テスタ・ロッサの集束砲によって半壊した城を見下ろすリィン。
 帝国の繁栄の象徴――帝都のシンボルともなっていた緋色の城は崩れ落ち、いまや見る影もなく瓦礫と化していた。
 アルフィンがこの惨状を目にすれば、卒倒するに違いない。

「……これ、元通りになるのか?」
「たぶん……異界化が解ければ、元通りになるはずです」

 エマの話を聞いて、リィンはほっと安堵の息を吐く。
 ルーレの一件でラインフォルトの本社ビルを破壊して、散々アリサにネチネチと文句を言われたばかりだ。不可抗力とはいえ、城を跡形もなく破壊してしまっては、後で何を言われるか分かったものではなかった。

「ねえ、リィン。さっき何をしたの?」
「ああ、〈七耀の盾(スヴェル)〉のことか?」

 テスタ・ロッサの集束砲を防ぐため、咄嗟にリィンが展開した光の障壁。それはゼムリアストーンを核に、球状の結界を発動する〈オーバーロード〉唯一の防御形態。グングニルが『最強の矛』とすれば、スヴェルはその対となる『最強の盾』の役割を担うリィンの奥の手とも言うべき技だった。
 だが、あくまで効果があるのはアーツなどの魔法攻撃に対してのみ。物理攻撃は一切防げない。というのも、この技の本質は術式の解体、魔法をマナへと分解することにある。精霊窟に施された魔女の封印を消滅させたことからヒントを得て、クラフトとして昇華させたのがスヴェルだからだ。

「マナに分解ですか……」

 確かに物理攻撃を防げないのは欠点だが、魔法を得意とした後衛タイプ。特に魔女にとっては天敵とも言える技だ。エマが警戒するのも無理はない。とはいえ、他に欠点がないわけではなかった。
 敢えてリィンはそのことに言及していないが、なんの代償もなしに魔法をマナへと分解できるわけではない。その代償として支払っているのが、魔法に込められたマナと同量の精神力だった。
 実際さっきの集束砲を防ぎきったはいいが、その結果ヴァリマールの霊力は半分を切っていた。
 これを生身で発動した場合、そのコストを支払うのは術者自身だ。
 一度や二度くらいなら防ぎきれるだろが、無効化できる回数にも現界がある。
 エマのように魔法に特化した相手と戦った場合、先に魔力が尽きるのはリィンの方だろう。

(さっきの攻撃をもう一度撃たれたら正直やばいな)

 同様の攻撃を受けたら、あと防げて一、二回と言ったところかとリィンは考える。
 根比べをすれば、先に動けなくなるのはヴァリマールの方だ。

「エマ。ヴァリマールの力を引き出せるとか言ってたが、それはオルディーネが使っていたような奴か?」
「正確には少し違います。あれは騎神に隠された能力の一つ。どちらかと言えば、元々ある力を引き出すものです。そして、私が使うのは強化魔術の応用。魔女の秘術には特定の武器を強化したり、使い魔に膨大なマナを注ぎ込み使役する術があります」
「なるほど、それをヴァリマールにかけるってわけか」
「はい。本来であれば、姉さんの方がこういった術は得意なのですが、私でも短時間なら維持できるはずです」
「……どのくらい保つ?」
「正直、ヴァリマールが対象なら二十秒が限界です。それ以上は私の力では……」

 余りに短い時間だ。グングニルや集束砲を撃つにしても、溜めに十秒の時間は必要だ。だが一撃に賭けるのであれば、十分な時間とも言えた。
 どちらにせよ、ヴァリマールの残りの霊力を考えれば、何度も攻撃をするチャンスがあるとは思えない。ならば確実に一撃で仕留める必要があった。問題があるとすれば、その隙をどうやって作るかだ。

「それって、シャーリィにもかけられるの?」
「えっと……可能です。ですが、強化魔術を直接かけるのは、おすすめしません」

 強化魔術は武器や技の強化に使うことはあっても、人間を対象にかけるようなことはしない。精々が使い魔に力を分け与えると言ったものだ。
 というのも、魔術で強化されたところで所詮は人間の身体だ。どれだけ身体を鍛えている人間でも、肉体の強度には限界がある。機械と違って無理をすれば反動で身体を壊すことになりかねない。

「簡単に強くなれるのなら苦労はしないけど、やっぱり無理か。それじゃ、この子にかけることは出来る?」
「それなら……」

 ダメもとで言ったのだろう。
 特に落胆した様子はなく、エマの説明で難しいと理解すると、シャーリィは〈緋の騎神〉と同じ名を持つ愛用の武器を彼女に見せる。
 シャーリィに急かされ、強化魔術を彼女の武器に施すエマ。

