いよいよ舞台は変わる

内ではなく……外になる

結果を求めるのは当然の事であり

勝たねばならない事も承知している

しかし……それによって生じる問題を理解しているだろうか



僕たちの独立戦争  第百十四話
著 EFF


草壁は自身の執務室で憔悴した様子の白鳥九十九と対面していた。

しんげつの備えに海藤を配置して、秋山と白鳥の両名をれいげつに帰還させて月支援艦隊の再編を行う予定だった。

「白鳥くん、今の状態で月へ行って戦えるか?」

「……行きます。自分はこの戦争の結末を見届けたいのです」

少しやつれた気もするが、その目には力強さがあると草壁は思う。

「よかろう……君の役目は見届けて、次に活かす事だ。

 この戦いの後、木連は新たな激動の時代になるだろう……その時に今回の苦い思いを活かすのだ」

「はっ! 人の悪意なんかには負けません!」

草壁に敬礼して真摯に答える白鳥に自分が失ったものを感じて苦笑いする。

「君や秋山君には負担を掛ける事になるだろう……いや、既に掛けているな。

 これからも苦労を掛ける事になると思うが、次の世代の為に頑張って欲しい……以上だ」

「一命に代えましても!」

「こらこら、なんでも一人で背負おうとするな。

 君には仲間がいるのだ。彼らを信じて皆で背負って行きたまえ……独りで進めると私のような無様な事になるぞ」

「か、閣下!?」

苦笑して話す草壁に白鳥は焦っている。

木連で確固たる地位を築き上げた英雄が草壁春樹だと誰もが思っている。

その草壁が自身の事を無様だと言うのなら一体誰が英雄と言えるのかと白鳥は考える。

「私は亡くなった月臣君と同類みたいな者だ。

 仲間を信じきれずに独り突っ走った結果がこの有様だ。ホンの少しの違いが彼と私の命運を分かっただけだ」

過去を振り返ってみると何時も独りで歩いてきた。

その行為を否定する気はないが……もっと信じきれれば未来はもっと良い方向に進んでいたかもしれないと思う事もある。

「仲間を信じて歩いて行くのだ。

 独りで出来る事には限度があるが、仲間達の協力があれば出来る事は増える。

 これからの時代は君達のものだ。手を携えて進んで行け……月臣君の分もな」

「閣下……う、ううぅ……」

もう泣かないと決めていた白鳥の目に涙が滲む。

「友の死は辛いものだ……私も経験している。

 泣きたいだけ泣いて、また立ち上げればいい……そうして強くなれ」

「は、はい! 自分は強くなって、この世界を支える男達の一人になります」

自分の言葉に感涙している白鳥を見て、新しい種が育ち始めていると感じる草壁であった。


白鳥が退室した後、北辰が部屋に入ってくる。

「今回はご苦労だった」

「御意に」

草壁の影となって支え続けてきた北辰を労う。

「さっそく本題に入るが、急ぎ月に行ってもらうぞ」

「承知」

「どういう形になるかまだ読めんが、この戦いで一応の区切りがつく。

 先行き不透明な時代になるかもしれん。その時は今まで以上に動いてもらう事にもなるだろう」

一応は平和な時代になるが、水面下では諜報戦が始まると草壁は考えている。

そうなると北辰には今まで以上に働いてもらう事になると思っているのだ。

「御意に」

「すまんな、苦労を掛ける」

詫びる草壁に北辰は平然と答える。

「なんの、閣下が描く未来に殉じると決めた時から覚悟しておりますぞ」

「そうか、そうだったな」

「然り……何処までもお供しますぞ」

「それが地獄でもか?」

「修羅が堕ちる先は地獄ですぞ」

何を今更と少々呆れた様子で北辰が告げると草壁は苦笑している。

「私は火星に身柄を拘束される……拠点は敵の本陣の中だな」

「望むところです。死中に活を見出すのも一興」

ふてぶてしく言い放つ北辰に草壁は笑みを浮かべる。

「お前の力……頼りにするぞ」

「御意」

どういう形になるかはまだ分からないが、まだまだ楽隠居する気はない二人であった。


同じ頃、秋山は村上の内閣府の執務室で帰還の報告をしていた。

「ご苦労だったな」

「いえ、これが自分の仕事ですから」

「悪いが休んでいる暇はないぞ。

 お前と南雲と白鳥君には月に行ってもらうからな」

