「リィン!」

 フィーの呼び掛けに応えるかのように、燃え盛る炎の中から黒衣を纏った一人の男が現れる。
 太陽のエンブレムが刺繍された黒いジャケット。
 灰色の髪に黄金の瞳。腰に携えた〝一本〟のブレードライフル。
 目や髪の色が違うからと言って、フィーがリィンのことを見間違えるはずがないのだが、

「……リィンだよね?」

 困惑を隠せない様子で、フィーはリィンと思しき人物に確認を取るように尋ねる。
 身に纏う雰囲気と言うか、気配がフィーの知っているリィンとは随分と異なっていたからだ。
 例えるなら大樹の巫女に覚醒したクイナや、デミウルゴスのノルンに近い気配と言うべきか?
 以前のリィンは強大な力を有していても、まだ〝人間らしさ〟を随分と残していた。
 しかし今のリィンは人と言うよりも幻獣や神に近い――人とは異なる異質な気配を自然と纏っていた。
 一番付き合いの長いフィーだからこそ、リィンの変化に戸惑いを覚えたのだろう。

「半日会ってないだけで、十年以上苦楽を共にした〝お兄ちゃん〟の顔を忘れるなんてないだろ?」

 養父譲りの冗談を交えた飄々とした回答に、リィンで間違いないと確信するフィー。
 血は繋がっていないと言っても、リィンはルトガーによく似ている。
 特に最近は若い頃のルトガーにそっくりだと、フィーは思っていた。
 どうしてフィーが若い頃のルトガーを知っているかと言うと、西風時代の〝姉貴分〟からルトガーの昔話をよく聞かされていたからだ。
 ちなみに女癖の悪さも養父譲りだと思っていた。
 実際その姉貴分もルトガーの〝恋人〟の一人だったからだ。

「ん……リィンだ。あと半日じゃなくて、もうあれから一ヶ月近く経過してるから」
「……は?」

 フィーから半日ではなく一ヶ月近くが経過していると聞かされ、目を丸くするリィン。
 厳密に時間を計っていた訳ではないとはいえ、リィンの感覚では半日ほどしか時間が経過していなかったからだ。
 しかし、すぐに異世界から帰還した影響だと悟る。ここまでの時差ではないが、以前にも同じようなことがあったからだ。
 とはいえ――

「まさか、一ヶ月以上も時差が生じるとは……」

 さすがに想定外だと、リィンは苦い顔を浮かべる。
 もしかするとこれも計算に入れた上で、カンパネルラの策に嵌まったのかもしれないと考えたからだ。

『恐らくは因果の流入が起きる前に相対する世界が滅びたためだろう』

 リィンの影からアルグレスが顔をだし、主の疑問に答える。
 こちらの世界とセイレン島で時差がほとんどないのは、リィンを基点に因果の流入が起きたことで本来異なる二つの世界の時の流れが固定されたためだとアルグレスは説明する。
 今回は滞在する時間が短かったこと。
 そして、時の流れが固定される前に転位した先の世界が滅びてしまったことが、一ヶ月という時差を生んだのだと。

『まだ一ヶ月程度で済んでよかったと思うべきだろうな。下手をすれば一年……いや、十年以上の時差が生まれていてもおかしくはなかった』
「マジか……」

 一ヶ月の時差でも運が良かった方だと聞かされ、リィンは表情を曇らせる。
 異世界から帰ってきたら世界が滅びていたなど、さすがに洒落になっていない。
 エイドスの足跡を追うには必要なこととはいえ、今後は更に注意深く行動する必要があると思い知らされたからだ。

「リィン……後ろの幻獣って、もしかして……」
「ああ、ツァイトと同じ聖獣のアルグレスだ。巨イナル一を呪いごと取り込んだ時に霊的なパスが繋がったみたいでな」

 いまは俺の眷属になっていると話すリィンに、呆れた表情を浮かべるフィー。
 予想していた展開とはいえ、リィンの非常識さを再認識させられたためだ。
 しかし、フィーの驚きはそれだけで終わらなかった。

「一ヶ月も経ってたのは想定外だったが、なかなか面白い展開になってるみてぇじゃねえか」

 リィンの後を追うように、炎の中からマクバーンが現れたからだ。
 あのアリアンロードとも並び立つ強さを持つ結社最強の執行者の登場に、フィーが思わず身構えてしまうのは無理もない。
 武器を手に警戒を顕わにするフィーを見て、やれやれと言った様子で頭を掻くマクバーン。
 面倒臭そうにしてはいても、警戒されている原因は自分にあると自覚しているのだろう。

