「――ッ!」

 裏口から施設の外へとでたところで咄嗟にレイピアを振い、死角から放たれた矢を叩き落とすラクシャ。
 そしてノルンとヴァレリーの前に立つと、矢の飛んできた方角を険しい表情で睨み付ける。

「かなりの手練れみたいだけど、見たことのない顔ね」
「だが、零の巫女と一緒にいる様子からも、暁の旅団の関係者で間違いはないだろう」

 警戒を滲ませながらラクシャが睨み付ける先には、中世の鎧を纏った二人の戦乙女が佇んでいた。
 軽くウェーブの掛かった長い髪の女性の手には、銀色の弓が握られている。
 彼女が矢を放った相手であることは、容易に察しが付く。
 そして、もう一方の女性。凛々しい顔付きの赤毛の騎士の手には、身の丈ほどある巨大なハルバードが握られていた。

「まずは名乗らせてもらおう。鉄機隊所属、剛毅のアイネスだ」
「では、私も……同じく鉄機隊所属、魔弓のエンネアよ。どうぞ、お見知り置きを」

 不意打ちを仕掛けてきたかと思えば、律儀に挨拶をしてくる二人に怪訝な表情を浮かべるラクシャ。
 猟兵たちの仲間には見えないが、攻撃を仕掛けてきたと言うことは敵と考えて間違いないだろう。
 それに凄まじい使い手であることは、こうして対峙しているだけでも察せられる。
 冷静に相手の出方を窺いつつ、状況を打開するための隙を探るラクシャ。

「念のために網を張って置いて正解だったな」
「ええ、なかなか油断のならない相手みたいですし……」

 強化猟兵程度では相手にもならないはずだと、ラクシャの実力を高く評価するアイネスとエンネア。
 矢を払った剣技だけを見ても、結社の執行者に迫る実力をラクシャが有していることは容易に察せられるからだ。
 だが、暁の旅団の関係者であれば、驚くほどではないと判断する。むしろ、厄介なのは――

「戦鬼……いや、紅の鬼神もきているみたいだな」
「大層な呼び名だけど、確かにそれに見合うだけの実力はあるみたいね」

 離れていてもビリビリと肌に伝わってくるシャーリィの攻撃的な闘気に、アイネスとエンネアは冷や汗を滲ませながら言葉を交わす。
 シャーリィは彼女たちの主――〈鋼の聖女〉の異名を持つアリアンロードの仮面を破壊し、好敵手と認めさせた人物だ。
 それがどれほど難しいことかは、鉄機隊に所属する彼女たちが一番よく知っている。
 だからこそ、リィンを除くと〈暁の旅団〉のなかで最もシャーリィのことを二人は強く警戒していた。
 しかし、

「そこの娘は置いていってもらう」
「こういう仕事は余り趣味じゃないのだけど、いまはマスターが動けない分、私たちが頑張らないとね」

 鉄機隊の名に懸けて、危険が迫っているからと言って何の成果を上げずに逃げ帰ることは出来ない。
 全身に薄らと闘気を纏い、各々の武器を構えるアイネスとエンネア。
 アイネスとエンネアの本気を悟ったラクシャの表情が険しさを増す。

「どうやら戦いを避けられないようですね。ノルン」
「うん、任せて」

 目の前の二人を相手に守りながら戦うのは苦しいと判断したラクシャは、ノルンにヴァレリーのことを託す。
 直接的な戦闘能力は低いと言っても、ノルンもまったく戦えない訳では無い。
 攻撃手段をほとんど持たないと言うだけで、転位魔術の他、結界程度なら張ることが出来る。
 守りに徹するのであれば、エマにも引けを取らない――いや、それ以上の実力を秘めていた。
 それに、いざとなればノルンにはツァイトを召喚すると言う奥の手がある。
 聖獣は人間同士の争いには基本的に不干渉とはいえ、ノルンの頼みであれば、ある程度は力になってくれるはずだ。
 そのことをよく知るだけに、ラクシャはノルンに絶大な信頼を寄せていた。

「行くぞ」

 ハルバードを中段に構え、前へ飛び出すアイネス。
 そんなアイネスをサポートすべく弓矢を構えるエンネア。
 迫るアイネスを迎え撃つために軽く腰を下げ、ラクシャもレイピアを構える。

(昔のわたくしなら敵わない相手だったでしょうが……)

 いまなら勝ち目のない相手ではないと、ラクシャは冷静にアイネスの動きを見極める。
 勢いをつけて上段から振り下ろされるアイネスの一撃を、紙一重で回避するラクシャ。
 そして、

「ラピットテンペスト!」

 間髪入れず無数の突きを放つ。
 しかし、ラクシャの突きが身体に届く前に引き戻したハルバードを、アイネスは胸の前で回転させることで攻撃を受け止める。
 その攻防の裏で、エンネアの放った矢がノルンとヴァレリーに迫るが――

