タングラム門が共和国軍のものと思しき敵の機体から攻撃を受けたと言う報せは、すぐにクロスベル政府に届き、エリィたちの耳にも入っていた。

「秘密兵器を投入して奇襲で一気に制圧する作戦だったみたいね。余程、新型機に自信があったみたいよ。でも……」

 相手が悪すぎたと肩をすくめながら説明するエリィの話を聞き、呆れた様子で「バカね」と溜め息を溢すアリサ。
 オルスキスタワーの魔導区画にある専用端末には、二体の騎神と戦闘を繰り広げる共和国の人型兵器の姿が映し出されていた。

「それで、解析結果はでたの?」
「ええ、ノエルさんの言うように〈結社〉の神機の技術が使われているのは間違い無さそうよ。ただ、機甲兵がベースになっているようだけど――」
「……二つの技術を取り入れた機体と言うこと?」
「それだけじゃないわ」

 エリィとアリサの会話に少女の声が割って入る。
 エリィが振り返ると、そこには幼さのなかに艶やかな大人の色香を感じさせる少女の姿があった。
 結社の元執行者にして、いまは〈暁の旅団〉の協力者として天才ハッカー〈子猫(キティ)〉の名で活躍しているレン・ブライトだ。
 彼女の手には、ノートパソコンによく似た小型の導力端末があった。

「回収された機体を解析したら〈もう一人の私(アルター・エゴ)〉のデータも使われていることが分かったわ。結社のものだけでなくZCFのオーバルギア計画のデータも流出していると考えて、間違いないでしょうね」

 神機だけではなく様々な企業や組織の技術が取り入れられた機体と聞いて、エリィの表情が険しくなる。
 そんなものを開発できる組織など限られているからだ。
 頭に過ったのは〈黒の工房〉――そして、〈十三工房〉の存在だった。
 しかし、

「結社の仕業と断定するのは早いかもしれないわ」
「どういうこと?」
「技術が流用されているのは確かだけど、それにしたって完成度が高すぎるのよ」

 仮に結社であったとしても、この短期間にこれほどの完成度の機体を用意することは難しいとアリサは説明する。

「アリサの言うとおりよ。ありえないのよ。この機体は存在自体が――」

 設計図を手に入れたとしても、同じものを再現することは容易なことではない。
 技術を盗むことが出来たとしても、それをカタチにするにはまた別の知識と経験が必要だ。
 ましてや、それらを組み合わせてより完成度の高いものを開発するとなると、膨大な時間が必要だった。 
 そのことから、こんな機体が存在すること自体がありえないとレンは話す。

「なら、この機体は一体……」
「未来から持ってきたと言われた方が、しっくりと来るわね」

 レンの答えに、ありえないと言った顔で驚くエリィ。
 しかし、アリサの反応は違っていた。心当たりがあるからだ。

「マルドゥック社――通称MK社と言うのを耳にしたことがない?」

 そして、二人にそう尋ねる。
 その会社の名前は当然、エリィとレンも耳にしたことがあった。
 最近、様々なところで噂になっている企業だからだ。

「この会社が発表しているものって、既存の技術を応用したものばかりに見えて、明らかに現代の技術から逸脱したものが紛れているのよね。これを見てくれる?」

 そう言って、端末の映像に導力端末のようなものを表示するアリサ。 
 それはヴェルヌ社より一週間前に発表されたばかりの新技術の資料だった。

「現在、ヴェルヌ社で開発が進められている次世代の戦術オーブメント――Xipha(ザイファ)霊子装片(シャード)と呼ばれるエーテル領域を展開することで、様々なイメージを現実に投影することが可能な新技術らしいわ」

 その余りに非現実的とも言える内容に驚くエリィ。
 公表したのがヴェルヌ社でなければ、出資を募るための詐欺か何かを疑うところだ。
 それほどにヴェルヌ社の発表した次世代の戦術オーブメントというのは、現代の技術と一線を画したものだった。

