「ケーキセットを一つ。モンブランとホットコーヒーで」

 両手一杯に抱えた荷物を隣に置くと、さっとメニューを眺めてリィンは店員に注文する。
 今日は一月一日。新年の催しが開かれているとあって大方の予想通り、帝都は大変な賑わいを見せていた。

「クルトの奴……こうなるとわかってて逃げたな」

 朝から食堂で待ち構えていたレイフォンとオリエに捕まって、リィンは二人の買い物に付き合わされていた。
 他の門下生は帰省中。ミュラーはオリヴァルトと公務に、クルトも朝早くに道場をでて巡回警備のボランティアに参加していた。
 毎年のことだけに道場に残っていれば、荷物持ちに付き合わされるとわかっていたのだろう。
 そうとは知らず、逃げ遅れたリィンが被害に遭ったと言う訳だ。

(ユグドラシルに収納してしまえれば、楽なんだが……)

 リィンが装備しているオーブメントの拡張ユニット〈ユグドラシル〉には、幾つかの便利な機能がある。
 そのなかでも飛び抜けて使い勝手が良いとリィンが思っているのが空間倉庫≠セった。
 両手一杯に抱えきれないほどの荷物も、その機能を使えば纏めて亜空間に収納しておくことが出来る。
 どのくらい入るかは試したことはないが、リィンの倉庫は少なくとも機甲兵くらい大きなものでも複数仕舞える収容力を持っていた。
 しかし、

(ラウラの件でフィーに注意をしたばかりだしな……)

 便利だからと言って、こんな人目につく場所で使う訳にもいかない。
 それにオリエは協力者と言っても団の部外者だ。
 レイフォンも正式に団の一員となった訳ではない以上、軽々と教える訳にはいかなかった。

「はあ……まったくユウナさんは……」

 そんな溜め息を吐くリィンの後ろで、背中合わせに同じような愚痴を溢す少女の姿があった。
 何処かで聞いた覚えのある声だなと思いつつ、リィンは運ばれてきた飲み物に口を付ける。
 その時だった。

「む……私が注文したのは苺のショートケーキだったはずですが……」

 後ろからまた聞き覚えのある少女の声が聞こえ、リィンは飲み物と一緒に自分のテーブルに運ばれてきたケーキに目をやる。
 注文したのはモンブランのケーキだったが、リィンのテーブルに置かれているのは苺のショートケーキだった。
 この混雑の具合から見て、テーブルを間違えたのだろうとリィンは察する。
 店員を呼ぶより交換した方が早いかと考え、少女に声を掛けるリィン。

「こっちにショートケーキが運ばれてきてるんだが、そっちにモンブランがいってないか?」
「あ、それ私の注文した奴です。すみませ――」

 少女の方もリィンに気付き、ケーキの皿を交換しようと互いに振り返る。
 そこで顔を合わせた瞬間、ピタリと固まる二人。
 無理もない。

「……こんなところで何をしてるんですか?」
「それは、こっちの台詞だ」

 リィンの後ろの席にいたのはティオだった。


  ◆


 店が混んできたこともあって、リィンとティオは向かい合わせに座り、無言でケーキを食していた。
 そんななか――

「キーアを悪の道に誘うのはやめてください」

 先にケーキを食べ終わったティオが、沈黙を破るように口を開く。
 まったく身に覚えのないことをティオに言われ、顔をしかめるリィン。

「なんのことだ?」
「とぼけないでください。いま〈子猫(キティ)〉の手伝いをしていると本人から聞きました」

 そういうことかと、ティオの話を聞いてリィンは大凡の事情を察する。
 レンのことだ。いつもの悪い癖≠ェ働いたのだろう、と――
 しかし、

「俺はレンに依頼しただけだ」

 レンに依頼をしたことは確かだが、リィンが直接キーアを誘った訳では無い。
 やり方はレンに任せてある以上、そこまで責任を持てるかと言うのがリィンの本音だった。
 それに――

「そもそも保護者顔するなら、しっかりと見とけ。大方、仕事を理由にキーアのことを放って置いたんだろ?」
「う……それは……」

 リィンに痛いところを突かれて、何も言い返せずに唸るティオ。
 ロイドやティオたちが忙しいことはリィンも知っているが、それとこれは話が別だった。
 キーアのことだ。何一つ我が儘を言わないのかもしれないが、それに甘えていては保護者失格と言っていい。

「もう少しキーアの気持ちを考えてやれ。しっかりとしているように見えても、あれはまだ子供≠セ」

 図星を突かれて塞ぎ込むティオに、リィンはそう言って諭す。
 レンがキーアを誘ったのは、昔の自分と重ね合わせたところがあるのだろうと察してのことだ。
 強がってはいても、心の何処かで家族の温もりを求めていると言うことだ。
 どうにもティオを含め、特務支援課のメンバーはそうしたことに疎いところがある。

