「アル、動けそう?」
レンの問いにアルター・エゴは瓦礫を押し退けて起き上がることで答えを返す。
言葉を口にしなくとも、レンにはアルの伝えたいことが理解できる。
そして、それはアルも同じであった。
パテル・マテルはレンにとって、父であり母のような存在だった。
そんなパテル・マテルの意志を継ぎ、生まれた存在であるアルとは姉妹のようなものだと言っていい。
レンとアルは二人で一つ。だからこそ、言葉にしなくとも互いの考えていることが分かる。
「まだ戦える? ダメだよ。これは〝団長さん〟の戦いなんだから」
だから、まだ戦えると戦闘の継続を主張するアルをレンは嗜める。
そんなつもりでアルの状態を確認した訳ではないからだ。
「もう保ちそうにないわね。完全に崩れる前に脱出するわよ」
どこか不満げな反応を見せながらも、レンの指示に従うアル。
そんな子供っぽいアルの態度に呆れながらも、レンはクスリと笑みを浮かべる。
子供っぽいのは当然だ。アルはまだ生まれてから日が浅い。
パテル・マテルの意志を継いでいると言っても、記憶まで継承している訳ではないからだ。
失われたメモリーは二度と復活しない。
不死者という例外はあるが、死んだ人間が生き返らないのと同じことだ。
「負けっぱなしは悔しいよね。だから強くなりましょう」
二人で強くなろうと、レンはアルに誓う。
失った記憶は二度と元に戻らないが、記憶と経験は積み重ねることは出来る。
まだまだアルには成長の余地がある。そして、それは自分にも言えるこだとレンは感じていた。
リィンとヴァリマールのように、これから誰にも負けないくらい強く成長すれば良いだけの話だと――
「団長さん、負けないでね」
だからリィンの勝利を願う。
少女が憧れ、恋したのは〝最強〟の猟兵なのだから――
◆
「どうした? その程度では剣聖の名が泣くぞ」
ゾア=ギルスティンと適度な距離を保ちながら、ライフルを放ち続けるヴァリマールの姿があった。
集束砲ほどの威力はないが、一発一発は戦車を破壊できるだけの破壊力を秘めている。
空間障壁を使えば容易に防げる攻撃だが、そうしない理由は察することが出来る。
ありとあらゆる攻撃を遮断する空間障壁は強力だが、明確な弱点も存在する。
障壁を展開している間は防御に徹することになり、動きが制限されると言う点だ。
スピードと技を駆使して相手の隙を突く八葉一刀流の技とは、相性の良い能力とは言えない。
それに――
(反撃のチャンスを窺ってやがるな)
敢えてゾア=ギルスティンが〝回避〟に専念しているのは、反撃の機会を窺っているからだとリィンは察する。
剣聖クラスの実力があれば、僅かな隙も見逃すことはないだろう。
だからこそ敢えて障壁を展開せずに、いつでも攻撃へ移れるように隙を窺っているのだと予想できる。
銃弾の飛び交う戦場で、剣一本で英雄と讃えられるほどの活躍を見せる化け物がいる世界だ。
同じことがオルタに出来ないと考えるのは甘い。
むしろ、隙を見せれば一瞬で間合いを詰められる可能性が高いと、リィンはオルタの実力を評価していた。
(さすがに、もう挑発には乗ってこないか。意識を一点に集中してやがるな)
それだけに戦いを有利に進めているように見えて、リィンの方も攻めあぐねていた。
挑発するようなセリフを口にしたのも、誘いに乗って来ないかと考えたためだ。
しかし、オルタは冷静だった。
リィンの挑発に耐えていると言うよりは、聞こえていないと言った方が正しいのかもしれない。
一瞬の隙も逃すまいと、目の前の敵を倒すことに意識を集中していると言うことだ。
ならば、と――
「今度は俺が誘いに乗ってやる」
敢えて隙を見せることで、リィンは敵の攻撃を誘う。
危険な行為ではあるが、攻めあぐねているのはリィンも同じ。
アルティナのことも考えると、この戦いを長引かせる訳にもいかない。
なら敵の攻撃を誘うことで、そこに勝利の糸口を得ようとリィンは考えたのだ。
オルタもそんなリィンの考えはお見通しだろう。それでも敢えて、リィンの誘いに乗る。
ヴァリマールがライフルを構え、エネルギーの収束に入ったのを確認するとゾア=ギルスティンも動きを見せる。
