外伝その165『英傑の力3』


――シンフォギア世界にとって、英霊達の転生は衝撃的であったが、更にその力を以てしても、状況を好転させる決定打にならない戦場が存在する事自体、信じられないものだった――


「聖遺物の力を以てしても、戦況が一向に好転しないとは……」

「当たり前よ。聖遺物の力を持っていても、それはあくまで一手段に過ぎないわ。綾香がエクスカリバーを持ちながら、拳を交えていたようにね」

智子は冷静である。聖遺物の力は強力だが、敵が相応に強ければ、戦場では重要なファクターに成り得ないのだ。

「そっちの司令みたいに技で力の差を埋める人も多いけどね」

アムロやジュドーなどのニュータイプを指して言う。力は技に覆されることもままあるのだ。


「強力な聖遺物は世界を滅ぼせる。綾香が左腕に宿した『乖離剣エア』、その全力『天地乖離す開闢の星』のように。でも、それは諸刃の剣にもなり得る。だから、あの子はエクスカリバーしか使わなかったのよ。それも充分に強力だもの。響にガイちゃんが見せたあの剣がそうよ。ガングニールもアレの前じゃ、ただの玩具よ」

「乖離剣エア……」

「エンキが使用したとされる、遥か昔に天地を切り分けた刃……。その力を綾香さんが得ているのなら、確かに世界を滅ぼし、神をも滅ぼせます。それと綾香さんがその力を得る時に体面したという人物は英雄王『ギルガメッシュ』でしょう」

「あ、知恵熱落ち着いたの」

「はい、なんとか。まさか、英霊が自然に転生しているなんて」

「いや、自然とは言い難いわね。大神・ゼウスの意思が働いてるから」

知恵熱が落ち着き、司令室に戻ってきたエルフナインに英霊の転生がゼウスの意思である事を教える智子。

「ゼウスの意思、ですか…?」

「ええ。神々の戦いに使うための駒として、ね。神々の間でも対立があるのよ。ポセイドン、ハーデス、オーディーン、ロキ……、アレス…」

ゼウスは対立する神々との聖戦に備えての準備を始めている。英霊達の蘇生はその準備と明言する智子。死したはずの英霊すら蘇生させるあたり、ゼウスは相当の戦を覚悟している証である。

「智子さん、後で見せてくれますか。こちらの観測機器では不可能だった綾香さんの動きを」

「21世紀の観測機器じゃ、光速は捉えられないからねぇ。宇宙戦艦の時代の機器使わないと見れないわよ」

シンフォギア世界の観測機器では、光速で動くエリス、グレートマジンカイザー、智子と黒江を全くもって捉えられていなかった。状況が殆どつかめなかったし、ギア展開状態の装者でさえ、『状況が殆ど分からなかった』。これは『光速戦闘』はシンフォギア装者でも介入がままならないことの証明であった。智子は持参していたタイムテレビで、エルフナインに、黒江が成り代っていた時期の戦闘の模様を見せる。


――黒江が成り代わりをしていた時期――

「やれやれ。人がお祭りを楽しんでるってのに、陣営問わずでタコ殴りか?」

映像はちょうど町内の縁日を普通にギア姿でうろついていたところ、陣営を問わずの装者らの襲撃を受けた際のもので、頭をかきながらぼやく黒江が映る。切歌は当時、既にに早とちりからの暴走が始まっており、狂気に足を踏み入れていたので、目の色が変わっているし、マリアが諌めるのに苦労している。二課側も、黒江が見せたエクスカリバーにすっかり畏怖した時期であるので、響以外は慎重に構えている。

「人が縁日楽しんでるのに、テメーらはよほど暇なんだな、オイ」

黒江は不機嫌であった。切歌は早とちりがもはや精神のバランスを崩すほどのものになったが、いの一番に斬りかかるが、黒江は右の手刀でイガリマの鎌を完全に受け止め、更に罅を入れてみせた。

「翠のガキ。お前の力じゃ、この私に傷一ついれらんねーよ。諦めろ」

イガリマの刃は黒江が黄金のオーラを纏わせた右の手刀に阻まれていた。切歌がいくら力を込めても刃はピクリとも動かなかった。更に、そこから一瞬のうちに、シンフォギアをも斬り裂く『獅子の大鎌』が奮われ、切歌を吹き飛ばす。無論、当時、天羽奏よりも適合率が低い切歌のシンフォギアなど、ひとたまりもない。シンフォギアをアンダーウェアまで斬られ、切歌は昏倒してしまった。

「さて、ピンク髪の奴。私がこの姿の元の持ち主と別人ってことに気づいているな?」

「貴方は何者?今度こそ聞かせてもらうわよ」

「そこのちっこいガキには言ったが、こちとら、お前らと違ってな、年金もらってる世代の年寄りなんだぞ。もっと年寄り労れよ」

「……調の姿と声で言っても、説得力ゼロよ」

「そんなに似てるか、そいつと?これは地声なんだけどなー」

「ほとんど同じだけど、貴方のほうが明るめで高めのトーンね…」

黒江は調の姿になっていた時期は声帯が変化しており、声のトーンが普段より更に高く、もう一つの人格『あーや』の時に出す声と同程度のトーンになっていた。以後は主人格でも、このハイトーンで固定されることになる。そのため、後に帰還した調当人が『切歌でさえも聞き分けが困難なこと』に気づき、困惑するのである。

