――手応えはあった。
 ギュッと心の中で鈴は拳を握る。
 ゼロ距離から放った最大出力の衝撃砲――『龍咆(りゅうほう)』。
 空間自体に圧力を掛け砲身を作りだすことで、衝撃を砲弾として撃ち出す甲龍(シェンロン)の第三世代兵器。
 砲身だけでなく砲弾すら目に見えないのが特徴で、三百六十度――砲身斜角をほぼ制限なしに撃てるのが、この龍咆の強みだった。
 しかし白式の機動力は脅威だ。そして一夏の技量もあって、回避能力は桁外れに高い。
 龍咆の唯一の欠点は、直線上にしか攻撃を放てないことにある。鈴の射撃適性の低さも理由にあるが、命中率自体もそれほど高くなく、普通に撃っただけではまず一夏に当てることは出来ない。

「決まった。さすがにこれなら……」

 鈴の狙い、それは一撃必殺のカウンター攻撃にあった。
 一夏と鈴の技量差は歴然。ISの操縦時間でも、三年前よりISに慣れ親しんできた一夏と、まだISに触れて一年の鈴とでは経験の差があり過ぎる。
 経験でも、技術でも勝てない。そんななかで、鈴に取れる選択肢は限られていた。
 クラス対抗戦まで二週間という限られた時間の中で、桜花から鈴が教わったのはカウンターのタイミングの取り方。ひたすら桜花の攻撃から逃げ回り、近接戦闘での回避能力を高めることだった。
 実戦の中でそれを実行に移すのは並大抵のことではない。しかし生身ならともかくIS戦闘となれば話は別だ。
 一夏の運動や癖を解析した戦闘データをあらかじめISに入力することで、対一夏に特化した戦法を鈴は組み立てた。
 回避に演算処理の殆どを傾ければ、幾ら白式の機動力が優れていても回避は不可能ではない。
 後は戦闘の中でタイミングを計算しつつ、データを微修正。全ての条件が揃い、タイミングが噛み合うその瞬間を、鈴はじっと待った。

(試合終了の合図はなってない。まだ白式のシールドエネルギーは残ってる。でも……)

 最大出力で放った衝撃砲。そして畳み掛けるように放った衝撃砲の弾幕。一夏の実力、白式の機動力を計算に入れても、回避出来るタイミングではなかった。
 かなりのシールドエネルギーを削れたはずだと鈴は考える。
 あの攻撃で仕留められなかったのは痛かったが、これで条件は互角(イーブン)。いや、鈴の方が有利になった。
 甲龍のシールドエネルギーも残り少ないが、同じ条件なら白式の方が不利になる。
 零落白夜――白式最大の攻撃能力。その使用条件はシールドエネルギーの転化だ。
 シールドエネルギーに余裕のある状態ならまだしも、エネルギーが残り少ない状態で使用すれば、それだけで危険な状態に陥ってしまう。――故に零落白夜を使えない。
 例え使えたとしても、先程と同じように鈴が回避に専念すれば一夏は自滅する可能性が高い。

「でも、一夏はどこに?」

 鈴は一夏が落ちた場所。土煙で未だに視界の晴れない地表にセンサーを集中し、アリーナの空から白式の反応を探る。
 試合終了のブザーが鳴っていないことからも、まだ白式のシールドエネルギーが残っていることは明白だ。
 土煙から飛び出してきたところを狙い撃ちにしてやるつもりで、鈴は注意深く一夏が出てくるのを待った。
 しかし、その予想は思わぬ方向で裏切られた。

 ――警告! 敵ISが接近!

 鈴の視界に突然現れる警告のアラート。――どこから!?
 反応は下からではない。鈴は慌てて、空を見上げた。

「なっ……!?」

 後部スラスタ―翼からエネルギーを放出し、急加速で甲龍に接近する影。一夏の白式だ。
 その右手には展開された雪片が握られていた。
 瞬時加速(イグニッション・ブースト)――後部スラスター翼からエネルギーを放出。それを内部に一度取り込むことで圧縮し、一気に放出する。その時に生まれる慣性エネルギーを利用して、爆発的な加速を得る高速移動法。一夏の奥の手だ。
 衝撃砲を食らい地表に叩き付けられた一夏は、降り注ぐ衝撃砲の弾幕を急加速で回避。土煙を利用して鈴の死角をつき、上空に逃れていた。

(ダメ! 避けきれない!)

