未練が無いと言えば嘘になる

今まで全力で走り抜けたかと聞かれると困る

だが今回は自分に出来る限りの事を全部した

後の事を任せられる者もいる

ならば一気に駆け抜けてみせよう

次の者に未来を託す為に



僕たちの独立戦争  第八十三話
著 EFF


新型機の操縦席で北辰は独り考えをまとめている。

元老院の所在地のある宙域――市民船しんげつの近くで北辰は試験飛行を兼ねた偵察を行っていた。

(陣野殿が月読を破壊する方向で動くか……元老院ももはや一枚岩に成りはしない。

 だが、窮鼠、猫を噛むという諺もある。奴等がどんな暴挙に出るか……今しばらくはここを動けぬな。

 月の状況は大事無いだろう……だが閣下の警護が気になる。

 烈風を信頼しているがどのような方法で動くか予測するのは難儀だ。

 軍の会議室が一番危険よな……あそこだけは閣下の側に付けぬ)

暗部である北辰達が側で護衛するのは草壁が身の安全を気にすると強硬派に思わせてしまう……そういう事態は不味いのだ。

草壁が弱腰であるという姿を見せる訳にはいかないのだ。

防弾チョッキや自身の身の安全を草壁は考慮して護衛を付けているが会議の場では付けていない。

部下達に弱気な姿を見せる訳はいかない、それが草壁の意地でもあった。

自身が戦争を始めた以上は逃げも隠れもしないというのが草壁の心情なのだろう。

そういう姿を見せる事で部下達の士気を向上させている。

部下に弱気な姿を見せられない……その事が北辰にとって不安の種でもあった。

「今、閣下に倒れらると困るのだ……導く者が居らぬ木連ではいかんのだ」

村上、海藤、高木、秋山ではまだ駄目だと北辰は思っている。

(乱世の時代なればこそ非情な決断が出来る閣下が必要なのだ。

 自身の身の安全ばかり考えぬ年寄りどもに民は導けぬ!)

北辰の感情の昂ぶりに機体が応える様に速度を上げる。

「便利な物よ……このIFSという奴は。

 我が意のままに動き、心に応える……物言わぬ巨人に魂を授けよう。

 汝の名は夜天光……我が鎧為り」

北辰の言葉に従うかのように機体の目が輝く。

佐竹技術主任による北辰専用機が宇宙を駆け巡る――木連最初の国産機の初陣の時が近付いていた。


帰艦した北辰に佐竹が聞く。佐竹も今回は戦艦に同乗して試験飛行に付き合っていた。

「……で、こいつの具合はどうだ?」

「うむ、飛燕より動きが良い……流石だな、山崎より信用出来るぞ」

「……だから山崎と同じにするなよ」

北辰の言葉に佐竹が苦虫を噛み潰した表情で話す。狂科学者の山崎と同列にされるのは不愉快だったみたいだ。

「そうであったな……すまぬ」

「まあ、いいさ。こいつは北辰さん専用機だが木連最初の国産機だ。

 こいつで得られた情報を基に更なる新型を出す予定だ。

 思う存分振り回して機体を極限まで使ってやってくれ……で、名前はどうする?」

「……夜天光だ」

「いい名だ……初代、夜天光だな。あんたが現役でいる間は改修される専用機の名はこれで統一するぞ?」

次の専用機もその名で良いなと佐竹が聞くと、

「構わぬ、我が鎧はそれで良い」

北辰は気にいった様子で返答する。その言葉に佐竹は嬉しそうにしている。

腕の良い操縦者がいればこそ、ここまでの機体を開発出来た……北辰達の協力に佐竹は感謝していたのだ。

「元老院の方はどうなった?」

「良い状況ではない……月読を起動させようとしておる」

「……馬鹿か、あんな骨董品を動かして何になる?

