ラクシャとマヤを洞窟の外に残し、リィンは〈銀鯨〉の仮設キャンプでレオノーラとハーマンの二人と対峙していた。

「やっぱり、お前等だったか。久し振りだな」
「あ、ああ……まさか、アンタとこんな場所で再会するとは思ってもいなかったけどね……」

 リィンに声を掛けられ、若干気後れした様子で挨拶を返すレオノーラ。
 無理もない。顔を合わせたことがあるとは言っても、それは過去に一度だけ。それもリィンが〈西風〉にいた頃の話だ。
 ルトガーと〈銀鯨〉の団長が親交があり、酒宴の席で紹介されたことがあると言った程度だった。
 だが、それでもリィンの噂は聞いている。
 いまや最強の一角に数えられる猟兵を前にして、いつものように振る舞うことなど出来るはずもなかった。
 それに――

「そう、緊張するな。別に喧嘩を売りに来た訳じゃないしな」
「……そう願いたいところだね」

 レオノーラも幼い頃から船団で揉まれて育ってきたのだ。実戦の経験もある。
 なまじ腕が立つだけに、リィンの底知れない実力をレオノーラは肌で感じ取っていた。

「今日は頼みがあってな。ここにバカが十人ほどやって来ただろ?」
「バカ? ああ……」

 なんのことかを察して、レオノーラはリィンがここへやってきた目的を理解する。

「いるよ。ちょっと灸を据えて、いまは洞窟の奥に押し込めてある」
「死んでないよな?」
「殺す価値もない連中だしね。アタシらのやり方は知ってるだろ?」

 それもそうか、とレオノーラの話に納得するリィン。
 彼女たちが自分たちの仕事にプライドを持っていることを知っているからだ。
 海の猟兵と呼ばれる彼女たちが、流儀に反する真似をするはずもない。
 だとするなら、本当にただ灸を据えてだけなのだろうと考え、リィンは「なら良かった」と取り引きを持ち掛ける。

「悪いが、そいつらを引き渡してくれるか? 連れ戻すように頼まれてな」
「まあ、それは構わないけど……」
「勿論、タダとは言わない。見返りに、お前等の仕事≠手伝ってやってもいい」

 予想もしなかった提案をされ、目を瞠るレオノーラ。
 リィンに不良たちを引き渡すことについては問題ない。どのみち街へ送り返すつもりでいたのだ。その手間が省けると言ってもいいだろう。
 だが、その見返りにリィンが仕事を手伝ってくれるなど、話が上手すぎるとレオノーラは考える。
 一流の猟兵を動かすのに、どれほどのミラを必要とするかを理解しているからだ。
 それだけの価値が、あの不良たちにあるとは思えなかった。

「……どういうつもりだい?」
「こっちも『街を守って欲しい』という依頼を受けてな。お前等も、そうなんだろ?」
「まさか……」

 クライスト商会からと口にだしかけて、レオノーラは寸前のところで踏み止まる。
 契約の内容をリィンが知っているはずがない。カマを掛けられたのだと察したからだ。
 しかし、そんなレオノーラの反応を見て、

「俺が受けた依頼は別口だ。だが、なるほどな。海の上が専門のお前たちが、どうして陸にいるのか気になったが……」

 何かを察した様子で、リィンはニヤリと笑う。
 銀鯨の団員だと分かった時点で、リィンは彼等がラクウェルを襲撃する可能性は頭から排除していた。
 どんな理由があるにせよ、義理や信念に反する真似を彼等がするとは思えなかったからだ。
 となれば、他の目的があると考えるのが自然だ。だから、探りを入れてみたのだが――

「団長の姿がないことも関係していそうだな」
「詮索はやめてもらうか。幾らアンタでも、それ以上は……」

 二人の会話にハーマンが割って入る。
 依頼の内容を詮索するのは確かにマナー違反だ。それはリィンも理解していた。
 だが、彼等がここにいる理由≠確認しておきたかったのだ。
 そして、その答えは二人の反応を見れば、半ば得たも同然だった。

「まあ、いいさ。目的は一致しているみたいだしな」

 敵に回らないのであれば、いまはまだそれでいいとリィンは大人しく引き下がる。
 だが、その数分後――レオノーラたちが捕らえた若者の中にアッシュの姿がないことを、リィンは確認するのであった。


