翌朝――

「――その結果がこのニュースと言う訳?」
「いや、ちゃんと加減はしたんだぞ?」

 デアフリンガー号の食堂車で、リィンはアリサに説明を求められていた。
 無理もない。噴火による影響とラジオでは報道されているが、半径三百セルジュほどの森が焼失。
 今朝から周辺の区域は封鎖されていて、龍來と各地を結ぶ鉄道の運行にも影響がでていた。
 人里から離れた山奥での出来事だったこともあって、人的被害がでていないことが不幸中の幸いと言えるのだが――

「加減? これで?」
「いや、言いたいことは分かるが……」

 被害の規模を考えれば、自分の言葉が説得力のないことはリィンも理解していた。
 とはいえ、これほどの被害がでるとはリィンからしても想定外だったのだ。

(やっぱり、あの剣が原因だろうな……)

 根源たる虚無の剣――想念の剣とも呼んでいる概念武装。
 想定以上の破壊力がでてしまったのは、この剣が原因だとリィンは考えていた。
 ゼムリアストーンの武器と比べて錬金術の触媒として使用した時の効率が桁違いに優れているためだ。
 そのため、加減をしたつもりでもリィンが想定している以上の破壊力がでてしまった。
 更に言うのであれば、どれだけ力を注ぎ込んでも物質的な限界が存在しないため、際限なく破壊力を高めることが出来る。
 これまでのように全力で最大奥義を放とうものなら、大陸の地図を書き換えるほどの大災害が引き起こされても不思議ではない。
 思っていた以上に危険な武器であったと言う訳だ。

 とはいえ、リィン以外の者が使っても、これだけの破壊力を生み出すことは不可能だろう。
 剣自体に特別な能力が備わっている訳ではないからだ。
 重要なのは錬金術の触媒として優れていることと、リィンが〝全力〟で力を注ぎ込んでも壊れない武器であると言うこと。
 この二点がリィンにとって、理想の条件を満たしていると言うだけの話だった。

(まずは力のコントロールに慣れるのが先か)

 使い方を誤れば、危険な武器であることは間違いない。
 だからと言って、このまま倉庫に仕舞っておくという選択肢はリィンの中になかった。
 この先、ゾア=ギルスティンを超える敵が現れないとも限らない。
 力を使うのを恐れて、いざという時に使えないのでは守りたいものも守れないからだ。

「リィン、聞いてるの?」
「ああ……悪かった。確かに今回はやり過ぎたと反省してる」

 バツが悪そうな表情で素直に頭を下げるリィンを若干訝しみながらも、アリサは仕方がないと言った様子で溜め息を吐く。
 シャーリィが生きていることからも、加減をしたという言葉に嘘がないことは分かるからだ。
 最初から攻撃を当てるつもりなどなく、戦闘を止めるのが目的だったことが窺える。
 問題はその攻撃の余波だけで、これだけの被害がでていると言うことなのだが――

「もう、いいわよ。それより〝彼女〟のことはどうするの?」

 アリサの言っている〝彼女〟――と言うのが、シズナのことだとリィンは察する。
 直接の面識はないが、実は以前からシズナのことをリィンは知っていた。
 というのも、過去に〈西風の旅団〉は〈斑鳩〉と戦場でまみえたことがあるからだ。
 ルトガーから特徴は聞いていたため、捕らえた女性がシズナだと察するのは難しくなかった。
 大太刀を使う白銀の髪の女と言うだけでも目立つのに、シャーリィと互角に戦える者など限られるからだ。

「共和国との交渉はどうなった?」
「いまエリィが最後の詰めの交渉をしてくれているけど、拍子抜けなくらいスムーズに纏まりそうよ。あちらも今回のことは公にしたくないようだし、探られると困ることでもあるんでしょうね」
「やっぱりそうなったか」
「何か知ってるの?」
「いや、〝斑鳩〟が絡んでいる時点で〝裏〟があるのは察せられるからな」

