「見事な引き際ね。さすがは赤毛のクレイグ≠ニ言ったところかしら」

 砦から離れて行く帝国軍の姿を赤い機甲兵(ケストレル)≠フカメラ越しに眺めながら感心した様子を見せるスカーレット。
 不利を悟ると即座に撤退を決める判断力の高さを評価してのことだった。
 赤毛のクレイグ。さすがは帝国を代表する将軍の一人だと感心する。
 恐らくは神機を破壊したイオの一撃が、最後の警告だと受け取ったのだろう。
 どれだけ戦車や機甲兵を用意しようと、あのブレスをまともに受けては無事では済まない。
 離れた場所から神機を一撃で破壊したことからも、リィンの集束砲に匹敵するほどの威力があると見て良いだろう。
 同じ立場ならスカーレットでさえ、あんな化け物を相手にはしたくないと考えるほどなのだ。

『追撃しますか?』

 団員の一人が通信でスカーレットにそう尋ねる。
 元帝国解放戦線のメンバーで、現在はスカーレットの補佐を任されている三十半ばの男だ。
 名はドルフ。帝国解放戦線に所属していた頃は運送関係の会社に勤め、真面目によく働く後輩思いのトラック運転手を演じることで、情報収集や仲間との連絡役。破壊工作などを主に任されていた。
 二年前に〈G〉ことギデオンが計画した帝都での作戦にも参加しており、実戦を経験したことのある数少ない生き残りの一人だ。
 だからこそ、こういう時に非情な判断も出来る。
 いま後ろから攻撃を仕掛ければ、帝国軍に大きな損害を負わせることが可能だ。
 正直、このまま帝国が諦めるとは思えない。それなら少しでも戦力を削いだ方が――と考えたのだろう。
 しかし、

「やめておきなさい。相手はあの〈赤毛のクレイグ〉よ?」

 その程度のことを予測していないとは思えない、とスカーレットは答える。
 いまは大人しく撤退している様子だが、追撃を仕掛ければ当然激しく抵抗してくるだろう。
 数の上では帝国軍の方が圧倒的に有利であることは事実なのだ。
 それに打って出れば、クロスベルに展開された結界の優位性も失うことになる。
 餌に食いついたところで、手痛い反撃を食らうのがオチだとスカーレットは考えていた。

『貴族の連中が相手なら楽なんですがね』
「領邦軍にだって警戒すべき相手はいるわよ。羅刹とかね」
『オーレリア・ルグィンですか。確かにアレと〈黒旋風〉はやばい。けど、羅刹の方は味方に引き込んだって聞いてますけど?』
「……らしいわね。連絡を受けた時には耳を疑ったわよ」
『団長はなんと?』
「オーレリアが仲間になったから今度そっちへ連れて行く。その時は、いろいろと教えてやってくれ。先輩≠ニしてな……って、無茶振りもいいところよね」
『ハハッ、あの人らしい』

 団長にかかれば領邦軍の英雄も形無しだと、ドルフは笑う。
 オーレリアであっても団に入るからには、特別扱いはしないと言うことなのだろう。
 しかし、話を振られた方は堪ったものではない。嘗て、貴族連合と帝国解放戦線は協力関係にあったのだ。
 帝国解放戦線のスポンサーがカイエン公であったことから、スカーレットも当然オーレリアと面識がある。
 味方であれば心強いが、決して敵には回したくないと考えていた相手の筆頭が彼女であった。
 そんな相手の教育を任せられれば、スカーレットが頭を抱えるのは当然だろう。

「正直、帝国軍の相手をする方がマシね」

 比較するのもどうかと思うが、スカーレットの口から本音が漏れる。
 クロウや帝国解放戦線のことなどリィンには感謝しているが、それとこれは話が別と言ったところなのだろう。

『その羅刹ですが、カイエン公爵家を除く三家の部隊がオルディスへの侵攻を開始したとか』
「ええ、だから少ない戦力から応援をやったんじゃない。団長からも好きにさせてやれと言われてたしあの子≠スっての希望だったしね』

 助けが必要かは分からないけど、とスカーレットは肩をすくめる。
 ログナー候は貴族のなかでも武闘派で知られるが、相手はあのオーレリアとウォレスが率いる部隊だ。
 三家が協力したからと言って、数の有利だけでどうにかなるような相手ではない。
 実際、アルバレア公はともかくログナー侯とハイアームズ侯は、先の内戦でも余り協力的ではなかったのだ。
 オーレリアがいなければ、帝国正規軍と互角に渡り合うことは出来なかっただろうとスカーレットは考えていた。