「お前の槍、ガングニールって言ったな?なら、見せてやるぜ。約束された勝利の剣をな」

黒江の右腕に黄金の剣が出現する。隠すつもりはないのか、最初からその姿を晒している。ガングニールのアームドギアが霞んでしまうような威圧感と、黄金の輝きを持つ装飾が施された両刃の長剣。黒江とマリアは打ち合うが、当然ながら、ガングニールの槍はモーションが大きい上、マリアの近接戦闘経験が黒江に比して、どうしても浅いので、黒江に翻弄される。しかも、ギアの脚部の形状的に、踏ん張りが効かないはずであるのに。マリアは連続で突き入れるが、黒江は鼻歌交じりに避け、剣戟を見せる。後に、アルトリアは時代的に『生前であれば、ヴィーキングソードには及ばないでしょう。今のエクスカリバーはイメージ的に17世紀以降の騎士が使うロングソードが形のイメージソースなので』と説明している。実際、アルトリア曰く、宝具としてのエクスカリバーは、『生前に用いたエクスカリバーより圧倒的に斬れ味がある』との事なので、エクスカリバーへ年月の内に生み出された『無敵の剣のイメージ』が大いに作用したのだろう。黒江が出現させたエクスカリバーの形状が技術が洗練された後の時代の騎士達に使われた長剣であるのも、一般的にエクスカリバーへ抱く形のイメージに大きく左右されている。マリアはガングニールのアームドギアを駆使し、黒江の身軽さに対応しようとするが、やはり黒江の身軽さに翻弄される上、槍である以上、振るったり突くための間合いの限界もあり、対応が遅れている。

「遅いな」

マリアは乾坤一擲の突きをエクスカリバーの刀身で受け止められ、振り払われる。その隙をすかさず突く黒江。

『ライトニング・ボルト!』

左のライトニング・ボルトをかます。マリアには拳が光ったようにしか見えないが、光速拳はボディにクリーンヒットし、切歌の上に乗っかるようにして吹き飛ばす。エクスカリバーを右手で持ち、左で拳打をかます。臨機応変に攻撃を変化させるのが、黒江の持ち味である。しかも強力なる電撃付きでカウンターをかますので、聖闘士仲間の間でも『技巧者』と噂されるほどである。それは一瞬のことであり、残る響たちには、何がなんだかわからない。

「さーて、次はおちびちゃん達の番だな」

「…!」


「――光速拳を使ったわね、綾香。見てご覧なさい。綾香が左腕を使う一瞬でマリアが吹き飛んでるでしょう?」

「信じられない……。いくら体を鍛えても、肉体の物理的反応限界があるはず」

「肉体能力の認知限界を超える知覚と、時に干渉する力の両方に関わるのが魂魄の真の力『小宇宙』よ。神は皆、当たり前に持つ。それに目覚めた人間が神の闘士に選ばれるのよ。特に、あたしと綾香は黄道十二星座を冠した最高位の闘士であり、オリンポス十二神の従神だしね」

「従神!?」

「存在の位が神だから、もう不老不死よ。イガリマの能力も、あたしや綾香には効かないわよ。それに、その能力はイガリマの本質じゃないものだし」

「どういうことですか?」

「イガリマの真なる能力は『斬山剣』。山を斬り裂く剣で、鎌じゃないし、魂を斬り裂く能力はない。むしろ対軍宝具よ」

智子がエルフナインに告げた事は、切歌のアイデンティティの否定にも繋がる事実であった。イガリマは『魂を斬り裂く』。それは智子がとある英霊とチャネリングして聞いた結果、その英霊が直に否定した能力である。その切歌の思い込みの歯止めがかからなくなる『爆弾』は、黒江が発したこの一言であった。

「調、戻るデスよ……!マムが、ドクターが待ってるデス。さぁ……」

「ガキンチョ、私はお前の友達じゃない。そいつの姿を借りてるだけだ。悪いが、あのマッドサイエンティストに与するつもりは毛頭ない。失せな」

調なら、自分には絶対に言わない、自分を完全に敵と見ているような『冷たい』言葉と冷徹な視線。切歌は完全にこれで、辛うじて保っていた精神のバランスが崩れ、聖遺物の発する破壊衝動に飲み込まれ、理性が喪失した暴走に陥る。この時期においては、立花響も陥る事がままあったものだ。黒江はこれを目にしても平然と構えている。むしろ、溜息をつく余裕を見せている。

「暴走ッ!?不味い、こんな『縁日』が行われている場所で…」

風鳴翼が言った瞬間、黒江はエクスカリバーを使い、ストライク・エアを発動させ、切歌を吹き飛ばす。凄まじい暴風で空中に巻き上げたと同時に気を高め、練り上げる。智子やドモン・カッシュから習った流派東方不敗・最終奥義を放つのだ。

『私のこの手が真っ赤に燃える!勝利をつかめと轟き叫ぶぅ!!!』

気を極限まで高め、練りあげると金色に輝く。それが明鏡止水の境地に達した者の御業である。それを目の当たりにした二課側の三人は、目の前の人物が、調とは別人であるという確証こそ持てなかったが、自分達の想像を遥かに超える強さを誇るという事だけは、黒江が発する金色のオーラで理解できた。シンフォギアを纏っていながら、それと全く無関係の力を行使する。これは当時の両陣営に多大な衝撃をもたらした。

『ばぁぁく熱!!ゴォォドフィッガー……石破!!天驚ぉぉぉぉけぇぇぇん!!』

暴走状態にあった切歌は、石破天驚拳の直撃をモロに受けてしまった。ほぼ無防備な状態で石破天驚拳の膨大なエネルギーを浴びさせられたのだ。当然ながら、暴走状態のドス黒いオーラに包まれていた切歌は石破天驚拳のエネルギーに飲み込まれ、暴走特有の唸り声をあげる間も無く『浄化』され、シンフォギアを解除された状態で空高く放り出される。黒江は切歌をすぐに回収し、マリアに託す。三人は見せつけられた光景の凄さに、響でさえも戦うのに二の足を踏んでいた。


