それぞれの戦争が始まる

様々な思惑をもって人は動き出す

自分達の未来を切り開く為に

そして生き残る為に




僕たちの独立戦争  第四十話
著 EFF


「……作業は完了したか?」

「はっ」

人気のない場所で北辰は佇んでいた。

「つまらぬものを斬ってしまったな」

そこには数人の男が――元老院に与する者達が冷たい骸と化していた。

草壁が元老院と敵対する事を決意した為に北辰率いる暗部は水面下で攻防を続けていた。

本来は元老院が軍部の暴走を抑える立場にあったのだが、

初戦の大勝に慢心してしまった為に草壁の仕事に口を出す事が多くなった。

草壁は元老院の意向を無視する事が次第に増えていき、両者の対立は水面下で始まっていた。

(つまらぬがこれも仕事だ……だが強者と戦ってみたいと願う自分がいるのも事実よ)

同じ木連の業を使う者同士では歯応えがないと北辰が思っていると、

「……遅かったようですね」

「ぬっ」

少し離れた所に白装束の男が立っていた。

「何奴っ!」

側に控えていた一人が言い放ちながら一気に間合いを詰めて斬りかかる。

緩やかに舞うようにして避けていく男に北辰は笑みを浮かべていた。

「さがれ……お前ではまだ敵わぬ様だ。

 我がお相手しよう」

部下を下がらせて北辰は男に対峙した。

(できるな……くっくっ…これ程の相手がいるとは)

久しくなかった緊張感に北辰の心は昂ぶっていた。

「草壁も優秀な手駒を持っている様ですね」

「それはお互い様であろう」

「確かに」

言葉に棘を加えながら二人は僅かに身体を動かして互いに牽制しながら互いの間合いを見極めようとする。

側に控えていた烈風――後の北辰衆六連の一人――は固唾を呑んで見ていた。

(まさかこれ程の使い手が元老院にいるとは……)

今まで相手にしていた者達とは格が違うと感じていた。

「ちっ、どうやらここまでの様だな」

「そのようですね」

気が付けば周囲の物音が増えてきた。

「貴様とはいずれ決着をつけさせてもらうぞ」

「いいでしょう、貴方の首は私が貰いましょう」

涼やかに笑みを浮かばせて男は退いていく。

「……楽しそうですね」

少し呆れた様子で告げる烈風に北辰は口元に笑みを浮かべる。

(隊長は強敵が出てきて嬉しいかもしれないが、練度の少ない連中には災難だな)

「ようやく現れおったな。

 これからが本番だぞ、烈風」

「はっ!」

意味を理解している烈風は部隊の引き締めと訓練の強化を考える。

現実を見据えて行動する草壁と過去の復讐と歪んだ正義を持つ元老院の二つの勢力が鍔迫り合いを行う。

……木連の暗闘が始まろうとしていた。


「月の攻略に高木を充てようと思うのだが、海藤大佐の意見を聞きたい」

草壁の考えに海藤は顔を顰めていた。

「攻略戦は大丈夫ですが、拠点防衛には高木少将は不向きですよ。

 まあ……遠ざけるというのは賛成ですが」

現状で強硬派の高木に口出しされるのは二人とも避けたかったのだ。

「私としては月など不要だと思うのだ。

 火星を攻略できなかった時点で私の戦略は破綻したも同然だからな」

苦笑する草壁に少し驚きながら海藤は訊ねる。

「やはり火星には木連が生き残る為の何かがあったのですか?」

その質問に草壁は少し黙り込んでいた。

(あったのか……だが火星は生き残った)

思うように進まなくなった現実に海藤も何も言えなかった。

沈黙が続く執務室で草壁は重い口を開いた。

「……そうだ、火星には遺跡があるのだ。

 それも跳躍を制御する中枢演算装置が北極冠に隠されている」

この事実に海藤は声が出なかった。

何かあるとは思っていたが、まさかそれ程重要なものが火星に隠されているとは思わなかったのだ。

「では……もしや火星はその遺跡の事を知っていたのではないですか?