再編中の第三艦隊になる予定の構成を村上は話す。

「お前達の役目は戦う事ではない……決戦後の後ろ備えだ。

 自身の目で地球と火星を見て来い」

「承知しました」

村上の言いたい事は理解した。自分達の目で見る事で今後の付き合い方を模索しろというのだ。

「責任重大ですね」

「だが、それだけの事が出来るように仕込んでいるぞ。

 なんと言っても、お前は俺の弟子の一人だからな」

「村上さん……」

信用していると告げる村上に秋山は嬉しく思う。

「俺は見ての通り、根無し草の生活をしていたから家族は居ない。

 だから、こうやって弟子を育てる事で次の木連を支える種を蒔いておきたいと考えている。

 立派な大輪の華を咲かせて見せろよ」

「咲かせて見せますとも……先生」

「しっかり頑張って来い!」

「はい!」

嬉しそうな顔で送り出す村上に笑顔で応える秋山だった。


村上との話し合いの後に秋山は南雲と合流して新たに再編されている第三艦隊の状況を確認する。

「いよいよ、自分の出番が来ましたよ」

「逸るなよ。俺達の仕事は高木さんの後ろ備えだ。

 どっちかと言うと戦後の睨み合いが仕事みたいなものだ」

「分かってますよ。ただ突っ込むだけじゃダメだという事は知りましたよ」

苦い物を口にしたような表情で南雲は話す。

「血気盛んに戦うだけじゃ勝てない相手もいるんだと知りました。

 悔しいですけど……足りない物だらけだと気付かされました」

閻水艦隊との決戦で苦戦した事を思い出す度に南雲は自分の未熟さを痛感する。

もし自分が艦隊を率いていたら……勝てないと感じてしまった。

決戦直後は苛立っていたが、次第に頭が冷えると振り返って反省する事が出来た。

同僚達は勝ちに目が奪われているが、その勝ちに繋げる為に様々は策を考えたのは自分ではなく、秋山だったのだ。

知った以上は南雲は次に繋げる為に再度艦隊戦のやり方を学び直そうとしている。

「月には頼れる参謀がいますから、一から出直しですよ」

「言っておくが三山さんも植松さんもゲキガンガーは好きじゃないぞ」

月にいる二人の作戦参謀は現実主義の固まりだ。

その点を注意して会わないと大変な事になると秋山は思う。

「その点は、趣味は趣味と割り切る事にします」

「南雲……成長したな。三郎太に爪の垢で煎じて飲ましたいぞ」

機動兵器戦にばかり拘っている副官の三郎太を思うと南雲の成長を嬉しく感じていた。

これで自分の負担も少し軽くなると思う秋山だった。


数日後、秋山達を中心に若手士官を軸に据えて、木連第三艦隊は出陣する。

目指す先は月、そして自分達とは住んでいた世界とは違う世界を見て、新たな未来を模索する為に。


―――地球連合軍本部―――


戦略核の事後承諾使用の第一報を聞いたチュンはドーソン派の士官達に問い質す。

「どういう心算なんだ! 勝てば良いと言うだけでは済まされんぞ!!」

チュンは完全にキレていた。

勝てば官軍などという屁理屈をチュンは認める気はない。

「木連が火星を捨てた原因は核なんだぞ!

 相手を刺激させるような行為を選択するのが如何に危険か……理解しろ!」

この戦争の経緯を聞いた時点でドーソンへの敬意は消えていたが、軍内に於ける上官に対する自分の立場だけは一応守っていたから口出しはしなかった。

だが、核の使用となると話は変わる。

木連が火星を捨てた一因を思い出すような事になると、過激な手段を選択しかねないという懸念だけは言うべきだと思う。

「で、ですが司令官に逆らうわけには……」

「お前達の言いたい事も分かるが……今回の件は非常に不味いんだ!」

チュンの怒号に身を竦める士官達。

自分達のした行為の意味は理解しているが、命令を遵守しなければならないという立場も考慮して欲しいと訴える。

「今回の一件は必ず問題になるぞ。

 降格だけで済むと思うなよ」

「勝てば問題はありません!」

士官の一人が勝てば官軍の理を告げるとチュンの拳が叩きつけられる。

「ふざけた事をぬかすな―――っ!!

 確かにその戦場では勝てるかもしれんが、生き残った部隊がL3を地上に落とす事を考えないのか!!

