兵器の開発には、三つの段階がある。
 発明と設計、そして開発。リィンがアリサのことを〝応用の天才〟と呼んだのは、この――設計と開発に長けているところにあった。
 発明に関してはティオやティータのような才能はないが、既存の技術を発展させ応用することに関しては、天才的な才能をアリサは有していた。

「ヴァルキリーだと……? なんだ、それは……」

 驚きに目を瞠りながら、アルベリヒは困惑の声を漏らす。
 アルベリヒの〈ゾア=バロール〉に対抗するため、アリサが〈ユグドラシル〉の空間倉庫(インベトリ)から呼び出したのは女性の姿を摸した騎士人形であった。
 どこかアリアンロードを彷彿とさせる鎧と兜を身に付け、背には機械仕掛けの二枚の翼を有している。
 結社の人形兵器とも、地精の作った傀儡とも違う。
 だからと言って、ZCFやエプスタイン財団が共同で開発・研究を行っているオーバルギアとも異なる設計。
 どことなく機甲兵を小型化したかのようにも見えるが、女性型と言うことはOZシリーズの流れを汲んでいるようにも見える。

「あなたたちが〝傀儡(くぐつ)〟と呼ぶ人形兵器の一種よ。私は〝アンドロイド〟と呼んでいるけど」

 これまでに培った技術と知識を集約して、アリサが独自に開発を進めていた人形兵器。
 それが、この〝戦乙女〟の姿を摸した機械仕掛けの人形の正体であった。
 ユグドラシルの開発を進める以前から、構想自体はあったのだ。

「開発コード・ヴァルキリー。言ってみれば、これが一つの到達点。白兵戦に特化した人形兵器の最終型」

 レンの〈アルター・エゴ〉やアルティナのフラガラッハも、コンセプトの違いはあれど仕組みは同じだ。
 感応力を用いて兵器と同調することで、自身の半身のように人形兵器を動かす技術。
 この技術は思考をトレースし、自身の動きを機体に反映する機甲兵の操縦にも用いられている。
 そして騎神にも――いや、騎神に搭載された起動者との契約システムこそが、この技術の前身とも言えるだろう。
 レンだけでなくベルの協力も得て、アリサは以前からリィンにも内緒で、この技術を用いた兵器の開発を進めていた。
 実のところ〈ユグドラシル〉の開発も、このヴァルキリーを完成させるために必要なステップの一つに過ぎなかったのだ。
 そして、回収した神機の残骸や〈黒の工房〉で得たデータから開発は大きく前進した。
 そうして生まれたのが――

「――スクルド。それが、この子の名前よ」


  ◆


 同じ頃、アリサたちのいる広間と対角線上にある尖塔では、一つの死闘が決着を迎えようとしていた。
 ランディことランドルフ・オルランドと、彼の父親にして〝闘神〟の異名を持つ大陸最強クラスの猟兵。
 バルデル・オルランドによる死闘の決着が――

「もっとだ、もっと見せてみろ! ランドルフ! お前の底を――」

 全身から血を流し、傷を負いながらも嬉々とした表情を見せるバルデル。
 だが、満身創痍なのはランディも同じであった。
 優れた一握りの猟兵のみが使えるとされる戦闘技術ウォークライは強力な反面、身体への反動も大きい。
 ましてやランディは自らの命まで燃やして、限界以上の力を引き出していた。
 そのお陰でバルデルと互角に渡り合えているとはいえ、本当なら立っていることすら困難なほどランディの身体は限界を迎えていた。
 これ以上、戦闘を続ければ本当に命を失いかねない。
 しかし――

「お望みどおり、これで終いにしてやるよ!」

 ランディは命を燃やし、更に闘気を練り上げる。
 後先を一切考えない猟兵らしからぬ行動。
 本来なら撤退も視野に入れるべきところだが、この戦いだけは背を向ける訳にはいかなかった。
 逃げだした過去の弱い自分と決別し、仲間を守れる強さを手に入れるために――

「俺は今日ここで――アンタを超える!」

 バルデルを倒し、闘神の名を継ぐ必要があった。
 例えそれをロイドたちがが望んでいなくとも、ランディ自身が今のままでは自分を赦すことが出来なかったからだ。
 失敗から学んだことは、大切なものを守るためには〝力〟が必要と言うことだ。
 だが、ランディはその〝力〟を自らの意思で一度手放した。
 その結果、クロスベルの解放作戦は失敗に終わり、仲間たちの命も危険に晒してしまった。
 もう、あんな後悔は二度としたくない。
 そんな想いを抱く中、目に留まったのがリィン・クラウゼルという男だった。