「な……弾かれた!」

 二人を狙ったエンネアの矢は、ノルンの張った防御障壁に阻まれる。
 以前アイオーンが展開した空間障壁ほどの強度はないが、それでも至宝の力を宿したノルンの結界は易々と破れるものではない。
 並の攻撃は一切通さず、それこそ奥義クラスの一撃か、外の理で造られた武器でしかビクともしないほど強固なものだ。
 障壁を展開している間は他の魔術を一切使うことが出来ないと言ったデメリットがあるが、これで問題ないとノルンは考えていた。
 ラクシャがノルンのことを信頼しているように、ノルンもラクシャを信じているからだ。

「やはり、この程度の攻撃では通用しませんか。なら――」

 手数による攻撃ではアイネスの防御を突破できないと判断したラクシャは力を溜め、渾身の一撃を放つ。

「なに――ッ!?」

 一流の猟兵が使う奥の手――ウォークライにも似た闘気を纏い、放たれる一撃に目を瞠るアイネス。
 ――リーサルレイド。ラクシャが使える剣技の中でも、特に威力の高い突進技だ。
 流星のような一撃を受け、後ろに弾き飛ばされると同時に大きく体勢を崩すアイネス。
 しかし、追撃に移ろうとするラクシャに――

「させない!」

 エンネアの放った矢が迫る。
 空に放たれた一条の矢が花火のように散り、無数の雨となって広範囲に降り注ぐ。
 魔弓の名に恥じない技に目を瞠りつつも、冷静に次の一手を打つラクシャ。

「エアリアルダスト!」
「な――!?」

 ラクシャは自分を中心にエアリアルダストを発動し、竜巻を発生させることで風の層を造り、降り注ぐ矢の雨から身を守る。
 咄嗟の機転で攻撃アーツを防御に使ったラクシャの発想力に驚かされるエンネア。何より目を瞠ったのは、アーツが発動するまでの時間だった。
 通常どのようなアーツであっても、発動までに少なからず駆動時間が存在する。
 初級のアーツであっても、本来であれば駆動なしで発動するなんて真似は出来ないのだ。
 ましてや、ラクシャが発動したエアリアルダストは中級の難易度を誇る広範囲アーツだ。
 それを一瞬で発動するなんて真似は、エンネアにだって出来ない。
 いや、そんな真似が他に出来るのは『零駆動』の異名を持つあの男≠ュらいのものだろう。

「これで、わたくしたちの勝ち≠ナす」

 勝敗はまだ決していない。
 なのに勝利を確信した笑みを浮かべるラクシャを見て、怪訝な表情を浮かべるエンネアの背中に――ゾクリと悪寒が走る。
 攻撃から身を守るためにエアリアルダストを発動したものと、エンネアは考えていた。
 しかし、それが間違いであったことに――それだけが狙い≠ナはなかったことに気付かされる。

「アイネス! 避けて!」

 風に巻き上げられた土煙に紛れ、何かがアイネスに迫る。
 エンネアの声が響いたかと思った直後、ギョッと目を剥いたアイネスの身体が横向きに弾け飛ぶのだった。


  ◆


 風が止み、土煙が晴れた場所には、右手にブレードライフルを携えた白い髪の男が佇んでいた。
 ラクシャは作戦が上手く行ったことに安堵の表情を浮かべ、男の名前を叫ぶ。

「リィン!」

 地面に横たわるアイネスを視界に収めながら軽く左手を振り、ラクシャの声に応えるリィン。
 とはいえ、アイネスは完全に気を失っている様子で動く気配がない。
 幾ら防御に長けていると言っても、鬼の力を解放したリィンの斬撃をまともに受けたのだ。
 しばらくは起き上がることが出来ないだろうと考え、リィンはエンネアに意識を向ける。

(これが、リィン・クラウゼル?)

 一方でエンネアは弓矢を構えたまま、身動きを取れずにいた。
 アイネスを吹き飛ばした一撃。その一撃で、リィンと自分たちの間にある絶対的な力の差を理解させられてしまったからだ。
 リィンに矢が当たるところをイメージすることが出来ない。それどころか矢を放った瞬間、斬り捨てられるイメージしか湧かない。
 まるでレベルが違う。アリアンロードと互角に戦ったことからも自分たち程度では敵わないと分かっていたが、それでも驚きを隠せなかった。
 もしかしたらマスターよりも……と、嫌な考えが頭を過ぎり、エンネアは頭を振る。

「今日は、デュバリィは一緒じゃないのか?」

 そんな緊迫した空気を最初に破ったのは、リィンの一言だった。
 デュバリィのことを尋ねられて訝しむも、アイネスが回復するまでの時間を稼ぐつもりでエンネアはリィンの質問に答える。

「デュバリィなら別行動を取っているわ」
「お前たち二人だけか……珍しいな。なら、もう一つ質問だ。返答によっては、このまま見逃してやってもいい」

 思いもしなかったリィンの提案に警戒を滲ませるエンネア。
 シャーリィほどに好戦的と言う訳ではないが、リィンも猟兵であることに変わりは無い。
 相手が女だからと言って敵を殺すことに躊躇する甘い性格をしていないことは、エンネアも理解していた。
 圧倒的に有利なのはリィンの方だ。情報を得たいのであれば、捕まえて吐かせるなりすればいい。
 なのに、どういうつもりなのかと訝しみながらも、いまは話に乗るしかないと考え、エンネアは「何かしら?」と質問の内容を尋ねる。

