憎しみは連鎖する

悲しみは止まる事が無い

責任を取るという行為を知ってもらおう

幾千もの怨嗟の声を身を持って知ってもらう

生け贄を以って止める

それ正しいかどうかは分からない

だが多少は止まるだろう



僕たちの独立戦争  第百二十四話
著 EFF


「さて……どっちが行く?」

サツキミドリの一室でクロノ、ゲイル、レオンの三人は複雑な表情で会議を行っていた。

木連本国に停戦交渉に赴く政府の随行人員にこの三人の誰かが付き合う必要がある。

「俺が月に行くからゲイルか、レオンのどちらかだが?」

クロノの月木連基地での今後の対策会議は火星宇宙軍の正式決定だから変わってくれとは言えない。

ゲイルとレオンはどうする?と顔を見合わせる。

「……俺が行こう。

 俺がいない間はエリスをリーダーにすれば大丈夫だろう」

レオンが仕方なさそうに話す。

「向こうは知らないがゲイルは元連合宇宙軍だからな……知られた時に問題が起きないとも限らないし、艦隊の運用もある」

三人の予測では地球は動かないと考えているが、備えは必要だとレオンは仄めかすとクロノもゲイルも頷く。

「敵地に殴り込みという訳ではないが……気を付けろよ」

「そりゃ、お前の方だろ。

 かつての宿敵とツラあわせて、暴発するなよ」

クロノの注意にレオンが呆れた顔で話す。

「どっちも心配なのは俺だけか」

ゲイルの意見に不機嫌な顔を以って答える二人だった。

三人は一応の意見調整を行い、グレッグに送る軍の参加者リストを作成する。

「さっさと隠居したいらしいけど……まだそんな歳でもないと思うんだが」

「まあな、欲がないというか、軍に務めるより後進の育成が楽しいんだろうな」

今のグレッグの心境を話すレオンにクロノなりの考えを述べる。

年齢的には定年に近いはずだが、まだまだ現役で行けるとクロノもレオンも思っている。

「引退されると俺達の誰かが……座る事になるんだろ?」

ゲイルの予測に二人は複雑な顔で答える。

「俺は元々軍人じゃないし、元テロリストだからな。

 相転移機関の船の扱いはそれなりに出来るけど、軍務に関してはまだまだだぞ」

「俺もな、元パイロットだから、事務関係はダメダメだ」

「ったく現場に居たいのも分かるが少しは書類捌きのスキルを上げろ、レオン。

 何時までも現場に出られると大変なんだぞ」

現場に出たがるレオンにゲイルは苦情を述べる。

今回の作戦も理由を付けては現場で戦いたがるのは勘弁して欲しいのだ。

「そうは言うがな。俺としてはパイロットでありたいんだよ」

レオンも周囲がパイロットではなく、指揮官として活躍して欲しい事は承知しているがまだ現役でいたいと言う気持ちがある。

周りに迷惑を掛けているという事も承知しているが……それでも譲れないのだ。

「とりあえず俺は訓練は続けるが、パイロットは引退するよ。

 艦隊司令官が軽々しく戦場に出ると不味いからな」

「そっか、クロノは引退すんのか……少し寂しいがお嬢を心配させるのは不味いよな」

「お前もカミさん貰ったんだ。少しは自重してくれ」

ゲイルの自重してくれとの要請にレオンも考える事があるのか……黙り込む。

火星宇宙軍は発足したばかりで未熟な若い連中が多い。

レオンもクロノもまだ若手の部類に入るのだが、実戦を経験して最前線で戦い続けてきた経験豊富な指揮官である。

何時までも気楽な立場には居られない――クロノとレオンは自分達の立場を顧みなければならない様子だった。


―――地球 マーベリック会議室―――


「本日はご足労をお掛けしました」

レイチェル会長がチュンとソレントの二人に対して感謝の言葉を掛ける。

「いや、こちらとしても先日は迷惑をお掛けした」

チュンが代表して謝罪する。

二人ともアポ無しで強引に来た事は流石に不味かったと反省しているみたいだった。