 混乱だけを起こして、後は頬被りするのか……火事場泥棒でもする気か?」

「分からぬ。年寄りの考える事など」

うんざりした顔で北辰は話している。北辰としては、機体の試乗に専念したいのに余計な仕事ばかり増やされている。

(ふん、元老院の連中は滅殺決定よ……我に二度と余計な仕事をさせぬように全て仕留めてくれる)

「まさかとは思うが……最初から失敗させる気じゃねえだろうな」

「なぬ?」

北辰にすれば寝耳に水といった意見を佐竹は言う。慌てて佐竹を見ると佐竹も意見を出したが自信が無いように話していた。

「いやな……失敗した時は俺達の所為にして強硬派と一緒に動く可能性を考えたんだが」

「なるほど……そういう考えもあるか」

同胞を切り捨てるような真似はしないと考えていた北辰だったが、

自分の事ばかり優先する元老院ならこのような外道な策もあり得ると気付いていた。

「愚策かもしれんが上手く立ち回れば効果的な策になるやもしれん」

「生き残りも居なければ、如何様にも誤魔化しが効くからな。

 俺に言わせれば「そこまでするか」って言うのが本音だが…………あんたはそう思わねえんだな」

「外道には外道の手段があるものよ」

「……そうやって自分を貶める言い方をするのはどうかって言いたいんだが」

「気にするな……裏方とはそういうものだ」

困った顔で佐竹は北辰に苦言を呈する。

(そりゃあ、裏方なんて仕事をしてると綺麗事じゃないだろう……だけどな、自分から貶めるのはどうだろうか?)

暗部の仕事を正確に把握してはいないが佐竹は北辰が悪人だと思っていない。

どちらかと言えば北辰は草壁の考えに忠実に従う武人と思っている。

佐竹はいつも冷静に客観的に物事を見つめる性質だった。その為に木連の歪さを知ってしまった。

正義、正義と唱える連中が佐竹は嫌いだった。何を以って正義というのか訊きたかった。

(自分が正義だという連中は人を死なせたという事を理解していないのか?

 戦争という行為は正義を知らしめる為に行うものじゃない……それは歴史が証明しているぞ。

 多分、死ぬまで気付かない連中なんだろうな……はあ、そんな連中が上層部に居るとはな)

草壁も彼等と同じような思想で動いていたが、今はかなり考えを改めている。

でなければ佐竹も協力をするか、どうか迷っていたのだ。

(そういう点に無頓着な山崎なら研究が自由に出来るなら何でもするだろうが俺は山崎とは違う。

 危険な思想の持ち主に協力するのはごめんだね)

科学というものは万能ではないと佐竹は知っている。手段を問わねば万能にもなるだろうが、

(そういうのは余所でやってくれ……俺は急激な変化は好かん。

 時間を掛けてもゆっくりと歩いて行く生き方が良いと思う。

 誰かを犠牲にしてまで得られる物が素晴らしいとは思わん……)

人の生きる道を大切に思う佐竹は山崎のやり方を嫌悪する。

それ故、木連では冷や飯食いのような立場だったが本人は気にしていない。

少ない予算であろうが上手く遣り繰りしてノンビリと研究だけできれば良いと考えていただけに、

(まあ、人手不足だから文句は言わんが、仕事を増やすなと叫びたいぜ)

