?」
「まあ苦手じゃないけどさ。好きじゃないね。」
「ソメ。話変わるんだけどさ、なんでお前、理科の成績良くないのに生物部なんだ?」岡野が疑問をぶつける。
「内緒だ。」
「ああそうか。でもさ、お前、ひょっとして飯塚先生のこと、好きなのか?」
「残念だが、お前の推測は大外れ。生物部の人間がこんなこと言うのもあれだが、あんまり好きじゃないね。」
「へーそうなの。じゃあなんで生物部入ったんだよ。」
「安西先生から勧められたからだよ。岡野。逆に聞くけどさ、お前こそ、運動神経がよくないのに、なんでテニス部に入ったんだ?」
「テニスが好きだったからな…。あくまで趣味の範囲だよ。」
そんな中、若林文也が登校してくる。
「おはよう。」
「おはよう若林」すかさず伊東が挨拶する。
「おはよう伊東」
「ああバヤシ。希実さんがさ、お前に感謝してたぞ。」
「の…岩田さんが?」俺はつい声を上げてしまった。
「ああ。すごく優しくしてくれたって。お前、俺たちの憧れと一緒に居た気分はどうだったか?」そう岡野が言う。
「別に…どうも思わなかったけど。」
すると、染谷が続ける。
「そうか。だけどさ、別に好きって気持ちは、隠さなくてもいいんだぜ。俺もさ、3年特進クラスの平山先輩のこと、小学校のころから憧れてたし。」
岡野「平山先輩?」
染谷「ああ。平山楓織先輩。」
「あと、俺が小学校の頃からお世話になった木下先輩も。
木下先輩は中学校の頃剣道部だったんだけどさ、俺の親友で剣道部だった千葉って奴も、木下先輩に憧れてたよ。」
「マジか。平山先輩はキックボクシングが趣味で家にスタンド式サンドバッグあるらしいし、3特の女子って武闘派揃いじゃん。(一度、平山先輩に脳みそがぐちゃぐちゃになるまで殴られたいわ…。)」
柴崎「平山って先輩のこと好きなのか?でもお前、体育祭の時にうちの中学校の頃からの先輩の石川パイセンに告っただろ。」
「恋愛対象だとは考えてないし。あと、石川先輩は…まあ…高嶺の花って感じするから…。(まあ俺みたいなやつはどうせフラれるだろうし)」
「ああ、もう先生来るぞ。」そう伊東が言い、散会となる。
授業中も、希実さんに感謝されたということが頭から離れない。ああ、これが恋っていうものなんだろう。
◇
その日の夜も、俺は伊東とLINEをしていた。
<なあ伊東。急な話で悪いんだが、お前は好きな子がすぐ近くに居たら、どうするよ。>
<俺か?俺は平然と過ごすね。仮にも俺は優等生キャラで通ってるからさ。>
<ありがとう伊東>
(俺も同じだよ…。俺は伊東みたいなイケメンキャラじゃないけどさ、やっぱり好きな子の前だと平常心ではいられないよな…)
「あーあ、アニメでも見て寝よう」そう言って若林はテレビを付けた。
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翌日も授業が手につかない。板書するのが精いっぱいだ。伊東たちと話す中でも、そんなに乗り気ではなかった。
伊東たち3人組が、体育祭の競技の話をしていた。
「なあ翔。今更なんだが、なんでダンス受けるんだ?」
「踊るのは結構好きだからな。」
「マジか。お前にそんなところがあったとはな。」
「洋介。お前知ってるだろ」
「バレたか。」
そんな中、大橋が柴崎に声をかけた。
「柴崎。体育祭嫌か?でも、もう少しの辛抱だ。」
「別に体育祭嫌いじゃないけどさ…。」
「どうした?若林も体育祭嫌いなのか?」
「別に嫌いではない。」
「じゃあなんで浮かない顔してんだ?」彰夫まで茶々を入れてくる。
「別に浮かない顔なんかしてねえよ」俺はそう言った。
「そうか」「俺らの気のせいか」洋介も彰夫も引いた。
だけど、授業が身に入らず、結局は安本綾さんにノートを見せてもらうことになった。
「若林くん、最近ノート見せてもらわなくなったけど、久しぶりだね」
「まあ、ちょっとね…最近疲れてるから…」
「そう。元気が一番だよ。」
「ありがとう。」
◇
その日の夕方。柴崎彰夫はいつものように、市バスに揺られ家に帰った。夕食の時以外は、ほぼほぼ眠っている。