  ◆


「さてと、どうしたものか」

 捕らえられた者たちの中にアッシュがいないことは、リィンたちにとっても完全に予想外だった。
 入れ違いになったという線もない訳ではないが、リィンたちよりも早くアッシュは街をでているのだ。
 マヤと同様に土地勘があることから、途中で迷子になったという線も考えにくい。となれば――

「何か予期せぬトラブルに巻き込まれた、ということですか?」
「だろうな。その線が濃厚と考えていい」

 ラクシャの言うように、それどころではない何かがアッシュの身に起きたと考えるのが自然であった。
 だが、あのアッシュがラクウェル近郊に巣くう魔獣程度に後れを取るとは思えない。
 そうなると、考えられる可能性は限られて来る。

「蒸し返すようだが、お前等――何から街を守ってる? いや、違うな。正確には山狩り≠ワでして、何を追っている?」
「……さすがだね。そこまで気付いていたなんて」
「こんなところにキャンプを設けているのは、山道を封鎖するためだろ?」

 獲物を追い立てる常套手段だからな、と話すリィンに降参とばかりにレオノーラは両手を挙げる。
 山道を封鎖し、徐々に警戒網を狭めていって獲物を追い詰めていく。
 レオノーラたちが何かを追っていることに、リィンは最初から気付いていた。
 街を守るだけなら、こんな風に隠れてやる必要は無いからだ。

「おい、レオノーラ」
「無駄さ。こうなったら、リィンが引くことはないだろう。勝手な真似をされるよりは、お互い協力した方がいい」

 レオノーラのその言葉に、ハーマンは渋々と言った様子ではあるが同意する。
 確かに依頼を受けているのだとすれば、リィンがこのまま大人しく引き下がるとは思えなかったからだ。
 ここでリィンに勝手な真似をされれば、これまで慎重に進めてきた作戦が無駄になる。
 依頼で動いているのはレオノーラたちも同じだ。可能な限りリスクを減らし、目的を達したいという思いはリィンと変わらなかった。
 妥協案として、協力できるところは協力する。それしかないだろうと、ハーマンも納得する。

「だけど依頼主の情報は、例えアンタにでも話すつもりはないよ」
「分かってるさ。余計な詮索をするつもりはない。互いの目的に干渉しないのであればな」
「ならいい。アタシたちの狙いは、アルスターの街を襲った連中を排除≠キることだ」

 アルスターの名を聞いて目を瞠るも、そういうことかとリィンは事情を察する。

「アルスターに続いて、ラクウェルの襲撃を計画しているとの情報を掴んでね」
「……情報の出所を聞くつもりはないが、確かなのか?」
「さてね。だけど、危険な連中が潜んでいることだけは間違いない。それだけでも街にとっては一大事だろ?」

 確かにレオノーラの言うことにも一理あると、リィンは認める。
 武装をした謎の集団が街の近郊をウロウロとしているのは、余り良い状況とは言えない。
 このまま人々の間で不安が広がり治安が悪化すれば、更にラクウェルを訪れる観光客は減ることになる。
 観光で成り立っている街には、大きな痛手と言っていいだろう。
 しかしレオノーラの話が事実であるなら、リィンには引っ掛かることがあった。

(なんで銀鯨≠ノ依頼をした?)

 アルスターを襲った連中が本当にラクウェル近郊の山間に潜んでいるのなら、本来それは軍が動くべき案件だ。
 領邦軍ではなくレオノーラたちに依頼した意図が気になる。それに、もう一つ疑問がある。
 幾ら腕が立つと言っても〈銀鯨〉は護衛船団だ。『海の猟兵』などと呼ばれてはいるが、厳密には猟兵ではない。
 依頼をするのであれば、他にもっと適した相手がいるはずだ。それこそ、本物の猟兵に頼むと言った手もある。
 明らかに裏がある。そのことには、レオノーラたちも気付いているはずだ。
 その上で依頼を受けたと言うことは、受けざるを得ない理由があったのだとリィンは察した。

(銀鯨の団長の姿が見えないのは、そういうことか)

 その上で、もう少し敵に関する情報が欲しいと考え、リィンはレオノーラに質問をする。

「口振りから言って敵の正体は掴めていないみたいだが、何か手掛かりはないのか?」

 アルスターを襲ったのは〈北の猟兵〉という話だが、それを鵜呑みにはしていないだろうと察しての質問だった。
 敵に関する情報が何もなければ、確かに対策の立てようがない。
 リィンの考えを察したレオノーラはハーマンに言って、奥から一丁のライフルを持ってこさせる。