 火星には跳躍可能な兵器が複数あります。

 おそらく技術的にも火星は実用化に成功しているのでは」

海藤の懸念に草壁も頷いていた。

「だとすれば木連の防衛計画を見直す必要があります。

 我々には戦略上不要とした宙域に火星は跳躍をもって拠点を構築する可能性が出てきました」

「くっ、そうだったな。

 確かに火星が跳躍が可能ならば、我々が不要だと思う場所に拠点を作る事もありえるか」

舌打ちして今更ながら状況の認識の甘さに草壁は気付いた。

海藤は手元の航路図を画面に映すと幾つかの候補地を示した。

「ここが一番臭いと思います。

 我々には戦略上意味がない場所ですが、逆に火星にとっては最高の拠点になるでしょう」

海藤が示す場所は木連が既に放棄した衛星群であった。

木連建国当初に必要な資源を採掘を終えて後は放棄した衛星群で木連にとっては忘れ去られた場所でもあった。

「もはや航路も忘れ去られた場所なら完全に無警戒です。

 資源も枯渇するまで取り終えた場所ですから」

「そうだな」

海藤の意見に草壁は賛成する。

「では……今は不味いか」

「そうですね。

 今は部隊を動かすのは不味いです」

この後、火星の支援で地球全土に宣戦布告をする予定を思い出すと二人は迂闊に部隊を動かす危険性に気付く。

「この事は当面は秘密にしなければな」

「月攻略部隊が出発後に自分が偵察に行きましょう。

 名目は優人部隊の地球攻撃の為の演習などはどうですか?」

「そうだな……小規模なら破壊しておくが」

「時間が火星にはありましたから規模によっては威力偵察に留めておきます」

草壁に意見を引き継ぐように海藤が言うと草壁も頷いていた。

「やはり火星とは和睦も考えないと不味いかもな」

「もし火星が跳躍技術の実用化に成功すれば、戦力を自由に展開させる事も可能になります。

 いつまで市民船を防衛できるか分かりません」

海藤の意見に自分が執ろうとした戦略をそのまま火星にされる危険性に草壁は寒気を感じていた。

「元老院の事もあるのに……問題ばかり増えていくな」

草壁の呟きに海藤も頭が痛くなってきた。元老院の暴走は海藤も苦々しく思っているのだ。

「……何とかしないと」

二人は渋い顔で考え込む。

問題が山積みになっていく木連であった。


―――ある実験施設―――


「なるほど……これは是非欲しいものだな」

スクリーンに映し出される情報に男は口元に笑みを浮かべていた。

「XMC−C08、09のどちらかを手に入れたいものだな。

 マシンチャイルドとしては優秀かどうかは比較対象が少ないから分からんが現状では仕方ないか」

「で、どうすんだ?

 上で騒いでいる馬鹿は始末しておくか」

天井を見上げてさっさと殺そうと視線で言う男に画面を見つめる――ゲオルグ・ラングは告げる。

「もう少し生かしておけ。

 一応彼はスポンサーだからな」

「まあアンタが言うなら我慢するが……限度があるぞ。

 俺はあの男の我が侭にはウンザリしてるからな」

「ふむ、クリムゾンの内部情報を知る必要があるからな。

 できるだけ殺さずにしておくべきなんだが」

「ちっ、面倒な事だな」

舌打ちして苛立つ男にゲオルグは言う。

「もう少しだけ我慢しろ」

「……分かったよ。

 だがいずれは始末するぞ」

「その時はお前達の好きにしろ」

その言葉に男はどうやって殺そうか考え込む。

(この前は手足を引き千切って殺したからな……今回は指から順に潰して遊ぶか?)