「お見せ頂いた昨日の艦隊戦の記録……今後の参考になりそうです」

先日行われた連合宇宙軍と火星、木連の合同艦隊戦の様子を思い出してチュンとソレントは複雑な表情でいた。

ドーソンの死亡に関しては諸手を挙げて喜びたいが……ボロ負けという結果には喜べない。

勝ち目の薄い戦いだとは最初から分かっていたが、あそこまで負けるとは予想していなかったのだ。

総数三千二百隻の艦隊の内、生還出来た艦は七百隻ほどで無傷の艦はなかった。

主力の三艦は全て撃沈され、ナデシコのスタッフだけが脱出できただけという結果に終わった。

ソレントは遺族への補償でシュバルトハイトが頭を抱えているのも見て来たばかりだ。

シュバルトハイトの部下達が悲鳴を上げならが作業している様子には思わず涙が出そうになった。

横で見ていたチュンも冷や汗を流していた。

「お二人には我が社が開発中の戦艦に対してご意見を承りたいと思っています。

 三ヵ月後には試作艦二隻を完成する予定なので試験航海をお願いしてもよろしいですか?」

レイチェル会長が話す内容にチュンとソレントは顔を見合わせる。

「よろしいのですか? 停戦を望んでいるのに」

「ええ、試作艦ですから資料が十分に得られるまでは造る予定はありませんよ」

ニッコリと笑みを浮かべてチュンの疑問に答えるレイチェル会長。

それは現政権が負けると知り、軍に予算が出ないと予想している事に理解を示しているように二人には思えた。

この二艦で存分に資料を取りながら、より優秀な艦を造るという気概を見せているように感じられる。

「今、戦場に出してもネルガルの二の舞ですし、火星を本気にさせるといけませんね」

「十分、本気だと思いますが」

レイチェル会長の不穏当な発言に顔を顰めながらソレントが告げる。

「木連か、火星かは存じませんが、核攻撃を防いだシステムを地上で使われて無事に済みますか?」

その一言にチュンとソレントの二人は頭を抱える。

正体不明の迎撃方法というのが今の軍の見解だった。

正直、何が起こったか未だに分からない状態で木連の仕業か、火星の仕業かも判明していない。

ただ分かっている事は核攻撃というカードを無効化されたという点だけだった。

「火星も木連も戦争継続は望んでいないようですが、頭の硬い人達はまだ理解してない様子です。

 我が社としましても、無分別な地球に与するメリットは……」

言葉を濁して最後まで言わないが、マーベリックが戦争の継続を望んでいない事だけは判明した。

ただ……抑止力として戦艦は造る気はあるみたいだが。

「おそらく次の開戦は覚悟が必要になるでしょう。

 どちらの陣営も引く気はないようですし」

「……頭の痛い話ですな。

 ちなみに情報のリソースはクリムゾン、それとも火星ですか?」

ソレントの問いにレイチェル会長は笑みを浮かべるだけで何も言わない。

こうなるとこの女傑が簡単に口を割らない事を知っているチュンもソレントもやれやれといった様子で肩を竦めていた。

「で、我々は何をすれば良いんですか?」

ソレントは戦艦を渡す見返りを単刀直入に聞く。

「おバカさん達の重石になって欲しいんです。

 戦いはまだまだこれからなんて仰っている方々が暴挙に及ばないように」

「また難題を持ち込みますな……」

唸るようにチュンが頭の痛い話に顔を顰めている。

戦争継続の急先鋒とも言える人物の何名かは先の艦隊戦で死亡しているが、まだ連合軍内には多数いる。

そういう連中のブレーキ役になれと目の前の女傑は命じているのだ。

「政府に関しては大掃除を行いますが、軍に手を出すのは何かと面倒になりますから」

軍に手を出す気はないと言うが、いざとなったら絶対に手を出すと二人は思っている。

「もしかして、アポ無しで仕事の邪魔した事……恨んでます?」

