「シャーリィを仲間に入れてくれたら話すよ。そうしたら、シャーリィとリィンは家族でしょ?」

 結局そんな風にシャーリィに押し切られるカタチで、リィンはシャーリィの要求を呑んだ。
 勿論、子作り云々は先送りにした上での回答ではあるが、シャーリィの言い分も分からないではなかったからだ。
 猟兵は依頼の内容や依頼主の秘密について、簡単に口外することはない。これは猟兵に限った話ではないが、ペラペラと情報を漏らす人間を誰が信用するかという問題だ。そういう口の軽い猟兵には大きな仕事は回って来ない。名の知れた大きな猟兵団ほど、そうした情報管理は徹底していた。拷問したところで、シャーリィは絶対に口を割らないだろう。
 しかし、例外もある。同じ団の家族となれば、秘密を共有することも不思議な話ではない。
 仲間に入れてくれたら話してもいいというシャーリィの理屈は、そう言う意味でも分からない話ではなかった。

「まず最初に聞きたいことは〈赤い星座〉は誰に雇われて動いている? 帝国からの依頼を終えた後、クロスベルと契約を結んだんじゃなかったのか?」
「何か勘違いしているみたいだけど、帝国との契約は終わってないよ?」
「……はい?」
「あと順序が逆。クロスベルの仕事が先だったんだよね。その後に帝国の情報局が接触してきて、シャーリィたちに依頼を持ってきたの。なんか、こっちの動きが掴まれてたみたいでね」

 根本的な部分が大きく間違っていたことを教えられ、リィンはようやく疑問が解けたとばかりに納得の表情を浮かべる。
 確かに〈赤い星座〉が帝国情報局の依頼で動いているのだとすれば、これまでのことにも辻褄が合うと考えたからだ。
 ある程度、事情を呑み込みながらも、自身の推測を確認するかのようにリィンはシャーリィへ質問を続ける。

「依頼の内容は?」
「使節団の護衛。それと通商会議の襲撃を企てたテロリストたちを皆殺しにすること。これは知ってるよね?」
「ああ、まあな」

 通商会議の経緯は知っていたこととはいえ、シャーリィの口から聞かされた生々しい話にアルフィンとエリゼは不快げに眉をひそめる。クロスベルへの見せしめの意味で、帝国政府に依頼されて〈赤い星座〉がテロリストを皆殺しにするように命令を受けていたことは予想が付いていた。
 いま思えば、クロスベル政府を挑発して流れを加速させることが、ギリアス・オズボーンの狙いだったのではないかとリィンは考える。
 だとすれば、いまのクロスベルの状況は、まさに彼が描いたシナリオ通りということだ。

「その後はクロスベルの仕事を優先して構わないって話だったから、言われた通りにしたんだけどね」
「それがクロスベルで起きたIBCビル爆破事件の真相か……。クロイス家の依頼で行ったんだな。帝国や共和国への反感を煽ることで、独立の気運を高めるために」
「そういうこと。結構ちゃんと調べてるんだね」

 これはアルフィンも初耳だったのか、リィンに確認を取るように尋ねた。

「あの事件はクロスベル政府のマッチポンプだったと?」
「実際には、その状況すら鉄血は利用してたんだろうけどな」
「クロスベルを制圧するための大義名分を得るために……ですか?」

 猟兵団〈赤い星座〉の襲撃によりIBC本社ビルが爆破される事件が起こったのが、通商会議の開催から一ヶ月後のことだ。その頃、丁度クロスベルの独立の是非を問う市民投票の実施が予告されていた。
 IBC本社ビルの爆破を帝国の仕業に見せかけることで市民感情を煽り、独立の気運を高める。
 世論をコントロールするためにクロスベル政府が行ったマッチポンプだとすれば、確かに一連の流れには説明が付く。
 しかもそのことすら予見して、オズボーンが自らのシナリオのためにクロスベル政府の思惑を見逃していたという話は、アルフィンに衝撃を与える内容だった。

「それもあるが、恐らく本当の狙いは違う。知ってたんじゃないか? クロスベルが切り札を隠していることを――その上で敢えてクロスベルを利用したんだろ」
「……内戦、ですか」

