フィーの左手には以前から使っていたゼムリアストーン製のダガータイプのブレードライフルが――
 そして、もう一方の手にはヒイロカネの刃に換装した同型のブレードライフルが握られた。

「ん……やっぱり悪くない感じ」

 新しい武器の感触を確かめるように、フィーは前線を抜けてきた小型の古代種を中心に狩っていく。
 そこから少し離れた前線では、シャーリィとシルヴィアが古代種の進行を食い止めていた。
 以前アドルたちが戦った大型の古代種もなかにはいるが、それを雑草を刈り取るように一撃で斬り捨てていく。

「なかなかやるね! アタシの若い頃を見ているようだよ!」
「お婆さんこそ! あとでシャーリィと殺り合ってくれない!?」
「はは! そいつは愉しそうだ! でも、その前に――」

 こいつらをぶち殺すのが先だね、と大剣を振うシルヴィアに負けじと、シャーリィも迫る古代種の群れを両断する。
 その衝撃で大地に亀裂が走り、崩落に巻き込まれて無数の古代種が奈落の底へと落ちていく。

「わたくしたちは前にでない方が良さそうですね」

 あんな戦いに巻き込まれては堪らないと、ラクシャは頬を引き攣りながら話す。
 そんなラクシャの言葉に苦笑いを浮かべながら頷くアドル。

「おお、古代種がどんどん倒されていく。あの三人もラクシャ姉たちの仲間か?」
「えっと……」

 リコッタの問いに対して、返事に窮するラクシャ。
 確かに協力関係にはあるが仲間かと問われれば、どうなのだろうという疑問は残る。
 それに仲間だと答えたところで、シャーリィたちのような活躍を期待されても困るというのが本音だった。

(フィーもこんなに強かったのですね。ですが、あれと一緒にされても……)

 興奮を隠せない様子でリコッタは目を輝かせているが、どちらが化け物か分からないような光景だ。
 新しい武器を手にして自分たちもやれると自信を持ち始めていたばかりなだけに、一方的に狩られるだけの古代種を見て、ラクシャはなんとも言えない複雑な気持ちになっていた。
 もはや、目の前で繰り広げられているのは戦いとすら呼べない。蹂躙だ。
 戦場となっている平原には古代種の屍が無数に散乱し、足の踏み場もないような状態になっている。
 その戦場を、オースティンなどは魂が抜け落ちたかのように先程からぼーっとした表情で眺めていた。
 増援のペースよりもシャーリィたちが古代種を始末するスピードの方が圧倒しているくらいだ。このままなら一匹残らず殲滅するのも間近だろう。
 しかし、

「アドル。気付きましたか?」
「ああ……」

 霧が濃くなってきたことに気付き、ラクシャとアドルは表情を硬くする。
 古代種が向かってくる先には、霧に覆われた巨大な大樹の姿が見えていた。
 恐らくは、あれが〈はじまりの大樹〉と呼ばれるものだとアドルとラクシャは察する。
 となれば、この古代種を生み出しているのも恐らくは――

「嫌な予感がします。油断はしないで――」

 アドルとリコッタに警戒を促すラクシャ。
 だが、声を掛けるも返事がないことに気付き、ラクシャは振り返る。

「え?」

 先程まで傍にいたアドルとリコッタだけでなく、オースティンの姿も消えていた。
 視界を覆い尽くす白い霧。突如、鳴り止む喧騒。
 まるで世界に一人だけ取り残されたかのように、気配一つ感じ取ることが出来ない。
 動揺を隠せない様子で周囲を見渡すラクシャ。そして、

「アドル! リコッタちゃん!」

 霧の世界にラクシャの声が響くのだった。


  ◆


 どこからともなく湧き出た霧は、瞬く間に戦場を覆い尽くした。
 そんななかフィーは武器を構え、冷静に周囲を見渡す。

(普通の霧じゃない。これって、もしかしてクイナの言っていた)

 フィーの索敵能力は〈暁の旅団〉でもトップクラス。リィンですら敵わないほどだ。
 相手が一流の暗殺者であっても、一種の結界とも呼べるフィーの感知を逃れることは難しい。
 だというのに、あれほどいた古代種の気配は疎か、足音一つ感じ取ることが出来ないでいた。
 普通に考えれば、ありえないことだ。それこそ〈隠者の腕輪〉のようなアーティファクトを用いない限り――

「――ッ!」

 霧の中から放たれた鋭い一撃を、転がるように飛び退くことで回避するフィー。
 攻撃の直前まで察知できなかったことに驚きながらも、フィーは次の攻撃に備えて感覚を研ぎ澄ませる。
 そして、