「……そんな了見の狭い女に見えます?」

絶対嘘だと思いながら、二人は冷や汗を浮かべてレイチェル会長を見ていた。

「それに、そう分の悪い話じゃないと思いますよ。

 戦争継続を望んだ方々の代表は既に亡くなられ、次のトップはオセアニアか、欧州からでしょう?」

「その可能性は高いんですが……水物ですよ」

レイチェル会長の指摘は十分考えられる話でもある。

ドーソンが死亡した以上は人事は一新されるのは間違いない。

今のところ、オセアニアのトップ、フレッチャー提督が暫定的に連合軍のトップになる可能性が高い。

おそらくフレッチャー提督が就任する事になれば、確実にドーソンの息が掛かった連中を排斥されると士官達の間で噂されている。

ドーソン派の士官達は戦々恐々とした雰囲気で色々工作している様子だが……それを取り押さえられては失脚している。

路線変更しようとしている輩もいるが、この分では左遷されて窓際直行は確実な状況だった。

「軍人であるお二人に言ってもご理解を得られるのは難しいかもしれません。

 ですが……経済的な理由で戦争の継続は望ましくないんです」

レイチェル会長の指摘した内容に二人は顔を顰めている。

「お二人のご友人であるシュバルトハイトさんも同じ意見に達すると思います。

 戦時特需というのはカンフル剤としては効果がありますが……あくまで劇薬でしかないんです。

 長引けば……大きなリバンドが必ず起こるのです」

「……仰る意味は承知してますよ。

 シュバルトも現時点で一区切りを付けるのが寛容だって言ってますからね」

「軍人が金勘定するのは如何かと思いますが……」

ソレントが苦笑いするとチュンも複雑な心情を吐露する。

二人とも軍人なので戦う事を常としているのだ。

政治や経済の事情をあらかさまに述べられての停戦は些か納得出来ない点もある。

シュバルトハイトのように金が無いから戦争を止めようと言う軍人の方が珍しいのだ。

「お二人の仰りたい事も分かりますが……この戦争の引き鉄となった要因もお考え下さい」

レイチェル会長の指摘に二人は唸っている。

現政権の後ろめたい行為の秘匿と軍と政府官僚の欲望が結託した情けない話なのだ。

「互いに一歩も譲れない状況からの戦争であるならば、我が社としても協力は惜しみません。

 ですが、このような戦争には正直なところ……協力しかねます」

レイチェル会長が手元のパネルを操作して、会議室にあるモニターを使って二人に映像を見せる。

それは開戦前に行われた政治家達の謀略の話し合いであり、ドーソン達の陰謀もあった。

その映像を見た二人は声を失い、やがて苛立ちを表情に映し出していた。

「今後、こういう事がないようにお二人のお力添えをお願いしたいのですが?」

拒否できないとチュンもソレントも考えている。

二人ともドーソンが行った望郷を認める訳には行かないし、軍の自浄化には賛成だった。

ただ個人的には軍内部の面倒事には関与したくはないだけ。

自分と自分に従ってくれる部下には注意を促し、襟をきちんと正させる気はあるが軍全体の規範となるような大それた真似はしたくなかったのだ。

ニコニコと笑みを絶やさずに見つめるレイチェル会長に、完全に退路を絶たれたと二人は実感してしまった。

さて魔女の罠に飛び込んで、ガックリと肩を落とす二人の子羊さん達の命運は如何に……。


―――月木連基地―――


白鳥九十九は空を見上げて……蒼き星――地球――を見つめる。

かつて自分達の祖先が見ていたように、本当に自分達は月へ帰ってきたんだと感じる。

「元一朗……俺達は帰ってきたぞ」

この場にはもう居ない親友を思い出して、苦い感情を出してしまう。

「やれやれ……」

背後から聞こえてきた声に振り向くと、其処には呆れた顔で九十九を見つめる高木の姿があった。

「何時まで女々しい事を口にしてんだ?

