「……これって、どう言う状況?」

 なんとも言えない複雑な表情で、フィーに事情を尋ねるアリサ。
 リィンが鹵獲した機甲兵や戦車の扱いについて決起軍と交渉するために海上要塞を訪れていたのだが――
 ウォレスとの会談の帰りに演習場の方が騒がしいから覗いてみれば、クロウとシャーリィが実戦さながらの戦いを繰り広げていたのだ。
 いや、これを戦いと言っていいものかどうかと問われると、返答に困る光景がアリサの目の前には広がっていた。

「リィンから頼まれたらしいよ。少し鍛えてやってくれって」
「やっぱり、アイツの差し金か! くそッ! なんだって、俺がこんな化け物と――あぶねッ! いまの当たってたら死んでたぞ!? 殺す気か!」
「え? 殺す気でやらなかったら訓練にならないよね?」
「おい!?」

 フィーとアリサの会話に聞き耳を立て、リィンの差し金だと分かると怒声を上げるクロウ。
 よりによって、最も手加減という言葉と縁が遠い人物を訓練相手に選んだリィンに文句をつけたくなるのも無理はなかった。
 模擬戦とはいえ、お互いに使っている得物は実戦で使用しているものと同じ愛用の武器だ。
 当たれば軽傷では済まない。特にシャーリィの武器は〈緋の騎神〉と同じ名を持つ特別製のチェーンソーライフルだ。
 飛び道具は禁止しているとはいえ、それでも高速回転している刃に触れれば無事では済まないだろう。
 百歩譲って、本気でやらなけば訓練にならないというのは理解できる。しかし、これでは仕合ではなく死合いだ。

「うーん。もうちょい張り合いがあるかと思ってたんだけど……ねえ、やる気あるの?」
「はあ? どう言う意味だ?」
「テロリストのリーダーをやってた頃の方が、まだ強かったんじゃないかってこと」

 祖父を苦しめ、故郷を奪ったギリアス・オズボーンへの復讐を果たすため、死に物狂いで身に付けた戦闘技術だ。
 銃の扱いに長け、扱いの難しい双刃剣を軽々と振り回すクロウの実力は、結社の執行者と比較しても見劣りするものではない。
 それを昔よりも弱くなったと言われて、不快げに眉をひそめるクロウ。
 しかし、

「殺す気≠ナやってないよね?」
「……こいつは訓練なんだろ?」
「でも本気≠ナやらないと、訓練にならないでしょ? それにお兄さんの戦い方って、どっちかというとシャーリィたちに近いよね?」

 シャーリィに痛いところを突かれて、苦い表情を浮かべるクロウ。
 血を吐くような努力の果てにクロウが身に付けたのは、敵を殺すための技術だ。
 蒼の騎士などと呼ばれてはいるが、どちらかと言えば本来のクロウは猟兵に近い戦い方を得意としている。
 本気でやっていないと言われても仕方のない戦いをしていたと言うのは、本人も自覚があるのだろう。

「そういうことか。あのお節介≠゚」

 温くなったつもりはないが、それでも復讐に燃えていた頃と比べれば丸くなったという自覚はクロウにもあった。
 実際、ヴィータと共に〈黒の工房〉の手掛かりを追って大陸中を飛び回っていたが、その間にクロウは一人も敵を殺めていない。
 情報を得るのが目的と言うのも理由にあるが、帰りを待つ親友の――トワの顔が頭を過って、そんな気分にはなれなかったからだ。
 だが、この先の戦いはそんな甘い考えで乗り越えられるほど甘く無いということは、クロウ自身も理解していた。
 本気でついてくるつもりがあるのなら甘い考えを捨て、いまのうちに錆を落としておけと――
 そう言っているのだと、リィンがシャーリィを相手に選んだ理由をクロウは察する。

