白い壁に覆われた実験場に激しい剣戟が響く。
 五十メートル四方の空間を縦横無尽に駆け回りながら、絶え間なく連打を浴びせるシャーリィ。
 そんな激しいシャーリィの猛攻を前に防戦一方と言った感じではあるが、レイラは我慢強く耐えていた。

「なかなかやるな」
「はい。彼女の武器≠熕助ェと特殊なようですし」

 リィンの言葉に相槌を打つエマ。化け物のような重量と破壊力を誇るシャーリィの〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉と互角に打ち合える武器など、そうはない。ましてやレイラの使っている武器は少し変わったカタチをしてはいるが、刃渡り三尺ほどの長さの細剣だ。普通ならシャーリィの武器と打ち合えば、折れたり曲がったりしても不思議ではない。その時点で、見た目通りの武器でないことは明らかだった。
 恐らくは、あれが話に聞いていたソウルデヴァイス≠ネのだろうとエマは考える。
 怪異に対抗できる特殊な武器という話だが、どことなく〈外の理〉の武器と似た気配をエマはレイラの武器から感じ取っていた。

「エクセリオンハーツ。それが、あの武器の名前です」

 そんな疑問に答えるかのように、リィンとエマの会話に割って入るナオフミ。
 実験場と隣接する強化ガラスで守られた部屋には、最新の機器が所狭しと設置されていた。
 こうしている今もデータの収集は進んでいるみたいで、研究員たちが固唾呑んで見守る先には何らかの計測値を示すモニターがあった。
 モニターのグラフや数字を見てもリィンやエマにはさっぱり分からないが、研究たちの口からは驚きと動揺の声が漏れる。
 彼等の様子からも、思っていた以上のデータが取れていることは間違いないだろう。

(それでも、六割と言ったところか)

 研究員たちやナオフミも気付いていないようだが、シャーリィが余力を残して戦っていることに、この場でリィン一人だけが気付いていた。いや、恐らくはエマも薄々と察してはいるだろう。シャーリィと直接武器を交えているレイラも、もしかしたら気付いているかもしれない。仮にシャーリィが全力でやっていれば、最初の一分ほどで決着が付いていたはずだと――
 赤い顎(テスタ・ロッサ)を振り回すには化け物染みた膂力を必要とするが、そんな重量の武器を振り回しておきながらシャーリィの動きは少しも鈍る様子がない。逆にレイラの方が息が上がってきていることが見て取れる。パワー、スピード、スタミナどれ一つ取ってもシャーリィの方がレイラを圧倒していると言うことだ。
 よく耐えてはいるが、いまのままなら先に力尽きるのはレイラの方だろう。

「まさか、レイラが手も足もでないなんて……」
「それは、どうかな?」

 まさかリィンの口からそんな答えが返ってくるとは思っていなかったようで、ナオフミは戸惑いを見せる。
 素人目には明らかにシャーリィの方が優勢に見えるのだから、その反応は当然と言える。
 だが、まだ諦めていないと言うことは、レイラの表情を見れば分かる。シャーリィが一気に勝負を決めないのも、それが理由だろう。
 待っているのだ。ソウルデヴァイスの真価を見定めるために、レイラの限界を引き出そうとしているのだろう。
 大方、更なる力を得るため、強くなるためにシャーリィ自身も何かを学び取ろうとしているのだとリィンは考える。

「そろそろ動くぞ」

 レイラも限界が近い。それはシャーリィも理解しているはずだ。
 なら、次の一撃で勝負が決まる。そう確信して、リィンは目の前の戦いに意識を集中するのだった。


  ◆


(なんて、重い一撃なの……!)

 少しでも気を抜けば、身体ごと武器を持って行かれそうになる。シャーリィの攻撃を受け流す度に、体力が削られていくのをレイラは感じ取っていた。
 しかし、反撃の糸口を掴むことが出来ない。あんなにも大きな武器を振り回しているのに、シャーリィの方がスピードが上だと分かっているからだ。
 どんな鍛え方をすれば、これほどの身体能力を得ることが出来るのか、まったく理解できない。
 どう考えてもシャーリィの細い身体で身の丈を超える巨大な武器を振り回し、これほどの破壊力を伴った一撃を放てるはずがないからだ。

(絶対に何か細工があるはず)

 ソウルデヴァイスには装備者の能力を引き上げる力が備わっているが、それでもシャーリィのように化け物染みたパワーを得られる訳ではない。
 仮に身体強化の魔術を使っても、戦車や機動殻に生身で勝てる人間などいないからだ。
 しかし、目の前の彼女なら――という考えがレイラの頭に過ぎる。
 この世界の常識から言っても、明らかにシャーリィの力は異常だった。
 何か裏があるはずだと、レイラが疑うのも当然だ。

「どんなインチキを使ってるのか知らないけど――」

 シャーリィが大振りの一撃を放ったタイミングで、懐に滑り込むレイラ。
 少しでもタイミングがズレていれば、頭から身体を両断されていたところだ。
 なのに少しも躊躇うことなく踏み込んできたレイラの度胸にシャーリィは感心し、ニヤリと笑みを溢す。

