「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』――全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製ISだよ!」

 箱の中から出てきたのは、真紅に輝く装甲に身を包んだ一体のISだった。
 ちょっと待て。今この人、現行ISを上回るとか、とんでもないことをさらりと言わなかったか?
 ああ、マッド製の代物ってことか……。さっきシャルロットの機体のネタ装備を見せてもらった後だから余計に実感がわく。箒も専用機持ちになったと思ったら、こっち側の仲間入りってことか。妙に親近感があるな。

「箒……頑張れよ」
「ああ……?」
「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 俺の一言に首を傾げるも、束さんに促されて最適化に向かう箒。
 まあ、今理解出来なくてもマッド製の代物がどういうものか、嫌でもそのうち理解することになるだろう。俺は俺で、自分の方に集中することにしよう。白式が具体的にどう変わったのか、性能をちゃんと確認しておきたいしな。

(よかった。見た目は変化してないな)

 白式を展開。機体を確認して一番の懸念材料が消えて、ほっと胸を撫で下ろした。
 シャルロットの機体を見て、腕にドリルでもついてたらどうしようと本当に心配だったんだ。
 雪片弐型以外に装備が欲しいとは言ったが、ドリルが欲しいとは言って無い。でも、あの人だと冗談抜きでネタに走りそうだ。
 ああ、その点で言えば蘭の機体が一番怪しいのか。あの人のお手製だって話だしな。
 興味はあるが、どんなのか聞くのが怖い。マッド製と言うだけで、絶対に普通じゃないことは予想が付くからな。

(スラスターとか、エネルギー変換効率が三割も向上してるのか)

 追加武装なしのマイナーバージョンアップって話だったが、これはこれで凄い。確かに武器は雪片弐型だけだが、今までよりも瞬時加速(イグニッション・ブースト)にかかるエネルギー負担や、零落白夜に使用するシールドエネルギーの変換効率が比較にならないほど向上していた。
 白式の弱点は、その燃費の悪さにある。特に零落白夜使用時にかかるシールドエネルギーの消費は、かなりバカに出来ないくらい負担が大きい。しかも白式は近接戦闘しか出来ないために、敵に近付くには瞬時加速などの高速機動を多用することになる。
 スラスター翼を使用した瞬時加速にはシールドエネルギーを消費しないが、そちらはブルー・ティアーズのビーム兵器と同じエネルギー系統の装備のため、考えなしに多用するとすぐにエネルギー切れを起こし使えなくなる。何をするにもエネルギー量の問題が付き纏うわけだ。
 だから、こうしてエネルギー使用時にかかる消費量の軽減は、地味に助かるスペック変更だった。
 しかもよく見るとスペック上のスラスター出力も飛躍的とまではいかないが、かなり向上していることがわかる。消費量を抑えた上での基本スペックの向上。さすがに天才と言われる人が調整しただけのことはあると、今回ばかりは素直に感心させられる出来だった。
 でもそうすると、あの幼女の態度は気になる。今のところ悪い点なんて一つも思い当たらないからだ。なのに、『白式は……』みたいな思わせぶりな態度を合法幼女は取っていた。だとすれば、目に見えないところで何か問題のある機体ということだ。

(慣れがどうとか言ってたけど、そっちのことか?)

 こればかりは実際に動かしてみないとわからない。ただ、なんとも言えない不安が俺を襲った。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第41話『白式の秘密』
作者 193






「うわあっ……これ弄ったの、たっくんだよね?」
「たっくん? 太老さんのことですか?」
「そそ、ちょっとデータ見せてね〜。うりゃ」

 いつの間にか、束さんが俺の横に座って、空間投影ディスプレイと睨めっこをしていた。
 ウサミミから伸びたコードのような物を白式の端子に刺し、内蔵データを確認しているようだ。いいのかな、と合法幼女の方を見ると一瞬目があって、軽く手を振って返された。
 ダメなら、こうなる前に止めているだろうし、わかっていて黙認してるってことか。

「箒の方はいいんですか?」
「うん、後は自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるしね」

 さすがは天才、仕事が早い。
 見ると、紅椿を装着した箒がじっと最適化が終わるのを待っていた。
 データをあらかじめ入れてあったのか、形状の変化はほとんどない。操縦者の体格に合わせて微調整をしていると言った感じだ。文字通り、箒専用に作られた機体ということか。箒は余りISの適正値が高い方とはいえないが、確かにこれならその差は十分に埋められそうだ。
 今日は七月七日。箒の誕生日だ。恐らくは束さんから箒への誕生日プレゼントだとは思うが、これほど贅沢な誕生日プレゼントは他にない。コア一個でも貴重なのに、そこに加えて束さんが箒のために作ったオートクチュールだ。束さんの話をそのまま鵜呑みにすれば、現行ISのなかで最も優れた性能を持つ機体ということになる。

(あれ? 何気に箒やばくないか?)