 零落白夜は、防御不能なバリア無効化攻撃。
 あの一撃を食らえば、残り少ない甲龍のシールドエネルギーは確実にゼロになる。
 不意を突かれた鈴が覚悟を決めた――その時だった。

「え……?」

 零落白夜は鈴を切り裂くことなく、別の物へと向けられた。
 アリーナの遮蔽シールドを貫通し、落ちてきた一条の閃光。
 桁違いの熱量とエネルギーを持った巨大なビーム攻撃。それを受け止める雪片。

「うおおおおっ!」

 真っ直ぐ縦に振り下ろされる斬撃。一夏渾身の一撃は、ビームを真っ二つに切り裂いた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第7話『一夏の覚悟』
作者 193






 試合の最中にアリーナを襲った謎の攻撃により、学園は大騒ぎになっていた。
 避難しようと逃げ惑う観客達。しかし遮蔽シールドはレベル4に設定。外部へと通じる隔壁もロックされ、避難することも救援に向かうことも出来ない状況。
 千冬達が居るピットのリアルタイムモニターには、白式や甲龍と対峙する所属不明のISが映し出されていた。
 そのISこそ、先程の攻撃を放った乱入者だ。

「織斑くん! (ファン)さん! 聞いていますか!」

 ピットからISのプライベート・チャネルを利用して、一夏と鈴に呼びかける真耶(まや)。その声には焦りの色が見える。
 アリーナの遮蔽シールドを貫通するほどの威力を持ったビーム兵器。それだけでも脅威なのに、今の白式と甲龍は試合でシールドエネルギーを消耗している。
 相手の正体がわからない今、非常に危険な状況に一夏と鈴の二人は置かれていた。
 当然、教師として生徒を危険な目に遭わすわけにはいかないと、真耶は二人に避難を呼びかける。しかし、一夏と鈴はそれを拒絶した。

『救援がくるまでの時間を稼ぎます』
「織斑くん!? ダメです! 危険すぎます!」
『どのみち遮蔽シールドと隔壁がある限り逃げられません』
「でも、二人の機体はもう――」
『避難が完了するまでの時間くらいなら稼げますよ。いいな、鈴』
『誰に言ってるのよ。あたしは凰鈴音! 中国の代表候補生よ!』

 その通信を最後に、二人の意識は目の前の敵へと集中する。真耶の呼びかけに答えることはなかった。
 しかし、無謀ではあるが一夏の判断は間違ったものでもなかった。
 例えアリーナを脱出できたとしても、その後をあのISが追ってこないという保証は無い。それに、あのISは遮蔽シールドを突破してきたのだ。その攻撃が逃げ遅れている観客を襲う可能性はない訳では無い。少なくとも、救援が来るまでの時間、誰かが敵を引き付けておく必要があった。
 真耶にも、そのくらいのことはわかっていた。
 しかし教師として、生徒だけを戦わせて何も出来ない自分が情けない。
 端末からの操作を受け付けないことからも、外部からのシステムクラックを受けていることは明らか。そのことから、隔壁をロックし遮蔽シールドのレベルを上げてきたのは、あの正体不明のISだと推測される。
 何が目的かまではわからない。しかし危険な相手であることだけは間違いなかった。

「本人達がやると言ってるんだ。やらせてみてもいいだろう」
「織斑先生!? 何をのんきなことを言ってるんですか!」
「落ち着け、糖分が足りないからイライラするんだ。コーヒーでも飲め」
「あの……先生。それ、塩ですけど」
「…………」

 平静を装ってはいるが、千冬も少なからず動揺していた。
 一夏の力は信頼しているが、それでもあれだけの戦闘を行った後だ。完全な状態ならまだしも、今の状態で敵ISを倒せるという保証はどこにもない。
 それは鈴も同じ。例え二人掛かりでも、勝率はかなり低いだろう。
 逃げに徹したとして、一体どのくらいの時間が稼げるか? そこが問題でもあった。
 政府に救援要請は既に出ている。それと並行して三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。
 遮蔽シールドを解除できれば直ぐに部隊を突入させることが出来るが、どれだけの時間が掛かるかわからない。三十分か、一時間か、とにかく時間との勝負だった。

