あかり達が観客席で避難誘導を手伝っている頃、アリーナの内部では一夏と鈴音が侵入者と向かい合っていた。

「何よあいつ。人の戦いになに横槍入れちゃってるわけ?」
「まったく同意だな。邪魔しやがって」

そういって、二人は互いを見つめあう。

「なぁ鈴。ああいう無作法な奴はどうすればいいと思う?」
「そうねぇ……ぶっ飛ばせばいいんじゃないかしら?」

そして、二人が笑みを浮かべる。
その笑みは、非常に獰猛な獣を連想させる笑みだった。
その時、二人に管制室から通信が入る。

『織斑君! 鳳さん! ご無事ですか!?』
「山田先生? こっちは大丈夫ですけど……何が起こったんですか?」
『山田先生、代わってもらおうか。二人とも、現状を伝える。現在そいつの進入と同時にアリーナの殆どのシステムがハッキングを受け此方からの制御を受け付けない。アリーナへと通じるシャッターもそれにより開放不可能な状況だ。技術科の選りすぐりがハッキングの影響を取り除くために行動しているが、教師陣もそれが終わるまでそちらに向えない』
「つまり私と一夏で今のところ何とかしないと駄目って事ですよね?」

つながっている通信の後ろからは、先ほど言っていた技術科の人々の物であろう声がちらほらと聞こえている。
その声はどれも切迫感にあふれていて、現状が非常に良くはないことを一夏達に訴えかけていた。

『そう言う事だ。すまないとは思って居るが……何とか教師陣の突入まで堪えろ。いいか? 決して戦おうなどと思うな?』
「いや先生そうしたいのは山々なんですけど……」

侵入者が、一夏たちのほうへと歩を進め、進入時に出来たクレーターから出てくる。
その顔の部分は装甲に包まれているが、明らかに一夏たちを見ている。

「こっちが戦いたくても無理みたいだ。完全に向こうがやる気だ」
「逃げ道が無いなら、戦うしかないんで、私と一夏で何とかします!」
『何!? 無茶はやめろ織斑! 鳳!!』
『織斑君!? 鳳さん!? 無茶を……ちゃだ……す!!』

鈴音が下した決断に、千冬と真耶は当然反対するが、その通信にノイズが走る。
やがて通信は完全にノイズしか伝えてこなくなった。
とうとうハッキングの影響が通信関係にまで影響を及ぼしたのだ。
しかし、一夏達にその事を気にしている暇は無い。
なぜなら目の前にそれよりも大きな脅威が既に居るからだ。

「一夏! 条件変更よ。あいつをぶっ飛ばして無事だったら許してあげるわ!!」
「そんなんでいいのかよ! 俺は別にそれでもかまわないけどな!!」

鈴音が先に侵入者に向かっていき、その後ろに一夏が付いていく。
侵入者はそれに対し右腕を一夏達に向ける。
そしてその腕に備えられた大きな穴に、光が集まり始た。

「っ!? 一夏!!」
「分かってる!!」

鈴音がその意味に気が付き、直進から一点、右へと移動する。
一夏は左へと動いていた。
そして今まで二人が居た場所を貫いていく光の帯。
それは侵入者の腕の穴から放たれた高出力のビームだった。
自分の攻撃がかわされたと確認するや否や、侵入者は今度は左腕を上げる。
その左腕にも、右腕と同じビーム発信器が備えられていた。
その発信器の向いている先は……鈴音。

「なんのぉ!!」

しかし、鈴音は侵入者の腕に龍砲を当てることにより腕の向きを反らし、何とか回避に成功した。
そして、その隙を逃すほど鈴音はお人よしではなかった。
未だに腕からビームを放っている侵入者に、鈴音は双天月牙を召喚し
斬りかかる。
それを払いのけようと侵入者は鈴音に向かって腕を振るうが、

「俺を忘れんなよ!!」

背後からの一夏の攻撃により、その腕は鈴音を捉えることは無かった。
一夏は鈴音に攻撃が集中している様子を見て、そのまま侵入者に忍び寄っていたのだ。
そして、そのまま二人で侵入者に攻撃を加えていく。
鈴音は龍砲と双天月牙を交えた攻撃を加えていき、一夏も大振りな侵入者の攻撃を危なげなくかわして攻撃を加えていく。
鈴音の攻撃に完全にではないとはいえ対応できていた一夏にとって、侵入者の速度に欠ける攻撃は容易くかわせる程度の物だった。
そして、ついに侵入者が膝をついたようにうずくまる。

