「フィー!」

 フラフラと膝を折るフィーを見て、ハッと我に返った様子で慌てて傍に駆け寄るラウラ。

「……大丈夫なのか?」
「ん……大丈夫。技の反動で、少しふらついただけだから」
「しかし……」

 バルデルとの戦いはラウラも見ていたが、フィーの動きは普通≠ナはなかった。
 ラウラでさえ、目で追いきれないほどのスピードだったのだ。
 フィーの様子から見ても、何かしらのデメリットがあると考えるのが自然だった。

「本当に大丈夫だから。昔の私なら動けなくなってたと思うけどね」

 そう話すフィーを見て、ラウラの頭に先程の言葉が頭を過ぎる。
 フィーが口にした言葉だ。

 ――いまより強くなれる可能性があるのなら人間≠やめられる?

 あの時は言葉の意味を理解することは出来なかった。
 しかし、フィーとバルデルの戦いを見た後なら、薄らと理解できる気がする。
 速さだけならヴィクターやリィンをも遥かに凌ぐほどだった。
 いや、そもそもあれは人≠ノ為せる動きとは思えなかった。
 だとすれば――

「……人ならざる力。フィー、そなたの身に何があった?」

 この数ヶ月の間に、フィーの身に何か大きな変化があったのだとラウラは察する。
 リィンの〈鬼の力〉のように、人の枠を超えた人外≠フ力を手に入れたのではないかとラウラは考えたのだ。
 少し逡巡する素振りを見せるも、ラウラの質問にフィーは答えようとするが――

「フィー! ラウラ! よかった。無事だったのね!」

 アリサの声が聞こえ、フィーは溜め息を吐く。
 そして、

「少し時間をくれる?」

 そう、ラウラに話すのだった。


  ◆


『……ごめんなさい』

 事後承諾でラウラに〈ユグドラシル〉を貸与したことを謝罪するフィー。
 レイフォンの特訓に付き合ったあとシャワーで汗を流し、そろそろ休もうかとベッドで横になっていたところでリィンの〈ARCUSU〉に通信が入ったのだ。
 こんな夜更けに連絡をしてきたと言うことは何かあったのだと察して通信にでてみれば、フィーの口から聞かされたのは案の定と言った内容だった。
 どうしてもっと早く連絡をして来なかったのかと、呆れた様子でリィンは溜め息を吐く。

『フィーだけの責任じゃないわ。そもそも私の我が儘が原因だもの。罰を与えるなら私も――』
「いや、何を勘違いしているのか知らないが、別に怒ってないぞ」
『え? そうなの?』
「謎の猟兵団に相手があの〈闘神〉じゃ、さすがに分が悪い。現場の判断としては適切だったと思うしな」

 一応、サラを援軍に送ったとはいえ、それでも〈闘神〉が相手では分が悪い。
 正直こうして全員が無事だっただけでも、相手が相手だけに運が良かったと思っているくらいだった。
 なのに、ラウラに〈ユグドラシル〉を渡したフィーの判断を責めることなど出来ない。
 それにラウラなら秘密を漏らしたりはしないだろうと言う程度にはリィンも信用していた。

『それなら、そうと早く言ってよ。心配して損したじゃない』

 ほっと安堵の息を吐くアリサを見て、リィンは再び溜め息を吐く。
 確かに怒っていないとは言った。しかし、

「今回の件がすべて片付いたら罰は受けてもらうがな」
『……え?』
「仕方のない状況だったのは察するが、相手の戦力が不透明なのに無茶をしすぎだ。戦力が十分なら作戦を強行するのも理解できるが、ただでさえ少ない戦力を分散して何かあったらどうするつもりだったんだ? 第一、工場へ突入した時点で危険なことはわかっていたはずだ。その場で引き返すことも出来たはずだろ?」
『うっ……それを言われると……』
「アリサ。焦る気持ちは理解できなくもないが、少し頭を冷やせ」

 ぐうの音もでないと言った様子で、アリサはリィンの話に黙って耳を傾ける。
 そもそも今回の件。少しばかり無鉄砲が過ぎると、リィンはアリサたちの行動に呆れていた。
 ゼノとレオニダスの二人だけが相手なら、確かに出し抜くチャンスはあったかもしれない。
 しかし謎の猟兵団に工場が襲撃され、作業員の全滅を確認した時点でイリーナの後を追うのではなく引くべきだった。
 敵の戦力は未知数。しかも、一人残らず皆殺しにするような連中だ。深追いは危険過ぎる。
 勇気と蛮勇は違う。戦場で判断を見誤れば自分だけでなく味方をも危険に晒す。
 今回は全員無事だったが、それは偶々運が良かっただけの話だとリィンは考えていた。

「闘神の気まぐれに助けられたな」

 でなければ、全員殺されていたはずだ。
 そのことはフィーも理解しているのだろう。苦い顔を見せる。

「フィー、お前もだ。いや、むしろ今回のことはアリサがなんと言おうと、お前が止めるべきだった」
『……反省してる』

 余程、今回の件が堪えたのか?
 覇気の無い声を漏らすフィーを見て、リィンは深い溜め息を漏らす。
 フィーが何を思い悩み、焦っているのかを実のところリィンは察していた。
 察していながら放置した自分の責任でもあると、リィンは考えていたのだ。
 だから――

「フィー。はっきりと言っておくが、お前は俺のようにはなれない。戦闘力でシャーリィに並び立つのも不可能だ」
『ちょっと、リィン!?』

 フィーの努力を否定し、突き放すような言葉を口にするリィンにアリサは声を上げる。

「だが、猟兵としてのセンスは俺やシャーリィよりも、お前の方が上だ」
『……リィン?』
「隊の指揮を執らせるならヴァルカンだし、交渉や根回しならスカーレットが一番上手くやる。家事や料理を任せるならシャロンが、技術関連で困ったことがあればアリサを頼ればいい。魔女の知識はエマとベルが、他にもリーシャやアルティナだってそれぞれ強味を持っている。それは、フィー。お前も同じだ」

