安易な戦争を選択した者よ

これから試練の時が始まるのだ

自ら生き残りを賭けた戦いの始まりだ

賭ける物は自分の未来と命

敗者は全て奪われ

勝者は全てを得る

さあ命を賭けた戦争という名のゲームを始めよう



僕たちの独立戦争  第三十四話
著 EFF


「会長! 今、ナデシコが帰還しました」

火星の放送を聞いていたアカツキは慌てるエリナの報告を聞いて問う。

「どうやって帰還したんだい?」

「サセボの上空にボソンジャンプしてきました。

 現在、サセボの地下ドックに入港しているところです」

「何だって! プロス君達は大丈夫なのか?」

生体ボソンジャンプの危険性を知るアカツキはエリナに尋ねる。

アカツキの問いにエリナは言いよどんだ。

「そ、その全員無事ですが」

「無事だけど、どうかしたのかい?」

「全員眠っています。自動でドックに入ったみたいです。

 それと二名が帰還していません」

「誰かな?」

アカツキが訊くとエリナは深刻な顔で答えた。

「ホシノ・ルリ、テンカワ・アキトの二人です」

告げられた二名のうち、ホシノ・ルリがいない事でナデシコの運用に支障が出る事にアカツキは気付いた。

「……火星に奪われたか。

 ナデシコの運用に支障が出るな。

 しかもさっきの放送を聞いたかい、エリナ君」

「……はい、聞きました。

 ネルガルにとっては最悪の事態に発展しそうです」

悔しそうに話すエリナにアカツキは頷いていた。

「この戦争の真実も公表された。

 まんまと火星に一杯喰わされたよ」

「そうですね。この先、どんな事態に発展するか予測し難いです」

「これでこの戦争の意味が大きく変わる可能性が出てきたよ。

 木星蜥蜴の正体が判明したんだ。連合政府と軍の対応はどうなるやら」

「火星と繋がりのあるクリムゾンの計画でしょうか?」

「いや、クリムゾンもこれには関与してないんじゃないかな。

 幾らなんでも連合政府の意向に逆らう事はしないだろう」

アカツキはそう話すが本人も自分の考えが正しいとは思わなかった。

(大変な事になりそうだな。この先政府にベッタリ張り付くのは不味いだろうね)

