午前6時30分。目覚ましが鳴った。いつもはなんてことない目覚ましが、今日はとてもおっくうに感じる。
「ああ、今日が来たな…」
今日、うちの高校の体育祭がある日だ。やっぱりコロナの影響もあるのか。体育祭は半日になるらしい。開催されるのは、やはり例の市のドーム。うちの学校は一応グラウンドはあるが体育祭ができるようなところではないし、なんならグラウンドで部活してる人、見たことないよ。
ああ、俺が参加する競技?それはダンス、伊東と同じ競技だ。伊東たちと練習してきた甲斐があったよ。チャーリー・XCXの「Beg for You」という曲で踊る。
家を出て、ドームまで自転車で駆け抜けていく。ジャージ上下に、ライダージャケットのようにジャンパーを羽織って。
「盗んだチャリで走り出す〜行き先も〜わからぬまま〜自由になれた気がした〜15の夜〜」自転車に乗りながら歌う。もちろんチャリは盗んでいない。尾崎豊「15の夜」だ。この曲は染谷が中学時代、思い悩んだ時によく聞いていたそうだ。染谷と仲のいい伊東や加藤紗香が言っていた。
◇
観客席。俺の隣に座っているのは西城悟美さん。野球が好きな彼女は、ソフトボール部に所属しているらしい。ちなみに、聞いた話によるとソフトボール部の新入部員は西城さんを含めて2人だけ。もう一人は2組の青田高光というやつだ。隣で見ると、やっぱり肩強そうだな…とか思ったりもする。
一方、同じく野球が好きな染谷彰輝はというと、早々に居眠りをしている。染谷と仲のいい岡野和樹もやはり、少し眠たそうにしている。伊東翔・大橋洋介はひそひそ話をしている。柴崎彰夫は、尊師マーチを鼻歌で歌っている。柴崎は怖い話や未解決事件の話が大好きであり、なおかつミーハーな性格でもある。
居眠りをしている岡野に、後ろから眼鏡を掛けた男の影が。2年1組の中山一平である。中山は岡野のテニス部の先輩であり、公私ともに親交がある。
「なんだ岡野、居眠りか?」
「あっ…ん…」
驚き声を出す岡野だったが、居眠りをしていることを周囲に気づかれるのを恐れ、口を塞ぐ。
「中山先輩…どうしたんすか?」
「アニメの夢でも見てたのか?」
「あ…いや…そういうわけじゃないですけど…昨日の夜、明日は体育祭だってウキウキで…夜眠れなくて…」
「本末転倒だな。うちのクラスの阿久津真も同じようなこと言ってた」笑いながら言う一平。
「え?あのカッコ良くてセーターが似合う、あの?」
「その。」
「みんな、考えることは同じなんですねぇ…」
一同の緩み切った空気の中、担任の安西真奈美が来た。
「みんな〜、これから全校の大縄跳びだよ〜。早く準備してね〜」
ざわつく一同。大縄跳びはグループのメンバー全員が息を合わせて跳び続けねばならず、リレーのように個々人の能力に頼り切るわけでも、また綱引きほど勢いに任せて臨めるほど安直でもない。
男子グループAはある程度飛んでいたが、誰かがつまづいてしまう。結局は2回目の31回が最多であり、それで報告することとなった。
1部から2部まで、30分の休憩をはさむ。俺は暇を持て余し、3年特進クラスの方に行った。目的はもちろん、木下彬世先輩と話すことだ。
「あ、木下パイセン。どうも」
「若林おはよ。体育祭、楽しんでる?」
「ぼちぼちですよ。先輩はどうなんすか?」
「まあね。私は体を動かすことってそこそこ好きだからさ」
「木下先輩、剣道部でしたよね。かっこよくて好きでした。木下先輩と山上和音さん、どっちも違う魅力がありますよね。」
「やめろ、恥ずかしい」
「あ、すいません…」
「分かればよろしい。」
「え?平山先輩は?」
「楓織?たぶん、染谷のところに行ってる」
一方そのころ、平山楓織はやはり、染谷彰輝のもとに行っていた。
「そ・め・や・くん!寝てたの〜?」
「あ…平山先輩…」
「疲れたのか?」
「え、まあ…そりゃ疲れますよ…」
「楓織は眼鏡の優しそうな女の子だと思うだろ?オフの日にはサンドバッグ叩いてるから、キレたら怖いぞ?」横にいた上原直樹が茶化す。
染谷は「昔から知ってる仲だからもちろん知ってますよ。」と返答する。上原も「まあ、そりゃそうだな」と同意。
「じゃ、俺、帰りますわ…」そう言って退散する染谷。
一方、伊東はスリープ状態のスマホを起動させる。開いたのは、以前コロナに罹患した時に癒してもらったシアという金髪ツインテールのキャラクターだ。
(やっぱり…シア様はかっこよくて、可愛いなぁ…。シア様といい、木本先輩といい、オレ、やっぱりカッコ良い美人が好きなんだな…。)
◇
一方そのころ、大橋と柴崎は、2人でトイレに行っていた。
「なあ柴崎。お前、なんか面白い都市伝説知ってるか?」
「色々あるから思い浮かばない…。中学時代、仲が良かった女の子が都市伝説を好きでさ。竹下さんって子なんだけど。」
「竹下?もしかして、竹下愛李さん?」
「知ってるの?」
「俺が中学時代、仲が良かった
山川悠斗と同じ高校だ。山上高校だろ?」
「マジかよ。進学校に行ったとは聞いてたけどな…」
「面白いことを知れたよ、ありがとう。大橋は音楽よく聞いてるけど、好きな歌手とか、いない?」
「色々聞くけど、RADWIMPSと緑黄色社会が好きかな」
「ありがとう。早速家に帰ったら聞いてみるよ。」
「お互い、他人の趣味を知るのもいいですなぁ」
「ですなぁ」
◇