『団長のことを悪く言うつもりはありませんが、女子供に甘過ぎやしませんか?』
「それでいいのよ。ただでさえ化け物染みた強さで恐れられてるんだから、ちょっとくらい人間臭いところがあった方が安心できるでしょ。まあ、いつか刺されそうではあるけど……」

 英雄色を好むと言うが、この点は注意するだけ無駄とスカーレットは諦めていた。
 それにデメリットばかりではないのだ。
 戦力の強化に繋がっているし、敢えて欠点をさらけだすことで警戒を和らげる効果に繋がっている。
 英雄色を好むとも言うし、好意的に受け止められている部分もあるのだ。
 ハニートラップに引っ掛かるようなら問題だが、ああ見えてリィンは自分に対する敵意には鋭い。
 女なら誰にでも甘いと言う訳ではないので、その点は心配していなかった。

『まあ、男としては羨ましくもあり、感心しますがね』

 普通ならスカーレットの言うように、刀傷沙汰に発展しても不思議ではないことをしているのだ。
 ハーレムは男の夢であると同時に、実際に同じことが出来るかと言われるとドルフは首を横に振る。
 あれだけの数の女性に囲まれていながら上手く立ち回っているリィンを、男としてドルフは尊敬していた。

「結婚したばかりでしょ? 奥さんに言い付けるわよ」
『ちょっ……それだけは勘弁してください! 今度、子供も生まれるんですから!?』
「冗談よ。それに子供が生まれるなら尚更、命は大事になさい」

 団長の役に立ちたい。恩を返したいと思っているのはドルフだけではない。
 帝国解放戦線の元メンバーのほとんどは、自分たちに新たな居場所を用意してくれたリィンに感謝している。
 いまの生活を守るため、そして団のためなら彼等は進んで命を投げ出すだろう。
 しかし、それをリィンが望んでいるとはスカレーットには思えなかった。

『さっきの言葉、訂正します。甘いのは団長だけじゃない。姐さんも一緒です』

 だからこそ団の役に立ちたいと、ドルフは心の底から思う。
 それはリィンに命を救われ、居場所を与えてもらった団員たちの総意でもあった。


  ◆


「――以上が、こちらで確認した敵の戦力です」

 ジュノー海上要塞の最上階に設けられた司令室。
 そこでオーレリアとウォレスが率いる領邦軍の将校たちに、淡々とした口調でレポートの内容を説明する少女の姿があった。
 猫耳のフードがついた黒いパーカーを羽織った銀髪の少女。アルティナ・オライオンだ。
 スカーレットが本人の希望でオルディスへ送ったという応援の戦力。それが彼女だった。

「この情報は確かなのか?」

 将校たちから信じられないと言った声が上がるのも無理はない。
 アルティナたちが手土産と言って持ってきたのは、敵の兵力や装備までを記した報告書だったからだ。
 この短時間で調べ上げたものとは思えないほど、事細かに調べ上げられた文句の付け所のない資料だ。
 それだけに彼等が半信半疑になるのも無理はない。
 実際、同じことをやれと言われても難しいというのが彼等の本音だ。
 偵察は既に行なわせているのだ。それでも、これだけ詳細な情報は集まっていないのが現状であった。

「嘘を吐く理由もない。それに我々が集めた情報とも矛盾はない」

 この情報は信用できるとウォレスが発したことで、将校たちは黙る。
 ウォレス・バルディアス。二つ名は黒旋風。
 嘗てはオーレリアの片腕と称され、帝国正規軍とも互角以上の戦いを繰り広げた領邦軍の英雄の一人だ。
 それだけに領邦軍の将校たちも、ウォレスに全幅の信頼を寄せているのだろう。

「しかし、この情報が確かだとすれば列車砲≠フ存在は我々にとって、かなりの脅威となります」

 将校の一人が険しい表情で、そう口にする。
 アルティナたちが用意したレポートには、列車砲の存在が記されていたのだ。
 しかも一機だけでも厄介なのに、五機もの列車砲が配備されていると言うのだ。
 列車砲の最大射程距離は凡そ千セルジュ。峡谷からオルディスまで直線距離で八百セルジュほど。
 既に射程圏内に捉えられていると言うことになる。彼等が脅威とを考えるのは無理もない。
 だが、

