用件を話す前から開口一番『忙しいから帰れ』と言われ、アリサは唖然とする。
 しかし、ぐっと堪えながら白衣の老人を睨み付けるアリサ。
 白衣を纏い、右眼にモノクルをつけた白髪の老人。
 彼こそ、エプスタイン博士の三高弟の一人、G・シュミット博士だった。
 ここで感情に任せて行動すれば、マカロフに無理を言って席を設けてもらった意味がなくなる。
 イリーナから真意を聞き出すためにも、どうしてもシュミット博士には尋ねておきたいことがあった。
 だから――

「良いんですか? いま私たちを帰したら後悔≠キることになると思いますよ?」
「ほう……」

 怒りに任せて反発してくるかと思えば、挑発めいた言葉を返され、僅かに興味を覚えるシュミット博士。
 若い頃のイリーナとアリサの顔が被って見えたからだった。

「どう後悔するのか教えてもらおうか? だが、このG・シュミットに啖呵を切ったのだ。つまらない話であれば後悔をするのは、お前たちの方になるぞ」

 並の者なら怯んでしまうような鋭い視線を向けられながらも、アリサは一歩も引くことなくシュミット博士を睨み返す。
 リィンたちと共に先の内戦を駆け抜け、クロスベルの解放作戦でも共に戦ってきたのだ。
 殺気の籠もっていない、その程度の威圧で怯むアリサではなかった。

「フィー。例のアレを」
「ん……」

 アリサの指示で背中に担いだ巨大なケースをテーブルの上に置くフィー。
 金具を外すと蓋が開き、ケースの中から異様な雰囲気を放つチェーンソーライフルが姿を現す。

「……〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉か」

 一目で、その正体を看破するシュミット博士。
 そう、それは〈緋の騎神〉と同じ名を持つシャーリィの愛用武器。〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉だった。
 本来はジャッカスの工房へ預けるつもりで、フィーがシャーリィから預かっていたものだ。
 しかしルーレに到着した日の内に一度尋ねたのだが工房は閉まっていて、どうしたものかと扱いに困っていたものだった。

「これが、どうしたと言うのだ?」
「ご存じのように、これはかなり特殊な武器です。並の技師では修理は勿論のこと、バラして整備をすることすら難しい」
「グエンか、ジャッカスのところへ持っていけばよかろう」
「ええ、修理だけならお祖父様やジャッカスさんでも可能だと思います。ですが――」

 少しオレンジ味を帯びた赤い鉱石を鞄から取り出すと、アリサはそれをテーブルの上に置く。
 それはユグドラシルを製作する際に、研究用にと手元に残していたヒイロカネの余りだった。
 リィンから許可を得て、念のために持ってきていたのだ。
 場合によってはイリーナとの交渉に使うつもりでいたのだが、ここで手札を切るべきだとアリサは判断した。

「これは……」
「ヒイロカネと呼ばれる鉱石です。これを使って〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の改造をお願い出来ないかと」

 アリサの相談に目を瞠り、少し考え込むような仕草を見せるシュミット博士。
 そして、テーブルの上に置かれたヒイロカネを、じっと観察するように手に取る。

「見たことのない鉱石だ。お前たち、これを何処≠ナ手に入れた?」
「それに関しては、いまはお話できません。ですが、その鉱石――強度だけならゼムリアストーンを上回る代物ですよ」
「……何?」

 ゼムリアストーンとは、リィンの武器や騎神のフレームにも使われている青みを帯びた鉱物のことだ。
 高い強度を持ち、ゼムリアストーンで作られた武器は鉄をも易々と両断する。
 稀少故に研究も余りされていなかったことから、最近になって精製の方法がようやく確立されたものだった。
 それ以上の強度を持つと聞いて、驚きを隠せない様子で唸るシュミット。それが事実なら大発見と言ってもいい代物だった。
 研究者の血が騒ぐ。しかし、

「こんな話を持ち掛けてくると言うことは、既に武器の製造には成功していると言うことか」
「さすがですね。フィー、少しだけあなたの武器を貸してくれる?」

 どれだけ凄い鉱石でも、まともに扱えないのでは意味がない。
 だとすれば、ヒイロカネを精製する方法についてもアリサは知っていると睨んで、シュミット博士は尋ねる。
 アリサの頼みを聞き、腰に提げた双銃剣の一つを抜き、それを〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の横に並べるフィー。
 赤みを帯びた刀身。間違いなくヒイロカネによって作られた武器だった。
 手にとって、すぐに一流の職人の手によるものだと察するシュミット博士。
 詳しく鉱石を調べてみないことには何とも言えないが、こうして現物を見せられた以上、少なくとも妄想の類ではないと判断する。
 その上で、