「また、怒らせちまうかもしれないな。いや、違うか」

 復讐のためではなく、大切な人を守るために力を振うことが悪いとは思わない。
 しかし本気で守りたいのであれば、敵に情けを掛けるべきではない。
 そのことを誰よりもよく理解していたはずなのに、トワを悲しませたくなくて躊躇した。
 いや、違う。本当の自分を見せることで、彼女に嫌われるのが怖かったのだとクロウは自嘲する。
 クロウにとって、それだけトワたちと過した学院生活は掛け替えのない時間だったのだろう。
 だが、ギリアス・オズボーンは死んだが、まだ何も終わってはいない。
 帝国解放戦線を率い、復讐に走った者の責任として死んでいった同志たちの無念を晴らすため――
 同じ悲劇を二度と繰り返さないように、元凶を絶つために――
 トワにも何も告げず、クロウはヴィータと共に帝国から姿を消したのだ。

「……後悔してもしらねえぞ」
「ようやく、やる気になったみたいだね。そうこなくっちゃ」

 先程までとは打って変わって濃厚な殺気を纏い、双刃剣を構えるクロウ。
 雰囲気の変わったクロウを見て、シャーリィは愉しげな笑みを浮かべるのだった。


  ◆


「……随分と派手にやっているみたいだな」
「申し訳ありません。修繕費などは、こちらへ請求して頂いて構いませんので……」
「いや、気にしないでくれ。このような機会、滅多に得られるものではないからな。兵たちの良い勉強になるだろう」

 心の底から申し訳なさそうに謝罪をするクレアに、問題ないと答えるウォレス。
 超一流の使い手の戦いを間近で見物できるというのは、それだけで大きな価値がある。
 この先に待ち受けている戦いを考えると、少しばかり兵士たちの引き締めが必要だとウォレスは考えていた。
 だから演習場の使用を許可したのだ。それに――と、ウォレスは話を付け加える。

「オーレリア閣下がいた頃は、このようなこと日常茶飯事であったしな」
「それは……苦労されていたんですね」
「はは、お互いにな」

 それはお互い様だと言われれば、クレアも苦笑を返すしかなかった。
 余計な苦労を背負い込むと言う意味では、ウォレスもクレアもやっていることは変わりがないからだ。
 この場合、分かっていて貧乏くじを引いてしまう不器用な性格という点も、二人はよく似ていた。

「閣下が負けを認め、降ったという話を聞かされた時には驚かされたが、まさか〈氷の乙女〉とまで呼ばれた貴方までもが軍を辞め、猟兵に転身しようとはな」
「それは、私自身が驚いています。一番可能性の低い選択肢だと思っていましたから……」

 クレアの尽力がなければ、こうまで早く内戦の混乱から立ち直ることは出来なかっただろう。
 しかし、それだけに彼女の存在を疎ましく思う者たちも少なくなかった。
 何れ、彼女のことを排斥しようとする動きが起きることは、ウォレスも予感していたのだ。
 だが彼女の性格や国家への忠誠心を考えれば、仮に軍を追われることになっても大人しく処罰を受けるとウォレスは考えていた。
 それが軍を辞め、リィンからの誘いに乗って猟兵団へ入るというのは想像もしていなかったのだろう。

「だが、誘いに乗った。それだけの何か≠ェ、彼にはあると言うことか」

 軍からの処罰を免れるために、リィンに庇護を求めた訳ではないだろう。
 クレアがリィンの誘いに乗ったのは、自身の信念や考えを曲げてでも賭ける価値のある何かがあるからだとウォレスは考える。

 暁の旅団団長、リィン・クラウゼル。猟兵王の名を継ぐ、最強の猟兵。
 ただの噂話と一笑する者もいるが、あのオーレリアが負けを認めたのだ。誇張でもなんでもなく噂のほとんどは真実だとウォレスは確信していた。
 実際、リィンはクロスベルへと侵攻した共和国軍を退け、帝国軍の飛行艦隊ですら打つ手のなかった巨神を相手に勝利を収めている。
 仲間の力を借りたとはいえ、はっきりと大国を相手に渡り合えるだけの力があることをリィンは証明した。
 クロスベルが過去に例を見ない好条件で帝国へ迎え入れられたのも、暁の旅団の――リィンの力を恐れたからだ。
 仮に帝国がクロスベルを取り込まなければ、共和国がより良い条件を付けて勧誘を試みていただろう。
 いまや世界中が〈暁の旅団〉の動向に注目している。時代の中心に彼等がいると言っても間違いではなかった。