 聡いアルフィンは、それだけで大体の事情を理解する。

「クロスベルの独立に合わせて帝国で内戦を起こさせる。共和国の介入を避けるためですね」
「そういうことだ。クロスベルを共和国に対する一時的な防壁とすることで、共和国の侵攻を阻止するつもりだった。どちらにせよ、内戦自体は避けられない状況だったからな。他国の目をそちらへ向けさせることが狙いだったんだろう」

 リィンの話から、かなり以前から計画されていたことなのだとアルフィンは推察する。
 クロスベルの独立宣言から帝国の内戦に至るすべてが、偶然などではなく必然として存在した。
 このシナリオを描いたのが、たった一人の人物だということにアルフィンは驚きと共に寒気を感じる。

「シャーリィ、次の質問だ。どうしてセドリック殿下をさらった?」
「別に誘拐したんじゃなくて、帝国政府からの依頼で保護≠オただけだよ」
「保護ね……その依頼をしたのは、レクター・アランドールだな」
「正解。よく分かったね」
「鉄血と繋がってて情報局の人間で、いまクロスベルにいるとすれば、その男しかいないからな」

 レクター・アランドール。通称〈かかし男(スケアクロウ)〉の名で知られる帝国情報局の人間だ。
 階級はクレアと同じく大尉。そして〈鉄血の子供たち〉の一人だ。
 リィンの記憶のなかでオズボーンと並んで要注意人物のトップに躍り出てくる人物だった。

「じゃあ、オーレリア将軍の一件はなんだ? 彼女を誘い出すのが目的みたいに言ってたが……」
「それも情報局の依頼(オーダー)。目立つように行動して、ラマール領邦軍の目をシャーリィたちに向けさせることが狙いだったからね。だから、あそこに〈黄金の羅刹〉が現れた時点で仕事は終了してたの」
「ということは……カイエン公に情報をリークしたのは、お前たちか」
「そういうこと。なかなかシャーリィたちに辿り着かないみたいだから、ちょっと尻を叩いてあげたの。でも、リィンはよく分かったね?」
「以前、お前たちの密売ルートを幾つか潰したことがあっただろ。あの時の情報を基にして足取りを探ってもらったんだ」
「ああ、あれか。楽しかったよね。あの時は――」
「報復にアジトごと灰にされかけたけどな……」

 当時のことを思い出しながら、苦々しげにリィンは口にする。
 仕事で〈赤い星座〉の密売ルートを潰すことが出来たまではよかったが、その報復で〈西風〉のアジトも〈赤い星座〉の襲撃を受け、灰になるといった事件が過去にあった。
 以前から顔と名前を互いに知っていたが、シャーリィと本気でやり合ったのも、その時が初めてだ。
 シャーリィにとっては楽しい思い出でも、リィンにとっては災難でしかなかった。

「聞きたいことは他にもいろいろとあるが、もう一つ重要なことを教えろ。セドリック殿下は無事なんだろうな?」
「言ったでしょ。もう引き渡した後だって。まあ、無事なんじゃないかな?」
「引き渡した相手は?」
「さあ? 名前は知らないけど情報局の人間だって言ってたよ。歳はシャーリィより幼い感じで、変な人形を連れてたかな。あ、そうそう――そこに隠れている子に雰囲気≠ェ似てるかも」

 姿を消して話を聞いていたアルティナが、シャーリィに呼ばれて姿を現す。
 まさか見つかるとは思っていなかったのだろう。それだけに驚きと悔しげな表情が見て取れた。
 しかし、驚いたのはリィンも同じだ。シャーリィの話す特徴を備えた人物をリィンは一人しか知らない。そして黙って話を聞いていたクレアも、驚愕した様子で目を瞠っていた。
 シャーリィがセドリックを引き渡したという少女。それは恐らく――
 ミリアム・オライオン。〈白兎(ホワイト・ラビット)〉の異名を持つ、クレアと同じ〈鉄血の子供たち(アイアンブリード)〉の一人だった。