 普段は大陸東部で活動しているはずの〈斑鳩〉がこんなところにいる時点で、何かあると言っているようなものだ。
 共和国政府が監視を付けることに拘ったのも、斑鳩のことを知っていたからではないかとリィンは疑っていた。
 だとすれば、この龍來にはリィンたちに探られたくない何かがあると察せられる。
 公に出来ない何か。気にならないと言えば嘘になるが――

「いまのところは静観だな」
「それが正解ね。噴火の調査と称して辺り一帯を軍が封鎖しているようだし、余りに対応が早すぎる」

 いまは静観するしかないと言うのは、アリサもリィンと同意見だった。
 こんなにも早く軍が出張ってきた以上、何かを隠していることは間違いない。
 そんなものに首を突っ込めば、間違いなく共和国との関係は悪化する。
 最悪の場合、山道を封鎖している軍が敵に回る可能性がゼロとは言えない。
 そこまでのリスクを冒す理由が今のところ見当たらないというのが大きな理由だった。
 問題が一つあるとすれば――

「あの女のことは何も言って来なかったのか?」
「話に触れもしなかったわね。斑鳩との関係を探られたくないんじゃない?」

 シズナのことだった。
 彼女は今、このデアフリンガー号の一室で軟禁されていた。気絶しているシズナをリィンが担いできたのだ。
 旅館ではなくデアフリンガー号に運んだのは人目を避けるためと言うのが主な理由だが、斑鳩の襲撃を警戒してのことでもあった。
 それにもう一つ理由を挙げるとすれば、共和国の出方が分からなかったためだ。
 いまのところ斑鳩が共和国と繋がっているという証拠はないが、リィンは限りなく〝黒〟に近いと考えている。
 アリサもリィンと同様、今回の一件に共和国が関与している可能性が高いと考えているのだろう。
 とはいえ、誰の思惑かで話は変わってくるが――

「それで、どうするの?」

 シズナのことを聞かれているのだと察して、どうしたものかとリィンは考える。
 取り敢えず捕虜という扱いで連れてきたが、シズナは斑鳩の副長だ。
 このまま彼女を捕らえておけば、斑鳩と事を構えることになる。

「こういう時、猟兵はどうしてるの?」
「依頼主に引き渡すか、相手の猟兵団と交渉するかだな。相応のミラで決着することが大半だ」

 情報を得ようとしたところで依頼に関する情報を明かせないのはどこの猟兵団でも同じだ。
 簡単に口を割るようでは三流。一流の猟兵であれば、信用と情報の価値を理解しているものだ。
 斑鳩ほどの猟兵団になれば、シズナの命を引き換えにしたところで情報を漏らすようなことはないだろう。
 当然どんな拷問を受けようが、シズナも口を割るとは思えない。
 仮に見捨てられたとしても、捕虜となったのは自業自得。自己責任が猟兵のルールだからだ。
 それが分かっているからこそ、猟兵の間には暗黙のルールがある。
 敵の捕虜を得た場合、基本的には団内の立場や〝脅威度〟に応じた身代金を要求することになっていた。
 ようするに〝明日は我が身〟と言うことだ。

 余り知られていないが、裏社会では脅威度に応じた格付けがされている。
 二つ名持ちともなれば最低でもAランク以上。リィンに至ってはSオーバーの最高ランクの格付けがなされていた。
 当然、白銀の剣聖もSオーバーの脅威度が設定されている最高ランクの猟兵だ。
 最高ランクの脅威度を持つ猟兵ともなれば、億単位のミラを要求することも不可能ではないだろう。
 ただ――

「足下を見ようものなら恨みを買うことは間違いない。交渉が決裂して抗争に発展することもよくあることだしな」
「殺伐としていると言うか……そのあたりは、やっぱり猟兵なのね」

 リィンの話を聞いて、やはり綺麗事ばかりではないのだと猟兵の世界の厳しさをアリサは実感する。
 とはいえ、リィンがシズナの扱いに迷っている理由はその話から十分に理解できた。
 捕虜とした敵を無条件に解放するなんて真似は出来ない。そんなことをすれば舐められるだけだし、リスクがないと分かればしつこく付け狙われることになる。斑鳩はそんな真似をしなかったとしても、噂が広まるだけで面倒な連中が寄ってくる危険があると言うことだ。
 だからと言って高額な身代金を要求すれば、間違いなく斑鳩との関係は悪化する。
 この場合、どちらが先に仕掛けたとか、悪いなんて話をしたところで無意味だからだ。