「そこッ!」

 紙一重で植物の蔓と思しき鞭のような一撃を回避すると、カウンターで銃弾を放つフィー。
 放たれた銃弾は霧に吸い込まれるように消え、小さな火花を散らす。
 ダメージが通った様子はなかったが、最初からフィーの狙いは別にあった。
 微かに霧の中で光る目印。フィーが放ったのは特殊な塗料を含んだマーキング用の銃弾だった。
 敵の位置を確認したフィーは、腰のポシェットから取り出した閃光弾を放り投げる。

「隠れても無駄」

 光に紛れ、風を切るような速度で間合いを詰めるフィー。
 暴れる植物の蔓を隙間を縫うように回避し、右手のダガーで切り払うような一撃を放つ。
 しかし、

(手応えが薄い。これって……)

 油断なく追撃を放つが、それは硬い角のようなもので防がれてしまう。
 だが接近することで、フィーは霧の中に隠れた敵の姿を完全に捉えた。
 それは背中から草木のようなものを生やした四つ足の見たことのない古代種だった。
 亀のような姿をしていて、以前に見たティラノサウルス型の古代種と比べれば一回りほど小さい。

「――ッ!?」

 しかし、予想に反して素早い反応を見せる古代種の動きにフィーは翻弄される。
 背中から生えた植物の蔓を鞭のように操り、地面に叩き付ける古代種。
 動きが読み難いこともそうだが、予想以上に攻撃が速い。だが、

(思った以上に速い。でも……)

 リーシャほどじゃない、とフィーは双眸を細め、集中力を高める。
 一定の距離を取りながら回避に専念し、反撃の隙を窺うフィー。
 最初は回避するのでやっとと言った感じだったが、敵の動きに慣れてきたのか?
 少しずつフィーの動きが鋭く、速くなっていく。
 そして、

「アクセル」

 そう呟いた直後、フィーの姿が掻き消えた。
 一瞬にして間合いを詰めると、古代種の背から生えた蔓を一本、フィーはすれ違い様に切断する。
 足を止めることなく、更なる連撃を叩き込むフィー。だが古代種の表皮を僅かに傷つけるだけでダメージは浅い。
 手数に頼った軽い一撃では、大きな古代種には致命傷を与えることは難しいとフィーも理解していた。
 だから――

(もっと速く)

 ギアを更に上げ、スピードを増していく。
 常人では捉えきれないほどの速度で縦横無尽に戦場を駆け、フィーは更に加速する。

(まだ足りない。もっと速く、鋭く)

 風と一つになり、音を置き去りにして、無数の残像と共に大地を駆け抜けるフィー。

「――シャドウブリゲイド!」

 古代種の背に生えた植物をすべて刈り取り、風を纏い、空高く飛び上がる。
 フィーの小さな身体では、シャーリィのような一撃を放つことは難しい。
 だから、ずっと考えていた。
 どうすれば、古代種を一撃で倒せるくらいの強烈な攻撃を放てるかを――

「アクセルブレイカー!」

 宙で動きを止めたかと思うと、空気を蹴るように爆発的な加速をするフィー。
 銀色の風を纏い、一筋の流星となって古代種に迫る。
 パワーが足りないのであれば、スピードで補えばいい。
 それが、フィーの――シルフィードの異名を持つ彼女のだした答えだった。

(手応えはあった。でも――)

 フィーの放った一撃は古代種の角をへし折り、首筋から前足に掛けて致命傷とも言える傷を刻み込む。
 断末魔を上げ、地面を転がる古代種。倒れたまま動かない古代種を見て、フィーは違和感の正体に気付く。

(やっぱり、ただの古代種じゃない。これって幻獣=H)

 血の代わりに古代種の身体から漏れ出る光。それはマナの燐光だった。
 肉体をマナで構成された幻獣の証とも言えるものだ。
 だとすれば――

(リィンの時は二匹いたって話だった。なら……)

 リィンが戦ったという幻獣の話を思い出し、フィーは周囲を警戒する。
 増援を危惧してのことだ。だが、

「……これで終わり?」

 深手を追った幻獣はマナの粒子を放ちながら消えてしまった。
 感覚を研ぎ澄まし増援を警戒するも、そうした気配は感じ取れない。
 手応えがなさすぎる。そのことに違和感を覚えるも――

「――ぐッ!」

 左肩に焼けるような痛みを覚えて、フィーは膝をつくのだった。


  ◆


 カシューとエドをクリスタルの〈転位〉を使って先に避難させ、アドルたちの応援に駆けつけて見れば、

「これは……」

 戦場を覆い尽くす霧に囚われ、リィンは足止めを食らっていた。
 クイナの言っていた霧と同じものだと考えて良いだろう。
 となれば、クイナをさらった黒幕と同じ相手の仕業である可能性が高い。
 シャーリィとフィーなら、まず大丈夫だと信頼はしているが、

「さて……」

 どうしたものか、とリィンは考える。
 手段を選ばなければ霧を吹き飛ばすことは可能だと思うが、そんな真似をすれば最悪アドルたちも消し飛んでしまう。
 なら一番手っ取り早いのは原因を排除することだが、