(まさに、かのドライケルス帝のような男だな)

 ――英雄。人々にそう讃えられるだけの結果を、リィンは残している。
 そして、獅子戦役を終結へと導いたアルノール皇家の祖先。
 かのドライケルス帝のもとにも出身を様々とする人間が集まり、彼に力を貸したと言う。
 まさに獅子心皇帝の再来とも言える男だと、ウォレスは思う。
 これでリィンが皇家の血を継いでいれば、まさに歴史は繰り返されていただろうとさえ思えるほどに――

(いや、可能性がない訳ではないか)

 リィンとアルフィンの関係は周知されているところだ。
 はっきりと恋仲であると明言した訳ではないが、それを噂する者も多い。
 仮に噂が事実だとしてリィンがアルフィンと結ばれれば、この国を手に入れることも不可能な話ではないだろう。
 皇家への信頼が揺らぎ、国が荒れている現状、救国の英雄と皇女が結ばれることを歓迎する国民も少なくはないはずだ。
 だからこそ、そのようなことになるのを恐れて、貴族たちはアルフィンがクロスベルの総督となることに同意したのだ。
 アルフィンをクロスベルへと厄介払いすることが、彼等の狙いであったのだろう。
 しかし、彼等が考えていた以上に、リィンとアルフィンの持つ影響力は大きかった。
 いや、それだけ皇族と貴族に対する国民の不信感が大きかったのだろう。

 粛清された貴族たちやギリアスを悪役に仕立てたところで、一度揺らいだ信頼は簡単に取り戻せるものではない。
 そうしたことを考えると、この国が再び戦争へと向かおうとしているのは避けられない運命のように思えてくる。
 事実、そうなのだろう。もはや、なかから国を変えるなどと悠長なことを言っていられるだけの時間はこの国に残されていない。
 そう悟ったからこそ、クレアはリィンの誘いに乗ったのだと、ウォレスは察する。
 いまのままでは、この国に未来はない。そのことはウォレス自身も感じていたことだったからだ。
 だからこそ、とも言える。

 オーレリアが領邦軍を去った後も、彼女の遺したものを守り続け、ミュゼの計画に乗ったのは――
 この国の未来を憂い、自分に出来ることを考えてだした結論だった。
 いまラマール州は決起軍率いるミュゼの暫定統治下にあるが、それをバラッド候がこのまま認めるとは思えない。
 中央政府もバラッド候の息が掛かったものが多い現状を考えると、このような方法で爵位を継ぐことは認めないだろう。
 いまラマール州は中央から距離を置き、半ば孤立した状態にある。
 一つでも判断を誤れば、再び内戦へと突入しかねない危うい状況に置かれていた。

 だが、ノーザンブリアと共和国に対して、あのような声明をだした後だ。こちらに兵を割く余裕は、いまの正規軍にはないだろうとウォレスは考えていた。
 だから、このタイミングを狙って動いたのだ。
 ノーザンブリア一国では、帝国という巨大な国を相手にするのは不可能だ。それはラマール州にも同じことが言える。
 表立って協力をすることは出来ないが、互いに相手を利用することは出来る。
 背後から睨みを利かせることで政府の動きを牽制するのが、ミュゼの狙いだった。
 そうすれば、僅かではあっても時を稼ぐことが出来る。
 それに後ろを気にしながらでは、ノーザンブリアへ割ける戦力も限られると考えたのだ。

 実際、ここまではミュゼの読み通りに動いていた。
 だが政府の中枢に食い込み、戦争の準備を進めてきた相手が簡単に諦めるとは思えない。
 そこで更なる一手として七耀教会を引き込み、各国に通商会議の開催を根回ししたのだ。
 しかし、そんなミュゼにも見通せないものがあった。それが、オリヴァルトの動きだ。
 だからリィンの提案≠ノ乗り、ヴィータの同行を許可したのだ。
 結果、置いて行かれたクロウが散々な目に遭っているのだが……。

