ミュゼの話によるとアルマータというのは〈黒月〉が禁止している違法薬物や人身売買などのビジネスに手を染め、最近社会問題になっている半グレや猟兵崩れと言った犯罪者を配下に食わえることで、ここ数年で急速に勢力を拡大しつつあるマフィアと言う話だった。
そのため、以前から黒月も警戒していた相手だったそうだ。
「そう言えば、聞いたことがあるかも? 最近、メッセルダムで幅を利かせてる組織があるって」
シズナもアルマータの噂は聞いたことがあるようで、リィンとミュゼの話に割って入る。
共和国や大陸東部で活動する猟兵の間では、既に噂になりつつあったらしい。
斑鳩はまだやり合ったことはないが、そこそこ有名な猟兵団がアルマータと衝突して敗退したそうだ。
名前を聞いて耳にしたことのある高位の猟兵団だっただけに、リィンの表情が険しくなる。
「そういや、俺も聞いたことがあるな。数年前にボスが代替わりして、急速に力をつけている組織があるって……」
アーロンとアシェンは幼馴染みだ。恐らくは黒月との関係で、噂程度は耳にしたことがあったのだろう。
そんな連中がライ家と手を組み、リィンを大統領襲撃の容疑者とすることでルウ家を陥れた。
「だが、黒月は違法薬物や人身売買を禁止している。そんな組織を放っては置かないはずだ」
「ああ、だから〝時間を稼ぐ〟必要があったんだろう」
今回の一件。アルマータがライ家に協力したのは〝時間稼ぎ〟が目的だと、リィンはアーロンの疑問に答える。
勢力を拡大しつつあると言っても、共和国の裏社会を半世紀以上に渡って支配してきた黒月との力の差は歴然だ。
そのため、ライ家を利用して内輪揉めをさせることで、黒月に対抗する力を付けるための時間を稼ぐ計画を立てたのだろう。
上手く行けば、黒月の力を削ぐことも不可能ではない。
長老家の一角が崩れたとなれば、組織を建て直すにしても数年の歳月は掛かるからだ。
それ以外にもライ家に協力する見返りに、互いのビジネスに干渉しないと言った密約を交わしている可能性すらある。
とはいえ、一見すると筋が通っているように思える話だが――
「ところでミュゼ。まさか、ツァオの話をすべて鵜呑みにした訳じゃないよな?」
ツァオが嘘を言っているとは思わないが、すべてを話しているとリィンには思えなかった。
仮にアルマータの話が本当なら、黒月は〝弱味〟を見せたと言うことになる。
これまで共和国の裏社会が秩序を保ってきたのは、黒月が圧倒的な力を誇示していたからだ。
力と恐怖でルールに従わない組織を抑えつけることで、裏社会に一定の秩序を設けてきた。
それが、ライ家とアルマータによって破られたのだ。なら、黒月のすべきことは一つしかない。
「今回の件で裏社会における黒月の権威は傷ついた。その話を聞いて、俺たちがアルマータを潰したとしても黒月の信用回復には繋がらない。いや、長老家がそんな連中と裏で繋がってたんだ。当然、黒月の掟に疑問を持つ者もでてくる。これまで通りとは行かなくなるだろう」
裏の世界における唯一無二のルールが〝弱肉強食〟だ。
舐められたままで何もしなければ、これまで黒月が築き上げてきたものは瓦解する。
そうしないためにも黒月の取るべき道は、ライ家の粛清とアルマータとの戦争以外にない。
これは黒月とアルマータの問題で、リィンたちが解決してしまっては意味がないと言うことだ。
最低でも身内の不始末は、彼等の手で行う必要がある。
そのことをツァオが理解していないと、リィンには思えなかった。
それに――
「他にも隠していることがあるだろう? デアフリンガー号を囮にする計画を立てたのはミュゼ……お前じゃないな?」
ミュゼも当然そのことに気付いていないはずがないと、リィンは考えていた。
そして、もう一つおかしな点があるとすれば、それはデアフリンガー号を囮に使ったことだった。
