「このちっこいのがマリエル?」

 小さなマリアもといマリーを指さしながら困惑を隠せない様子でそう尋ねてくるグレースに、マリアは頷き返す。
 そんなグレースの反応に眉をひそめ、ブスッと頬を膨らませるマリー。
 マリエルの家族や知り合いに会えば、このような反応が返ってくることは予想していた。
 そもそも一目でマリエルだとわかったミツキや、あっさりと信用したマリアが変わっているのだ。
 しかし、

「ちびっこに小さいなんて言われたくない」
「な――ッ!?」

 グレースに『小さい』と言われるのは納得が行かないとばかりに反論し、ツンと顔を背けるマリー。
 ぐぬぬ、と顔を真っ赤にして唸るも、最初に『小さい』と言ったのはグレースだ。
 しかも自分よりも小さなマリーに突っかかるのは、大人気ないと思ったのだろう。
 何も反論できずにいるグレースを見て、マリーは得意げに鼻を鳴らす。
 とはいえ、マリーは見た目こそ六歳ほどの少女だが、実際にはマリエルの記憶も有している。
 それは即ち、グレースよりも長く生きていると言うことだ。どちらが大人気ないかは、火を見るよりも明らかだった。

「マリエル?」
「この姿の時は『マリー』って呼んで。あなたがシンシアね」
「マリー? マリーはマリエル?」
「うん」

 傍から聞けば、頭がこんがらがりそうな言葉を交わすシンシアとマリー。
 微妙に噛み合っていない様子だが、二人の間では理解が進んでいるようだった。

「こんなにも早く打ち解けるなんて、やっぱり姉妹ね」
「あれを見て、そう言えるミツキさんは大物だと思いますわ……」

 グレースは訝しげな表情でマリーを睨んでいるし、シンシアは会話が成立しているのかよくわからない。
 とても打ち解けたようには見えないのだが、ミツキには仲が良さそうに見えるらしい。
 話の流れについて行けず、マリアは肺から絞り出すように深い溜め息を漏らすのだった。





異世界の伝道師 第335話『血統』
作者 193






 亜法端末を通じて、キーネの立体映像が空間に投影される。
 通信が繋がるところであれば、キーネは何処にでも姿を現すことが出来る。
 謂わば、実体を持たない人工知能プログラム――AIと呼ばれる存在だ。
 キーネ・アクアのアストラルコピーでもあるため、彼女は人と変わらないだけの心≠燻揩チている特殊な存在だった。

『マリア皇女? そっか、この時代に跳ばされていたのね』

 シンシアに呼び出されて姿を現して見れば、マリーを見つけて一目で事情を察するキーネ。

「……やっぱり、彼女のことを知っていましたのね?」

 マリーの話から恐らくキーネとも知り合いの可能性が高いとマリアは考え、シンシアに呼び出してもらったのだ。
 その予感は当たっていた。

『顔見知りって程でもないけどね。でも、そっか……この時代に跳ばされたってことは、マスターの影響を受けたのね』
「うん。たぶん、そうだと思う。ただの偶然とは考え難いから」

 二人だけ納得した様子を見せるキーネとマリーに、マリアはどういうことかと説明を求める。
 シンシアやグレース。それにミツキの視線も集まる中、キーネはおもむろに当時のことを話し始める。
 太老との出会い。そして、マリーがこの世界に跳ばされるに至った経緯を――

『……で、変態皇帝パパチャの策略でマリア王女はマスターと共に転移≠ウせられたって訳よ』

 脚色が若干入ってはいるが大凡の説明を終えて、キーネはやりきったとばかりに汗を拭う素振りを見せる。
 大半はパパチャに対する恨み辛みと言った内容だったが、間違ってはいないのでマリーも否定はしなかった。

『さっきの話に戻るけど、その時にマスターの因果情報の影響を受けたのだと思うわ』

 この時代に跳ばされたのは偶然ではなく、太老と共に転移したからだろうとキーネは話す。
 あの時、太老が手を差し伸べなければ、マリーは永遠に次元の狭間を彷徨っていたはずだ。
 そう考えると、マリーは運がよかったと言えるだろう。
 いや、幾つも偶然が重なれば、それは必然と言っていい。
 幾ら同じ時代に跳ばされたと言っても、再び太老と巡り会える可能性は低いのだから――
 でも、太老とマリエルは出会った。これをただの偶然と片付けるのは、趣きに欠ける。
 文字通り運命に導かれ、引かれ合ったと考える方が自然だった。

「ううっ……まさか、そのようなことが……」
「ああ、酷すぎる。そのパパチャって奴、本当に最低だ!」

 マリーの境遇を聞き、自分のことのように涙するマリア。
 そしてグレースも憤りを隠せない様子で、パパチャへの怒りを口にする。
 しかし、

「マ・マミー様の伴侶と言うことは、マリア様はその方の血を引いていると言うことでは?」

 何気ないミツキのその一言で、場の空気が凍り付いた。
 マ・マミーはハヴォニワを建国した初代女王だと言い伝えられている。
 パパチャがその伴侶ということは、マリアもその血を引いていると言うことになる。

『遺伝子的には、そうなるわね。マ・マミーには七人の子供がいたと言う話だけど、パパチャがいなくなった後に再婚したって話は聞かないから。ナナダンの名を子供たちに継がせたのも、なんだかんだ言ってパパチャのことを愛していたからだろうし……あんな男のどこがいいのか、私にはまったく理解できないけどね』

 更にキーネがミツキの疑問に答えるように話を補足して、マリアは愕然とした表情を浮かべる。
 キーネの話によると、パパチャという皇帝は無類の女好きで変態だと言うのだ。
 しかも目的のためには手段を選ばない外道だとも言う。
 そんなのと血が繋がっていると聞かされて、マリアが否定したくなるのも無理はなかった。

