懐かしい日々を思い出す

だけど戻れない事を知っている

だが其処には懐かしさだけしかなかった

帰れない事を知っている所為かと感じたが違うみたいだ

帰る場所には家族がいる

今頃気付く俺は鈍いのかもしれない

困ったものだな




僕たちの独立戦争  第六十話
著 EFF


月面は異様なほどの緊張に包まれていた。

低重力の環境を利用した企業の研究所が大半を占めているが、現在は避難を完了して月面には軍人達しか居ない。

月方面艦隊の敗北により、月面での戦闘が始まると軍は予測。

今までは月を挟んでの一進一退の攻防がこれからは月面で行われるからだ。

敗北は許されないと誰もが思っている。

連合軍本部はどう考えているか不明だが、月が陥落すれば地球の制宙権はほぼ喪失する。

如何にビッグバリアが健在でも自由に攻撃を受けるとなると何処まで耐えられるか判らない。

宇宙にあるコロニーを中心に防衛するにも限界があり、何処まで対応できるか判断できないのだ。

だが兵士達はこの戦いに負けられないと思う反面で戦う意味を見失いかけていた。

今まで木星蜥蜴と言われていた者達が実は人類だったと火星から告げられた所為である。

連合軍も政府も否定しているが、もし事実なら侵略戦争ではなくただの内乱になる。

特に新兵は木星蜥蜴と呼ばれる人間ではない存在から地球を守る為に入隊した者が大半なのだ。

人を相手に銃を向けられるかを問われるとすぐには答えられない。

軍に入隊して訓練を受けてはいるが、それは短期間での養成訓練なので心構えまで出来ているとはいえない。

正規の訓練を受けて軍人になった者との差は大きいだろう。

そして月方面艦隊敗北には木星が有人機を使用したという情報も出ている。

下士官や将校は未確認な情報に惑わされるなと兵士達を叱り、部隊の混乱を抑えようとしている。

そんな状況下で戦いは始まろうとしていた。


―――ナデシコ食堂―――


「おや、どうしたんだい。ひどく落ち込んでいるようだけど」

食堂に入ってきたリョーコ達を見てホウメイは尋ねる。

いつもは賑やかで騒がしい連中がどんよりと曇った様子で来たのだ。

ホウメイガールズも不思議そうに見つめている。

「負け続けたのよ、たった一機にね」

ムネタケが一言告げると、リョーコ達はビクッと身体を震わせていた。

「そうなのかい?」

「ええ、一対六で戦い続けたんだけどダメダメね。

 最後には対艦フレームも使ったんだけど……ダメだったわ」

「上には上がいるって事だね」

「そういう事」

ホウメイが感心するように話し、ムネタケが右手をブラブラと振って話す。

「絶対変です。あんな機動をしても大丈夫だなんて。

 それに傀儡舞ですか?……あんな動きは出来ませんよ、普通は」

先程の戦いを思い出してイツキは信じられない様子で話すと、

「ゲキガンソードがなければ勝てんのか?

 今のソードでは短すぎるぞ」

「ソードになっても勝てるとは思えないよ。

 すれ違い様にドンドンドンと三連射でドカンだよ〜。

 同じ場所に正確に当てるからね〜フィールドが保てないし」

イミディエットナイフのレンジの短さを何とかして欲しいガイの意見に、ヒカルがそれだけではダメだと告げる。

「そうね、狙撃に関しても一枚も二枚も上手かしら」

「大体背後から狙撃してるのになんで避けられるんですか〜?」

「そうだよな、あいつ背中に目でも付いているのか?」

イズミ、ミズハと続いてリョーコも話す。

「で、どうすんの?

 午後からは追加装甲を外した状態での対戦形式で訓練する?

 時間が取れるようなら話をつけるわよ」

ムネタケがリョーコ達に聞いてくる。

「やる!、このまま負けたままってのは我慢できねえ。

 せめて一撃だけでも当ててみせる」

負けず嫌いのリョーコが話すと、

「俺もやる!

 熱血と根性の凄さを見せてやるぜ」

「しょうがない二人だね〜。

 私も付き合うよ〜」

「そう、なら私も一緒に逝ってあげるわ」

「それ意味が違いますよ、イズミさん」

「あなたはどうする?」

ムネタケがイツキに聞くと、

「やります。連合軍のエースクラス以上の実力者に胸を借りるチャンスなどそうそう無いですから」

「じゃあ、話しておくわ。

 暇だと思うから」

ムネタケが告げると、

「そうと決まれば、飯食って万全の状態で戦うぜ!

