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滝野純一物語 第2話「滝野と青い春」
作者:こー   2025/09/06(土) 14:29公開   ID:5OJ6yzoy51A
翌日。
北宇治高校吹奏楽部の部室は、いつもと変わらない活気に満ちているはずだった。しかし、部室に入った滝野純一は、廊下からすでに異様な雰囲気を察した。部員たちの視線が、一斉に、そして静かに自分へと向けられる。誰もが何かを囁き合っているようだが、滝野が近づくとピタリと声が止んだ。
(……やばい)
滝野は直感した。昨日の告白。そして、その現場を目撃した吉川優子。全てが明るみに出ている。
部室の奥、チューバパートの隅に、吉川優子が立っていた。いつものように香織の隣ではない。まるで、滝野を待ち構えていたかのように。その顔には感情が読み取れないが、目だけは鋭く光っていた。憧れの中世古香織の姿は、まだ見えない。
滝野が優子の傍を通り過ぎようとすると、優子はすっと滝野の前に立ち塞がった。
「滝野」
低い声が、部室に響く。優子の声がこれほど冷たく聞こえたことは、今までなかった。周囲の部員たちは、緊張で息を飲む。
「…なんだ、吉川」
滝野もまた、喉の奥がカラカラに乾くのを感じながら、精一杯平静を装って答えた。
優子は一歩、滝野に近づいた。その表情は、まるで氷のようだった。
「昨日のこと、香織先輩に、何て言ったの?」
その声には、怒りよりも、何か凍てつくような問い詰める響きがあった。滝野は答えに詰まる。優子の視線が、彼を射抜く。逃げ場はどこにもない。
吉川優子の冷え切った声が、滝野純一の鼓膜を震わせた。
滝野は一瞬、言葉に詰まった。言い訳を組み立てようとする思考が、優子の鋭い視線に焼き切られる。嘘は、この女には通用しない。余計なことを言えば、さらに香織先輩に迷惑がかかる。
「……香織先輩に、俺の気持ちを伝えた。それだけだ」
絞り出すような声だった。事実だけを淡々と述べることで、余計な波風を立てないよう、感情を殺す。
優子の目が、さらに鋭くなった。侮蔑と怒りが入り混じったような、形容しがたい表情。
「自分の気持ち、ね。……先輩が、あんたみたいな男の、どこに目をつけろって言うのよ」
吐き捨てるような言葉だった。滝野の胸に、鈍い痛みが走る。
「……俺のことは、どう思われても構わない。ただ……先輩の気持ちを、勝手に決めつけるようなことは、するな」
これは、優子への牽制だった。香織先輩の返事がどうであれ、それを優子が捻じ曲げたり、先輩の意思に反する行動を取ったりすることだけは避けたかった。
優子はフン、と鼻を鳴らした。その瞳に、一瞬だけ深い影が落ちる。
「……先輩の気持ちは、先輩が決めることよ。それは、私も分かってる」
意外な返答だった。しかし、すぐにその目に強烈な光が宿る。
「でも、あんたが先輩に告白したこと自体が、どれだけ迷惑だったか……分かってるの?」
滝野は、何も言い返せなかった。優子の言う通りだ。昨日の告白は、優子の視界に入った時点で、香織先輩に余計な気を遣わせてしまう可能性があった。そして、事実、優子が目の前にいる。
「ねえ、滝野。クズの本懐って漫画、知ってる?」優子が、ほとんど囁くような声で言った。それは、滝野の心臓を鷲掴みに。するような、鋭利な刃だった
「まあ、聞いたことあるけど…」そう返答する純一。一瞬、自分のことかと思った。俺は確かに、クズだ。香織先輩の気持ちを考えず、自分の欲望のままに動いた。しかし、なぜ今この漫画の話が出てくるのだろうか。
「主人公の安楽岡花火やすらおかはなびが言ってたわ。『興味のない人から向けられる好意ほど、気持ちの悪いものって、ないでしょう?』って」
優子は、目を合わせようとしない滝野の顔を、真っ直ぐ見据えて言った。その声は冷たく、一切の感情を排していた。滝野の心臓が、まるで氷の塊になったかのように冷え切っていくのを感じる。
香織先輩への真剣な気持ちが、これほどまでに醜く、否定されるとは。そして、自分は、香織先輩にとって「気持ちの悪い」存在だったのか。
「あんたも、この言葉は知った方がいいよ」
滝野の体が、硬直する。その言葉が持つ意味を、滝野はもちろん理解していた。そして、それが単なる優子の個人的な感情だけでなく、ある種の普遍的な真実を含んでいることも。
「……分かった」
滝野はかろうじて呟いた。
優子は、滝野が何も言えなくなったのを見て取ると、そのまま踵を返した。
「二度と、先輩に余計なことをしないで。もしまた迷惑をかけるような真似をしたら……」
それ以上は言わず、優子はチューバパートの方へ戻っていく。部員たちのざわめきが、再び少しずつ大きくなる。
滝野は、その場に立ち尽くしていた。優子の言葉が、頭の中で反響する。
(興味のない人から向けられる好意ほど、気持ちの悪いものってないでしょう?)
香織先輩の表情、沈黙、そして優子の言葉……全てが、滝野の告白が「迷惑」であったことを物語っていた。