山崎が死亡した後、佐竹に仕事が回って来る事が増えた。

その為、佐竹は研究者ではなく、管理者として部下達の仕事を管理するような職務をしていた。

「面倒事はどうもな……余計な事ばかりする連中はとっとと隠居して欲しいぜ」

「然り、年寄りはさっさと舞台から降りてもらわんとな」

佐竹の呟きを聞いた北辰が賛同する。北辰としてもこの地に内乱を起こそうとする連中など不要だと考えている。

「隊長、秘匿回線であの方から連絡がありました。

 内容は……構いませんか?」

雷閃は側に佐竹が居たので言って良いのか判断に困っていたが、

「構わぬ」

北辰のこの一言で報告を開始する。

「技術者を保護して欲しいそうです……どうも最初から成功させる気がないみたいだと言われてました」

「最悪だな」

「お主の言う通りになりそうだな」

「だが上手くは行かない。奴らの思惑を木っ端微塵にしようぜ」

「うむ。雷閃、手筈を整えよ。これは失敗が許されぬ仕事だ」

「はっ! では準備を進めます」

僅かに頭を下げると雷閃は準備を進める為に移動しようとする。

「待て、これを付けて行け」

「な、何を!?」

佐竹が背を向けた雷閃の右手を押えて関節を極める。

いきなり関節を極められた雷閃は慌てるが、佐竹は無針注射を雷閃の首に当てて引き金を引くとすぐに手を放す。

「IFSだ。お前さんもパイロットだろう……飛燕の改修機を使え。

 役に立つだろう……言っとくが壊すなよ。壊して帰ってきたら……資料整理を手伝ってもらうぞ」

補助脳が出来る感覚に立ち眩みを感じて、ふらつく雷閃に佐竹は楽しそうに話す。

「いきなりは酷くありませんか?」

「油断する者が悪い」

文句を言う雷閃に北辰が一言で斬って捨てる。その言葉に雷閃はたじろぐ。

「まだ俺も捨てたものじゃないな」

佐竹は二人の会話を聞きながら顔を綻ばせて話している。

「言っとくがお前さんが無事帰ってくる事が大切なんだからな。

 生きて帰ってくる……戦士という者は戦い続ける存在だと思う。

 折れぬ心を持って最後まで諦めずに戦い、自分の大事なものを守る……まあ、守るものは人それぞれだが」

お節介だと思ったのか、佐竹は苦笑しながら雷閃に聞かせる。

「分かってます、自分は未熟者ですが簡単にはくたばりませんよ」

「いいだろう……その機体はお前さんが使うといい」

佐竹が指差した先に飛燕を改修した機体が主が来るのを待っていた。

「とりあえず開発時の名は九郎だ。鴉じゃ味気ないだろうから少々捻ってみた」

「……黒いですね」

つや消しの黒い塗料で塗られた機体は地味だったので雷閃はどう反応すれば良いか迷っている。

「諜報なら地味な機体が良いと思って黒くしたんだが……まさかと思うがゲキガンカラーが良いのか?」

佐竹がこいつもかと呆れながら聞いてくると、

「絶対嫌です……何であんな派手な色が良いんですか、赤が良いかなと思っただけです」

同類に思われた雷閃が嫌そうにして言う。その顔は嫌悪感が一杯になっている。

「……赤か、諜報なら目立たん方が良いだろう?」

「逆ですよ……自分を目立つようにして他の機体を隠したいんですよ」

陽動がしたいという雷閃――佐竹は顔を顰めて聞いている。

「あのな……そういうのはもう少し腕を磨いてからにしな。せめて北辰さん位にならんと死ぬぞ」

「……分かってますよ。今すぐじゃありません」

忠告というか、叱りつける様に佐竹が言うと雷閃も苦笑しながら話していた。

「俺はまだ未熟です……いつか、隊長に頼りにされる男にはなりたい。

 烈風さんや水鏡さんのように」

「そう思うなら下手を打つな。お前は功を焦りすぎだ」

二人の会話を聞いていた北辰が雷閃の欠点を指摘する。

「……はい、気をつけます、隊長」

指摘された雷閃は身を小さくして話す。先の失敗を言われて動揺しているようだった。

「まっ、なんにせよ、その二人と北辰さんに追い着くには場数を踏まんとな」

「ふん、我に追い着く程度で満足してもらっては困る……世界は広い、上には上がいるのでな」

佐竹と北辰がそれぞれに意見を述べる。それを聞いた雷閃は、

「りょ、了解しました。では準備を進めます!」

慌てて走り出して、この場から離れて行く。

「……逃げた?」

「ふん、惰弱な」

「で、伸びる見込みは?」

「奴次第よ、本人の意思なくば、伸びるものも伸びん」

「見込みはあるって事か……楽しみだな」

「……然り」

走って行く雷閃の背を見ながら二人は話している。

苦言を呈したりする二人ではあったが、若手の台頭をどこか喜んでいるようだった。

そして月読という舞台で新たな幕が開こうとしていた。


―――市民船 しんげつ―――


「よく参られた、月臣君。我々は君を歓迎する」

市民船しんげつに月臣は来ている……強硬派の誘いに乗る事にしたのだ。

月臣は自分が本流から離れていると錯覚していた。草壁の方向転換に自分は不要な存在だと感じていたのだ。

(まだ戦いは始まったばかりだというのに和平だと……こんな中途半端な結末など断じて認めん!