 ホウメイさん、俺はナデシコを定食お願いします」

午後からが俺の腕の見せ所だと言わんばかりにガイが気合を入れていく。

「追加装甲が無ければ高機動戦闘も出来ないから勝てるかもな。

 俺はチャーハンとラーメン」

「難しいと思うよ、リョーコ。

 近接戦になれば、追加装甲がない方が便利だと思うけど。

 私はカレーライスで」

「そうね、リョーコの得意の殴り合いは不利よ。

 向こうも殴り合いが出来るから。

 鯖の味噌煮込み定食を」

ヒカル、イズミが装甲を外したエステ同士の戦いを話していく。

「でも場所を変えれば何とかなりませんか?

 例えば障害物の多いアステロイドとか。

 じゃあ私はピラフ一つで」

「つまり隠れては攻撃する、ハイドアンドゴーですか?

 では私は火星丼を」

「うん、あれなら隠れ易いし」

ミズハの意見にイツキが考え込む。

「タイマンで隠れるのは不味くねえか?」

ミズハの意見にガイがツッコミを入れる。

「男の勝負といえば拳を使った戦いなんだが」

握り拳を見せて話すとミズハは不満そうに返す。

「女性に殴り合いを求めるのはダメですよ、ダイゴウジさん」

「だがリョーコは殴り合いが得意だが」

「……魂が…男だから」

「……なるほど」

イズミの言葉を聞いて、リョーコを見て納得するガイに、

「どういう意味だ―――っ!?」

「がぁあ―――っ」

見事にリョーコの拳が顔にめり込んでいた。

「ガ、ガイ君!」

吹き飛んでいくガイにヒカルが慌てて駆け寄る。

「ふっ、無様ね」

「ダイゴウジさんって……学習能力が無いんでしょうか?」

「まあ、気にしないで食事をしましょう。

 午後からも大変ですから」

イズミが一言告げ、ミズハとイツキが何ともいえない顔で話し合う。

そんな光景を見ながらホウメイは笑っている。

「そんだけ元気があれば大丈夫かな」

「ええ、そう簡単には凹んだりしないでしょう。

 このくらい元気な方が安心できるわよ」

「そうだね」

ムネタケが賑やかに騒ぐパイロット達を見て苦笑している。

ホウメイもその様子を見ながら受け取った注文を捌いている。

この分じゃ午後からも火星のお客さんは忙しいだろうなと思いながら。


「セイヤさん、分析は順調に進んでますか?」

クロノはシミュレータールームから格納庫に移動するとウリバタケに尋ねる。

ウリバタケは開発班と合同でブラックサレナの分析を行い、真剣な様子でエリノアと話していた。

「おう、順調に進んでいるぞ。

 エステバリス2の基礎設計に入る前に分析出来たのは良かったぜ。

 随所に採用したい機構があるからな」

「そうね、特に可動式の受信アンテナはありがたいわ。

 この方式なら受信効率が落ちる事なく、戦闘が出来るから今よりも安定した出力になるわ。

 ただブラックサレナ自身は復元しても意味が無いと思うけど」

エリノアが資料を読んで話している。

ウリバタケも納得しているように何度も頷いてその先を話していく。

「高機動戦闘……だったか?

