――〈七の至宝(セプト=テリオン)〉。
 それは、空の女神エイドスが人に授けた神の奇跡。
 炎、水、土、風の四属性に加え、幻、空、時の高位属性に対応した七つの至宝が存在するとされており――
 女神より至宝を授けられし人々は、現代よりも遥かに高度な文明を築いていたと言う。
 しかし、千二百年前の『大崩壊』によって古代ゼムリア文明は崩壊し、至宝も歴史から姿を消した。
 いまやその存在を覚えている人々も少なく、伝説や御伽話と言った真偽の定かではない伝承が僅かに残されている程度だ。

 だが、至宝は実在する。
 三年前、リベールの異変と呼ばれる事件で王国の上空に突如現れた浮遊都市。
 その都市を支える力の源となっていたのが〈輝く環(オーリーオール)〉とも呼ばれている〝空の至宝〟だ。
 そして一年前、クロスベルに現れた〝大樹〟にも至宝の存在が深く関係していた。
 七の至宝の一つを女神より授けられし錬金術師の一族、クロイス家が一族の悲願として復活を試みたもの。
 それが〈幻の至宝〉であり、後に〈碧き零の計画〉と呼ばれる計画で生み出された〈零の至宝〉であった。
 そして、

「地精と魔女によって封印され、イシュメルガが神へと至るために追い求めた究極の力」

 それこそが、巨イナル一とも呼ばれる〈鋼の至宝〉であるとエマは語る。
 零の至宝が〝幻〟だけでなく高位三属性の力を兼ね備えているように、鋼の至宝も異なる二つの至宝の力を宿している。
 魔女の祖先が女神より授けられたとされる焔の至宝。そして、地精が女神より授けられた大地の至宝。
 この二つの至宝が衝突し、融合したものが〈鋼の至宝〉の正体だ。

 高位三属性の力を兼ね備えた〈零の至宝〉の方が強力に思えるが、実際のところはそう単純な話ではない。
 あくまで〈零の至宝〉は〈幻の至宝〉がベースとなっており、そこに〝空〟と〝時〟の力を上乗せしたに過ぎない。
 一方で〈鋼の至宝〉は二つの至宝が奇跡的なバランスで融合し、無限に自己相克を繰り返すことで女神の想像すら超える〝進化〟を遂げていた。
 零の至宝が人の手によって計画的に生み出されたものなら、偶然が生み出した奇跡の産物。それが〈鋼の至宝〉なのだ。
 単純な力の強さで言うのであれば、恐らくは〈鋼の至宝〉の方が上だろう。
 しかし〈零の至宝〉がある程度は制御可能であったのに対して、鋼の至宝は不安定で人の手に余る力であった。
 だからこそ、魔女と地精の祖先は〈鋼の至宝〉を異なる次元に封じ、現実世界への影響を最小限に食い止めるため、漏れ出る力の受け皿として騎神を創造したのだ。
 鋼の至宝が不安定なのは、やはり二つの至宝の衝突によって偶然生まれたことが理由の一つにあるだろう。
 それと、もう一つ。この二つの至宝は、いまも人々の願いによって内なる世界で争い続けていた。
 力が拮抗しているが故に決着がつかず、呪いというカタチで次元を超えて外の世界にも影響を及ぼし続けている。
 だからこそ不安定で、人の願いを叶える〝奇跡〟としての〝権能〟が機能しなくなっていたのだ。
 しかし、

「リィンさんが呪いごと至宝の力を取り込んだことで、自己相克を繰り返していた焔と大地の力の均衡が崩れたものと推察されます」
「……ってことは、すでに〈鋼の至宝〉は存在しないってことか?」
「正確にはリィンさんの力と混ざり合って、別の何かに〝変質〟しているのではないかと……」

 リィンが帰還し、ヴァリマールが目覚めた今も他の騎神への力の供給が止まっていた。
 そのことから〈鋼の至宝〉が更に変質を遂げ、リィンの中に宿る力の一部となっているのではないかとエマは推察を述べる。
 ベルが『アルス・マグナ』と呼ぶ力が、リィンの中には眠っている。
 大地神マイアやノルンの言葉を借りるなら、至宝を消滅させ、神を弑逆し得るほどの力だ。
 二つの至宝の均衡を崩し、その力を変質させてしまっても不思議な話ではない。