楽しそうに考える男を無視してゲオルグは自分の研究が進む事だけを考えていた。


―――サセボ地下ドック―――


「お、終わった……エステカスタムの仕様書が完成したわ―――!」

ミズハの弾んだ声に全員が嬉しそうに声をあげていた。

「じゃあ、次はエステバリス2(仮)の仕様書の準備をしねえとなぁ」

ウリバタケの一言に全員が凍り付いていた。

「い、いつ……そんな物が出来たんですか?」

スタッフの一人が動揺を隠さずに驚愕の表情でウリバタケを見ていた。

「ああ、アクアちゃんがな、対艦フレームのジェネレーターにバッタのパーツを応用したって言ってな。

 ならバッタのエンジンを改良したのを乗せてみようかと考えて設計していたんだよ。

 シミュレーションでは上手くいきそうなんで、本社に送っといたから向こうで頑張ってくれよ。

 ブレードみたいに独立しての行動も出来るようになるから便利になるぞ」

大満足という顔で答えるウリバタケにミズハは叫んだ。

「イ、イヤ――――!」

スタッフの思いが一つになっていた。

「まあ月で開発中の月面フレームの開発中止が決まったから向こうで作る予定だけどな」

ニヤニヤと笑うウリバタケにスタッフは安堵と共に殺意が沸きあがってくる。

「どうやって設計する暇があったんですか?!」

ミズハの疑問はスタッフ全員の疑問でもあった。

ウリバタケはナデシコの改修を手伝いながらエステのシミュレーションにも参加していたのだ。

どこにそんな時間があったのか知りたかったのだ。

「ふっ、町の改造屋を舐めんじゃねえぞ」

と理由にならない答えを告げるウリバタケにスタッフはナデシコのクルーの条件を思い出して納得していた。

(確か……腕は一流で性格は問わないでしたね。

 絶対にウリバタケさんはマッド系ですよ)