デアフリンガー号を囮に使うこと自体は悪い案じゃない。ただ、アルフィンやエリゼを危険に晒すような計画をミュゼが立てるとは思えなかったのだ。
「それは……」
「その反応、図星か。お前は頭は回るが、非情になりきれないところがあるしな」
ミュゼは自分自身ですら駒として扱う一面があるが、家族や友人のことになると冷酷に徹しきれない甘さがある。
特にアルフィンやエリゼに対しては巻き込むことすら避ける傾向があり、それはノーザンブリアの件で依頼を引き受けた時から感じていた。
百億ミラもの報酬を支払うことをミュゼは約束したが、アルフィンの弱みにつけ込むことでクロスベル政府やアルノール皇家を巻き込む方法だってあったはずだからだ。
なんなら自分が矢面に立たずとも、内戦の時のようにアルフィンを御輿として担ぎ上げる方が簡単だったはずだ。
しかし、ミュゼはそうしなかった。
あくまで自分が前にでることで、アルフィンへの干渉を最小限に食い止めようとしていた節がある。
国が二つに割れるのを避けようとしたという見方も出来るが、ミュゼの本心はそこにはないとリィンは気付いていた。
「大方、アルフィンやエリゼだけでも逃がす算段を立てていたが、本人に拒否されたってところだろう?」
ミュゼにとってアルフィンやエリゼは〝特別〟な存在なのだ。
家族以外で唯一、損得抜きで心の底から信頼できる相手。それが二人だからだ。
それは彼女が『ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン』ではなく『ミュゼ』の愛称を好んで使っていることからも分かる。
本当は公爵家の当主も望んでなりたくはなかったのだと――
「……かないませんね。お察しのとおり、デアフリンガー号を囮に使う計画を立てたのは〝姫様〟です」
観念した様子で、リィンの読みが正しいことを認めるミュゼ。
デアフリンガー号を囮に使う案は簡単で、誰もが最初に思いつく確実な方法の一つだ。
囮だと分かっていても放置することなど出来ず、軍や警察は食いつくしかないからだ。
そして生半可な戦力で〈暁の旅団〉を食い止められるはずもなく、囮であると分かっていてもそこに戦力を集中させるしかない。
クロスベル侵攻作戦での敗退。帝国を圧倒して見せた〈暁の旅団〉の力。その二つが共和国の選択肢を狭めていた。
しかし、危険がない訳ではない。騎神と言えど、多勢に無勢の状況でデアフリンガー号を守りながら戦うのは困難を極めるからだ。
そのため、当初はアルフィンとエリゼだけでも安全な場所に逃がそうと計画していたのだろう。
「本当はルウ家の協力で、姫様たちは別ルートから逃がす計画を立てていたのですが……」
もっと自分たちを頼るようにと、アルフィンから叱られたことをミュゼは打ち明ける。
結局アルフィンだけでなくエリゼにも説得されて、この計画で行くことを決めたという話だった。
だからこそ、敢えてツァオの話に乗ったのだとミュゼは話す。
「今回の事件すべてが繋がっているように見えて、それぞれの思惑は別にあるように見えてならないんです」
ツァオの話に裏があることは読み取れるが、それだけではないとミュゼは感じていた。
ライ家と共謀していると思われるアルマータ。そして、政府や軍の動き。
一連の動きはすべて裏で繋がっているように思えるが、それぞれ立場や事情は異なるはずだ。
全員が同じ目的で動いているとは思えず、互いに利用し合っているというのが真相ではないかとミュゼは考えていた。
そう確信したのは、今回の件にMK社が関与してきたことだ。
「マルドゥック総合警備保障――通称MK社。以前から密かに注意していた組織ですが、今回の件で共和国政府と繋がりがあることが証明されました」
アリサがMK社を警戒していたように、ミュゼも随分と前から注意を払っていた。
当初は企業向けの警備サービスを手掛ける民間の警備会社であったが、猟兵が生業とする〝戦場〟でも彼等の活躍が目立ってきたためだ。
