【Side:太老】

「次の目的地は洛陽か。月ちゃん達、元気にしてるかな?」

 土煙を巻き上げ、次の目的地を目指して軽快に荒野を走る天の御遣い専用車。金色のボディに太陽の光が照りつけ、爛々とした輝きを放つ。最初の頃に比べると随分慣れはしたが、これで洛陽に入るかと思うと少し憂鬱な気分だった。

「この車って、本当に役立ってるのか?」
「役に立っておるのではないか? 実際、移動に掛かる時間を随分と短縮出来ておるぞ?」
「いや、そういう意味じゃなく、黄金ってところに俺は疑問が……」
「それなら、さっき立ち寄った村でも、村人達が手を合わせて拝んでおったぞ。十分、効果は出ておると思うが?」

 いや、揚羽の言うとおりなんだが、個人的には納得出来ない。いや、したくない。
 俺の姿がプリントされた痛車に手を合わせて、『ありがたや、ありがたや』と拝んでるお年寄りとかをみると、なんとも言えない気持ちにさせられるからだ。
 だが、この気持ちは当事者にしかわからない。ここに俺の理解者はいなかった。

「そう言えば、揚羽はどうするんだ? このまま旅についてくるのか?」
「そうしたいところじゃが、我の決裁が必要な公務が滞ってるらしく、『一度戻って来い』と詠が五月蠅くてな……」

 詠は『賈駆』の名で知られる董卓軍の名軍師だ。現在は主の董卓(月)と一緒に、皇帝の補佐をしながら洛陽の復興に従事してもらっていた。
 友達思いの良い子なんだが、稟と似て真面目で一辺倒。頑固なところがあって、柔軟性に欠けるというか、今ひとつ融通が利かないところが欠点だ。それだけに揚羽も詠のことを、少し苦手としているみたいだった。

「公務が滞ってるなら仕方ないな」
「うむむ……少しは味方してくれる気はないのか?」
「仕事じゃ仕方無い。それに俺が詠ちゃんに口で勝てると思うか?」
「胸を張って言うことではないが、説得力があるの……」

 自慢じゃないが、まったく勝てる気がしない。
 そもそも、俺にこの手のことで何か期待するのは無駄ってものだ。
 情けないようだが、こういう時は逆らわない。怒らせないのがコツだ。

「まあ、俺に可能な範囲で手伝ってやるから」
「約束じゃぞ。言質は取ったからの」
「ああ、でも書類仕事を全部代わってくれとか、無茶苦茶なのはなしな」

 そんなことをしたら、俺まで怒られるしな。特に詠は、こういうことに厳しい。

「わかっておる。さて、となると計画を練らねばならぬな」

 何をさせる気だ。ちょっと早まったかもしれない。
 だが、詠の言うこともわかる。影武者を立てているとはいえ、皇帝がずっと不在というのも問題があるしな。経験を詰ませることを理由に揚羽の陳留行きや、旅の同行に反対しなかった俺にも責任がある。
 これで文句を言わず、揚羽が仕事をする気になってくれるなら安いものか。

「お兄さんは鈍いので、遠回しな方法は通用しませんよ。風のように正直に気持ちをぶつけるのが一番です」

 揚羽に向かって何やら力説する風。先日のことを言っているようだ。
 でも、そこまで言われるほど、俺は鈍くないぞ。失礼な話だった。

「まさか、太老に告白したのか!?」
「風から告白されたの!? ずるい、シャオもする!」

 揚羽が驚くのはわからないでもないが、シャオは風のこと言えないだろう。
 毎回のように抱きついてきて、『好き』って言われてる気がするんだが……。
 シャオの場合は、いつも直球ど真ん中のストレートでくるからな。

「で、太老はなんと答えたのじゃ?」
「いや、俺も好きって返事したけど?」

 風から『お兄さんが好き』と言われたから、俺も当然『好き』と答えた。
 お兄さんって兄のように慕われて、普通は嫌な気しないだろう。

「ぐぬぬ……まさか、そこまで二人の仲が進んでいようとは……」
「ずるい! シャオも太老に好きって言われたい! 太老、シャオのことは?」
「好きだぞ?」
「何で疑問系? それに投げやりっぽい……」

 俺にどうしろと?