「なんで、こいつ≠狙ってる?」

 だが、返ってきたリィンの質問に目を瞠るエンネア。
 ヴァレリーのことを尋ねられていると言うのは、簡単に察せられたからだ。

「人攫いの手伝いなんて、らしくない仕事をしていると思ってな。デュバリィが一緒じゃないのも、それが理由の一つなんだろ?」

 アイネスとエンネアの狙いが、ヴァレリーであることは見れば分かる。
 だが、こんな仕事を目の前の二人が進んで引き受けるとは、リィンには思えなかった。
 少なくとも少女一人を追い回し、拉致するなんてものが騎士の仕事とは思えない。しかも無関係の人間を巻き込むような真似をしてだ。
 マスターの命令であれば嫌でも従うだろうが、それでもアリアンロードが彼女たちの望まない仕事を引き受けるには理由があるはずだ。
 となれば、信念を曲げても引き受けるほどの価値≠ェ、ヴァレリーにはあるとリィンは考えたのだ。

「……悪魔の子です。これ以上は、私の口からは話せません。直接、本人から聞いてください」

 エンネアの回答に少し目を瞠るも、なるほどと頷くリィン。
 まだ完全に納得した訳では無いが、アイネスとエンネアがこの仕事を受けた事情は察せられたからだ。
 そして、

「いいだろ。そこで伸びてる奴を連れて、さっさと立ち去れ」

 知りたいことは知れたとばかりに、リィンはエンネアにそう言い放つのだった。


  ◆


「あのまま逃がしても、よかったのですか?」
「ああ、捕まえたところで簡単に口を割らないだろうしな。それに俺たちも面倒なことになる前に、ここから離れた方がいい」

 あっさりと敵を逃がしたことにリィンらしくないと訝しんでいると、返ってきた答えにラクシャは納得する。
 これだけの騒ぎを起こしたのだ。帝国軍の兵士が突入してくるのも時間の問題だろう。
 この世界の情勢には聡くないが、そうなったら面倒なことになるだろうと言った程度のことはラクシャにも察せられた。

「リィン!」

 ノルンに転位陣の準備をさせようとしたところで、タイミング良くシャーリィが合流する。
 ズルズルと気を失った男をシャーリィが引き摺っているのを確認して、念のためにとリィンは尋ねる。

「まさかと思うが、そいつが隊長か?」
「道化師のお気に入りの玩具らしいし、たぶんね」
「道化師って、カンパネルラのことか? あいつも来てたのか?」
「うん。逃げられちゃったけどね」

 シャーリィの話を聞いて、まさかと言った顔で男の顔を確認するリィン。
 そして、確信する。

「ギルバート・スタインか」
「知り合い?」
「直接の面識はないがな。結社の強化猟兵を率いている男だ」

 カンパネルラが現れたと聞いて、もしかしたらと思ったのだ。その予感は当たっていた。
 しかし、これは思っていたよりも大きな収穫かもしれないとリィンは考える。
 ギルバート自体はたいしたことのない小物だが、カンパネルラのお気に入りというのは間違っていないからだ。

「お手柄だ。シャーリィ」
「ほんと? なら、ご褒美くれる?」
「……余程、無茶なものでなければな」

 目を輝かせてご褒美を要求してくるシャーリィに微妙に嫌な予感を覚えつつも、信賞必罰は必要だ。
 仕方がないと言った表情で約束を交わすリィン。すると――

「それなら、わたくしにも何かあるべきでは?」
「ノルンも頑張ったよ?」

 他の二人から抗議の声が上がる。

「ぐっ……ああ、分かった。だが、常識の範囲でな」

 今回の一番の功労者はラクシャとノルンの二人だ。
 シャーリィの頼みを聞いて二人に何もなしでは、さすがに問題があると考えてリィンは折れる。
 そして、

「リィン……リィン・クラウゼル? もしかして、暁の旅団の?」
「そうだ。ああ、お前のことがあったな……」

 ヴァレリーのことを思い出し、どうしたものかと逡巡するリィン。
 狙われているのがヴァレリーと分かった以上、他の人質と一緒にロジーヌに預けることは出来ない。
 今回はどうにかなったが、彼女が一緒では同じことの繰り返しになりかねないからだ。
 それに帝国軍も完全に信用することは出来ないとなると、ヴァレリーを任せるのは不安が残る。
 取り敢えず一緒に連れて行くしかないかと考えを纏めたところでフラリとバランスを崩し、倒れ込むヴァレリーを咄嗟にリィンは胸で受け止める。

「おい、大丈夫か?」
「よかった……これで……」

 安心して、緊張の糸が一気に切れたのだろう。
 そう言い残すと、リィンの腕の中で意識を失い、寝息を立てるヴァレリー。
 年相応の寝顔を見せる少女に、リィンは厄介事のにおいを感じ取るのだった。



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