「アルグレオン……どうしてここに……」
「分かっていましたから」

 戸惑いの声を漏らすエマに、アリアンロードは傷を負いながらも答える。
 黒――イシュメルガは狡猾で、狙った獲物を絶対に逃さない執着心の塊のような存在だと、最初から知っていたと。
 二百五十年もの間、ドライケルスの転生者が現れるのをイシュメルガはずっと待ち続けていたのだ。
 アリアンロードも油断を突かれ、イシュメルガに行動の隙を与えてしまった過去があった。
 それが幼いリィンとその母親の命を奪い、ハーメルの悲劇へと繋がったのだ。
 だからこそ、アリアンロードは後悔を胸に抱き、同じ過ちを繰り返さないことを心に誓った。

「黒が、ずっと隙を窺っていることは分かっていました。恐らく、この〝タイミング〟を狙ってくるであろうことも……」

 リィンが行方不明となり、動かなくなったヴァリマールを見て、アリアンロードはすべてを察した。
 ヴァリマールがリィンの帰りを待つかのように眠りに付いた理由。
 そしてそれだけでは、ヴァリマールの望む〝進化〟には至らないと言うことにも気付いていたのだ。
 だからリィンの帰還を感じ取った時、二度と同じ過ちを繰り返さないために彼女は行動にでる決意をした。
 それがイシュメルガの企みを阻むことであり、そして――

「時間がありません。アルグレオンを〝吸収〟してください」

 銀の騎神を、灰の騎神に吸収させることだった。
 三十万を超える兵士の命が捧げられたことで、闘争の必要などないほどに〝場〟は既に整っている。
 いまなら〝七の相克〟を用いずとも、アルグレオンの力をヴァリマールに吸収させることは難しくないだろう。
 しかし、

「そんなことをすれば、あなたは――」

 アリアンロードは二百五十年前、緋の騎神に憑依した〈紅き終焉の魔王〉との戦いで一度命を落としている。
 いま彼女が生きているのは騎神の起動者となり、不死者に覚醒したからだ。
 アルグレオンがヴァリマールに吸収されれば、彼女は騎神の起動者ではいられなくなる。
 そうなれば不死者でもなくなり、アルグレオンと運命を共にすることになるだろう。
 エマが何を心配しているのか、理解できないアリアンロードではなかった。
 最初から彼女は、この戦いで命を落とす覚悟を決めていたからだ。

「二百五十年前、本当なら私はあの戦いで命を落としているはずでした」

 しかし老いることのない身体と永遠の命を与えられ、不死者として甦った。
 獅子戦役で命を落とした者の数は十や二十ではない。数千、いや数万の命が五年にも渡る内戦の中で失われたのだ。
 そして戦争を生き延びた人々も寿命には抗えず、老いてこの世を去って行った。
 ドライケルスもその一人だ。
 どうして自分だけが不死者として甦ったのかと、アリアンロードは苦悶したことがある。
 そして――

「どうして私だけが甦ったのか? その理由を探す旅にでた私は、ドライケルスの生まれ変わりが現れるのを待ちました」

 気の遠くなるような時間を一人で過ごし、彼女はドライケルスの生まれ変わりが現れるのを待ち続けた。
 黒が――イシュメルガが〝彼〟の魂を狙っていることに気付いていたからだ。
 自分が不死者として甦ったのは、イシュメルガからドライケルスを守るためだとそう思っていた。
 いや、そう自身を納得させなければ、正気を保つことが出来なかったのだ。
 しかし、

「ですが、私は大きな過ちを犯してしまった。イシュメルガの狙いは分かっていたはずなのに、阻止することが出来なかった」

 あの悲劇が起きた。
 片時も目を離さなければリィンの母親は死なず、リィンも命を落とすような大怪我を負わなかったかもしれない。
 そしてリィンに父親を討たせるような真似をしてしまったのも、すべて自分の責任だとアリアンロードは後悔を抱いていた。

「贖罪のつもり?」

 そんなアリアンロードの考えを察した様子でヴィータは尋ねる。
 彼女が深い後悔の念を抱いていることは、その言葉の節々からも感じ取れたからだ。

「贖罪……そうなのかもしれません。ですが、それ以上に私は十分過ぎるほど生きました」

 人間の寿命では考えられないほど長い時間をアリアンロードは生きてきた。
 その十分の一の時間も生きていないエマやヴィータが自らの命を差し出そうとしているのを見て、黙って見ていることなど出来るはずもなかった。
 それに〝銀の騎神〟は〝黒〟を除けば、金と並び七体の騎神の中で最優とされる機体。
 しかもアルグレオンは他の騎神と違い、二百五十年もの間、蓄積されてきた経験を記憶している。
 起動者となってからの歳月がそのまま強さに直結する訳ではないが、それでも目覚めて数年の騎神よりは大きな力を宿している。
 起動者と共に成長を繰り返してきたアルグレオンを吸収すれば、エマやヴィータが犠牲にならずとも儀式を完成させることが出来るとアリアンロードは考えたのだろう。