「バラッド候の目的はオルディスの奪還だ。ならば、列車砲を街に向けることはないだろう」

 少なくともオルディスが列車砲の標的になることはないだろうとウォレスは考えていた。
 そんな真似をすれば、仮にオルディスの占領に成功したところで領民の支持を得ることが難しくなる。
 バラッド候の最終的な目的はオルディスを占領し、実質共に次期カイエン公の座に居座ることだ。
 政府の力を借りて三家に協力を要請したのも、彼等を証人として立てる狙いもあるのだろう。
 しかし、それは逆に言えば――

「だからこそ、オルディスへの侵攻作戦が失敗すれば、バラッド候の求心力は大きく低下することになる。なりふりを構わず街を標的にしてくる可能性はあるのでは!?」
「だが、そんな作戦にログナー候やハイアームズ候が従うか?」
「皇帝陛下の勅令であれば、従わざるを得ないだろう。陛下がそのようなことを命じられるとは思わないが、貴族派と革新派が手を結んだという情報もある。中央で何が起きているのかまでは分からないが、陛下の言葉と意思が政府によってねじ曲げられている可能性は高いだろう」

 ああでもないこうでもないと白熱した議論を交わす将校たち。
 彼等の言い分にも一理あることを認めているのか、ウォレスは黙って話に耳を傾ける。
 ここにいる将校たちはそれぞれがウォレスと同格か、それ以上の爵位を持つ貴族でもある。
 そう言う意味で生粋の軍人であるウォレスと違い、彼等の方が貴族のことをよく理解している。
 追い詰められた貴族が愚かな行動にでる可能性は、確かにウォレスも否定することは出来なかった。
 それに――

「鉄血宰相、ギリアス・オズボーンの亡霊か……」

 将校の一人が、ポツリと口にする。
 いま帝都で起きていることは、ギリアスの亡霊の仕業だと噂する者が後を絶えなかった。
 実際、ギリアス・オズボーンの政策によって数多くの平民が取り立てられ、いまも中央で要職を担っている現状がある。貴族とてバカではない。彼等を一度に辞めさせてしまうと、国として立ち行かなくなることくらいは彼等も理解していた。
 しかしそうして甘い対応を取った結果、政府によって幼い皇帝が傀儡とされ、ここ最近の他国に対する強硬な姿勢に繋がっているのではないかとの噂が立っていた。
 これではギリアスが生きていた頃と何一つ変わりがない。
 いや、あの頃よりも抑えが利かず、暴走しているようにも見える。

「魔女殿に言わせれば、それもまた呪い≠フ影響と言う奴なのだろうな」

 ずっと黙っていたオーレリアが口を開いたことで、白熱していた会議の場が静まり返る。
 帝国に巣くう呪いや〈黒の工房〉が暗躍していることについて、オーレリアやウォレス。
 それに、ここにいる将校たちも説明を受けていた。
 俄には信じがたい話ではあったが、教団の起こした事件は彼等の記憶にも新しい。
 だからこそ、ローゼリアの話に理解が及ばずとも納得は出来たのだろう。

「しかし、なんでも呪いの所為にする訳にもいかぬ。いまの状況は、我々の弱さが招いたことだ」

 仮に呪いなどと言うものが現実にあったとしても、それだけを言い訳にすることは出来ない。
 先の内戦も含め、いまのこの状況は自分たちの心の弱さが招いた結果だとオーレリアは受け止めていた。
 ギリアスの亡霊の仕業とするのも同じことだ。
 負の一面ばかりが取り上げられるが、ギリアスの政策によって家族や仲間。故郷を奪われ復讐を誓った者もいれば、救われた者もいる。
 平民が政府の要職に取り立てられることなど、以前の帝国ではありえなかったことだ。
 生まれや爵位ではなく、能力あるものを重用する。
 十年にも及ぶ地道な改革の末、以前にも増して強く豊かな国へと帝国を導いたギリアスの政策。
 それには、オーレリアも一定の評価はしているのだ。

「先の内戦も含め、元より火種はあった。すべてを亡き宰相殿の責任には出来ぬよ」

 オーレリアにそう言われては、将校たちも何も言えなくなる。
 彼等も本心では分かってはいるのだ。
 カイエン公の誘いに乗り、貴族連合への参加を決めたのは他の誰でもない。
 自分たちで決めたことだ。自分たちの責任だと――

「話が少し脱線したようだが、ウォレス。彼等の言い分にも一理ある。バラッド候の性格を考えれば、そのような暴挙にでる可能性がないとは言えないだろう」
「では、閣下……いや、オーレリア殿はどうするべきだと?」