怪しげな笑みを浮かべて改造に勤しむウリバタケを想像してスタッフは冷や汗を掻いていた。

「まあ、当面はエンジンの解析からだぞ。

 なんせ材質から調査していかねえと作る事も無理だしな」

先は長いぞと言うウリバタケにスタッフも考え込む。

スタッフはその意見に火星との技術格差に気付いていた。

「ウリバタケさんにお尋ねしますが、火星の最新鋭機――エクスストライカーに対艦フレームは勝てますか?」

ミズハの質問にスタッフ全員が注目する中でウリバタケはあっさりと答えた。

「無理に決まってんだろうが。

 あの機体はネルガルでもまだ出来ていない小型相転移エンジン搭載の最新鋭の機体だぞ。

 対艦はブレードとは互角には戦えるが、エクスストライカーにはまず勝てんぞ。

 大体だな、あのサイズでグラビティーブラストは反則なんだよ。

 しかもジェネレーターはバッタの物を解析して発展させた物を使用しているだろう。

 駆動効率とか知りたいし、是非分解してみてえよな〜」

趣味を丸出しにして話すウリバタケだが、スタッフはとんでもない事を聞かされて絶句していた。

そんな時にプロスがウリバタケを訪ねてきた。

「ウリバタケさん、実は見て欲しいものがあるんです。

 欧州戦線で活躍中の《マーズ・ファング》の機体なんですが、エクスストライカーみたいなんです」

「おお! 是非見せてくれよ。

 火星では途中で見られなくなっちまったからな」

プロスから映像記録のディスクをウリバタケは受け取るとモニターに映し出した。

スタッフも初めて見る火星の最新鋭機に声が出なくなっていた。

エクスストライカーのフィールドに触れたバッタは一瞬で弾かれて四散し、

その手にあるディストーションランサーは薄紙を切る様に簡単にジョロを切り裂き、戦艦の装甲さえも貫いていたのだ。

「まだ本気で戦っていねえと思うな」

「そう思いますか?」

「おう、切り札のボソン砲を使用していないし、ジャンプ関連の武装は封印中ってとこだな」

「どうも火星の新兵器の実験部隊の可能性がありそうですな」

「そりゃあ間違いねえよ。

 火星は木連の勢力を完全に排除したからな。

 実戦形式でテストするには地球は最高の場所になるんじゃねえか?」

状況を考えるとウリバタケの意見は間違っていないとプロスは考える。

「それによぉ、ライトニングがまだ確認されていないぞ。

 エクス並みの機動性を持ちながら攻撃力は戦艦すら上回る機体がねえんだ。

 火星はまだ本気で戦っているわけじゃないな」

「……実はライトニングらしき機体が一度だけ出たみたいなんですが」

「一機で木連の部隊を撃破したせいで軍も信用できる情報として扱ってねえのか?」

プロスの言葉に続くように言ったウリバタケにその通りですと告げる。

「ありゃあ反則みたいな機体だぞ。

 実際に見た俺でさえ未だに信じきれていねえからな」

苦笑するウリバタケにプロスも苦笑で応える。

モニターを見るスタッフは二人の会話についていけなかった。

自分達の想像を遥かに上回る機体に火星の技術力の違いを見せつけられていた。


―――閑話休題 火星の現状(主に科学技術面)―――


エクスストライカーはブレードストライカーとは異なる設計によって製作された機体である。

会戦時に量産できるようにブレードは2196年の技術でも製作可能である事を考えて設計された機体である。

だがエクスストライカーはイネス・メイフォード(フレサンジュ)博士を中心に、

ネルガル火星技術者達の元でダッシュが設計した機体を基に再設計された機体でもあった。

ダッシュが未来から持ち込んだ小型プラントから生産される小型相転移エンジンを解析して、

プラントではなく、火星の工場でも生産できるように量産体制を確立した事が火星の最大の武器でもあった。

またユーチャリスUには古代火星人が遺したと思われる解析困難な無数の資料が発見された。

「古代火星人はユーチャリスTの資料から様々な分野での資料を遺した様ね。

 でも言語、技術体系が全然違うから試行錯誤を繰り返しながら資料を分析するしかないわね」

とイネス博士はコメントしたが、会戦当初はそんな余裕はなかった。

ただ医療分野に於いては資料の分析が急ピッチで進められる事になった。

これは後に火星の後継者の乱が起きた際に火星の住民の治療を速やかに出来るようにとの配慮から為されたが、

この事でナノマシンを含む医療技術の発展は一気に進歩する事になった。

マシンチャイルド――IFS強化体質者と呼ばれる存在は火星では重要視されなくなっていた。

資料を基に新規に開発されたオペレーターIFSは一般のオペレーターでもオモイカネ級クラスのAIに対応できた。

無論マシンチャイルドの様にはいかないが、それでもある程度の経験を積み数を揃える事で対応できるまでになった。

特に元は一般人であったアクアの教育プログラムを基にして作成されたオペレーター訓練プログラムは有効だった。

おかげで火星ではオモイカネシリーズの使用を制限される事なく、満足に使いこなせる様になっていった。

更にアクアの持つナノマシンから一般人の後天的IFS強化体質への変貌も解析が進められた。

一応の安全基準を満たしてからの採用になるが、現状でもほぼ問題はないとイネス博士は報告していた。

