天を突くかのような轟音がラクウェルの山間に響く。
 灰の騎神ヴァリマールと、金の騎神エル=プラドー。
 まさに巨神の伝承を彷彿とさせる激しい戦いが繰り広げられていた。

「驚いたな」

 予想を遥かに超えた〈金の騎神〉の力に驚きの声を漏らすリィン。
 サラの養父にして、あの〈北の猟兵〉を立ち上げたノーザンブリアの英雄だ。
 バレスタイン大佐がルトガーやシグムントにも匹敵する最強クラスの猟兵であることは分かっていた。
 だが、それでも一対一での戦いなら自分の方が優位だとリィンは考えていたのだ。
 少なくとも〈王者の法〉を発動したリィンの力は、ルトガーやシグムントすらも圧倒している。
 しかも一年前ならいざ知らず、いまは騎神を完全に乗りこなせている自信が今のリィンにはあった。
 なのに――

「互角。いや……」

 僅かにバレスタイン大佐――〈金の騎神〉の方が〈灰の騎神〉を押していた。

「確かに凄まじい力だ。生身での戦いなら、こちらに勝ち目はなかっただろう」
「……騎神の扱いは自分の方が上だと言いたいのか?」
「いや、違うな」

 ――機体性能も、こちらの方が上だ。
 そう言って更にスピードを上げたエル=プラドーの動きに、リィンは目を瞠る。
 残像を残し、視界から姿を消したかと思うと、死角から目にも留まらない速さで斬撃を放つエル=プラドー。
 だが、リィンも負けてはいない。咄嗟にアロンダイトの刃を合わせることで、直撃を避ける。
 しかし、

「なっ――」

 完全に衝撃を殺しきれず、大きく後ろへと弾き飛ばされるヴァリマール。
 同じ騎神。乗り手の実力も互いに超一流。
 なのに金の力は、完全に灰の騎神を凌駕していた。
 バレスタイン大佐が強いことは認めるが、何か他にカラクリがあるとリィンは考える。

「不思議か?」
「ああ、どんな手品を使った?」
「簡単な話だ。七の騎神と言っても、すべての機体が同じ性能と言う訳ではない」

 七の騎神は製造された時期こそ同じだが、同格に見えて格≠ニいうものが存在する。
 灰、蒼、紫の三騎はほぼ横並びと言っていい。魔王の素体ともなった緋は、その三騎を僅かに上回るくらいだ。
 機体性能に大きな差はないと考えていい。
 しかし、金と銀。黒に限っては、他の騎神と比較にならない力を有していた。
 実際、これまで歴史の裏で密かに行なわれてきた戦いのなかで、最も多くの勝利を収めてきた機体。
 それこそが、この〈金の騎神〉エル=プラドーなのだと、バレスタイン大佐はリィンの疑問に答える。

「私も他人からの受け売りではあるがな。だが、結果はこの通りだ」

 バレスタイン大佐の言うように、確かにエル=プラドーの機体性能はヴァリマールの上を行っていた。
 騎神の性能は基本的に起動者の能力に依存すると言っても、限界は存在する。
 リィンもバレスタイン大佐も、互いに超一流の使い手だ。
 お互い騎神が持つ性能を十二分に引き出していると言っていいだろう。
 ならば、機体が持つ本来の性能が優劣を分けるのは、当然の結果と言えた。

「そういうことか」

 大佐の話に納得した様子を見せるリィン。
 確かにこれだけの力の差を見せられれば、その説明に納得せざるを得ない部分があったからだ。
 大佐の話を信じるのであれば、恐らくヴァリマールはチェスの駒で言うところのポーンに位置する機体なのだろう。
 緋の騎神がビショップやナイトと言ったところ。金や銀は、クイーンに相当する機体なのだと察しは付く。
 確かにそれなら灰が金に劣っていると言われても納得の行く話だ。
 しかし、

「至宝の力を使わないのか?」

 それは、あくまで騎神が持つ基本的な性能の話だ。
 ポーンがプロモーションで他の駒へと姿を変えるように、騎神も覚醒することで進化を遂げる。
 エレボニウスやガイアを圧倒したヴァリマールの切り札とも言える力。
 しかし、その力を使うには条件があった。
 リィン一人では、至宝の力を制御することは出来ない。
 ヴァリマールの秘められた力を解放するには、ノルンの協力が不可欠だ。

(まさか……)