「恐らく原因はアレ≠セと思うんだが……」

 そう言ってリィンが見詰める先には、濃い霧に覆われた大樹の姿があった。
 霧が濃くて影くらいしか見えないが、確かに強い力を秘めていることが分かる。
 しかし、

「話に聞いていたほど、とんでもない代物には見えないんだよな」

 こうして実際に見える距離にまで近付いた今なら、よく分かる。
 この島に眠る巨大な力の正体が〈はじまりの大樹〉だと決めつけるには、まだ早いとリィンは感じていた。
 確かに凄い力を持ってはいるようだが、巨神と比べると格≠ニでも言うべきか?
 ノルンやツァイトと比べても存在の格が小さい。神々や聖獣に迫るほどの力を感じ取れなかった。
 どちらかと言えば、フィーが言っていたように〈碧の大樹〉に近いような印象を受ける。
 あれは至宝の力を増幅し、制御するための装置のような役割を持っていた。
 もし〈はじまりの大樹〉が同じような役割を担っているとしたら――

「大樹を生み出した奴が背後にいる? もしくは、あの大樹の中に原因となる力が眠っていると考えるべきか?」

 至宝に代わる何かが、大樹の中心には隠されているのではないか?
 そんな想像がリィンの頭に過ぎる。とはいえ、いまはそのことを確認しようがない。
 あとでイオやサライに話を聞いてみるかと考え、

「まずは、この霧の結界をどうにかするのが先だな。駄目元で試してみるか」

 腰に下げたブレードライフルの柄に手を掛けた、その時だった。
 特に何かをした訳では無い。なのに、突然霧≠ェ晴れ始めたのだ。
 アドルたちが何かをしたのかと考えるが、

「……どういうことだ?」

 次の瞬間、リィンは目を瞠る。
 あれほどの数がいた古代種の姿も、霧と共に消えてしまっていた。


  ◆


 古代種の死骸が一体も見当たらないどころか、戦闘の痕跡すら平原には残っていなかった。
 腑に落ちないものを感じつつ、戦いのあった現場に向かうとアドルたちの姿を見つけてリィンは声を掛ける。

「無事だったみたいだな」
「……どうにかね」

 体力を消耗しているようだが、大きな怪我を負っている様子はない。
 にも拘らず、アドルの身体を気遣うラクシャを見て、リィンは「何かあったのか?」と尋ねる。

「……それが、よく分からないのです」
「分からない?」

 困惑の表情を滲ませながらリィンの質問に答えるラクシャ。
 そんなラクシャの説明を補足するように、アドルは左腕の裾を捲ってリィンに見せる。
 アドルの左肩には、目のようにも見える不思議なカタチをした赤い色の紋様が刻まれていた。
 霧の中で不思議な古代種と戦い、気付けばこの紋様が肩に現れていたとアドルは説明する。
 アドルを泳がせれば何かが起きるとは思っていたが、

(この紋様から感じる力……まさかな。だが、俺の考えが正しければ……)

 捜索を早めに打ち切って、さっさと漂流者を避難させるべきかもしれないとリィンは考える。
 アドルの肩に刻まれた紋様から盟約≠フ繋がりに近い力を感じ取ったからだ。
 もし想像が当たっていれば、この紋様の正体は恐らく――

「この紋様について、何か心当たりがあるのですか?」
「いや、だが知っていそうな人物に心当たりはある」
「ああ、なるほど。確かに彼女なら……」

 ベルのことだとラクシャは勘違いしたようだが、リィンはイオとサライに確認を取るつもりでいた。
 この紋様が想像通りのものなら、あの二人なら何か知っているはずだと思ったからだ。
 とにかく今はフィーやシャーリィと合流するのが先かと考え、リィンは上着のポケットに手を入れ、戦術オーブメントを取り出す。
 通信機能を使って連絡を取ろうとしたところで、

「リィン」
「フィーか。無事だっ――」

 後ろから声を掛けられてリィンが振り返ると、そこにはフィーの姿があった。
 だが、

「怪我をしたのか?」
「ん……そういうことじゃないんだけど……」

 疲労を滲ませ、右手で左肩を押さえるフィーを見て、リィンは気遣うように尋ねる。
 大きな怪我を負ったのではないかと考えたからだ。

「ちょっと見せてみろ」

 傷口を確かめるようにフィーの肩に触れるリィン。
 そして、

「なっ……」

 目を瞠る。
 じっと固まったまま動かないリィンが気になってか、覗き込むように二人の間に割って入るラクシャ。
 そしてリィンと同じように固まり、驚きの表情を浮かべる。
 二人の視線の先、フィーの肩には――

「どういうことですか? どうしてフィーの肩に……」

 アドルと同じ紋様が刻まれていた。



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