「しかし、そうすると……なんでアイツ等は、また戦争を起こそうとしてるんだ?」

 ギリアス・オズボーンが命を懸けて行なった計画が失敗ではなく成功していたと考えるなら、そもそも戦争を起こす理由がない。
 そんなリィンの疑問に――

「先程も言ったが、まだ〈巨イナル一〉は完成しておらん。騎神に目に見える影響がでていないのが、その証拠じゃ」

 騎神は〈巨イナル一〉の力を七つに分けることで、生まれた存在だ。
 謂わば騎神とは、下位次元における〈巨イナル一〉の現し身とも呼べる存在。
 巨イナル一が再び顕現すれば、なんらかの影響が騎神に現れるはずだとローゼリアは話す。
 役目を終えた騎神は機能を停止するか、最悪の場合は消滅と言う可能性も考えられる。

「いまの〈灰〉は恐らく、九百年前に呪いに侵された〈緋〉や〈大地の聖獣〉と同じ状態にあると考えてよい」
「大地の聖獣? それってツァイトの同類のことか?」
「そう言えば、ヌシは他の聖獣と面識があるのじゃったな。そうじゃ、大地の至宝を見守りし聖獣。名はアルグレス≠ニ言う」

 至宝と共に姿を消したと言い伝えられる二体の聖獣。その内の一体が、大地の聖獣アルグレスだ。
 九百年前、暗黒竜との戦いで呪い≠ノ身体を蝕まれたアルグレスは、自らを〈始まりの地〉に封じたのだとローゼリアは説明する。

「なるほど……ローゼリアさんが驚かれたのは、そういうことですか」
「うむ。女神の聖獣でさえ、巨イナル一の呪いの前には無力だったのじゃ。だが、どう言う訳かリィンは呪いを完全に抑えておる」

 普通ならありえん、とローゼリアは頭を振る。
 女神の聖獣でさえ、完全に抑えきることは出来なかった呪い。
 その影響をリィンはまったく受けていないと言うのだから、ローゼリアが未だに信じられないとぼやくのも無理はなかった。
 ヴァリマールに表立った影響がでていないのも、リィンが完全に呪いの力を抑えているからだと推察できる。

「だが、いまは表に影響はでておらぬようじゃが呪い≠フ力を活性化させれば……」

 呪いが身体を蝕む可能性はある、とローゼリアは話す。
 黒の工房が戦争を引き起こそうとしている狙いの一つに、そうした思惑があるのではないかとローゼリアは考えていた。
 とはいえ、

「そうはならないと思うけどな」
「どういうことじゃ?」
「前に俺の力が呪いを浄化したとか言ってただろ? その力に心当たりがあるからな」

 リィンのなかには〈王者の法〉と呼ばれる力がある。
 身体が呪いに蝕まれずに済んでいるのは、この力が影響しているのではないかとリィンは考えていた。
 そもそも〈鬼の力〉も特に呑まれることなく、最初から普通に使いこなせていたのだ。
 それも〈王者の法〉が破壊衝動を抑えてくれていたからだと考えれば合点が行く。

「俺は女神の天敵みたいな存在らしいしな」

 呪いと言っても、至宝の力だ。
 そして〈王者の法〉は、女神の至宝をも消し去れるほどの力を持っている。
 いや、女神や超常の存在を相手にするのに、特化していると言ってもいい。
 呪いが至宝によって生まれたものなら、リィンの力が効果的なのは当然だった。

「なんと出鱈目な……」

 そんな話を聞かされたローゼリアは、呆れて言葉もでないと言った表情を見せる。

「だとすると、彼等のやろうとしていることは……」

 無駄に終わる可能性が高いと言うことだ。
 ローゼリア同様、ミュゼは複雑な表情を浮かべる。

「とはいえ、無駄と分かったところで大人しく引き下がるとは思えぬ」

 仮にリィンの憶測が当たっていたとしても、今更やめたりはしないだろう。
 八百年もの歳月をかけて推し進めてきた計画を、簡単に諦められるとは思えないからだ。

「ちょっと思ったんだが、魔女と地精って一度は和解したんだよな?」
「うむ。千二百年前に〈巨イナル一〉を共に封じ、騎神を造ったくらいじゃからの」
「なのに、連中はなんで急に姿を消したんだ? 何があった?」