「ったく、タフすぎだろ……」
「全身装甲だから仕方ないわよ。でもまったく効いてないって訳じゃないみたい。こっからが正念場よ!!」

鈴音の言うとおり、侵入者のISのあちこちからは紫電が走り、動きも先ほどまでと違いぎこちなさが残る。

「とは言えどうしようかしらね……こっちはさっきの試合でも結構消耗してるし、補給できればいいんだけど……」

アリーナを見回す。
どこもシャッターが閉まっている。
それだけなら開ければいいだけなのだが、教師陣が未だに突入してこないということは未だにあのシャッターは開くことが出来ないのだろう。

「補給も無理、か。このままじゃジリ貧ね」
「…………」
「一夏?」

鈴音が現状に思考を向けている間、一夏はじっと侵入者を見ていた。
その顔には、疑問の表情が隠そうともせずに浮かんでいる。

「どうしたのよ? あいつをじっと見て」
「いや、ふと思ったんだけどさ、ああやってISを含む機械がバチバチ行くときってどんな時だ?」
「は? 大体は故障ギリギリって時だけど……それがどうしたのよ?」

鈴音の言葉を聞いて、一夏は「やっぱりか」と一人で何事かに納得する。
その様子に鈴音は頭に小さい井桁を作る。

「何一人で納得してるのよ!?」
「いや、故障ギリギリでああいう風になるなら、つまりあれって故障寸前なんだろ? だったらああなったら俺はさっさと逃げるんだけど、あいつ逃げるそぶりがまったく無くてさ……それがおかしいなと思ってんだよ」
「はぁ!? 何言って……」

そう言って鈴音は侵入者の方へ顔を向ける。
確かに、侵入者は此方をじっと見据え、立ち上がろうとしているがそこに逃げ出そうなどと言う意図はまったく見えない。
むしろ、何度立とうとしても立てないのに、立とうとすることを繰り返している侵入者は、非常に不気味でさえある。
まるで倒れてしまったぜんまい式のおもちゃが、それでも巻いたぜんまいが止まるまで動き続けるみたいに、与えられた役割しか出来ないと言わんばかりの……

「確かに変ね。あそこまで立とうとしても立てないなら、むしろISは邪魔。私ならさっさと脱ぎ捨てるわね。で、勝ち目ないから降参よ」
「だろ? まるで機械みたいにあれしかやろうとしない」
「まさか、あれに人が乗ってないとか言いたいの? ありえないわ。ISは無人じゃ動かせないのよ?」

そう、鈴音の言うとおりそれは現在の常識である。
もちろん無人でISを動かすための研究は行われている。
しかしそのすべてが今の所失敗に終わっており、それほど成果があるわけではない。

「ありえないなんて言えないだろ? 俺達のISだって最初はありえない物だったわけだし。それに俺の予想だと……世界で一人、あの人ならこれも作っちまうような気がする」

そう言う一夏の脳裏によぎるのは、不思議の国のアリスのような格好をし、頭には何故か機械仕掛けのウサミミをつけている女性の姿。

『わっはっは〜! 流石いっくん! よく気がついたね〜!! うんうん、後でハグってあげよう!!』

ついでに、その女性がそんな事を言っている姿もしっかりと想像できた。

「そいつが誰かは今はいいけど、問題は仮に無人だからってどうするのよって事。ただでさえ硬いのに、それにISのシールドがあるんだから」
「それだったら問題ない。あいつが無人だったらこっちにもやりようがある」

そう言うと一夏は雪片弐型を鈴音に見せる。

「これが千冬姉の武器とおんなじことが出来る物だって言ったら……分かるよな?」
「……そういうことね」

ISを扱うもので、織斑千冬がモンド・グロッソにてブリュンヒルデになる為に一役買った武装と単一仕様(ワンオフ・アビリティー)の事を知らない者は居ない。
相手がどれだけ強固だろうと関係ない。
触れたエネルギー一切を消し去り、ISの防御を取り去ってしまうその一撃。
織斑千冬専用機『暮桜』の武装。
名前は雪片。そして単一仕様の名前は『零落白夜』。
そして一夏が今鈴音に見せている武装の名は雪片弐型。
正統なる雪片の後継にて備えている単一仕様も同様のものだ。

「こいつだったらあいつにでかい一撃をくれてやれる!」

そう言って一夏は鈴音をまっすぐ見据える。
その瞳に宿るのは、確固たる決意。

「……OK。でもそれをどうやって叩き込むの? いくら向こうが立てないからって、迎撃ぐらいはされるんじゃない?」
「それも考えてある。俺の合図と同時に衝撃砲を全力で撃ってくれ」
「衝撃砲でもそんなに隙を作れそうに無いけど、いいの?」
「問題ない」

