貴族連合で主戦力として配備されているのが、ドラッケンと呼ばれる機体。導力ライフルや近接戦闘用のブレードと言った武器を持ち変えることで、様々な戦場に対応が可能な汎用型量産機だ。
 その上に各種センサーを強化したシュピーゲルと呼ばれる指揮官機があり、他にも数は少ないが重装型のヘクトルなど、機甲兵と一口に言っても様々な機体が存在する。
 バリアハートの陥落や、オーレリアがリィンに敗れ前線を退いた影響で、カイエン公の勢力下にある西側の情勢も思わしくなく、最初は機甲兵の投入により正規軍に対して優勢を保っていた領邦軍も、現在では苦しい戦いを強いられていた。そんななか激化する内戦の情勢下において、状況を打開すべく投入された二機の新型機。その内の一機が、このゴライアスだ。
 圧倒的な威圧感を放つ、従来の機甲兵の倍近くある巨体。肩には戦艦すら一撃で落とす巨大な導力砲と連装式のミサイルポッドが装備されており、機動力を捨てた代わりに圧倒的なパワーと防御力を誇る――まさに移動する要塞と言った怪物だ。
 何体もの機甲兵を難なく倒してきたサラたちではあったが、この怪物を前に劣勢を余儀なくされていた。
 サラの剣でも、シャロンの鋼糸でも、ゼノやレオニダスの一撃でも傷一つ付かない装甲。巨大すぎるが故に敏捷性は低い。逃げるだけなら、そう難しくはないだろう。しかし、このまま放置すれば学院は――いや、トリスタの街はどうなる?
 敵に奪われるくらいなら――そんな手段を選ばない領邦軍の考えが透けて見えていた。それだけに撤退は出来ない。

「このままじゃ……」

 領邦軍によって無残にも焼かれたケルディックの街の姿が、サラの脳裏を過ぎる。
 学院を取り戻し、トリスタを解放したいと願っていたのは、何も学生たちだけではない。サラにとっても、ここは思い出深い場所だ。二年前の事件を切っ掛けに帝国内での遊撃士としての活動を制限せざるを得なくなり、仕事にあぶれ困っていたところを拾ってくれたのが、この学院――ヴァンダイク学院長だった。
 自身が教師になるとは夢にも思っていなかったサラではあったが、ここで生徒たちと過ごした時間は彼女にとっても得がたい経験だった。ガラではない、と口にしつつも故郷を捨てたサラにとって、ここは長い旅路の果てに見つけた心安まる場所に違いなかった。

「……せない。このまま、あの子たちの居場所をなくさせるものですかっ!」

 それは生徒だけでなく自身にも向けた言葉。雷神功――サラの全身から闘気が迸る。
 突然のサラの変貌に周囲の目が向く中、紫電を帯びたサラは皆の視界より姿を消し、一瞬にしてゴライアスの目前へと間合いを詰めた。
 雷光の如き速度で振り抜かれる剣。ゴライアスの展開したバリアにぶつかり激しい光りを放つ。リアクティブアーマーと呼ばれる指揮官クラスの機体に備えられている対物理障壁だ。
 並大抵の攻撃では、ビクともしないはずの障壁。しかし、サラの渾身の一撃はその防御を上回った。
 ゴライアスの前方に展開されたバリアが、ガラスのように砕け散る。
 衝撃で身体を宙に投げ出しながらも、腰の導力銃を抜き、ゴライアス目掛けて一撃を放つサラ。
 その一撃が頭部のセンサーへと命中する。よろける巨体。その隙を逃すまいと三つの影が地上で動いた。

「いくで――」

 ジャベリンをゴライアスの足下目掛けて投擲するゼノ。地面に突き刺さったジャベリン――槍型の時限式爆弾が、ゼノが跳び上がるのを合図に一斉に爆発する。爆風を利用してゴライアスの頭上に舞い上がるゼノ。そこからブレードライフルを突き出すように構え、ゴライアス目掛けて急加速する。

「ジェノサイドレイン!」

 一本の槍と化したゼノの一撃が、咄嗟に防御の構えを取ったゴライアスの腕を吹き飛ばす。しかし、それで終わりではなかった。
 視界を覆い隠す爆煙。その煙の中から、マシンガントレットを構えたレオニダスが姿を見せる。
 ガントレットの背部から薬莢が放出される。次の瞬間、その巨体からは信じられないほどの速度で加速するレオニダス。黒い闘気を帯びた必殺の一撃が、ゴライアスを捉える。
 目を見開き、レオニダスは咆哮を上げる。

「ディザスターアーム!」

 一瞬、世界が静止したかのように思えた次の瞬間、渦を巻く風がレオニダスとゴライアスを中心に吹き荒れた。
 レオニダスの一撃でゴライアスの分厚い胸部装甲が弾け飛び、導力機関が剥き出しになる。