 そして木星にいる本隊がこちらと同じように地上に核を撃ち込まないと誰が決めたのだ!!」

殴り倒して、チュンはこの場に居る士官全員に再び怒号をぶつける。

「L3の目標はここだ! 連合政府と本部のある北米だ!!

 自分達の頭の上に落ちてくる事を覚悟しているんだろうな!」

チュンはそんな事にも気付かない連中に見切りを付けて部屋を出て行った。

残された士官達は項垂れた顔で立ち尽くしていた。


チュンは現在、本部内に籍を置いているソレントに声を掛けてマーベリック本社に足を運ぶ。

再編中の艦隊では数も足りないし、自身の旗艦にしていたユキカゼもドーソンに移譲したので足の遅い艦しかない。

相転移機関船の足の速さを知った以上、今までの戦艦では不自由に感じてしまう。

ネルガルに頼んでも時間が掛かるのは明白で、マーベリックの相転移機関の戦艦を試作でも良いから借りたかったのだ。

受付嬢に緊急時なので本日中に会長にお目通りしたいと話し、待たせてもらうと告げる。

受付嬢はまず秘書課に連絡を取り、説明すると30分後に面談すると二人に告げた。

「ふぅ、言いたい事は分かっているけど……戦艦を出す事は出来ないわ」

会長室に入って、すぐにレイチェルがため息混じりで二人に告げる。

「無理は承知してるが……コロニー落としの可能性が跳ね上がったので備えが必要になった」

「それも承知しているわ。

 フレスヴェール議員に情報をリークしたのはこちらだからね」

「ならば、備えが必要な事も承知の筈だ」

ソレントが苦々しい表情でレイチェルに話す。

「大質量のコロニーがこの地に落ちれば、大勢の民間人が死ぬ事になる」

「それも理解しているから……別口で備えを用意したわ」

「別口?……それは火星に仲裁を頼んだという事でしょうか?」

「さあ……どうかしら」

からかう気はないとソレントは思うが、楽しげに話すレイチェルに困ったという表情を見せる。

一応、地球側のマーベリック社の会長が火星と繋がっているとは言えないので仕方ないとチュンは考える。

「信じてよろしいか?」

「神に祈るよりはマシだと思うけど……私は家族と一緒に避難するから」

連合軍を信用していないと言われて、二人は顔を顰めている。

「相転移機関の研究はしているけど、お二人に渡せるほどの戦艦は今は出来ていないの」

「それは今は渡せないという事でしょうか?」

「チュン提督、それも答えられないわ」

「正直、鈍感な自分に腹芸はご遠慮していただきたいのですが」

ソレントが困った顔で話す。

「そう言われても、無い袖は振れませんわよ」

「それは今渡せば泥沼になるとお考えなのですか?」

「後日、正式に御渡し出来る日を楽しみにして下さい」

ニッコリと微笑み退室するようにジェスチャーすると側に控えていた秘書が扉を開いて一礼する。

二人は納得できない顔で部屋を後にして歩きながら話す。

「どう思う?」

「火星経由で木連に地球側の情報を流しているんだろ」

「……本来は許されない行為なんだが、今の状況を鑑みると仕方ないか」

チュンは情報洩れに複雑な顔をするが、ソレントは別段困った顔をせずに言う。

「この戦争は元からおかしいんだ。

 市民には真相を教えずに自分達の都合で死に追いやっている。

 彼らはその修正を始めたのさ」

「……修正か」

「ああ、狂った世界を直すんだろ。

 連合政府も連合軍も今のままじゃ信用出来ないからな」

ソレントの話す内容に苦い物を感じてチュンはため息を吐く。

「何にせよ、俺達はドーソンの死を願うだけさ。

 あの男がいる限り、軍の建て直しは進まんし……連合在りきの考えの人間はこれから大変だぞ。

 火星も木連も連合に対する信頼はゼロか、マイナスだからな」

ソレントの言い様にチュンは時代が変わるんだと気付く。

「三惑星による新たな時代か……」

どちらにしても地球の未来は明るいものではないと思う。

資源を搾り取った地球は他の星から得なければ物を生産する事は満足に出来ない状況になりつつある。

散々搾取してきた報いをこれから味わうのだと感じたチュンはため息を吐くしかなかった。


チュンとソレントの二人をあしらったレイチェルは側に控える秘書に尋ねる。

