「お疲れ、リィン」
「ああ、サンキュな」

 フィーからタオルを受け取り、リィンは汗を拭う。あれから一時間余り休憩することなく、リィンはヴィクターと剣を交えていた。
 目がハートマークのサラからタオルを受け取るヴィクターを見て、溜め息を吐くリィン。
 傍から見れば、まったく脈はなさそうに見えた。

「どうだった?」
「さすがは〈光の剣匠〉だな。剣の腕だけなら、団長よりも上だと思う」

 フィーの質問に、リィンは率直な感想を述べる。帝国最高の剣士の名は伊達ではないと実感する一時間だった。
 相手も全然本気ではなかったから、どうにか打ち合えたが、これが実戦ならまともに剣を打ち合うなんて真似は通用しなかっただろう。ほぼ互角に見えた勝負も、リィン的には完敗だった。むしろ稽古を付けてもらったと言った感じだ。
 オーレリアとの戦闘でも感じていたことだが、やはり我流の剣では精練された剣術には敵わない。元々、猟兵と剣士では戦い方のそれは異なるが、流派に拘らず優れた部分は積極的に取り入れるべきだとリィンは考えていた。
 そうして生まれたのがリィンの戦法(スタイル)だ。武器を変幻自在に使い分け、利用できるものは積極的に利用する。型に囚われない戦い方こそ、リィンの真髄とも言えた。しかし、武器の種類やカタチに拘らないとはいえ、主に使っているのは片手銃剣(ブレードライフル)だ。戦いの基礎は主に団長から教わったため、自然と団長から教わった最初の武器がリィンの得物になっていた。武器を二本使うようになったのは、アルス・マグナを身に付けてからのことだ。
 白と黒、二つの力を同時に発動するには力の受け皿を用意する必要があった。それが、ゼムリアストーンで作られた二本の武器だ。
 しかし、お世辞にも精練されているとは言えない、まだまだ改良の余地がある未熟な技術だ。
 そのことから成り行きとはいえ、ヴィクターとの模擬戦は良い訓練となったとリィンは結果に満足していた。

「あ、あの……っ!」
「……ん?」

 ラウラに声を掛けられ、首を傾げるリィン。何やら真剣な様子のラウラに、自然とリィンの表情も引き締まる。

「時々で構いませんので稽古を付けて頂けないでしょうか?」
「……俺たちに?」
「はい。お二人がよければ、お願いしたいのですが……」
「ん……いいよ」
「軽いな、おい……」

 あっさりと承諾する義妹に、思わずツッコミを入れるリィン。
 別に嫌というわけではないが、リィンの戦い方は実戦向きだ。それにちゃんとした剣術とも違う。経験を積むという意味では、いろいろな相手と戦うことは訓練になるだろうが、剣術の鍛錬にはならないだろうとリィンは考えた。それはフィーにも言えることだ。

「出来れば、猟兵についても……お二人の過去を教えてはもらえないでしょうか?」
「唐突だな……。話すような昔話なんてないぞ」
「リィンの話なら一杯あるよ?」
「それを口にしたら二度とメシを作ってやらないからな」

 リィンのことなら、なんでも覚えているとばかりに胸を張るフィーにリィンは釘を刺す。
 フィーからすれば懐かしい思い出なのだろうが、リィンからすれば弱みを握られているも同じ恥ずかしい過去だった。
 剣呑な雰囲気を放つリィンに驚き、慌てて先程の言葉を訂正するラウラ。

「い、いえ、そういうことではなく……お二人の強さを学びたいのです」
「それはようするに実戦的な剣を学びたいってことか? 親父さんじゃダメなのか?」
「父上は……」

 チラッとヴィクターの方を見るラウラ。それを見て、なんとなく「ああ……」と言った様子でリィンは納得の表情を浮かべる。
 男親は娘に甘い。それは〈西風〉の団員たちのフィーへの接し方を見てもよく分かる。確かにヴィクターでは、ラウラに対して非情に徹しきれないだろう。
 それはラウラの剣を見れば分かる。真っ直ぐなのは良いことだが、実戦を知らない剣だ。
 VII組の実習を通して、それなりに場数を踏んできたみたいだが、それでも甘さが目立つ。

「まあ、いいか。でも、俺の剣って基礎は団長に教わったんだが、ほとんど我流でな。ちゃんと剣術とか習ったことないから参考になるか分からんぞ」
「我流で、あの強さ……ですか」