剣を正面に構え、景色に溶け込むかのようにゾア=ギルスティンの気配が薄れていく。
そして――
「全力の集束砲だ! 避けられるものなら避けてみやがれ!」
ライフルに集中したエネルギーをヴァリマールは一気に解放する。
ライフルより放たれた極光が崩れ落ちる要塞を太陽のように照らしだし、すべてを白く染め上げていく。
小さな島ほどある幻想機動要塞を呑み込むほどの巨大な集束砲だ。
リィンがこれまで放った集束砲の中でも、間違いなく最大の破壊力を誇っていると言っていい。
それに、これだけの規模を誇る攻撃だ。大きく横に避けたのでは反撃のチャンスを失うことになる。
避けられるものなら避けてみろと言うのは例えではなく、自信からくる言葉なのだろう。
「な――」
回避や防御をするのではなく集束砲の光に自ら飛び込んだゾア=ギルスティンにリィンは驚く。
いまのヴァリマールの力を確かめる上でも全力で放った集束砲だ。その威力にはリィンも絶対の自信がある。
地形を変えるほどの破壊力を持つ一撃に自分から飛び込むなど、自殺行為と言ってもよかった。
しかし、何かがおかしいと――
「まさか」
リィンがオルタの狙いに気付いた、その時だった。
ヴァリマールの放った光の中に〝影〟を捉えたのは――
白光の中に映る影。その正体はゾア=ギルスティンだった。
自殺行為などでなく、ダメージを覚悟の上で光の中に飛び込んだのだとリィンは理解する。
抜き放った斬撃で道を作ることで、ヴァリマールとの距離を最短で切り拓いたのだと――
さすがのリィンも防御や回避を捨てて、捨て身の攻撃にでるとは思っていなかったのだろう。
驚きながらもヴァリマールに肉薄するゾア=ギルスティンを迎え撃とうと、リィンはオーバーロードを発動しようとする。
しかし、
(――やはり、技の硬直を狙ってきたか)
リィンのオーバーロードは強力な技ではあるが、どんな技にでも隙はある。
次の行動へ移るまでの僅かな硬直。
ほんの一瞬のことではあるが、その僅かな隙を見逃すオルタではなかった。
『八葉一刀流、奥義――』
ゾア=ギルスティンの姿が蜃気楼のように揺らめき、リィンの視界から消える。
一瞬にして七つの技を繰りだす八葉の奥義――無仭剣。
リィン・シュヴァルツァーが剣聖へと至った究極奥義が、ヴァリマールに迫るのだった。
◆
崩れ落ちた瓦礫が地上へと落下し、ゆっくりと海沿いに進路を取りながら降下する幻想機動要塞の中心に〝二体〟の姿があった。
零の名を持つ騎神ゾア=ギルスティンと、暁の名を持つ騎神ヴァリマールの二体だ。
互いに背を向けて立つ二体の全身には、大小様々な傷が確認できる。
特に損傷が激しく見えるのは、ゾア=ギルスティンの方であった。
斬撃で道を作り、直撃は避けたと言ってもヴァリマールの放った集束砲の中へ飛び込んだのだ。
背に雄々しく広がっていた白銀の翼は原型を失い、装甲にも高熱に晒された痕跡が確認できる。
いまも燻るように全身から立ち上る白い煙が、ヴァリマールの放った集束砲の破壊力を物語っていた。
それに――
『片腕を持って行かれたか……』
右腕の肘から先を失い、ゾア=ギルスティンが装備していた虚無の剣も二体の中央に突き刺さっている。
何が起きたのか? それは当事者であるリィン・シュヴァルツァーが――オルタが一番よく分かっていた。
「化かし合いは〝俺たち〟の勝ちだったみたいだな」
そんなオルタの耳にリィンの声が届く。
化かし合い――そう、リィンは最初からオルタに奥義を打たせるのが狙いだった。
そのために距離を取って戦い、剣士ではなく自分は猟兵だとオルタの認識を欺いたのだ。
正確には〝剣での勝負〟では不利だと見せることで、近付けばオルタの勝ちという道筋を作ったと言うことだ。
技の硬直を最初に見せたのも、オルタの全身全霊の一撃を誘うためだったのだろう。
『俺の奥義にあわせて放たれた一撃は、間違いなくヴァンダールの太刀筋だった。どこで、あれを?』
「ヴァンダールの連中とは、いろいろと縁があってな。まあ、見よう見まねだが」
――嘘だと、オルタはリィンの嘘を見抜く。
確かに正当な手段で教わった技ではないのかもしれないが、リィンの放った一撃には研鑽の跡が見て取れた。