 俺自身が稀少価値の塊みたいなものなので実感があるが、箒の機体『紅椿』は束さんが作った特別製。しかもどの国にも登録されていないコアだとすれば、俺の在籍権を巡って争いが起きた時みたいに問題が起こる可能性が高い。それも本人の意思を完全に無視して、各国の思惑が交錯する結果へとなりかねない。

(絶対にそこまで考えて無いよな。この人……)

 束さんが、そんなところまで考えているとは到底思えない。経験上言えることだが、あれは本当にやばい。大変だ。俺の時、太老さん達がどれだけ骨を折ってくれたかを知っているだけに、このことは他人事には思えなかった。
 国や組織の思惑の前では、個人の感情なんて些細な問題だ。国を振り回せるだけの力を持った人物なら話は別かもしれないが、俺の知る限りでそんな人物は二人しかいない。目の前にいる束さんと太老さんだ。
 IS学園に居る間は時間を稼げるかもしれないが問題はその後だ。絶対に箒の在籍権と紅椿の所有権を巡って争いが起こる。これは箒にもちゃんと話して、太老さんにも一度相談をした方がいいかもしれないな。

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの? 身内ってだけで……」
「だよねぇ、なんかずるい」

 テストの準備を進めている女子達の中から、そんな声が聞こえてきた。
 箒は企業所属と言う訳でもなければ、代表候補生と言う訳でも無い。確かに貴重なIS、しかも束さん手製の最新鋭機が与えられるとくれば、女子達の間に不満の声がでるのも無理はないだろう。だが、さっき言ったようなことがあるように余り良いことばかりとは言えない。それに――

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 俺や千冬姉が口を挟む前に、意外なことに真っ先に反応したのは束さんだった。
 まさかの人物に指摘された女子達は気まずそうに顔を逸らし、慌てて自分達の作業に戻る。そんな女子達の態度に興味を無くしたのか、束さんはそれ以上は何も言わず作業中のディスプレイに視線を戻した。
 彼女達の気持ちもわからないではないが、こそこそと陰口は余り好きじゃない。だから、一言注意しようと思ったのだが、なんだかんだでやはり束さんも箒のことを気に掛けているようで、そのことがわかっただけでも嬉しかった。

(もう少し打ち解けて欲しいけど、今はこれが限界かな)

 まあ、そうでなければ妹のためとはいえ、専用のISを用意するなんて真似をするはずもない。家族や一部の人を除いて、他人にほとんど興味を示さない困った人ではあるが、俺の知る束さんは決して悪い人ではない。これでも昔に比べるとマシになった方だと以前、千冬姉に聞かされたことがある。以前はこんな風に、他人の言葉に反応する人じゃなかった。返事をするだけマシ。常に本気で他人を無視するような人で、千冬姉に叩かれてこうなったらしい。
 でも、今も昔も一つだけ変わらないことがある。束さんの箒への気持ちだ。

『どれだけ科学技術(テクノロジー)が発達しても、自分の想いを他人(ヒト)に伝えるのは難しいものよ』

 太老さんの師とも言うべき科学者。俺に守ることの大変さと、強さの意味を教えてくれた人。そして自分を鍛えるために必要な選択肢と、切っ掛けを与えてくれた人。その人が昔、ふと口にした言葉がそれだ。
 俺は太老さんから又聞きしただけなんだが、その言葉は深く俺の心のなかに残っていた。
 束さんもきっと何かを心のなかに隠し、その想いを伝えられずにいるように思える。箒は束さんが家族を捨てたように考えているみたいだが、俺は三年前どうして束さんが行方を眩まさなくてはいけなかったのか、その理由が気になっていた。

(全部、三年前からはじまったんだ)

 そう、すべては三年前に繋がっている。俺が拉致され、ISを動かせることが発覚して正木に保護されたのが三年前。そして束さんが失踪したのも三年前。第二回『モンド・グロッソ』が開かれたあの年に、俺の知らない何かがあったことだけは確かだった。
 正木の人達や千冬姉は何か知っているみたいだけど、そのことを教えてくれる気はないみたいだ。
 真実を知りたければ、自分の目で確かめろ。そう、言われているような気がしていた。

「不思議なフラグメントマップを構築してるね。たっくんの改造も影響してるんだろうけど、全然見たことないパターン。いっくんが男の子だからかな?」

 俺と言うより、どう考えても太老さんの仕業と思うのだが、敢えてツッコミを入れない。
 ちなみにフラグメントマップというのは、各ISがパーソナライズによって独自に発展していく道筋を図式化したものだ。人間でいうところの遺伝子に相当するものらしい。

「あう〜。装甲に使われている材質も見たことがない構造をしてるし……。これって生体金属(バイオメタル)かな? 私が作った白式をこんな風に改造するなんて……」

 なんだか、相当にやばい代物になってるようだ。この白式は……。
 ううん、やはり変わらないように見えたのは見た目だけだったか。さすがマッド製。
 ――って、あれ? 今、私が作ったとか言わなかったか?