事態の推移を見ておきたいが、アカツキはこの後のプロスの報告に驚愕する事をまだ知らなかった。


―――クリムゾン会長室―――


「いよいよ歴史の改変だな」

エドワードの独立宣言を見ていたロバートは未来が完全に変化していく事を感じた。

「はい、これでこの戦争のすり替えも出来そうです」

「確かに火星の独立の方が地球には重要な問題ですな」

「いえ、これで木連も戦争を終わらせる手段の一つを手に入れる事が出来た筈です」

タキザワの発言にロバートも停戦への可能性を考えたが、難しいだろうと判断していた。

「連合はおそらく火星の虚偽発言と市民には説明すると思いますよ。

 軍も真実を隠蔽しようと躍起になるでしょう」

「無駄な足掻きをするものですな」

「だが木連が同じ手段を使えば状況は一気に進展します。

 会長のお考え一つで戦争の回避も可能ではないかと考えます」

側に控える秘書のミハイル・イルグナーは進言する。

ロバートもミハイルの発言に前回の草壁の変化を考えて可能だと判断する。

「確かに今なら出来るだろう」

「記録を見ましたが、草壁は思考を柔軟なものへと変えた感じがします。

 あの状態ならこちらが説明すれば、地球に対して宣戦布告を出来ると考えるでしょう。

 まず自分達の存在をアピールする事から始めさせるべきかと」

「私もそう思います。

 ただ強硬派の動きが気になります。

 ここに至って草壁の方向転換を快く思わないでしょう」

ミハイルの意見に二人も納得していた。

「どうも草壁とは別に発言力を持つ元老院なる存在があるみたいだな。

 しかもかなり頭の硬い連中のようだ」

「困ったものです」

ロバートがうんざりするように話すとタキザワも嫌そうに答える。

「なかなか姿を見せないし、所在もまだ不明なんですよ」

「では今回の作戦は予定通り山崎博士の処理ですか」

「そうなりますね。ずっと監視していましたが最悪な男でした。

 研究さえ出来れば、自分の陣営すら裏切りそうな感じで。

 発言内容も人間を人体実験の道具としか見てないようです」

タキザワが係わりたくないという嫌悪感だけが、二人には印象的だった。

火星の報復作戦の準備が完了していよいよ始まるところだった。


―――オセアニア連合軍基地―――


「兵士達の様子はどうだ」

「士気の低下は避けられないようです。

 正直裏切られたと思う兵士達の心情の方が理解できますから」

アルベルトの問いに副長はどうにもならないと答えた。

「やはりそうなったか」

「はい、各地の部隊も士気の低下に困っているようです。

 連合首脳部はデマと言いますが、市民も信じてはいないようで」

「本部も火星の虚偽に惑わされぬように指示を出しているが、フクベ提督の発言にマスコミが食いついているからな。

 いずれ誰かが命懸けで真実に到達するだろう」

「幸い……木連でしたか。

 彼らの攻撃が沈静化しているので、何とかなりますがこの先どうなるか」

未来への懸念を話す副長にアルベルトは話す。

「今、火星が木連に攻撃を仕掛けている。

 木連も火星の攻撃で地球まで手が回らないのだろう」

「ど、どうしてそんな事を!?」

驚愕しながらアルベルトに副長は訊く。

「ロバート会長から極秘で教えてもらった。

 クリムゾンは火星の情報に関しては軍の情報部より正確に知っているみたいだ。

 一つ頼み事を引き受けたので、そのお礼にな」

「そ、そうですか」

動揺から立ち直ってきた副長にアルベルトは書類を見せる。

それに目を通した副長は納得できない気持ちを隠してアルベルトに真意を問う。

「これは何ですか?

 連合を裏切るつもりなのですか」

「何故そうなる。この計画は彼らの命を守る事が第一条件だぞ」

「ですが」

「考えてもみろ、腐っている上層部が不穏分子として彼らを見る事は避けられんぞ。

 放置していたら最前線に送られて前後から攻撃を受けて死ぬだろう」

アルベルトの考えに副長も黙り込んでしまった。

(それ程に連合軍のトップは腐敗しているのですか?)

「ならば、先手を打って彼らを生かす方法を考えるべきだとは思わないか?」

「確かにそうですが」

「実際、この部隊を軍の主導で編成しては満足に補給も受けられない事になるだろう。

 だがクリムゾンのバックアップがあればどうなる?」

アルベルトのこの一言で副長も決断した。

「了解しました。準備を進めます」

「すまない、厄介事を押し付けて」

詫びるアルベルトを見て、現在の連合の在り方に疑問を持っていたのだと副長も思った。

「火星に迷惑ばかり掛けていますな」

「ああ、地球は何時から傲慢な人間ばかりになってしまったんだろうな。

 これでは独立を宣言されても文句は言えないよ」

「残念です」

二人は悔しい思いを胸にクリムゾンからの提案を実行しようとしていた。


扉の前で立ち尽くすルナにジュールは聞く。

「シンはまだ塞ぎ込んでいるのか?」

「……うん」

「いい加減、立ち直って欲しいんだが」

「ジュールは…平気なの?」

ルナの質問にジュールは平気な様子で答える。

「別にどうでもいい事だからな。

 俺は人間の醜さや汚い所など何度も見てきたから、今更そんなに気分にならんさ」

バイザーを着けているジュールの顔を見てもルナにはそれが事実なのか判断できなかった。

(ホント、良く分かんないわ。

 大体バイザーなんて着けてるから余計に感情が見えないのよね)