 あれは正規のパイロットには使えない戦術だな。

 こいつのコンセプトは何なんだ?」

「そうね、武装はハンドカノンの二門とチェーンガンだけで貧弱だし、重装甲で機動性があるなんておかしな機体よ。

 普通、重装甲の機体は機動性を捨てての大火力なんだから、機動性なんて捨ててる筈なんだけど。

 この機体って半端なのよ」

ウリバタケの意見にエリノアも自分の意見を加える。

クロノは二人の意見を聞いて苦笑している。

「でしょうね。

 こいつはたった一機で複数の敵を相手にする為に作られた機体なんで。

 言うなればテロリスト用の機体ってコンセプトかな」

「なんだよ、それは?」

「軍用機じゃないの?」

ウリバタケとエリノアが不思議そうに聞く。

ウリバタケはパイロットに合わせた機体だからそれ程不思議に思っていなかったが、テロリスト用といわれて驚く。

エリノアは軍用機だと思っていたので、困惑している。

そんな二人の様子を気にしないでクロノはピンクのエステバリスを見つめている。

「たった一人で戦うしかなかったテンカワ・アキトと一緒に戦場を駆け抜けたみたいです。

 装甲は火星で再構成しましたが本来はC・Cを内蔵していたらしい」

「それってボソンジャンプ機だったの!?」

エリノアが思わず叫ぶと全員が注目する。

特に開発班はボソンジャンプと聞いて俄然注目している。

「ええ、ネルガルが最初に開発したボソンジャンプ可能な機体です。

 もっとも今は不可能だが」

「どういう事かしら?」

エリノアが詰め寄るように質問していく。

開発班は真剣な表情で二人の会話を聞いている。

「簡単です、まずC・Cが装甲に内蔵していない。

 そしてこの機体がボソンジャンプするには重要なファクターが必要なんです。

 ジャンプナビゲートできる機能がなければ、何処に跳躍するか誰にも判りませんから」

クロノが告げる言葉に開発班はボソンジャンプ機を再現できるかと考えたが、

そう上手くはいかないと言われて少し悔しそうにする。

「火星はジャンプの制御が出来るからシステムを作れたのかしら?」

リーラが三人の会話に入って来る。

火星の技術力を確かめたいとその顔は物語り、少し挑発気味に話しかけている。

「戦艦用の大型システムは復元に成功した」

その言葉にリーラは驚いて動きを止め、開発班のメンバーも吃驚している。

「艦体が破損していたので分析には苦労したが、

 イネス博士らのおかげで火星は無事に戦艦用のジャンプシステムの復元に成功したぞ。

 まだ小型化は難しいが、火星は順調にボソンジャンプについての研究を進めている。

 逃した魚は大きかったな」

ニヤリと皮肉げにクロノは笑っている。

「第一次火星会戦の裏を知らなければ、火星も今頃はネルガルにも技術を提供していたさ。

 何の為に会長の権限を増やす為に社長派の不正資料を送ったのか、会長は理解出来なかったみたいだな」

「第一次火星会戦の裏ってなんだ?」

不思議そうにウリバタケが尋ねるとクロノが話す。

「木連との事前交渉があった事を知っていたのに対策を講じなかったんだよ。

 おかげで火星にいるネルガルの社員の殆どが死亡した。

 生き残ったのはイネス達の火星の技術者くらいだな。

 まあ、一般市民に教える事も出来なかったから仕方がないといえばそうかもしれんが」

せめて社員くらいは救う方向で活動しておけとクロノは皮肉を告げている。

開発班のメンバーは呆然と聞いている。

(無理も無いだろうな。

 もし自分達が火星で仕事をしていたら死んでいたかもしれないんだから)