「うん、いまのはなかなか悪くないね。でも、まだ足りない≠ゥな」

 決まったかと思われたレイラのカウンターを、人間離れした超反応で回避するシャーリィ。
 見てから動いたのでは、絶対に間に合わない一撃だった。
 それを地面に武器を叩き付けた衝撃を利用することで身体をしならせ、レイラの頭上を跳び越えることで回避して見せたのだ。
 武器の特性を理解しているだけでは到底真似の出来ない動きに、レイラは困惑と驚きを表情に滲ませながら尋ねる。

「あそこにいる彼は、あなたよりも強いのかしら?」
「うん。まだ一度も勝てたことがないしね。リィンはシャーリィの何倍≠煖ュいよ」
「そう……」

 正直に言えば、信じられない。いや、信じたくないと言うのがレイラの本音だった。
 執行者としての自分の腕に、それなりの自信と誇りを持っていたからだ。
 相手が誰であっても、強大な力を持つ怪異――グリムグリード≠ナあっても負けないという自負があった。
 しかし目の前の自分よりも年下と思しき少女に手も足もでず、更にはその少女よりも遥かに強い人間がいると聞かされれば、認めるしかない。

「認めるわ……あなたは私よりも強い。それも桁違いに……とんでもない化け物がいたものね」

 あっさりと自分の方が弱いと認めたレイラに、目を丸くするシャーリィ。
 プライドが高そうだったので、そう簡単に自分の負けを認めるとは思っていなかったからだ。
 しかし、自分の弱さを認められないほどレイラは弱くなかった。
 むしろ、忘れ掛けていた気持ちを取り戻させてくれたことに感謝をしているくらいだった。

「いまなら、あなたたちが別の世界からやってきたって話を信じられるわ」
「信じてなかったの? 嘘なんて吐いてないのに……」
「異世界人なんて荒唐無稽な話を信じるよりは、ソウルデヴァイスの秘密を探るために接触してきたエージェントと考える方が自然だもの。あなたたちが落としたという武器だって私たちが把握していないだけで、どこか別の組織が開発したものだって可能性もない訳じゃないしね。まあ、限りなく可能性の低い話ではあるのだけど……」

 ネメシス以外でそれほどのものを開発できる組織と言えば、ゾディアックくらいしかない。
 しかし、その可能性は限りなく低いという結論に至っていた。最初にリィンの落とした武器を回収したのは、ゾディアックだったからだ。
 自分たちが開発したものであるのなら、ネメシスに解析を依頼するなんて真似をするはずもない。
 当初はゾディアックの方も、ネメシスの新兵器である可能性を疑っていたのだろうとレイラは思う。
 しかし、それがありえないと言うことはレイラ自身が一番よく分かっていた。
 ソウルデヴァイスの研究ですら道半ばだと言うのに、あのような武器を開発する余力はネメシスにもないからだ。

 更に言うならネメシスやゾディアック以外の組織で、同じものが作れる可能性がある組織はこの世界に存在しない。
 聖霊教会も二つの組織に匹敵する戦力を有してはいるが、異界の研究や開発と言った分野では大きく溝を空けられているからだ。
 ましてや、彼等がメインに使う武器は魔剣や呪符と言った霊具の類だ。
 機械仕掛けの武器を――ましてやライフルを好んで使うとは思えない。
 何度か、聖霊教会の武装騎士と任務で共闘したことがあるだけに、そのことをレイラはよく知っていた。

「まあ、それもそっか」

 レイラの話を聞いて、あっさりと納得するシャーリィ。
 この間まで自分たちの住んでいる世界の外に別の世界が存在するなんて、シャーリィも考えたことすらなかったのだ。
 証拠を見せられなければ、俄には信じがたいような話だと言うのは納得できる話だった。

「で? まだやるの? シャーリィに勝てないってことは理解したんだよね?」
「ええ、確かにあなたの方が強いのは認めるわ。でも、これは実験≠諱Bそして、私はまだすべてを出し切っていない」

 そう言って武器を構えるレイラを見て、シャーリィは心の底から愉しそうに笑う。
 戦いを終わらせようと思えば、いつでも出来た。それをしなかったのは、レイラの持つ武器――ソウルデヴァイスに興味を持ったからだ。
 普通の武器と違うことは一度打ち合って、感触を確かめるだけで察することが出来た。
 戦っている間、シャーリィはずっと二人≠ニ向き合っているかのような感覚を味わっていた。
 まるで武器そのものが意思を持ち、生きているかのような――魂の鼓動すら感じる不思議な武器。
 ソウルデヴァイスと適格者は、ある意味で騎神と起動者の関係に近いと直感的に感じ取ったのだ。
 恐らく騎神のように意思疎通を図ることは出来ないのだろうが、それでもソウルデヴァイスが生きていることは間違いない。
 だとすれば――