「……随分と子供の気持ちが分かるのですね」
「猟兵団は全員が一つの家族みたいなものだからな。俺も昔はフィーを始め、子供たちの面倒をよく見ていた」

 その点で言えば、リィンは子供の相手に慣れていた。この辺りは経験値の差だろう。
 別にティオたちがキーアのことを大切にしていないとはリィンも思っていない。
 ただ、大切な人の役に立ちたい。頑張ったところを褒めて欲しい。
 そうやって子供が親に甘えようとするのは自然なことだ。
 あれもダメ。これもダメと言って、家に閉じ込めておくのは違うと考えてのことだった。
 悪いことをしたと思うなら、その都度叱ってやればいい。

「と言っても、お前も子供だったか」
「……子供扱いしないでください」

 子供扱いされ、不満げな表情でリィンを睨み付けるティオ。
 しかし、ユウナに『先輩』などと呼ばれているが、現在のティオの年齢は十五歳。ユウナよりも一つ下だ。
 既にエプスタイン財団の技術者として働いているとはいえ、まだまだ精神的には未熟なところがある。
 前世から数えて精神的には倍以上歳を食っているリィンからすれば、子供に見えるのも無理はなかった。
 そう言う意味では、ロイドやノエルもようやく成人したばかりだ。子育ての経験など、あるはずもない。

(そう考えると、仕方がないと言えば仕方がないか)

 同じことはエリィにも言える。子供を預かると言っても、レンのようには行かないだろう。
 キーアは錬金術の技術で生み出されたホムンクルスだ。
 身体の方は成長してきているみたいだが、精神的な面での成長が追い付いていない。
 同じ技術を用い造られたアルティナと接してきたからこそ、ティオたちの苦労がリィンには手に取るように分かる。
 少なくとも今のティオたちに必要なのは知識や経験ではなく、子育てについて相談できる大人≠セとリィンは考えるのだった。


  ◆


「みっしぃ! 頑張ってください!」

 やっぱり子供じゃないか、と子供向けのショーに夢中のティオを見て、リィンは呆れる。
 デパートやホテルの建ち並ぶメインストリート〈ヴァンクール大通り〉近くの広場で、みっしぃのショーが開かれていた。
 ミシュラムを巨神との戦闘の余波で破壊した件で、恨み辛みを延々と口にしていたくらいだ。
 ティオのみっしぃ好きはリィンも理解していたつもりだが、よく子供に交じって応援できるなと半ば感心する。

(しかし、まあ……)

 人の趣味はそれぞれだ。
 それにティオの見た目や年齢から考えれば、それほどおかしいと言う訳でもない。
 本人が楽しんでいるのなら別に良いか、とリィンは納得する。

(てか、メカみっしぃって……)

 自分を本物だと主張する機械仕掛けのみっしぃを見て、もうなんでもありだなとリィンは溜め息を吐く。
 とはいえ、子供向けの出し物としてはなかなか良く出来ていた。
 ヒーローショーが子供に人気なのは世界共通らしい。
 その証拠に、みっしぃを応援する子供たちの声が会場を賑わしていた。

「何やってるんですか!?」
「……は?」
「みっしぃがピンチなのですよ! ちゃんと応援≠オてください!」

 目の据わったティオに無茶振りをされ、マジかとリィンは頬をひくつかせる。
 しかし、逃げ道を塞ぐかのように子供たち≠フ視線がリィンに集まる。
 不安と期待の入り交じった視線を向けられ、溜め息を吐きながら肩を落とすリィン。
 そして、こうなったらヤケクソだ、と覚悟を決めると――

「頑張れ、みっしぃ!」

 と、叫ぶのだった。


  ◆


「頑張れ、みっしぃって……ぷっ、くく……アハハハハハ、もうダメ!」

 一部始終をタイミングよくデパートから出て来たオリエとレイフォン。それにユウナに見られていたのだ。
 偶然デパートの中で会って、一緒に買い物をしていたらしい。
 普段とのギャップに耐えきれず、腹を抱えて笑うユウナだったが、

「ユウナさん……そんなにおかしいですか?」
「え、いえ……あの……別にティオ先輩のことを笑った訳じゃ……」

 みっしぃを侮辱されたと感じたティオに睨まれる。
 必死に弁明するも「知りません」とティオに顔を背けられ、ユウナは顔を真っ青にする。
 みっしぃのことになると、ティオは嘘や冗談が通じなくなる。
 みっしぃをバカにする者は何人であろうと許さない。それはユウナも例外ではなかった。