「そういう事でイネス博士達のオリンポス研の技術者達は火星で働く事になったのさ」

クロノが告げる言葉を聞いて、呆然としていた開発班も苦い物を口にした表情に変わっている。

見殺しにされたと判明した以上は二度と戻る気は無くなるだろう。

「事実、火星が強制徴収しなければオリンポス研の技術者は全員死亡が確定していたからな。

 北極冠とオリンポスは全滅、オリンポスの市長の英断で5万人の市民が救われた事が幸運だったな」

止めと言わんばかりにクロノは話し出していく。

「トップが何を考えていたのかは大筋は読めている。

 実用化に成功した技術を独占する事で、軍需を独占して業界のナンバーワンになる事を考えていたのだろうが、

 その目論見はテンカワ・アキトの逆行で潰えた。

 彼が遺した未来技術で火星は生き残り、技術の一部はクリムゾンに供与された。

 まあ、世の中……そう甘くはないと言う事だ」

楽しそうに笑うクロノにウリバタケもつられるように苦笑する。

「自業自得ってやつか?」

「まあ、そんなところだな」

「じゃあ、クリムゾンの技術って元はネルガルの物なの?」

「残念だがそれは違う」

リーラの質問をクロノは否定する。

「どういう事かしら?」

否定するクロノを不審そうにエリノアが問い質す。

「元々ネルガルは火星の地下にあった古代火星人の遺した宇宙船を秘匿して、

 その宇宙船を分析してノウハウをネルガルが復元しただけだからな。

 つまりネルガルも異星人の力を借り受けただけだ。

 もしかして知らなかったのか?」

「……初めて聞いたわよ。

 つまりこの戦争って借り物の技術で戦っているの?」

驚きながらエリノアは問いかける。

「まあ、そうなるな。

 つくづく人間と言う生き物は愚かだと証明しているものだな。

 古代火星人が見たら呆れるんじゃないか「私達の技術で戦うな、自分達の技術を用いて殺しあえ」と」

皮肉をタップリと加えたクロノの言い方だったが、誰も反論出来なかった。

初めて聞かされる内容に開発班は自分達が生み出した技術ではなかったと言われてショックを受ける。

整備班は人間の馬鹿さ加減を聞いて呆れている。

「それって、本当の事なの?」

「ああ、プロスさんに聞けば判るよ。

 あの人は火星の事に詳しいからロストシップ――遺跡船――の事も知っているから」

エリノアの質問にそう言い残してクロノは格納庫を後にする。

「聞けば聞くほど……おかしな戦争なんだと思うぞ。

 連合政府の隠蔽工作に、今度はネルガルの営利優先主義かよ。

 元凶は地球にありそうだし、この分だと火星も木星も一歩も引きそうにないだろうな」

地球の実状を知り、ウリバタケは呆れるように話す。

「この分じゃ、他にも問題がありそうな気がするわ。

 次から次へと問題が発生していると思うのは私だけかしら」

「あなただけじゃないわよ。

 頭が痛くなる事ばかり地球はしているようね。

 クロノさんは戦艦用のジャンプシステムだけと言ってたけど、戦争が長期化すれば更に技術格差が出て行くわよ。

 ボソンジャンプに関しては火星が独占状態になっているし」

エリノアに続いてリーラもため息をついて呆れている。

開発班も複雑な袋小路へと進む状況に頭を抱える。

この戦争によって火星と地球との間に出来た溝は深く暗いものだと思うと恨み言の一つも言いたい気分だろう。

背を向けて格納庫から出て行くクロノを見てそう感じていた。


「イネス博士はあの二人から人体実験の事を聞いた事がありますか?」

健康診断の後にカスミ・アリマは尋ねる。

イネスはカスミを見つめると、

「どうして聞きたいのかしら?

 正直なところ、人には言いたくはないわ。

 人を人と思わない倫理観のない人間の行為など好んで話すものじゃないから」

冷ややかで拒絶するようにカスミに話す。

イネスの視線に気圧されるようにカスミは一歩下がるがそれでも聞きたそうに見つめる。

「で、どうして知りたいの?