「フィー、大丈夫だ。マクバーンは〝敵〟じゃない」
「……敵じゃない?」
「味方とも言えないがな」

 一体なにがあったのかと訝しむも、リィンがそう言うならと矛を収めるフィー。
 マクバーンに争う意思がないことは、リィンの言葉を否定せず大人しくしている様子からも察せられるからだ。

「もしかして、リィンに喧嘩を売って負けた?」
「うっせぇ! 次にやったら負けねえよ」
「負け惜しみはみっともないよ」

 やっぱりと、マクバーンの態度から何があったかを察するフィー。
 マクバーンは間違いなく最強クラスの強者だが、それでもリィンに勝てるとは思えなかったからだ。
 マクバーンがアリアンロードに師事して剣を学んだとしても、リィンには戦場で鍛え抜いた経験と技術がある。
 仮にマクバーンが天才的な才能を有していようと、十年に及ぶ経験の差を僅か数ヶ月で埋められるはずもないからだ。
 それに――

(異能抜きでもリィンの実力は、たぶんゼノやレオニダスを超えている)

 嘗てのバルデルやルトガー。それにシャーリィの父親であるシグムントと言った最強クラスの猟兵には及ばないまでも、西風の部隊長クラスの実力は既に有していると、フィーはリィンの実力を見立てていた。
 実際フィーも今ならゼノやレオニダスに負けない自信がある。
 それだけの実力を持っていて、更に異能で何倍にも戦闘力を底上げすることが出来るのだ。
 しかも、それでもリィンは満足せず、力の研鑽を怠っていない。
 マクバーンが本気で鍛練に打ち込んだとしても、追い付くのは難しいだろうとフィーは考えていた。
 確信を持ってそう言えるのは、フィー自身にも言えることだからだ。

「あ……そんなことよりもリィン。ラウラと〈光の剣匠〉が……」
「わかってる。しかし、これは……」

 地面に横たわるヴィクターとラウラの状態を確認して、リィンは険しい表情を見せる。
 咄嗟に炎の障壁を張ったとはいえ、二人が危険な状態であることは分かっていた。
 気配が薄く、二人の身体からは生命力がほとんど感じ取れなかったからだ。

『くそッ! なんなんだ! お前は――』
「邪魔だ」

 銃口をリィンたちに向け、もう一度メルギアがライフルの引き金を引こうとした、その時だった。
 リィンが一言呟くと足下から炎が噴き出し、メルギアを業火に包み込んでしまったのは――

『うわあああああああッ!』

 ライフルの銃身が熱で溶け、メルギアのパイロットの悲痛な声が戦場に響く。
 鉄をも溶かす炎を受ければ、機体は無事でも中の操縦者は無傷ではいられない。
 熱した釜の中に放り込まれたようなものだからだ。

「……やったの?」
「手加減はした。殺さずに連れて帰るのが、カエラとの約束だしな」

 実のところリィンはメルギアのパイロットの正体を把握していた。
 カエラ・マクミランの弟、コーディ・マクラミンであると――
 以前、一度まみえた時に記憶した気配とよく似ていたからだ。
 巨イナル一を取り込み感覚が鋭くなった今なら、機体越しであろうと人物を特定することは難しくはない。
 感応力に優れている魔女のエマや、エイオンシステムを使いこなすティオでも似たようなことは出来るだろう。

「なんか前よりも人間離れしてない?」
「自覚はある。それよりも……」

 フィーのツッコミを肯定しながらも、ラウラとヴィクターの容態を確認して「手後れだ」とリィンは口にする。
 薄々とフィーも気付いていたのだろう。既に二人の命は尽きかけていると――
 特にヴィクターの方は、傍から見ても手の施しようがないほどだ。
 恐らくはラウラをかばって、身体に無数の銃弾を受けたのだろう。
 それでも――

「リィンなら助けられるんじゃない?」

 普通なら無理でもリィンなら、二人を助けられるのではないかとフィーは考えていた。
 実際、アリアンロードやバレスタイン大佐のように死んで生き返った者もいるのだ。
 イオやキャプテン・リードを救ったリィンならもしかしてと、フィーが考えるのも無理はなかった。