それにヴァンダールの剣に間違いないが、どこかラウラの太刀筋にも似ていたのだ。
例えるなら帝国の二大剣術、ヴァンダールとアルゼイドの技を掛け合わせたような――
『そうか……そう言えば、お前も〝あの人〟の血を引いているんだったな』
帝国正規軍で採用されている百式軍刀術。
ヴァンダールとアルゼイドの技から派生したより実戦に特化した流派。
あの人――ギリアス・オズボーンも百式軍刀術の達人であったことをオルタは思い出す。
そう言われれば、どこか最後に放ったリィンの一撃はギリアスの姿を重ねるものだった。
自分はユン老師と出会い八葉一刀流を学んだが、そういう未来もありえたのかとオルタの口から笑みが溢れる。
ギリアス・オズボーンの血を引いているなら〝剣の才能〟に恵まれていないはずがないからだ。
「俺の親父は〝ルトガー・クラウゼル〟ただ一人だ」
『……こっちの俺には、随分と嫌われることをしたみたいだな』
「お前は違うのか?」
『正直、分からない。憎しみを抱いたこともあったが、いまは……』
自分を捨てた父親を恨んでなどいないと言うことは、オルタの言葉からも察することが出来た。
恨んでいるかどうかと聞かれると、実のところリィンもギリアスのことを本心から嫌っている訳ではない。
父親として認めるつもりはなくとも、ギリアス・オズボーンの生き様は理解できなくもないからだ。
見習いたいとも思ってはいないのだが――
結局リィンにとってギリアスは血が繋がっているという以上の関係でも以下でもないのだろう。
『最後に、もう一つ尋ねたい。どうして動けたんだ? 最初のは演技だったのか?』
そこだけが腑に落ちないと言った様子で、オルタはリィンに尋ねる。
どんな達人であろうと、行動の隙は必ず生まれる。
人間である以上、同時に二つ以上の動作は出来ないからだ。
それにリィンの戦いは何度も見ているが、技の硬直が演技だとは思えなかった。
「最初に放った集束砲――あれは俺ではなくヴァリマールが撃ったものだ」
集束砲を放ったのが自分ではなくヴァリマールだと話すリィンの説明に驚きながらも、勝てないはずだとオルタは納得する。
ゾア=ギルスティンの起動者でありながらもオルタは八葉の技に拘り、自分一人の力でリィンに勝とうとしていた。
騎神と力を合わせて戦うという発想が、どうしても抱けなかったのだ。
理解していたはずなのに、嘗てはそうしていたはずなのに――
いつしか騎神を戦うための道具としか、見なくなっていたことにオルタは気付かされる。
「ヴァリマールが進化する前なら、こんなことは出来なかったがな」
以前であれば、ヴァリマールの力だけでは集束砲を放つことなど出来なかった。
ヴァリマールの成長がリィンに追い付いたからこそ、可能となったことだ。
騎神は起動者と共に成長する。その集大成がヴァリマールの放った集束砲であり、八葉の奥義を破る切っ掛けを作ったのだろう。
それに騎神と起動者で一度に二つの動作をすることで異能の硬直をなくすという発想は、確かに猟兵らしい。
使えるものはなんでも使う。その言葉どおりにリィンは行動し、勝利を手繰り寄せたと言う訳だ。
『そうか……お前は俺とは違うんだな』
オルタはリィンが自分とは違う存在なのだと認める。
自分には出来なかったことが、リィンなら成し遂げられるかもしれないと感じたからだ。
自分で成し遂げられなかったことが悔しくもあり、リィンと出会えたことが嬉しくもあった。
絶望と破滅に満ちた未来だけではなく、希望に溢れた世界があっても良いのではないかと思えたからだ。
だから――
『俺とお前は違う。だが、俺の持つ〝記憶〟と〝知識〟は必ずお前の役に立つはずだ』
リィンに自分が持つ〝すべて〟を委ねることをオルタは決める。
この世界を救うため、待ち受ける困難に立ち向かうためにも必要になると考えたからだ。
ゾア=ギルスティンから立ち上る霊力と思しき光が、ヴァリマールへと吸収されていく。
騎神の最期、相克による同化現象。
零の力は暁に継承され、リィンもまた〝もう一人の自分〟の最期を静かに見送るのだった。
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