 凄すぎて、目で追うのすらやっとだったのだ。ラウラからすれば、冗談としか思えないような話だった。
 剣術をちゃんと学んだ者から見れば確かに粗雑な剣ではあるが、それでも実戦向きの鍛えられた剣に見えた。
 互いに本気でなかったという話だが、それでも自分ではあんな風に父と打ち合えないとラウラは確信していた。

「ん……リィンは変態だから」
「フィー……ちょっとお兄ちゃんと話しようか?」
「でも、ゼノもよくリィンの動きは変態ぽいって言ってた」
「あのエセ関西人! フィーになんてこと教えてるんだ!」

 もう、最初の頃に感じていた距離感は消えていた。
 猟兵というものに良いイメージを持っていなかったラウラだが、その考えがどれほど狭量だったかを思い知らされる。
 騎士だ、猟兵だという以前に一人の人間として向き合うべきだった。
 リィンとフィー。猟兵であるという先入観を抜きにして見れば、ラウラにとって二人は、実力・人格ともに尊敬できる人物だ。
 二人は剣士ではないが、その強さは認めることが出来る。尊敬する父と同じくらいに――
 そして、いつかは自分も彼等と同じ高みにのぼってみたい。そんな風にラウラは考えていた。

「ああ……前にエリオットにも言ったが、普通にリィンでいいからな。あと話し方も硬い」
「私もフィーでいい」
「ですが……」

 教えを乞う立場でそのように接するのはどうかと考えるラウラだったが、問答無用でリィンはそんなラウラの考えを否定した。

「諦めた方がいい。リィンとサラは、そういうところよく似てるから」
「それ、どう言う意味か? お兄ちゃんに説明してくれるか?」

 フィーに言われ、サラという例を思い出してラウラは諦める。確かにサラの昔馴染みなら、いろいろと非常識でも納得が行く話だった。
 少しだけ猟兵(かれら)のそんな自由なところが、ラウラには羨ましく見えた。

(殻に籠もり、外に目を向けず、限界を作っていたのは私自身ということか……勝てないわけだ)

 騎士と猟兵。目指すものは違えど、この二人とならVII組の仲間と同じように絆を育んでいけるかもしれない。
 そんな願いを込めて、ラウラは二人の名を呼ぶ。

「では、フィーと……リィン殿のことは兄上≠ニ呼ばせて頂きます」

 ポカンと呆気に取られるリィンを見て、満足げな笑みをラウラは浮かべた。


  ◆


 フィーとの模擬戦を終えた翌日、リィンに連れられてラウラとエリオットはエベル街道外れにある森を訪れていた。
 そこで二人が目にしたのは古びた遺跡だった。レグラム周辺の地理は、この土地で育ったラウラが一番よく頭に入っている。
 しかし、このような遺跡の存在は勿論のこと、街道の外れにこんな横道があることなどラウラは今まで気付きもしなかった。

「兄上、ここは一体……」
「精霊窟だ。原因はよく分からんが、封印が解けて道も見えるようになったみたいだな」

 以前、偶然発見した精霊窟にリィンが二人を連れてきたのには理由があった。
 聞いたことのない単語に首を傾げながら、エリオットはリィンに尋ねる。

「……封印ですか?」
「帝国の各地には、こうした隠された遺跡が幾つかあるんだよ。暗黒時代の遺跡で、これもその一つだな」

 原作知識の受け売りだが、ということは口にせずリィンは二人に説明する。
 そんなリィンの博識さに、素直に感心した様子で頷くラウラ。

「詳しいのですね」
「昔、フィーと似た遺跡を探索したことがあるんだよ。この武器はそこで手に入れたゼムリアストーンを加工して作った物だ。フィーの双銃剣(ダブル・ガンソード)もゼムリアストーン製だな」

 腰に下げた二本の片手銃剣(ブレードライフル)を指さしながら、そう話すリィン。

「ゼムリアストーン……聞いたことがあります。極稀に発見されることがある稀少鉱石だとか、それがここに?」
「たぶん、あるんじゃないかと思ってね。ついでに回収しておこうかと」

 レグラムの遺跡ではないが、過去にリィンは精霊窟の一つを発見し、そこでゼムリアストーンの結晶を入手していた。
 もう一つの力、アルス・マグナを自覚し使えるようになったのも、その時の出来事が原因で……良くも悪くも思い出の深い場所だった。