「いいね。なら、シャーリィも本気≠ナ相手をしてあげる」

 そこに今よりももっと騎神との繋がりを強化し、更なる高みへと至れるヒントがあるのではないかとシャーリィは考えていた。
 全身に闘気を漲らせ、猟兵の奥の手とも言える黒い闘気――ウォークライを発動するシャーリィ。
 桁違いに跳ね上がったシャーリィの力に計測器が振り切れる。
 この状況に慌て、真っ先に反応したのはナオフミだ。

『実験は中止だ! レイラもういい――』
「冗談、言わないで。ようやく何か£ヘめそうなのよ。あなただって、このままで終われないでしょ?」
「当然。お姉さん、よく分かってるじゃん」

 実験を中止させようとマイクに向かってナオフミは叫ぶが、レイラはそれを拒絶する。
 シャーリィが何かを掴もうとしているように、レイラも何かを掴みかけていた。
 この戦いの先に自分たちの求める強さのヒントがあると、直感的に二人は悟っているのだろう。
 ただ純粋に強さを追い求める。そう言う意味では、レイラもシャーリィと変わらないと言うことだ。

『――ママ! 負けないで!』

 それまで泣き言一つ口にせず、静かに戦いを見守っていたアスカが母に声援を送る。
 娘の声援に後押しされ、全身から嘗てないほどの霊気を解き放つレイラ。
 そして、シャーリィの闘気とせめぎ合い、実験場の床や壁に亀裂を走らせる。

「なんて力だ……グリムグリード級。いや、それ以上かもしれない」

 計測器は故障し正確な数字を計ることは出来ないが、それでも実験場に漂う霊気はこれまでナオフミが感じたことがないほどに強大なものだった。
 一口に怪異と言っても、怪異にもランクがある。
 低位の怪異を束ねる『迷宮の主』はエルダーグリードと称され、更にその上には『グリムグリード』と呼ばれる怪物が存在する。
 もはや起点に門≠キら必要とせず、街一つを消し去ることが可能な正真正銘の化け物。
 更に強大なものは『神話級グリムグリード』と呼ばれ、国すらも滅ぼすことが可能な災厄の化身となる。
 実際にナオフミが目にしたことがあるのはグリムグリードまでだが、明らかに目の前の二人の力はそんな災厄を上回っていた。
 神話級とまではいかずとも、人間の限界を超えていることだけは間違いない。

「娘に応援されちゃ、母親としては情けないところを見せられないわよね」

 嘗て無いほどの力が身体の奥底から溢れてくるのをレイラは感じ取っていた。
 まるでソウルデヴァイスと一つになったかのような感覚すら覚える。
 これならもしかしたら届くかもしれないと、レイラは意識を研ぎ澄ませていく。

「なるほどね……そうやるのか」

 一瞬、シャーリィが何を言っているのか分からず、呆けるレイラ。
 しかし、次の瞬間――その言葉の意味を、嫌でも理解させられることとなる。

「霊力……」

 シャーリィが身に纏っていた黒い闘気が、紅い光を帯びて変化し始めたのだ。
 まるで焔のように、紅く、紅く、尚も紅く――染まっていく景色にレイラは目を奪われ、息を呑む。
 それは紛れもなく霊力≠セった。

「うーん。思ったよりも難しいかな? そのうち慣れると思うけど……」

 闘気を肉体に宿る生命力とするなら、霊力は魂の力だ。
 そして、霊力は深層心理の影響を強く受け、使い手によって現れ方が異なる。
 レイラが冷気を纏っているように、シャーリィの霊力は焔≠フ属性を帯びているのだろう。
 しかし、一朝一夕に使いこなせるようなものではない。
 レイラも霊力を使いこなせるようになるには、長い歳月の修行を必要としたのだ。

「本当に規格外≠ヒ……」

 驚きと賞賛の言葉をシャーリィに贈るレイラ。
 ここまでの力を引き出せたのは、シャーリィのお陰だと感謝している。
 しかし、まさか戦いの中で学習して、更なる成長の可能性を見せられるとは思ってもいなかった。
 まだ霊力の扱いには不慣れなようだが、彼女のことだ。すぐに使いこなせるようになるだろうとレイラは思う。

「この状態でも〈緋の騎神(テスタロッサ)〉の力が使えないかと思ったんだけど、まだ無理みたい」

 だから今回はこっちでやらせてもらうね、と再び〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉を構えるシャーリィ。
 言葉の意味は分からないが、シャーリィが何かを掴みかけていると言うことはレイラにも察することが出来た。
 とてつもない速さで学習し、成長する怪物。もはや、悪夢以外の何者でもない。
 しかし、

「次にやる時は、本当に手も足もでなくなってるかもしれないわね。でも……」

 この勝負だけは勝ちを譲るつもりはない、とレイラは霊力を高めていく。
 互いに武器を構え、意識を集中させる二人。そして――
 同時に飛び出すと、ほぼ同じタイミングで互いに武器を突き出す。

「クリミナルストライク!」
「ブラッディクロス!」

 その直後、轟音と共に実験場は光に包まれ、激しい揺れが研究所を襲うのであった。



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