「お尋ねの、事件の捜査資料でしたら、こちらになりますよ」白髪の男性―上野中央署警務課長の倉本文昭が、捜査資料を出す。
「俺は、良介を殺した犯人を今でも許せない。だから、いつか犯人を特定したい、そう思ってます」
拓也の行きつけの定食屋「松の木食堂」。
彼はいつものように、カウンターで日替わり定食を食べていた。その日の定食は、生姜焼きだ。しかし、彼の背後に、不意に鋭い声が響いた。
「動くな!」
拓也は、驚いて振り向いた。そこに立っていたのは、若い男。その手には、白く光るナイフが握られている。そのナイフの切っ先が向けられているのは、拓海の隣の席に座る女性だった。その女性は、顔を蒼白にして震えている。
「交渉役はお前だ。警察には連絡するな。もし通報したら、この女の腹を切り裂いてやる」男は拓也を指さし、女性の首筋にナイフを押し当てた。
「やめろぉぉぉっ!!!」
拓也の叫び声が、食堂に響き渡った。その声は、絶望と怒りに満ちていた。
その瞬間、男はナイフを女から離し、投げ捨てた。投げ捨てられたナイフは、床に当たって、カン、と高い音を立てた。
拓也は、呆然とした表情で、男と女の顔を交互に見つめる。
「拓也さん、大丈夫よ」
女性は、震える声でそう言った。彼女の顔には、もう恐怖の色はなかった。そこに立っていたのは、見慣れた豊原の姿だった。
そして、覆面の中から倫哉の顔が露わになる。「山村拓也…お前は、この状況で、女を助けようとした。その絶叫は、本物だ」
倫哉は、拓也の目を見つめ、静かにそう言った。彼の表情は、先ほどの男とは全く違う。そこには、ただ、真実を求める刑事の顔があった。
「どういうことですか…?」
拓也は、混乱した表情で倫哉に問いかける。
「お前は、中根を殺していない」
倫哉の言葉に、拓也の表情は、一瞬で凍りついた。
「なぜ、そんなことが…?」
「もし、お前が本当に冷酷な殺人犯なら、あの時、この人をかばうことはなかっただろう。お前は、正義感の強い人間だ。父親の復讐のためとはいえ、無関係な人間を巻き込むような真似はしない」
倫哉は、そう言って、一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、拓海と大塚晴子が、笑顔で並んで写っている写真だった。
「お前が中根を殺したと、大塚晴子は供述している。だが、それは嘘だ。彼女は、お前をかばっている」
拓也は、何も言葉を発することができなかった。ただ、その場で立ち尽くし、震えていた。
「本当の犯人は、誰だ?」
倫哉の鋭い問いかけが、食堂にこだまする。拓也は、倫哉の目から逃れるように、下を向いた。
「…俺が殺したんです…」
拓也は、掠れた声でそう呟いた。しかし、その表情には、明らかな動揺が浮かんでいた。
倫哉は、もう一度、拓也の目を見つめ、静かに、そして力強く言った。
「嘘をつけ。お前は、中根の死体の第一発見者だった」
その言葉を聞いた瞬間、拓也の表情は、全てを諦めたかのように、虚ろになった。彼の頬を、一筋の涙が伝った。
「…どうして、そんなことが…」
拓海は、震える声でそう呟いた。彼の心は、もはや、隠し通すことを諦めていた。
【刑事部屋】
「ちょっと待って。なんで中根は強盗の常習犯だったのに、今は借金を抱えているの?」
「金遣いが荒かったんじゃないんですか?」
「ねえ、こうは考えられない?誰かが現金を持ち逃げしたとか」
「誰かって…」
するとその時、刑事部屋の扉が開き、刑事課長の森岡恵一と、眼鏡を掛けたスーツ姿の男が現れる。
「本庁の、長谷川係長だ。26年前の事件の時、俺は所轄の鑑識を、彼は降板で勤務していたんだ」
男―警視庁捜査一課8係の係長・長谷川章泰―は、森岡にこう耳打ちする。「森岡。お前、すっかり変わっちまったなぁ…」
◇
取調室。晴子と有子が対峙している。
「大塚さん。あなた、どこで山井さんが強盗犯だったということを知ったんですか?」
「それは…」
そこに、有子の携帯が鳴る。
「もしもし、はい、え?わかりました。すぐ行きます」
「豊原さん、何かあったんですか?」
「中根が借金していた闇金の社員が、殺された」
◇
闇金融事務所の階段。チンピラ風の男の死体がある。組織犯罪対策課の遠藤達也も臨場してきている。
磯野遼一
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犯人は晴子が勤務していた会社の社長・吉村克明だった。
中根を殺害したのは吉村だった。
実は中根には共犯がおり、
中根は社会的に成功した吉村を脅迫し口封じに殺害されていた。
こうして、中根殺害事件は終わった。
しかし、磯野殺害事件の行方が掴めない―――。
「いつの間にか、愛していたんです…中根を…。どうしようもない男です。人殺しです。それでも、中根を…」
「磯野を殺害したのは、なぜ?」そう倫哉が問う。
「あの男が、殺したと思ったから…。殺す気はなかったんです。だけど、あの男がナイフを出して、もみ合いになって…」