「トドメです」

 レオニダスの背後から飛び出すシャロン。手にした刃が留め具を破壊し、絡め取った鋼糸が一瞬にしてゴライアスの身体から丸い導力機関を抜き出す。そのまま上空に放り投げられる導力機関。その瞬間を待っていたかのように、背中から地面に落下しながら、サラは剣を空へ目掛けて投げる。
 丸い導力機関の中心に突き刺さるサラの剣。その直後――トリスタの上空で巨大な爆発音が響いた。


  ◆


 時は少し遡り、サラたちが領邦軍の足止めをいている頃、先に学院へと潜入したVII組を中心とした学生たちもまた予期せぬ妨害にあっていた。
 トリスタの襲撃に合わせて人質の生徒たちは全員、体育館に集められていた。
 その体育館を守っていたのは、領邦軍ではなく銃火器で武装した猟兵と思しき連中だったのだ。

「なんなのよ、あいつら……っ!」
「たぶん貴族連合が雇った猟兵団の残りだと思うよ……」

 状況は、学生たちと猟兵団の銃撃戦の様相を見せていた。
 膠着状態と言った中、校舎の影に身を隠しながら、アリサの疑問に答えるエリオット。
 貴族連合に雇われた猟兵の大半は、ノルド高原の戦いで消失している。そのため、多くの団員を失い、たいした戦果を挙げることの出来なかった猟兵たちは原作以上に追い詰められていた。
 特にニーズヘッグはほぼ壊滅と言ってよく、団長や隊長格も先の戦いで行方不明。北の猟兵団も戦力の大半を失い、今後の活動に制限を設けなくてはならないほどの大損害を被っていた。それだけに彼等も、中途半端に後を引けない状況に追い込まれていた。それが、この状況だ。
 再起を図るために報酬の上乗せを要求しようにも、たいした戦果を上げていない現在の状況では難しい。それに雇い主であるカイエン公が負け、処刑されるようなことになれば、貴族連合に味方した猟兵団も無事ではすまない。少なくとも今後、帝国での活動を自粛せざるを得なくなるだろう。だからこそ、彼等も必死だった。

「人質がいるのでは、これ以上は……」
「くっ、卑怯な……」

 苦々しげな表情を浮かべるガイウスとラウラ。ここに猟兵がいることは完全に予想外だった。
 いまはどうにかなっているが、追い詰められれば連中なら人質を盾に取りかねない。
 ノルドの一件で、そのことを痛いほどに理解している学生たちは表情を暗くする。
 出来ることなら人質となっている人たちから犠牲者をだしたくはない。

「やっぱり、ここは……」

 エリオットは、そう口にしながらミリアムへと視線を向けた。

「え? 僕?」

 自然と皆の視線がミリアムへと集まる。誰もがエリオットの考えていることを察した。
 彼女とアガートラムなら、姿を消して体育館に近づくことも可能だ。密かに体育館へと侵入したミリアムが人質の安全を確保しつつ、他のメンバーが素早く猟兵たちを無力化することが出来れば――
 しかし体育館の窓はしっかりと閉められ、正面の分厚い鉄製の扉も閉じられている。
 幾ら姿を消して近づいたところで、あの警備のなか敵に気付かれずに潜入するのは難しいのではないかと思われた。

「俺が囮になろう。元はと言えば、父が招いた種だ。俺にも責任はある」

 カイエン公と競い合うように猟兵を雇い入れていたアルバレア公。
 そんな父のしでかした不始末を自分が取ると話すユーシスに、皆は複雑な表情を浮かべる。

「自暴自棄になっているわけじゃ、ないわよね?」
「……無論だ。俺はまだ死ぬつもりはない」

 アリサの問いに少し逡巡しながらも答えるユーシス。
 ユーシスがここ最近、アルバレア公やルーファスのことで思い詰めていたことは、彼女たちも察していた。
 どうにかしたいと思っていたのだが、結局ユーシスとそれらしい話は出来ぬまま作戦の日を迎えてしまった。
 ユーシスが何を考えているのかまでは分からない。しかし、仲間を信じてみようとアリサは決断した。


  ◆


「あのまま放って置いて、よかったの? あなたならゴライアスを含め、あの程度の連中。始末するのに、たいした時間は掛からないでしょ?」

 旧校舎の地下――〈灰の騎神〉が眠る場所へと通じる道を進みながら、ヴィータはリィンに尋ねた。
 魔獣や幻獣の徘徊する遺跡を、まったく意に介さず平然とした顔で突き進むリィンの実力は、結社に所属するヴィータから見ても異常極まりない。クロウとは比べるまでもなく、執行者でも上位――いや、結社でも別格とされる〈鋼の聖女〉や〈劫炎〉に匹敵するのではないかと思えるほどの実力の開きがリィンとヴィータの間にはあった。
 戦闘が余り得意ではないヴィータでは、リィンの正確な実力は読み切れない。しかし〈鬼の力〉に〈王者の法〉と称す力を駆使すれば、或いは最強の一角に届くかもしれない。そんなリィンの力をもってすれば、他者の力を借りずとも一人でどうにか出来たはずだ。
 あの場で領邦軍や猟兵を無力化してからヴィータとの約束を果たしたところで、たいした時間のロスにはならなかったはずだとヴィータは考えた。
 それ故の質問だったのだが、リィンはそんなヴィータの質問を肩をすくめ呆れた表情で答えた。