 あいつが死んだのは当然の帰結だろうが」

「……分かっていますが」

「さて質問だが……あいつの反乱で死んだ者達は悪なのか?」

唐突に言われて九十九は途惑うが、高木はそんな九十九を無視するかのように問う。

「反旗を翻せば、逆らう連中を始末するしかない。

 その覚悟が月臣元一朗にあったとは思えんがどうだ?」

とても同胞殺しが出来るような覚悟があったとは思えないと高木は述べている。

その意味を返せば、あいつは甘ちゃんだと蔑むように話しているのだ。

「……悩んだ末に決起したんです。

 その覚悟はあったはずです」

九十九は少し険を含ませた声で返答する。

「まあ、どうでもいいさ。

 所詮、逆賊は逆賊。大義なき反乱を起す時点で軍人失格だからな」

「そんな言い方はないでしょう!

 あいつはあいつなりにこの国を憂いて決起したんです!!」

「その結果が将兵を巻き込んだ内乱で市民船さげつの虐殺か?」

怒鳴る九十九に冷水を浴びせるように高木が再度問う。

「俺も大概馬鹿だが、やって良い事と悪い事の区別はあるぞ。

 口先だけの連中に丸め込まれるなど言語道断だな」

「…………」

言葉を返したいが、事実だけに返せない。

「こいつは大作の受け売りだが、歴史って奴は起こした結果が全てだ。

 理念やら、思想ってもんは成功した側が作り、そして行為だけしか後の人々は見ない。

 月臣が国を憂いて決起したという事は知られるが、虐殺に荷担したという結果も知る事になる」

「虐殺は元老院が勝手にした事です!

 あいつがそんな事をする訳がありません」

「まあ、そうかもしれんが……止めなかったと考える連中の方が多いと思うぞ。

 そうなると悪の元老院に荷担し、木連を混乱させた軍人というのが月臣元一朗の歴史評価だな」

内情を詳しく知らない者が外から見れば、そのような評価を下すと高木は告げる。

蔑むわけでもなく、淡々と話す高木に九十九は項垂れる。

「ちなみに火星の女性士官は戦争に善悪はないって言っていた。

 あるのは国策を反映した……ただの人殺しだとさ」

九十九は苦笑いで話す高木に何とも言えない顔で聞いている。

木連の住民の犠牲が出る前の自分なら即座に反論していたかもしれない。

だが現実は高木の言う通りかもしれないと感じてしまう。

正義を唱えながら人殺しをするのが正しいとは思えなくなった。

内乱で同胞を死なせた事で本当に戦争の怖ろしさを肌で感じたのだ。

「秋山は戦争の怖さを知っているし、お前も理解しただろう。

 主義主張を唱えて戦い……拘り、囚われる先が破滅という事に」

月臣の死はそういう類の物だと高木は告げる。

「一歩間違えば、俺が旗印にされていたんだがな」

ハッとした顔で高木を見つめる九十九。

高木は強硬派の中でも上位に存在した人物だったが、元老院に従う事を是としなかった。

そのお鉢が元一朗に廻ったと悟ったのだ。

「俺と月臣の違いは実戦を経験したかだ。

 自分の手で人を殺す……その業の深さを知った以上、安易に正義など口には出来んさ。

 白鳥九十九、お前は道を違えるなよ……本当の月臣を知る人物が死ねば、あいつは逆賊のままだからな」

言いたい事はそれだけだと告げるようにして高木は九十九に背を向けて歩いて行く。

「自分は死にません!