「……止めるだけ無駄だろうが、何か考えはあるのか?」

 シャーリィが何をしようとしているのかを察し、リィンは尋ねる。
 生身で騎神に対抗できないとは言わない。しかしシャーリィ一人では分の悪い相手だ。
 まともに戦えば、シャーリィに万が一も勝ち目はないだろう。

「まあ、さすがに倒せるとまでは言わないけど、いまなら負ける気はしないかな。さっきの戦いで、もう十分見せてもらったから――それにリィンだって本当なら、騎神(こんな)の使わなくたって勝てるでしょ?」

 シャーリィの質問に目を丸くするリィン。
 普通であれば冗談と一笑するところだ。しかしリィンは何も答えなかった。


  ◆


「さっきのシャーリィさんの質問……リィンさん、あれは……」

 騎神を相手に生身の人間が勝つ。俄には信じがたい話だ。
 それにテスタ・ロッサは普通の騎神ではない。〈紅き終焉の魔王〉を宿した伝説の怪物だ。
 正直シャーリィの言っていることは、エマには到底理解できるような話ではなかった。
 その話が事実なら、リィンにとって騎神は必要ないどころか、足枷となっていることになる。

「説明したところで理解は出来ないだろうからな。見てれば分かる」
「……シャーリィさんの戦いをですか?」

 シャーリィの強さはエマも先程の戦いから知っているつもりだ。
 確かに彼女は常識を越えた強さを持っている。並の機甲兵が相手なら彼女一人でもどうにかなるだろう。もしかすれば、クロウのオルディーネとも条件次第では互角に戦えるのかもしれない。
 しかし〈紅き終焉の魔王〉を宿したテスタ・ロッサと戦えるほどとは思えなかった。
 事実、さっきの戦闘ではフィーやリーシャと協力して、やっとと言ったところだったのだ。

「戦いね……いや、それは少し違うな」

 まともに戦えば、エマの懸念通りシャーリィに勝ち目はないだろうとリィンも断言できる。
 それどころか足止めすら難しいかもしれない。しかし、それはあくまで正面から戦った場合だ。

「シャーリィがやろうとしていることは戦いじゃない。――戦争だ」

 正面から堂々と力でねじ伏せる戦いは、猟兵の本分とは言えない。
 リィン自身、騎神はあくまで手段の一つとしか考えていない。ただ有用だから活用しているだけだ。騎神は何も特別なものではない。あくまで兵器は兵器。それ以上でも、それ以下でもない。
 そして勝つため、生きるためなら利用できるものはなんでも利用する。それが猟兵の戦い方だ。
 アルフィンがコアに捕らえられていたこともあるが、先程までのシャーリィは周りが気になって本来の実力を出し切れていなかった。
 シャーリィが本領を発揮するのは戦場だ。そしてそれは――リィンも同じだった。


  ◆


 シャーリィは瓦礫で出来た小高い丘に腰を下ろし、テスタ・ロッサを観察するように見下ろしていた。
 集束砲を放った後、テスタ・ロッサは何をするでもなく同じ場所に停止していた。
 エネルギー切れというのは考えられない。確かに紅い風の影響は少なくなっているが、それでも七耀脈から件の魔王はマナを吸い上げることが出来る。〈紅き終焉の魔王〉がテスタ・ロッサに宿っている限り、あの怪物が機能を停止することはない。
 なら、どうしてあの場所から動かないのか? 追撃を仕掛けてこないのか?
 シャーリィは一つの答えを得ていた。

「なるほどね。ようするに、こっちから仕掛けなければ何もしてこないのか」

 これまでもテスタ・ロッサは自分から攻撃を仕掛けるようなことはなかった。
 最初、シャーリィが吹き飛ばされたのも、あれは霊気を放出した際に生じた衝撃波のようなもので、意識的に狙って攻撃したとは言えない。その後、テスタ・ロッサに対して先に攻撃を仕掛けたのはフィーたちだ。ヴァリマールの放った集束砲に関しても、撃たれたから撃ち返したに過ぎない。紅い風に至っても、恐らくは活動に必要なエネルギーを得るための生存本能のようなものだろう。
 恐らく、あの怪物に意思のようなものは存在しない。魔王の不完全な覚醒と、適性の低い未熟な起動者を取り込んだ結果があれなのだろう。
 放って置いても恐らく害はない。問題があるとすれば、帝都が一つ犠牲になるだけだ。

「とはいえ、放置も出来ないんだよね」

 シャーリィにも猟兵(プロ)としての矜持がある。
 リィンを相手に選んだのはシャーリィ自身だ。もう〈赤い星座〉に戻るつもりはないし、この件が終わったら報酬も手に入る。そうしたら本気でリィンやフィーと新たな団を作るつもりでいた。
 そのリィンがアルフィンと契約を結んでいる以上、一度受けた依頼を投げ出すような真似は出来ない。アルフィンの望みを叶えるには、帝都の奪還は必要不可欠。それにそうした建て前を無視しても、目の前の怪物には興味を持っていた。