 オーレリアの言葉に耳を傾けながらも、ウォレスは複雑な表情で尋ねる。
 長い付き合いだ。なんとなくオーレリアの考えていることを察したのだろう。
 恐らくは――

暁の旅団(われわれ)≠ェ列車砲を無力化しよう」

 やはりか、と予想通りのオーレリアの返答に、ウォレスは深々と溜め息を漏らすのだった。


  ◆


「……相談もなく巻き込まないで欲しいのですが?」
「そう言いながらも、最初からそのつもりだったのであろう?」

 でなければ、あのような情報を手土産にするとは思えない。
 そんなオーレリアの言葉に、かないませんねとアルティナは素直に認める。

「それで、どの程度の仲間を連れてきた?」
「全員で六人です。とはいえ、戦力には数えられるのは私を含めて三人ですね」

 実のところアルティナには、五名の団員が同行していた。
 治療中の姉妹たちの代わりにアルティナを補佐するため、スカーレットがつけた団員たちだ。
 そのなかには、アルフィンの護衛を務めるノエルの一つ下の妹。警察を辞めて現在はカレイジャスのオペレーターを任されているフラン・シーカーの姿もあった。
 しかし彼女を含めて半数は戦力外だと、アルティナは判断していた。
 自分の身を守る程度のことは出来るが、それ以上の期待をするのは難しい。

「逆に言えば、半数は戦力に数えられる人物と言うことだな」
「そうとも言えますね。とはいえ、不安はないのですか? あなたを含めても、たったの四人で敵陣の中へ潜入して、任務を遂行する必要がある訳なのですが……」
「隊長格ではないのだろうが、応援に寄越すくらいだ。それなりに腕の立つ者たちを見繕ってきたのであろう?」
「……話に聞いていたとおりの人みたいですね」
「褒め言葉と受け取っておこう」

 皮肉の通じないオーレリアに、アルティナは何を言っても無駄と諦める。
 しかし自信がなければ、アルティナとて引き受けたりしない。
 オーレリアの言うように最初からそのつもりで、必要な準備も整えてきたのだ。

「丁度、仲間からの連絡ですね。敵陣で動きがあったみたいです」
「それが例のオーブメントか。便利なものだな」
「新しく製造されたものを持ってきたので、そのうちの一機をお渡しします。ただし――」
「誰にも言うつもりもないし、貸したりもしないから安心して欲しい」

 心配はしていないが、念のためオーレリアに釘を刺すアルティナ。
 ユグドラシルを搭載した〈ARCUS〉は、いまのところまだ団の外へだすつもりはないからだ。
 実際、団員のなかでも限られたメンバーにしか、まだ行き渡っていない装備だ。
 使い方によっては悪用も可能なため、扱いが慎重になるのも無理はなかった。

「ああ、あとこれを――」

 周囲に誰もいないことを確認するとユグドラシルを起動し、ARCUSと一緒に空間倉庫から自分の背丈ほどもある大剣を取り出すアルティナ。
 赤みを帯びた大剣。ルグィン伯爵家に伝わる宝剣アーケディアと見紛うばかりによく似ている。

「見事な剣だ。これは……」
「団長から連絡を受けて、取り寄せたそうです。決闘で愛剣を壊したお詫びだそうですよ」

 思いもしなかったアルティナの言葉に、一瞬呆けた様子で目を丸くするオーレリア。
 確かに先の決闘でオーレリアの宝剣にはヒビが入り、全力で振うことが難しくなっていた。
 しかし、互いに納得の上で行なった決闘だ。
 リィンに責任を問うつもりなどなかったのだが、このような贈り物が返ってくるとは思っていなかったのだろう。

「フフッ……さすがは私の見込んだ男だ。女の扱いを心得ている」
「女性に武器を贈る方も、受け取って喜ぶ方もどうかと思いますが……」

 女性への贈り物として大剣はどうなのだろうと、アルティナが疑問を呈するのも無理はない。
 しかし、ヒイロカネで造られた大剣。しかも、ラウラが驚くほどの名工が鍛えた武器だ。
 オーレリアが喜ばないはずがなかった。

「このようなものを貰ってしまっては、期待に応えるしかないな」
「猟兵らしく、ですか?」
「フフッ、期待してくれていい」

 報酬には相応の働きを――
 嘗ては同じ陣営に身を置いた者同士。そして今は、同じ団長の下に集う仲間。
 猟兵の流儀に染まってきた自分たちの考え方を笑いながら、二人は共に戦場へと向かうのだった。



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