「これだから、節操のない男は嫌よね」
「小喬ちゃん、もしかしてヤキモチ……」
「そ、そんなんじゃないわよ! ア、アンタも勘違いするんじゃないわよ!」

 いや、そんな勘違いしないが、そこまで否定しなくても……酷い言われようだった。
 しかし、この話題は危険だ。別の話をしないと。

「そういえば、風。例の人材強化案って上手くいったのか?」
「はい、予想よりも目に見える成果が出てますねー。まあ、個人差はあるみたいですけど」
「まあ、そこは仕方ないだろう。でも、上手くいったんだな」
「結果は出てるので、他でも実践してもらうことにしました」

 最初は多麻の提案ということで少し不安だったが、風がそう言うのなら、それなりに成果はあるのだろう。

「そういえば、具体的にはどうやって強化したんだ?」
「簡単に言うと、潜在能力を引き出す学習をしてもらいましたー」

 潜在能力を引き出すって、なんかどこぞの最長老みたいなことやってるな。
 でも学習装置を使ったスピード学習や脳の活性化運動は、俺の世界でも普通にやられていることだ。思いの外、まともなやり方で安心した。

「面白そうじゃな。それは我でも受けられるのか?」
「受けられますよー。特に危険がないことは実証済みですし、やってみますか?」
「そうじゃの、折角なので試してみるか。それで公務がはかどれば言うことないしの」
「頭がよくなるの? シャオもやってみたい!」
「きょ、興味があるわけじゃないけど、あたしも受けてやっていいわよ」
「小喬ちゃん、余り勉強が得意じゃないもんね」
「お姉ちゃん!?」

 動機は不純だが、やる気があるのはいいことだ。でも、元々ある資質を引き出すってことは、頭が良くなるとは限らないよな?
 個人差があるというのは、そういうことだろう。記憶力がよくなったり、頭の回転が多少速くなったところで、基本となる知識がなければテストで良い点が取れないのと一緒だ。結局、勉強は必要になる。

(気付いてないんだろうな)

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第111話『幸せの火種』
作者 193






【Side:華琳】

 画期的な学習法があると聞き、風の案ということで試しに許可したのだけど、

「たくさんありますね」
「ええ、たくさんあるわね。確かに仕事は早くなったわ。でも、どうして私の仕事が大幅に増えてるのかしら?」
「……どうしてですかね?」

 殴ってもいいかしら? 多麻の悪気のない笑顔を見てると、本気でそう思った。
 部屋の外にまで、はみ出しそうな書類の山。これは全部、今日一日で届けられたものだ。
 私が目を通さなければならない報告書や決裁が必要な案件。何日も掛けて徐々に処理していくはずの仕事が一日でこれだけ溜まっていた。
 確かにやれない量じゃない。でも、一気に仕事の量が数倍に増えたかと思うと、さすがの私も気が重かった。

「でも、なんだかんだで対応出来てますよね?」
「……なんとかね」

 こればかりは多麻に手伝ってもらうわけにはいかないので自分でやるしかない。
 以前に受けた肉体改造がなければ、とっくに倒れている。生体強化――調整不足が原因で身体への影響はそれほどないと言う説明だったけど、目に見えない部分の能力は以前とは比べものにならないほど上昇していた。
 その最たる部分が体力だ。休みなしに三日徹夜で仕事をしたとしても、今の身体なら多少疲れるといった程度で無理せずに働くことが出来る。自分がそうなってみて、太老の体力が化け物じみていた理由がよくわかった。