「ところで昨日は聞きそびれたが、なんで『兄上』なんだ?」
「小さい頃、道場で兄弟子たちのことをそう呼んでいたことがあるので……何か変でしょうか?」
「変というか……まあ、それが呼びやすいなら好きにしてくれ」

 ラウラ自身よく考えての結論だった。
 幼い頃から武を学び、礼節を重んじる家系で育った彼女だ。幾ら呼び捨てでいい言われても、尊敬する父親と対等の戦いを見せた相手に、そのように気軽な対応が出来るはずもない。結果、ラウラ的に『兄上』と呼ぶのが一番しっくりときたと言う訳だ。
 一方、くすぐったいものを感じるリィンだったが、エリゼのこともあって今更ラウラだけ拒むのもどうかと考え、諦めた。
 気持ちを切り替え、ラウラとエリオットに向き直ると、リィンはおもむろに口にした。

「それじゃあ、行ってこい」
「「え?」」

 声をハモらせ、固まるラウラとエリオット。
 リィンがここにきた理由。それはゼムリアストーンの回収という理由の他に、ラウラとエリオットの訓練も含まれていた。
 精霊窟には旧校舎の地下と同じく、その場所ならではの特殊な魔獣が徘徊している。
 ここなら戦う相手には不自由しない。実戦の勘を養うには打って付けと考えてのことだった。

「実戦的な戦い方を学びたいって言ってただろ? なら、実戦あるのみだ」
「えっと、僕はそんなこと一言も口にしてないんだけど……」
「仲間≠ネんだろ? なら一蓮托生だ。それとも女の子一人で行かせる気か?」
「うっ……それは……」

 そんな風に言われては、エリオットも嫌だとは言えない。
 一方、女の子扱いされたラウラは慣れない様子で頬を紅く染めていた。

「今回は上手くいったかもしれないが、この先も同じように上手くいくとは限らない。本気でついてくるつもりなら最低限℃gえるようになってもらわないと困るからな」

 ずっと考えていたことではあった。戦力は以前に比べれば整いつつあるが、足手纏いを連れていけるほど余裕があるわけでもない。とはいえ、エリオットやラウラの性格からして付いてくるなと言ったところで、大人しくしていられるとは思えない。それで勝手な行動をされて面倒を起こされる方が厄介だとリィンは考えた。
 なら戦力として期待できないまでも、自衛が出来る程度の力は身に付けてもらわないと困る。短時間で強くなるには、実戦で鍛えるのが一番だと思い至ったわけだ。
 習うより慣れろ。これは〈西風〉でリィンが学んだことだった。

「やる気になったみたいだな。まあ、心配するな。調査は行ったが、勝てないほど凶悪な魔獣はいないはずだ」

 覚悟を決めた様子の二人に、少しは安心させてやろうとフォローを入れるリィン。
 このために、リィンは封印の扉がある付近までは調査を兼ねて攻略を済ませていた。

「嘘は言ってない。あの二人なら魔獣≠ヘ大丈夫だろう。魔獣≠ヘ……」

 遺跡に向かう二人を見送りながら、リィンはボソッとそんなことを呟いた。

  ◆


 最初こそ戸惑いはしたものの、旧校舎の地下で似たような遺跡を攻略した経験のあるラウラとエリオットは、魔獣や罠に気を付けつつ順調に足を進め、どうにか封印の扉がある大広間へ到達した。
 ところが、そこで予想だにしない人物に襲われ、危機的状況に追い込まれていた。
 ローライズのパンツに、へそだしのクロップドトップス。その上から真紅のコートを羽織ったフィーとよく似た格好をした赤髪の少女。
 少女の手には愛用の大型ブレードライフルではなく、色だけ紅く染めた既製の片手銃剣(ブレードライフル)が握られていた。
 直接、話をしたことはないが、リィンと一緒にいるところをラウラとエリオットはよく目にしていた。
 彼女の名はシャーリィ・オルランド。〈血染め〉の異名を持つ、最強クラスの猟兵だ。

「正直、リィンの頼みじゃなかったら断ってたところだけど、思ったより悪くないね、お姉さんたち。ねえ、もっとシャーリィを楽しませてよ。他にもあるんでしょ? さっさと全部みせてくれないと死んじゃうよ=H」

 ニヤニヤと愉しげに笑うシャーリィ。そして炎のような闘気が溢れ出す。
 大気が震えるかのような桁外れの眼力と気当たりに、ラウラは息を呑み、エリオットは身震いをする。
 殺される――二人が死を覚悟した、その時だった。