「さてと」

 よっという掛け声と共に腰を上げるシャーリィ。
 獲物を見定めるように睨み付け、身の丈ほどある相棒を肩に担ぐ。
 彼女は負けず嫌いだ。それだけにやられっぱなしで終わらせるつもりはなかった。
 フィーたちと一緒に避難せず、ここに残ったのもそのため――
 全力をだせなかったというのは負けた言い訳にすらならない。
 だから言い訳はしない。猟兵に求められるのは結果のみ。ただ、証明するだけだ。
 シャーリィ・オルランドに敗北はないことを――

 刹那――シャーリィの姿が丘の上から消える。次の瞬間、周囲に響いたのは爆音だった。
 相手が攻撃を仕掛けるまで動かないのであれば、事前に可能な限り罠を仕掛けておけばいい。
 シャーリィは手持ちの爆薬を戦闘の前に、テスタ・ロッサの周囲にばらまいていた。
 雄叫びを上げる緋の騎神――テスタ・ロッサ。当然、この程度の攻撃が通用する相手とはシャーリィも思っていない。
 狙いはダメージを与えることではなく、視界を封じること。
 土煙が辺り一帯に広がり、戦場を白い煙で包み込む。

「ブラッディクロス」

 テスタ・ロッサの身体に、絶え間なく連撃を刻み込むシャーリィ。
 煙に紛れ、縦横無尽に動き回るシャーリィを捕捉しきれず、テスタ・ロッサの攻撃は空を切る。空振りした攻撃が瓦礫を粉砕し、辛うじてカタチを保っていた建物のバランスが崩れる。そしてそれこそがシャーリィの狙いだった。
 崩れ落ちる天井を見上げ、シャーリィは攻撃の手を止め、テスタ・ロッサに背を向けて走り出す。 この場に残れば、自身も瓦礫の下敷きだ。脱出するために背を向けたと考えるのが自然だろう。しかし――
 テスタ・ロッサが雄叫びを上げると霊力が放出され、風が巻き起こったかと思うと、まるで時が止まったかのように瓦礫が宙で停止していた。
 これはさすがに予想外だったのか、シャーリィは目を瞠き「なんてインチキ!?」と叫びながら足を止め、防御の姿勢を取る。その直後、シャーリィの全身をトラックに跳ねられたかのような衝撃が襲った。
 鮮血を撒き散らしながら、勢いよく吹き飛ぶシャーリィ。転がるように地面に叩き付けられながら、自分を攻撃した相手を睨み付ける。

「カハッ――」

 地面に武器を突き刺し勢いを殺すことで、瓦礫に叩き付けられるのをギリギリのところで防ぐシャーリィ。見れば、追撃とばかりにシャーリィへ銃口を向けるテスタ・ロッサの姿があった。
 ヴァリマールに放った集束砲。あんなものを食らえば、シャーリィとて無事ではすまない。
 だが、彼女は笑っていた。

「それを待ってた」

 シャーリィの手には、あるべきはずものがなかった。
 彼女の手に握られているのは、極普通のブレードライフル。リィンから借り受けたものだ。
 なら、緋の騎神と同じ名を持つ彼女の相棒は何処に行ったのか?
 よく見れば、テスタ・ロッサの足下にはシャーリィのチェーンソーライフルが突き刺さっていた。
 彼女のチェーンソーライフルには〈千の武器を持つ魔人〉と同じ名を冠することになった特殊なギミックが仕掛けられている。戦車の装甲すら切断するゼムリアストーン製の回転式刃。毎分二百発の弾丸を発射するガトリング砲。そして――火属性の七耀石(セプチウム)を起爆剤とした火炎放射器。
 シャーリィが背を向けたのは、瓦礫に押し潰されるのを恐れたからではない。背を向ければ、確実にテスタ・ロッサが追撃を仕掛けてくることをシャーリィは予期していた。
 膨大なマナは七耀脈を活性化させる。そしてそれは七耀石に関しても同じことが言える。
 シャーリィの〈赤い頭(テスタ・ロッサ)〉は一種の武器庫だ。その傍で火種を用いれば、どうなるか?
 答えは簡単だ。騎神――テスタ・ロッサが炎に包まれ、その直後、巨大な爆発が巻き起こる。

「アハハハハハハッ!」

 シャーリィの無邪気な笑い声が辺り一帯に響く。
 これが本当の戦い。これが戦場。シャーリィのなかのオルランドの血が滾る。

「それじゃあ――そろそろ、フィナーレといこうか」

 口元に笑みを浮かべ、シャーリィは空を見上げる。
 その視線の先には、白と黒――二色の光を纏った灰色の騎神の姿があった。



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