リィンたちが去った謁見の間で深い溜め息を漏らしながら、アリシア二世はカシウスに尋ねる。

「してやられましたね。それとも、これも計算の内ですか?」

 そんなアリシア二世の問いに、カシウスは苦笑しながら首を左右に振って応える。
 半分は思惑通り、もう半分はリィンに助けられたとカシウスは感じていた。このタイミングでラインフォルトとの共同開発の話を提案してきたと言うことは、随分と以前から準備を進めていたことは間違いない。少なくともラインフォルトと話がついていなければ、このような提案を出来るはずもないからだ。
 だが、それはカシウスも同じだった。敢えてエリカの暴走をカシウスが見逃したことに、アリシア二世は気付いていた。

「平和を維持するためには言葉だけではなく力が必要。それは百日戦役の教訓からも明らかです。最近では結社の動きも活発になってきている。せめてオーバルギアが抑止力になればと考え、手を講じてきましたが……」

 エリカの研究にかける執念と行動力の高さをアリシア二世は甘く見ていた。当初の予定と違いエリカの行動が行き過ぎていたこともあって、危なく交渉を持ち掛ける前に計画が破綻するところだった。カシウスがリィンに助けられたと思っているのは、それが理由だ。いま思えば、クロスベルの独立宣言から歯車が大きく狂い始めたと言っていい。その結果、戦争を避けるために手を講じてきたアリシア二世の外交努力は無駄となり、すべては振り出しに戻ってしまった。

「カシウス准将。帝国と共和国の衝突……避けられると思いますか?」
「正直に言うと難しいかと。ですが……」

 このままでは戦争は避けられないとカシウスは考えていた。
 どちらにせよ、いつ爆発してもおかしくない火種はあったのだ。出来ることなら、もう少し時間を稼ぎたかったところだが、こうなってしまっては腹を括るしかない。
 しかし、まったく希望がないわけではなかった。

「若者の可能性を信じたいと俺は思っています」

 カシウスが、もうとっくに自分の役目は終わっていると思ったのは、リベールの異変の時だ。
 確実に次代の芽は育っていると、カシウスは感じ取っていた。そしてそれは今日、確信に変わったと言っていい。

「可能性ですか……。カシウス准将……あなたには不便を掛けますね」

 情報部の士官が起こしたクーデター騒ぎによって軍の再編が急務だったとはいえ、遊撃士として活躍していたカシウスを軍に戻し、国に縛ることは本当に正しかったのかとアリシア二世は自分に問うことがあった。今回のことも軍人という立場でなければ、カシウスならもっと上手く立ち回れたのではないかと考えていたからだ。
 しかし、そんなアリシア二世の考えを、カシウスは否定する。

「確かに窮屈に感じることはありますが、俺は本来であればとっくに現役を退いているはずの人間です。時代を担い、道を切り拓いていくのは彼等の役目であって、舞台を降りた俺であってはならない」

 英雄などと呼ばれてはいても、一人の人間に出来ることには限界がある。カシウス一人が頑張ったところで、それは一時凌ぎにしかならない。だからこそカシウスは若者の可能性を――人の強さを信じたかった。
 幼くして母親を亡くし、泣きじゃくるエステルを抱きしめながら、カシウスは二度と同じ誤ちを繰り返さないと心に誓ったのだ。

「では、信じましょうか。彼等の可能性を――」

 カシウスの想いを汲み、アリシア二世も覚悟を決める。
 そんな時。ふとアリシア二世の頭を過ぎったのは自信に満ち、不貞不貞しい表情を浮かべたリィンの姿だった。

(リィン・クラウゼル。誰かに似ていると思ったら、そういうことですか)

 先日からのカシウスらしからぬ行動を不思議に思っていたアリシア二世だったが、ようやく疑問が解けたと言った表情を見せる。カシウスが敢えてリィンを試すような真似をしていたのは、昔の自分とリィンを重ね合わせての行動でもあったのだと気付かされたからだ。
 戦争によって英雄に祭り上げられた二人には、境遇や立場は違えど似通った点が見受けられる。出来ることなら自分と同じ後悔をして欲しくはない。そういう想いからのお節介だったのだろうと、アリシア二世はカシウスの行動を察した。
 これでオーバルギアは完成に大きく近づくだろう。同様にそれらの技術が帝国に渡ることを意味するが、どちらにせよ国力に大きな開きがある以上、もう一度エレボニアと戦争になればリベールが敗れることは必定だ。
 国是を守ることは大切だが、最初から敵わないとわかっている相手と戦争をしたところで得るものは何もない。それどころか、無益な争いの犠牲となるのは民たちだ。そのことがわかっているからこそ、アリシア二世もリィンの提案を呑むことを決めたのだ。
 いや、リィンに決断を迫られたと言っていい。

(確かに希望の芽は育っているのかもしれません)

 紅き翼はリベールとエレボニア、二つの国の友好の証にと造られた船だ。
 同じように今回のことが両国の友好の架け橋となり、不毛な争いを食い止める一助になればとアリシア二世は考える。
 そこにカシウスの言う希望があることを、アリシア二世は願わずにはいられなかった。