 俺達の正義はそんなあやふやなものじゃない! 閣下は何時から腑抜けになったのだ)

どんな時も一刀両断するように行動してきた草壁が火星の攻撃で弱腰になっているように思えた。

部隊の再編も月臣には承服しかねるようなものだった。

(第二陣、第三陣にも加われない……何故なのだ?)

優人部隊でも更に選ばれた人材だと月臣は思っていた。

だが、第二陣は海藤大佐が率いる部隊、第三陣は秋山中佐の予定になってしまった。

先陣を切らせて貰えると思っていたのに出陣させて貰えない……不満ばかりが蓄積していた。

だが草壁にすれば、月臣のような過激な思考展開する人物を前線に送るのは不安だった。

状況が刻一刻と変化する以上は柔軟な考えが出来る人物を前線に配置しなければならないのだ。

月臣の能力を疑ってはいない。だが一方的に自分が正義だと叫び、行動する人物を重用できる状況では無くなったのだ。

誰が悪い訳ではない。状況が変われば、用いる人材も変えなければならない……ただそれだけだった。

「我々には君のような勇敢な指導者が必要なのだ……生き抜く為にね」

東郷の褒め言葉を月臣は半信半疑のような顔で聞いている。

強硬派は信用しているが、元老院は信用できないと月臣は考えていたのだ。

「無論、勝ちますよ……私の正義の為に」

「うむ、いきなり信じろと言われても困るだろう。

 だが今は信じてもらうしかない……木連の未来を存続させる為に。

 そして地球に我々の正義を知らしめる為にな」

「ええ(ふん、どうせ危なくなったら尻尾を振り替えるだけだろう)」

「では、行こうか?(勝つまでは自由にさせてやろう……その為の駒なのだよ)」

互いに思惑を見せずに行動しているが、経験不足の月臣には自身の不信感を相手に知られている。

この事が勝てる方法を狭め、更に自陣の士気を落とす事になると彼等は知らない……。

挙国一致体制――勝つために必要な行為をしない者に勝利はありえない……小国が大国に勝つ唯一の方法を捨てていた。


「貧乏籤を引かせるな……」

「そうは思いませんね。こいつを処理するのに必要な人員を考えると悪くない」

月読内部の制御室で陣野は岩瀬に詫びていた。だが、岩瀬は落ち着いた様子で反論している。

「それにこいつを放置するのは不味い……誰かがしなければならない事だと思います」

「……そうだな」

遺失宇宙船 月読――木連建国時に発見された船。

極小機械によって船を構成し、必要な物を極小機械が分解して船の部品へと組み込んでいく……生体に近い船だった。

同型艦 天照を起動させた時、制御機構が暴走して内部で作業していた者は全員分解されて……喰われた。

周囲に配備されていた艦も無差別に喰い始めたが、草壁、村上と園田の三人が協力して破棄した。

その時、園田は帰らぬ人になり、村上も重傷を負い……軍から去らなければならなかった。

「前回は内部にいた園田という人物が相転移機関を暴走させて自爆という手段をして、内部を崩壊させて、

 機能を一時停止させてから草壁殿が周囲に配備された戦艦群を自爆させて止めを刺した」

「……壮絶な止め方だ。死亡者の数は?」

「内部にいた約四百人は死亡、外に配置して人員も村上殿の機転のおかげで半数の千人は無事だった。

 だが村上殿はその際に大怪我をして軍から退役……今は内務首席だったな」

陣野は草壁から齎された資料から被害者数を知った。元老院は此処でも数を誤魔化していた。

「嘘だらけの資料ですな……元老院は何を考えて、こいつを動かそうとするのか?」

「かつての栄光を我が手に……等と言うなら無様だ。

 動かずに声しか出さない連中に付いて行く者などいないというのに」

「全くですな。自ら範を示す者に人は付いて行く……それが人だというのに」

呆れるように岩瀬が元老院の在り様を否定する。陣野はかつて所属していた陣営の事を言われて苦笑している。

「まあ、後の事は彼らに託すさ」

「少々無責任かもしれませんが……」

これからする事を思って岩瀬が苦笑している。二人は無事、準備を完了させて一安心していた。

「起動させる前に臨界させておきます……最初から自爆という形にしておきます」

「すまんな……君を巻き込んでしまった」

「被害が最少になるので悪くないです。誰かがしなければならない……という事です」

「では一杯やるか?」

「ご相伴します」

二人は笑い合うと制御室を出て行く。

機動実験前日の一幕だった……。


―――連合軍極東アジア支部―――


「お久しぶりです、お父様」

「おおう、ユリカ! 少し痩せたんじゃないか? 

