島の中央にそびえる巨大な岩山――ジャンダルムの中腹に眩い光が点る。

「おお、本当に一瞬で離れた場所を行き来できるとは便利なもんじゃな」

 その光の中から現れたのは探検家のタナトスと、リィン、ベル、シャーリィの三人だった。
 地下聖堂のクリスタルを使い、タナトスの依頼を叶えるために実験を兼ねて〈転位〉してきたのだ。
 フィーはというと、まだイオの存在を公にするわけにはいかないため、地下聖堂に設営したキャンプで待機していた。
 少し坂を下ったところで、草や枝でカモフラージュされた山小屋をリィンたちは見つける。

「おーい! 帰ったぞ!」

 無遠慮に扉を開け、山小屋の中へと入っていくタナトス。ここが恐らくは彼の住処なのだろうと、リィンたちは察する。
 タナトスの頼み。それは家で帰りを待つ娘を保護してくれないかと言ったものだった。
 島の外へでる手段があるのなら、一緒に連れて行ってやって欲しいと頼まれたのだ。
 元より漂流者は保護するつもりだったことや、タナトスが代わりにと差し出してきた報酬が興味を惹くものだったので、地下聖堂で見たこと聞いたことを許可なく誰にも話さないという条件に引き受けたのだが、

「ここって、まさか……」
「ええ、アドルさんたちが見つけた山小屋ですわね」

 やっぱりそうか、とベルの返答に顔をしかめるリィン。
 タナトスの娘が、まさかアドルとラクシャが見つけた例の山小屋に住んでいるとは思ってもいなかったためだ。
 しかし娘の方はともかく、ここに住んでいたのがタナトスと知って、リィンはある意味で納得する。
 ラクシャも言っていたことだが、こんな場所に住処を築くような変わり者はアドルくらいしかいないというのは同意だったからだ。
 そのアドルとよく似た性格や考え方をしているタナトスであれば、こんな辺鄙な場所で暮らしていたとしても不思議ではない。
 恐らくは――

(……報酬で提示してきた例の鉱石≠ゥ)

 タナトスが依頼の報酬で提示してきたのは、島の探索中に偶然発見したという緋色に輝く特殊な鉱石だった。
 その鉱石で作った武器なら、古代種に傷を負わせることが出来るという話を聞き、興味を持ったのだ。
 だとすれば、こんな辺鄙な場所に住処を築いた理由も察しが付く。鉱石の採れる鉱脈が、この山の何処かにあるのだろう。
 その辺りのことも詳しく聞いてみるかとリィンが考えていると、タナトスが腕を組みながら山小屋から出て来た。

「ううむ……リコッタは何処に行ったんじゃ?」
「恐らく俺の知り合いと一緒にいるはずだ」
「お前さんたちの知り合いじゃと?」

 山小屋の中に娘の姿はなかったのだろう。難しい顔を浮かべるタナトスを見て、リィンはそう声を掛ける。
 この山小屋にアドルとラクシャが立ち寄ったことは確認している。となれば、タナトスの娘も一緒の可能性が高いと考えたが故の発言だった。
 ちょっと待ってろ、とタナトスに言い、リィンはジャケットのポケットから戦術オーブメントを取り出す。
 アドルたちに渡した戦術オーブメントには発信機が付けられている。その位置を確認するためだ。
 リィンの持つオーブメントに興味深そうな視線を向けるタナトスだが、

「現在位置は山頂付近か」
「……それは少々まずいかもしれんな」
「どういうことだ?」

 リィンの言葉に対して、険しい表情でそう答える。
 恐らくは山越えをするつもりなのだろうと、リィンはアドルたちの行き先に見当を付けていた。
 装備を十分に調えたアドルたちなら、そこらの古代種に後れを取るとも思えない。
 タナトスはアドルたちのことを知らないので心配する気持ちは分からなくもないが、

「儂があんな場所にいたのは、翼竜型の古代種に捕まったからなんじゃが……」
「……よく無事だったな」

 そういうことかとリィンは納得する。
 翼竜型の古代種には、リィンもこの世界へやってきた時に一度襲われたことがあったからだ。
 同じように空を飛べる〈騎神〉だったから苦もなく倒すことが出来たが、空を飛べない人間には厄介な相手だ。
 タナトスに詳しく事情を聞くと、そのまま巣に連れて行かれて餌にされそうになったところを、隙を見て逃げ出したという話だった。
 運が良いのか悪いのか、猟兵から見ても波瀾万丈な日常を送っているタナトスにリィンは呆れる。

「その古代種の巣が頂上にあると?」
「うむ。この山のヌシだと思うのじゃが、なかなか狡猾な奴でな」

 タナトスの話を聞き、恐らくはこの辺りを縄張りにする翼竜型の古代種のボスのような存在なのだろうとリィンは察する。
 確かにそんなものが頂上に巣を作っているのなら、タナトスの心配も分かる。
 進化の護り人の件もあるし、余り目立つ行動は避けたいとリィンは考えるが、