苛立つようにジュールを見るルナの視線に気付かずにジュールは部屋に入ろうとする。

「ちょ、ちょっとどうする気?」

慌ててジュールを止めようとするルナに、

「方法は二種類くらいしか浮かばんから実行するだけだが」

落ち込んでいるシンを立ち直らせるとジュールは言う。

「どうやって?」

「一つは俺が落ち込んでいるシンを怒らせて強引に立ち上がらせる。

 この場合、復讐心を煽るから連合軍すら敵と思うかもしれん可能性がある」

「もう一つは?」

ルナの問いにジュールは平然と告げる。

「もう一つはルナが身体を張ってシンを引き上げる。

 この場合は愛情があるから、そう簡単に自暴自棄にはならんからいいんだが」

「な、何考えているのよ!! ジュール!」

間違った事など言ってないと告げるジュールにルナは真っ赤な顔で叫ぶ。

「むっ、問題でもあったか?

 今ならシンを攻略できるぞ。

 あのシスコンの目を覚ますには好都合だが」

「そ、それは……でも」

とても魅力的な意見のようにルナには聞こえていた。

亡くなった妹を今も大事にしているシンを、ルナには痛々しく感じている。

もし自分の事を見る事で痛みが軽くなるのなら……と思わず考えてしまった。

「悪い奴ではないぞ。

 むしろこのほうが都合がいい、あいつは戦場では早死にするタイプだが、今なら変えられるぞ。

 あいつは守りたい者があって実力を発揮するタイプと見た。

 ルナがあいつにとって大事な人になれば少しは安心できるんだが」

(シンは勝てないわね。思考パターンを全部読まれているわ)

ジュールの分析にルナはシンの単純さが悲しくなってきたと同時に、

(私も読まれているのかしら……なんか…やだ)

自分はシンみたいに単純ではないと思いたかった。

「今なら、どさくさ紛れで告白しないでシンに好きだと言わせる事も可能だが。

 むっ、それとも告白したいのか?

 天邪鬼なルナでは無理だぞ。

 それとも二人とも初めて同士だから不安でも?」

(こ、この朴念仁が。

 乙女の純情をなんだと思っているのよ)

言い知れようのない殺意が沸々とルナに湧き上がってきたが、ジュールは気にせずに話す。

「不安なら今度の非番にシンを経験させておくが。

 幸いにも隣町にそういう施設があると聞いているから安心していいぞ」

身も蓋もないジュールの考えにルナは爆発する。

「ふんっ!」

勢い良く繰り出された拳をジュールは僅かな挙動で回避していく。

「うぉっ、何をするんだ、ルナ?」

焦る事なく訊くジュールに更に追撃を加えようとするルナが言う。

「アンタに殺意が芽生えたのよ!」

「何故にっ!?

 その行動は非論理的だぞ」

「黙れ朴念仁!」

ヒートアップする攻撃を回避しながらジュールは反論する。

「俺が朴念仁なら、ルナはじゃじゃ馬純情娘か?」

「誰がじゃじゃ馬よ!」

「乙女は拳で語りはせんぞ」

ラッシュを回避して、肩で息をするルナにジュールは言う。

「少しは元気が出たようだな。

 ではシンをまかせるぞ」

ジュールはルナにそう告げると足早に去って行こうとする。

(ハッ、もしかして私を慰めたとか?)

ルナがそう思った時、ジュールが呟く。

「今がチャンスだぞ」

「どっちなのよ―――!?」

思わず叫んだルナだった。

ジュール・ホルスト……謎な男であった。

ルナは気持ちを切り替えてシンの部屋へと入っていった。


翌日、何とか復帰したシンとルナを見て、ジュールはニヤニヤと笑っていた。

(絶対ばれてるわ。からかわれているのかしら?)