(成功できるかな…。不安だよ…)
俺が出る発表は割と最後の方だ。幸か不幸か球技大会の時は俺らは割と最初の方だったから、居眠りできてたが、今回は違う。
「若林。本番だな。高中先輩に、良い所見せたいんだ。お前も好きな人にかっこいい所見せたいだろ。そういう子って、お前いるか?」
「…さあな。」
そんな中、ダンス担当の伊原和美先生が、ダンスに参加しているメンバーをを招集しに来た。伊原先生は一見怖そうな感じで僕も最初は敬遠していたけど、実は優しいと聞いたことがある。ダンスの練習の時しか関わらなかった僕は全然そんなこと感じなかったけど。
運命の発表の時間が来たんだ。階段を降りて1階に行っている間、俺は緊張していたのは言うまでもない。
全校生徒が見守る中、俺は振り付けの通り踊りまくった。必死で踊りまくった。いつぞやの「ギターと鼓動と青い惑星」を弾きまくった時のように。
全てが終わり、上の観客席からは拍手が。
「文也。よく頑張ったな」
「翔。それはお前もだよ」
俺はどこか誇らしげに思った。自分の努力が認められて嬉しいんだ。努力は報われるものなのだと。
そして、僕たちダンサーは、舞台の両脇の舞台袖への入り口に吸い込まれるように入っていった。俺は右側だったから右側の舞台袖だ。
「あー、疲れたよ若林。今日、早く帰って寝ちゃうな、こりゃ」
帰りの会は体育祭の時と同じように、観客席でやった。「みんな、よく頑張ったね。こういう思い出って、ずっと大事にしていくものだよ」と言ってくれた。
ドームの出入り口。一同が退出する。伊東と黒板係を担当している斉藤美緒は、中学時代同じバドミントン部に所属していた2年1組の
赤石祐美と雑談をしていた。戸塚諒は隣のクラスの相沢千春に「諒、よく頑張ったじゃん」と褒められている。
そしていつものように、伊藤・大橋・柴崎がつるんでいる。
「体育祭、無事終わったなぁ…」
「ダンス、みんなよかったな、お前以外は」
「おいw」ここで一同は大爆笑する。
そこで、柴崎は若林がいないことに気づく。
「あれ?若林どこ行った?」
「知らん。翔は知ってる?」
「俺も知らん。」
「トイレにでも行ってるんじゃないのか?」
紺野怜と、紺野よりは少し身長が低めの少女が出てきて、大橋はすかさず反応する。
「あ、紺野さん!今日もカッコ良かった!」
「ありがとう大橋くん」
「すごいね、怜。モテモテだね〜」そう茶々を入れる紺野の隣にいた女―紺野の中学時代のバレーボール部の先輩で、2年2組の元木優香。身長は163センチ前後だが可愛らしい顔立ちをしておりツインテールがよく似合う。かっこいい女・紺野と可愛い女・元木の好対照である。
「ああ元木さん。久しぶりですね…」
「大橋くん。怜は意外と繊細なんだよ。ちゃんと優しくしてね」そう言って、怜を連れて去っていく優香。
「はい」
「なあ金髪!紺野さんは本当にかっこいいよな。」そう柴崎に言う大橋。
「大橋くん。あんたも今日は頑張ったじゃないの」そう言って、紺野は大橋の肩に手を置く。
そんな2人を笑顔で見守る伊東。
◇
一方そのころ、文哉は裏手にある公園で、希実と話していた。
「文也くん。」
「希実さん。」
「文也くんって、こう、なんていうんだろう…素敵だね」
俺は正直、言葉が出なかった。
「素…敵…?」
「うん。だって、私が体育祭の時に転んじゃった時も、優しく看病してくれたし。優しくて、いい人だよね。」
「いい…人…?あ、ありがとう…」
「私たち、これからも、いい関係を築けそうだね」
「…ありがとう」
駅に行くために学校のバスに乗るもの、徒歩で家に帰ろうとするもの、迎えに来た車に乗るもの、暇を持て余して町内散策をするものなど様々な生徒がいたが、文也にとってそれらは背景にしか思えなかった。周囲が、無音になった気がした。
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年が明けてからも、俺と希実さんは付き合うとまではいかないが、その一歩手前まで来ている。
放課後。俺と希実さんは共に自分の自転車を出す。
「一緒に帰りませんか?」
「文也くん。あんたの家逆方向でしょ」
「あ…w希実さんと一緒に帰りたいな…」
「わたしの家がある方、結構通学路きついよ?」
「上等ですよ。軽音楽部の無茶な練習で心技体共に成長したと思いますし、僕だってそれぐらいは…」
「ねえ文也くん。私たち、付き合っちゃう?」
「いやいやそんなこと…。同級生からの嫉妬もあるだろうし…」
「嫉妬か〜。」
「希実さんって、可愛いですからね」
「やめてよ、恥ずかしい」
「僕たち、今まで通りの『友達以上恋人未満』で、いいんじゃないですか?」
時代は変わりつつある。だけど、そんな中でも変わらないものは存在する。人が人に恋をするのは、まさにその典型例だろう。
確かに、この学校は地元の学生でも敬遠するような学校だ。だけど、そんな学校でも、悪いことばかりじゃないんだよ。僕は、岩田希実という女の子に出会えた。伊東や大橋、柴崎のような友人にも出会えた。
これが「住めば都」というやつか。もちろん、世間的には褒められた学校じゃないんだろう。それでも、素敵な出会いがあった。まあ、何がともあれ、俺はこの学校に入学したことを、間違ったとは思わない。
「あの子に好きって言いたくて」完(?)