一夏の目を見て、そして鈴音はまるで根負けしたかのようにため息をついた。

「分かったわよ。でも失敗したらただじゃ置かないから」
「任せろって」

互いに軽口をたたきながら、それぞれが準備を開始する。
鈴音は龍砲をチャージし始め、一夏はそのまま鈴音の前に立つ。
それを見て鈴音は一夏に対し大声を上げる。
当然だ。そのままでは最大出力の龍砲は一夏に当たり、侵入者に当てることが出来ないからだ。

「一夏! 何やってるのよ! 退きなさい!!」
「いや、これでいいんだ! そんままぶっ放せ!!」
「はぁ?! 何言って……」
「早く!!」

しかし何度言っても一夏はその場所から動こうとしない。
力づくでそこからどかそうとも考えたが、これも一夏の考えなのだろうとなんとか自分を納得させる。

「ああもう!! どうなっても知らないからね!?」

そうしているうちにも龍砲のチャージは進んでいく。
しかし、そこで予想外の事が起きた。
今まで立ち上がろうとしかせず他には一切行動をしなかった侵入者のISが急に動きを変えてきたのだ。
一瞬動きを止めたかと思うと、すぐさま動き出し、右腕を一夏達の方へと向けてくる。

「なっ!? あいつまだ動けたの!?」
「まだか! 鈴!!」
「くっ! もうちょっと……もうちょっとなのに……!」

侵入者は、先ほどの動きは無理があったものなのか、紫電だけではなく間接部などで小さな爆発を発生させている。
しかしそれでも、発信器はしっかりと一夏達へ向けられている。
その発信機に宿る光は急速に大きくなり、このままでは龍砲を放つ前に侵入者がビームを撃つほうが早い。
これまでか……

二人の心を諦めが覆い尽くした時だった。

『タイミングは?』
『完璧ですわ!!』

ノイズだらけで繋がらないはずの通信から、男女の声が聞こえてきた。
そして次の瞬間、侵入者の右腕を光の線が貫き、右腕が爆発。
その爆発により侵入者の右腕のビーム発信器が破損、収束していた光は霧散した。
追い討ちとばかりに黒い……よく見ると黒に限りなく近い、深い青色の影が侵入者の目の前に着地し、すぐさま離れる。
しかし、その一瞬で今度は左腕から紫電が走る。
両腕の武装が使用不可能にされた侵入者は、顔面に当たる部分にある小口径ビーム砲を起動させ……しかし、それを放つ事は出来なかった。

「鈴!!」
「チャージ完了! ぶっ放すわよ!!」

そしてそれと同時に龍砲のチャージが終わった。
鈴音は多少ためらいながらも、龍砲を一夏の背中へ向けて発射。
当然、最大出力のそれを受けて、白式は大破……

「ぐっ、ううぅぅぅぅぅぅぅ……!うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

とはならなかった。
一夏は龍砲があたる瞬間に瞬間加速を敢行したのだ。
それにより、龍砲が当たった瞬間に瞬間加速が開始される。
それは、瞬間加速を龍砲の衝撃で後押しするという、一見すれば正気とは思えない手段。
そのような綱渡り、誰もやろうとはしないだろう。
それを一夏はあえてやったのだ。
当然、白式は無傷とは行かなかった。
しかし、一夏の狙い通り、白式は龍砲の補助を得て従来では出せない加速を可能とし、見る見るうちに一夏と侵入者との距離が縮まっていく。
そして……

「こいつを……くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

雪片弐型の刃の部分が展開し、そこからエネルギーの刃が形成される。
大上段に振りかぶられたそれは、相手のシールドをものともせず切り裂き、それだけにとどまらず装甲さえも叩き切った。
いくら強固な装甲といえ、龍砲の衝撃を加えた瞬間加速の勢いをそのままに振られた刃を止める事は出来なかったようだ。
本来ならそれほどの衝撃でぶつかったのなら斬ったほうもただではすまないが、残念ながら現在雪片弐型の刃を形成しているのはエネルギー。
もとより折れる筈が無かった。

斬られた直後は一夏へ何とか攻撃を加えようとしていた侵入者だったが、やがてその動きを止め、地面へと崩れ落ちた。
一夏は痛む背中に手を当てながら今しがた自分が切り捨てた侵入者に近寄る。

「……やっぱり無人だったみてぇだな」

一夏の目に映ったもの。
それは本来なら人が入っているべき場所に収められた機械の数々だった。
切り裂かれた断面は紫電を放っていたが、やがてそれも止まった。

「終わったぁぁぁぁ……」

相手が動かなくなったことを確認できたため、気が緩んだのか、一夏はその場でISを装着したまま大の字に寝転がる。
すると、上空には二つの影があった。

「さっきの射撃はセシリアだったのか。それにその後のはあかり兄か……助かったぜ」
『お気になさらないでくださいな。それより遅れてしまって申し訳ありませんでしたわ』
『お疲れ様一夏。今そっちに降りるよ』