「もしかして、白式って束さんが作ったんですか?」
「うん、そーだよ。って、言っても欠陥機としてポイされてたのをもらって動くように弄っただけだけどね」

 てっきり、太老さんが用意したと思ってただけに、それは驚きの新事実だった。
 あれ? じゃあ、なんでこれ正木の工房にあったんだ?

「日本政府を通じて送られてきたのよ。『正木』にね」

 そう言って、話に割って入ってきたのは幼女だった。
 シャルロットとの話はもう終わったのか。でも日本政府って、束さんが何かしたのか?
 あ、目が泳いでる。幼女にじーっと睨まれて、束さんは避けるように顔を背けていた。
 これは、何かしたのは間違いないな。日本政府と何か裏取引のようなものがあったということか。

「まあ、いいんだけどね。どうせ、一夏の機体だし」
「何気に扱いが酷い!?」
「それに一夏用に用意した機体は、もう蘭の専用機になっちゃったしね」

 それは初耳だった。蘭の機体は俺の専用機になる予定だったのか。
 ということはだ。どちらにせよマッド製の機体だったわけで、そこは喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからないが結果的に大差はなかったということだ。
 話をまとめると、束さんが作った機体を、太老さんが改造もとい調整したのが今の白式ということでいいのだろう。
 ……やめよう。二人のマッドの手を渡った機体と考えると、余計に話が重く感じてきた。白式って実は物凄い機体なのかもしれない。双璧と呼ばれている稀代の天才科学者が二人とも関わってる機体ってことだもんな。

「それじゃあ、後付け装備が出来ないのも……」
「そりゃ、私がそう設定したからだよん」

 元凶がここにいた。それで俺はこんなに悩んでいたのか。最初からそういう風に作られた機体なら、そりゃ後付け装備が出来ないはずだ。
 でも、なんでそんなことをしたのか。趣味に走っても意味の無いことを束さんがするとは思えない。俺の知る限り、この人達は確かに困ったマッドサイエンティストではあるが、自分の作った物に愛情を持っている科学者達だ。作った物に誇りを持てないような人達ではない。だとすれば、白式には後付け装備を出来ない、それなりの理由があるということだ。

「でも、そのお陰で第一形態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使えるでしょ? 超便利、やったぜブイ! でねー、なんか元々そういう機体らしいよ? 日本が開発してたのは」
「馬鹿たれ、機密事項をべらべらバラすな」

 ガン、とまた千冬姉の容赦の無い拳が束さんの頭を直撃した。
 なんか、次々に明らかになっていく新事実に、ただ驚くしかなかった。でも、日本の第三世代機は現在『正木』が主導で開発を行っているはずだ。蘭の機体がそうだと思ってたんだが、じゃあ白式って、どういう目的で作られた機体なんだ?
 次世代機の開発と研究がされていたのは一箇所とは限らない。どこかの研究所に委託されて白式の開発が進められていたが、正木との開発競争に負けて計画が頓挫した結果、放置されたという可能性も考えられる。でも、それだけとは思えない。幾らなんでも開発が頓挫したからといって、貴重なコアを遊ばせておくだろうか?
 日本政府が俺専用の機体として白式を送ってきた理由。そこに束さんが関与しているのは間違いなさそうだが、まだ何か裏があるような気がしてならなかった。
 幾ら姉弟だからと言っても、千冬姉と同じ単一仕様能力が俺も使えるというのは、やはりどこかおかしい。だとすれば、白式に何か秘密があると考える方が自然だった。

(束さんは、きっとこの件に絡んでる。ってことは……)

 俺が視線を向けると、こっちの考えていることがわかっているのか、幼女がフッと微笑んだ。
 やはり、何か知っているということか。その上で教えてくれる気はないんだろうな。
 なんとなく蚊帳の外に置かれているようで気分は良くないが、教えてくれないということは、それなりの意味があるということだ。単純な嫌がらせなど、意味の無いことをする人達ではないことは俺が一番よく理解している。

(答えに自分で辿り着けってことか)

 色々と助けてくれるが、何もしないで答えだけをくれるほど甘い人達じゃない。
 教えてくれないということは、まだ俺に出来る何かがある。答えに辿り着くために必要な何かが足りていないということだ。

「余りのんびりとしている時間はないかもしれないけどね。まあ、頑張りなさい」

 あれから三年。もう、三年だ。相変わらず、幼女の言葉は厳しかった。
 のんびりとしている時間は無い――その言葉の意味を考え、俺は気を引き締め直した。





 ……TO BE CONTINUED



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