「うん、リィンなら出来ると思うよ。というか、それしか手はないかな?」

 そんなフィーの考えを肯定するかのように、ツァイトの背に跨がったノルンが姿を見せる。
 リィンの帰還を察知して、自分の元へ報せにきたツァイトと共に転位してきたのだろう。

「〝眷属〟にしろってことか……」

 フィーとノルンが何を望んでいるのかを察して、リィンは口にする。
 眷属化――盟約によって魂を縛り、隷属させる呪法だ。
 仮に死んでいたとしても、魂さえ無事なら隷属させることは出来る。
 それはイオやキャプテン・リードの例から見ても明らかであった。
 確かにラウラとヴィクターを助ける方法があるとすれば、それしか手はないだろう。
 しかし、

「それは人間を辞めるってことだ」

 本人たちがそれを望んでいるとは限らないとリィンは話す。
 特にラウラは父から受け継いだ武人としての誇りを重んじてか、人として強くなることに拘りを持っていた節がある。
 だとすれば、同じことはヴィクターにも言えるだろう。
 命を助けられる方法があっても、本人たちの望まない結果を辿るのであれば意味はない。
 なら、いっそのことこのまま死なせてやるのも本人のためだとリィンは考えたのだろう。
 リィンの言わんとしていることは、フィーにも理解できた。
 実際、戦場で命を落とすことは珍しいことではない。こうしている今も味方に少なくない被害がでているはずだ。
 その全員を救うのかと言えば、リィンは絶対にそんな真似はしないだろう。

 そもそも眷属化を促す呪法は、誰でも助けられると言うほど便利な術でもない。
 契約者から流れ込む力を受け止められるだけの器を持っていなければ、術に耐えきれずに魂は消滅することになる。
 少なくとも今のリィンと契約するのであれば、高位の幻獣に匹敵する魂の器が必要と言うことでもあった。
 ヴィクターはともかく、ラウラで助かる可能性は五分と言ったところだろう。
 魂が消滅すると言うことは、二度と生まれ変わることも出来なくなると言うことだ。
 完全な死を意味する。本人の同意なしに試していい術でないことは間違いなかった。

「本人の確認が取れればいいってこと? なら簡単だよ」
「……どうする気だ?」
「私が二人の意識に潜り込んで契約する意思があるのかを聞いてくるから、契約する意思があるのならそのまま契約しちゃえばいいんだよ」

 確かにその方法なら二人の意思を無視せず、助けることが出来る。
 しかし、ここは戦場だ。まだ戦いが続いている中で実行するには余りにリスクが大きい。
 それに他人の意識に潜るのは、本来は禁忌とされるほどに危険な術であるとリィンは知っていた。
 ノルンなら大丈夫だと思うが、それでもリスクを負わせることに変わりはない。

「いや、これは俺が負うべき〝責任〟だ」

 そう考えたリィンは、いまにも命が尽きかけているヴィクターとラウラに右手をかざし――

「リィン――まさか!」

 フィーの制止を無視して、黄金の炎を放つのだった。


   ◆


「この気配……ようやく〝あの男〟の息子が戻ったようだな」

 幻想機動要塞の最奥で玉座に腰掛け、床一面に投影された映像から地上の様子を観察する一人の男の姿があった。
 金色の髪に赤い瞳。どことなく〝アルフィン〟に似た風貌をした男。

「我が主よ。どうなされますか?」
「知れたこと」

 恭しく頭下げるアルベリヒに、男は愉悦に満ちた笑みを向ける。
 この時を〝二百五十年〟もの間、待ち続けていたからだ。
 そう、男の正体は既にこの世を去ったはずの人物。

「ドライケルスがこの世を去ったのなら、息子に責任を取ってもらうまでのこと」

 偽帝の名で後世に語り継がれし、獅子戦役を引き起こした元凶。
 現世の名は――

「御意。すべては御心のままに」

 セドリック・ライゼ・アルノール。
 地精の主である〈黒の騎神〉の起動者にして、偽帝オルトロスの生まれ変わりであった。




あとがき

 原作の小物っぷりを見た時に、セドリックとオルトロスが頭の中で結び付いた人は少なくないはず!(え)
 どうしてそうなったかは物語の中で明かされることなので、ここでは割愛します。



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