「無条件で解放するのはダメ。だからと言って身代金が安すぎてもダメってことよね?」
「そう言うことだ。依頼で動いているなら、依頼主に丸投げするのが楽なんだがな」

 面倒臭そうに話すリィンを見て、事の厄介さを理解したアリサの口からも溜め息が溢れる。
 こうなると共和国が引き取ってくれた方が楽だったとさえ思えてくる。
 とはいえ、大国としての面子もある。
 猟兵団と繋がっていることを国としては公に認めたくないのだろう。
 クロスベルやノーザンブリアとは事情が違うと言うことだ。

「いっそのこと本人に決めさせるか」

 リィンが何を考えているのかを察して、アリサは苦笑いを浮かべるのであった。


  ◆


「なるほどね。それで、私に自分の〝値段〟をつけろと、そういうことかな?」

 軟禁されている部屋にやってきたリィンに身代金のことを尋ねられ、少し考える様子を見せるシズナ。
 リィンの考えた策と言うのは、シズナ自身に身代金の額を決めさせるというものだった。
 それなら斑鳩の連中も文句は付けられないだろうし、仮に安い金額をつければ不利益を被るのはシズナ自身だ。
 白銀の剣聖の評判は少なくとも下がることになるだろう。
 そう考えての提案だったのだが――

「なら、答えは決まっているかな。安売りはしない。白銀の剣聖の名に懸けてね」

 そう胸を張って答えるシズナに、やはりこういうタイプかとリィンは溜め息を漏らす。
 監視に気付かれたのなら普通は撤退するところを迎え撃つような真似をしたことから、大凡の予想がついていたためだ。
 撤退できない理由があったのかもしれないが、それなら程々のところで戦いを切り上げる選択肢もあったはずだ。
 しかし、そうしなかった時点でシズナがシャーリィと〝同類〟であることは察しが付いていたのだろう。

「それだと、最低でも数千万ミラ。億単位のミラを請求することになるぞ?」
「えっと、それはさすがに……」
「なら、程々の金額にしとけ。名声を取るか、ミラを取るかの単純な話だ」

 リィンに選択を迫られ、心の底から葛藤する様子を見せるシズナ。
 命を懸ける仕事である以上は自分を安売りしないというのは鉄則だが、それ以上に剣士としてのプライドもあるのだろう。
 ここでリィンの提案に応じれば、剣聖の二つ名を貶めることにもなると考えているのかもしれない。

「うう……〝暁烏〟も返してもらわないといけないのに……」
「あけがらす?」
「……私が使っていた刀。回収してあるんだよね?」

 シズナの言うとおり、彼女の使っていた大太刀はリィンが回収していた。
 危険なオーラを発していたため、リィンが回収して〈ユグドラシル〉の倉庫に放り込んでいる。
 しかし、こういう場合は戦場のルールなら回収した物は戦利品として扱われる。
 元はシズナの持ち物だが、いまはリィンに所有権があると言うことだ。

「随分と厄介そうな刀だったが、やっぱり曰く付きの代物か」
「うん、あれは妖刀の類でね。普段は特別製の鞘で妖力を抑えていて、大切なものだから返して欲しいんだけど……」

 自分が言っていることが無茶な要求だと言うのは、シズナ自身も理解しているのだろう。
 戦いに敗れて回収された以上は既にリィンの物だし、ましてや今の彼女は捕虜の身の上だ。
 武器を返してくれと言ったところで、素直に返してもらえるはずがない。
 だからと言って、力尽くで取り返すことが不可能なのは分かっていた。
 シャーリィが自分よりも強いと言った男。そんな相手に愛用の刀抜きで勝てると思うほど、シズナは蛮勇ではないからだ。
 どうしたものかと考える素振りを見せるリィンに対して、

「なら、こうしよう! 身代金と刀の代金は〝身体〟で払うことにするよ」
「……は?」

 自信たっぷりの表情でシズナは爆弾を投下するのであった。



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