 理由次第では判っている範囲で支障のない部分は教えてあげてもいいわよ」

聞きたかったら理由を言えとイネスは告げるとカスミはその場にいるグロリア達を見て言い難そうにする。

カスミの視線に気付いたグロリアは二人に話す。

「私の経験から言わせてもらうとカスミは聞かないほうが良いと思う。

 正直……気分のいい話ではないからな」

「あら、見た事があるのかしら?」

「ああ、一度見た事がある。

 一度作戦でその似たような場所に踏み込んだ事がある。

 その時はその場にいる人物を確保するのが作戦の目的だったが……」

言葉を濁して告げるべきか迷うグロリアにイネスは、

「感情的になって思わず科学者を……殺してしまったの?」

カスミや他の二人が言葉を失うような事を訊く。

「お兄ちゃんもそんな光景を何度も見たし、そんな科学者達を殺し続けていたそうよ。

 何も知らない子供を平気で傷つける行為だから……あなたが感情的になって行動したとしても軽蔑する気はないけど。

 多分、私もその場にいれば科学者を殺していたと思うから」

「いや、その場では殺していないさ。

 一応仕事だから我慢はしたが、引き上げる時に確保した男がこう言ったんだ。

 「モルモットに何をしようがいいじゃないか。私は科学の発展の為に仕事をしているんだ」とな。

 それを聞いて思わずキレた」

「……そう」

「ああ、その男の手足を打ち抜いてこう言ってやったんだ。

 「痛いか?、お前がモルモットと呼んだ者が受けたのとは違うが同じ様に痛みって奴を味わっていろ」と」

「ダメよ、そんな中途半端な事をしても逆恨みするだけで反省なんてしないわよ」

「その通りだな。

 その男は私を怨んで上層部に文句を言ったのさ。

 「研究をして欲しかったらあの女を殺せ」とな」

「でしょうね」

納得してイネスは話を続けるようにグロリアを見る。

「当然、上層部は私を始末して研究をさせる心算だったけど、部隊の連中が助けてくれて返り討ちにした。

 その事が発覚して上層部はその男を処理して面目を保とうとした。

 私は軍に嫌気がさして除隊する事にした。

 その際に不名誉除隊という形にされて……再就職に困ったものだ」

「呆れたものね……軍の腐敗は相当根深いものになっているのね」

イネスは呆れていた。

「で、その男は軍を放逐されたの?」

「多分そうなった筈だ。

 何処かの企業に在籍していると聞いた事がある」

「名前を聞かせて欲しいけど……いい?」

「構わんが――――だ」

グロリアの言葉にイネスは手元の端末を操作して訊く。

「ダッシュ、今の聞いたかしら?」

『はい、確認しました』

「その男の現在の居場所とか捜せる?」

『地獄でしょう』

イネスの問いにダッシュがキッパリと答える。

「ほう」

グロリアが納得したかのように聞いている。

『この人物でしょうか?』

ウィンドウに映る人物にグロリアは頷く。

「ああ、コイツだよ」

『既に死亡を確認しています。

 マスターは人体実験をする者を生かしておくほど優しくはありません』

「そういう事よ。

 ウチのお兄ちゃんは基本的にお人好しの善人だけど、人体実験をする人間には容赦がないから」

「だろうな、雰囲気を見れば判る。

 大事な者を守る為なら如何なる苦労も惜しまないタイプと見た。

 格好こそ変だが、いい男だと思うな。

 残念だよ、もっと早く会えたら口説いていたんだが」

残念無念とグロリアは告げる。

「貴女の好みって変よ?」

セリアが呟くとグロリアは反論する。

「そうか、戦闘技術は超一流だぞ。

 仕草を見れば相当な修羅場を潜った人だと分かる。

 それでいて優しさを失っていないのは非常に稀有な事だ。

 格好と言っても防弾装備の服装だから普段着は別物だろう」

「うっ、そうなの?」

よく見ていないとグロリアに非難されてセリアは焦る。

「ああ、素人には判別しにくいが完全武装した状態だぞ。

 隙があるように見えるが、全然隙がないな」

感心するように話すグロリアにイネスは尋ねる。

「大抵は格好で退くんだけど、判る人には判るのかしら?」

「それなりに経験を積んだ者なら理解できる。

 迂闊に戦ってはいけないと……私の勘が警告している」

「勘って?」

アリシアが呆れるように呟く。

「少なくとも実戦経験のある私だけの感覚だろう。

 ない人間には理解できない。

 そういう類のものだな」

「そんなに酷いものなのですか?」

カスミが青い顔で二人に尋ねる。

信じられないのだ……叔父がそんな場所で仕事をしていたとは。

「ええ、何も知らない子供に調整中のナノマシンを打ち込んで泣き叫ぶ様子を観察する事なんて日常茶飯事よ。

 人工子宮で生み出された子供には名前さえ与えず……番号が名前代わり。

 まともな人間扱いなんてされずに死んでいくだけの世界かしら?」

「確かにそういう世界だ。

 まともな人間は生きていけない……狂気の世界だな」

イネスの言葉を聞いて、グロリアが肯定する。

三人は言葉がなく青い顔で気分が悪くなっているようだった。

「だから聞かないほうが良いの。

 何故知りたいのか無理には聞かないけど、あなたみたいなお嬢さんが入り込んではいけない世界よ」

「そうだな、カスミ達には辛すぎる世界かもな。

 聞いてもどうにもならない辛く重い現実だけがあるからな」

青褪める三人に二人は心配する。

「横になって休みなさい。

 必要なら鎮静剤を投与してあげるから」

「そうした方がいい。

 心が乱れている時は眠るのが一番良い休息方法だ」

アリシアとセリアは二人の言葉に従って医務室のベッドで休もうとする。

カスミは青白い顔のままでイネスに向き合う。

「……どうして叔父さんは…そんな場所で仕事をしたのでしょうか?」

ぼんやりと呟いたカスミの声を聞いたイネスは少し考え込んでから話す。

「……そうね。お金の問題が一番かもしれないわね。

 非合法な仕事だから口止め料も込みで相当な金額が出ると思うから」

「その可能性はあるな。

 他には仕事の内容を偽って逃げられないようにして強要させるかがありそうだな。

 科学者なら最先端の技術がある場所で働きたいと思うのは当然の事だろう。

 そこにつけ込む様にして騙す方法なら成功するさ。

 研究一筋の人間ほど騙され易いしな」

イネスの意見に補足するようにグロリアは意見を述べる。

「ああ、そういうやり方もあるわね」

「研究室に閉じ篭っている人間を騙す事など造作もない事だと思うな。

 狭い世界しか見ていない人間など裏稼業の人間には絶好のカモだと言わせてもらう」

納得するイネスにグロリアは世間ズレしている科学者を批判する。

「対人関係を上手く構築できない者ほど騙され易い。

 自分の研究しか考えない者などまともな倫理観を持ってはいない。

 そんな人間ほど人体実験を平気で奨励するだろう……いつものセリフを掲げてな」

「……人類の発展と科学の進歩に為にかしら?」

「そういう事だ……免罪符さえあれば人はいくらでも残酷に命を平気で弄ぶさ」

「そうね」

グロリアの意見を肯定するイネス。

そんなイネスに反発するようにカスミは叫ぶ。

「でも叔父さんはそんな研究をしたくなくて自殺したんです!」

「最低ね、あなたの叔父さんは無責任すぎるわ」

カスミの意見をイネスは平然と切り捨てる。

「ど、どうして!?」

イネスの言葉にカスミは頭に血が昇っているのか上手く話せなかった。

「死んで何か変わるの?