「それに、この端末を制御するために必要なソフトウェア――〈ホロウコア〉と呼ばれるAIが開発されているのだけど、それを開発しているのが――」

 MK社だとアリサは説明する。
 ただの偶然であるはずがない。すべての技術革新の裏にはMK社の影があるからだ。

「アリサはどう考えているの?」
「未来人というのは荒唐無稽だと思うけど、リィンの例があるからね」

 レンの質問に対してリィンを例にだすアリサの話に、納得した様子を見せる二人。
 リィンが異なる世界から転生した〈転生者〉であり、未来の知識を持っていたというのは本人から話を聞いているからだ。
 だとすれば、リィンのような存在が他にいても不思議ではないと考えたのだろう。
 それに――

「リィンがエプスタイン博士のことを気にしてたのよ」
「なるほどね……確かにありえない話ではないわ」

 エプスタイン博士が転生者もしくは未来人である可能性はレンも否定できなかった。
 導力技術に限らず、それだけの実績と逸話を数多く残している人物だからだ。
 しかし、

「だけど、エプスタイン博士は既に亡くなっているわよ? まあ、実際には生きていたとしても驚きはしないけど」

 生きているとすれば、既に百歳を超えることになるが、既に不死者なるものが存在しているくらいなのだ。
 過去に亡くなったと思っていた人物が実は生きていましたと言われても、今更おどろいたりはしないとレンは話す。
 きっと、リィンもその可能性を疑ったのだろうと考えていた。

「私もその可能性は考えているわ。そうでないと、どれも説明がつかないから……」
「待って、二人とも……それが事実ならMK社には、エプスタイン博士が協力しているってこと?」
「もしくはMK社を裏から操っているのはエプスタイン博士って線もありえるわね」

 アリサとレンの話に、珍しく混乱した姿を見せるエリィ。
 無理もない。エプスタイン博士はゼムリア大陸に生きる人々にとっては特別な存在だ。
 導力革命の父と呼ばれ、その功績は現代にまで広く称えられ――
 空の女神と同じくらい幅広い層の人々に名を知られ、尊敬を集めている人物だった。
 そんな偉人が実は生きていて、MK社と繋がりがあるなどと言われれば戸惑うのも無理はない。

「あくまで可能性の話よ。他の可能性も考えられるのだから」
「……他の可能性と言うのは?」
「技術的特異点――シンギュラリティと呼ばれるものね。導力革命もその一つと言えるけど、MK社がシンギュラリティを起こすような何かを手に入れたのだとすれば、これらのことにすべて説明が付くわ。例えば〈七の至宝〉にも匹敵するような――まだ未発見のアーティファクトとかね」

 エプスタイン博士が実は生きていたと考えるよりは現実的な話だ。
 しかし、腑に落ちない。
 どうやって、そんなものをMK社が手に入れたのかが分からないからだ。
 
「こんな話を振っておいてなんだけど、そう真剣に考えなくていいわよ。自分でも荒唐無稽な話だと思うし、どれも確証がある訳でもないのだから。可能性の一つとして頭の隅にでも置いておいてくれたら、それでいいわ」

 そう言われて、気にしないでいられるのなら苦労はない。
 以前のエリィならアリサの言うように荒唐無稽な話と切って捨てていたかもしれないが、リィンと関わるようになってから様々な経験をした今となっては状況証拠だけとはいえ、気に留めない訳にはいかなかった。
 この世界には、まだまだ常識で計れないことが数多く存在しているからだ。

「それよりも、まずは目の前の問題でしょ?」
「……そうね。背後にいる人物の思惑がなんであれ、共和国がクロスベルに戦争を仕掛けてきた事実は変わらない。もっとも、共和国軍はクロスベルを攻撃する意図はなくテロリストを拘束するためだと、政府に回答してきているみたいだけど……」
「テロリスト?」
「〈緋の騎神(テスタロッサ)〉が共和国首都の守備隊を壊滅させたそうよ。そして、基地だけでなく民間施設にも多大な被害を及ぼしていると――」
「ああ、そういうことね。完全に自業自得だと思うけど」

 最初に冤罪を着せて、リィンを指名手配したのは共和国の方だ。
 それで反撃されて被害をだしたのは、明らかに自業自得としか言いようがない。
 しかし、最初からそういう筋書きだったのだろうと想像できる。