「――なんですか、これ」

「流派東方不敗が最終奥義、石破天驚拳。ギアナ高地で修行して、流派東方不敗を極めて得た力って奴ね。あの子の凄いところは、なんでも一から極めるところよ」

「え!?拳法極めるのに、わざわざギアナ高地に!?」

「あの子は負けず嫌いなのよ。わざわざ、ギアナ高地にこもって修行したって聞いた時は驚いたわよ。こっちの世界にある、なんでもありの拳法なのよ、その流派東方不敗って」

日本連邦化が思わぬ恩恵をもたらした例である。23世紀の接触により、地球連邦政府に『日本連邦の正確な記録』が蘇り、ウィッチ世界の扶桑が日本と一体化していた事が再認識されると、ウィッチ世界は地球連邦政府の飛び地のような扱いになったため、智子もその認識になっており、『こっちの世界』と言ったのだろう。

「何でもありってのは言い過ぎかな?人間の枷をはずすのには良い修行になる流派よ。だから、この時点でも響達が普通にやったら、まず勝てないわよ。今はますます無理だけど」

「どういう事?」

「タキオン粒子を制御して、時間の流れに本格的に干渉できるから、響達が認識する前に倒せるって事。エクスカリバー、おまけに乖離剣エア持ちよ?あの子達の力じゃ、がっぷり組んだら、響以外は立ち向かえないわ」

智子は響がガングニールの因果律操作力と合わさる事で、自分達と同じ土俵に立てる事を、エルフナインに明確に示した。つまり、クリスや翼の力では、エクスカリバーや乖離剣エアに立ち向かうことは無謀ということだ。響を高く評価しているあたり、なのはとの戦闘でみせた芯の強さを買ったようだ。

「タキオン粒子で時間の流れに干渉、ですか……」

「ええ。それを可能にする仮面ライダーがいてね…。それと、流派東方不敗を極めれば、気合一声で戦闘機が落とせる程度だって言ってたわよ」




――このように、Gウィッチが多方面に活躍して功績を残す一方、ウィッチは『限られた時間に精一杯戦うからこそ、美しい』とする反Gウィッチ閥が台頭したのも、この時期に相当する。しかし、元々のウィッチ閥の台頭の理由がレイブンズの活躍にあった以上、反Gウィッチ閥は『完全な職業軍人になるのは、一般社会に出るのが怖いから』とする感情論を拠り所にせざるを得ない烏合の衆であった。実際、一般社会に出ると、これまで以上にウィッチとしての名声が通じない社会になり始めており、元々、未来の大卒女性に比べ、一般社会の知識に劣る傾向があるエクスウィッチは社会的優遇も『ジェンダーフリー』の観点から無くなった事で、逆に不利になってしまい、扶桑のみならず、21世紀の同位国と接触した国々のエクスウィッチは同位国の同年代に押され、転職が根本的に難しくなった。それがRウィッチ化による現役継続の選択肢の普遍化に繋がることになる。実際、扶桑でも、日本の同年代の女性に比べ、絶対的な一般社会の常識に欠けてしまう者が多かったので、再構成されつつある一般社会に居場所を見いだせず、軍隊に再志願を繰り返すという『ベトナム帰還兵』さながらの悲惨な状況に陥る者も多く、Gウィッチシンパになる潜在的な人数は反G閥よりも圧倒的に上であった。また、同位国に冷淡なロシア連邦のように、ウィッチ世界の全ての国々が同位国の恩恵に預かれたわけでもないため、オラーシャ帝国は零落し、ガリアは植民地統治にも失敗し、その威信は地に落ちた。また、カールスラントのように、同位国の援助にさえ露骨に渋り、政治的革命すら目論む勢力がいる国(ドイツ)も存在する。成功例と言える日本と扶桑でさえ、双方の改革派が反対勢力を排除する行為を少しずつ行う形で成立したので、如何に次元を隔てた国々の国交が難しいことの証明であった。そのため、ウィッチは必然的に軍事に関連する仕事しかつけなくなる事でもある。そのため、ウィッチの産休や育児休暇の制度が『Rウィッチ化処理』の普及を睨んで整備されていく。ウィッチのネックは『10年の内、一線で働ける期間が長くても5、6年』という、戦時には表面化しないが、平時には議会の頭痛の種でしかない摂理なので、軍事科学技術が21世紀の水準に発達した場合、ウィッチは軍から全て排除される危険性(前史の三輪はそれをまさに目指していた)さえある。それを払拭するため、Gウィッチたちには『一騎当千』が求められるし、それを実現可能にするための『特権』も与えられているのだ。(反対派閥が気づいていないのは、軍事科学技術が21世紀の水準に発達すれば、視界外攻撃すら可能なため、ウィッチに頼る必然性が自然に低下してしまう点である)――






――戦場――

「この戦闘、中継されてますよね?」

「ああ。21世紀の各世界のみならず、23世紀もな。この世界はテレビが無いから、戦場にいる連中しか見れねぇがな」

ウィッチ世界ではTV放送技術は完成していたが、リベリオン以外では、本格的な放送はまだである国が多い。この時期の扶桑も例外ではない。そのため、戦場にいる者だけが未来技術の恩恵で中継を見れていた。そのため、Gウィッチ達がヒーロー達の助けを借りつつも勇戦する光景に息を呑むウィッチ達は戦線外にいるウィッチ達に多くいた。鏡面世界に入れ変えられた地域以外に配置され、結果的に後方待機となった中には、近代的ナイトウィッチの祖であり、ハインリーケとハイデマリーの直接の先輩であった『ヘルミーナ・レント』中佐の姿もあった。彼女はハインリーケが『アルトリア・ペンドラゴン』が本名であるアーサー王の転生であることに驚き、更に、以前の子供っぽい人格は消え、アーサー王としての自我に統一されていたことに衝撃を受けていた。容姿も別人化しており、まさしく、選定の剣の騎士王になっていることを中継で見ており、腰を抜かしていた。

