「もう、レンは何処に行っちゃったのよ!?」

 王都の空にエステルの声が響く。リベールへと戻ったエステルたちはギルドの仕事をこなしつつ、クロスベルに残ったミシェルやヴェンツェルと連絡を取り合いながら再起のための機会を窺っていた。
 そんな最中、グランセル支部で受付をしているエルナンから連絡をもらい、クロスベルに関わる重要な情報を掴んだと聞いたエステルたちは、実家のあるロレントから定期船に乗り王都へと出て来ていた。
 だが、空港についてすぐのことだ。レンが姿を消したのは――

「エステル、ダメだ。エルナンさんにも聞いてみたけど、ギルドには来てないって。何か情報が入ったら連絡をくれるとは言ってくれたけど……」

 ヨシュアの話を聞き、落ち込んだ様子で肩を落とすエステル。リベールに帰ってきてからというもの彼女の様子がおかしいことに、エステルとヨシュアは気付いていた。原因は恐らくクロスベルでの出来事が尾を引いているのだと察しが付く。
 自分が目を離したりしなければ、こんなことにはならなかった。そんな風に後悔するエステルだが後の祭りだ。ここでこうして悩んでいたところでレンが見つかるわけもなく、残るは可能性のある場所を片っ端から当たるしかなかった。

「やっぱり一番可能性が高いのは……」
「あの船よね」

 定期便で王都へやってきた時に目にした空港に停泊する一隻の船が、エステルの頭を過ぎる。
 ラインフォルトとZCFの協同で製造されたアルセイユの姉妹艦。〈紅き翼〉の名で知られる帝国の船――カレイジャス。先のルーレで開かれた会見のことや、その船が内戦終結に尽力した報奨として一人の猟兵に下賜されたという情報は、エステルとヨシュアも掴んでいた。
 エルナンが掴んだという重要な情報も、帝国の皇女がアリシア女王に招かれ、その護衛として〈暁の旅団〉が王都まで同行するというものだった。
 カレイジャスは、その皇女を乗せてやってきた猟兵団の船だ。

「でも、あれは帝国の船。それも、いまでは猟兵団の持ち物だ。正面から行くのは危険だよ」
「だけど、このままじゃレンが!?」

 ずっとレンが騎神のことを気にしていたのをエステルは知っているだけに焦っていた。
 暁の旅団が共和国軍を退けた二体の騎神を所持していることは、いまやギルド内部でも噂となっている。当然そのことをレンも知っているし、彼女はただの子供ではない。ヨシュアからは穏形術を、その兄代わりでもあったレオンハルトからは戦闘技術を学び、瞬く間に〈結社〉のなかで頭角を現し、子供ながら執行者となった天才少女だ。となれば、先走ったとしても不思議ではない。
 実際レンはなまじ実力がある故に、独断専行が目立つ。〈パテル=マテル〉抜きでも、並の猟兵や遊撃士では歯が立たないほどの実力を有しているのだから、彼女が自分の力を過信するのは無理もなかった。
 しかし――

「大丈夫よ! ちょっと船の中を捜索させてもらえるようにお願いするだけだから!」
「いやいや、全然大丈夫じゃないからね!?」

 ヨシュアは冷静に〈暁の旅団〉の戦闘力を見極めていた。
 共和国軍を撤退に追い込んだ騎神も脅威だが、団に所属するメンバーは裏の世界でも名を知られる有名人ばかりだ。特に団長のリィン・クラウゼルは、猟兵王の名を継ぐと噂されるほどの実力者。風の噂ではあのオーレリア・ルグィンに勝利し、〈光の剣匠〉にも認められるほどの剣の使い手だという話もある。
 大陸諸国が警戒するのも無理はない。これだけのメンバーを擁した猟兵団など類を見ない。危険度で言えば〈赤い星座〉や〈西風の旅団〉以上。下手をすれば、教会や結社とも渡り合えるほどの戦力だとヨシュアは考えていた。
 そして、そのことにレンが気付いていないはずがない。悪い癖がでて少しちょっかいを掛けるくらいのことはするかもしれないが、エステルが考えているような無茶をするとはヨシュアには思えなかった。