ただそれでもマシンチャイルドが不要という事にはならなかった。

遺伝子を改変させられた彼らはある意味生まれながらの天才児でもあったのだ。

火星の発展の為には彼らの才能を伸ばす事も考えられたが、人道上の問題もあって火星は保護するだけに留めた。

これはテンカワファイルを読んだ者は誰もが思う事でもあったのだ。

自分達が人体実験の道具になる事は嫌なのに彼らにそれを強要するのかと考えさせられるのだ。

その結果、マシンチャイルドの保護は火星では当たり前のようになっていた。

またクロノとアクアの非合法実験施設の強襲によって救助された実験体と呼ばれた者達も火星に避難していた。

能力こそ子供達には劣るが、元一般人からの人体改造による被害者も火星で暮らしていた。

彼らは火星でやっと人並みの生活を送れるようになり、そのお礼なのか火星の発展に力を惜しみなく使っていった。

後に火星に亡命する者の中には人体実験から逃れる者も多数出て来る事になる。

この事は地球が如何に命の重さを理解していなかったのかと後の歴史研究家が記していた。

現在の火星ではオモイカネシリーズはダッシュを中心にヒメ、プラス、オモイカネの計四体が稼動していた。

更に子供達とアクアの手によってダッシュから枝分かれされた新しい存在も教育中だった。

またオモイカネシリーズはコロニーの管理を行う事で火星の行政面でのバックアップを行い、

市民もまた身近な友人としてオモイカネシリーズとの関係を築き始めていた。

火星はこれらを背景に着実に国家としての土台を築き、地球とは一線を引いた惑星国家へと変貌していく。


―――地球の現状―――


第一次火星会戦――火星の独立阻止を目論んだ地球連合政府の計画はクロノ・ユーリの逆行によって大きく狂った。

本来、火星は地球にとって手を携えていく筈だったパートナーから完全に離反する形へと変化した。

木連という脅威から火星は各コロニーが一体化して惑星国家へと姿を変えていったが、

地球は未だに国同士が牽制したりする為に惑星国家としての形を形成できなかった。

主に五つのブロックに分かれているが、それでも国毎に問題を抱え込んでいた。

連合政府は第一次火星会戦の責任の擦り付け合いに翻弄されていた。

そこへ火星から木連の暴露と独立宣言が行われて、状況は更に混沌と化していった。

度重なる事態の移り変わりに対応できず、

また市民団体からの説明要求に根負けする形で連合政府は100年前の月独立事件の真相が公表された。

真実を知りこの戦争の経緯を理解した良識ある政治家?達は連合政府が行った隠蔽工作に猛反発した。

まず現議長を中心とする隠蔽工作を行った官僚達の罷免と責任追及が行われた。

これには裏からクリムゾンが情報をリークする事で彼らの行為は明らかにされていった。

この事で連合内部の自浄化作用が少しずつ進み始めたが、往生際の悪い者は未だに存在もした。

彼らは戦争を利用して自らの行為を誤魔化して、勝利する事で生き残りを賭けようと考えていた。

連合軍も隠蔽に加担した者は木連の非道さを訴えていたが、事実を知った者は連合軍の言い分を信じてはいなかった。

「地球の誠意ある対応が出来ていれば起きなかった戦争なのだ」

と誰かが言った言葉にいつしか市民も気付き始めていた。

だが市民の大半は未だにビッグバリアに守られている自分が被害に遭う事はないと思い戦争に対する認識が甘かった。

生命の安全が保障されていると勘違いしている市民とは違い、ネルガルとクリムゾンは状況を把握していた。

ボソンジャンプ――火星が実用化に成功した技術の利便性を彼らは理解していた。

この技術を用いた攻撃方法の危険性を認識する者は火星との関係を改善するべきだと考えていた。

クリムゾングループは親火星派とも言える存在になっていた。

本社のあるオセアニアは火星から技術提携で作られた戦艦と機動兵器を用いて安全を確保したのだ。

またノクターンコロニーからの送られてきた情報に火星との技術格差を痛感していた。

アクアとの会談後のロバートの英断により、ノクターンコロニーの施設の開放と、

第一次火星会戦時のアクア・クリムゾンの名の下での支援が行われた事で火星とクリムゾンの関係は良好だった。

ボソンジャンプを用いて極秘での火星への技術者派遣も行われた事で、

ネルガルの軍需関連での独占を防いだ事も一因であった。

クリムゾングループとしても火星との関係を良好に保つ事を反対する者はいなかった。

当然のようにクリムゾンの影響下にあるオセアニアは親火星派に変わっていく。


アメリカブロックは北米と南米に分かれて意見が食い違っていた。

連合政府があり大規模な軍事力を維持する北米は木連の攻撃にも物量で対抗していたが、

軍事力を維持していない南米は次第に戦火に包まれていった。

南米の援助を求める声に北米は自国の維持がやっとであった為に援助は僅かなものだった。

隣?のオセアニアに援助を求めるべきだと南米では意見が出て来る事に北米は苦々しく思っていた。

火星の独立を認めようとしない北米に親火星派であるオセアニアは南米への援助を渋っていたのだ。

力の論理で行動するアメリカは植民地?である火星の独立など承知できる訳が無かった。

アメリカは未だに世界のリーダーだと勘違いしているのかも知れない。

だが窮地に立たされている南米には北米の考えなど理解できる訳がない。