「何とか立ち直ったようだな、シン」

「ま、まあな」

隣に座るルナを見て、シンはジュールに応える。

「では行くか」

「何処へ?」

「艦長がお呼びだ。

 おそらくこれからの事だろう」

真面目な顔で話すジュールに二人も真剣な顔に変わっていく。

三人は立ち上がって歩き出していく。


「ジュール・ホルスト、他二名入ります」

部屋に入るジュールを見て、アルベルトの隣にいた女性が呟く。

「ホワイト……クロノ?」

「?、何でしょうか?」

「いえ、気にしないで下さい」

その女性が言うとアルベルトは三人に話す。

「君達が最後だが、火星の住民で構成される部隊へ異動してもらう事が内定している」

「つまり最前線で死んでこいと」

ジュールが辛辣なセルフを言うとアルベルトは苦笑していた。

「残念だが少し違う」

「そうです。いずれあなた達は火星宇宙軍の部隊に所属が変更されます。

 今回の異動はその為の準備です。

 まず一度除隊して、クリムゾンの私設部隊として再編成して最前線に出ます。

 どうせ連合軍の補給など当てにはなりませんので、クリムゾンが表向き担当しますが」

「実際は火星がバックアップすると」

「物分りが良くて助かります。

 さすがモルガ君とヘリオ君のお兄さんですね」

ジュールはその言葉の意味を尋ねた。

「どういう事でしょうか?」

「クリムゾンXMC−C08、09と言えば理解できますか」

「ふざけるな!」

初めてジュールの怒声を聞いた二人は吃驚していた。

「安心しなさい、彼らは無事火星で保護していますよ。

 他にも何名もの君の同胞が火星で健やかに生活しています」

「それはここ最近起きている実験施設襲撃事件の事ですか?」

アンダーグランドで錯綜していた情報だと考えていたジュールはそれが事実だと知り…驚いている。

「火星に避難していた二人のマシンチャイルドが地球の企業に報復を始めました。

 それに気付いたクリムゾンは彼らとの和解の条件としてあなたの弟さん達を引き渡す事になりました。

 この作戦が完了次第、あなたは火星で弟さん達と暮らす事も出来ますよ」

告げられた事実を冷静に受け止めて、ジュールは思案していく。

そんなジュールを気にせずに女性は二人に話す。

「そういう訳であなた達は地球在住の火星人の移住を認めさせる為に最前線で戦ってもらいます。

 無論ブレードではなく、火星の最新鋭のエクスストライカーへの機種転換の訓練を行ってからですが」

「分かりました。

 俺は火星の住民を救う為に戦う事なら文句は言いませんが、出来ればルナは除隊させてください。

 彼女を最前線に送るのは嫌です」

「ちょ、ちょっとシン!?」

シンの発言に慌てるルナを見ながら女性は言う。

「彼女の意思を尊重しましょう」

「行きますよ、最前線に。

 お子ちゃまを行かせて、自分だけ生き残るなんて嫌ですから」

「ル、ルナ!」

「シンのお守りは私の仕事よ。

 あんた一人だと特攻して終わりになるからね。

 独りよがりの生き方なんてさせないわ」

「お〜お〜〜、乙女から女にクラスチェンジしたのか?」

「黙りなさい、捻じ切るわよ」

ジュールの声にルナは真っ赤な顔で呟くとジュールは肩を竦めていた。

「な、何で知ってんだよ?」

「アンタは黙ってろぉ―――!」

「ぐほっ」

強烈なボディーブローを受けて悶絶するシンを無視して、ルナは真っ赤な笑顔で誤魔化すように話す。

「ル、ルナ・メイヤー他二名異動を受理します」

「了解した。

 当面はこの基地で訓練を行ってもらう」

苦笑しながらアルベルトが受諾すると女性が自己紹介した。

「私は火星宇宙軍作戦参謀のレイ・コウラン中佐です。

 シン・クズハ、ルナ・メイヤーは機動部隊へ異動します。

 ジュール・ホルストは目の治療を行いながら訓練をしてもらいます」

「治るのですか?」

「火星の医療技術は地球より格段に進歩してますよ。

 ナノマシンの分野では追随を許しておりません。

 補助を兼ねたバイザー無しで見る事も可能かもしれませんから、検査を受けるように」

「……了解しました」

「ただ問題はありますが、しばらくは我慢してもらいましょう」

レイの呟きにジュールは聞く。

「問題とは何ですか?」

「会えば分かりますので、気にしないで下さい」