「助けに行くの?」
「アドルたちだけなら放って置いても構わないんだがな……」

 目を輝かせながら尋ねてくるシャーリィを見て、そうもいかないかと溜め息を吐くのだった。


  ◆


「ああ、もう! アドルと一緒だと、いつもこんなのばかりッ!」

 ラクシャの怒気と焦りを含んだ声が、青空の下に響く。
 頂上まで、もう少しと言った山道で翼竜型の古代種に襲われたのだ。
 恐らくは、このジャンダルムの主のようなもので、縄張りに不用意に入ってしまったのが原因だろうと気付いた時には遅かった。

「ラクシャ! 上から来る!」
「わかっています!」

 空から襲い掛かる古代種を迎え撃つアドルとラクシャ。
 駆動の短いアーツを放つことでラクシャは古代種の動きを牽制するが、動きが素早いこともあって思うように攻撃が当たらない。
 一方でアドルも足場が悪いところに加えて、距離を取りつつ炎のブレスのようなものを放ってくる古代種の攻撃に苦戦を強いられていた。

「リコッタちゃんは下がっていてください」
「リコッタも戦えるぞ!」
「ですが……」

 リコッタの武器は、島に自生する植物で作ったウィップメイス――別名『モーニングスター』とも呼ばれるフレイルの一種だ。
 伸縮性のあるツルを棍の部分に結びつけることで鞭のように振り回し、その小さな見た目からは想像も付かない怪力で迫る獣たちを薙ぎ倒しているところをラクシャは確認していた。
 だがそれでも本音を言えば、リコッタのような幼い少女を危険な探索に連れて行くことにラクシャは反対だった。
 一旦は、漂流村にリコッタを連れて帰り、バルバロス船長たちに預ける案を提案したのだ。
 しかし、そんなラクシャの提案に対してリコッタは『一緒に父上を捜したい』と譲ることはなかった。
 そうして妥協案として父親が見つかるまでという条件で、ここまでの案内を頼んだのだ。だが、その結果がこれだった。
 アドルと一緒にいるといつもこうだ。こうなることは予想して然るべきだったと、リコッタの同行を許したことをラクシャは半ば後悔していた。
 だから少しでも時間を稼いでリコッタだけでも逃がしたいと考えるが、

「どのみち、このままじゃ全滅だ。彼女だけを逃がそうにも……」

 アドルの言うように、リコッタは自分一人で逃げたりは絶対にしないだろうと言うことはラクシャにもわかっていた。
 家族想いの良い子ではあるが意外と頑固なところがあるというのは、これまでのやり取りから嫌と言うほど理解しているからだ。
 それに獣を恐れない勇気と、自信に裏打ちされた実力があることもラクシャは認めていた。
 獣のように素早い動きと直感力。植物で作られたとはいえ、身の丈ほどある巨大な武器を振り回す膂力は侮れない。
 子供という先入観を捨てれば、リコッタの実力はかなりのものだ。ふとラクシャの頭にフィーの顔が過ぎる。

(認めるべきなのでしょうね)

 理性の部分ではリコッタのような子供を戦わせたくないと考える一方で、実力は認めていた。
 リコッタが戦いに加わってくれれば、アーツによる後方支援に専念することが出来る。
 二人では勝算の薄い敵でも、アドルと同じくらい動けるリコッタがいれば――

「……仕方がありませんね」

 勝ち目はあると、ラクシャは冷静に判断する。
 これ以上、子供扱いするのはリコッタに失礼だと考えたからでもあった。

「リコッタちゃんの意志を無視して、失礼な言葉を口にしたことをお詫びをします」
「なんで謝るのだ? ラクシャはリコッタのことを心配して言ってくれたのだろ? その気持ちは嬉しい……でも、リコッタは父上に会いたい。そのためにも――」

 アイツはここで倒さないといけない、そう話すリコッタを見て、ラクシャも覚悟を決める。
 最初からリコッタは逃げることなど考えていない。ただ、勝つことだけを考えていたと言うことだ。

「わたくしたちの命をあなたに預けます。共に戦ってくれますか?」
「合点承知。リコッタに任せろ!」

 力強い声で返事をするリコッタに、ラクシャは笑みを返す。
 そして迫る古代種のブレスを風の結界で防ぎながら、ラクシャはおおまかな作戦を口にする。

「わたくしとリコッタちゃんが古代種の注意を逸らし、動きを止めます。アドルはその隙に接近して――」
「ああ――」

 必ず仕留めてみせる。
 そう言ってラクシャの言葉に頷きながら、アドルは覚悟を示すかのように剣の柄を握り締める手に力を込めるのだった。


  ◆


 リィンたちは気付かれないように離れた場所からアドルたちの戦いを観察していた。
 そのなかでもリィンが特に注目したのが、戦場を縦横無尽に駆け巡るリコッタの動きだった。
 こんな場所に住んでいるくらいだから腕が立つのは予想していたが、膂力はシャーリィに足の速さはフィーに迫るかもしれないとリィンはリコッタの能力を分析する。
 何より驚きなのはスタミナだ。常に足を止めることなく動き回っているというのに息一つ上がっている様子はない。
 それどころか、時間が経つにつれて動きのキレが増していた。
 闇雲に動いているように見えて、しっかりと敵の動きを観察して間合いを計っているのだとリィンは察する。
 動きが獣染みているのは気になるが、年齢から考えれば十分過ぎるくらいの戦闘力だ。