 千二百年前の話はリィンも聞いている。
 だがローゼリアの話によると、騎神は魔女と地精が共に力を合わせて造ったと言う話だった。
 なら、少なくとも千二百年前には和解が成立していたと言うことになる。
 なのに、どうしてこんなことになっているのかと、以前から疑問に思っていたのだ。

「……分からぬ。だが、少なくとも九百年前に起きた暗黒竜の異変では、魔女と地精は協力して事態の解決に尽力した。戦いのなかで先代の長は命を落とし、地精も聖獣を失う痛手を被ったがの」

 大地の聖獣が呪い≠ノ侵されたのはその時か、とリィンは察する。
 先代と言うのは、ローゼリアの前に魔女の長をしていたという人物のことだろう。

「それを機に地精との交流は絶たれた。最後に接触があったのは百年後――〈緋の騎神〉の起動者となったヘクトル帝によって暗黒竜が討たれ、帝都に平穏が訪れた時じゃった。騎神の使用を促したのは地精の長で、ヘクトル帝を起動者に導いたのが妾じゃ」

 先代から役目を継ぎ、魔女の長となったローゼリアが導き手となることで、ヘクトル帝は〈緋の騎神〉を起動した。
 そして、激しい戦いの末に暗黒竜を倒すことに成功したのだと、ローゼリアは説明する。

「しかし暗黒竜の瘴気で〈緋の騎神〉は呪いに侵され、ヘクトル帝も命を落とした。そして世継ぎの皇子の立ち合いの下、妾と地精の長によって〈緋の騎神〉を皇城地下に封印したのじゃ。それが、地精どもを見た最後じゃった」

 そして現在に至るまで、地精が表立って姿を見せることはなかった。
 分かっていることは、この八百年。帝国で大きな戦が起きる度に騎神は姿を現し、その裏で地精たちの暗躍があったと言うことくらいだ。
 魔女に出来ることは起動者を導き、争いを最小限に食い止めることだけだった。

「妾が生まれたのは先代が消滅した後じゃから、それ以前の記憶は持っておらぬ。故に地精が何を考え、どうしてこのような行動に至ったのかは、妾にも分からぬのじゃ。だが……」

 ――巨イナル黄昏。
 それが、八百年前の決別時。地精の長が残した言葉だと、ローゼリアは話す。

「随分と不穏な響きの言葉ですね。まるで、この世の終末を予見しているかのような……まさか」
「そうじゃ。恐らくは、巨神の復活も無関係ではあるまい」

 恐らくは四ヶ月前の事件と、いまから起きようとしていること。
 すべて、この黄昏≠ェ関係しているはずだとローゼリアは考えていた。
 リィンが巨神を倒さなければ、世界が滅びを迎えていたことは間違いないからだ。
 そして今、再び帝国は戦争へと向かおうとしている。

「すべては九百年前から始まったってことか。そこに連中が〈巨イナル一〉に拘る理由がありそうだな」

 どうして地精は魔女との交流を絶ち、表舞台から姿を消したのか?
 巨イナル一の危険性を誰よりも理解していながら、その復活を望むのか?
 九百年前に何が起きたのかが分かれば、アルベリヒの真の狙いも見えてくるかもしれないとリィンは考える。
 そんなリィンの考えを察したローゼリアは、

「……知る方法はある。あくまで可能性≠フ話じゃがな」

 そう答えるのだった。


  ◆


「魔女の一族に伝わる秘宝――〈水鏡〉を用いれば、妾も知らぬ真実を見ることが出来るやもしれぬ」
「……水鏡?」
「正しくは〈月冥鏡〉と言う。アルノール皇家に伝わる〈黒の史書〉とも繋がっているアーティファクトじゃ」

 黒の史書と繋がっていると聞いて、リィンは目を瞠る。
 ローゼリアが言わんとしていることを察したからだ。

「なるほど……その鏡を使って、九百年前に何が起きたのかを調べようってことか」
「そういうことじゃ。もっとも、そう都合良く見れるものでもないのじゃがな」

 何か条件のようなものがあるのだろうと、ローゼリアの話を聞いてリィンは察する。
 そうでなければ、とっくに地精の思惑に辿り着いているはずだからだ。

「確実にとは断言できぬが、ヌシが力を貸してくれるのなら可能性はある」

 そんな風に言われたら、断ることなど出来るはずもなかった。
 それに――

「最初から、そのつもりで俺に協力を持ち掛けてきたと言う訳か」
「……本当に勘が良いの」

 巨イナル一の件以外にもローゼリアが協力を持ち掛けてきたのには、何か他に目的があるとリィンは以前から気付いていたのだ。
 ようやく合点が行ったという表情で頷く。

「大方エマを遠ざけたのも、そのことを知られたくなかったからか」
「ぐっ……」

 一人では限界があると、ローゼリアは理解しているはずだ。だから彼女は、リィンに協力を持ち掛けた。
 しかしリィンに協力を持ち掛けた時点で、エマを巻き込まないことなど不可能だと分かりきっているはずだ。
 自分のやっていることの矛盾に、ローゼリアが気付いていないとは思えない。