「……共和国のライフルですね」

 マヤの言うようにハーマンが奥から持ってきたのは、共和国製――ヴェルヌ社のライフルだった。
 帝国で売られている物はラインフォルト社製のものが多いと言っても、他国の武器が流通していない訳ではない。
 ここにヴェルヌ社製のライフルがあっても、なんら不思議ではないのだが――

「先日、一戦交えたんだけどね。その時に負傷した敵が落としていったものだ」

 これを謎の武装集団が装備していたとなると、事情は少し変わってくる。
 補給などの面からも普通は装備の規格は統一することが多く、大量に安く仕入れられる武器が好まれる。
 帝国で活動する猟兵団のほとんどが、ラインフォルト社製の武器を好んで使うのはそのためだ。
 なのに、この敵はヴェルヌ社製のライフルを使っていた。それも見るからに帝国では流通していない最新式のライフルをだ。
 もしかして――と、リィンは何かを察した様子で、質問を続ける。

「そいつら紫≠フプロテクトアーマーを装備してたか?」
「いや、黒≠セったな。何か心当たりでもあるのか?」

 リィンの問いに答えたのはハーマンだった。
 猟兵には、それぞれ団のイメージとなる色がある。乱戦となった時に敵味方を識別するためにそうしたカラーやシンボルを決めているのだが、北の猟兵が主に使っている色は紫≠セった。
 だからこそ、オリヴァルトの命を狙ったテロリストも〈北の猟兵〉の可能性が高いと判断されたのだ。

「お前等、北の猟兵と面識は?」
「商船の護衛でお隣のジュライには行ったことあるけど、特に仕事で絡むようなことはないからね」

 だろうな、とリィンは納得する。
 色について質問したのは、レオノーラとハーマンが猟兵についてどの程度≠フ知識を持っているのかを確かめたかったからでもあった。
 銀鯨の団長や古株の団員なら気付けたかもしれないが、ここにいる〈銀鯨〉のメンバーは若手ばかりだ。
 普段、海賊ばかりを相手にしている彼等が猟兵と接点を持つ機会など、そうあるものではない。気付かないのも無理はないだろう。
 猟兵団ではなく〈銀鯨〉へと依頼をした理由も、大凡これで察せられた。敵の正体≠ノついても想像は付く。
 まだ分からないこともあるが、そこは後からでも分かることだろうとリィンは考え、レオノーラに確認を取る。

「一つ確認したい。お前等の目的はラクウェル近郊に潜伏している謎の武装集団を排除すること。排除さえ出来れば、その手段≠ヘ問わない。そう考えても構わないな?」
「ああ、まあね……でも、なんでそんなことを?」

 質問の意図が分からず、レオノーラは首を傾げて尋ね返す。
 投降に応じない場合は殲滅≠キるのが基本だ。それは猟兵であろうと護衛船団であろうと変わりは無い。
 下手に見逃せば、手痛い仕返しを受けることになると経験で理解しているからでもあった。
 特に海賊など少しでも甘い顔を見せれば、そこにつけ込んでくるような連中ばかりだ。
 団長や古株の団員たちからも、やる時は徹底的にやれとレオノーラたちは教わってきていた。
 だから『猟兵王の名を継いだ男』とまで言われるリィンが、今更そんなことを尋ねてくることに疑問を思ったのだろう。

「すべての謎が解けたとまでは言わないが、少なくとも謎の武装集団の正体については察しが付いたからな」

 敵の正体に心当たりがある、と話すリィンに驚くレオノーラとハーマン。
 それもそのはずだ。恐らく敵は〈北の猟兵〉ではないとまで当たりを付けていたが、正体までは分かっていなかったのだ。
 自分たちが辿り着けなかった敵の正体をあっさりと分かったと言われて、驚かないはずがなかった。

「ほ、本当なのか? 敵の正体が分かったって……」
「ああ、そのことを教える前に、もう一つ確認したい。現状を維持≠キるとして、どのくらいが限界だと考えてる?」
「……は? そうだな。たぶん五日ってところか」

 どうしてすぐに攻め込まないのかと疑問を持ちつつも、リィンの質問に答えるハーマン。
 五日かかと少し逡巡する様子を見せるも、それならギリギリ間に合うかとリィンは考え、

「提案がある。俺の話に乗るなら、お前等の団長≠助けてやる」

 目を瞠る〈銀鯨〉の二人に、そう提案するのであった。



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