 何かに気付き、険しい表情を浮かべるリィン。
 覚醒したヴァリマールの力は、巨神をも凌駕するほどだ。
 ノルンを呼べば、金の騎神と言えど相手ではない。
 しかし、

「なら、使わせてみろよ?」

 大佐の挑発にリィンは、敢えて挑発を返すことで応えるのであった。


  ◆


 縦横無尽に空を駆け、ゴライアスよりも更に巨大な神機を翻弄する〈緋の騎神〉テスタロッサ。
 テスタロッサが空に腕を掲げると、その背後に槍、斧、剣。
 凡そ考え得る限りの様々な武器が錬成される。
 そして、神機TYPE-γ目掛けて投擲される無数の武器。
 雨のように降り注ぐ武器を前に動きを鈍らせるTYPE-γ。
 そこに――

「やっぱり、このくらいじゃ効かないか。なら、これならどう!?」

 騎神の倍はあろうかという巨大な戦斧を錬成し、TYPE-γに叩き付けるシャーリィ。
 これだけの質量を伴う一撃だ。
 幾ら装甲が厚いと言っても、普通であればダメージが通らないはずがない。
 しかし、

「防いだ!? これって、まさか――」

 シャーリィの放った戦斧はTYPE-γに触れることなく見えない壁のようなものに阻まれ、勢いを殺されていた。
 以前クロスベルに現れた神機が見せた結界。空間を歪めることで、ありとあらゆる攻撃を防ぐ絶対障壁。
 至宝と同様の力が用いられているのだと、シャーリィは神機の力の正体を見抜く。
 とはいえ、以前クロスベルで戦った時は、緋の騎神とアルターエゴの二機で攻撃をしても傷一つ付けることがかなわなかった結界だ。
 手品の種が分かったからと言って、簡単に打開できるものでもない。
 普通のやり方では攻撃を通すことは出来ない。だが、そんなことはシャーリィも分かっていた。

「同じ手が何度も通用すると思わないでよね!」

 進化を続けているのは、リィンやヴァリマールだけではない。
 シャーリィとテスタロッサも、以前とは比較にならないほどに力を付けている。
 あの時は神機が纏う障壁を前に為す術はなかったが、同じ手が何度も通用するほどシャーリィ・オルランド≠ヘ甘くなかった。

「いくよ、テスタロッサ!」

 緋の騎神に眠る魔王の力を呼び覚ますシャーリィ。
 全身に禍々しい闘気を纏い、シャーリィの声に反応するかのように騎神が咆哮を上げる。
 紅き終焉の魔王。嘗て、そう恐れられた魔王の力が再びテスタロッサに宿る。

「確かに普通≠フ攻撃は通用しないみたいだけど」

 先程と同じように錬成した戦斧をTYPE-γに叩き付けるテスタロッサ。
 一度目は通用しなかったはずの攻撃が、ガラスを砕くかのように易々とTYPE-γの結界を破壊する。
 至宝と同質の力によって作り出された結界を破るには、同じ女神の至宝をぶつけるか、外の理の武器を用いるしかない。
 そして、紅き終焉の魔王――エンド・オブ・ヴァーミリオンは、人間たちが『外の理』と呼ぶ世界から召喚されし異界の魔王≠セ。
 かの魔王が生み出した千の武器には、この世界の法則とは異なる力が込められていた。
 それは即ち――

「ディザスター・オブ・マハ!」

 魔王の力を解放した緋の騎神には、至宝の結界も役に立たないことを意味する。
 自身の周囲に展開した無数の魔剣を解き放ち、紙のようにTYPE-γの結界を切り刻むテスタロッサ。
 そして、新たに錬成した大剣を振りかぶり――

「仕上げだよ!」

 トドメとばかりに渾身の斬撃を叩き込もうとした、その直後のことだった。
 山向こうから一条の光が放たれたかと思うと、テスタロッサの頭上に眩い光が降り注いだのだ。
 咄嗟に振りかぶった大剣の矛先を変えることで、テスタロッサに迫る光を迎撃するシャーリィ。
 弾けるような音と共に光の向きがねじ曲げられ、弾かれた光が山間の森を高熱で焼き払う。

「ああ、もう少しでトドメ刺せたのに……あれって確か」

 戦いの邪魔をされたことで苛立ちを募らせながら、光が飛んできた先へと視線を向けるシャーリィ。
 まず最初に目に飛び込んできたのは、TYPE-γとは別の形状をした〈結社〉の神機だった。
 空域制圧を目的に作られた高速飛行タイプの神機、アイオーンTYPE-β。
 それだけではない。TYPE-βの後ろには、嘗てクロスベルで戦ったものと同タイプの神機、TYPE-αの姿が――
 それに――