この時、ジュールは強引にでも聞くべきだったと後に俺達に告げていた。

俺達は新しい部隊で大事な人を守る為に戦う事になった。


―――木連作戦会議室―――


「秋山君、あと何度まで持ち堪える事が出来そうだ」

『残念ですが、市民船の護衛に艦を回すので二回が限度です』

画面に映る秋山は草壁に現状を簡潔に話していた。

「ジンシリーズを投入すれば、食い止められるか?」

草壁の意見に会議室の高木は叫ぶ。

「いけません! ジンシリーズは我々の切り札です。

 此処で使用するのは問題があります」

「では秋山君や市民を見殺しにせよと言うのかね」

「そ、それは……」

高木も草壁の意見には反論できずに困っていた。

現在、木連は火星の度重なる報復攻撃に混乱していた。

(やはり防衛戦は我々には難しいみたいだな。

 航路の特定も出来んが、もしや……跳躍で来たのでは。

 だとすれば相当危険な状況になっている)

状況を分析しながら火星の攻撃にどう対応するか、草壁は苦悩していた。

(迂闊に艦隊を分散させると各個撃破されていくが、市民船の護衛は外す訳には……)

『閣下、残念ですがジンシリーズは役に立たない可能性がありますので出撃は控えるべきかと』

「馬鹿を申すな、秋山中佐!

 ジンは火星の機動兵器ごときには負けはせんぞ!」

『いえ、機動力で負けています。

 ジンはその大きさのおかげで攻撃力では最強かもしれませんが、小回りの効く機動兵器を相手にするには……』

言葉を濁らせて秋山は苦い表情で話していく。

「つまりジンシリーズは対戦艦用だと考えるべきなのか?」

『はい、少なくとも機動兵器の相手には向いてはおりません』

「……同じ大きさでの兵器が必要だな。

 虫型では相手にならん以上、こちらも有人機で戦える機体を再開発するしかないか」

草壁が悔しそうに話すと高木が意見を述べる。

「しかし、ジンは我々の正義の象徴でもあります。

 役に立たないなど兵士達に告げるのは酷ですぞ」

『別に廃棄しろとは申しませんよ。

 ただ運用を見直さないと本当に役立たずになりますよ。

 兵器には一長一短があるのです』

「ば、馬鹿もん!

 そんな事は理解している!」

叫ぶ高木を見ながら草壁は木連の教育体制の見直しを急がないと危険だと思っていた。

(何をするにしてもゲキガンガーが中心にあるのは問題だな。

 まあ、娯楽が無かったのも問題なんだが)

結局、会議は良い策も出ずに現状維持で行くしかないという結果に終わった。


ユーチャリスUのブリッジで戦況を見つめていたクロノはアクアに話す。

「なあ、サレナで出撃しても良いか?

 久しぶりに復讐者の振りして木連に宣言してみようかと思うんだが」

「サレナで出撃はダメですが、木連に対して宣言する必要はありますね。

 あまり兵器開発を進めさせるような事態にする訳にはいかないの」

「確かにそうだな」

『では本作戦の最終段階に入りましょう。

 木連の損害はかなり出ていますので、当面は彼らも大規模な作戦を行う余裕はなくなりました。

 マスターとアクア様もこれから地球での作戦に参加しなければなりません。

 さっさと終わらせて火星に帰還しましょう』

次の作戦を控えている二人にダッシュは長期の作戦は控えて欲しいと考える。

スタッフも常に最前線にいるクロノに負担をかけるのは不味いと判断している。

「俺は大丈夫だぞ、ダッシュ。

 守りたい者がいるから、そう簡単には倒れんさ。

 生きて帰って守り続けるからな……安心していいよ」

穏やかに微笑むクロノにアクアは心配そうに聞く。

「……信じていいですね。必ず帰ってくると」

「ああ、子供達が大人になるまで守ってやらんとな。

 それにアクアとの約束を破る気はないよ。

 一緒に火星でのんびり暮らすんだろ、ダッシュも含めてみんなでな」

「ええ、そうですね。

 約束を破ったらお仕置きですよ、クロノ」

冗談交じりに話すアクアの胸には嬉しさが溢れていた。

(大丈夫、クロノは約束を守ってくれるわ)

優しく微笑むクロノにアクアも笑顔を返していた。

『ではマスター、

 我々は囮として港湾施設に攻撃を仕掛けてその隙に山崎博士のいる施設を第二艦隊で殲滅しましょう』

「よし、各艦に通達!