「バルクホルン、レント中佐はなんと言ってる?」

「説明に骨が折れました。ハインリーケ少佐がアルトリア王だなんて、口で言っても信じませんしね。映像見せたら、椅子から転げ落ちましたよ」

「そりゃ、以前の子供っぽいハインリーケと、凛としたアルトリアじゃ、似ても似つかねーしな」

「私はこれから、同期のヨハンナ・ウィーゼに会ってきます。先生やハルトマンの事で説明を求められましてね」

「ご苦労さん。それが終わったら、三日は休暇取れ。妹が待ってるぞ」

「分かってます。そちらは大変なようですね」

「現在進行系で戦の真っ最中だしな。とーぶんはコーヒーブレイクどころじゃねぇ」

バルクホルンはG化後は退役後の人格に変貌しているため、以前よりだいぶ温厚な性格になっている。そのため、この時期の同期の9割からは『人が変わった』と言われている。ハルトマンがその逆に戦闘的な性格に変貌し、前線でブイブイいわせているのとは正反対である。サーシャが事実上の解任である、本国送還の辞令が下り、その後任に元・503副司令のフーベルタ・フォン・ボニンが正式に着任したのも、この日の事だ。フーベルタは捕虜収容所で管理者のティターンズ大佐の趣味で眼帯をさせられた上でメイドをさせられており、軍服がボロボロになった後はその服で暖を取り、そこを川内に発見され、アルトリアとラルに救出された。そこでアルトリアがハインリーケと同一人物であることも知らされている。その際に、ラルとアルトリアがフーベルタの追手を超電磁砲と約束された勝利の剣で粉砕する光景も目の当たりにしている。そのため、救出後はルーデルが『私の事務的な副官にいい』と、503壊滅を大義名分に引き抜いていたのである。

「まさか、フーベルタを引き抜いていたとは」

「大佐が副官にいいって事で引っ張っておいたんだが、ミーナに知れたら喧しいだろうから、黙ってたんだと。あいつ、G化が遅かったしな。サーシャ大尉の後任で着任する。事情は知っているし、R化しているから、こちら側のウィッチだ」

「了解」

この人事の発令により、過去に8つあった統合戦闘航空団全ての出身者が501にいる事になった。半ば、そこから追い出された形のサーシャはうら若い新皇帝に『国家の恥を晒した』と怒りを買った事で、しばらく不遇の時代を過ごす事になったが、ヒステリーの自業自得のようなものであるので、新皇帝がジューコフ将軍に諭されるまでのしばらくの間、謹慎の時を過ごすのだった。

「サーシャ大尉はどうなります?」

「中尉に一時格下げと、新皇帝から謹慎を仰せつかったそうだ。当分、シャバにはでてこれねぇかもな」

黒江は請願書を出したが、皇帝の怒りが収まらない事には、ジューコフも請願書を出せないとぼやいている。まだ若く、感情的なオラーシャの新皇帝は皇太子時代からサーニャのファンであり、即位後の第一声がサーシャを責め立てる罵声であったなど、異色の皇帝だ。そのため、新皇帝は父親がサーシャに授与していた『オラーシャ帝国勲章』(オラーシャ帝国英雄の称号も)の剥奪を宣言するなど、ジューコフもその制御に苦労するような子供っぽさもある。(サーシャに申し開きすら数年間許さなかったあたり、相当の逆鱗に触れたらしい)サーニャが退役し、扶桑に移民してしまった事の要因をサーシャと考え、殊更に冷遇したため、サーシャは一族の中でも厄介者扱いされる事になってしまい、それが原因か、彼女が歴史に次に姿を現すのは、ベトナム戦争の時になるのだった。

「どうなりますかね」

「新皇帝が立憲君主制に移行する前に、勲章剥奪をするみたいだし、あいつ、当分はシベリア労働を言い渡されるかもな」

「ソ連じゃあるまいし」

「今度の皇帝、サーニャの熱烈ファンらしくてさ、ジューコフ将軍も手綱引くのに苦労してるらしーんだ。イリヤ、もとい、サーニャに皇帝へ最後の提言をしてもらうか」

黒江はオラーシャ新皇帝がサーニャの熱烈なファンで有ることを利用し、サーニャに『公の場での最後のサーニャ・V・リトヴャクとして』の発言を新皇帝にしてもらう事を考案した。サーニャは今後、『九条しのぶ』、あるいは『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』として活動するため、公式なサーニャ・V・リトヴャクとしての足跡はそこで終わることになるが、その前の最後の仕事として、黒江はサーニャに命じ、サーニャはこう皇帝に言ったという。


『私の事、お気に留めて戴き有り難うごさいます。 しかし、この度の退役、及び移民については思うところあっての事で友人、縁者等に御心配をおかけしたと思いますが、理由を説明し、御理解戴いた方々が多く、自分の判断に間違いは無いと確信し、法理に背き妨害に及ぶものが有れば例え国家で有ろうとも戦い思うところを貫きたいと考えております。法的手続きは既に終えておりますので、扶桑人、九条しのぶとして、サーニャ・リトヴャクの移民とそれに伴う騒動に関する質問に以上の様にお答え致します』

と。それがサーニャが公の場で本名で活動した最後の機会だった。以後は扶桑軍楽隊所属の『九条しのぶ』、あるいはカールスラント貴族にして、大佐の『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』という二つの名と身分を使い、Gウィッチとして活動を行うのだった。なお、サーニャは普段+戦闘用の容姿は後者、前者は軍楽隊の仕事用の容姿という風に使い分けるが、これは中々、扶桑の習慣に慣れなかった故の苦労でもあった。そのため、駐在武官に志願したエイラに驚き、エイラはその流れで魔弾隊に志願し、太平洋戦争に従軍していきく。501出身者初のガンダムパイロットとして有名になり、乗機がフェネクスであることから「サーニャ愛で制御しやがったぜ」とネット掲示板にネタにされていくのだった。