「こっちの相転移機関の研究状況は?」

「現在、火星から戦艦の資料を分析中です。

 マーベリックのオリジナルはもう暫らく掛かりそうですが、複製品なら可能との事です」

「さすがの研究班も梃子摺っているみたいね」

「はい、ですが、戦艦の建造のノウハウは何処よりも我が社の経験が物を言います」

「その点は期待しているわ。

 だけど、いつまでも軍需に頼るわけにも行かないわね。

 良い製品を生み出して星同士の戦争の火種になるのも善し悪しって話になるわ」

惑星間戦争という大規模な戦争を指摘するレイチェルに秘書も複雑な顔になる。

マーベリックの母体は軍需産業でもあるので、軍との関係はどうしても付いて回る。

惑星間戦争など未知のものであるから……制御の難しさも桁が違うかもしれない。

「今後の舵取りは大変になるわね」

レイチェルの漏らした呟きが会長室の空気を重くしたと秘書は思っていた。


―――L5コロニー火星宇宙軍―――


L5コロニーは元々民間用なので防衛兵器の数は不足気味である。

危機感の無さと言うべきなのか、地球側の危機管理体制に問題は多いとクロノ達は考えていた。

「しわ寄せは整備班に回っているな」

「後、オペレーターだな」

クロノとゲイルが顔を合わせて防衛兵器の設置の為の書類を作成をしている。

「備えはどうしても必要だからな」

一応、戦場になる可能性もあるから備えは必要だとクロノは思う。

「索敵に関しては特に問題はないが……」

「迎撃用のシステムは今イチだな」

二人して憂鬱なため息を出している。

レーザー兵器やミサイルが通用しないから設置は無駄と思っていたのか……碌に無かった。

確かにレーザー兵器はディストーションフィールドには効果がないがミサイル迎撃には十分に役に立つ。

迎撃用のミサイルだって用意すれば対空迎撃には十分使える。

広域放射のグラビティーブラストでもあればと思っていたが、それもなかった。

結局、足りない物だらけで急ぎ取り寄せなければならないから各部署からの要請を聞いたら……大量の声が出て来た。

書面にして提出せよと告げて声を鎮めたが……それは一時しのぎで大量の書類が送られてきた。

中間管理職にとって書類との戦いは運命付けられていると……二人は深く実感していた。

「電力供給に相転移エンジン五基か……まあ宇宙空間なら一番効率は良いな。

 可動式連装グラビティーブラスト四門は当然として……ミサイルブロックの設置もあったな」

「……お、おう」

書類を整理したクロノが疲れた顔でゲイルに説明する。

聞いていたゲイルも書類整理に疲れ切っていてちょっと放心状態だった。

「ダッシュは他に必要な物はあるか?」

『特にないです……マスターが今仰られた設備は最低限必要だと思うので急ぐ必要があります』

艦隊戦を始めた隙を狙ってくる可能性もあるので、出来る限り備えは急いで準備する必要があるとダッシュは進言する。

現在は無人機を使用して急ピッチで作業が進められている。

既に相転移エンジンは艦船用の大型二基が組み込まれて稼動させる為の調整が行われている。

残りの三基も明日には他の防衛兵器と一緒に届く予定だった。

輸送艦数隻がドックにジャンプして物資を緊急輸送し、整備の為の新たな人員も派遣される。

当然、書類仕事も増えるから二人は苦悩していた。


同じ頃、レオンはパイロット達の訓練を行っている。

一応、宇宙での戦闘を経験したベテランクラスが教官になって火星で訓練を行い、太鼓判を押している。

その仕上がり具合をレオンは自分の目と腕で確かめていた。

「今日の訓練はここまで……全機帰還する」

レオンの声に全員が安堵の声で了解と告げる。

実戦さながらの訓練を行い、疲れ切っていたので訓練の終了の声を聞いて一安心したのだ。

全機帰還してレオンは各パイロットの癖や部隊のバランスを再確認する。

「――っと、エリス……お前のほうのヴァルキリーチームは使えそうか?」

通りかかったエリス・タキザワにレオンは尋ねる。

ヴァルキリーチーム
女性パイロットで編制されたチームで第一次火星会戦からのベテランばかりで構成されている実戦経験豊富なチームである。
エリスをチームリーダーとして今回の作戦に参加している。

