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異界行き最終痴漢電車(上)【幽霊×OL】
(オリジナル)
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 ごとん、ごとん……という規則的な振動に、いつの間にか眠気を催していた。
 ふと意識が浮上し、残業疲れと崩れたアイメイクで凝り固まった瞼を押し開く。
 白い電灯に照らされた終電の車内は、わたしを除いて無人だった。
 ゆらゆらと揺れる吊り革。ドアの上のモニターでは、見る人もいないのに無音声のCM動画が繰り返し流れていく。
 静まり返った車内には、ごとん、ごとんと、レールが軋む音だけが響いていた。
 ぼんやりと視線を彷徨わせ、動画の横に表示された次の停車駅名に瞠目する。
「ひらさか?」
 見間違いかと思い目を擦ってみるが、確かに『次はひらさか』と表示されている。
 おかしい。この路線に『ひらさか駅』なんて存在しない。
 発車ぎりぎりに駆け込み乗車をしたせいで、間違えて別の路線に乗ってしまったのだろうか。
 呆然と青ざめていると、ぱっとモニターの画像が切り替わった。
 停車する各駅名がずらりと並んで表示される。次は『ひらさか』、その次は『やみ』、その次は『きさらぎ』、その次は『かたす』……。
 ぞわぞわと鳥肌が立った。
『きさらぎ駅』だなんて、有名な都市伝説そのものではないか。いつものように電車に乗り、ふと居眠りから目覚めたらこの世ではない駅に着いてしまった……という怪談の。
 通勤用のバッグを抱え、座席にへたり込む。
 おそるおそる車窓を振り返る。普段なら建物や街灯の光がぽつぽつ浮かんでいるはずなのに、永遠のような暗闇が車内の光景を白々と浮かび上がらせていた。
「……嘘でしょ?」
 この電車は、一体どこを走っているの?
 バッグを抱き寄せた拍子に硬い感触が指先に当たる。スマホを外側のポケットに放り込んだままだった。
 慌てて取り出して画面を確認する。
 電波は圏外、時刻は二十七時九十三分。寒気がして、スマホを取り落としそうになった。
 引っ掻くようにLINEのアプリをタップしても、反応が全くない。他のSNSも、電話もメールも起動しない。
 かちかちと奥歯が鳴っている。絶叫したいのに喉の奥が引き攣って声が出ない。
 どうしようどうしようどうしようどうすればいいの!?
 現実にはありえない時刻を表示し続ける画面を見ていられず、スマホをバッグに押し込んだ。
 わたし、このままあの世に連れて行かれてしまうの? 残業で汚れた雑巾みたいになって家に帰るだけの毎日を必死に生きて、その結果がこれ?
 恐怖よりも悲しみが勝って涙が溢れた。口元を覆って嗚咽していると、がたんと、レールの軋みではない音がした。
「え……」
 顔を上げると、前の車両に繋がるスライドドアが中途半端に開いていた。す――と、ひとりでに閉まっていく。
 血の気が下がる。ぎゅうぎゅうバッグを抱き締めて縮こまっていると、ぺたりと何かが足に触れた。
「ひっ!?」
 目の前には誰もいない。
 だが、紺色のタイトスカートから伸びた太腿に手が置かれている感覚がある。冷たく湿った、わたしよりも大きい男性的な手が。
 幽霊という単語が頭を過ぎった。凍りつくわたしに構わず、不可視の手はストッキング越しにすりすりと太腿を撫でさする。
 それは身に覚えのある感触だった。満員電車の中で何度も味わった恥辱が蘇る。
 どうして幽霊にまで痴漢されなくちゃいけないの!?
「いやぁ! 触らないで!」
 バッグを振り回して追い払おうとすると、強い力で両手を掴まれた。バッグが床に落ちる。
「やだやだやだっ、放してよ!」
 両手を頭の上で固定され、ばたつかせていた両足も掴まれて大きく開かされた。
 ハイヒールの踵が浮き、タイトスカートが盛大に捲れ上がる。まるでカメラに向かってM字開脚を披露するAV女優のようなポーズだ。
 かぁ――っと顔が熱くなる。
 がっちりとわたしを拘束した幽霊は、再び太腿を撫で回し始めた。太腿だけではなく、ふくらはぎ、お腹、胸元、二の腕、首筋、頬――全身のあちこちを愛撫されている。

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