「サーニャに命令を出しとく。こっちは今、スピルバンさんがグランナスカ呼び出して、ビックバンカノンかますとこ」

「あれ、何に撃つんです」

「え?怪人の群れ」

黒江がそういい終える間もなく、スピルバンがグランナスカを呼び出し、カノンフォーメーションに変形させ、ビックバンカノンを放つ。それに続いて。

『電子星獣ドル――!!』

今度はギャバンである。数が多いので、戦闘母艦で焼き払おうという寸法らしい。それに続いて。

『ギャビオーン!』

『バビロース!!』

続いて、戦車であるギャビオンも追加するギャバン。シャイダーもバビロスを呼び出すなど、地形ごと吹き飛ばす気満々である。

「相手は怪人ですよ?オーバーですって。地形変える気ですか」

「私もわからん!とにかく、ヨハンナのことが終わったら連絡くれ!」

黒江がバルクホルンとの通話を終えると、電子星獣ドルの咆哮が響き、ギャビオンの履帯の音が戦場に轟いた。

『ドルファイヤー!』

ギャバンが電子星獣ドルに指令を発し、ドルは宇宙船すら溶かす炎を吐く。その姿はまさしく青龍であり、ギャバンの力のシンボルでもある。怪人軍団はこの思わぬ爆撃に混乱し、右往左往するばかり。更にバリドリーンが飛来し、地形を変えんばかりの爆撃を加える。

「急降下爆撃と炎、それにギャビオンの進撃。地形変える気だな、ヒーローの皆さん」

『バトルシャイア―ン!!』

「シャイダーさんまで戦車呼ぶのかよ!」

「俺もだ!」

「スピルバンさん、アンタまで!?」

『ガイオ―ス!!』

「相手が可哀想になってきた…」

三代のメタルヒーローが戦車を呼び出し、それを使い、怪人軍団を蹂躙する様は、黒江も『見てて可哀想になる』とぼやいたほど圧倒的であった。

「いっぱい居るし爆撃して戦車で轢くのは一番手っ取り早いんだよな、ガトランティスの遣り口だけど有効なんだわ」

「マジっすか、ギャバンさん」

「ああ。お義父さんが戦術研究で採用したばかりの戦術さ。こういういっぱいいる時は手っ取り早い」

「どっから学んでるんですか!」

黒江がツッコむが、シャイダーがこう返す。

「どっからでも学べるよ」

「おお、いいアイデアだ。よーし!『ジャガーバルカン、発進!!』」

「ゴーグルシーザー、発進!』

「ダイジュピター、発進!」

「ロボを直接呼ばないんすか?」

「爆撃なら母艦の方が火力あるんだ。母艦持ってない戦隊のほうが多いし、母艦が戦闘能力ない戦隊もいるしね」

三大戦隊の母艦が轟音と共に飛来し、追い打ちをかける。もはや燻り出しに等しい攻撃だが、ヒーロー達は仮面ライダー一号が『どんな手を使おうが、正義は勝つ!』と宣言しており、人質作戦やアジト放火なども実行していたので、一号の合理性が伺える。

「うーん。凄い作戦だわ、こりゃ」

「これ、燻り出しに近いですよ、師匠」

「お前、箒に連絡取ったか?」

「バスターランチャーを頼みました。私の小宇宙なら、充分に起動できます」

「クリスには言ったか」

「いえ、またなんか言われると困るんで、まだ」

「だろうなぁ。あいつ、長物になんかプライドがあるみたいで、前に私が銃剣付きガンポッドを作って、あいつのミサイル迎撃したら、ムキになって撃ってきやがるし」

黒江は雪音クリスのミサイルの雨あられをVFの戦術を用いて、全て迎撃した経験がある。その時にクリスが撃ち込んだ量は小型ミサイルが30発、大型が二発。黒江はその全てをVF戦術の応用で回避、または迎撃に成功している。黒江はミサイルの迎撃にガンポッドを使う手法は手慣れており、クリスを驚かせるほど的確に迎撃、あるいは回避している。そのこともあり、黒江が自由気ままに行動していた時期は『あたしがあいつをぶち抜いてやる!』と言うほど、闘志を燃やしていたが、身近に百戦錬磨のガンスリンガーたる、のび太がいる黒江には、全くもって相手にされていなかったりする。(のび太に射撃のコツを教えてもらった事、のび太が銃弾を避けるのに使う『相手の銃口の向きを観察する、引き金を引く瞬間のとっさの判断』のコツが伝授された事もあり、クリスのアームドギアの攻撃やギアのギミックを用いた攻撃は通用しない。黒江も味方についた後、『ミサイルってのは飛行アルゴリズムさえ解れば迎撃は簡単だぜ?あとは飛んできそうな所に弾幕を置けば良い、CIWSのやり方だな』と語っている)

「ん?バルクホルンから、こんな時にメールかよ。ん?日本のマスゴミ連中が、ガランド閣下が前線に出てる事にケチつけたそうだぞ」

「は?なんでカールスラントの軍事に日本が?」

「私が聞きてぇよ!」

この日、日本連邦の方針として、防空網に多額の資金を費やすことになり、乙戦が大増産され、甲戦は減産されてしまった。これは扶桑のドクトリンが甲戦偏重と批判された結果、強引に乙戦が数倍に増産され、零戦・隼は生産終了とされてしまうチグハグな軍事行政を日本が主導した表れだった。日本は旧型兵器の整理を強引に推し進め、高射砲も当時の最新鋭であった三式12cm高射砲と五式15cm高射砲のVT信管化を指令するなど、扶桑を混乱させていた。この時のチグハグな兵器行政が後の苦戦につながってしまうのである。高射砲はB-29に対抗可能なモノ以外は生産終了、戦車は戦後型に統一…。そんな日本側のトラウマと思い込みに根ざした兵器統一の思惑は、太平洋戦争で脆くも崩れ去る。しかし、本土防空網が完全に近代化されるまでの過渡期に三式12cm高射砲、五式15cm高射砲はその苦しい時期を支え、近代的な地対空ミサイルが完全に普及した後も、扶桑系部隊はしばらく使用し続け、戦争時には軽量な八八式7.5cm野戦高射砲なども公然と使用され続けたという。