南米は北米に対して援助が出来ないのなら南米はオセアニアに援助を求めると公式に声明を出した。

……火星の独立を南米は承認すると宣言して。

この声明にオセアニアは北米の援助がない場合はオセアニアが援助する事を表明した。

北米はオセアニアと南米を激しく非難するが、南米の市民は援助も碌にせず非難する北米など気にしなかった。

予備兵力を南米に回す事でオセアニアの介入を阻止した北米だが、

南米は北米との関係を再び考えさせられる事になる。

アメリカブロックは二分した意見で衝突が続く事になりそうだ。


アフリカ戦線は欧州に続く最悪な状態だった。

アメリカのように大規模な防空システムを持たない国家が多かった為にチューリップの降下が最も多かったのだ。

大都市にこそ落ちなかったが、被害は深刻なものになっていた。

僅かではあったがネルガルのエステバリスの砲戦フレームを使用する事で拠点防衛に成功していた。

内部動力を持たないエステバリスだったが、拠点防衛には支障は無かった。

ブレードストライカーのオセアニアでの稼動状況を知った連合軍アフリカ支部はブレードの採用を決断した。

IFSや訓練期間が掛かる事がネックだったが、そんな我が侭を言える状況では無かったのだ。

クリムゾンも自社製品の問題点を考慮して、オセアニアの安全が確保された今の状況を考えてある要請を軍に行った。

教導部隊としてオセアニアでブレードの活用していたアルベルト・ヴァイスの部隊をアフリカ戦線に送り込む事だった。

オセアニア連合支部はクリムゾンの要請に難色を示していたが、クリムゾンは更に条件を出した。

それは新造戦艦二隻の無償での提供だった。

相転移エンジンを内蔵しグラビティーブラストを使用できる戦艦をアフリカでの稼動試験を行いたいと申し込んだ。

火星からの技術提供で完全な物を作れる自負が技術者達にはあったが、

《マーズ・ファング》の活動のバックアップを行うというクリムゾンの方針には賛成していた。

またブレードの発展型の機体も試験的に稼動する事になる。

クリムゾンとしてもブレードの大量購入があった為に十分な採算が取れた事は言うまでもない。

こうして膠着状態だったアフリカ戦線の状況は一変していく。

これによってアフリカも火星の独立に対して反対する声は少なくなって行く事になる。


極東アジアは火星から帰還したムネタケ中佐の意見が採用された事によって大きく変化していった。

エステバリスの大量購入を進言し、現行の艦艇に重力波ビームの使用が出来るようにする意見を採用した。

これによってエステバリスの運用がより実戦的になり、木連の機動兵器に対抗できるようになっていった。

更にネルガルはエースパイロット達による対艦フレームの試験運用を持ちかけた。

扱いこそ難しい機体だが、対艦能力を保有する機体に戦力の一時低下を覚悟の上で上層部は訓練を実施した。

この事で一時的に膠着状態になったが、対艦フレームの投入が始まると戦況は大きく動き出した。

現状ではナデシコのようなグラビティーブラストや戦艦による大火力でしか破壊できないはずの、

チューリップの破壊に対艦フレームは成功したのだ。

この事が前線で戦い続ける兵士達を勇気付ける事になる。

極東もまた木連に攻勢に転じようとしていた。


欧州戦線は大きく変化していった。

《マーズ・ファング》――後に火星最強と言われる部隊の出現により、イギリスの安全は確保された。

一年以上は掛かると言われた木連勢力の排除に彼らは僅か二ヶ月程で成功していた。

戦場を駆け巡るエクスストライカーに兵士達は火星の凄さを見せつけさせられた。

自分達が苦労して破壊していた戦艦をいとも簡単に破壊していくのだ。

クリムゾンの製品であるブレードを操縦するパイロット達は火星の新型についてこう語る。

「ブレードとは完全に違う機体です。

 火力、機動力全てにおいて勝っています。

 そしてバックパックウェポンシステムの充実差には敵いませんよ」

エクスストライカーは機体各部にあるハードポイントを使用する事で従来の機能に追加兵装を行うのだ。

強襲型追加兵装――アサルトパックはフィールドジェネレーターを追加装備する事で、

ディストーションアタックの効率を重視する事で突撃性能を大幅に増やした。

地上でのグラビティーブラストの連射が出来ない欠点を補うように、

二門のレールガンか、ミサイルユニットの選択式の武装があった。

重火力型追加兵装――バスターパックはバッタからの発展系のエンジンを追加した事で、

エネルギーの増加に伴う大火力の武装を追加した装備になった。

各ハードポイントにミサイルパックの装備を取り付け、

背面のパックは大口径レールガン、大型のガトリングガンの使用によりパイロットからはデストロイドと命名された。

高機動型追加兵装――ブーストパックはブラックサレナを基にして高機動戦闘を重視した装備である。

また試作ではあるがディストーションフィールドを圧縮して弾丸状に発射するカノンを搭載していた。

高密度に圧縮されたフィールドの弾丸は貫通力が凄まじく、戦艦のフィールドさえも紙切れのように貫いていた。

「経費が掛からなくていいわね」とシャロン・ウィドーリンが述べるように自前で弾丸を生成できる点が良かった。