 生きて、真実を遺します!!」

きつい言い方だが、自分を気遣ってくれたのだと九十九は思い、その思いに応えるようにして叫ぶ。

高木は背を向けたまま、手を軽く振って歩いて行く。

その姿を見つめながら九十九は一礼していた。


通路を歩きながら高木は熱血クーデターと呼ばれる内乱の顛末を思い浮かべている。

(結局、閣下の言う通りに誰もが踊らされたという事か)

秘匿回線で極秘に会話した際に草壁が自嘲するように話していた。

『戦う為の体制を作り上げる為に先走った結果がこの様だ……自身の地球に対する憎しみに踊らされてしまった』……と。

高木は草壁の執った政策が悪いとは思っていないし、間違っているとは言う気もない。

草壁が十年以上の歳月を掛けて木連の軍事を整備してきた苦労を見てきた。

やたら介入したがる元老院を苦々しく思う事もしばしばあった。

出来得る限り市民の格差を減らして、平等な社会を築いてきたのも知っている。

死亡、もしくは逮捕した元老院の連中の私財の報告書を見る限り……散々木連を食い物にしてきたのは奴らだと判断する。

この内乱で変わった点は木連の濁っていた澱みを排除できた事だと高木は思う。

国を私物化していた連中を排斥したのは今後の事を考えると悪くない。

(……ただ……閣下が引責辞任するような形は申し訳ないと思うがな……)