  ◆


「平和的に協力を取り付けることが出来てよかったな」
「脅したようにしか見えませんでしたけど……」

 円満に解決したように見えるが、アルフィンからすれば脅したようにしか見えなかった。
 自分たちの置かれている立場を理解していれば、あの状況で断れる人間はいない。ましてや、アリシア二世ほど聡明な人物なら尚更だ。
 あの場で提案を断ることの方が不利益が多いと判断したが故の決断だったに違いないとアルフィンは思っていた。
 そういう状況に話を持って行っておいて、平和的に解決したなどとよく言えたものだとアルフィンは呆れる。
 とはいえ、アルフィンが何も言わずにリィンにすべてを任せたのは、それが帝国の益にもなると考えたからだ。

「リィンさん、この話……イリーナ会長には?」
「当然、通してあるに決まってるだろ。グエンの爺さんは嫌そうな顔をしてたけどな」
「いつの間に……」

 リィンの話を信じるなら、帝国を出発する前には話が付いていたと言うことだ。
 ずっとルーレを拠点に準備を進めていたのは、こうした理由もあったのかとアルフィンは納得しつつ、その根回しの良さに驚きを隠せない。

「実は爺さんに騎神用の装備を相談してたんだが、俺が求めているようなものはラインフォルトの技術だけじゃ難しくてな」
「なるほど……それでこのような話を……」
「導力機関の開発では、ZCFが一歩も二歩もラインフォルトの先をいってるのは確かだからな。実際あのサイズで、あれだけの出力を持った機動兵器は他では作れない。エネルギー効率と汎用性と言う面では、オーバルギアの方が機甲兵より優れてるだろ」

 機甲兵が全高七アージュを超える大きさなのは、何も騎神を真似て造ったという理由からだけではない。機甲兵を動かすには大量の導力エネルギーが必要となる。そのためには相応の導力機関が必要となり、あれ以上の小型化が出来なかったのが主な理由だ。その点を考えれば、機体の小型化に成功しているオーバルギアの方が、汎用性や燃費効率の面で大きく優れていることは自明の理だった。
 とはいえ、兵器としての実用面では機甲兵に劣ることは確かだ。その機甲兵でも現状では、結社の神機に遠く及ばない程度の性能しかない。だからこそ騎神をあてにせざるを得ない状況があるわけで、騎神並とまでは言わずとも、それに近い性能を有した次世代の兵器の開発にラインフォルトは着手を初めていた。
 そして、これはリィンの考えでもあった。騎神が危険視され、特別視されるのは、それに対抗し得る兵器がないためだ。今後のことを考えた場合、〈暁の旅団〉だけに戦力が集中しすぎるのは不審を招き、余計な火種を生みかねないと考えていた。それに騎神以外にも、結社の神機に対抗するための手札の確保は必要だ。〈零の至宝〉の力を借りたとはいえ、ガレリア要塞を消滅させた神機の力は多くの人間が目にしている。そうした脅威から身を守る力が欲しいと考えるのは自然なことだ。いまは納得していても再びその力が自分たちに向かえば、帝国とていつ手の平を返すか分かったものではない。騎神を求めて有象無象の輩に狙われるのは、勘弁して欲しいというのがリィンの本音だった。
 それに、もう一つ。騎神の武器のこともある。〈ラグナロク〉や〈レーヴァティン〉が気軽に使える技ではない以上、マナの消耗のことを考えても〈オーバーロード〉以外に攻撃手段が必要だとリィンは考えていた。そのことをグエンに相談し、作って欲しい武器の相談をしたのだが、返ってきた答えはラインフォルトの技術だけではリィンの理想とする武器の製作は難しいという話だった。そこで目を付けたのがZCFの存在だ。

「どうやってリベールにその許可をもらうかが問題だったわけだが、あっちからチャンスが転がりこんでくるとは思わなかった。そう言う意味では、ラッキーだったな」
「……こういうのも運が良いと言うのでしょうか?」

 本来であればリベールの提案を受ける代わりに、ZCFの協力を取り付ける話にどうにか持っていけないかと考えていたのだが、あちらからチャンスが転がりこんで来るとは、さすがのリィンも思ってはいなかった。そう言う意味では、エリカの行動はカシウスとリィン、二人の想像を大きく上回っていたと言えるだろう。

「まあ、ただ運が良かっただけじゃないがな。エリカ・ラッセルの暴走までは計算になかっただろうが、半分くらいはカシウスの狙い通りに進んでいるはずだ」
「……それはどういうことでしょうか?」
「リベールとしても本音で言えば、帝国との技術交流を望んでいたってことだよ。だが、兵器の製造に関わることだからな。それをあちら側から言いだすのは難しい。カレイジャスの製造だって、かなり危うい橋を渡ったと聞いてるぞ」