「ちょっと待て。力の供給が止まってる? じゃあ、イシュメルガは……」
「はい。イシュメルガも至宝とのリンクが切れているはずです。恐らく、味方であるはずの帝国軍を攻撃したのも……」

 力を補うために膨大な霊力を必要としたのではないかというのがエマの見解だった。
 騎神には自動修復機能があるが、大気中からマナを取り込み自然に霊力を回復できる量には限りがある。
 それだけでは存在を維持するだけで精一杯のはず。
 だからこそ、短時間で大量の霊力を得られる方法を選択したのだろう。
 儀式のために用意していた幻想機動要塞と塩の杭を用いることで、人間の魂魄を利用するという禁呪を――

「……クロウは大丈夫なのか?」

 イシュメルガがどうやって力を得ているのかはエマの説明で理解できる。
 しかしそうなると、他の騎神は消費したエネルギーを回復する手段がないと言うことになる。
 リィンがクロウとオルディーネの心配をするのは当然の流れであった。

「消滅する寸前だったわよ。だから、いまは婆様が一時的に力を供給しているわ」

 そんなリィンの疑問に答えたのは、エマではなくヴィータだった。
 二人の祖母にして魔女の長であるローゼリアの正体は、女神より使わされた聖獣の一体だ。
 正確には聖獣と同化した先代の長の使い魔であった存在なのだが、ローゼリアは記憶と共に聖獣の力も受け継いでいた。
 聖獣の力を持ち、魔女の知識を継承する彼女なら、騎神に力を供給することも確かに不可能ではないのだろう。
 しかし、

「言っておくけど長くは保たないわよ」

 無限に等しい力を持つ至宝と違い、聖獣の力には限界がある。
 オルディーネに力を供給しながら自身もゾア=ギルスティンと戦っているのだ。
 そう長くは保たないだろうと言うのが、ヴィータの見解だった。
 だからこそ、ヴァリマールの〝進化〟が必要なのだと話す。

「とはいえ、どうするつもりなんだ?」

 既に地精が用意した儀式は破綻している。
 計画の遂行は不可能と判断したからこそ、アルベリヒも計画のために用意した儀式をイシュメルガの回復に利用したのだろう。
 かと言って、

「儀式を行います。錬成の儀式を――」
「……どういうことだ? いまから〝七の相克〟を起こすつもりなのか?」

 こちらも彼等の儀式を利用するにしても、他の騎神を吸収している時間などない。
 エマの説明にリィンが疑問を持つのは当然のことだった。

「さっきエマが説明したでしょ? あなたが呪いと共に取り込んだ〈鋼の至宝〉は〝変質〟していると」

 だとすれば、魔女と地精が至宝に祈った〝願い〟も消失している可能性が高い。
 不安定だった力が安定し、呪いの影響が現実世界に及んでいないことからも、そのことが読み取れる。
 そして至宝とは、女神が人に授けた奇跡だ。本来の力は、人の願いを叶えることにある。

「私と姉さんがサポートします。ですから、リィンさんは〝祈って〟ください」

 自分の中の至宝に、自身が求める最強の姿を――
 ヴァリマールがリィンの期待に応えるために覚醒を繰り返してきたように、今度はリィンがヴァリマールのために祈る番だと。
 互いを想い、求める心が進化を促す。
 それが騎神と起動者の関係であり、進化に繋がるのだとエマは語るのであった。


  ◆


「生まれ変わったようだ。これが、兄上の力か……」

 自身の力に驚いた様子を見せるラウラ。
 現在ラウラはヴィクターやノエルと共に、オルディスの近くに現れた〈塩の杭〉に潜入していた。
 明らかに死の淵から甦る前よりも感覚が研ぎ澄まされ、身体能力が大幅に向上しているのだ。
 ラウラがリィンの力の影響だと思うのは無理もないことだった。
 しかし、

「それはラウラ自身の力だよ」

 そんなラウラの言葉をノルンは否定する。
 いまのラウラとヴィクターは、どちらかと言えばアリアンロードに近い存在となっていた。
 だが、誰でも不死者になれる訳ではない。最悪の場合は意思を持たないグールと化していた可能性もあるのだ。
 ラウラがリィンの力だと感じているものは、本来ラウラのなかに眠っていた力だとノルンは説明する。