「准将閣下。私は……」
「いや、勘違いさせたのなら申し訳ない。何も軍を抜けた貴方を責めようと言うのではないのだ。ただ、これから戦場で肩を並べる男のことを聞いておきたくてね」
「なるほど、だからアリサさんにも……」

 ウォレスが気にしていることを察し、クレアは納得した表情を見せる。
 交渉の席でアリサにそれとなく、リィンのことを尋ねていたのを見ていたからだ。
 アリサの動揺を誘い、少しでも交渉を有利に進めるためだと思っていたのだが、本命はリィンの方だったらしい。
 とはいえ――

「直接、本人に会って確かめられたらよろしいのでは?」

 どうにもやり方がウォレスらしくないとクレアは感じていた。
 話に聞くウォレスの性格なら、こういったことは本人に直接確かめると思っていたからだ。

「……オーレリア閣下に止められたのだ。自分の獲物だから手をだすなとな」

 ウォレスの懸念を晴らすには、本人に確かめるのが早い。だが、そうなったら絶対に戦いになる。
 互いに武を嗜む者であれば、百の言葉を交わすよりも武器を交える方が早い。
 ウォレスもその辺りの考え方は、自分と余り大差はないとオーレリアに思われていた。
 実際、それをウォレスは否定することが出来ない。だから、こんな回りくどい方法でリィンの話を聞いていたのだ。

「確かに……今回ばかりは、その方が良かったかもしれませんね。お二人が戦えば、この要塞も無事では済まないでしょうし」
「いや、そこまでは……」
「いえ、准将閣下ではなく心配しているのは……」

 リィンの方だと、クレアは苦笑を返すのであった。


  ◆


「待っていたよ。リィンくん、アルフィン。それに――」

 リィンたちを、自身の執務室で出迎えるオリヴァルト。
 その言葉のとおりに、リィンたちがここへ来ることが分かっていたのだろう。
 部屋の一角に設けられたテーブルには、茶菓子の準備まで整えてあった。
 そして、リィンとアルフィンに声を掛けると、オリヴァルトはシェラザードへと視線を向ける。

「久し振りだね。このような再会となってしまったが、変わりがないようで安心したよ。シェラくん」
「そういうアンタは随分と出世≠オたみたいね。オリビエ」
「これは……手厳しいな」

 手厳しい挨拶が返ってきてオリヴァルトは頬を掻く。
 そして、誤魔化すようにリィンへと話を振るオリヴァルト。

「しかし、随分と早かったね。最悪、城が崩れることも覚悟していたんだけど……」
「光の剣匠なら、うちの新入りが相手をしてるよ。大体そんな心配をするくらいなら、手加減できないような相手をけしかけるな」
「ハハ、子爵閣下たっての希望でね。どうか許して欲しい」

 まったく悪びれた様子のないオリヴァルトを見て、リィンは呆れる。
 だが、その変わらない態度に少なくとも操られていると言う訳ではなさそうだと安堵する。
 最悪の状況も考慮に入れてはいたからだ。
 いや、安心するのはまだ早いかと、リィンは本題に入る。

「アルスターの住民は全員無事だ。いまは安全な場所で匿って貰っているから、口封じに殺される心配はないだろう」
「そうか……本当によかった。ありがとう。礼を言わせてくれ」
「礼はいい。そういう依頼だったしな。さてと、これで一先ず俺の用事は済んだ訳だが……」

 自分が直接オリヴァルトを問い質すよりも、この場は二人に任せるべきかとアルフィンとシェラザードに譲ることを決めるリィン。
 リィンの考えを察して感謝すると、オリヴァルトの前へでるアルフィンとシェラザード。
 そして――

「お兄様。わたくしの疑問に答えて頂けますよね?」
「兄妹の再会に水を差すようなことはしたくないけど、アタシもアンタには聞きたいことが山ほどあるのよ」

 こうなることは覚悟していたとはいえ、二人の放つ有無を言わせない迫力にたじろぐオリヴァルト。
 これはさすがにまずいと悟ったのか、助けを求めるようにリィンへと視線を向ける。
 しかし、

「諦めろ。自業自得だ」

 リィンは首を横に振り、そんなオリヴァルトを突き放すのであった。



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