「なかなかやるじゃないか」
「そうじゃろう、そうじゃろう」

 リィンの評価に気をよくして、笑顔を浮かべてしきりに首を縦に振るタナトス。
 そんなタナトスを見て、こいつも親バカの一人かとリィンが溜め息を吐いていると、

「――と自慢したいところじゃが、儂が教えたわけではなくての」

 タナトスの言葉にリィンは首を傾げる。
 探検家をしていると言うだけあって、タナトス自身もかなりの場数を踏んでいることが見て取れる。
 シャーリィが密かに目を付けるほどだ。恐らくはアドルに迫るくらいの実力は秘めているとリィンは予想していた。
 だからリコッタに戦いや狩りの仕方を教えたのは、タナトスだと思っていたのだ。

「どういうことだ?」
「リコッタは幼い頃に島へ流れ着いて獣に育てられたらしくてな。戦い方や狩りの方法も、その獣に教わったそうじゃ」

 思い掛けない話を聞かされ、リィンは目を瞠る。そんなにも前から島で生活をしている者がいたとは思ってもいなかったためだ。
 だがロンバルディア号の乗客のように、過去に島へ流れ着いていた者がいたとしても不思議な話ではない。
 それに、それならリコッタの獣のような動きにも納得が行くと考える。
 獣に育てられたからこそ、あんな動きが身についたのだろう。
 才能もあるのだろうが、身体能力だけならシャーリィやフィーに迫るのも頷ける話だった。

「爺さんの本当の娘じゃなかったんだな」
「言っておらんかったか? リコッタと出会ったのは一年ほど前じゃ。島に漂着して難儀しておったところを、あの子に助けられたのじゃよ」

 獣に育てられた所為か、最初は言葉も通じなかったらしい。
 そうして生活を共にする内に仲良くなり『父上』と呼ばれるようになった、とタナトスは嬉しそうに話す。

「血は繋がっておらんが、いまでは本当の娘のように思っておるよ」

 その言葉に嘘はないのだろう。
 リコッタのことを話すタナトスは、リィンもよく知る親の顔≠していたからだ。

「出番はなさそうですわね」

 ベルの言うように、そうこうしている間にも戦局は大詰めを迎えようとしていた。
 ラクシャの放った風のアーツが動きを鈍らせ、リコッタの一撃が遂に古代種を捉える。
 岩壁に叩き付けられ、地面に横たわる古代種。それを待っていたかのように一気に間合いを詰めたアドルの鋭い一撃が、古代種の片翼を斬り裂いた。
 ああなっては〈空の王者〉と言えど、為す術はない。決着が付くのも時間の問題だろうとリィンは考える。
 それよりも問題は――

「気付いているか?」
「ええ、わたくしたち以外にも盗み見している者がいますわね」

 上手く隠れているつもりなのだろうが、リィンたちは戦場を俯瞰する第三者の視線に気付いていた。
 以前から感じていた視線と同じものだ。恐らくは〈進化の護り人〉だろうと推察する。
 顎に手を当てて逡巡するリィンを見て、シャーリィは目を輝かせながら尋ねる。

「仕掛けるの?」
「こっちには気付いていないみたいだから、チャンスと言えばチャンスだが……」

 手の内を晒すことになる。
 少なくとも〈転位〉を使って島の中を移動していることには気付かれるだろう。
 そうなれば警戒されることは間違いない。罠を張っても簡単に掛からなくなる可能性が高い。
 だが、

(敵は一人か。少なくとも近くに仲間はいないようだな)

 シャーリィの言うようにチャンスであることは確かだった。
 進化の護り人が全員で何人いるのかは分からないが、少なくとも複数いることがイオの証言からわかっている。
 仲間に情報が伝わらないようにするためにも、仕掛けるからには捕り逃がすような真似は避けたい。
 その上でリィンはシャーリィに尋ねる。

「殺さずに捕らえることが条件だ。やれるのか?」
「手足の一本くらいは貰っても構わないでしょ? なら、どうにかなるかなーって」

 こんなものもあるしね、とコートの裾を捲って見せるシャーリィ。
 そしてリィンとベルは意表を突かれた様子で目を瞠る。
 シャーリィの手首には、見覚えのある腕輪があったからだ。
 それは嘗て、教団の研究者〈シーカー〉が身に付けていたアーティファクト。

 ――隠者の腕輪。

 もしもの時のためにと、エマが自分の代わりにシャーリィに預けた御守り≠セった。



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