「神機と……騎神?」

 灰、蒼、緋、金に続く五体目の騎神――
 紫紺の騎神〈ゼクトール〉の姿を、シャーリィは目にするのであった。


  ◆


 戦場から離脱する〈銀鯨〉とハーキュリーズの一団を、後方より追い掛ける集団の姿があった。
 紫のプロテクトアーマーを身に纏った猟兵たち。そう、北の猟兵だ。

「……連隊長、大佐は大丈夫でしょうか?」
「あの場に我々が残っても、大佐の足を引っ張るだけだ。それに――」

 目標を視界に捉えたまま足を止めることなく、隊員の言葉に答える連隊長。

「こんな男でも、まだ利用価値≠ヘある」

 気を失った状態で部下に背負われたワッズを一瞥しながら連隊長は答える。
 本音を言えばワッズのことなど見捨てたいところだが、そうも行かない事情が彼等にはあった。
 武器や弾薬の補給。そして、ノーザンブリアへ送る食糧品などの支援物資。現在そのほとんどをクライスト商会との取り引きで賄っているからだ。
 ここでワッズを失うことになれば、今後の活動に大きな支障をきたすことになる。
 何より猟兵にとって契約≠ヘ絶対だ。
 せめて依頼料の分くらいは働かなければ、この仕事を降りることなど出来るはずもなかった。
 それに――

「いまのノーザンブリアを救えるのは、大佐しかいない。我々の英雄を信じろ」

 ノーザンブリアを守るため、彼等はバレスタイン大佐の計画に乗ったのだ。
 故郷を守るためなら、何があろうとも大佐を信じて付いていく。そう決めたのは、他ならぬ彼等自身だった。
 リィンを足止め出来るのは、バレスタイン大佐をおいて他にいない。
 あの場に残ったとしても騎神が相手では、無駄に命を散らすだけだろう。
 ならば、自分たちに出来ることする。それが、大佐が彼等に望んだことでもあった。

「――止まれ!」

 何者かの気配に気付き、隊員たちに制止を促す連隊長。
 そして、

「出て来い! そこに隠れているのは分かっているぞ!?」

 木陰に身を隠していると思しき人物に声を掛けながらライフルを構える。
 連隊長に倣って各々武器を構え、戦闘態勢を取る北の猟兵たち。
 すると――

「お前は……」

 森の奥から姿を見せた人物に驚き、北の猟兵たちは目を瞠る。
 それもそのはず。彼等の前に現れたのは、彼等のよく知る人物だったからだ。
 バレスタイン大佐の義娘にして、嘗ては彼等と同じ〈北の猟兵〉に所属していたA級遊撃士。

「残念だけど、ここから先は通行止めよ」

 紫電のバレスタインこと、サラ・バレスタインだった。


  ◆


「これから、どうしますか?」

 正確には誰の応援に向かうべきか? と、フィーに尋ねるマヤ。
 とはいえ、騎神の戦いに生身で介入するなど、自殺行為以外の何でもない。
 自分たちが向かったところで、リィンやシャーリィの足を引っ張るだけだと言うのはマヤも理解していた。
 となれば、やれることは限られる。

「エマが転位の準備を整えるまで、撤退の支援かな? サラ一人じゃ、さすがに厳しいだろうし」

 西風や星座ほどではないが、北の猟兵は自他共に認める高ランクの猟兵団だ。
 元公国軍の兵士たちが立ち上げた猟兵団と言うのも理由にあるのだろう。
 二つ名持ちの有名な猟兵は少ないが、その代わりに隊員の練度に定評がある猟兵団だ。連携を取られると厄介な相手だった。
 それにサラが相手のことをよく知っているように、北の猟兵たちもサラの実力は熟知している。
 手の内をすべて知られていると言う意味で、サラにとってはやり難い相手と言えるだろう。

「それに、あっちも間に合ったみたいだしね」
「この音は……」

 フィーにつられてマヤが空を見上げると、ロケット音を鳴り響かせながら頭上を通り過ぎる三体の機甲兵の姿が目に入る。
 ZCFの協力を得て、ラインフォルトが密かに開発を進めていた新技術。
 オーバルギアの技術を転用することで、機甲兵用に調整されたフライトシステム。
 背中に導力で動くロケットブースターを装備した機甲兵だ。
 シャーリィの戦っている方角へ三体の機甲兵が飛んでいくのを確認して、フィーはマヤに声を掛ける。

「行くよ」
「はい」

 様々な勢力の思惑が絡み合いながら、激しさを増す戦い。
 はじめて体験する戦場の空気に緊張と高揚を覚えながら、マヤはフィーの背中を追い掛けるのだった。



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