 ロイドが自らの正義を信じて警察の門を叩き、エリィが生まれ育った街を守るために祖父と同じ政治家の道を志したように、人にはそれぞれの道がある。
 そしてランディもまた、自分にしか出来ないこと。
 目指すべき目標を見つけ、この戦いに臨んでいた。

 バルデルの生涯のライバルにして、引き分けた最強の猟兵ルトガー・クラウゼル。
 その息子にして自身と同じような境遇にありながら、リィンの在り方はランディと大きく異なっていた。
 世界中を敵に回すことになっても、多くの人間に恨まれ、恐れられることになっても――
 最強へと至ったリィンの生き方にランディは自身を重ね合わせ、もう一度やり直す決意を固めたのだ。
 どんな理不尽もはね除けられる強さを身に付けるため、二度と後悔しないために――

「ベルゼルガー!」

 ランディが名を呼ぶと、まるで意思があるかのように武器から異音が響き、刀身が伸びると同時に赤い光を放つ。
 そして防御を捨て、完全に捨て身となったランディはバルデルとの距離を一気に詰める。
 もはや、何度も攻撃を放てるほどの余力はランディには残っていない。
 だが、それはバルデルも同じ。
 ランディの考えを察したバルデルもまた、残された力のすべてを武器に込め、迎え撃つ。

『うおおおおおおおッ!』

 まるで競り合うように互いの声と身に纏う闘気が空気を震わせ、建物を振動させる。
 極限まで練り上げられた闘気が二人の間で渦を巻き、黒い竜巻と化す。
 周囲のものを巻き込みながら互いに距離を詰める二人。
 同時に放たれる斬撃。
 漆黒の闘気を斬り裂くように、白い閃光が迸り――

 崩壊していく建物を、オルランドの血で染め上げるのであった。


  ◆


「ん……」

 何かに気付いた様子で、虚空を見上げるシグムント。
 じっと何もない空間を見詰めるシグムントの様子を不審に思い、ガレスは声を掛ける。

「どうかしましたか? 敵の気配は感じませんが……」
「いや、なんでもない。気にするな」

 首を傾げながらも、これ以上聞いても答えてくれることはないだろうとシグムントの答えにガレスは納得する。
 それにシグムントの反応から言って、大凡の見当は付く。
 彼が戦闘以外で興味を持つことと言えば限られるからだ。
 なかでも今、彼が一番気にしているのはランディとバルデルの決着のはずだ。
 だが――

(そろそろ決着の付く頃か。若……)

 ガレスの読みではランディがバルデルに勝利できる確率は、奥の手を使ったとしても二割に満たないと考えていた。
 それでも一対一の戦いに拘ったのは、闘神の名を継ぐには必要な儀式だからだ。
 バルデルが甦ったりしなければ、その役目をシグムントが担うつもりであったこともガレスは知っていた。
 赤い星座にとって――いや、オルランドの血を引く彼等にとって、この戦いはそれほど重要な意味を持つと言うことだ。

「それよりも外が騒がしくなってきたようだ」
「ザックスたちが〝あの程度〟の相手に後れを取るとは思えませんが……」

 ニーズヘッグの猟兵たちはそこそこ腕は立つが、それでも個々の実力は中堅程度でしかない。
 猟兵団の中でもトップクラスの実力を有する〈赤い星座〉の猟兵に、正面から戦って敵うはずもなかった。
 となれば、シャーリィたちが追い付いてきたのかもしれないとガレスは考える。
 いまのシャーリィの実力は未知数だが、少なくともシグムントに迫る力を付けているとガレスは予想していた。
 幾らザックスたちが強いと言っても、そんなシャーリィが率いる〈暁の旅団〉の精鋭と戦えば、苦戦は免れないだろう。

「なら、お嬢が追い付いてくる前に〝用事〟をさっさと済ませましょう」

 そう言ってガレスは血だまりの中、床に伏せるセドリックの遺体に近付き、何かを探すように衣服を漁り始める。
 そして――

「あった。情報通りです」

 セドリックがマントに忍ばせていた〝鏡〟を、シグムントにも見えるように手に取った。
 不思議なカタチをした紫色の手鏡。どこか異様な雰囲気を纏っていることが見て取れる。
 これがアーティファクトの一種であることは、専門家ではないガレスにも察せられた。