 仕事が辛いなら何時でも帰ってきても良いんだよ」

緊張した面持ちで話すユリカに親馬鹿振りを見せるコウイチロウ。執務室にはたくさんのケーキが並んでいた。

「さあ、ユリカ♪ どれでも好きなだけ食べて良いんだぞ」

「そうですか……」

「ユリカ?」

いつもと違う様子のユリカにコウイチロウは心配そうに見ている。甘い物を見せればご機嫌な筈のユリカではなかったのだ。

「実は聞きたい事があって来ました」

「ふむ、聞きたいとは?」

ユリカの様子から只ならぬものを感じて居住まいを正す。その顔は連合軍人としてものだった。

「アキトの……テンカワ夫妻暗殺の事、お父様は知っているんですか?」

ユリカの問いにコウイチロウは一瞬表情を変えるがすぐに、

「それはどういう意味だ、ユリカ?

 確かテンカワの一件は火星の軍事テロ事件だったはずだが……」

「惚けないで下さい! 今、一瞬ですが不味い事を聞かれた顔になっていました。

 やっぱりお父様がアキトのご両親の暗殺に協力したんですね?

 どうしてそんな事を!?」

ユリカはコウイチロウが関与していたと気付くと目に涙を浮かべて詰問する。

コウイチロウはそんなユリカに対して殊更、笑みを浮かべるようにして宥めるように話す。

「ま、まあ、ケーキでも食べて話そうユリカ。パパもいきなり言われて驚いているんだよ」

「誤魔化さないで下さい! いっつもお父様は気不味い事があるとそうやって誤魔化す!!

 どうしてアキトのご両親が死ななければいけないの!?

 軍人って命令されれば、友人さえ殺さないといけないんですか!!」

ユリカの状態からさすがに誤魔化しておくのは無理だと判断したコウイチロウ。

「座りなさい、ユリカ。まず、聞いておきたい……誰から聞いたのか?」

「火星宇宙軍提督のクロノ・ユーリ氏、そしてクリムゾンから」

ボソンジャンプで過去に帰還したアキトとは言えずに仕方なくクロノの名を出すユリカ。

クリムゾンの名を出す事で信憑性を更に加えるとコウイチロウは深く息を吐き出す。その顔は酷く疲れたものだった。

「……そうか、火星は全てを知っているのか」

アスカの会長であるキョウイチロウもおそらく火星から聞かされたのだとコウイチロウは判断した。

(火星コロニー連合政府は全部知った上で独立に動いたという訳か……状況は最悪な方向に動くのだな)

「お父様?」

「……何でもない。そうだ、火星のテロ事件はテンカワを暗殺する為に行われたものだ。

 その時は気付かなかったが後で個人で調べて私はそう判断した。物的証拠は無いが状況証拠は隠しようが無かったようだ」

「なんてことを……では何故それを追求しないの!?」

コウイチロウから聞かされた事実にユリカは顔を青褪めている。そして何故、公表して調べないのかと聞く。

ユリカの知るコウイチロウは公正明大な父親だった筈、何故、不正をそのままにしておくのかと思っている。

「お父様なら真相を調べて軍の不正を正す事も出来るでしょう」

「そうだな、「なら今からでも!」……それは出来ないんだよ、ユリカ」

ユリカが明るく話そうとしたが、コウイチロウは出来ないと告げる。

「ど、どうして間違った事はお父様が一番嫌いな筈?」

「当時、火星は独立の機運が高まっていた……テロ事件のおかげで火星の独立は回避できたのだ。

 真相を公表すればどうなると思う、ユリカ。再び、火星の独立運動も活性化する……まあ、今更だが。

 軍人である私は火星が軍事行動を起こしかねない事実を話す訳にはいかないのだ」

「そ、そんな……」

初めて知るコウイチロウの軍人としての一面にユリカは驚いている。

「テンカワのおじ様達が殺されたんですよ! おじ様達が何をしたというのです!