 確かにリィンやシャーリィの方がフィーよりも強い。
 しかし戦闘力では劣るとはいえ、総合的な観点から見れば、フィーの方が猟兵としての適性は高い。
 少なくともシャーリィに護衛や諜報の仕事が務まるとは思えない。
 間違いなく無理だと言うのが、リィンの評価だった。
 同じことはリィンにも言える。出来ないとは言わないが、フィーほど上手くやる自信はない。

「俺は今でも十分フィーに助けられてるよ」
『でも……』
「団の皆は家族、命を預ける仲間だ。団長は俺と言うことになってはいるが、誰が上で誰が下なんてない。それじゃ、答えになってないか?」

 猟兵団の団長とは、団の看板であると同時に団員たちにとって大黒柱≠フような存在だ。
 しかし他の団はどうかしらないが、少なくともリィンの目指す団とは力で上下関係を縛るようなものではなかった。
 組織である以上、ルールは必要だ。しかし、猟兵は軍人ではない。
 必要以上に階級や身分に拘る必要はないとリィンは考えていた。
 どちらかと言えば、命を預ける仲間――同じ釜の飯を食う家族という認識の方が強い。
 確かな絆で結ばれていなければ、戦場で背中を預けることなど出来ないからだ。

『……私はリィンの役に立ってる?』

 なかでも最もリィンが信頼しているのがフィーだった。
 フィーはリィンに並び立つ猟兵になりたいと思っているようだが、そこからしてそもそも彼女は間違っていた。

「ああ、むしろフィーに見捨てられると、俺の方が困るくらいだ」

 とっくにリィンはフィーのことを、共に並び立つ仲間だと認めているのだから――


  ◆


 憑物が落ちたかのように晴れ晴れとした、どこか嬉しそうな表情を浮かべるフィーにアリサは声を掛ける。

「よかったわね」
「ん……でも、私が弱いのは事実だから」

 まだリィンやシャーリィに追い付くことを諦めるつもりはないと、フィーは話す。
 本当はリィンに認められて嬉しいはずなのに、強情なところは兄妹そっくりだとアリサは苦笑する。

「それで、ラウラもこっち≠ノ引き込むの?」
「ん……ラウラに話す許可はリィンにもらったから、無理強いをするつもりはないけど協力してもらえたらなって思ってる」
「そう……」
「反対?」
「そう言う訳じゃないけど、未だにラウラと猟兵って頭の中でイメージが結び付かないのよね?」
「それは少し分かるかも」

 無理に猟兵団に誘うつもりはないが、ラウラにも協力してもらえたらとフィーは考えていた。
 少しでも戦力が欲しいというのもあるが、それ以上に信頼の出来る仲間が必要だと思ったからだ。
 とはいえ、昔と比べれば猟兵に対する偏見は薄れているとはいえ、ラウラの性格はアリサもよく知っている。
 猟兵の仕事は綺麗事だけでなく汚れ仕事も多い。アリサは母親の仕事も見ているため、そうしたことに多少の免疫を持ってはいるがラウラは違う。
 清濁を併せ呑むと言ったことが実直な性格をしているラウラに出来るかというと、正直かなり怪しいとアリサは考えていた。
 今回のことでは協力を結べたが、下手をすると考えが合わずに仲違いをすると言うことになりかねない。
 そう考えると、ラウラを仲間に引き込むことにアリサが慎重な意見を口にするのも無理はなかった。
 しかし――

「たぶん大丈夫だと思う」

 その心配は恐らくないとフィーは答える。
 出会った頃のラウラなら、確かにアリサの言うような心配はあった。
 あの頃のラウラなら、フィーも仲間に引き込もうなどと提案はしなかっただろう。
 しかしリィンたちと出会い、本物の戦場を経験することでラウラは変わった。
 少なくとも〈暁の旅団〉が非道な行いをしない限りは、力を貸してくれるだろう。
 むしろラウラの性格を考えれば、工場の人々を皆殺しにした謎の猟兵団やノーザンブリアのことは放って置けないはずだ。
 こちらから協力を持ち掛けずとも首を突っ込んでくる可能性が高いとフィーは見ていた。
 なら、最初から仲間に引き込んだ方が良い。リィンがフィーに許可を与えたのも、ラウラの性格を考慮してのことだった。

「アンタたちって相性悪そうなのに、お互いのことを妙に分かり合ってるわよね」
「……戦友だから?」

 アリサの疑問にそう答えるフィーだったが、明確な答えを持っている訳では無かった。
 しかし、一つだけ言えることはあるのだとすれば――

「私にとってラウラは……」

 お互い、認めて欲しい人がいる。
 同じ目標を持つライバルのような存在だと、フィーは話すのだった。


  ◆


 翌朝、ルーレから帝都へ向かっていた貨物列車が脱線事故を引き起こしたと言う記事が『帝国時報』に掲載された。
 しかし、不思議なことに怪我人はゼロ。列車に乗っていた者は運転士を含め、一人もいなかったという奇妙な内容だった。
 記事を見た人々の多くは首を傾げたが、この記事が話題となることはなかった。
 それよりも大きなニュースが、その日――帝都を騒がせたからだ。

 ――バラッド候が賊の襲撃を受け、意識不明の重体。
 目撃者の証言や現場に残った痕跡から、帝国政府はバラッド候を襲撃した賊を〈北の猟兵〉と断定。

 それが、ノーザンブリアとの戦争が囁かれるなか起きた事件の概要だった。



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