「先生、わたくしに出撃許可を!」
「無駄だ。遮蔽シールドを解除できないことには応援にもいけない」
「で、ですが!?」

 悔しそうに唇を噛むセシリア。
 愛している人が直ぐそこで、皆のために戦っているというのに何も出来ない。応援にすら迎えない、そんな自分がセシリアは情けなかった。
 今すぐにでも飛び出して行きたい気持ちはあっても、千冬の言葉通りどうにもならないことは彼女にもわかっていた。
 ただ言葉にしなくては抑えられない、このどうしようもない感情。
 無理とわかっていても諦めることが出来ない。じっと待つことしか出来ないやるせなさ。
 だが、それは千冬も同じだ。あそこに家族が、たったひとりの弟がいる。心配でないはずがない。

「飲み物でも飲んで落ち着いたら? はい、セシリアお姉ちゃんの分。スポーツドリンクでいいよね?」
「あ、ありがとうございます」
「真耶お姉ちゃんはどれにする?」
「えっと、それじゃあ……メロンソーダを」

 ビニール袋一杯に入れた飲み物を皆に配って回る桜花。緊張感の欠片もないその様子にセシリアは苦笑し、ほんの少し落ち着きを取り戻す。
 ハアとため息を吐き、自分もコーヒーの缶を受け取る千冬。
 缶コーヒー特有の甘さが口の中に広がりをみせる。次の瞬間、千冬の表情が凍り付いた。

「この飲み物……どこで手に入れた?」
「え? 普通に廊下の自販機で買ってきたけど?」
「「はあ!?」」

 千冬の質問に当たり前のように答える桜花。真耶とセシリアの声がハモった。
 自販機はここから百メートルほど行った場所にあり、そこまで続く廊下の隔壁は閉ざされていたはずだ。
 なのに、どうやって飲み物を買ってきたと言うのか?
 セシリアはそこではじめて気付く。周囲を見渡すが、箒の姿がなくなっていることに。

「篠ノ之さんは、どこに?」
「箒お姉ちゃんなら、さっきあそこから出て行ったよ」
「……えっと」

 桜花の指さす先を見て、セシリアは固まった。
 それもそのはず、ピットから廊下へと続く隔壁が何故か開いていたからだ。

「……まさかとは思いますが、あれを開けたのは?」
「私だけど?」
「な……何故、それを早く言いませんの!?」
「え? だって訊かれなかったし、てっきり気付いてるものとばかり……」

 そう、最初に桜花がピットに姿を見せた時も、ここに続く扉は関係者以外は入れないように全てロックされていた。
 それを開けて入ってきたのは、この少女だ。
 篠ノ之束に匹敵する天才と噂される太老ほどではないにせよ、桜花も『正木』に名を連ねる一人だ。
 専門ではないが、苦手と言う訳でもない。彼女の能力からすれば、このくらいのシステムをクラックすることくらい造作もないことだった。

「こうしてはいられませんわ! 一夏さん、このセシリア・オルコットが今すぐまいります!」

 箒の後を追って走り出すセシリア。
 先程までの暗い表情はどこにいったのか? すっかり、やる気を取り戻してた。


   ◆


「で、どうするの? 当然、何か作戦があるんでしょうね?」
「いや、悪い。正直言って、かなり厳しい」
「はあ!? ちょっと、あれだけ啖呵を切っておいて何もないって」
「さっきの一撃を防ぐのに大分エネルギーを消耗したからな。零落白夜を使えないことはないが、あと一回が限界だ。だから、シールドに割くエネルギーがない。一撃でも食らったら、そこで終わりだ」
「ちょっ! 無茶苦茶ピンチじゃない! ああっ、もうなんでアンタはそうなのよ!」
「仕方無いだろう。他に方法がなかったんだ。それより、そっちはどのくらい残ってる?」
「一五〇……正直、厳しいわね」

 俺よりはマシだが、それでもあの威力の攻撃なら一発か二発耐える事が出来れば良い方だろう。
 俺の方はバリアー無効化攻撃を使えないことはないが、恐らく使った時点でシールドエネルギーは0になる。使えて残り一回だ。
 しかも、その一撃であのISの機能を停止させるのは、まず不可能と言っていい。
 はっきり言って、かなりピンチだった。

