「遅い」
全高十アージュを超す巨大なリヴァイアサンの攻撃を軽々と回避しながらフィーは銃撃を放つ。
確かに魔煌機兵の最終形態と言うだけあって防御力は高く、火力も結社の開発したゴルディアス級に匹敵するレベルと言って良いだろう。
だが、どれだけ強力な攻撃も当たらなければ意味がない。
既にフィーの実力は達人の域に達しており、スピードだけならリィンを凌ぐほどだ。直線的な機械≠フ攻撃など当たるはずもない。
そう、リヴァイアサンのもう一つの欠点。それは完全自律型の操縦者を必要としない兵器と言う点にあった。
人形兵器に共通して言えることだが、無駄のない動きに狙いが正確であるが故に攻撃が単調なことがあげられる。
巨体の割に機動力が高いことは確かだ。サイズこそゴライアスに匹敵するほどだが、鈍重なゴライアスと比べると、そこも改善はされているのだろう。
しかし、結局のところ狙いが読みやすい点は他の人形兵器と大差ない。
それに――
「いくよ、ラウラ!」
「任せよ!」
リアクティブアーマーは確かに強力な物理障壁を展開できる。
その強度は戦車の大砲にも耐えられるほどで、並大抵の攻撃では傷一つ与えることなど出来ない。
だが、それは逆に言えば、並大抵の攻撃でなければ通用すると言うことだ。
大砲の一撃さえも凌ぐ強力な攻撃であれば、少なくともダメージは通ると言うことになる。
そして、スピードでこそ劣っているものの一撃の破壊力においては、ラウラはフィーを遥かに凌ぐ戦闘力を備えていた。
二百五十年の研鑽を続けてきたのは、何も聖女だけではない。
嘗て、槍の聖女と共に獅子戦役を駆け抜けた鉄騎隊の副長。
彼の剣技は新たな世代に受け継がれ、進化を遂げていた。
「シャドウ――ブリゲイド!」
フィーの放った目にも留まらない無数の斬撃がリヴァイアサンの全身を切り刻み、そこにアルゼイドの剛剣が迫る。
「奥義――」
尊敬する父より受け継いだアルゼイドの奥義。
立ち塞がる困難を破り、運命を切り拓く剛剣。
光輝く黄金の斬撃の前には、どのような障壁も意味はなさない。
「洸凰剣!」
ラウラの放った渾身の一撃が障壁ごと分厚い装甲を斬り裂き、リヴァイアサンを再び火口に叩き落とすのだった。
◆
「やったね。最後の一撃は凄かった。いまならリィンにも一撃を入れられるんじゃない?」
「いや、さすがにそれは……」
威力だけで言えば、確かにリィンにダメージを与えることは出来るかもしれない。
だが、自分の攻撃がリィンに当たるイメージがラウラには想像できなかった。
同じことはフィーが相手でも言える。
スピードで劣っているのは仕方がないにしても、まだ戦闘の駆け引きや経験で劣っているという自覚があるからだ。
それに人間離れしたフィーの動きやリィンの異能についていくには、最低でも父を超える必要があるだろうとラウラは考える。
「フィーの助けがなかったら、私一人では倒せなかっただろう」
フィーが褒めるように先程の一撃に限って言えば、光の剣匠に迫るほどの一撃が放てたと思う。
しかし、それはフィーが敵の注意を引き付け、動きを封じてくれたからこそ出来たことだ。
そうでなければ、あれほど集中して闘気を練り上げることは出来なかっただろう。
「それに……」
この武器――ヒイロカネで鍛えられた大剣の存在が大きいとラウラは考える。
ゼムリアストーン以上の強度を誇ると言う点でも驚きだが、純粋に剣としても素晴らしい。
手にしっくりと馴染み、最大限に使い手の力を引き出してくれる感覚は、アルゼイド家に伝われる宝剣ガランシャールに勝るとも劣らない。
正直これほどの剣を鍛えられる鍛冶士が、現代にまだ存在すると言う点にラウラは驚きを隠せなかった。
アルゼイドの宝剣ガランシャール。ルグィン家に伝わる宝剣アーケディア。