「私はリィンさんの意外な一面が見れて、ちょっとラッキーって感じでしたけど」
「ええ、男の人は少し子供っぽいところがある方が魅力的だと思いますよ」

 レイフォンとオリエに本気なのか冗談なのか分からない言葉で励まされ、リィンは「もう好きにしてくれ」と溜め息を漏らす。
 そして、

「買い物はもう良いのか?」

 先程よりも更に増えた荷物を眺めながら、レイフォンとオリエの二人に尋ねるリィン。
 幾らデパートでバーゲンセールをやっていると言っても、さすがに少し買いすぎと言えるほどの荷物の量だった。
 その自覚は二人ともあるのか、オリエとレイフォンは顔を見合わせて苦笑する。

「少し羽目を外しすぎたみたいですね。リィンさんもお疲れみたいですし、そろそろ帰りましょうか」

 既にリィンが限界だと察して、そう答えるオリエ。
 オリエの言うように体力的には問題ないが、精神的にはかなり疲労していた。
 トドメとなったのは、みっしぃのショーで間違いない。

「いま車を呼びますから、お二人も一緒に乗って行かれますか?」
「いいんですか? ご迷惑では……」
「いえ、ライカ地区に向かわれるのでしたら方角は同じですから」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせて頂きます」

 なんだかんだと一日ユウナの観光に付き合わされて、ティオも疲れていたのだろう。
 まだ「ティオ先輩に嫌われた……」と肩を落とすユウナを他所に、オリエの誘いに嬉しそうに応じる。
 そんな時だった。

「……? 何か見えるのですか?」

 どこか険しい表情で空を見上げるリィンを訝しみ、視線の先を追いながら尋ねるティオ。
 そんな彼女に――

「いや、気の所為みたいだ。たぶん鳥≠ゥなんかだろう」

 リィンは肩をすくめながら、そう答えるのだった。


  ◆


 大通りを見渡せるビルの屋上で、人目を忍ぶようにスナイパーライフルを構えるバンダナの男がいた。

「この距離で気付くとか、本当に人間かよ……」

 バンダナの男――クロウ・アームブラストは額から冷たい汗を流す。
 念には念を入れて距離を取ったというのに、あっさりとリィンに勘付かれたと察してのことだった。

「だから、止めておきなさいと忠告したでしょ?」
「軽い挨拶のつもりだったんだが……」

 ――前より強くなってないか?
 と、クロウは音もなく現れた青いドレスの女性――ヴィータに尋ねる。
 女に囲まれて楽しそうにしているところを見て、腕が鈍っていないか試すつもりでライフルを構えたのだ。
 しかし、視線を向けただけで居場所を特定されたことに、少なからずクロウは驚きを隠せずにいた。
 それだけではない。スコープ越しに目線を合わせてきたかと思えば、ニヤリと笑い返してきたのだ。
 正直、生きた心地がしなかったと言うのがクロウの本音だった。

「確実に強くなっているわね。以前は引き分けだったそうだけど、いまなら〈鋼の聖女〉にも勝てるんじゃないかしら?」

 結社最強と謳われる聖女よりも上だとヴィータの見立てを聞かされ、ブルリと背筋を震わせるクロウ。
 そして、こんな真似は二度としないと固く心に誓う。
 リィンを敵に回せば、命が幾つあっても足りないと思ってのことだった。

「……もう、帰ってもいいか? アイツがいるなら俺いらないだろ?」
「ダメよ。自分の手でケジメをつけると言ったのは、あなたでしょ? 言葉には責任を持ちなさい」

 ぐうの音も出ない正論をヴィータに説かれ、クロウは何も反論できずに唸る。
 この数ヶ月。蒼の騎神と共に行方を眩ませたクロウは、黒の工房に通じていると思われる施設を探して各地を転々としながら情報を集めていた。しかし、その調査も進展が見られず行き詰まっていたところに転がり込んできたのが、ノーザンブリアの一件――バラッド候に関する情報だったと言う訳だ。
 だからこうして戻ってきたのだが、まさかリィンが直接帝都へ乗り込んでくるとはクロウも思ってはいなかったのだろう。
 相変わらずフットワークの軽い奴だと、クロウは愚痴を溢す。

「それに皇帝陛下にも御礼をまだ言ってないんでしょ? いいの? そんな不義理をして」
「ぐっ……」

 軍の保護観察を受けている身で、勝手に姿を消すのは重罪だ。
 しかしクロウは現在、皇帝より騎士(シュバリエ)の称号を授与され、勅命で動いている扱いとなっていた。
 手を回したのはアルフィンだが、セドリックが承認しなければ今頃クロウは指名手配されていたことだろう。
 この件でクロウは、セドリックやアルフィンに大きな借りを作っていた。

「ああ、分かったよ! 俺の負けだ。降参!」

 と、半ば投げ遣りに両手を挙げるクロウ。
 そんなクロウを見て、ヴィータは「大きな子供ね」と苦笑するのだった。



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