 自分達の都合で殺しておいて、勝手な言い方をしないで!!」

「軍の決めた決定に軍人である私は従わねばならん!」

「軍人としての誇りは何処にあります!? 友人を死なせて、何が正義ですか!!」

「それでもだ!」

「火星は真実を知っているのに! 火星が独立しようとしているのも地球が間違った事ばかりしているから!」

ユリカの叫びにコウイチロウは絶句する。

「もう火星は止まりません! 最悪は地球と離反してでも独立を成し遂げようとします!

 目先の平和を選んだお父様達は間違っています!!」

そう言ってユリカは席を立ち、部屋を出て行く。

「ま、待ちなさい、ユリカ」

コウイチロウの静止を聞かずにユリカは出て行く。コウイチロウはソファーに深く沈み込むと、

「……自業自得か、だが軍人としては仕方が無いんだよ、ユリカ」

疲れた様子で呟いていた。


ユリカは俯いた顔でトボトボと力なく歩いていた。

「はい、ユリカ」

そんなユリカにジュンはハンカチを差し出していた。ユリカは差し出されたハンカチを受け取って涙を拭う。

「……アキトの話していたこと……事実だった」

肩を震わせてユリカはそれだけをジュンに告げる。

「帰ろうか……シャクヤクに。みんなが待っているよ」

そう話してジュンはユリカの手を引いて歩き出す。


しばらくしてユリカはエレカーの中でジュンに呟く。

「仕方ないんだって……間違っていても必要なら。

 おかしいよね……間違いは間違いなのに」

「……そうだね」

運転しながらジュンは後部座席のユリカをバックミラー越しで見つめる。

(仕方ないか……でも……平和の為に民間人を犠牲にするのは……)

ムネタケから大体の経緯は聞いていた。そして軍人としては軍の決定に逆らえないのだと。

自分のように真実を公表できるほどコウイチロウの立場は軽くない事も……。

(確かに火星の独立の機運は鎮まった。だけど一時凌ぎにしかならないと判っていた筈なのに)

その結果がこれだ。火星は真相を知り、独立へと行動している。

(この分じゃ、軍事行動もするだろうな。テンカワとクロノさんは同じ人物かもしれないけど……同じじゃない。

 あの人はテンカワのような甘さは捨てている)

アキトにはない怖さがあるのだ、クロノには。

以前、ブリッジを殺気で凍らすような現象を引き起こした……アキトにはそんな事はできない。

(そのくせ、優しいとこも残している)

後部座席のユリカをチラリと見てジュンは思う。

(火星にいるテンカワは真実を知っている。

 以前のままのユリカなら絶対に嫌われるから、真実を話してそれでも付き合う気があるのか問い掛けている)

真実を知って、尚付き合う気があるのなら構わないと思っているのかもしれない。

(……どうして、僕ってこういう時に動かないんだろう?

 こういうチャンスを逃しているから……友達のままなのに。

 それとも僕にとってユリカは家族なんだろうか?

 ユリカの事は好きなんだけど……幸せになって欲しいと思うから動かないのか? 自分に自信がないから……)

ハァとため息を吐いて、ジュンも複雑な自分の気持ちに途惑っている。

(とりあえずは落ち込んだユリカを励ますか……どういう形になるか、まだ分からないけどユリカが幸せになれば良いさ)

先の事など誰も分からない、ジュンはそう考えて歩いて行こうと思う。

ミスマル親娘の確執はこの時から始まり、二人はすれ違ったまま歩き出す。

ジュンはまだこの時は気付いていなかった。


―――市民船しんげつ宙域―――


東郷達は目の前の大画面で月読の起動を見ている。その顔は成功すると信じて疑っていないようだった。

(あのような物が在ったとは……何故、これ程の物を私物化する?

 この国はいったい誰の物だというのだ?)