  ◆


 シャーリィの事情聴取を一通り終えた後は、各々考えを整理するために解散となった。
 どちらにせよ、シャーリィの話が本当かどうか確かめる必要がある。帝国東部とクロスベルの方はギルド経由でトヴァルが、西部の方はミュラーを通じてオリヴァルトが裏付けと調査を行うことになった。
 リィンはというと食堂に一人いた。フィーやエリゼが一緒でないのは気晴らしのついでに立ち寄ったからだ。
 トレーを手に空いている席を探していると見知った顔を見つけて、その向かいの席にリィンは腰掛けた。

「サラ、〈黒旋風〉とやり合ったんだって? よく無事だったな」
「む……そうよ。お陰で死にそうな目に遭ったわ」
「……勝てたのか?」
「引き分けと言ったところね。ローエングリン城の方角から、凄い光が飛び出してきてレグラムの港も被害にあってね。あたしも津波に呑まれて、気付けば町外れに倒れていたってわけ……本当、酷い目に遭ったわ」
「ああ……そりゃ、災難だったな」

 まさか、その津波の原因が自分だとは言えず、リィンは目を逸らしながら適当に相槌を打つ。

「……町の人たちは大丈夫だったのか?」
「あたしが聞いた話では、クレア大尉≠ェ住民の避難誘導を指揮してくれたらしくて大事には至ってないそうよ」

 どことなく不満げに、クレアのところを強調して話すサラ。実際、感謝はしているのだろうが複雑な心境なのだろう。とはいえ、サラの話を聞いて安心したリィンは、ほっと胸をなで下ろした。
 サラは頑丈なため心配していないリィンだったが、さすがに住民に被害が及ぶのは気が咎めたからだ。

「学生は無事に解放できたんだろ?」
「ええ、エリオットたちが上手くやったみたい。さすがはあたしの生徒よね」
「そういう台詞は、ちゃんと仕事をしてから言えよ。聞いてるぞ。関係各所への連絡や書類仕事をさぼって生徒に迷惑を掛けてるって」
「うぐっ……なんで、アンタがそのことを……」

 クレアから聞いたと言えば、どういう反応をするだろうか?
 こんなところで暴れられても困るので、敢えてリィンは情報源について何も言わなかった。
 避難誘導の件もそうだが、カレイジャスとの連絡役やアルフィンたちの護衛など、クレアの活躍がなければ安心して作戦に集中することが出来なかった。
 その上、事後処理を含めて、全般的なサポートはほとんど彼女に丸投げ状態だ。アルフィンやエリゼもよくやってくれてはいるが、そうした各方面に強いスペシャリストが一人いるのといないのとでは随分と違う。クレアがいてくれてリィン的にはかなり助かっていた。
 そんな彼女を、サラに売るような真似が出来るはずもない。

「何か、言いたそうな顔ね」
「いや、クレア大尉はモテそうだなって」
「……それはあたしがあの女に比べて、モテないって言いたいのかしら?」
「僻むな。そこまで言ってないだろう。そんなだから男が出来ないんだよ」
「そ、それは余裕かしら? 自分は可愛い女の子に言い寄られているからっていう……」
「……シャーリィの言葉を真に受けているのか? あいつ、まだ十六だぞ?」

 十六と言えば、リィンのなかではようやく結婚できる年齢になったばかりだ。比較的、結婚適齢期の早いこの世界でも十六歳と言えば、結婚は勿論のこと子供を産むには早い年齢だ。シャーリィが幾らアプローチしようと、精神年齢で言えば親子ほど歳の離れた子供に手を出すほど、リィンは節操なしではなかった。
 それはアルフィンやエリゼ、それにフィーに対しても同様だ。リィンからすれば手の掛かる可愛い妹でしかない。
 しかしサラから見れば、リィンとシャーリィは一歳違いでしかない。それは他の三人も同様(アルフィンたちは二つ違いだが)だ。
 若者のカップルがイチャイチャと、自慢話をしているようにしか聞こえなかった。

「良い度胸だわ……」

 目が据わった状態で、ゆらりと立ち上がるサラ。
 さすがに煽りすぎたか、と冷や汗を流しつつリィンは武器に手を掛け、警戒の構えを取る。

「今日という今日は決着を付けてやるわ! ついて来なさい!」

 薄らと涙を滲ませながら人差し指を立て、サラはそう宣言した。



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