俺は上野中央署の署長室に来ていた。貫禄ある容貌の白髪が少し混じった角刈りの男性―署長の岩中大介さんがいる。「鬼のガンさん」と呼ばれる強面だが、人情味のある刑事だったらしい。
なんで俺が署長室にいるか。問題を起こして呼び出された……というわけではない。わけあって、有給休暇を使うためだ。
「休暇か。何かあったのか?」
「ちょっと実家のある、金沢のあたりに…」
「お前の実家、金沢か。今大変だろうから、陣中見舞いにでも行くのか。だがくれぐれも、地震には気を付けろよ。」
「解ってますよ。」
「まあ、気を付けて行って来いよ。」
署長室から出てくると、豊原さんが待ち伏せていた。
「今江くん?金沢に何しに行くの?」
瀬戸の野郎、豊原さんに喋りやがったのか…。
「ちょっと実家に…」
「実家?あんたの実家東京でしょうよ。」
しまった。前に親のこと話したことがあったんだった。
「あれ?そんなこと言いましたっけ…?」そう返したが、それが通用するわけもなく「何しに行くのよ。話しなさいよ。」と問い詰められた。
仕方なく、俺は本当のことを話した。
「……幼馴染から、助けを求める手紙が来たんです。」
遡ること二週間前、俺のマンションに手紙が届いた。「丘村志織」…聞きなれない名前だが…?ん?志織…幼馴染に佐伯志織というのがいたな。中学1年の頃に合唱練習で遅くなった時、一緒に家まで歩いて帰った。だが2年生の時、父親の仕事の都合で転勤していった…。
〈若林くん、警察官になったんだ。立派になったね。
前置きはこれぐらいにしますが、そんな若林警官に、助けてほしいことがあるんです。石川県の金沢市にある大森山に来てください。〉
「助けを求める手紙…ねぇ。それはまた、ずいぶんと物騒な手紙じゃないの。」有子の口角がわずかに上がる。
「だから、個人的な要件ですから」俺は必死に抵抗する。
「個人的な要件で、わざわざ休暇まで取って金沢に?いいわ。で、空港にはいつ行くの?」
「まさか…豊原さんも…」
「当たり前でしょう?あんた一人で何かやらかしたら、後始末するのは私なんだから。それに、私も有休、溜まってるから。」
そう言った豊原の表情は、事件を嗅ぎつけた猟犬のようであり、厄介な弟の面倒を見る姉のようでもあった。
「明日の朝一で空港に行こうと思ってます…。」
そして、搭乗時刻よりも早めに空港に到着すると、チェックインカウンターの前でスタジャン姿の豊原さんが待っていた。当然のように、手には小さなキャリーケースを掲げている。
「早かったわね。今江くん。早くするわよ」
「豊原さん…。」
豊原さん、かっこいい…。そう思ったが、俺は平静を装う。
「金沢で何が待ってるか、この目で確かめに行くわよ。」
飛行機が小松飛行場に到着した。臨戦モードであるし、おそらく豊原さんもそうであろう。赤のスタジャン、攻撃的な心境を表した服そのものだ。
山のふもとにある集落だが、一応バスは通っているようだ。
「あ、すいません。ちょっと…」俺はそう言い、バスに乗った。
俺は「丘村」という表札を探し、ようやく見つけた。
「あの…すいません…」
「ああ、あなたがお客さんですか。丘村家当主・丘村建夫です。」
「ふざけんな!俺はお前らの手伝いするために、幸大建設を辞めたんだ!それもこれも、俺の人脈を利用するためだったんだろう!」
「幸大建設って…」
「かつて民自党の大物議員と癒着が噂されている、黒い噂の絶えない会社よ…」
「そうなんですか。」
「
庄司隆樹って覚えてる?」
「誰ですか、その人」
「やっぱり知らないわよね…。庄司は、元民自党幹事長の族議員と大学の同級生だった。それがきっかけで、庄司は政界とパイプを作ったのよ。」
「犯人は奥村さん、あなたですね。」そう言われたのは
「ちょっと、何を言ってるんです?」
「あなたにとって、彼が邪魔だった。だから殺した」
「いい加減にしてくださいよ。どこに証拠があるって…」
「25年前の事件も、やはり。」
「何を言ってんですか。あれは北朝鮮による拉致だって、何回言えばわかるんですか」
「証拠はそろっています。」
「あーあ…」そう言いつつ、奥村は崩れ落ちた。
「あんたらさえ居なけりゃあよぉ…上手くいってたんだよ…」
「奥村さん。少なくとも、あなたには倉柳さん殺しの罰が待っています。情状の余地のない、重い罰が…。」