「ガランド閣下、もう退役してるってのに。…あ、閣下ですか?トゥルーデからのメール見ました?なんて答えます?」

「元帥で、軍とは別組織の軍事部隊の長で現場責任者でも有るわけだし、前線に出るのくらい当然だろう?全く、軍事的無知にすぎるよ、日本のマスゴミ連中は」

ガランドは元帥に昇進している上、軍からは一応、前日に退役して、G機関の長という事に正式になった。501の上官は書類上はルーデルが引き継いでいる。それを日本のマスメディアは知らないのである。また、ガランドは現場主義の権化なのが兵たちに受けたので、その流れを引き継いだラルが前線に出るのも当然の事である。なお、21世紀に発生するネットスラングをガランドが理解できるのは、21世紀日本に滞在していることもあるからだ。

「どうします、閣下」

「後任に選んだラルが『戦闘機総監』、『ウィッチ総監』を兼職する空軍総監であることも説明せねばなるまい。それでいて、前線に出なくてはならぬ理由もな。こりゃ骨だな」

ガランドは溜息である。カールスラントでは前線に出る事が信頼を勝ち得る証であるので、ガランドやラルも現場主義の権化である。それは黒江にも影響を与えており、黒江も空将でありながら、結果的に前線でドンパチしている。ロンメルやモントゴメリーも結果的に言えば、前線で指揮を取らざるを得ないのが、M粒子散布下の戦闘である。

「この世界じゃ、将官だろうが、前線で骨があるところを見せんと、兵たちの統率もままならん。君たちが撃墜数で舐められたようにな」

「閣下、あれには困りましたよ。世代交代が進んでるから、坂本と竹井が怒鳴んないと若い連中は従わねぇし…」

「中佐の覚醒が遅れたのが痛かったな。赤松の着任と同時に伝えた時の若い連中のあの顔ったら…。腹がよじれたぞ」

「あれは助かりましたよ。若い連中の青ざめた顔ったら、なかったですよ」

赤松の着任日にレイブンズの公式スコアが更新され、三人は1945年当時でも、トップクラスのエースになった。しかも陸戦型が複数含まれている『対地対空双方のエース』なのだ。しかも、黒江はエクスカリバーを召喚し、智子は変身してみせたのだ。まさしく事変の再現であり、坂本と竹井は大喜びであった。さらに黒江は単独で基地に迫る大型怪異を迎え撃った。

『さーて。久しぶりにあれを使うか……天地開く神剣を!』

黒江は左腕に乖離剣エアを召喚する。その時が手刀でないエアをきちんと使用した初の事例だった。

「ガキ共、よーく見とけ。これがレイブンズが筆頭、黒江綾香の復活の狼煙だ!!」

そう言って、左腕に持つ乖離剣エアを叫びとともに一閃した。文字通り無敵の一閃を。

『死すら死せん!!神剣!!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!』

その瞬間、世界をさえ斬り裂く一閃が怪異を塵一つ残さずに消滅させた。これはエクスカリバーすら凌ぐ一閃であり、事情を知る面々が拍手を送り、それ以外の若者達は茫然自失である。無論、当時のミーナも。

「エヌマ・エリシュ。世界も斬り裂く、私の左腕に宿す切り札の神剣だ。防げるのは……」

「私の『全て遠き理想郷』のみですね、中佐」

「ああ、そうだな?ハインリーケ?」

わかっていて、そのような会話を交わすアルトリアと黒江。アルトリアは着任当時は容姿をハインリーケのそれを使用しているが、振る舞いは完全にアルトリアのそれになっており、ハイデマリーと親交があるミーナを驚かせていた。黒田は理由を知っているので、今にも吹き出しそうであり、芳佳がそれを助けている。また、黒田は今回、年齢と裏腹に志願年度の都合で、竹井と坂本よりもメンコが多いので、竹井は黒田に敬語を使っていたりする。

「エヌマ・エリシュ、衰えてないみたいですね。先輩、おかえりなさい。久しぶりですね」

「ああ、只今。久しぶりにコンビ組もーぜ、オイ」

黒田は改めて、黒江の正式な復活を祝う。黒江とコンビを組んでいる仲であったので、斬艦刀もこの時に返還する。その時、若いウィッチ達の内、中島錦と諏訪天姫が青ざめる。

「うそ、あの人があの伝説の…レイブンズ!?」

「嘘だろ!?レイブンズなら、そんな若いはずが……」

「知ってるの、錦」

「そんなもんじゃないっすよ…。今の扶桑ウィッチの勃興を担い、クロウズが常に比べられていた対象の伝説!まさか本当だったなんて」

赤ズボン隊のフェルがその一言で茫然となる。クロウズの戦果はこの時期でも有名だが、そのクロウズが常に比較されていた先達。世代交代が早いウィッチ界隈では、今やレイブンズは伝説になっていた。言わば、ブラックサタンが日本を攻めた時期のダブルライダーのような位置づけだ。