上空から降りてきたのはブルー・ティアーズを纏ったセシリアと刃鉄を纏ったあかりだった。
あかりは地上に降りてくると、そのまま一夏に手を差し出す。
一夏はそれを掴み、あかりの肩を借りて立ち上がった。
セシリアは同じく気が緩んで座り込んでいた鈴音に手を貸していた。

「でも、なんであかり兄達が? シャッターは閉まってるからまだ援護は来ないって千冬姉が言ってたけど」
「それが僕にも分からないんだよ。避難誘導が終わって、僕達も一夏達の援護に行こうとしたらあちこちシャッターが閉まってたんだけどね、それが僕達が近づくと勝手に開いて行ったんだ」
「はぁ?」

ハッキングを受けて制御を受け付けなかったシャッターが開いて、教師陣が突入してこなかったということは、つまりこの無人ISを差し向けハッキングを仕掛けて来た下手人が手ずからあかり達の進路上にあるシャッターだけを開けていったということになる。
ご丁寧にあかり達が通り過ぎたシャッターを再びロックして。
それをやって誰が得をするのだろうか?
それではハッキングを仕掛ける意味があまり無いように思える……

(いや、あの人ならやりそうだけどさ……)

そう思い、一夏は先ほども思い浮かべた人物を思い浮かべる。
満面の笑みを浮かべ、此方に両手でピースをしてきていた。

(昔からそういう人だって分かってたけど、今回ばかりは……)
「流石に頭にきましたよ、束さん……」

一夏の額には、大きい井桁が浮かんでいたと、後にあかりは語る。


※ ※ ※


同時刻、某所

「うぅ〜! くーちゃん、いっくんが怒ってるぅ!!」
「自業自得ですよ。むしろ怒らないと思ってたんですか?」
「うわ〜ん! くーちゃんもひどーい!!」
「きっと千冬さんも怒ってるでしょうね。……あ、着信ですよ」
「はぅ! この着信はちーちゃん! くーちゃん助けてー!!」
「自業自得です」


※ ※ ※


『……と言う訳で後は教師陣に任せておけ。お前らは帰還しろ』
「わかりました、先生。さ、帰ろうか一夏」
「おう……?」

ようやくハッキングの影響を取り払い終えたのか、千冬からその様な通信が来る。
それを聞いた一夏の視界の隅で、ふと何かが光ったような気がした。
その光の正体を確かめようと、一夏が光が見えた地点を見やって……その表情を固めてしまった。

先ほどまで機能停止していたはずの無人ISが、確かに動いていて、その左腕をどこかへ向けていたのだ。
その腕が向いている先は……セシリアと鈴が居る地点。
一夏の様子の変化に気が付き、一夏の向いていたほうを見たあかりも、そのことに気が付いた。
しかし、警告をしようとしたときには既に遅く、無人ISの左腕からビームが発射された後だった。

「りぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!」

一夏の叫びに、鈴音とセシリアが無人ISの方を見る。
しかし、視界映るのはビームが向ってきているという光景だった。
あわや直撃と言う状況に、二人が思わず目をつぶる。
しかし、何時まで経ってもあたったという感覚はやってこない。
二人が目を開けると、見えたのは大きな背中。
一夏よりも大きなその背中の持ち主は……あかりだった。

「あかりさん!?」
「一夏ぁ!! やれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

背後から聞こえるセシリアの声に答えずに、あかりは一夏へ叫ぶ。
その叫びを聞く前から無人ISへと突撃していた一夏は、振り上げた雪片をそのまま振り下ろした。

「しぶといんだよ……この木偶人形が!!」

一夏の一撃を受け、左腕が完全に断ち切られる。
それにより、ビームは止み、無人ISは今度こそその機能を完全に停止させた。

「あかり兄! 大丈夫……?」

それを見届けた一夏はあかりの下へ駆け寄ろうとするが、その場で倒れこんでしまう。
何が起こったのかわからず立ち上がろうとするが、体に力が入らず立つ事ができない。
一夏に自覚は無かったが、本来出せるはずが無いほどの加速を体験した体はボロボロだったのだ。
そこにダメ押しの無人ISに止めを刺すための行動。
それにより一夏の体は限界を迎えた。
徐々に暗くなっていく視界の中で、鈴音が向ってくる光景をぼんやりと見ながら、一夏は意識を失った。



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