 どうせ死ぬなら全てを公表して実験を中止させてから死になさい。

 公表すれば実験体である子供も保護出来るでしょう。

 そうすれば助かる子供もいるのよ。

 罪の償いするのなら自殺する前にやるべき事をきっちり終わらせないと無責任としか言えないでしょう」

叔父の自殺が無意味なものだと言われ、カスミは絶句している。

そんなカスミを見ながらイネスは、

「私だからこの程度で済ませているけどお兄ちゃんとアクアに同じ事を言ったら無事じゃ済まないわよ。

 あの二人は何度もそういう現場を見ているから、あなたが叔父を擁護しようが「だから何」で済ますわ。

 どんなに擁護しようともあの二人の心には届かないと言わせてもらうわ。

 人体実験をする人間の人権などあの二人は認めないから」

厳然たる事実というべき発言をカスミに告げている。

「お兄ちゃんは以前……科学者達に五感を破壊されて未来も寿命すら奪われかけたわ。

 アクアも子供達が科学者達に殺されていく光景を見ただけに、無責任な自殺で終わらせる人など嫌悪するから。

 あなたにとって優しい叔父でもあの二人には唾棄すべき存在でしかない。

 必要ならお兄ちゃんに頼んでIFSを通じての実験の記憶を見せてあげても構わない。

 ただし半端な気持ちで見るのはやめなさい……人間に対する感情と価値観が180度変わるわよ」

呆然と立ち竦むカスミにイネスは忠告する。

安易な気持ちであの二人の前に立つな……と。

「そんなに酷いものなの?」

二人の会話を聞いていたセリアがかなり怯えを含ませて聞く。

アリシアも不安そうに見つめる。

「当然だな。あの光景は二度と見たくはない。

 訓練を積んで人の死に対する抵抗力を持つ軍人でさえ耐えらず吐いた者もいる。

 私も少し……いや、かなり精神的にダメージを受けたからな。

 脆弱な心で見る事は心に傷を負う事になる」

グロリアが頭を振って忘れたい光景だと告げる。

三人は青い顔でイネスとグロリアの警告を聞いている。

「世界は綺麗なものばかりではない、汚れを撒き散らして蠢く救いようのない連中も存在している。

 まあ、普通に生きていればそんな連中に会う事もないから……誰も気付かないが」

「どうして……どうして叔父さんはそんな…世界に入ったんでしょう?」

低く嗚咽を洩らしてカスミは呟く。

自分が知る叔父のイメージとは優しくて命を大事にする尊敬できる人だった。

そんな世界にいるような人には思えないのだ。

「何か理由でもあったのでしょうか?」

「判らん、判らんが少なくともまともな倫理観は持っていた事は確かだろう。

 ただ……責任の取り方には一言言いたいが」

「そうね」

グロリアの意見にイネスも賛成している。

カスミは初めて聞く人体実験の状況に自分が何も知らずにいたのか理解している。

そんなカスミの様子をイネスとグロリアは冷めた目で見つめ、アリシアとセリアは辛そうに見つめていた。

医務室は沈黙に包まれていた。


休憩を取った後、アクアはセットアップを再開している。

戦術確認をしていたユリカとジュンはブリッジに戻り、ムネタケと最終的な打ち合わせをしている。

「悪くないわね」

感心するようにムネタケは二人を見て話している。

報告された内容は単艦で行動するナデシコを効率よく運用する為の戦術がまとめ上げられている。

「……これでもう少しシャンとしていると助かるんだけど」

疲れきった様子で艦長席に座るユリカを見ながらムネタケが言うとジュンは苦笑いしている。

「もう〜ダメ〜〜」

「……ユリカ、もう少しビシッとしてくれないと困るんだけど」

「ええ〜〜、ずっと部屋で仕事してたんだよ〜」

ジュンが困った様子で注意を促すが、ユリカはその声を聞いても困らせている。

(もう少し大人になってもらわないと困るのよね。

 このままじゃ、合同での作戦をする時に他の部隊から睨まれても知らないわよ)