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金曜日。今日を乗り切れば、土曜・日曜と穏やかな日々を送れる。そう思う純一に、席が近い石井英洙いしいひであきが話しかけてくる。
「よう滝野。お前、今日の昼休み、3年の中世古先輩がお前と話をしたいって。中世古先輩、うちの卓球部の先輩と中学の頃からの同級生らしいけど、誰からも好かれる人だったと。もしかしてお前、中世古先輩に告白したか?」
そうからかう英洙を、純一は「部活の先輩だよ。部活の話するんだよ」と制止する。
運命の昼休み。純一は校舎を結ぶ連絡通路にいた。真昼の光が差し込む通路は、妙に眩しく感じられた。向かい側の校舎の窓からは、誰かが楽しそうに笑う声が聞こえてくる。しかし、滝野の耳には、その声は届かなかった。ただ心臓の音が、ドクドクと不規則に脈打つだけだった。
約束の時間はとっくに過ぎている。香織先輩はまだ来ない。そのわずかな時間でさえ、滝野の心は千々に乱れていた。
「もし、告白が成功したら……」
そんな夢のような未来を想像しても、すぐに現実の不安に引き戻される。もし、笑われたら?もし、馬鹿にされたら?いや、香織先輩はそんな人じゃない。でも、もし冷たくあしらわれたら?
と、その時、連絡通路の扉が開く音がした。振り返ると、香織先輩がそこに立っていた。
いつもの、ふわりとした優しい笑顔。しかし、その眼差しはどこか遠くを見ているようにも見えた。滝野は喉がカラカラで、言葉がうまく出てこない。
「滝野くん、ごめんね。待たせちゃって」
その声は、いつもと変わらない。優しい、心安らぐ声。それが余計に滝野の心をかき乱した。
「い、いえ!大丈夫です!」
滝野はなんとか絞り出した声で答えた。香織はゆっくりと、滝野のそばまで歩いてくる。彼女が纏う石鹸の香りが、滝野の心を落ち着かせようとする。
「この間のこと、嬉しかった」
そう言われて、純一は心臓が止まるかと思った。この先どうなるんだろう。告白したって、オレと香織先輩は絶対に釣り合わない。万が一告白を受け入れてくれたって、優子がどんな反応するだろうか。
「滝野くん。やっぱり落ち着かないよね…」
口ごもる滝野を、香織はただ静かに見つめている。しかし、香織はゆっくりと口を開く。
「滝野くん、ごめんなさい」
その言葉は、滝野の心の奥深くに突き刺さった。予想していた反応だが、やはりショックである。
「私、今、誰ともお付き合いする気はないの。それに……」
香織先輩は言葉を区切り、滝野の目をまっすぐに見つめた。
「滝野くんは、いい人だよ。でも、ごめんなさい。私、今は別のことで頭がいっぱいなの」
それは、優しく、しかし確固たる拒絶だった。滝野は、頭が真っ白になった。
「そ、そうですか……。はい、わかりました……」
それ以上の言葉は出てこなかった。滝野はただ、俯くことしかできなかった。
「ごめんね」
香織先輩は、そう言って優しく頭を下げた。その姿は、まるで天使のようだった。
滝野は、何も言わずにその場を立ち去ろうとした。その時、香織先輩が追いかけるように声をかける。
「滝野くん!」
滝野は足を止め、振り返る。
「これからも、吹奏楽部、頑張ろうね!」
その言葉は、まるで何事もなかったかのように、明るく響いた。滝野は、力なく頷くことしかできなかった。
香織先輩は、再び優しく微笑むと、通路の反対側の扉へと歩いていった。その背中が、光の中に消えていく。

滝野は、一人残された通路で立ち尽くしていた。まるで、世界から自分だけが取り残されてしまったかのように感じた。
そして、その場を離れようと校舎の廊下に出た瞬間、廊下の先に、校舎の角からこちらを見つめている影があることに気づいた。
それは、吉川優子だった。
彼女は、何か言いたげな、しかし言葉にはならない、憤怒と憐憫が混ざり合ったような、複雑な表情を浮かべていた。滝野に近づき、どこか優しげな表情で彼の肩を叩く。
滝野は、その視線から逃れるように、再び俯いて歩き出した。
彼の「青い春」は、眩しい光の中で、終わった。


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■作者からのメッセージ
僕がこの物語を執筆しようと考えたのは、滝野君がモブキャラにしてはキャラが立ってるからです。滝野って、脇役にしてはキャラが立ってるんですよ。そこそこイケメンですし、入部動機が「THE・男子高校生」って感じで、とにかく感情移入できるんです。滝野くんが主人公の物語をちょっと見てみたいなと思って、こういう小説を書くに至りました。これ書くために、またネットでユーフォ見返してますね。
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