「……どうして、この話を私に持ってきた」

 シュミット博士は、アリサに自分のもとへ話を持ってきた理由を尋ねた。

「先程も言ったように〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉は複雑な機構を持った特殊な武器です。それを改造できる人物となると――」
「フン、確かに私なら可能だろう。だが、同じことが出来ぬとは言わせんぞ? ――アロンダイト。グエンが手を貸したのは確かだろうが、あれを設計したのはお前だろう」

 シュミット博士は自分の研究者としての知識と技術者としての腕に絶対の自信を持っている。しかし、ヒイロカネの研究ではアリサの方が上だ。それに少なくともアロンダイトの設計を手掛けたアリサが〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の改造を施せないとは思わなかった。
 研究者としての才能は父親ほどではない。マカロフやジョルジュにも劣るだろう。
 しかし、既存の技術を応用・発展させることに関しては優れた能力を持っていると、シュミット博士はアリサのことを高く評価していた。
 グエンも発明よりは設計と開発を得意とする技術者だった。アリサもその血を色濃く受け継いでいるのだろう。

「私の興味を惹こうとしたのだろうが、何が狙いだ?」

 本当のことを話せ、とアリサに迫るシュミット博士。
 確かに興味深い研究対象だが、理由を聞くまではアリサの話を請けるつもりはなかった。
 そんなシュミット博士の考えを察した様子で、アリサもまた覚悟を決める。
 そして、

「父様……いえ、フランツ・ルーグマン教授について知っていることを教えて頂けませんか?」

 本題を切り出すのだった。


  ◆


 アリサからフランツのことを尋ねられたシュミット博士は「しばらくここで待て」と言い残すと席を立ち、自分の研究室へと戻ってしまった。
 そうして待たされること三十分余り。ようやく応接室に戻ってきたシュミット博士は、手に持った一冊のノートをアリサの前に放り投げる。

「……これは?」
「あやつが遺したノートだ。中身を見れば自ずと分かる」

 あやつ……というのが、自分の父親のことだと察したアリサは目を瞠り、ノートを手に取る。
 そして、食い入るようにノートの中身を確認するアリサ。
 ページを進めるにつれ、その表情が段々と険しいものへ変わっていく。
 そこには、ある意味で予想通り。アリサの希望を打ち砕く内容が書かれていたからだ。

「まさか、そんな……それじゃあ、機甲兵を発明したのは……」
「そうだ。私は設計≠ニ開発≠担当したに過ぎない。現在ある五タイプの機甲兵すべての基本コンセプトを考えたのは、フランツ・ラインフォルト。お前の父親だ」

 ノートに書かれていたのは、機甲兵の基本コンセプトとも言えるアイデアの数々だった。
 表向き、機甲兵は〈蒼の騎神〉を参考にシュミット博士が設計したものだとされていたのだ。
 それがまさか、九年前には機甲兵の元となるアイデアがまとめられていたなどと、俄には信じがたい話だった。
 そもそもクロウが〈蒼の騎神〉の起動者に選ばれたのは、四年前なのだ。時期が合わない。

「〈蒼の騎神〉はあくまで参考としたに過ぎない。私はそのノートに書かれていることをカタチにしただけだ」

 そんなアリサの疑問に、そう答えるシュミット博士。
 だとすれば、機甲兵は騎神を模して作られた兵器ではなかったと言うことだろうかとアリサは考えるが、それは違うと頭を振る。
 モデルとなったのは〈蒼の騎神〉ではなかった、と考える方が自然だったからだ。
 このノートに書かれているアイデアは、灰でも蒼でもない他の騎神を参考にしたのだとアリサは察する。
 それは即ち――

「博士は最初から知っていたのですか? 父様が〈黒の工房〉と繋がっていることを……」
「何かあるとは思っていた。だが、そのあたりのことは私よりもジャッカスの方が詳しいだろう」

 フランツが当時から〈黒の工房〉と繋がっていたと言うことを意味していた。
 出来ることなら信じたくなかった。
 フランツが変わってしまったのは事故の所為だと、アリサは思いたかったのだ。
 しかし、このようなノートが出て来た以上、フランツが当時から〈黒の工房〉と繋がりがあったことはほぼ確実だった。
 となれば、イリーナの疑惑も深まったと言うことだ。

「ん……普通の工房じゃないとは思っていたけど、やっぱり〈黒の工房〉と繋がりが?」
「直接、本人に尋ねたことがある訳では無いがな。あそこがどういう店かは、お前たち猟兵の方が詳しいだろう?」