 結社の活動が本格的になってきている現状を考えると、王国と帝国が争ったところで不毛な結果しか生まない。そんなことをして得をするのは、共和国や結社と繋がりのある一部の者たちだけだ。そのことが分からないほど、アリシア二世やカシウスは愚かな人間ではない。だからこそオーバルギアの完成は、リベールとしても可能な限り急ぎたい懸案だったはずだ。しかし平和と中立を国是とする建て前が邪魔をして、王国から帝国に協力を求めることは難しかった。だからカシウスは敢えてエリカの行動を黙認することで、機会を窺っていたのではないかとリィンは考えていた。その結果、リベールが不利な条件を呑まされることになったとしてもだ。
 いや、最初からリベールとエレボニアの国力の差を考えれば、不利な交渉になることはわかっていたはずだ。そのことを考えれば、いまの状況は決して悪いものとは言えない。

「リベールが気にしているのは、共和国との関係ですか?」
「そういうことだ。リベールは平和と中立を国是とする国だ。クロスベルと同様、エレボニアとカルバートの二大国に挟まれている関係上、片方に加担しすぎると、もう片方がいい顔をしないからな」
「では、今回の話も共和国からクレームがつくのでは?」
「確かに嫌味の一つくらいは言ってくるだろうが、直接仕掛けてくることはないだろ」

 どういうことかと首を傾げるアルフィン。
 普通に考えれば、リベールの技術が帝国に渡るのは共和国としても避けたい問題のはずだ。

「分からないか? リベールを通して、敵国の技術や情報を得るチャンスでもあるからだ」
「……それでは帝国の技術が共和国に流れることになりませんか?」
「秘匿したところで、いつかは真似される。実際、帝国だって共和国に対して同じことをやっているだろ? それをこの国は敢えて黙認することで、政治的なバランスを保っているんだ。ほんと食えない女王様だよ」

 それはこの国が多くのスパイを受け入れ、その活動を黙認していると言うことだ。だが、一口に諜報活動と言っても悪い面もあれば、良い側面もある。共和国が直接、帝国に情報の開示と技術の公開を申し入れたところで拒否されるのがオチだ。それは逆の場合も同じことが言える。だからと言って技術や情報を完全に秘匿することは難しい。だからこそリベールを通して見せ合える情報を交換することで互いに牽制をし合い、本格的な戦争へと発展しないように適度なガス抜きをしていると言うことでもあった。謂わば、この国は二大国のバランスを担う天秤のような役割を果たしてきたと言うことだ。
 それに例え敵国が相手であっても企業間の交流は経済を活性化し、技術の発展と人々の暮らしを豊かにすることに繋がる。国益を考えるのであれば多少のことに目を瞑っても、その流れに乗らない手はない。この国が地政学的にクロスベルと似たような状況に置かれながらも中立を保てているのは、そうしたアリシア二世の政策によるところが大きいと言っていいだろう。リィンがアリシア二世のことを「食えない女王」と例えるのは、そうした手腕を認めてのことだ。
 しかしそれはアルフィンから見れば、リィンも似たようなものだった。

「正直、リィンさんも他人のことを余り言えないと思いますけど……。いっそ、猟兵を引退したら政治家にでも転職しませんか? 意外と天職かもしれませんよ」
「あんな割に合わない仕事は頼まれたってお断りだ。遊撃士から軍に戻ったカシウスの気がしれない。軍に戻らなければ、もっと自由に動けただろうに……敢えて自分に枷を嵌めてるんだからな」

 国に縛られ、軍人という括りにあるからこそ、カシウスは自由に動くことが出来ずにいる。
 遊撃士をしていた頃のカシウスが相手なら、こうも上手くはいかなかっただろうとリィンは考えていた。
 それを選んだのはカシウス自身だが、敢えて自分に枷を嵌めると言った考えがリィンには理解できなかった。

「それを帝国皇女のわたくしに言いますか?」
「事実だしな。アルフィンだって堅苦しい、面倒臭いと思ったことあるだろ」
「それは……確かに思わなくもないですけど……」
「相手の顔色を窺って、建て前しか口に出来ないような世界で生きるなんて俺には無理だ」

 リィンの言いたいことは分からないでもない。実際アルフィンも皇女という立場が煩わしく思うことがあった。
 とはいえ、面倒臭いからと逃げることは責任の放棄でしかない。そのことはリィンの方が理解しているとアルフィンは思っていた。
 その証拠に口ではあれこれと言いながらも、リィンは決して目の前の問題から目を背けたりはしない。アルティナの件も放って置けばいい話を最後まで面倒を見ようとする辺り、責任感がないとは間違っても言えなかった。

「でも、リィンさん。一つだけ嘘を吐きましたよね?」
「……は?」

 なんのことか分からず、リィンは間抜けな声を漏らす。
 自分でも気付いていない辺り、アルフィンは他人のことをどうこういう資格はリィンにはないと思う。

「レンさんのことです。彼女のために怒っているわけではないと仰っていましたが、心配はしていたんですよね。だから、このタイミングでリベールに共同開発の話を提案した。違いますか?」

 明日の会談の時でもよかったはずだ。なのに一日前倒しして、こんな話をリベールに持ち掛けたのはレンのためだとアルフィンは察していた。
 アルティナと同様に、レンの精神が不安定なことにリィンは気付いていた。だから少しでも早く彼女の抱える問題を取り除くため、話を急いだのだろう。
 そして何も反論しないリィンを見て、自分の考えが正しかったことをアルフィンは確信するのだった。



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