「こっちの方は特に問題ないですよ。

 全員顔見知りですし、宇宙での戦闘も経験済みですから」

「そりゃ良かった……俺の方も何とかなりそうだし、当面は大丈夫か」

一応の格好はついたとレオンが告げるとエリスは言う。

「明日からは整備班は大忙しですから訓練スケジュールも考えないといけませんね」

「そうだな。地球側は相変わらずノーテンキな連中が多いみたいだしな」

コロニーサツキミドリの防衛兵器の少なさに火星宇宙軍スタッフ全員が呆れていた。

戦争を舐めるなと地球側の危機感の無さと危機管理体制の甘さに顔を顰めていた。

「明日から急ピッチで設置するみたいです。

 提督お二人とも新たに来るスタッフと機材の確認で大忙しみたいで」

「そりゃ災難だ」

二人の様子を知ったレオンは当面は顔を出すのを控えようと思っていたが、

『レオン、さっさと書類を提出してくれ。

 お前が出してくれないとこっちの作業が滞るぞ』

クロノから催促の声が掛かる。

「……分かった、すぐに出す」

ため息を吐いてレオンはエリスに手を振ってから歩いて行く。

「ホント、地球側の危機感の無さのおかげでこっちの仕事が増えますね」

エリスの意見を聞いた周囲のスタッフは何度も頷いていた。


相転移エンジンの調整をジュール達オペレーターは行っていた。

ジュールは主任オペレーターという責任者になり、各オペレーターチームの状況を把握しながらスタッフの配置も行う。

自身も先頭になって作業をしているし、他のスタッフよりも仕事が出来るので感謝されている。

「……目が回る忙しさだな。

 次の調整に入る前に一旦休憩します」

一基目の調整を終えたジュールが告げると他のオペレーターも頷いていた。

今日はもう一基調整しなければならないし、他の部署からの機器の調整依頼もあるのでペース配分を考えないと大変なのだ。

明日はエンジンの調整はないが、設置されたらすぐに調整しなければならない。

それまでにサツキミドリの改修を進める必要もある。整備班とオペレーターはコロニー内を奔走していた。

「危機感のなさって……危ないよね」

「そうね。もう少しあると思ったんだけど……」

ジュールの声を皮切りに女性スタッフの賑やかな世間話が始まる。

オペレーターIFSは女性のほうが親和性が高く、オペレーターの七割以上が女性ばかりである。

紅一点ならぬ、黒一点に近い状況のジュールは針の筵とはこういう物だと実感していた。

一段落ついたから、休憩は必要だと思うが……女性ばかりの会話について行けないから、他の状況を確認していた。

「はあ〜(ため息しか出ないな……仕事は忙しいし、なんか浮いている感じだし)」

《そうですね。男性スタッフが少ないですから》

《……だな。姉さんならついて行けるんだろうが》

《ノリノリですよ……きっと》

ダッシュの言い様に苦笑する。

姉であるアクアは何気ない日常を大切にしているから、普段のごく当たり前の会話を楽しんでいる傾向がある。

水を得た魚という訳ではないが……ここにいれば率先して会話に混じっていると思う。

「主任、どうぞ」

差し出されたカップを手にとってジュールは礼を言う。

「ありがとう」

「いえいえ、ついでですから」

「……さいですか」

モテる事はないと思うが、ついでと言われるとちょっと……凹むジュールだった。

苦笑しているジュールは気付いていないが……意外とジュールは女性スタッフの注目を集めている。

数少ない男性スタッフでもあるが、クロノのようにバイザーで目を隠しているので素顔を知りたいと思う者は少なくない。

もうバイザーは必要ないのだが、長年の習慣で着けるようになっているからジュール自身は気にも止めない。

「アクアさんの弟さんだから美形よね」と言う意見が大勢を占めているので見たいという感情は増える一方であった。

「主任って目が悪いんですか?」

オペレーターの一人が世間話のように聞くと全員がさり気なく目を向けている。

「ああ、以前は殆んど見えませんでしたから……その時の名残ですよ」

ナノマシン治療を仄めかして答える。

実際その頃はバイザーが無ければ殆んど見えなくて、バイザーのIFS補助がなければ大変だったのだ。

「クセでしょうか。これがないと……顔の一部みたいな物なんです」

「そうなんですか……じゃあ、提督も?」

「そうですよ。兄さんも同じようなことを言ってました」

クロノとジュールの共通点とも言えるバイザー装着の理由が分かり納得する。

そこから更に話を進ませる。