これらと同様のものを鍛えられる鍛冶士は、既にこの世にいないとされていたからだ。
「その剣を鍛えた人が気になる?」
「……気にならないと言えば、嘘になるな。正直まだ私には過ぎた武器だと感じるほどだ」
「いますぐは無理だけど、私たちの仲間≠ノなれば会わせてあげられるよ」
「む……それは……」
団に入れと誘われているのだと察しながらも、すぐに回答できず言葉を詰まらせるラウラ。
昔の彼女ならともかく、いまのラウラは猟兵だからと蔑むつもりは毛頭ない。
猟兵と言えば野蛮な者たちと言うイメージが世間では一般的だが、それだけではないことがリィンやフィーを見れば分かる。
彼等には彼等の秩序があり、無闇矢鱈と破壊や殺しを楽しむ無法者と言う訳ではないと言うことが――
金を得るために戦争を生業としていることは事実だが、少なくともリィンたちは一般人を巻き込むような真似はしない。
そういうことを気にしないどころか、一般人を盾にするような猟兵もいない訳ではないが、何もそれは猟兵に限った話ではない。
ハーメルの悲劇のような話は実際のところ特に珍しいものではなく、世界の至るところに存在するのが現実だ。
盗賊や野党。それどころか民を守るべき兵士によって略奪され、滅んだ村は過去に幾つも存在する。
帝国で起きた先の内戦を引き起こしたのも貴族たちであり、その切っ掛けを作ったのは宰相と政府だ。
その宰相の計画を黙認した皇帝にも責任がないとは言えず、兵士だけでなく一般人にも多くの犠牲者がでた。
たくさんの悲劇を生んだと言う意味では、ただ雇われただけの猟兵よりも彼等の方が罪が重いだろう。
この世が綺麗事ばかりでないことは、ラウラも分かっている。
だからこそ、考えさせられるのだ。自分はこの剣で、何を為したいのかと――
士官学院に通っていた頃は漠然と父の後を継ぎ、立派な剣士になって国に仕えるものだと考えてた。
しかし、いまは――
「急いで答えをださなくていいよ。ラウラが自分のなかでちゃんと答えをだせるまで、リィンも待つと言ってるしね」
まだ迷いがあることをフィーに見透かされ、ラウラは「すまない」と答える。
本音で言えば、リィンやフィーたちと共に歩みたいと考えている自分がいる。
そうすれば、いまよりも剣士として遙かな高みに上り詰めることが出来るという確信めいた予感がある。
それに力無き者のために剣を振う。その方法は一つでないことを教えてくれたのも、またリィンたちだ。
しかし父の後を継ぎ、レグラムの領地を守っていくという貴族としての役目も捨て去ることは出来ない。
何より自分の代で聖女から受け継ぎ、アルゼイドが守ってきたものを途絶えさせていいのかという葛藤がラウラにはあった。
このことをリィンに相談すれば、真面目すぎると呆れられるところだろう。
ヴィクターが奥義の伝承を終えながらも、ラウラに皆伝を与えなかった理由。
それは恐らく彼女の迷いを察していたからだとリィンは察していた。
いま皆伝をラウラに与えれば、彼女をアルゼイドに縛り付けてしまうと考えたからだ。
そのことは恐らくラウラも、心の奥底では気が付いているのだろう。
だからこそ迷い、答えをだせずにいるのだ。
(……何か切っ掛けが必要かな?)
義理堅く誠実なのはラウラの美点だが、時としてそれは短所にもなる。
何か切っ掛けがあればいいが、いまのままならラウラはずっと迷い続けることになるだろう。
正直なところ、ラウラの性格は猟兵に向いているとフィーは思っていない。
しかし自分たちとは対照的だからこそ、ラウラのような存在が団には必要だとも感じていた。
間違いを犯さない人間などいない。それはリィンとて同じことだ。
一方の考え方に偏っていては、いつか取り返しのつかない過ちを犯すこともあるだろう。
リィン自身もそのことが分かっているのか?