「やり過ぎだ。バカたれ」

 物陰から様子を窺っていたリィンが溜め息を吐きながら現れ、シャーリィの頭を小突いた。
 向けられていた敵意が消えたことで、汗を滲ませながら床に崩れ落ちるラウラとエリオット。

「三分か。まあまあ、保った方か。シャーリィの遊び≠ノ助けられたな」
「兄上、これは一体……」
「言っただろ? 実戦訓練だって、シャーリィもういいぞ」
「ええ……まだ物足りないんだけど……」

 不満そうな声を漏らすシャーリィ。特訓に付き合ってくれたことには感謝しているが、これ以上は幾らなんでもやり過ぎになってしまう。
 そして、そうした手加減をシャーリィが苦手としていることをリィンは知っていた。だから止めに入ったのだ。

「さてと……」

 文句をいうシャーリィを無視して、巨大な石造りの扉の前に立つリィン。それは旧校舎の地下にある封印の扉とよく似たものだった。
 リィンが扉に手を触れた瞬間、白い光のようなものが輝き、ゆっくりと重い石の扉が左右に開き始める。
 今日何度目か分からない衝撃を受けて、エリオットとラウラは目を瞠った。

「扉が開いた……リィン、キミは一体……」

 旧校舎の地下にもあった封印の扉を、ただ触れただけで開いて見せたリィンにエリオットは困惑の目を向ける。
 ラウラも戸惑いを隠せない様子が、表情にありありとでていた。

「うん、やっぱり開いたな」

 本人も今一つ自覚がないのか、そんなことを他人事のように口にした。
 四年前に偶然ここと似た遺跡を発見した時も、リィンは扉に触れるだけで封印を解くことが出来た。触れるだけで伝わってくるイメージ。どうすれば封印を解除できるのか、そのプロセスを解析し、把握し、理解し、実行する。そんな非現実的なことが、リィンには誰に教わったわけでもなく息をするかのように自然に出来た。
 オーバーロードも原理は同じだ。物質の構造を解析し、イメージを武器に伝えることで形状を変化させる。一般的に錬金術と呼ばれる力に、近い能力だ。とはいえ、リィンは錬金術など学んだことはないし、ゼムリアストーン製の武器でしか力を満足に使えない欠点もある。便利な力ではあるが、汎用性に欠ける能力だとリィンは思っていた。

(もう慣れたが、この力も謎が多いよな。自分の身体のことなのに、分からないことだらけだ……)

 深くは考えて来なかったが、この力がデュバリィの言うように〈聖痕〉に類似する力であった場合、すべてそこに結びついていると考えるのが自然だろう。最初の頃は「〈鬼の力〉の隠された能力が目覚めたのでは?」と中二病臭いことを考えていたリィンだったが、さすがに別種の力であることにはとっくに気付いていた。そして、ただの予感ではあるが、それが前世と関係しているのではないか、ということにも――
 困惑した様子のエリオットとラウラを見て、それが当然の反応だよなとリィンは頭を掻く。二人を連れてきた理由の一つが、反応を見たかったからというのがあった。旧校舎を知っている二人なら、何か他に気付くこともあるのではないかと思ったからだ。とはいえ、この反応ではその望みは薄そうだった。

「んじゃま、準備運動はこの辺りにして続きと行こうか」

 パンパンと手を叩きながら、淡々と話の続きに入るリィン。
 これで終わりだと思っていた二人はリィンの言葉に驚き、さっき見たことなど頭から吹き飛んでいた。

「ここまでと同じように、最奥に辿り着くのが攻略の条件だ。あと五分でシャーリィが狩りを開始するから……必死に逃げた方がいいぞ」

 それを先に言ってくれ――といった様子で、ラウラとエリオットは顔を見合わせ、シャーリィから逃げるように走り出す。
 シャーリィは退屈そうに手を頭の後ろで組み、ふと何かを思いついたかのようにリィンに尋ねる。

「ねえ、リィン。死ななければ、何をやってもいいんだよね?」
「程々にな。治療できる範囲でやれよ。あと再起不能にまで追い込むのは禁止だ」
「むう……注文が多いけど、了解ー。あの大剣持ったお姉さんは、いい玩具≠ノなりそうで楽しみなんだよね」

 こんなことをシャーリィがいうのは珍しい。余程、ラウラのことが気に入ったのだろう。
 二人が遺跡の奥へ走り去ったことを確認して、リィンは心の中で合掌した。



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