 ジャッカス工房。そこは表向きジャンク品を扱う修理屋だが、猟兵の出入りする店として裏では知られていた。
 シャーリィが度々〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の修理を依頼していたように、リィンやフィーも〈西風〉にいた頃から幾度となく利用していた店だった。
 リィンやフィーの愛用しているブレードライフルを拵えたのもジャッカスだ。
 怪しい人物ではあるが、金さえだせば客の素性や武器の用途など詮索しない。猟兵にとっては、ありがたい店の一つだったのだ。
 それだけに〈黒の工房〉と繋がりがあったと言われても、驚くような話ではないとフィーは考えていた。
 元より、そんな予感はしていたからだ。

「そのノートに書かれているものが、私に提出するつもりでいた卒業作品≠ナあることは明らかだった」

 だからカイエン公の依頼を受けたのだと、シュミット博士は話す。
 愚かな弟子の遺作。せめて、日の目を見せてやるために――と。

「無駄話が過ぎたな。そのノートはお前にやる。なかなか興味深いものを見せてもらった礼だ。〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の改造依頼も引き受けてやろう」
「博士……あなたは……」

 ほんの少し後悔に似た寂しげな表情を覗かせるシュミット博士を見て、自分が大きな勘違いをしていたことにアリサは気付かされる。
 他人に厳しく誤解されるような言動が目立つ人物だが、この人もまた自分と同じ≠ネのだと――

「アロンダイト。あれは、なかなか悪くない出来だった。グエンはよい後継者に恵まれたみたいだな」

 席を立ち、そう言って立ち去るシュミット博士の背中をアリサは深々と頭を下げ、見送るのだった。


  ◆


「口は悪いけど、よいお爺さんだったね。あれもツンデレ≠チて言うのかな?」
「……本人の前で、それ絶対に言っちゃダメよ?」

 こんなことを教えたのは恐らくリィンだろうと察した上で、フィーに釘を刺すアリサ。
 とはいえ、貴重なものが手に入った。
 シュミット博士より託されたフランツのノート。
 イリーナを追及する上でこれ以上ないほどの材料だと、アリサが笑みを溢していると――

「お嬢様。ただいま戻りました」

 シャロンに背中から声を掛けられ、大きく心臓が跳ねる。
 思わず悲鳴を上げそうになりながらも、ぐっと堪えるアリサ。

「シャロン! 心臓に悪い登場の仕方はやめてって前から言ってるでしょ!?」
「フィー様は気付いておられたみたいですが?」

 シャロンの言うようにフィーはと言うと、まったく驚いた様子はなくテーブルで〈ARCUSU〉を弄っていた。
 ゼノとレオニダスとの戦闘に備え、念入りに装備の確認を行なっているのだろう。
 とはいえ、フィーと一緒にされても困るというのがアリサの本音だった。
 気配を消して近付いてくる人間の接近を察知するなど、普通の人間に出来ることではないからだ。
 しかも、まったく動じていない様子からも、相手がシャロンだとフィーにはわかっていたと言うことだ。
 正直どんな訓練をしたところで、フィーの真似が出来るようになるとはアリサには思えなかった。
 そんなアリサの視線を感じ取ってか?

「リィンやシャーリィなら、このくらい出来ると思うよ?」
「あの二人は例外中の例外だから……基準をそこに設けないでくれる?」

 同じことならリィンやシャーリィも出来ると話すフィーに、アリサはそんな例外と一緒にするなと反論する。

「はあ……もういいわ。それより、シャロン。こんなにも早く戻ってきたと言うことは……」
「はい。警備が厳重で中の様子は確認できませんでしたが、ルーレ西部にある第五開発部の工場に会長を乗せた車が入っていったことは間違いないようです」
「そう……となると、問題はどうやって警備の目をかいくぐるかね」

 シャロンが厳重と言うほどの警備だ。少なくとも正面突破が難しいことは間違いない。
 その上、あちらにはゼノとレオニダスだけでなく領邦軍がついているのだ。
 どうしたものかとアリサが考えていると――

「お嬢様。そのことで、こちらに協力を持ち掛けてきた方がいるのですが……」
「……え?」

 一瞬、理解が追いつかず目を丸くするアリサ。
 シャロンの隠密能力は、先程もアリサ自身が身を持って体験したほどにズバ抜けている。
 同じ暗殺者としての技能を有していると言っても、リーシャより隠密には長けているくらいだった。

「一体、誰なの?」

 そのシャロンが接触を許し、協力を持ち掛けられた相手というのが気にならないはずがない。
 困惑気味に尋ねてくるアリサにシャロンは――

「サラ様です」

 と、少し困った顔で苦笑を交えながら答えるのだった。



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