「まさか、上の世代の間で引き合いに出されてた、あの伝説!?」

「あのなぁ。まだ7年なのに、伝説扱いかよ」

「まったく、これじゃアタシらが年寄りみたいだぜ」

圭子はこの時、公の場で初めて、レヴィのキャラを表に出した。そのため、若い者達は驚いている。

「お、ケイ。そのキャラも久々だな」

「ガキ共に舐められてばかりだし、ここらでシメねーといけねぇしな」

「あ、あの加東中佐?」

「ああ、心配しなくていいわよ、サーニャ。これがケイの素だから」

智子もこの調子である。その三人も……。

「よぉ、坊主共!」

「まっつぁん!」

赤松の前ではこれである。赤松はメンコがこの場で一番多く、ミーナのG化を促すため、ロンメルが送り込んだ特務士官である。

「さて、儂が来たからには、儂の言うことをよく聞けよ、ボウズ」

「は〜い」

黒江は赤松とは親子のようなものなので、すぐに言うことを聞いた。組織的な都合としては、レイブンズの中でも我が強い黒江、圭子を統率するため、赤松が送りこまれた。また、特務士官の扱いが同等であることを日本に示すための道具でもある。すでに挨拶は済ませていたが、この時が部隊全体への初めての顔見せだった。扶桑では、叩き上げの特務士官は兵科将校に頼られる存在であり、黒江が赤松を母親のように慕っているのは、丁度いいモデルケースだった。これは海軍の軍令承行令を廃止せんと、予備士官を人材の源流にする海保と一部の防衛省背広組が策動していたからで、これが海援隊殴打事件への伏線でもある。殴打事件やクーデターからの戦争勃発後、特務士官の指揮序列が明記されるのは、日本が明記にこだわった結果である。海軍ウィッチが粛清人事と、アリューシャン島流し組の全滅により、47年度の金鵄勲章や空軍設立後の功労賞の受賞者のでっち上げさえ苦労する事になるのは、日本の徹底した粛清と島流し、井上成美の空軍化の後遺症でもある。井上成美の空軍化政策は専門部署の新規立ち上げが持ち上がった段階で、海軍航空隊を死に体に追い込む結果を招いた。空軍は海軍の陸上航空隊をほとんど引き抜いたので、海軍の空母部隊に残されたのは、育成途上の僅かなウィッチと飛行時間が400時間もない未熟なパイロットたちであった。折しも、空母艦載機がジェット艦載機へ更新するタイミングである不幸も重なり、この時期に在籍していたベテランパイロットの多くを空軍に持っていかれてしまう。そのため、海軍機動部隊は張子の虎と揶揄されてしまう。体面を保つために、空軍の海軍経験者の多くに功労賞を授与したりする行為は虚しいものであり、その面から言えば、黒江が井上成美を空軍に移籍させたのは正解だった。つまり、井上成美は空軍を一個の独立させた軍隊として存在させる事には考えが及ばなかったのだ。(扶桑の多くの高官にとって、空軍は陸海の大規模合同部隊という認識でしかなかったのだ)日本は井上に『台湾沖航空戦やマリアナ、そしてガダルカナル。多くの将兵を死なせたその責任は同位体であろうと、取ってもらいますよ、閣下』と迫り、井上の海軍の航空化政策を否定した上で、空軍移籍を促したわけだ。井上は『軍政家に戦術は無理だよ』とはっきり述べた上で『同位体の責任を取る』と言い、比叡が憤激して、35.6cm砲を撃ちそうになる一幕もあった。そのため、井上はダイ・アナザー・デイ中のこの日、空軍へ大将として移籍していった。元々、ヤマトショックやデモインの出現から、自分の読みが甘かった事を痛感しており、移籍は元から決意していた。

「なに、比叡。私も似たような事を言っている。戦略的航空部隊であれば、海軍や陸軍とは別の組織であることが望ましいかもしれんな。大西が排除されておる以上、源田くんの手助けは必要だろう」

――これが井上の海軍軍人としての最後の言葉である。抜擢された源田は当時、まだ40代。高官になるには若すぎる。将官の自分が手助けに必要だろうと合理的に判断したのだろう。その判断は吉と出た。数年後に始動する空軍高官の多くは海軍移籍組になり、一応は海軍の面子は立った。そのメリットを理解できなかったのが反Gウィッチ閥である。反G閥は遠大な視点から物事を見れないという、職業軍人としては落第点とか言いようのない者達の集まりであり、ガランドは『いずれ瓦解する』と冷静に見ている。実際、このダイ・アナザー・デイの最中には黒江らを慕う、現役最古参組が次々と、黒江達のもとへ馳せ参じんとして、あきつ丸から発進している。それが超過労働に悩む黒江には吉報であり、その数は最終的に一個飛行大隊にも相当したという。いずれも明野飛行学校のトップ教官であり、黒江の現役時代を知る最後の世代である。その事実も、当時の時点で反G閥の大義が薄っぺらなものである証明であった――