「フフッ、それでテロリストを匿うのであれば、クロスベルも同罪とでも言ってきたのかしら?」
「その通りよ。テロリストを擁護すれば、ゼムリア大陸の国すべてを敵に回すことになると、政府に〈暁の旅団〉の引き渡しを要求してきたそうよ」

 共和国の狙いは、これで大体読めた。
 ようするにクロスベルが提唱した〈同盟〉への対抗処置でもあると言うことだ。
 既にクロスベルには大国の圧力に屈し、不利な条件で交易を迫られたり、属国のような扱いを受けてきた自治州や小国から同盟への参加申し入れや問い合わせがきていた。
 そう言った国が増えることを共和国は看過できないと判断したのだろう。
 今回の件に関与しているのは好戦的な一部の政治家と軍人だけだと思うが『出る杭は打たれる』というのは、いつの世もあることだ。
 遅かれ早かれ、このような状況は訪れていたはずだ。
 しかし、

(早すぎる。だとすれば、やはり誰かが糸を引いていると考えるのが自然ね)

 筋書きを書いた人間がいることは間違いないとアリサは確信していた。
 ようするに不満を持つ政治家や軍人を焚き付け、戦争を仕向けた人物がいると言うことだ。
 そうすることで誰が損をして、誰が一番得をするかを考えれば自然と答えはでる。
 ロイ・グラムハート。新大統領が最も怪しいとアリサも考えていた。

「エリィ。言わなくても分かってると思うけど」
「安心して。一部の議員は〈暁の旅団〉との契約を破棄するべきだと訴えているけど、大半の政治家はそんな真似をすれば次はクロスベルの番だと分かっているわ。そんなことは、お祖父様が許すはずもないしね」

 暁の旅団を売ったところで、今度はそのことで難癖をつけられて更に無茶な要求をされることが目に見えている。
 同じような目にクロスベルはこれまで何度もあってきたのだ。
 いま〈暁の旅団〉との関係を切ることはクロスベルにとって自殺行為に等しい。
 むしろ、これを機に共和国の横暴を広め、同盟の参加を積極的に募るべきだというのが議会の主流の考えだった。
 とはいえ、

「ここまでされて〈暁の旅団(かれら)〉は黙っていないでしょうね」

 クロスベルが何もしなくても〈暁の旅団〉が黙っているはずがないとアリサは話す。
 たかが猟兵という認識が、戦争を仕掛けた者たちは抜けないのだろう。
 どうせ何も出来るはずがない。本気で国に喧嘩を売るような真似ができるはずがないとでも考えているのかもしれない。
 しかし、そんな常識は〈暁の旅団〉には通用しない。
 団長が団長なら団員も良くも悪くも常識の枠に囚われない非常識な人間が集まっているからだ。

「噂をすれば、なんとやらね」

 話の途中で着信を報せるアラートが鳴り、全員に見えるように端末に表示するアリサ。
 すると映像に顔を見せたのは、スカーレットだった。

「スカーレット、どうかしたの?」
『どうもこうもないわ。騎士のお嬢ちゃんたちが先走って、降伏勧告にきた敵の先行部隊と交戦を開始したわよ?』
「……一応、聞くけど理由は?」
『敵の指揮官がマスターを侮辱したそうよ……』

 手に取るように想像できる展開に、アリサの口からは溜め息が溢れる。
 とはいえ、遅かれ早かれこうなるとは思っていた。
 喧嘩を売ってきたのは共和国が先だ。
 となれば、売られた喧嘩を買わない猟兵はいない。

「皆殺しはダメよ? 逃亡した兵士まで追う必要はないわ。あと指揮官は出来るだけ捕虜にしてくれると助かるわね」
『無茶を言ってくれるわね。まあ、いいわ。ヴァルカンに伝えておく』

 そう言って通信を切るスカーレット。戦いの火蓋は切って落とされた。

「エリィ」
「ええ、わかっているわ。彼等には代償を払ってもらいましょう」

 政治に利用するつもりで戦争を仕掛けたのだろうが、共和国にはその分の代償を払ってもらう。
 二度と軽はずみなことを考えないように――
 それがリィンの恋人たちがだした答えだった。



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