戦争責任を誰かが取らなければならないのは理解している。

火星とは痛み分けという形になっているが……火星が本気になっていたらあまり良い状況にはなっていない。

実際に橋頭堡を既に確保され、戦力を投入されれば痛み分けでは済まされない。

たら、ればという仮説は好みではないが、火星の戦力を見ている高木は厳しい戦いになると予測している。

大作もその点は同意しているし、無人機の制御機構を完全に別物に書き換えて対応している。

「正直……電子戦は厄介ですよ。火星はその分野に於いて……うちより上です」と大作から言われた事がある。

高木もその点には反論出来ないし、自分達の戦力を鹵獲され、奪われたのもこの目で見ている。

敵に回すのは簡単だが、その後が非常に厳しい結果になると分かっている。

ならば、敵にせずに味方にするのが得策だという柔軟な思考に高木は辿り着いている。

お馬鹿な地球の火星に対する仕打ちで、火星は地球から離反して独立しようとしていた。

同じ境遇に近いのだと政府広報が木連の市民に告げているのも、火星をこちら側に引き込む為だ。

完全に味方にする必要はなく、敵に回さなければ良いと閣下は告げている。

何故なら、木連は火星に侵攻して……無人機による虐殺を行ってしまったのだ。

『私の最大の失策だよ』と閣下は後悔している様子だった。

『一年、もしくは半年、開戦を遅らせて、有人艦を伴った侵攻にするべきだった』と話していた。

血気に逸った自分達の勢いの所為だと言ったが、それでも抑えるだけの力はあったが抑えなかった自分が悪いと言われた。

その時の閣下の自嘲した表情が痛々しく感じられ、つくづく自分が嫌になる。

自身の感情を制する事が出来ずに、感情の赴くままに踊ってしまった道化が此処にいる。

「二度も同じ過ちは繰り返さん……道化には二度とならん」

誰にも聞こえないほど小さく呟いて、決意する。

高木もまた凡愚の将ではなく、草壁の歩んできた道を見て……より良い方向を歩もうとする意志と実現できる器を持っていた。

省みる事が出来る……それは名将の条件でもあった。


―――地球―――


事の始まりはあるメディアの全国放送が発端だった。

内容は第一次火星会戦前の連合議会議員のある密談から始まり、軍部の暴走を記録した映像だった。

それを見た陣営は一気に頭から血が引いて行く感覚を知った。

慌てて放送を止めようとしたが……既に放送は全世界に発信された後。

俗に言う後の祭りだった。

偽造だ、捏造だと叫ぶがマスターディスクを押収した連合司法局が"声紋分析で一致した"との正式な発表を即座に行った為に進退窮まった。

証拠として十分使えると判断した連合司法局はその映像に映っていた人物を拘束して、取調べを開始する。

連合軍も即座に憲兵による拘束が始まり、芋蔓式でその派閥の人間が拘束される事態に発展した。

人心は彼らから完全に離れると同時に政治に無関心な人々も今度の選挙戦の重要さをはっきりと自覚した。


「……で、スクープを物に出来たという訳だが冴えねえ面だな」

とあるバーの一画で男は酒を酌み交わす。

一人は件の放送を行ったプロデューサーで、もう一人は連合司法局の検事。

互いに忙しい合間を縫って、こうして一席を設けている。

祝杯になる筈だったがどちらも素直には喜べない雰囲気みたいだった。

「まあな、素直には喜べんが」

言われた男は苦笑いで酒を口に含む。冷えた水割りの酒が喉を通り、身体を熱くさせるが気分は昂揚しない。

一大スクープを何処よりも早く入手し、全世界に先駆けて放映した。

社内では最高視聴率を物にしただけではなく、全世界から注目を受けた事を高く評価してくれている。

だが、男にもプライドが在ったから素直に喜べないし、犠牲者の事を考えると居た堪れない。

報道の自由を誰よりも大切にし、真実を報道するのが男の理想だった。

しかし、今回の戦争の裏側を自分の手で暴く事が出来ずに被害者だけを増やしてしまった。

開戦前に真実に辿り着ければ……救えたはずの命の重さを痛感しているのだ。

「偶々、利害が一致しただけだろうな。

 自浄化を急ぐ連中にとっては好都合だったし、そこに俺が他よりも早く飛び込んだけだ」

「良いんじゃねえか……戦争が続くよりは。

 知り合いの経済学者はここらで終わらせるべきだって言ってたしな。

 それに早く飛び込んだのはお前の実力じゃねえか」

「……紙一重だったがな」

本当にタッチの差だった。自分と同じように真相に辿り着こうとしていた人物より……伝手があっただけなのだ。

……この目の前にいる友人のおかげだった。

「感謝してるよ……お前には」

「感謝する必要はねえよ。俺は個人的に奴らを赦せないだけだ」

「……残念な事だったな」

目の前に男はこの戦争で家族を失った事を知っているだけに遣り切れないと思う。

「うちの担当官は俺と同じ境遇の連中ばかりだぞ。

 流石に今回の一件はやり過ぎだと言うのが本局の見解だ」

二人揃って、呆れを含んだ吐息を出している。

「所詮、人の敵は人って事だな」

「くだらねえよ。どれだけ犠牲者が出たと思う」

吐き捨てるように男は告げて、酒を呷る。

平和的に解決出来る可能性は十分にあったのに……開戦するという結果に終わった。

しかも戦争に至る経緯は市民には隠蔽された……不都合な事実に蓋をして。