「離してヨシュア!」
「ダメだからッ! ちょっと落ち着いてエステル!」

 エステルの腰を掴み、必死に止めるヨシュア。何事にも真っ直ぐなところはエステルの良いところだが、時々こうして周りが見えず暴走するところが彼女の悪い癖だった。

「お姉さん、カレイジャスに用があるの?」
「え?」

 真上から掛けられた声に気付き、エステルが顔を上げると歩道橋の手すりに腰掛け、アイスクリームを舐める赤髪の少女がいた。
 一呑みで残りのアイスを食べ終えるとコーンの包み紙をくしゃりと潰し、少女は橋の上から飛び降りる。そして地面に着地した少女が口元を歪めた瞬間、ヨシュアは腰の武器を抜き、エステルを庇うように前にでた。

「キミは――エステル下がって!」
「へえ……」

 ヨシュアの素早い反応に感心した様子を見せる赤髪の少女。
 どこか知り合いに似た雰囲気をヨシュアから感じ取り、興味深そうに少女は観察する。

「エステル。ギルドまで逃げて、エルナンさんに助けを求めるんだ」
「ヨシュア、何を言って……」
「彼女はシャーリィ・オルランド。〈血染めの〉異名を持つ〈赤い星座〉の元部隊長だ。そして現在は〈暁の旅団〉に所属する猟兵、例の紅い騎神の乗り手でもある。まともに戦って敵うような相手じゃない!」

 ヨシュアの説明に、エステルは驚きの顔を浮かべる。――シャーリィ・オルランド。その名前はエステルも耳にしたことがあった。
 シャーリィとは入れ違いでクロスベル入りしたこともあって直接の面識はない。しかしよく見れば、以前通信社に勤める知人から見せてもらったルーレの会見の様子を撮った写真に、彼女の姿が写っていたのをエステルは思い出す。
 一方、シャーリィも少し驚いた様子を見せる。自分たちが有名人だという自覚はそれなりにあるが、なかなか〈赤い星座〉のことや二つ名まで知っている表の人間は少ない。ヨシュアが身に纏う雰囲気からも、同じ裏の人間かと当たりを付けた。

「詳しいね。リーシャに似た感じがするし、もしかすると同業者とか? でも、そんなに警戒しなくてもいいよ。今日は武器も持ってきてないしね」
「……それを信じろと?」
「うん。まあ、どうしても殺りたいって言うなら話は別だけど?」

 好戦的な笑みを浮かべるシャーリィ。明らかに誘われているのだとヨシュアは判断する。
 武器を持っていないことは見れば分かるが、このレベルの実力者なら武器のあるなしは決定的なハンデにはならないことをヨシュアはよく知っていた。
 どうにかエステルだけでも逃がすことが出来ないかと隙を窺うヨシュア。しかし、

「ヨシュア。ここは任せてくれる?」
「……エステル?」

 エステスはそんなヨシュアを押し退け前にでる。彼女も数多の実戦を潜り抜けてきた一流の遊撃士だ。ヨシュアほどではないが、シャーリィが自分たちよりも強いことくらいは察することが出来る。
 それでもこの場をヨシュアに預け、逃げるわけにはいかない理由が彼女にはあった。

「シャーリィでいいのよね? あたしはエステル。エステル・ブライト。遊撃士よ」
「え? 遊撃士だったんだ。あれ? その名前、どこかで聞いたことがあるような?」

 遊撃士と聞いて、シャーリィは意外そうな声を上げる。てっきりヨシュアを見て、裏の世界に通じた人間だと考えていたのだ。明らかにエステルとヨシュアは違う。それを本能的にシャーリィは感じ取っていた。
 とはいえ、相手が裏の人間ならともかく遊撃士では、殺すわけにはいかないなと残念そうにする。リィンから仕事以外で自分から手をださないように言われていることもあるが、任務以外で表の人間に危害を加えないことは、猟兵ならば当たり前のように理解している裏の世界のルールだった。
 以前のシャーリィなら気にはしなかったかもしれないが、リィンに嫌われてまでヨシュアと戦いたいとは思わない。ここまでかとシャーリィが踵を返し、立ち去ろうとしたところでエステルが声を上げた。

「レンって名前の女の子を捜しているの。ひょっとしたら、あなたたちの船に立ち寄った可能性があって、知っていることがあったら教えて欲しいんだけど……」
「迷子の捜索ね……遊撃士の仕事ってこと?」
「……違うわ。レンはあたしたちの家族よ」