 本作戦の最終段階に移る、各艦の奮闘に期待すると」

クロノの宣言にスタッフも真剣な様子で作業を開始していく。

この作戦が火星にとって如何に重要かは説明を受けている。

この先、火星の住民を守る為に失敗は許されないと理解していた。

全員が一丸となって作業を進める光景にクロノは思う。

(俺の逆行が意味があるかはまだ答えは出ないだろう。

 だがもうそんな事はどうでもいい。

 今を全力で駆け抜けていこう、彼らと共に)

第二次木連報復作戦は佳境を迎えていた。


―――連合軍司令官執務室―――


「くっ、火星め。

 余計な事をしおって」

苛立ちを隠さずに司令官は状況を把握しようと躍起になっていた。

火星の地球からの独立宣言にマスコミは連日、テレビで過熱報道をしていた。

連合政府も連合軍も必死で否定していたが、

彼らは木星蜥蜴と呼ばれる存在の背後にいる者達についての議論を繰り返していた。

しかしナデシコより帰還したフクベとムネタケが軍の内部機密を公表する事で、

火星の宣言は正しい事が明らかにされて連合政府と連合軍は追い詰められていた。

彼らは世論を背景に軍内部の改革を訴えていた。

今は抑え込んでいるが、前線の部隊からは連合軍上層部の不信が高まってる。

「とにかく今はこのクリムゾンの提案を受け入れて成功する事で意見を封じ込めるしかないのか」

クリムゾンの提案は自分達が避難していた火星の住民を帰郷させる事を約束する条件で、

軍内部の火星の兵士達を集めて私設の遊撃部隊を編成したいという申し出であった。

内部に不穏分子を置いておく危険性を訴えつつ、彼らを火星へと帰郷させる約束で効率良く動かす。

しかも費用はクリムゾンが全て受け持つ事で軍には迷惑をかけないと告げている。

最前線に送るので死のうが生き残ろうが問題は無いときた。

勝てば自分の英断にして手柄を背景に意見を封じ込める可能性もある。

負けてもクリムゾンの責任にして責任を回避できる。

「悪くないな、しかも……」

認可していただければ、お礼は十分にさせていただくと担当者は話していた。

除隊しての徴用という形で命令権はないが、どのみち欧州の最前線で動かすので苦労するのは欧州ブロックの面子だ。

ならば承認しても問題はないと彼は判断した。

都合のいいように解釈したが、この決断が連合軍の首を更に締め付ける結果になる事を彼は知らなかった。


―――クリムゾン会長室―――


「相変わらず目先の事しか考えない愚か者だな」

報告を聞いてロバートは呆れるように話す。

「全くです。

 経済効果も波及していく事は間違いないでしょう。

 欧州をクリムゾンの名で埋め尽くす事も不可能ではありませんよ」

「少なくとも欧州はオセアニアと同様に親火星派になる可能性が出ました」

「タキザワさんの意見を基に作成した計画は見事に的中しそうですな」

「市民にとっては連合なんてどうでもいいでしょう。

 自分達の生活を守ってくれる者に感謝します。

 汚いやり方ですが、火星と地球の関係を改善するには仕方がない事です」

このやり方で良かったのかと判断に苦しむタキザワにロバートは言う。

「少なくともこのやり方で欧州は救われます。

 我々に出来る事は全てを救う事ではなく、一人でも多くの人を救う事だと考えましょう」

「はい」

自分を気遣ってくれるロバートにタキザワは感謝していた。

この計画で欧州の戦線が持ち直し、多くの市民達が感謝する事を彼らは知らない。

自分達の都合で始めた作戦の波及する効果を完全に把握する事は出来なかったのである。

《プロジェクト マーズ・ファング》

クリムゾン主導による欧州解放作戦と書かれた計画書が開かれる時は刻一刻と近づいていた。


―――戦艦かんなづき 艦橋―――


「艦長来ました!」

「よし、三郎太!