ラクシャを団に誘ったり、エリィやアリサを近くにおいて無意識にバランスを取ろうとしている節がある。
猟兵としてのリィンとは対照的に、生まれ変わる前――平和な世界で育ったもう一人の自分≠ェそうさせているのだろう。
だからこそ、ラウラが団に入ることにフィーは賛成だった。むしろ、積極的に彼女を引き入れようとも画策していた。
そうしたこと以外にも将来性を見れば、ラウラが大きな戦力となることは確実だからだ。
潜在能力だけで言えば、恐らくは〈光の剣匠〉を凌ぐほどだろう。
「この揺れは――」
「地震? いや、違う」
そんな時だった。突然、大きな揺れが二人を襲ったのは――
驚くラウラと、すぐにただの地震ではないと察するフィー。
「大変よ! 二人とも――」
戦いの邪魔にならないようにと距離を取り、物陰に隠れていたアリサが現れる。
随分と慌てた様子のアリサを見て、やはり何かあったのだと察する二人。
その証拠にアリサの左腕には、ノートパソコンのようなカタチをした小型の導力端末が抱えられていた。
恐らくは避難しつつも工房の端末にアクセスして、データの解析を進めていたのだろう。
「この下に何かいるわ。高位の幻獣……ううん、聖獣にも匹敵する霊力を備えた何かが――」
聖獣にも匹敵する存在。その何かが地脈を活性化させ、先程の地震が起きたのだとアリサは説明する。
そして、このままでは千年以上眠りについていた火山が活動を再開し、噴火する可能性が高いことを――
「ラウラが火口に叩き落としたのが原因じゃなかったんだ。よかったね」
「そんなことを考えていたのか……」
フィーが何を心配していたかが分かり、ラウラは溜め息を吐く。
確かにリヴァイアサンを叩き落としたのはラウラだが、それを言うならフィーにも責任がないとは言えないからだ。
「この工房自体はエリンの里と同様に結界で守られているみたいだけど、火山が噴火すれば影響がまったくないとは言えないわ」
結界で守られているとはいえ、その結界を維持するのにも霊力は必要だ。
恐らくは地脈から吸い上げたマナを結界の維持に使っているのだと予想できる。
その地脈の力が大きく乱れている今、工房の結界にも既に影響は出始めていた。
そんななかで火山が噴火すれば、真上にあるこの工房も無事に済むとは考え難い。
「さっきの兵器といい、偶然じゃないよね?」
「……罠と考えるのが自然でしょうね。最初から私たちを誘き寄せて、この工房ごと始末するつもりだったと考えれば合点が行くわ」
「それって、もうここには重要なものはないってこと?」
「研究資料として見たら貴重なものばかりよ。でも、既にここでの実験は終えていて、切り捨てても問題ないと判断したってことでしょうね」
アリサたちからすれば、貴重な研究資料がこの工房にはたくさん残されている。
しかし、それは既に地精が実験を繰り返し、研究を終えた技術ばかりだ。
損失がゼロとは言わないが、ここを失っても問題ないと判断したのだろう。
「転位での脱出は?」
「通信障害が張り巡らされてるみたいだけど、どうやらユグドラシルの機能までは把握していなかったみたいね。こういう時の備えもしてあるし、クレアに連絡を取れば問題ないわ。ただ……」
「ベルが怒り狂いそうだね」
「そこなのよね……」
自分たちだけなら脱出の手はある。
しかしレンとキーアの救出だけでなく、この工房の占拠もアリサたちの目的の一つにあったのだ。
研究資料も貴重だが、ここにはラインフォルトの工房でも見ない貴重な設備が揃っている。
人形兵器や機甲兵の実験施設や生産ラインも工房内に存在することが確認されており、利用価値は幾らでもある。
ベルの機嫌が悪くなると言うだけでなく、アリサ自身もここを放棄するのは惜しいと考えていた。
「そう言うってことは、何か方法があるの?」
「簡単な話よ。元凶を絶てばいいのよ」
「アリサ、それは……」
フィーの問いに対して、待ってましたとばかりに答えるアリサ。
しかし、その答えの意味するところを察して、ラウラは容易ではないことを悟る。
元凶を絶つ。それは即ち、聖獣にも匹敵する存在をどうにかしろと言っているも同じだからだ。
それがどれほど困難なことか、武術を嗜んでいない一般人にも分かりそうなものだ。
しかし、アリサには余裕が見える。それもそのはず――
「シャーリィがいるじゃない。あの子と〈緋の騎神〉なら可能性はゼロじゃないはずよ」
確かにアリサの言うとおり、シャーリィならとフィーとラウラも考える。
シャーリィ自身の戦闘力もリィンに次ぐほど高いと言うのが理由の一つにあるが、騎神の力は更に常軌を逸している。
起動者次第では高位の幻獣すら凌ぐほどの力を発揮することが証明されており、緋の騎神に限って言えば〈紅き終焉の魔王〉の力も宿しているのだ。
聖獣クラスの存在とも、互角以上に渡り合うことが可能だろう。
だが、
(なんだろう? この嫌な予感の正体は……)
シャーリィと騎神の力はフィーも認めている。しかし、どうしても嫌な予感が拭えない。
本当にアルベリヒの目的は、工房と共に自分たちを処分することなのだろうか、と――
逃げられれば、拠点だけを失う結果になりかねないのだ。
敵に利用されないために施設の破壊を計画したとも考えられるが、それなら一戦交えた後でも遅くない。
現れた敵は魔煌機兵が一体のみ。この規模の施設から考えると、余りに少なすぎる戦力だ。
「それじゃあ、シャーリィに連絡を取るわね」
まだ何か見落としていることがあるような気がする。
一抹の不安を覚えながらフィーとラウラが見守る中、アリサが〈ARCUS〉に手を伸ばした、その時だった。
「まてい!」
ここにいるはずもない人物。
魔女の里の長、ローゼリアの声が工房に響いたのは――
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