「闘神とやり合ったと聞いて少し心配していたんだが、大丈夫そうだな」
「ん……私だって成長してる……と言いたいところだけど、闘神も本気じゃなかったしラウラも一緒だったしね」

 まともにやり合えば勝てなかったと悔しげな表情を滲ませるフィーを見て、リィンはクシャクシャと頭を撫でる。
 ちゃんと相手との力量差を理解しているのなら大丈夫。まだフィーは強くなれると思ってのリィンなりの励まし方だった。
 それに以前にも言ったことだが、フィーの強味は戦闘力だけではない。
 戦いの才能はシャーリィに劣るかもしれないが、猟兵に必要なスキルとセンスはフィーの方が上だ。
 いまのまま力を伸ばしていけば、いつか闘神にも負けない猟兵に成長できるはずだとリィンはフィーの潜在能力を見ていた。

「そう言えば、ゼノとレオニダスは一緒じゃなかったのか?」

 ゼノとレオニダスからも襲撃を受けたことは、リィンもアリサから話を聞いていた。
 仕事である以上そのことに文句を言うつもりはないが、ゼノに関しては再会したら一発ぶん殴ってやろうと考えていたのだ。
 フィーに怪我を負わせたと言うのもあるが、イリーナの件にせよ、闘神のことにせよ、まだ何か隠していると察してのことだ。
 それにアッシュのことも、あの二人が知らなかったとは考え難い。少しは責任を取らせようと考えていたのだが――

「ゼノはイリーナ会長を逃がすために囮になったらしくて行方不明のまま。レオは……」

 フィーの説明を聞いて、逃げたかと察するリィン。
 囮になって行方知れずという話だが、ゼノが死んだなどと微塵も考えてはいなかった。
 レオニダスに関しても大怪我を負ったという話だが、簡単にくたばるような男ではない。
 どちらかと言えば、顔を合わせて追及されるのが面倒で逃げたと考える方が自然だとリィンは考えていた。
 それにイリーナとの契約は切れたという話だが、あの二人がこのまま引き下がるとは思えない。

「まあいい。そのうち再会する機会もあるだろ」

 次は敵か味方か分からないが、彼等も猟兵である以上、戦場で再会する可能性が高い。
 敵として立ち塞がるのなら、これまでの件も含めて思いっきり憂さ晴らしをさせてもらうだけの話だとリィンは考える。

「リィン……怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと過保護すぎ」

 どうしてリィンが怒っているのかを察して、フィーは溜め息交じりに苦言を漏らす。
 リィンも親バカたちのことをどうこう言えない程度に、シスコンと言うことだった。
 実際、闘神と戦ったと聞かされた時にはアリサやフィーにきつく当たったが、それは心配の裏返しでもあった。

「そう言えば、罰の件は覚えているか?」
「うっ……」

 今回の件が片付いたら、アリサとフィーの二人には罰を受けてもらうと事前に伝えていた。
 勝手にラウラへ〈ユグドラシル〉を貸与したことや、判断を見誤って無茶な追撃をしたことが主な理由だ。
 生憎と入れ違いで街へ出掛けているらしいが、もう一度ラウラにも釘を刺しておく必要があるとリィンは考えていた。
 義理堅い彼女のことだ。殺されても口を割るとは思えないが、なくしたり奪われでもしたら面倒なことになる。

「まあ、すべては終わってからの話だ。これからの働き次第では大目に見てやるから、もう二度と先走るなよ?」
「……了解」

 ちょっと拗ねた様子を見せながらも、自分に非があることは理解しているのか? 素直にリィンの話に頷くフィー。
 そんな家族にしか見せないフィーの表情を見て、まだまだ子供だなとリィンは苦笑を漏らすのであった。


  ◆


 デアフリンガー号は先頭の機関車を含めて、全部で六両の編成から出来ている最新型の装甲列車だ。
 二号車と四号車は居住スペースとなっており、シャワールームの他、各部屋には二段ベッドが備え付けられている。三号車にはキッチンカウンター付きの食堂が、最後尾の五号車と六号車は整備用の設備が整った貨物車となっており、最大で五機の機甲兵が積み込めるスペースが設けられていた。
 そこにフィーと別れたリィンは、アリサに案内されて見学へ訪れていた。参考までにデアフリンガー号内の設備を見せて欲しいとアリサに頼んだのだ。
 ちなみにマヤとジョゼフは食堂車で、フィーやティオと昼食を取っている。マヤの魔導銃にティオが興味を持ったらしい。マヤが新しく買った銃にはエプスタイン財団で設計された魔導杖の技術が取り入れられているという話なので、ティオが関心を寄せるのは理解できる。
 十代の少女が三人集まっているところにジョゼフ一人を置いてくるのは少し可哀想な気がするが、リィンとアリサを二人きりにしようと変に気を回したティオの策略によって、ジョゼフも少し物騒な女子トークに付き合わされていると言う訳だった。フィーはと言うと、ティオの考えを察して自分も残ったのだろう。