 全艦に攻撃の指示を出せ!」

「はい!」

秋山の指示に高杉三郎太は艦隊に指示を出していく。

「奴ら火星の無人機はこちらの無人機と乱戦に持ち込む事でこちらの砲撃を封じている!

 無人機ごと破壊しても構わん!

 戦艦に張り付かせるな!」

「りょ、了解しました」

秋山の強引な作戦に三郎太は驚きながら戦艦に指示を出す。

かんなづきの砲撃で無人機ごと火星の機動兵器を破壊していくが、戦況は一進一退の状況になりつつあった。


「少しは考えたようだが、遅いな。

 全艦最大戦闘速度を維持!

 射程に入り次第砲撃を開始せよ」

クロノの命令にユーチャリスUを含む第一艦隊は砲撃を開始するべく進軍した。


「敵艦隊、総数4来ます」

索敵を担当していた部下の報告に秋山は指示を出す。

「迎撃するぞ!

 砲撃戦の準備を進めろ!

 火星の戦艦の実力を見せてもらうぞ」

秋山の言葉に勇気付けられた部下は艦隊に指示を出していくが、火星の戦艦の砲撃が始まった瞬間に顔を青くしていた。

敵火星の大型戦艦の砲撃で前衛の無人戦艦は紙屑の様に一撃で沈んでいくのだ。

「くっ、大型戦艦に砲火を集中させるぞ。

 撃てぇ―――!」

秋山の指示で戦艦の集中砲火をしたが、大型戦艦は無傷でそこに存在していた。


微かな震動があったブリッジでクロノがダッシュに問う。

「結構、効いたか?」

『いえ、問題ありません。

 フィールド出力は今だ衰えません』

「それでは反撃しますよ、ダッシュ」

『はい』

アクアがダッシュに指示を出してユーチャリスUは再び砲撃を開始した。


戦艦かんなづきの艦橋で秋山は呟いた。

「火星の戦艦は化けもんか?」

木連の戦艦の一斉砲撃に耐えた大型戦艦を見つめて、火星の怖ろしさを肌で感じていた。

今度は火星の艦隊の番だと言わんばかりに砲撃が始まった。

「連射性は向こうが上か?

 艦隊を密集させて防御を固めながら反撃するぞ!」

秋山の指示に従い艦隊を密集させたが、それが間違いだと言わんばかりに火星の大型戦艦の砲撃で沈んでいく。

「てめえ、きたねえぞ!」

三郎太が火星の艦隊に叫ぶが、そんな事お構い無しに砲撃は続く。

「接近して至近から砲撃する!

 全艦突入せよ!」

秋山が賭けに出る事を決めると三郎太が指示を出していく。


木連の艦隊がユーチャリスUを目指して突っ込んで来た時、

『マスター、例の武装を使用しても構いませんか?』

「アレか?」

『はい、一度試してみたかったんです♪』

楽しそうなダッシュのウィンドウにクロノは指示を出す。

「……艦隊を後退させろ。

 ユーチャリスUのもう一つの姿を見せると伝えてくれ」

『了解、マスター』

「クロノ……やるんですか?」

嫌そうな顔でアクアが聞く。

周囲のスタッフも少し嫌そうにしていた。

「仕方あるまい。

 一度試す必要があるのも事実だ」

『はい♪』

クロノ指示で艦隊は後退するとダッシュが宣言した。

『それではユーチャリスU、突撃形態に移行します♪』

新機能を試せるダッシュの嬉しそうな声とは裏腹にスタッフはシートベルトのチェックをしていた。


「んっ何をする気だ?」

目の前の艦隊が二手に別れて行動している事に気付いた秋山は一瞬迷った。

「敵大型戦艦に変化あり!」

「なんだと!」

画面に映る大型戦艦のディストーションブレードが前面に向けられるとフィールドが鋭い刃のように伸びていく。

「おい、まさか――全艦緊急回避!」

慌てて指示を出したが、既に遅いと大型戦艦は最大戦速で艦隊に突入する。

高密度に圧縮されたフィールドの刃に触れる戦艦が引き裂かれていく様子に三郎太が叫ぶ。

「戦艦がゲキガンフレアーなんかするんじゃねえぞ!