「やっぱり学校帰りは疲れるな…。休みまであと3日もあるのにな…。眠いな…」
そして柴崎は、ふとあることを思いついた。
「そうだ、美並お姉さんとLINEしよう…」
元山美並、25歳。彰夫にとって美並は遠縁にあたり、「ミナちゃん」と呼んでいた。現在は東京在住だが、高校時代までこの町に住んでおり、彰夫は子供のころから美並に優しくされたり、勉強を教えてもらっていたりしていた。
(まあ、美並さんと一緒に居るところを同級生に見られて、からかわれたことがあるけどな…。確かに美並さんはちょっと気の強そうな感じだけど美人だし、男に好かれるのは分かる。だけどな、別に恋愛対象じゃねえよ…。あくまで優しいお姉さんだよ…。)
<ねえ美並さん。ちょっと最近疲れてるから、美並さんと話したい。>
何分か経って、返信が来た。
<美並さんって…急に改まっちゃって…。昔みたいにミナちゃんでいいのに。>
<別にそんなつもりはないんだけどね…でも、やり取りできるだけでうれしい。
そっちでの生活はどう?>
<まあまあかな。休みに東京来たらうちに寄る?ほら、アキって昔から本好きだしさ。勤務先にも結構お勧めの本がある。今度その本ちょっと紹介するから。>
<こっちでも図書委員だよ、オレは。>
学校ではミステリアスな男子で通っていて、怖い話や未解決事件の話が好きで「ホラーにも耐性がある」というイメージの彰夫だが、昔からの知り合いの親戚と話していると「可愛い男の子」に戻ってしまうのであった。
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「明日は体育祭か…」そう思い、憂鬱と楽しみが混ざった感情の俺。それらの気分、そして希実さんへの恋愛感情を抑えつつ、俺は1週間過ごしてきた。
この一週間、俺はごく普通に授業に取り組み、ごく普通に伊東大橋柴崎、時には染谷と岡野、隣のクラスの大森と話し、平静を装ってきたつもりだった。
そんな中、大橋が俺に声をかけてきた。
「若林」
「どうした?大橋?」
「お前、いっとき隣の席だった希実のこと好きなんだろ?」
図星だった。だから俺は驚き、慌てて否定した。
「お前…何言ってんだよ…」
「なあ若林。別に好きなら好きでいいじゃねえかよ。何否定してんだよ。誰もお前のこと責めないからよ」
その言葉を聞き、俺はとうとう、希実さんへの恋愛感情を話すことに決めた。
「ああ…。どこで…気付いた…?」まるでサスペンスドラマの犯人のような気分だ。
「お前、前に希実と席が隣同士だっただろ。よく俺が教科書をロッカーに取りに行くときにお前の席が見えたんだけどさ、お前の目がニヤついてたんだよ。」
「俺は隠しきれてると思ってたんだけどなぁ…。」
「別にさ、隠さなくていいんだぜ。俺だって、紺野さんに憧れてるし。」
「…なんか、ありがとう大橋。最初の頃は、俺みたいなやつは、希実さんと付き合うどころか関わる資格すらないと思ってたからさ…。」
「いやいや何もそこまで自分を卑下する必要ねーだろ。」僕の言葉を聞いて、大橋はそうフォローしてくれた。
「だって希実さんと僕は釣り合わないからさ…」
「自分の気持ちに正直になれよ、若林。」
「…………ありがとう大橋。」
◇
その日の夜、俺は意を決して、希実さんのLINEにメッセージを送ることにした。
<希実さん。この間のことで、僕に感謝してくれてたんだ。嬉しいよ。>
数分経って、すかさず返信が来た。
<もしかして若林くん、私だからこそ嬉しいの?>
正直図星だったが…希実さんには「誰にでも分け隔てなく接する優しい男」だと思われたいから、慌てて否定した。
<いや、そんなことないよ。>
<そうなんだ。君は優しいね。>
<ありがとう。>
<じゃ、希実さん。一緒に頑張りましょう!>
<わかったわ。>
こんなことになるとは、入学当時は思っていなかった。あの頃は、あくまで「遠くから見守るしかできない」程度に思っていたが、付き合えるとは、まったく思っていなかった。驚いたし、嬉しい。複雑な感情という奴だ…。