「……時間がありません。早く、儀式の続きを……」

 アルグレオンの操縦席で血を流しながら、アリアンロードは二人に儀式の続きを促す。
 ヴァリマールを庇って受けた傷が思いのほか深く、アルグレオンの力も尽きようとしているのをアリアンロードは感じていた。
 不死と言えど、アリアンロードもアルグレオンが消滅すれば共に消えることになる。
 そうなる前に――

「エマ。彼女の言うとおりにしましょう」
「姉さん……分かりました」

 二人が覚悟を決めたのを察して、アリアンロードは笑みを漏らす。
 不死者として甦った理由を探し求め、放浪の旅にでて二百五十年。
 後悔しても後悔しきれない過ちを犯してしまったが、最後に〝希望〟を託せたことだけは彼女にとって救いだった。

(これでようやく……ドライケルス、あなたのもとへ……)

 もう、何も思い残すことはない。
 先にあの世に旅立った仲間たちと、最愛の人のもとへ――
 長き旅路が終わりを迎えようとしていた、その時だった。

 ――勝手に納得して、終わらせようとしてるんじゃねえよ!


  ◆


「この声は……」
「リィンさん!?」

 戸惑いと驚きの声を漏らすヴィータとエマ。
 無理もない。儀式を中断するかのように、突然リィンの声が響いたのだ。

『俺がいつ、アンタに力を寄越せと頼んだ? エマ、それにヴィータ。お前たちもだ。様子が変だと思っていたが、頼んでもいないのに勝手に死のうとするな』

 心の底から呆れた様子で、リィンは三人の行為を否定する。
 ヴァリマールに進化を促すためとはいえ、命を捧げろなどと頼んでもいないからだ。

「で、ですが――」
『ですが、じゃねえよ』

 エマの反論を、口にする前にリィンは閉ざす。
 どんな理由を並べようとも、彼女たちのしようとしたことを肯定するつもりはなかったからだ。
 いや、彼女たちのやろうとしたことを見て、我が身を省みたと言った方が正しいのかもしれない。

『まあ、俺も人のことは言えないが……』

 これまでリィンは、率先して人々の悪意を自身に向けようと行動してきた。
 恐れられ、嫌われるのが猟兵だからと言うのは理由にならない。
 リィンが悪役を演じてまで本当に守ろうとしたものは、団の家族でありフィーだからだ。
 自己犠牲と言う意味では、リィンがこれまでにしてきたことも彼女たちと大差ないと言えるだろう。
 しかし、

『さすがの俺も死ぬつもりはないぞ? フィーを泣かせたら、あの世で親父にドヤされそうだしな』

 敢えて悪意を自分に向けさせようとしたのは事実だが、リィンは死ぬつもりなど毛頭なかった。
 誰かのために自分が死ねば、その誰かを悲しませることになると分かっているからだ。
 安易に死を選んで、それで満足するのは自分だけでしかない。
 だから、どんな理不尽もはね除ける強さを求めて、リィンはこれまで足掻き続けてきた。

『死を覚悟するくらいなら、最後まで足掻け。さすがに諦めるのが早すぎるだろ』

 猟兵に求められるのは強さだけではない。
 最も大事なこと。それは最後まで諦めない意地汚さだと、リィンは養父から教わった。
 どんな大金を得たとしても、死んでしまえば元も子もないからだ。

『それに、お前等――俺と、俺の相棒を舐めてないか?』

 幾度の〝覚醒〟を繰り返し、ヴァリマールの力は〝騎神として〟の限界を迎えていたのは確かだ。
 だからこそ、エマとヴィータは魔女の秘術を用いることで、ヴァリマールの〝進化〟を促そうとしたのだろう。
 だが、それはリィンとヴァリマールの力だけでは壁を越えることが難しいと、二人が勝手に判断したに過ぎない。
 リィンからすれば、信じていると口では言いながら勝手に無理だと決めつけ、自己犠牲に走った二人に呆れ、怒っていた。
 それに――

『アリアンロード――いや、リアンヌ・サンドロット。お前も〝逃げる〟な』

 アリアンロードの言葉から後悔は伝わってくる。
 しかし過去ばかりを見ていて、彼女は未来を見ていない。
 そもそもの話、リィンの母親が死んだのはアリアンロードの所為ではなくイシュメルガの仕組んだことだ。
 ギリアスが彼女に家族を守ってくれと頼んだ訳でもない。彼女自身が勝手にやっていたことと言える。