 思わず感動したじゃねえか!」

信じられないものを見せられて秋山達は呆然としていたが三郎太の叫びで気を取り直す。


『いいですね、マスターが機動兵器で突っ込む気持ちが理解できました♪

 もう一度してもいいですか?』

カラフルなウィンドウで楽しそうに話すダッシュにクロノは言う。

「ま、また今度な。

 第二艦隊に命令を出せ!」

『は〜い♪』

クロノ指示にダッシュは第二艦隊に作戦の開始を告げる。

スタッフも驚きながらクロノの出す指示を艦隊に伝えていく。

「確かに快感かも」

『アクア様もそう思いますか』

楽しそうなダッシュの声にアクアも楽しそうに話す。

「なんとなくクロノが機動兵器に乗りたがる気持ちが理解できました。

 また機会がありましたらやりましょうね、ダッシュ」

『では地球での作戦に使いましょう、アクア様』

(なんか危ない趣味に目覚めたんじゃないだろうな)

クロノは冷や汗を流しながら指示を出していく。

スタッフもノリノリの様子で次の作戦に思いを寄せていた。

ユーチャリスUのもう一つの武装――ディストーション・ブレイク――は好評みたいだった。


「艦長! 火星の別働隊が現れました!」

動揺する部下達を抑えながら指示を出していた秋山に絶望的とも言える報告が伝えられた。

「何処に向かっている!」

「それが……」

言いよどむ部下に秋山は画面を見ると不思議に思っていた。

「廃棄された市民船を攻撃するとはどういうつもりだ!

 マヌケが!」

「警告か? これ以上火星を攻撃するなら次は市民船がこうなるとでも言う気か」

秋山の声に三郎太はその光景を思い浮かべたが、慌てて否定しようとした。

艦隊は完全に破壊すると引き上げていった。

『すまんが秋山君。

 救助活動をして欲しい。

 あそこは木連の兵器開発を担当している極秘の施設だ』

草壁からの通信で乗員は最悪な事態になった事を知った。

「では木連の兵器開発に支障が出ますか?」

『いや、あそこは跳躍技術からなる研究と開発が専門だから機動兵器に関してはそれ程被害は大きくないと思いたい。

 とにかく、急ぎ救助をして欲しい』

「了解しました」

『頼んだぞ』

草壁は秋山に命令を出すと通信を切り、秋山は艦隊に指示を出していく。

その時、木連の通信を奪った火星が木連全域に通信を開始する。

画面に映る男はバイザーをかけた紅銀の髪の青年だった。

『俺は……貴様らのくだらん正義とやらによって、理不尽に殺された火星人の恨みを晴らす者だ!

 俺達の怒りの炎を見たか!

 俺達の苦しみと恨みを思い知ったか!

 木星人よ、覚えておくがいい!

 貴様らがくだらん正義を唱える度に俺は何度でも此処に来るぞ!

 木星人よ、忘れるな!

 貴様らの正義など火星人は認めん事を!

 俺は……何度でも貴様らを殺しに来るぞ!』

静かに画面越しですら苛烈な怒りを見せる青年に木連の市民は怯えていた。

度重なる攻撃に市民達は戦争の怖さを知り始めていた。

草壁は自分の選択が深刻な事態へと発展している事に気付き渋い顔をしていた。

幕僚達も自分達の執った戦術が殲滅戦という危険極まりない事だとようやく知り、焦りを感じている。

木連も戦争への不安が広がりだしていた。










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EFFです。

いよいよ惑星間戦争の始まりです。
それぞれの思惑が入り乱れての乱戦になるのか?
それともあっさりと終わるのか?(おい)
どうしよう、大きくしすぎたかな(汗)

まあ問題はありますが、次回でお会いしましょう。

追記
秘書さんの名前のツッコミはなしですよ。

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