「ヘクトルとシュピーゲルか。二機だけとはいえ、よく手に入ったな。これもログナー候が?」
「いいえ、これは第五開発部の工場に残されてたのを持ってきたのよ」
「例の襲撃があったという工場か」

 そういうことかと納得しつつも勝手に持ちだして大丈夫なのかと、アリサの話に呆れるリィン。
 そんなリィンの考えを察してか、リィンにだけは言われたくないと言った顔でアリサは反論する。

「リィンもカエラ少尉に随分と吹っ掛けてたじゃない。緋の騎神だって内戦のどさくさで奪ったようなものでしょ?」
「前者はともかく、シャーリィのやったことまで俺の所為にされてもな……」

 酷い言い掛かりだとリィンは溜め息を漏らす。
 カエラの父親の件に関してはシャーリィだけに責任があるとは言えないため、リィンも自分の非を認めている。
 しかし〈緋の騎神〉に関しては、シャーリィが起動者に選ばれてしまったため仕方なくと言ったところが大きかった。

「部屋に軟禁されて挙げ句に命を狙われたのよ? この二機は迷惑料みたいなものよ。それに後で問題でならないように書類上の手続きはちゃんと済ませてきたしね」

 その辺りは抜かりがないと言った表情で、胸を張るアリサ。
 まあ、そもそもシャロンが一緒なのだ。リィンも本気でそこを心配している訳ではなかった。
 気になることが他にあるとすれば――

「事情は理解したが、誰が操縦するんだ?」

 ヘクトルはパワーと重装甲を売りとする近接タイプの機甲兵。
 シュピーゲルは汎用性の高さが特徴のドラッケンの上位機で、各種センサーを強化した指揮官用の機体だ。
 機甲兵の操縦には、機体に合わせた適性が必要となる。
 一体、誰を乗せるつもりでいるのかとリィンが疑問を口にするのは当然であった。

「ヘクトルの方は、私が使う方向で調整をしてもらっているよ」

 割って入った声にリィンとアリサが振り返ると、そこにはスラリとした長身の女性が立っていた。
 男装の麗人と言った出で立ちの彼女こそ、ログナー侯爵家の令嬢、アンゼリカ・ログナーだ。
 アリサから話を聞いていたが、本当についてきたのかとリィンは本人を前に呆れた様子で溜め息を吐く。

「おい、アリサ……」
「止めたんだけど、そもそも話を聞いてくれるような人じゃないのよね……」

 あくまで名目上ではあるが、デアフリンガー号はログナー侯爵家の所有物となっている。
 この列車にアンゼリカが同乗しているのは、その説明に信憑性を持たせるためで、それ以上の意味はない。
 むしろアンゼリカの身に何かあっては困るので、大人しくしておいて欲しいというのがリィンの本音だった。

「機甲兵のパイロットになるってことは戦場にでるってことだ。命を落とす危険すらあるって理解しているのか?」
「勿論、その覚悟は出来ている。私も他の団員と同様に扱ってくれて構わないよ」
「お前に死なれると面倒だから言ってるんだが……」

 アンゼリカの身に何かあればログナー候に顔向け出来ないというのもあるが、今後の活動に支障をきたすことになる。
 現状においてデアフリンガー号の運用を続けるには、侯爵家の後ろ盾が必要不可欠だからだ。

「何を心配しているかは察せられるけど、その心配は不要だよ」
「……どうして、そう言い切れる?」
「私がゲルハルト・ログナーの娘だからかな」

 寸分も躊躇うことなくはっきりとそう答えるアンゼリカの姿に、リィンはログナー候の面影を見る。
 リィンがログナー候と顔を合わせたのは内戦時の一度だけだが、どう言う人物かは理解しているつもりだ。
 アンゼリカの言うように仮に娘の身に何かあったとしても、そのことで逆恨みをするような人物ではない。
 ましてやデアフリンガー号のことは、アルフィンと内密に進めていた計画という話だ。
 支援を打ち切ったり、ログナー候が裏切る可能性は限りなく低いと言うことはリィンも最初から分かっていた。
 ただ――

「簡単に死なれたら困ることに変わりはないしな。アリサ、機体の整備を入念に頼む」
「……いいの?」
「頑固なのは親父さん譲りみたいだしな。それに……」

 アンゼリカが何かを隠していることにリィンは気付いていた。
 破天荒な行動が目立つ彼女ではあるが、理由もなく我が儘を押し通すほど愚かでもない。
 ましてや親の威光を持ちだして相手を従わせるのは、彼女が最も嫌うところだろう。
 なのにログナー候の名前をだしたと言うことは、そうまでして譲れない事情があるのだとリィンは察したのだ。