「どうして、俺がそこまで連中の面倒を看てやらなきゃいけないんだ?」
「……仲間なのでしょう?」
「仲間ね……何か勘違いしているようだが、俺の雇い主はアルフィンだ。雇い主の意向なら従うが、必要以上に馴れ合うつもりはない。それにこれは学生逹(アイツら)の戦いだろう?」

 リィンのその回答はある意味で予想の出来たものだった。
 猟兵としては正しく、人情としては少し冷たい気もする。しかし、それだけに一筋縄ではいかない相手だと、ヴィータはリィンの評価を再確認する。仕事とプライベート。大切なものと、それ以外。優先順位をはっきりと切り分けて考えているのだ。
 ただ、そこまではっきりと物事を切り分けて考えられる人間は少ない。
 人とは感情で動く生き物だ。そのことをよく知るヴィータからすれば、リィンの有り様はどこか歪んで見えた。

「意外と冷たいのね」
「お前こそ〈使徒〉なんてやっている割りには、優しいところがあるじゃないか」
「……私は優しくなんてないわ。故郷を裏切り、家族を捨てた私に、優しさを語る資格はないもの」

 そして、その有り様はどこか〈結社〉に身を寄せる自分たちに似ているところがある。
 リィンが内に抱える闇。その本質に僅かに触れたヴィータは、自分でも意外なほど素直に勧誘の言葉を口にしていた。

「ねえ、リィン・クラウゼル。いまの仕事が終わったら〈結社〉に来る気はないかしら? あなたなら執行者に――いえ、私たちの同志≠ノなることも不可能ではない。私にはそう思えるのだけど」
「俺はただの猟兵だ。お前たちとは違う」

 しかし、リィンの答えは明確な拒絶だった。
 そんなリィンの僅かな逡巡すら見せない淀みのない答えに、ヴィータは眉を顰めながら尋ねる。

「私は目的のために悪魔に魂を売った。あなたは家族を守るために自らが悪魔となった。そこにどれほどの違いがあると言うのかしら?」

 弱きを助け、民を守るという遊撃士の理念とは近いようで相反する考えだ。
 リィンが力を求めたのは世界を救うためでも、英雄(ヒーロー)になりたかったからでもない。
 家族を――大切なものを守る力が欲しかっただけだ。だから、そこには明確な線引きがある。
 結社が何をしようと、教会が何を企んでいようと、我が身と家族に危害が及ばない限りは自分から何かをするつもりはない。
 世界の趨勢に興味はなく、求めるは自分と家族の安寧だけだ。

「はあ……確かに、お前の言いたいことは分からないでもない。俺は俺のために力を求め、その力を誰かのために使うわけでもなく身勝手に振ってる。そういう意味では、お前たちと大差ないのかもしれない」

 力を持つ者が世のためにその力を使わなければならないと言った考えは、リィンのなかにはなかった。
 大いなる力には責任が伴うと口にする者もいるだろう。しかし、それでもリィン・クラウゼルという男は自らの考えを変えない。
 アルフィンに協力すると決めたのも独善的な理由からだ。まったく思うところがないわけではないが、帝国やその犠牲となっている民のためにとか、崇高な使命に突き動かされての行動ではなかった。

「でも、そんなの誰だって一緒だろ? お前たちは何がなんでも区別をしたいみたいだが、心の底から世のため人のためにと力を振ってる奴なんて極一部だと思うぞ? 猟兵も遊撃士も兵隊だって、食わなきゃ生きてはいけない」
「それは違うわ。論点のすり替えよ……」
「違わないさ。使命に酔うのは結構。大義があるのなら勝手にやってくれ。ただし――」

 一呼吸置き、殺気を放ちながらリィンはヴィータの質問に答える。

「俺たちを巻き込もうとするな。家族(フィー)に害が及ぶようなら全力で潰す」
「……あなた一人で〈結社(わたしたち)〉に敵うとでも?」
「試してみるか? 戦力を減らして、盟主の計画とやらに支障をきたさなければいいな」

 息を呑むヴィータ。少なくとも冗談で言っているとは、とても思えなかった。
 可能なら味方に引き込みたかったというのは本音だ。しかし、それは無理だとヴィータは悟る。
 将来、目の前の男は〈結社〉にとって大きな障害となるかもしれない。
 それがわかっていても、いまは計画のためにリィンとの協力関係を維持する他、ヴィータに取れる選択肢はなかった。



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