問題点は連射が出来ない事であり、バックパックのフィールドジェネレーターの負担が大きい事が今後の課題であった。

高機動戦を行う為に加速性能を格段に上げた事でパイロットの負担も大きく、スナイパーと言われていた。

他にも追加兵装はあったが、主にこの三つを用いて戦っていた。

イギリスの安全を確保すると本格的に欧州戦線に殴り込みをかけた《マーズ・ファング》は各地で戦い続けた。

こうして欧州は少しずつ平穏を取り戻そうとしていた。


―――木連の現状―――


草壁は火星を攻略できない事実を認めて戦略を再構築する決断をする。

和平をも視野に入れた方向性にする事で火星との関係を改善しようと考えた。

この事は和平派には歓迎されたが、強硬派には受け入れ難く、次第に両陣営は対立を深める事になり始めた。

本来は両陣営の対立を抑える立場であった元老院は強硬派に肩入れするようになり、草壁との暗闘が始まっていた。

そんな中で先の火星との戦闘において秋山中佐の進言を受け入れて新型の機動兵器の開発が進められた。

開発を急ピッチで進める必要がある為に技術者達は草壁に進言した。

「地球で使われている機動兵器を基に作成しては如何ですか?」

この意見に草壁は急ぐ必要性を考えて許可した。

こうしてコバッタによるハッキングで奪い取った幾つかのエステバリスが木連の戦艦に搭載されて帰還した。

内部動力を持たないエステバリスに彼らは自分達の機動兵器のエンジンを載せる事で動かす事にしたが、

出力が足りずにエンジンの再開発を余儀なくされた。

またIFSを知らない彼らは操縦方法の変更もしなければならなかった。

これにはジンシリーズで得た技術を活かす事で即席のEOSが開発されて、

現場での搭乗者の意見を参考にして動きは僅かずつ良くなっていった。

「問題は武装だよな……剣にしたいけど強度の問題があるからな」

開発主任の佐竹宗治は新型機の近接武器に悩んでいた。

火器に関しては現状にある武器を改造する事で間に合わせるとしたが、

格闘戦に合わせた武器については自前にする必要性があったので試作品を試してみた。

結果は強度的に問題があった剣は予想通りに折れてしまった。

「斧か……槍だな」

敵機のフィールドを打ち破る為に重量を使って打ち下ろすように使う斧か、

遠心力を使って加速して攻撃する槍を用いるべきかと判断するのが難しかった。

「……問題はどっちも嫌がるんだろうな」

ゲキガン馬鹿がと舌打ちして佐竹は搭乗者の我が侭を思い出していた。

ゲキガンガーと同じ配色にしろだの、形を似せろだのと遊びじゃねえんだと何度怒鳴ったか分からなかった。

「閣下も苦労しているんだろうな。

 この国は本気で戦争しているのか、分からなくなってきたぜ。

 おっと、すまんな……愚痴をこぼしちまったな」

「気にするな」

「一応な……傀儡舞は試作に組み込んでおいたけどな」

一端言葉を区切ると佐竹は目の前の人物に告げる。

「回避中はまずまともに照準を合わせるのが出来ないぞ。

 装備は自動照準のできるミサイルを主軸にしとけよ、北辰さん」

「うむ」

「で、斧と槍、どっちにする?」

「槍だな」

「分かった……それとな」

「何だ」

佐竹が迷うようにしていたので用件を話せといわんばかりに目を向ける。

「新兵器でな、歪曲場を中和する武器を作っているから出来たら錫丈型にして送ってやるから期待しな」

頭をかきながら新型の機動兵器を見ながら佐竹は言う。

「楽しみにさせてもらおう」

「おう、まかせとけ」

後に木連が正式採用する機体――飛燕――を見ながら佐竹は言う。

「後はエンジンを新型に載せ換えるだけだ。

 予定よりちょっと図体がでかくなったがな」

エステバリスより一回り大きめの機体を見ながら佐竹は続ける。

「不恰好なジンよりは役に立つと思うぞ。

 あんたら諜報の連中にはゲキガンガーもどきなど無駄でしかないだろう」

「然り、でかい図体など不要よ」

「改良して小型で高機動な機体を作ってやるから安心しろ」

「外道な山崎に頼るよりはマシだな」

「あんな外道と一緒にするなよ。

 まあ、死人を悪くは言いたくないが、俺は一応はまともな技術者なんだぜ」

勘弁してくれという佐竹に北辰は口元を歪めて告げる。

「そうだな」

「そういうこった。

 あんたらのおかげで開発が進んだからな。

 試作品で安全性が証明された武器は優先的に送ってやるから、生きて貴重な資料を持って帰れよ」

「ふん、了解した」

実験台になるのは癪だが、山崎の作る物より遥かに信用できるので北辰は安心していた。

いよいよ優人部隊が前線に出る事になる。

本格的な戦争の始まりだった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ちょっと説明ばかりで申し訳なかったですが、現状の整理をしておこうと思いました。
バタフライ効果というものを考えると木連も小型の機動兵器を製作するんじゃないかと判断しました。
TVではジンシリーズはあまり活躍していませんでしたから、
本格的に戦争状態になれば機動力のある兵器を作ると思うんですが、どうでしょうか?

では次回でお会いしましょう。




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