「理由を話す気はなさそうだな」
「まだ確信が持てなくてね。それを確かめる意味でも、キミたちと行動を共にしたいと思っている」

 思わせぶりなアンゼリカの話からある程度の推測を立てつつも、それ以上の追求を止めるリィン。
 口だけで実力が伴っていなければ無理にでも止めただろうが、アンゼリカの武術の腕は認めている。
 少なくとも足手纏いにはならないだろうと考えての妥協だった。
 それに――

「アリサ。こいつも預けておくから整備の方を頼む」
「……え?」

 そう言ってリィンは、空間倉庫に仕舞っていたドラッケンを空いているスペースに出現させる。
 突然目の前に現れた機甲兵に、アリサだけでなくアンゼリカも驚きに目を瞠る。

「ちょっとリィン!? こんなものをどこで……!」
「買ったと言うか、買わされたというか……他にも仕入れた武器の半分を置いていく。これで多少の戦力強化には繋がるだろ」
「多少って……」

 ドラッケンだけでなく、ナインヴァリやラクウェルで仕入れた武器を空間倉庫から取り出し、床に積み上げていくリィン。
 多少の一言では片付けられない量の兵器を前にして、アリサは頬を引き攣る。
 しかも、これで半分とリィンは言ったのだ。
 それが意味するところを考えて、アリサは真剣な表情でリィンに確認を取る。

「リィン、正直に聞かせて。あなたは本気で戦争が起きると思ってるの?」

 アリサの考えとしては、現状のままであれば戦争が起きる可能性は半々くらいだと考えていた。
 貴族派がどれだけノーザンブリアとの戦争を望んでいようと、皇族派が優勢であることに変わりはないのだ。
 革新派が貴族派と手を結んだと言っても、それでようやく勢力が拮抗するかと言ったところ。しかし考え方の違う二つの派閥が、どれだけ意見を調整したところで完全に一つに纏まるのは難しいだろう。
 オリヴァルトが襲撃された一件で世論が開戦に傾きつつあるとはいえ、それでも国民すべてが戦争を望んでいる訳ではない。
 先の内戦から戦火が続いていることもあって、人間同士で争うことに疲れている人々も少なくないからだ。

「少なくとも、俺はそう考えている。近いうちに大きな戦争が起きるとな」

 だが、そんなアリサの考えをリィンは否定する。
 根拠や理由を求められたところで、説明できるだけの確定的な何かを掴んでいる訳ではない。
 それでも――

「ただの勘だがな。だが、勘の良い奴は既に行動を開始しているはずだ」

 猟兵は戦争のにおいに敏感だ。
 シャーリィがナインヴァリから大量の武器を仕入れたのも、ただの思いつきではない。
 敏感に、これから起きる闘争のにおいを嗅ぎ取ったが故の行動だと、リィンは考えていた。
 リィン自身この世界へ戻ってきてからというもの、日に日に嫌な気配が膨らんでいくのを感じ取っているからだ。

「なるほど……だとすれば、父上も何かを察していたのかもしれないな」

 何か思い当たることがある様子でアンゼリカは頷く。
 内戦後に政府の要職に就くことを求められても拒み、ずっと中立的な立場を保ってきたログナー候がデアフリンガー号の件に限って手を貸した理由が今一つ腑に落ちなかったからだ。
 幾らアルフィンの頼みだと言っても、余程の理由がなければ話を受けたりはしないだろう。
 だとすればリィンが感じているものと同じ何かを、ログナー候も感じ取っていたのかもしれない。
 アルフィンもアルノール皇家の血を引く人間として、察するものがあったのだろう。

「ちょっと、ごめんなさい。誰かしら……」

 話の途中で二人に断りを入れ、通信にでるアリサ。
 アリサの端末に通信を入れてきたのは、街へ出掛けているはずのシャロンだった。
 不足している日用品や食糧を補充するため、サラとクレア。それにラウラとガイウスの四人を連れて、街へ買い出しへ出掛けていたのだ。
 リィンとの久し振りの再会と言うことで、フィーとアリサに気を利かせたというのも理由の一つにあるのだろう。

「シャロン、どうかしたの? え……」

 通信にでるなり困惑の表情を見せるアリサに、微妙に嫌な予感を覚えるリィンとアンゼリカ。
 少なくとも何かしらのトラブルが起きたことは、アリサの反応を見れば明らかであったからだ。
 シャロンとの通信を終えると、すぐにまたどこかへ通信を送るアリサ。
 しかし応答がないのか? 段々と表情が険しさを増していく。

「まさか、本当に……」

 深刻な事態を察知して、顔を青ざめながら息を呑むアリサ。
 そして、

「落ち着いて聞いて。カレイジャスとの連絡が途絶えたわ」

 リィンの方を向くと、アリサはそう告げるのであった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.