現在はPMC――民間軍事会社として社会に認知されており、猟兵との繋がりを敬遠する企業からのニーズを上手く取り込むことで業務の拡大と組織の成長に繋げていた。
暁の旅団の陰に隠れて余り目立っていないが、戦場から聞こえてくる彼等の評判は高位の猟兵団を凌ぐものだった。
「この二年で彼等が解決に導いた紛争は二桁に上ります」
実績で言えば、これは〈赤い星座〉や全盛期の〈西風の旅団〉を超える勢いだ。
通常は一つの仕事に数ヶ月から一年以上かかりきりになることも少なくない中、問題解決のための提案やサポート。交渉などを代行することで、彼等は各地の紛争や問題を解決へと導いてきた。
時には和平をもって、時には武力で制圧することで――
その実績は、高位の猟兵団を凌ぐと言っても良いだろう。
何より彼等の凄いところは傭兵業に留まらないことだ。研究開発でも目覚ましい成果を上げていて、特定の分野ではハミルトン博士が顧問を務めることで知られるヴェルヌ社と技術提携を結んでいるほどだった。
だからこそ、ミュゼも警戒していたのだ。
常識では〝ありえない速度〟で成長を続ける企業に、何かしらの作為を感じ取って――
「結社との繋がりを疑いましたが明確な証拠はありませんし、彼等の技術は余りに〝洗練〟されすぎている」
突如湧いてでたかのように、MK社の保有する技術は開発過程が不明瞭であることをミュゼは指摘する。
通常こうした技術には企業ごとに得意とする分野が存在し、研究の過程というものが存在する。
しかしMK社が手掛けている研究開発は多岐に渡り、そこに統一性はない。
何より通常は何年も掛けておこなうような研究開発を、彼等は数ヶ月単位で更新してくる。
豊富な資金力と優秀な人材の二つが揃っていても、これだけ短期間に幾つも成果を上げるのは難しい。
何かしらの〝裏〟があるはずだと、ミュゼは考えていた。
「十三工房の一角である可能性は?」
リィンの言うように、それはミュゼも考えたことだった。
アリサが最初にMK社を警戒したのも、黒の工房の一件があったからだろう。
しかし、
「アリサさんも調べていたようで尋ねましたが、黒の工房から拾い上げたデータにもMK社と十三工房を結びつける証拠は見つけられなかったそうです。ただ、MK社の公表している技術はどれも時代を先取りしたものばかりで、まるで〝未来〟を知っているようだと仰っていました」
未来と聞いて、原作知識のことがリィンの頭に過る。
とはいえ、リィンの知識は帝国の内戦が終結した時点で止まっている。
オルタから得た知識も断片的なもので、判明していることはそれほど多くない。
しかし、
(未来を知る術は他にもある。灼飆が使っていた装備も明らかに既存の技術レベルを超えていた。ミュゼの言うように何かしらの裏があると考えるべきか……)
黒の史書と呼ばれるアーティファクトが存在するくらいだ。
未来を知る者がいても不思議な話ではないとリィンは考える。
だが本当に未来が見えているのであれば、カシムが負けると分かっている戦いを挑んできた理由に説明が付かない。
最悪の場合、命を落としていた可能性すらあるのだ。実際、手足を失うほどの大怪我を負っている。
なら仮に未来を知っているのだとしても、彼等が得ている〝知識〟は限定的なものだと考えるのが自然だ。
「MK社の目的は不明ですが、少なくともライ家やアルマータと同じと言うことはないと思います」
そんなMK社の動きがあったからこそ、今回の一件は各勢力がそれぞれの思惑で介入し、互いの立場を利用しているのではないかとミュゼは考えていた。
しかし、それが分かったところで状況が変わる訳ではない。
むしろ問題が更にややこしくなったように思えるが、ミュゼの考えは違っていた。
「ですが、それぞれが別の思惑で動いていると言うのは私たちにとって好都合かと」