「神の奇跡も万能じゃない。〝私たち〟に出来ることは〝切っ掛け〟を与えることだけ。望む未来を手繰り寄せられるかは、その人次第だから……」

 嘗てキーアは至宝の力を使って、シズクの目を見えるように治療したことがある。
 しかし、彼女がしたことは〝シズクの目が見えるようになる〟という未来を手繰り寄せる手伝いをしただけに過ぎない。
 幾つも枝分かれする可能性の中から、自身が望む未来を選び取れるかは結局のところ本人次第なのだ。
 諦めずに治療を続けた病院の人たちの努力と、シズク自身の想いの強さがなければ奇跡は起きなかっただろう。
 結局、神の奇跡と言っても、その程度の力なのだとノルンは話す。

「奇跡も万能ではないか。そう言われると納得の一言だが……」

 教会に聞かせられる話ではないな、とヴィクターは溜め息を漏らす。
 この世界の人々は、人間には到底為し得ない超常現象の類を〝女神の奇跡〟と呼んで自分たちを納得させている。
 空の女神こそ唯一の存在にして、この世界を創造した創造主であると誰もが信じているのだ。
 だがノルンの言葉を信じるのであれば、神は人々が思うような全知全能の存在ではないと言うことになる。
 恐らくは教会もそのことを知っているのだろう。それでも黙っているのは、それで世界の秩序が保たれているからだと推察できる。
 暁の旅団が教会に警戒される理由。それは騎神にあると思っていたが、大きな誤りであったことにヴィクターは気付いたのだ。
 彼等の存在が世界の秩序を狂わせ、女神の名に隠された世界の真実を暴き出すかもしれない。
 それを教会は最も強く警戒しているのだと――

「……父上?」
「問題ない。少し心を乱しただけだ。私もまだまだ未熟のようだな」

 教会が何を考えていようと、リィンが命の恩人であることに変わりは無い。
 恩には恩で報いる。それが、ヴィクターの導き出した答えだった。
 だからこそ、

「先を急ごう。この剣で、未来を切り開くために――」
「はい、父上」

 神の奇跡が万能ではないと言うのなら、未来は自分たちの手で切り開いていけばいい。
 女神が人々の前から去ったのは、それを望んでのことなのかもしれないとヴィクターは考える。
 人の持つ可能性が神の奇跡を超える日が、いつか訪れることを願って――


  ◆


(ヴァリマールのために〝祈る〟か)

 エマに言われて、はじめて気付いたことがリィンにはあった。
 相棒と言いながらも、本当に自分はヴァリマールのことを心から信じてやれていたのかと――
 いや、ヴァリマールだけじゃない。
 誰一人、心の底から自分以外の人間を信じていなかったのではないか、と。

(家族を守れる強さが欲しいと思った。親父みたいに強くなりたいと、がむしゃらに努力してきた。だけど……)

 フィーが進化の護人に選ばれた、あの時。
 人間を辞める覚悟を決めてまでフィーが強さを追い求めたのは、そんな心を見透かされていたのかもしれないとリィンは考える。
 守られるだけでなく、家族として対等な存在でありたい。それが、フィーの願いであったからだ。

(親父みたいに強くなれば、誰にも負けない力を手にすれば、皆を守れる。そう思っていた)

 でも、それではダメなのだと今更ながらにリィンは気付かされる。
 ゾア=ギルスティンに敵わなかったのは、ヴァリマールの所為ではない。
 共に戦わなければならなかったのに、リィンは騎神に乗りながらも自分の力だけで戦っていた。
 その結果、騎神が持つ本来の力を引き出せていなかったのだとすれば、それは起動者の責任だ。

「ヴァリマール。お前は俺のために必死に足掻いてくれてたんだよな?」

 エマに言われるまでそのことに気付けなかったのだから相棒失格だな、とリィンは苦笑する。

「こんな身勝手な俺だけど、まだ一緒に戦ってくれるか?」

 ヴァリマールが答えることはない。
 しかし、その意思は確かにリィンに伝わっていた。
 共に戦うために、ヴァリマールは〝進化〟を望んでいると――

「なら、共に戦おう。今度こそ、一緒に〝最強〟を目指そう」

 リィンはヴァリマールと共に思い描く。
 ――想い(ねがい)は力に変わる。
 光の届かない要塞の奥深くで、夜明けを告げる〝太陽(きぼう)〟の光が灯るのだった。



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