ムネタケは二人の様子を見ながら考える。

そんな時、クロノがブリッジに入ってくる。

「アクア、キリがついたのなら夕食に行かないか?」

クロノはアクアの就業時間の終わりに合わせるように来ている。

「すいません、クロノ。

 後少しで終わりますので」

「時間が掛かるようなら手伝うが」

ゆっくりと歩いてサブオペレーターシートに座り手を添える。

クロノの手のIFSのパターンを見るエリナは初めて見るタイプの紋様に興味深く見つめている。

「いえ、もう10分程で完了しますので大丈夫ですよ。

 予定通り、明日で完了しそうです」

問題ないとアクアが話すとクロノは手を端末から外すとプロスとエリナに話す。

「さて、プロスさんにエリナ。

 ルリちゃんの親権について、どうするか相談したいのだが時間はあるか?」

クロノに時間は取れるかと尋ねられて二人は顔を見合わせる。

エリナは初めて聞く内容で少し戸惑い、プロスも法的な問題なのでどうするか考え込む。

「こちらとしては火星に戸籍を変更しようと考えているんだが」

「難しい問題ですな。

 私個人としては構わないのですが」

そこでプロスは言葉を区切りエリナに顔を向けると、

「本社の意向も聞くべきかと思うのです」

エリナの意見を聞きたいと思い、どうしますかとエリナに問い掛ける。

「こっちにあると不味い訳でもあるのかしら?」

「ある。ルリちゃんのご両親に今までの事を報告するからな、当然ネルガルでの扱いに関しても正確に報告する。

 その結果次第ではネルガルとご両親の間でトラブルが発生するだろう。

 ルリちゃんは元々実験体になる予定ではなかった。

 子供が欲しかったご両親が体外受精を行う為に預けたのをネルガルが奪い、勝手に使用したにすぎない」

質問を質問で返すエリナにクロノはこれから行う事を話す。

「おそらくご両親もルリちゃんの行方を捜しているから、いずれはネルガルに辿り着くだろう。

 その前に火星からの報告を知れば大激怒する可能性もある。

 何故なら人類研究所ではまともな人間扱いなどされていなかったからな。

 自分の娘の扱いを知れば、親の立場ならどうなるか理解できるだろう。

 その点も含めての報告を行う予定だからネルガルには多大な損害が出る可能性もありそうだ」

クロノの予測にエリナとプロスはまた問題が発生するのかという顔をしている。

「それってさ〜、ルリルリのご両親が大物って事なの?」

ブリッジで聞いていたミナトがクロノに問う。

ミナトの質問にエリナとプロスも真剣な顔でクロノを見つめる。

「大物だな。地球圏では一般の人はそれ程知らないが、企業間では一目を置かれるほどの人物だ。

 その人物との関係が悪化すれば、ネルガルの活動も制限を受けるだろう」

「そ、そんなっ!?」

「……困りましたな。出来れば避けたいのですが」

焦るエリナと問題を回避する方向を探ろうとするプロスに、

「だからその対策を兼ねて聞いているのです。

 前会長の仕業と報告しても、親権を未だに保持している以上はルリの身柄を押さえているのと変わりません。

 その場合は色々な問題が表立って浮上しかねません。

 火星にあれば、国交がない以上はどうする事も出来ませんので裏から……まあ、そういう事です」

アクアが事を荒立てない方向で行くと告げる。

「なるほど、そういう手がありますか?」

「ええ、今の状態で会わしても上手くは行かないでしょう。

 なんせ情操教育が全然行われていませんから」

「そうよね。ちょっと問題があるわね」

ナデシコでのルリをアクアに次いで知るミナトが告げる。

そして作業を終えたアクアがクロノの隣に来て、プロスとエリナを睨んでいる。

(ああ、これはいけませんな。相当怒っていらっしゃる。

 確かにホシノさんの事を考えると……厄介な問題になりそうですな)

(聞きたい事があるのに、問題ばかり起きるなんて困るのよね。

 とりあえず会長に報告して任せるしかないかしら?

 それはそれで不安だけど)

「今すぐに返事はちょっと出来ないわ。

 一応会長の裁可が必要だと思うから」

アカツキの事を考えると頭が痛くなるがエリナは返事を保留したいと告げる。

「だが時間はあまりないぞ。

 まあ火星に誘拐されたなどとご両親に話してもいいが、その時は……」

「そんな事は致しませんよ。

 ただどういう手続きになりそうですか?」

警告するクロノにプロスは戸籍の移動についてどうするかと問う。

「一応二重国籍になると思う。

 俺の戸籍は火星にしかないから、アクアの戸籍に一時預ける事になるかな」

「そうですね。お知り合いの方に身元保証人になって頂くのでその方の養女という事になります。

 私の戸籍に入れるのは後々問題が出そうな気がしますから」

クロノの意見にアクアが補足説明を加える。

「では必要な書類を用意するだけでよろしいですか?」

説明を聞いたプロスは保証人の名前を聞く事はしないようにした。

(とりあえず直接クリムゾンに親権が渡る事にはならないようですな。

 社長派の権限はかなり削ぎ落としましたが、口を出されるとややこしい事になりそうですから。

 またその保証人に迷惑が掛かるという事はお二人を刺激する事になりそうです)

いや……もしかしたら試されているとプロスは考え直す。

ネルガルの内部事情を読み取ろうとしているように思えるのだ。

会長派と社長派の力関係、重役陣がどういう行動に出るかと見極めようとしていると考えた方が良いかもしれない。

直接親権を移動させる方が安全なのだ。

クリムゾンを相手にするのは社長派も会長派の重役も躊躇うだろう。

だが手が出し易い人物なら話は変わる。

(会長は手を出さないと判断しているのでしょう。

 マシンチャイルドを必要と考える人物を燻り出すのが目的なんでしょうな)