 依頼で動いているのかと思えば、意外な答えが返ってきてシャーリィは目を丸くする。遊撃士が猟兵に頼みごとをするというのも珍しいが、その理由が家出娘の捜索なのだから猟兵に尋ねるにしては随分と変わった理由だった。
 先程まではヨシュアのおまけ程度にしか見ていなかったが、シャーリィはエステルに興味を持つ。

「いいよ。協力してあげても」
「ほんと!?」
「うん。でも代わりにシャーリィのお願いを聞いてくれたらね」

 お願いと言われて、少し迷った様子を見せるエステル。猟兵には良い思い出がない。遊撃士である以上、犯罪行為に加担するわけにはいかないし、どんな無理難題を言われるのかとエステルは身構えるが、

「王都を案内してくれる? 丁度、街に詳しい人を捜してたんだよね」
「え……そんなことでいいの?」

 意外なお願いにエステルは思わず聞き返すのだった。



  ◆


 謁見の間での挨拶も一段落付き、アルフィンとリィンは宴の準備が整うまで用意してもらった部屋で休息を取っていた。
 エリゼたちはクローディアと随分打ち解けたらしく、現在はドレスの試着をしているという話で後ほど合流する手はずとなっていた。
 そんななかアルフィンはというと、リィンと会談の内容について協議し、今後の方針を決めるために互いの考えを確認しあっていた。

「意外と話の分かる女王様と、愉快なおっさんだったな」
「そんなことが言えるのは、リィンさんだからです。下手をすれば外交問題ですよ?」
「そうしないための非公式の会談だろ?」
「それはそうですけど……」

 会談中ずっと冷や冷やとさせられただけに、アルフィンは文句の一つも言わなければ気が済まなかった。
 この際、猟兵のリィンが礼儀作法に疎いのは仕方がないと思う。しかしカシウスとの一触即発のやり取りや、アリシア二世に対する失礼な物言い。これが公式の場なら問題となっているところだ。
 リィンの言うように非公式の会談でよかったとアルフィンは心底思っていた。

「どうされるのですか?」
「なんのことだ?」
「とぼけないでください。女王陛下から提案のあった話のことです」

 会談の中でアリシア二世から提案された話について、アルフィンはリィンに尋ねる。
 提案された内容を要約すれば、昨年クロスベルで開かれた西ゼムリア通商会議のような会談を再び行いたいというものだった。
 ようするに〈暁の旅団〉とクロスベルの衝突を危惧しての提案だということは察しが付く。
 普通に考えれば戦争を回避するため、リィンとギリアスの仲裁が目的なのだろうが、

「もう話し合いでどうにかなる段階を通り過ぎていることくらい、あの二人なら理解しているはずだけどな」
「では、どうしてこのような提案を?」
「不戦条約を提唱した国だからな。当然だが戦争になるとわかっていて、クロスベルの問題を放置など出来るはずもない。だから国民や周辺諸国への建て前として、戦争を回避するために話し合いの席を提案したという事実が欲しかったんだろ。そういう意味ではリベールに俺たちを呼んだ時点で、目的の半分は達しているということだ」

 なるほど、と言われてみれば納得の理由にアルフィンは頷く。
 未来の知識も理由にあるのだろうが、相変わらず猟兵にしておくのは勿体ないくらい世情に明るく、優れた洞察力を持っているとアルフィンはリィンのことを高く評価する。クレアがリィンのことを気に掛け、頼りにするのもよく分かる。それだけに残念に思っている人々が大勢いることをアルフィンは知っていた。
 ヴィクターもその一人だ。リィンにその気があればラウラの婿に迎え、アルゼイド家を継いで欲しいと考えている節がある。それにオーレリア・ルグィンも本気でリィンを狙っているのではないかとアルフィンは疑っていた。ただ、リィンが猟兵を辞めて貴族になる可能性は、万が一つにもないとアルフィンは理解していた。だから、そのことを敢えて口にしないだけだ。
 それに猟兵だから出来ることもある。先のルーレで開かれた記者会見など、様々なしがらみを持つ国や組織には不可能な真似だ。
 猟兵だから戦争を望んでいても不思議ではない。そうした猟兵に対する世論のイメージを逆手に取った手法とも言える。
 しかしリィンの話の通りだとするなら、リベールは既に目的の一つを達しているということになる。