「でも、そう聞くと納得だな。フローラも『色物女王』とか呼ばれてるんだろ? ……やっぱり血筋か?」
「お母様はグウィンデルの出身ですわ!」

 グレースの言葉を真っ向からマリアは否定する。
 国と国の結びつきを強くするために、他国の王侯貴族と婚姻を結びことは珍しくない。
 そう言う意味では、長い歴史の中でグウィンデルの王家にもハヴォニワの王家の血が混じっている可能性はゼロとは言えないが、マリアは認めるつもりはなかった。
 それを認めてしまえば、ハヴォニワの王家には変態の血が流れていると認めることになってしまうからだ。
 だが、

「でも、納得の上で先代のハヴォニワ王はフローラと結婚したんだろ?」

 一番、追及されたくないところだったのか?
 グレースの一言で、ビクッと肩を震わせるマリア。
 そう、フローラから迫ったのではなく、ハヴォニワ王に見初められて輿入れいたと言うのは有名な話だった。
 姉妹揃って国王から求婚を受けるというのは珍しく、当時はかなり話題となったからだ。

「絶対に認めませんわ!」

 似た者同士の夫婦の間に生まれた娘。
 自分にも色物女王≠ニなる素養があるなどと、絶対にマリアは認めることが出来なかった。





【Side:太老】

 なんか、マリアの悲痛な叫びが聞こえた気がしたんだが、空耳だよな?

「太老? どうかしたの?」
「ああ、悪い。えっと、どこまで話したっけ?」
「寝ぼけてる? 揺り戻しの兆候を掴んだってところまでよ。しっかりしてよね」

 ドールに呆れた口調で注意され、俺は誤魔化すように頬を掻く。
 寝不足か。いまのうちにやっておきたいことがあって、少しだけ無理をしているのは事実だ。
 それでも三日に一度は睡眠を取るようにしてるし、肉体的には健康そのものだと思うんだが……。
 三日に一度は少ないって? マッドの所為で、いろいろとハイスペックな身体になっているので、その辺りは問題ない。
 それに水穂と比べればマシだ。鬼姫の下で、何週間も不眠不休で仕事をさせられたことがあるって話を聞くしな。
 半分は俺の所為だとも言われたが、そこだけは腑に落ちない。そう言えば、女官たちも大変そうだったっけ……。
 目の下に隈を作って仕事をしているのを見て、よく栄養ドリンクを差し入れしたものだ。
 そう考えると、樹雷って超絶ブラックだよな。まあ、鬼姫のところだけ特別なのかもしれないけど。
 うちの商会はそんなことはないと言いたいところだが、皆なかなか休みを取ってくれなくて困ってるんだよな……。
 おっと、また話が脱線するところだった。ドールに怒られる前に本題に入ろう。

「さっきの話の続きだが、揺り戻しの兆候を掴んだ。恐らく四十八時間以内に動きがあるはずだ」

 そう伝えると、明らかに皆の表情が変わる。やはり、元の時代に帰れるのは嬉しいのだろう。
 俺の場合、嬉しさ半分、怖さ半分と言ったところだが……。
 皆には心配を掛けただろうし、きっといろいろと言われるだろう。
 それに仕事も随分と溜まっているはずだ。基本的には水穂たちに丸投げしているが、俺の確認と決済が必要な書類もあるしな。また書類の山に埋まるのかと思うと、憂鬱な気分になる。
 だが、お飾りの代表とはいえ、そのくらいは仕事をしないと申し訳ない。覚悟を決めるしかないだろう。

「未来の世界かー。正直、心が躍るわね」
「期待しているところ申し訳ないが、技術レベルは下がってるからな……」

 アウンから見れば確かに未来の世界だが、ガイアによって一度文明が滅びているだけに、技術力は統一国家が存在した時代よりも低い。
 いまの俺なら聖機神の結界炉だろうが再現可能だけど、あの時代のものは大半がアーティファクト扱いだしな。
 銀河帝国の技術力は確かに高いが、銀河連盟で使われている技術と比べると数千年の開きがある。
 まあ、それでも超空間通信や恒星間移動が可能な宇宙船を造れる程度の技術力は有していたのだ。
 教会や結界工房が同じものを再現できないのも無理はないだろう。

「低いって言っても、地球が『砂の星』って呼ばれていた頃ほどじゃないでしょ?」

 そう言えば、アウンはテラフォーミングされる前の地球で暮らしてたんだったな。
 正確には、アウンのオリジナルが生まれた時代だけど。
 ここにいるアウンは、生前にオリジナルが持っていた能力に『アウン・フレイヤ』の人格が宿った存在だ。
 厳密には少し違うが、AIに近い存在と言えるだろう。とはいえ、魂を持たない訳では無い。
 オリジナルの他、歴代の〈神託の巫女〉の霊的因子が混ざり合い、一つのアストラルを形成した存在。それが彼女だ。
 ラシャラ女皇曰く、昔のアウンはもっとぶっ飛んだ性格をしていたそうだしな。恐らく歴代の巫女の影響を色濃く受けているのだろう。

「……なんか、失礼なことを考えてない?」

 鋭いな。これも巫女の直感と言う奴だろうか?

「太老くんの場合、顔に出やすいだけだと思うわ」
「お父様は正直者ですから!」

 サラリと心の声にツッコミを入れてくるメザイアと零式。
 なんで、こういう時だけ息が合うんだ。この二人……。
 ドールからも呆れた表情で見られ、ネイザイも苦笑を漏らしていた。
 完全にアウェイな状況に反論するだけ無駄と悟り、

「はあ……もういい。取り敢えず、心構えはしておいてくれ」

 そう溜め息を交えながら、俺は話を締めるのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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