「じゃあ、外して生活する事は考えられないと?」

「そうでもないですよ。仕事の時以外は外す事もありますけど……どうかしましたか?」

さっきから周囲の視線が気になって聞いてみる。

「ちょっと主任の素顔に興味があったんで、視覚の補助とかで必要なら外す訳にも行かないので聞きたかったんです」

「確かに目立ちますからね」

納得したジュールは何度も頷いていた。

「でも外しませんよ……外しちゃダメって妹達に言われてますから」

「そ、そう……なんですか」

「ええ、理由を聞いても詳しく教えてくれないんですよ。

 なんでもお姉ちゃんが困るから絶対にダメだっての一点張りで」

首を傾げて意味が分からんと話すジュールにスタッフの一人が聞く。

「アクアさんやシャロンさんが困るって……なんでしょうか?」

「いや、その二人じゃなく……ルリちゃんらしいんです」

その言葉に鋭いスタッフはピンと来たらしくて……クスクス笑っている。

「…………納得しました。そういう意味ですか」

うんうんと頷いて質問してきたスタッフも納得し、殆んどのスタッフが笑っていた。

日頃、バイザーを掛けている所為で自身が美形だと気付いていないジュールみたいだった。

「もしかして俺って……ブサイクなんでしょうかね?」

「…………本気で思ってます?」

「わりと本気ですが」

可愛いルリちゃんが苦労する訳だと女性スタッフ一同が感じた瞬間だった。

「主任はルリちゃんの事……どう思っているんですか?」

「優しくて思いやりのあるいい子だと」

ジュールは口元に笑みを浮かべて話す。その脳裏には妹達の面倒を見ているルリの姿が浮かんでいた。

「……誰よりも幸せになって欲しいですね。

 後は男を見る目を養って欲しいかな……いつまでもこんな捻くれ者の兄に目を向けなくていいと」

最後の部分に苦笑するジュールだが、スタッフ全員が心の中でため息を吐いているのに気付いていなかった。

「ご自身で幸せにする気はないんでしょうか?」

「面倒事が多い身の上だから……苦労させたくないな。

 せっかく幸せになれるチャンスが来たんだ……みんなには幸せになって欲しいよ」

逃亡生活の事を思い出すと今の状況は……下の弟達には安心して暮らせる場所があるのだ。

自身の幸せよりも家族が幸せになって欲しいとジュールは願う。

「その先に俺にも幸せがあると助かるけどね」

「でも、ルリちゃんってアクアさんの一番弟子だから最後まで諦めないと思いますよ」

その意見に唸るジュールであった。

「主任が願うように、ルリちゃんも主任が幸せになって欲しいと思っているんじゃないでしょうか?」

「…………姉さんの頑固な部分だけは似なくても良かったんだけどな」

一途に感情を向けられるのは嬉しいが……それに慣れていないジュールは途惑う事ばかりなのだ。

「それに……○リって言われるのも何だし」

「手を出す気なんですか?」

「そんな事をする気はないし、もっと同い年の子を見て……世界が広いって感じて欲しいんだけどね。

 こじんまりした世界より、大きな世界を知って欲しいんだよ」

自身に同い年くらいの友人が少ないからルリにはそんな友人を増やして欲しいとジュールは思う。

大勢の友人たちと和気藹々に気軽に話し合って様々な経験を得て……大人になれば良いと考えている。

幸いにも子供達はマシンチャイルドという歪んだ偏見もなく、日常に馴染み……たくさんの友人が出来ている。

「ルリちゃんの事……大切に思っているんですね」

感心するような、クロノのような親バカならぬ……兄バカだと知ってちょっと呆れている。

(こりゃ〜大変だ。ルリちゃんも苦労しそうね)

ジュールはルリちゃんの事が好きだと思うけど……その自覚がない。

ルリの恋が上手く成就する為には目を覚まさせるか、意識させるようにしなければならないとスタッフ一同は判断した。











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EFFです。

結構引っ張っていますが……それぞれの陣営の準備が進んでいます。
星間戦争という形になりましたが、こういう形こそが本来の戦争だと思います。
本筋のナデシコでは一部の人間の思惑だけで戦争が終わっちゃいましたから……これなら責任の所在も明確に出来そうです。
戦争を始めた以上、責任は取ってもらわないとね。

それでは次回でお会いしましょう。


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