「お前は結局、何がしたいんだ? ただ真実を知りたいだけか? それとも――復讐≠ゥ?」

 先代の魔女の長がどうなったかなど、ローゼリアの話を聞けば大凡の察しは付く。
 恐らくは先代の長の死に、地精が関与しているのだろう。
 だからこそ、ローゼリアは時が来るのを待ち続けた。
 真実を暴く機会を窺っていたのだとリィンは考えたのだ。

「……確かに先代の長は地精どもの裏切りによって消えた。そのことで思うところがないというのは嘘になるじゃろう」

 そんなリィンの言葉を、ローゼリアは素直に認める。
 だが、

「それ以上に、妾の前から何も言わずに姿を消した阿呆≠フ真意を知りたいのじゃ……」
「……アホ?」

 阿呆と言いながらもローゼリアの声からは、相手のことを気遣っている様子が察せられる。
 しかし話の流れからも、エマやヴィータのことではないだろう。
 一体誰のことだ、と首を傾げるリィンにローゼリアは――

「ヌシもよく知っている人物じゃ」

 槍の聖女、リアンヌ・サンドロット。
 いまは『アリアンロード』と名乗っておる、と答えるのだった。


  ◆


 薄々は察していたが、ローゼリアとアリアンロードが知り合いだったと聞かされてリィンは驚く。
 何より、ローゼリアの話を聞いて驚されたのは――

「アリアンロードが騎神≠フ起動者≠セと?」
「うむ。〈銀〉の起動者じゃ。導いたのは妾じゃからな」

 アリアンロードが騎神の起動者だと言うことだった。
 ローゼリアの表情を見て、冗談ではないとリィンは悟る。
 もしかしたら不死者となったことと関係があるのかと考え、そのことをリィンは尋ねるも――

「分からぬ」

 ローゼリアはそう言って首を横に振る。
 彼女の話によるとアリアンロード――リアンヌは〈紅き終焉の魔王〉との戦いの中で、ドライケルスを庇って命を落としたと言う話だった。
 しかし不思議なことにリアンヌの遺体は腐敗することなく、時の流れから切り離されたかのように綺麗な状態を保っていた。
 そのため、ローゼリアは密かに彼女の遺体を隠れ里に持ち帰ったのだと説明する。

「その半年後、リアンヌは蘇った。不死者となったのは間違いないが、原因は皆目見当が付かなかった」

 何故、リアンヌが不死者となったのか?
 騎神が関係している可能性は高いとは思ったが、その原因を特定するには至らなかったとローゼリアは話す。
 そして、

「蘇って状況を悟ったリアンヌは流浪の旅にでたのじゃ。右腕たる副長にレグラムの領地を任せてな」

 元々レグラムの地は、サンドロット家が治める領地だったと言う。
 そんな話を聞き、リィンは合点の行った様子で頷く。
 ヴィクターやラウラの名に『S』の文字がついている理由を察したからだ。
 恐らくは、サンドロットの名を遺そうとしたのだろう。

「それから定期的に顔を見せてはおったのじゃが、盟主とやらと邂逅し〈結社〉に入ってからは音沙汰がなくての……」
「……ああ、それでか」
「うむ。ずっと機会を窺っておった。あの阿呆には一言いってやらねば腹の虫が治まらぬのでな」

 そう話すローゼリアを見て、リィンは納得する。
 まだ魔女の使命だなんだと言われるよりは、そういう理由の方が分かり易いと思ったからだ。
 それに――

「確かにアリアンロードが騎神の起動者なら、今回の件に関わっている可能性が高いか」

 敵となるか味方となるかは分からないが、アリアンロードが騎神の起動者なら再び邂逅する可能性は高い。
 相手が誰であっても後れを取るつもりはないが、思っていた以上に面倒なことになりそうだと、リィンは気を引き締め直すのだった。



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