「――先輩、日本にダメにされた東二号作戦の連中の内、あたしらを見てた最後の世代の連中が自主的にあきつ丸を出たそうです!」

「おお!そりゃラッキー!連中に連絡を取って、武子に連絡取るように言え!ラー・カイラムを目印に集結後、直ちに武子の指揮下に入って、そのまま任務につけと!」

「アイアイサー!」

黒田が喜び勇んで、連絡を入れてきた。黒江達の不遇の時代に部下だった世代であり、今はトップ教官である者達が自主的にあきつ丸を発艦、続々と集結しつつあるというのだ。この時にレイブンズを慕ってきた者達は、世代的にはクロウズの直接の後輩にあたる数世代のウィッチで、レイブンズの第一次現役時代の晩年に部下だった者達であった。到着しつつあるのは、501幹部級のローテーションを組める程度の数であったが、全員がその後に64F隊員になる猛者たちである。元々の501とほぼ同程度の人数がやってきており、その内の五人は、第一戦隊から旧64戦隊時代に仕えていた最古参になる。残りは戦勝式典を見たり、映画で憧れた世代のウィッチであるが、レイブンズの武勇を知る世代である。黒田がリーダーに『いい、加藤隊長の指令を伝えるよ。ラー・カイラムを目印に空中集合、以後は隊長の指揮下に入れ。以上。お前らの事務処理は隊長が行うから安心しろ!』と指令を伝え、早くも後々の立ち位置の片鱗を見せる。向かっているのは、当時の20歳から16歳までの古株世代のウィッチたちだが、本来は50人ほどが補充という名目で参加が予定されており、現地で活動中の47F、50Fなどの補充要員も含まれていた。その二隊は64Fとなる予定の501の中隊の護衛も勤めている故に消耗も激しく、実働できるウィッチは二隊で6人という有様だった。当然、補充を要請していたが、その補充が帰されたという報に激怒。二部隊の隊長と副官が連邦評議会に猛抗議するに至った。窮した評議会の日本側参加者は、二部隊の実働隊員を一時的に64に編入する案を提案した。これは47、50の増援となるはずの隊員も一律で帰国させていたためで、後で気づいたが、もはや後の祭りである。地球連邦が再度送れるのにも限界があるためだ。そのため、Gウィッチ達がフル稼働するしか機材の不足を補う方法はなく、二代目レイブンズに指令し、慌てて21世紀の64Fから機材を持ってきて、それをやってきたウィッチに充てがうという泥縄式の対応も武子は取った。そのため、黒田の指揮下に入った最古参組は第二世代宮藤理論型である『F-104J』を使用できる幸運に預かれた。二代目レイブンズが持ち込んだ後世の第二世代宮藤理論型ジェットストライカーを使用できたのは、ラー・カイラムに集まったウィッチ達だけである。機材不足に悩んだ武子が21世紀にいる、孫の美奈子に命じて、未来の64F基地の格納庫にある予備機材を探させ、稼働状態にあった機体を持ってこさせたのだ。その主力は21世紀の頃には引退し、物品扱いで保管されていたF-104Jだった。これには戦間期から太平洋戦争で黒江達が実際に使った機体も含まれており、有志の手で稼働状態を保っていた元・愛機である。


――ラー・カイラムの格納庫――

「おばあ様、おば様達が使っていた機体は先代の隊長達が稼働状態を保つようにしていましたので、中は新品同様です。ガワは古ぼけましたが」

「製造から50年以上も経てばそうなるわ。マーキングは当時から?」

「補修してありますが、戦時中の状態を維持しています」

古ぼけたF-104Jストライカー。それは三人がこれから実際に使用するはずの機体と同一の個体の年月を経た姿である。機体に描かれている部隊マークなどは太平洋戦争で士気高揚のプロパガンダの意図もあり、空軍公式の洒落た文化として、陸軍からそのまま持ち込まれた文化である。これは陸軍の持っていた瀟洒な文化がプロパガンダでの必要性から、太平洋戦争で全軍に奨励されたもので、扶桑航空での陸軍航空出身者の強い影響力の証ともされた。海軍航空出身者はプロパガンダに利用されるような文化に強く反発したが、海軍航空隊の組織防衛の観点から、戦時中にようやく開始したという、実に情けない話も21世紀に残されている。レイブンズ機の他は戦時中に増設された魔弾隊が採用していた『シェブロンに丸付き南十字星』である。魔弾隊が使用した個体なのだろう。

「他は?」

「魔弾隊が使用していた個体です。式典用に維持されていたものです」

「ジャンジャン持ってきなさい。魔弾隊の主要メンバーがいるから、その子達用も」

「もう用意してあります、おばあさま」

「用意がいいわね」

「母さまがMATに手を回して、MATで保管されている個体も持ってこさせるそうです。これで24機は確保できます」

格納庫に武器と共に並べられるF-104J。少なくとも、数年は先取りしている編成である。

「私も腕試しで参戦します、おばあさま。私の時代だと、実戦は珍しくなったので、腕試しをしたいんです」

「我が家の恥を晒さないようにね、美奈子」

「伊達に、母さんに代わって、貴方の衣鉢を継いだわけじゃありませんよ。おばあさま」

武子は智子と違って、実子がいるが、時代の趨勢的にMATが絶頂の頃であったのもあり、武子の後継者にはならなかった(技術系に行った姪はいる)。そのため、その子である美奈子が母親に代わって、武子の衣鉢を受け継いだ。2000年代後半時点で、1945年の祖母と同階級、容貌もそっくり。これは隔世遺伝であり、黒江が見分けのために容貌の調整をしているのも分かるほど、後継者達は皆、そっくりの容貌であった。ただし、智子の後継の麗子だけは雰囲気の違いで分かるため、同じ髪型でも分かる。(マフラーの文字が綺麗なのも大きい)

「お武のおばさま、武器はここで?」

「そこで良いわよ、澪。貴方、髪伸ばした?」

「みんな母さんと見分けつかないって言うから…」

「あー…」

圭子の後継者の澪は、両親が事故で亡くなっているせいか、圭子の元々の性格に近い優しい人柄だが、現在の銃撃狂である圭子の才能はしっかり受け継いでいる。そのため、圭子が『アウトロー』なら、こちらは『気高い保安官』にあたる性格である。見分けをつけるため、髪をロングにしたらしい。また、澪が子供の頃、圭子が『アタシみたいなのは実力が隔絶してるから許されるんだ、中途半端に粋がるんじゃねぇぞ!!』と教育したせいか、生真面目になったので、『あのケイの系譜とは思えん』とは、マルセイユの談。

「おばさま、母さんは?」

「今は最前線よ、翼。調の容姿を使ってるわ」

「ああ、調姐様の」

黒江の後継者の翼は調もその育児に参加していたため、調の事は『姐様』と呼んで慕っている。そのため、調も『妹』のように可愛がっており、この時点で面識がある。従って、この時点の切歌とは、明確に慕う存在、自分が守るべき者(自身を慕う、黒江の義娘)がいる時点で、精神年齢にも差が生じていた事になる。

「母さん、姐様の容姿を好んでますね」

「貴方が来てるかららしいわよ。それに、聖衣も同じだからとか言って、調の容姿を取ってるわ」

翼は綾香の隠居後、黄金聖闘士としての衣鉢も継いでいる。その事が綾香が現在、射手座を借用している理由である。また、調に成り代わっていた時期もあるので、素が出しやすいのだろう。黒江翼は武子と会話をしつつ、そう思った。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.