『他人に生きる理由を求めて勝手に後悔をして、最後は〝身勝手〟に責任を押しつけて終わり? 聖女が聞いて呆れる』

 本人はそれで満足なのかもしれないが、リィンからすれば迷惑な話だった。
 そもそもの話、アリアンロードに頼まれずとも、イシュメルガは消すつもりでいる。
 アリアンロードやドライケルスなど関係なく、もはやこれはリィン自身が売られた〝喧嘩〟だからだ。
 そこに勝手な想いを託されても、余計な重荷でしかない。
 やるなら自分でやれというのが、リィンの考えだった。

「あの……リィンさん? そこまで言わなくても……」
「まあ、言っていることは間違っていないわよね」
「姉さんまで!?」

 アリアンロードに同情的な立場を見せるエマだったが、姉弟子の裏切りに困惑の声を上げる。
 しかし、

「確かに……あなたの言うとおりかもしれませんね」

 アリアンロードはどこか納得した様子で、リィンの言葉を受け入れていた。
 ひとりよがりだと言われれば、否定する言葉が思い浮かばなかったからだ。
 実際アリアンロードの都合など、リィンからすれば関係のない話だ。
 同じことはドライケルス――ギリアスにも言える。
 ギリアスが息子のリィンに何を託そうとしたのかは、ギリアス本人にしか分からない。
 しかしそれに応える義務も、彼の想いを背負って戦う理由もリィンにはないからだ。

「――! これは……」

 そんななか、自分の身に起きたことに驚きの声を漏らすアリアンロード。
 彼女が驚くのも無理はない。ヴァリマールを庇って受けた傷が、どう言う訳か自然と治り始めていたからだ。
 それどころか、機能を停止しかけていたアルグレオンに再び力が満ちていくのを感じる。
 巨イナル一からの力の供給は断たれていたはず。なら、これは――

『言ったはずだ。俺と相棒を舐めるな、と』

 リィンの――ヴァリマールの力だと、アリアンロードは理解する。
 アルグレオンの力を吸収するのではなく、自らの力を分け与える。
 この現象が意味することは、一つしかなかった。

「……ヴァリマールの眷属としたのですか? アルグレオンを……」

 ありえない、と思いつつもアルグレオンと自身に起きている現象をアリアンロードは冷静に分析する。
 アルグレオンを吸収するのではなく、ヴァリマールの眷属とすることで存在を繋ぎ止めたのだと――

「いえ、この霊力の流れは……」
「アルグレオンだけじゃないわね。〝黒〟を除く、すべての騎神に霊力が供給されている?」

 まるで〈ARCUS〉の戦術リンクのように――
 蒼、緋、紫、金、そして銀の〝五つ〟の光が、ヴァリマールと共鳴しているのをエマとヴィータは観測する。
 七の騎神――いや、黒を除く六体で、新たな騎神の枠組みを構築したのだと、そのことから推察できる。

「まさか、こんな方法で……」

 融合ではなく〝同調(リンク)〟することで、何倍にもヴァリマールの力が高められていくのをエマは感じ取る。
 これが、リィンとヴァリマールの考えた〝進化〟のカタチなのだと察するのは難しくなかった。

『吸収して数を減らすよりも、味方を増やした方が有利だろ?』

 猟兵らしい合理的な考えを口にするリィンに、エマ、ヴィータ、アリアンロードの三人は考えもしなかったという表情を見せる。
 確かに戦いは一部の例外を除けば、数の多い方が有利だ。
 そして一人で戦うよりも力を合わせ意識を同調させることで、互いの戦闘力が何倍にもなることは〈ARCUS〉が証明している。
 とはいえ、

「黒を除外したのは理解できるけど、どうして〝六体〟なの?」

 ヴィータがそんな疑問を口にするのは自然な流れであった。
 蒼、緋、金、銀の四体はリィンの言うように味方と呼んでも良いだろう。
 しかし〝黒〟を除外したのは理解できるとして、同じく地精の側についている〝紫〟を含めた理由が分からなかった。
 これでは敵も強化するようなものだからだ。

『心配しなくても、ゼクトールは〝もう〟敵じゃないさ。味方とも言えないがな』
「リィンさん? それって、どういう――」

 エマが理由を尋ねようとした、その時だった。
 建物全体が揺さぶられるかのような大きな揺れが起きたのは――

『アルグレオンに不意打ちを阻止されて、いよいよ最後の手にでたみたいだな』

 いままでのは様子見。
 まだ〝巨イナル一〟を諦めておらず、ヴァリマールを吸収するチャンスをギリギリまで窺っていたのだろう。
 だが一度不意打ちに失敗したからには、もう二度と同じ手が通用しないことはイシュメルガも理解しているはずだ。
 だからこそ、なりふりを構わず〝本気〟で動き出したのだと、リィンは察する。
 しかし、

『ここからは〝俺たち〟も本気だ』

 それは自分たちも同じだと――
 リィンはヴァリマールに同意を求めるかのように、好戦的な笑みを浮かべるのだった。



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