プロスはそう判断する事でネルガル内の危険分子の排除を行おうと考える。

(ここらで人体実験の危険性を認識して頂くのも悪くはありませんな。

 前会長の意思を排除できるのも大変結構な事です、はい)

独占主義のネルガルの意識改革を進める事が重要だと判断する。

(まあ、全ての元凶は前会長の所為にしておきましょう。

 この際は彼らの都合に踊らされましょうか)

「そうして頂くと非常にありがたいです」

プロスの考えを読んだ様にアクアが微笑んでいる。

ニコニコと微笑みながら見つめるアクアにプロスは冷や汗をかいている。

「どうかしたの?」

少し焦っているような感じのプロスにエリナが不思議そうに尋ねる。

「いえ、手続きの準備を進めておくべきか迷っていただけです」

「そうね、準備だけはしておくわ。

 あとは会長の返事待ちでいいかしら?」

「ああ、それでいい。

 急いでいる訳ではないが、早めに返事を頼む」

エリナの回答にクロノが任せると告げる。

「言っておきますが、浮気はダメですよ」

「……何の事だ」

アクアがクロノに声を抑えて話している。

その声に危険な響きを感じてクロノは焦っている。

「全部知っていますから、エリナさんに手を出したらお仕置きです」

「……そんな気はないが。

 前から思っていたんだが、浮気など俺は一度もしてないぞ。

 そんなに信用がないのか」

もっと信用してくれとクロノは苦笑して話す。

「信用していますがエリナさんは別ですから」

「どういう意味かしら?」

「ちょっと昔の話です。

 エリナさんは知らない過去の事です」

「そうだな。

 もう随分と昔になるか……思えば遠くに来たものだ」

何処か遠くを見つめるかのようにクロノは話している。

「……ごめんなさい。言い過ぎましたね」

「気にするな。今が幸せだからそう悪くはないさ。

 早く戦争を終わらせて、火星でイネスと子供達と一緒に幸せな家庭を築いていこう」

優しく慰めるようにクロノはアクアの髪を梳く。

そんな光景を見ながらエリナは考える。

(過去というけど未来の事でしょうね。

 そうなると……そういう関係になっていたのかしら?)

信じられない結論に達してエリナは顔を赤くしていく。

「そういう事です」

顔を赤くしたエリナにアクアが様々な感情を含んだ顔で告げる。

クロノを支えてきたエリナに対してアクアは複雑な思いでいる。

「仕方ありませんね。

 エリナさんが此処に来たのは聞きたい事があるのでしょう」

「ええ、そうなのよ。

 でも他に問題が起こったから聞けなくて」

動揺しているのか、いつもの強気な発言ではなく迷いながらの話し方だった。

「では場所を変えて話しましょう。

 プロスさん、空き部屋はありますか?」

「はい、ありますよ。

 では案内しますので其処で」

プロスが案内するというと4人で場所を変える為に移動していく。


「何だったんでしょうね?」

不思議そうにメグミはミナトに聞く。

ミナトは先程の会話を聞いて確信していた……クロノがテンカワ・アキトだと。

「さあ、ルリちゃんの問題をどうするのかは気になるけど」

ミナトは分からないフリをして話題を変えていく。

「そうですね」

「上手く家族と仲良くなれるといいんだけど」

「大丈夫ですよ。アクアさんがいますから」

「それもそうね。

 それじゃあ夕飯を食べに行こうか、メグミちゃん」

「はい、付き合いますよ」

二人はルリの事を考えながらブリッジを出て行く。

二人が出て行った後でユリカはドアを見つめて考え込んでいる。

「ユリカ?」

じっとドアを見つめるユリカにジュンが不思議そうに尋ねる。

「な、何でもないよ。

 それよりジュンくん、私達も食べに行こうか?

 提督もご一緒にどうですか?」

「私はいいわ。

 二人で先に行きなさい。

 発進前だからいいけど、発進後二人は交代制でブリッジに常駐しないといけないでしょう。

 今のうちに意見交換しながら効率良く運用する方針を議論しなさい。

 問題は幾らでも発生するからその度に相談するのではなく、大まかな方針だけでも決めた方が混乱しないから」

「そうですね。

 じゃあジュンくん行こっか?」

「そうしようか、ユリカ。

 では先に食事に行きます、提督」

二人が部屋を出て行くと、

「……気が付いたかもしれないわね。

 厄介な事にならないといいけど」

ムネタケが心配そうにこの後に起きそうな問題に頭を痛めている。

「アクアちゃんが傷つかないといいけど」

ムネタケの呟きが人気のないブリッジに響いていた。











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EFFです。

もう少し延びそうです。
次回は少しシリアスになるかも。

では次回でお会いしましょう




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