「では、やはりリベールの狙いは……」

 そしてアルフィンは気付く。不戦条約やクロスベルの問題を気にしていると言うのであれば、他の目的についても察しが付くというものだった。

「戦後の問題を危惧しているんだろうな。俺たちを利用して帝国がクロスベルを併呑しようとしているのではないかとリベールは考えているんだろう。そうなったら共和国も黙ってはいない。クロスベルの問題が大国同士の戦争へと発展するわけだ」

 アルフィンもそんなところだろうとは思っていた。
 百日戦役の再来、いやそれ以上の戦争が起きることをリベールは危惧しているということだ。
 帝国と共和国の戦争が一度起きれば、大陸全土を巻き込んだ大きな戦乱へと発展していく恐れがある。そうなればリベールも再び戦火に見舞われるだろう。
 クロスベルのように帝国と共和国の間に立つ以上、それは避けられないことだった。
 しかし何やら、この状況を愉しんでいるとしか思えないリィンを見て、アルフィンは溜め息交じりに愚痴を漏らす。

「笑いごとではないのですけど……」
「クロスベルを併合するつもりなのは事実だ。そのことは今更だろ」

 他人事のように軽く言うリィンに、アルフィンは不満げな視線を向ける。とはいえ、否定できない話でもあった。
 リィンから提案のあった話とはいえ、クロスベルの併合に関してはアルフィンも前向きだ。既にクレアにも話を通していて、秘密裏にクロスベル併合に向けた根回しや準備が進められていた。
 正直なところリィンの言うように、クロスベルがこのまま独立を維持することは難しいとアルフィンも考えている。だからこそエリィもリィンの計画に乗り、アルフィンも提案を受け入れたのだ。
 それだけにリベールがそのことをどう考えているのか、アルフィンはずっと疑問に思っていた。

「王国はクロスベルをどうしたいのでしょうか?」
「欲を言えば、大国の緩衝材としての役目を期待していたんだろうが、それも今となっては期待できないしな。だからリベールとしては、帝国と共和国の戦争だけでも回避したいと考えているんだろう」
「……回避できると思いますか?」
「先延ばしにするだけなら可能だ。だが……その先のことはわかっているんだろう?」

 ようするに和平を口にしてはいるが、リベールもリベールの都合で動いているということだ。国家である以上は、それも当然の対応だと言える。
 リベールは小国ながら導力技術においては最先端を行く国の一つだ。飛空挺の性能や導力機関の技術だけを見れば、帝国や共和国の一歩先を行っている。戦争ともなれば、自国に取り込もうと働きかける勢力が確実に出て来るはずだ。
 特に帝国と共和国。どちらに付くかと迫られる可能性は高い。それを危惧しているということだろう。

「では、話は受けないという方向でいいのですね」
「いや、受ける」

 なら話の流れから言って、リベールの提案を断るという話だと思ったのだが――
 リィンの口からでた予想外の答えにアルフィンは一瞬呆けるも、すぐに理由を尋ねた。

「ですが、先程は話し合いでどうにかなる段階を過ぎていると……」
「確かにそう言った。だが、この話は恐らくクロスベルにも打診しているはずだ。となれば、俺たちだけが断れば一方的に悪者にされかねない」
「それは、クロスベルがこの話を受けると?」
「ギリアスなら受けるだろうな。アイツはそういう奴だ」

 確かにギリアス・オズボーンであれば、十分にありえる話だとアルフィンは納得する。
 王国の事情に振り回されているようで良い気はしないが、そういう事情なら提案を呑む他に選択肢はないだろう。アリシア二世が小国の女王ながら、大国に警戒される理由をアルフィンは思い知った気がした。
 しかしそのことに気付いているリィンが、このままやられっぱなしで終わるとはアルフィンには思えなかった。
 実際なにかを企んでいるとしか思えない、悪辣な笑みを浮かべていたからだ。

「どうされるおつもりですか?」
「計画に変更はない。それに丁度いいじゃないか、リベールが舞台を用意してくれると言ってるんだから」
「まさか……」

 耳を疑うような発言を聞き、アルフィンは「冗談ですよね?」と聞き返す。
 しかしリインの不敵な笑みが、嘘や冗談を言っているわけではないと物語っていた。

「決戦の日は近い。いや、この場合は革命の日は近いと言うべきか?」

 嫌な予感が的中してアルフィンは天を仰ぎ、今更ながらリィンの話に乗ったことを少し後悔するのだった。



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