月臣は不満と不審を感じながら見つめている。

月読が元老院ではなく、草壁の元にあればもっと状況が変わっていたかもしれない。

そんなふうに思っている事に気付くと苦笑する。

(今更だな、自分はもう袂を分かったのだ……己の正義を見せる為に)

「た、大変です! 月読が暴走を開始しました!」

「な、なんだと!?」

作業員の報告に東郷が慌てていたが、的確な指示は出していない。

「状況を知らせろ! 何がどうなっている!?」

月臣は越権行為だと知りつつも叫んでいた。月読がどういう物なのか、よく理解していないが危険だと判断していた。

月臣の指示が出た瞬間、月読が内部から消滅する。

「な、内部に配置した相転移機関……臨界を超え、周囲の物を巻き込んで消滅しました!」

「内部との連絡は?」

「電波障害で出来ません!」

「無人戦艦! 次々と接近して相転移機関を暴走させて、月読を巻き込んで消滅していきます」

作業員達の報告の通りに無人戦艦は特攻を仕掛けるように突入して消滅していく。

その光景を月臣達は呆然として見ていた。


少し時間を戻す――月読内部で陣野と岩瀬は二人で酒を酌み交わしている。

その顔は後悔も無く、自分達の仕事を完了させた満足感が浮かんでいた。 

「生まれ変わりがあるとしたら、もう一度この地で生まれ育ってみたいな」

陣野がそう呟く、彼はこの国が好きだった。この国で生まれたことを誇りに思っていた。

「良いですな……その頃は火星と仲良くしていると更に良い」

岩瀬も同じように笑みを浮かべて頷いている。

「なに、その事なら大丈夫だろう。草壁殿が上手くするさ」

「そうですな、心残りがあるとすれば、部下達の未来ですが……まあ、大丈夫でしょう。

 あいつらなら何処だってやっていける」

手塩に懸けた部下達なら心配はないと思い、気にしない事にする。

草壁の配下の北辰に無事預ける事が出来た。彼らの安全は保障すると約束したのだから。

「息子の成長を見れないのは残念だが、責任は取らんと」

「私も部下の成長を見れないのは残念かも……まあ、言い出したらきりがないか」

「……そうだな」

「もうすぐ……臨界を突破します」

画面を見た岩瀬が陣野に告げると陣野は杯を上げる。岩瀬もそれに合わせる様にする。

「「木連の未来に幸あれ!!」」

二人が唱和すると同時に制御室が真っ白に染まる。


「しゅ、主任……」

「陣野総責任者に敬礼!」

消滅していく月読に一人がそう叫び、敬礼すると全員が同じように敬礼していく。

「あれも一つの責任の取り方だ……誇り高き男の最期であったわ」

北辰が陣野達の最期を見取る。側に控える雷閃はその壮絶な最期を目を逸らさずに見つめている。

遺失宇宙船――月読は暴走する事なく、最少の被害で消滅した。

そして草壁達は元老院からの離脱者を懐に招き入れる。

最大の利点でもある技術者達を確保できたのは僥倖だったと後に草壁は述懐している。

だが、この事件が木連の内乱への引き鉄になる事は間違いないと北辰は考えている。

(閣下の守りを固めぬと不味い……奴等は必ず動く。

 尤もそれが自分達の死刑宣告に繋がるとは思わんだろうがな)

木連建国から今迄で最大の内乱が起きようとしている。

強硬派が命名した――熱血クーデターの始まりだった……。

無責任な扇動者に踊らされる道化達の宴の幕開けだった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ここで熱血クーデターを持ってきました。内容は全然違いますが……。
時間を掛けたわりに月読があっさり無くなりましたのは力量が足りないんでしょうね(核爆)
正義という名の内乱が始まります。
尤も草壁は自分を正義だなんて思っていないかもしれませんが。
あの人は自分がしている事が悪だと理解した上で行動した人ですから。
そういう意味では正義の言葉に従い、九十九を暗殺して悔やむ月臣は覚悟が足りなかったんでしょうね。
いよいよ親友同士が陣営を変えて戦います。
お互い木連の未来を思って行動しますが、意固地に正義に拘る月臣がどうなるのか?
悩む九十九はどう動くのか? 秋山は言うまでもなく、草壁に協力して未来を切り拓こうとするでしょう。

では次回を期待して下さい。


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