「これが〝連中〟の言っていた〝鍵〟で間違いなさそうですね」
「余計な詮索はするな。俺たちは、あくまで依頼された仕事を全うするだけだ」

 シグムントの言葉にガレスも納得した様子で頷く。
 気にならないと言えば嘘になるが、猟兵にとって重要なのは依頼に見合った報酬を得られるかどうかだ。
 そして今回の依頼主は帝国政府と比べても、金払いの良い上客と言っていい。
 しかもシグムントたちの事情を察して、依頼のついでであれば他のことは黙認してくれるという気前の良さだ。
 なら、自分たちがそれを気にしたところで意味はないとシグムントは考えていた。

「――! ガレスすぐにそこを離れろ!」

 何かを察し、声を上げるシグムント。
 だが――

「が、はッ……」

 一歩間に合わず、ガレスは苦痛に表情を歪めながらセドリックの遺体から距離を取る。
 咄嗟に身体を捻ることで心の臓を狙った一撃を回避したものの、脇腹をかすめたのだろう。

「ガレス、大丈夫か?」
「ええ、なんとか……」

 シグムントに心配をかけまいと強がってはいるが、ポタポタと床に滴り落ちる血の量が傷の深さを物語っていた。
 ガレスだけの責任ではない。油断をしていたと、険しい表情でシグムントは自分を戒める。
 ランディのことが気になっていたのは確かだが、僅かな気の緩みも戦場では命取りとなる。
 それを知っていながら注意を逸らし、油断した自分たちの甘さが招いた結果だと恥じる。
 とはいえ、

「まずは目の前の〝脅威〟に対象するのが先か」

 油断していたとはいえ、ガレスに傷を負わせた相手にシグムントは意識を集中する。
 彼の視線の先には、ガレスの狙撃によって胸を撃たれ、命を落としたはずのセドリックが立っていた。
 右手に握られた剣からは、ガレスのものと思しき血が滴り落ちている。
 しかし、

「ガレス」
「……ええ、生きているはずがありません。確実に心の臓を破壊したはずだ」

 ガレスの銃弾は間違いなくセドリックの心臓を貫いたはずだ。
 心臓を破壊されて生きている人間など、この世に存在するはずがない。
 仮にそんなものがいるとすれば――

「不死者と言う奴か」

 情報にあった起動者の情報がシグムントの頭を過る。
 バルデルだけでなく、槍の聖女やバレスタイン大佐と言ったように死んだはずの人間が甦ったという話は彼等の耳にも届いていた。
 その復活に騎神が関与しているということも、あくまで憶測ではあるが推察していたのだ。
 だが、セドリックは不死者ではなく、生きた人間であったはずだ。
 そこから考えられることは一つ――

「死んで甦ったと言う訳か」
「ご明察です」

 シグムントの呟きに、セドリックはどこか嬉しそうに答える。

「あなた達には感謝しないといけませんね」
「……どう言う意味だ?」

 意味不明なことを口にするセドリックに、シグムントは怪訝な表情を向ける。
 自分を殺した相手を恨みこそすれ、感謝する人間など普通はいないからだ。
 まあ、それを言ったら死んで甦るような人間も普通はいないのだが――
 そう言う意味でセドリックは、既に常識の埒外にある存在と言って間違いではなかった。

「もう一人の僕を殺してくれたお陰で、ようやく〝自分〟を取り戻すことが出来た」
「……質問を変えよう。お前は〝何者〟だ?」

 明らかに生前と身に纏う雰囲気が違う。それに全身から感じ取れる力の気配も強くなっている。
 先程までのセドリックはオルトロスの記憶に呑まれ、人格さえも影響を受けていた。
 そのため、どこか情緒不安定で――つけ込む隙も多かったのだ。
 だが今のセドリックからは、そうした心の揺らぎが感じられない。
 シグムントの目から見て、目の前の人物が先程まで戦っていた相手と同一人物には思えなかった。
 そんなシグムントの疑問を察してか?

「エレボニア帝国、第八十八代皇帝――セドリック・ライゼ・アルノール」

 ――それが僕の名前ですよ。
 と、セドリックは晴れやかな笑みを浮かべながら答えるのであった。



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