それぞれ目的があって動いていると言うことは、一時的な協力関係にはあっても強固な結び付きはないと言うことだ。
互いに利用し合っている関係と言うのは利害が一致している間は良いが、脆く崩れやすい関係とも言える。
「私たちの目的は団長の疑いを晴らすことです。それさえ出来れば、軍や警察と事を構える必要はなくアルマータの件も黒月に一任できます」
すべてを敵に回す必要はないと、ミュゼは説明する。
それぞれが別々の思惑で動いているからこそ、そこに付け入る隙がある。
事件の真相さえ明らかにしてしまえば、リィンの疑いは必然と晴れる。
そうなったら、軍や警察の矛先は事件の筋書きを描いた〝真犯人〟へと向かうだろう。
あとはライ家さえ粛清してしまえば、黒月もアルマータに力を集中させることが出来る。
「理屈は分かるが、どうするつもりだ?」
ツァオから聞いたミュゼの話が確かなら、リィンを嵌めたのはライ家とアルマータと言うことになる。
状況から考えて政府内にも協力者がいると考えて、間違いないだろう。
しかし政府に協力者がいるのであれば、疑いを晴らすのは簡単なことではない。
政治家と猟兵の言葉。どちらの方が信用されるかなど明白だからだ。
「一番簡単な方法は、当事者であるロックスミス大統領に証言して頂くことです」
そう言えばと、リィンは自分にかけられた容疑の内容を思い出す。
大統領が襲撃されたという話は耳にしたが、暗殺が成功したとは聞かされていなかった。
となれば、大統領は生きていると言うことだ。
「大統領の居場所は分かっているのか?」
「恐らくは首都イーディスのどこかに軟禁されていると思います」
「……既に殺されている可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、事件がニュースで報じられていないことからも可能性は低いかと」
暁の旅団との全面戦争を望んでいるのであれば、大統領が暗殺されたと公表すればいい。
そうすれば国民感情を煽ることで、再びクロスベルとの戦端を開くことも出来るだろう。
しかしそうしないと言うことは、少なくとも政府の協力者はそこまでのことを望んでいないと言うことだ。
それにミュゼには、大統領は無事だと言い切れる〝根拠〟があった。
「協力して頂けそうな方に連絡を取って、既に必要な手は打っています」
「……それ、俺の助けはいらないんじゃないか?」
指し手としてのミュゼの知略と洞察力は、鉄血宰相と畏れられたギリアス・オズボーンに匹敵する。
その彼女がここまで言い切るからには、既に黒幕の正体や目的について察しがついているのだとリィンは考える。
それこそが大統領が生きていると、彼女が断言できる根拠なのだと――
「いえ、リィン団長には一番〝危険〟な役をお願いしたいと考えています」
ミュゼの言葉に、リィンは嫌な予感を覚える。
状況的に今一番危険な状態にあるのが、囮役にされたデアフリンガー号だ。
それを上回る危機的状況など、容易に想像の付くものではないからだ。
しかし、
「おい、まさか……」
リィンの頭に一つの考えが過る。
帝国の人々にアルフィンが〝聖女〟と、リィンが〝英雄〟ともてはやされることになった帝国の内戦。
自分たちの行いを正当化するため、罪を着せて犯罪者に仕立て上げると言った手法は帝国の貴族派が行ったことと同じだ。
実際、当時の猟兵に対するイメージは最悪で、多くの国民はリィンがアルフィンを誘拐した極悪犯だと信じていた。
内戦が終結して状況は一変したが、あの時と今の状況は似ていると言えなくもない。
となれば――
「リィン団長には、もう一度〝英雄〟になって頂きます」
ミュゼのその一言で、リィンの中の考えが確信へと変わるのだった。
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