何も知らないままに殺された家族を持つ者には堪ったものではなかった。

「極刑でなければ、暴徒化しかねないな」

「スピード逮捕したおかげでな。

 おそらくこの分じゃ、スピード結審でスピード執行の可能性が高いよ。

 通常の犯罪みてえに保釈金も執行猶予もない」

「……戦争犯罪人扱いか?」

「そんなところだ。外に出して殺されるのも癪だし……あいつらを殺させて犯罪者にさせたくねえしな」

不本意だが悲しみから怒り、憎しみに変わった遺族をこれ以上貶めたくないと男は言う。

確かに仇を取れれば満足できるかもしれないが、その人物の人生を棒に振らせる事になるのだ。

「……亡くなった家族もそんな事を望んじゃいないさ」

「そうかもな……」

遣り切れないというのが二人の気持ちだった。

身勝手な考えから大勢の犠牲者を出した。実行犯は木連という国かもしれないが、そこへ誘導したのは地球連合。

そして、そんな暴挙を見逃した自分達連合司法局の失態に恥じ入るばかりだった。

「…………情報源はクリムゾンか?」

「…………」

男の問いに酒を飲むだけで答えない。

「ネルガルではない事は判明している。

 この戦争で最も儲けた所だからな」

一人呟くように自分の見解を述べ始める。

今回の戦争で一番の利益を上げているのはネルガルという事は調査済みなのだ。

裏を返せば、戦争が起きる事を知っていたと邪推されてもおかしくないと男は考える。

聞き役の男は何も言わずに酒を飲んでいる。

「アスカインダストリーは後手に回ったし、マーベリックも同様だ。

 クリムゾンはネルガルに対抗できたが、親火星を前面に出したおかげで……テロを受けた。

 クリムゾンは裏の事情を知って火星に支援して、戦争継続を望まなかった……違うか?」

「……さあな」

肯定もしないが、否定もしない。それだけで男は自分の推察が正しいと直感していた。

「それでクリムゾンには益があるのか?」

「……分からんよ。真実は全て闇の中って奴だ」

「……闇か、そんな事にならないようにするのが仕事じゃないのか?」

揶揄するように言うが、相手の男は苦笑するだけで挑発には応じない。

「相当深い根っこがあるみたいだな」

挑発に乗ってこない男を見て、ますますこの戦争の裏側を知りたくなった様子だった。

「好奇心、猫を殺すという諺があるが……お前の辞書には無いみたいだな」

「はん、そんなもの要らねえよ。

 真実を報道して、二度と同じ間違いを起こさないように警鐘を鳴らすのが俺の仕事でもあるんだ。

 犠牲になった人々の為にも目を逸らすわけには行かねえんだ」

男はそれを告げると、グラスの中に残っていた酒を飲んで席を立つ。

それを見送った男は同じように残っていた酒を飲んで呟く。

「辿り着けるかどうかはあいつ次第。

 それは俺も同じなんだがな」

男もまた真相を知りたいという気持ちを持っている。

バーを出て、雑踏の中に入り込んで行く。

歩きながら耳に入るニュースに男は自身の仕事がまた増える事を予感していた。

また一人、愚か者が逮捕されたと報道されていた。

「安心しろ、必ず電気椅子に座らせてやるから……だから安らかに眠ってくれ」

亡くした家族を思い、怒りと悲しみを含ませて囁く。

私怨という事も承知しているし、それが正しい事ではないと理性は告げている。

だが、感情はそれは間違いではないと肯定している。

殺したのは遠く木星にいる連中かもしれないが、元凶は此処にいる政治家達なのだと……。

本来、公正を期す為に関係者は外されるのが基本だが、上は実行犯は木星という形にしている。

教唆した連中の事は預かり知らぬという屁理屈めいた形を平気で採用している。

尤も外したら、担当する人員が大幅に減少するという点も否めないが。

この戦争で家族や大切な人をを失った者の方が多いのだ。

暗くて深い真っ黒な恨みの炎を抱えて仕事をする担当官は自分を含めて大勢いる。

退路を絶たれた連中を破滅させるのが遺族に対する供養と誰もが思い、恨みを晴らそうとしている。

「つくづく度し難い……だが、止められないし、止まる気もない」

人の業の深さを実感する男だった。

街のあちこちに備え付けられたモニターにはある議員の姿が映っている。

戦争継続を唱えている愚か者――それが今の男に目に映る全てだった。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

後半は暗い内容になりましたが、因果応報という名の破滅を書きたかったのも事実です。
改めてDVDでナデシコを見ましたが、「百年前の事なんだから時効にしてきちんとしろよ」と言いたくなりましたよ。
臭い物に蓋ばかりしているから腐って行く……そりゃ、不味いだろうと思います。
エリナやアカツキが黙っていたのも表沙汰にしたら問題になると考えていたんでしょうが、いずれ優人部隊の様な存在が戦場に出てきた時に大混乱するとツッコ ミたいですよ。
いやホント、地球のトップの浅はかさに呆れました。
という訳で、僕たちの独立戦争では追及されるようにしましたが。

それでは次回でお会いしましょう。



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