「これも、多麻のお陰ですね!」

 胸を張る多麻を見て頭に来た私は、多麻の頭に『絶』を振り下ろす。
 ガン、と鈍い音が部屋に響いた。

「殴るわよ?」
「殴ってから言わないでください! しかも、刃の方で叩きましたよね!?」
「それで怪我一つない頑丈さに呆れるわ……」

 ここまで非常識ではないけど、この身体のことで他にもわかったことがある。変化がほとんどないと言われていた身体能力に少しだけど変化があったことだ。
 商会との合同訓練で、更に力を付けている春蘭と互角に打ち合えたことからも、私自身が強くなっていることは間違い無い。春蘭も、これには驚きを隠せない様子だった。

「そうか、風の狙いは……そういうことなのね」

 下が有能なほど仕事の効率を上げることは出来るが、比例して上に回ってくる仕事の量が増えることになる。そして、それだけの仕事を一日で処理出来るかというと普通は無理。一日や二日は大丈夫かもしれないが、ずっととなると体力が続かない。
 これは魏だけの問題ではない。王が最終的な判断を下すのは、どこの勢力も同じ。結果、仕事を円滑に進めるためには、人材の育成と同時に仕組みの見直しが必須となる。とはいえ、下が有能でも上が処理しきれなくては、どれだけ仕組みを見直しても意味が無い。

「もしかして、風にも私と同じことをしたの?」
「今度は、ちゃんと本人の許可を取ってますよ?」

 なるほど、よく考えられている。多麻に確認を取って、私は確信した。
 内政に問題を抱えている今なら、どの国にも介入しやすい。人手不足に悩まされているのはどこも同じ。学都の話が持ち上がったのも、そこからくるところが大きい。国のために貢献してくれる有能な人材が手に入るのなら、やらない手はないからだ。

「……恐ろしい子ね。敵でなくてよかったわ」

 元々、侮れない子ではあったけど、ここまで狡猾な手を実行出来る子だとは思わなかった。
 主君のためなら笑顔で他者の思惑を利用する。戦場で対峙していたなら、非常に厄介な敵になっていたことだろう。
 反董卓連合の一件といい、風の読みは素晴らしい。桂花も非凡な才能を持つ素晴らしい軍師ではあるけど、太老のことに関していえば、風の能力は他の追従を許さないほどだと感心させられた。
 私が名を知る軍師のなかでも、間違い無く上位に入る策略家だ。彼女が敵でなくて本当によかったと心から思うほどだった。

「でも、良い案だわ。この策、利用させてもらいましょう」

 あの子のことだ。私が、この計画の真相に気付くことも計算に入れているに違いない。少なくとも、あの周公謹や諸葛孔明なら気付くはずだ。そして陛下も太老に心を許し、この国の未来を委ねる決意をされている。大胆ではあるが、益州の問題さえ解決すれば十分に可能な計画だった。
 上手くいけば、すべてが丸く収まる。太老が抱えている悩みや障害はなくなる。
 風にとっては、それが一番重要なのだろうと私は理解した。私自身、同じことを考えたのだから――
 いや、きっとそれは建前。私自身、太老に何も言わなかったのは、

「遠回しなやり方しか出来ない。上手な甘え方を知らないのは、私も同じか……」

 生体強化のことを黙っているように太老に言ったのも、過ぎた技術や不老の秘密が漏れることを恐れたわけではなく、太老と秘密を共有したかったからだ。
 我ながら可愛らしい望みだと、苦笑せずにはいられなかった。

「太老のことを鈍感なんて言えないわね」

 とっくに覚悟を決めたつもりだったのに、私も素直じゃ無い。今回の件で、そのことを痛感させられた。
 私よりも風の方が、自分の気持ちに正直に行動している。
 好きな人と離れたくない。一緒にいたい。その想いは共感出来る。

「だから、少しだけ素直になるわ」

 この行動は国のためじゃない。私の個人的な我が儘だ。
 理由なんて色々と付けることは出来るけど、それでは意味がないと思った。
 風にここまでさせておきながら、何もせずに黙って見ているなど出来るはずもない。

「多麻、あなたにも協力してもらうわよ」
「それはマスターのためですか?」
「違うわ。私がそうしたいからするの」

 私は、ほんの少し素直になることを心に決めた。

「幸せを掴むために」

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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