「鈴、厳しかったら逃げてもいいんだぞ」
「冗談。そうなったのって、さっきの攻撃が原因なんでしょ? これでもあたしは代表候補生よ? 庇ってもらったばかりか、その相手を置いて逃げるなんて笑い話にもならない。絶対にごめんよ!」

 鈴のことだから、逃げると言わないことはわかっていた。
 本音を言えば、どこか安全なところに隠れていて欲しいが、負けん気の強さは人一倍だ。
 ピンチな時ほど強くなる。そう言ったところは昔っから変わってないな。

「そうか。鈴なら、そう言うだろうと思った」
「わ、わかってるなら、一々訊かないで――」

 ――ドシュン!
 その時だった。先程まで俺と鈴が居た空間をビームがかすめる。
 危なかった。寸前のところで鈴を抱えてビームを回避する。
 戦闘中に長話はよくないな。何も出来ないまま、さっきので終わってるところだった。とにかく戦闘に集中しないと。
 しつこく放ってくるビームを空を旋回して回避しながら、一旦敵から距離を取る。

(でも、やっぱりあのIS……どこか変だ)

 手が異常に長く、肩と頭が一体化したような異形な姿。深い灰色をしたそのISは、パッと見た感じ本当にISかどうかも疑わしい。中でも全身装甲(フルスキン)という特に珍しい外見が、目の前の敵の特異さを現していた。
 通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。理由は簡単、必要ないからだ。
 防御はシールドエネルギーで行われるため、外見の装甲は意味をもたない。攻撃特化の白式と真逆、防御に特化したISにしたって肌が全く露出しない全身装甲の機体なんてのは聞いた事がない。
 どれだけ装甲を強化しても攻撃を受ければシールドエネルギーは消耗する。そのため、ISは防御よりも機動力が優先されるのが一般的だ。
 だけど目の前のコイツは、そんなISの常識を真っ向から否定する外見をしていた。

「い、一夏、離しなさいよ!」
「あ、悪い」

 距離を取るのに集中して、鈴を抱きかかえたままなのを忘れていた。
 鈴から手を放し、再び敵に意識を集中させる。
 先程から観察しているが、やはりこのISは変だ。なんというか、動きが機械じみている。
 こっちが距離を取って相談している時は、余り攻撃してくる気配がない。まるで何かを探っているかのように。

 ――無人機?

 そんな有り得ない考えが頭を過ぎった。だが、あの異様な外見も、おかしな動きも、そう考えれば納得の行くところがある。
 しかし問題がある。ISは人が乗らないと動かない。それはISを知る人間であれば、誰もが知っている常識だ。
 だが、本当にそうなのか?
 教科書に載っていることが全てとは限らない。俺は、その一端を知っている。
 篠ノ之束、正木太老。天才と呼ばれる科学者達。常識では推し量れない知識と技術。

 ――常識を超える科学、超科学。

 このISだって中心に使われているコアは、そんな超科学(オーバーテクノロジー)の一つだ。
 なら、あれが仮に無人機であったとしても、有り得ない話ではない。

「鈴。俺を信じてくれるか?」
「……何か、思いついたの?」
「ああ、だから信じて欲しい。大丈夫だ。何があっても、お前だけは守ってみせる」
「はうっ……!」

 何、顔を真っ赤にしてるんだ? だが、これで覚悟は決まった。
 嘗て、千冬姉も使っていた力『雪片』――この武器で大切な人達を、仲間を守ってみせる。
 それが俺の理想。俺の戦う理由。
 あの時、あの人≠ノ言われた言葉が頭を過ぎる。

 ――守るって言葉は、守れる強さのある奴が言う台詞だよ

 この状況この場面で、今それが出来なくて、いつそれを証明する?

「やるぞ! 鈴」
「誰に言ってるのよ!」

 今まで俺は守られてばかりだった。守られてばかりの自分。何も出来ない弱い自分が嫌だった。
 だから今日ここで、守られてばかりの関係に終止符を打つ。三年間の成果、それを証明してみせる。





 ……TO BE CONTINUED



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