起動実験の始まる朝、葛城ミサトは前日に日向に頼んで調べてもらったある人物の資料を見て……全身から苛立ちを滲ませていた。

「なんなのよ!? ほとんど不明じゃない!」

この作戦を指揮する猪狩シン二佐(碇シンジ)の資料にはその経歴の殆んどが空白になっていた。
散々嫌味を言われていたので、なんとか反撃の機会をと考えていたが、まるで自分が調べる事を予測していたように偽装している事にミサトは苛立ちを感じてい た。
揚げ足取りをしようと考えていたが、その考えは徒労に終わったのでミサトは隣に目を向ける。
そこに居る人物は手元のノートパソコンとレポートを真剣な表情で見つめては、キーボードを素早く叩いていた。

「リツコ〜〜、マギ経由で調査出来ない?」

隣で本日の起動実験の参号機の資料と現在の状態の分析中のリツコに頼み込むが、

「代わりに私の仕事全部してくれるなら、引き受けても良いわよ?」

にこやかに拒絶するリツコの顔を見て……ミサトは一目散に席を離れていた。
理由はとても簡単で分かり易かった。
目は口ほどにものを言うと伝えられている諺の通りにリツコの視線……これ以上、私の仕事の邪魔をするなら、私の実験室に送るわよ、と物語っていたからだ。
本部スタッフは学習能力の無いミサトに呆れた視線を向け、松代のスタッフは作戦部長のミサトの暢気な様子にこの後に行われる参号機の起動実験に一抹の不安 を感じていた。

窓の外に目を向けると晴れやかの空が広がっている。
今日の起動実験が無事に終わると良いとネルフスタッフは思うが……彼らの思いは無惨に裏切られる。
仕組まれた茶番がまもなく始まる。


RETURN to ANGEL
EPISODE:28 戦場に立つ心得とは
著 EFF


食堂で相田ケンスケは浮かれた様子で今日の起動実験を待ち望んでいる。
戦自の士官、猪狩シンからの注意を受けて多少は緊張していた昨日とは打って変わっていた。

「早く始まらないかな〜〜。俺の活躍をみんなに見せ付けたいぜ。
 そうだ! フォースチルドレン相田ケンスケの顔写真を販売しないと……なんせヒーローだからな♪」

ポジティブシンキングというか、悪い面を見ようとしていない。
戦場に出るという事は自分の命を危険に晒す事に繋がる点を考慮していない。
そんなケンスケの前にシンジが座り、かつての友人だったケンスケに問う。

「君は死ぬのが怖くないのかね?
 まさか自分は死なないなどと愚かな考えを抱いているのか?」
「は? 僕は死なないですよ。なんたって選ばれた人間ですから」

こういう奴だったとシンジは呆れた様子で見つめる。
自分の手を汚さずにクラスメイトにパイロットかどうか確かめさせる。
トウジの見当外れの怒りを注意せずに"悪いね"と勝手な事を言うし、シャルターを勝手に抜け出して戦場に出ても自分の責任じゃないと思い、トウジの謝罪を "こういう奴なんだよ"と後ろから一歩引いて笑っている。
興味本位で動き、自分の都合を優先する子供だけど……その行為の危険性を認識していないから困る。

「兵士が何故訓練をするのか知っているか?
 戦場には常に死の危険があるから、少しでも己の生存率を上げる為に訓練を行う。
 その点を踏まえた上で問うが……君は死にたいのか?」

周囲のネルフスタッフが息を呑んで見つめている。
口調は少しきついが猪狩二佐の質問にはケンスケを気遣う響きがある事を理解したのだ。

「君が中止を望むのなら……実験は中止させても構わんが?」
「なんでそんなこと言うんだよ!
 俺は選ばれたんだ! 死ぬわけないだろ!!」

癇癪を起こしたようにケンスケがテーブルを叩いて叫ぶが、シンジは動じない。

「そうか……万が一暴走を起こした時は参号機は攻撃対象になる。
 エヴァのシンクロシステムは痛みがフィードバックされるので、君が泣き叫んでも我々は躊躇いはしない。
 ここは戦場だ……君がどういう気持ちでこの場にいるのかは知らんが、泣き言は聞かない。
 我々はサードインパクトを阻止する為にここに居る。
 全人類と君一人……命の重さは変わらないが、我々は選択しなければならない事を覚えておきたまえ」
「ファントムなんて、俺のエヴァの敵じゃねえよ」

非情とも言える宣告にケンスケは虚勢を張った言葉を投げる。
そんなケンスケを見ながら、シンジはため息を吐くと席を立って食堂を出て行った。
不穏な空気が漂う食堂のワンシーンだった。


「二佐?」
「残念だが、作戦の変更はなく予定通り行う」
「了解しました。では予定通りに」
「……ああ」

食堂を出たシンジに士官の一人が声を掛けて予定の変更が無い事を確認する。
シンジはその足で仮設指揮車に向かい……待機中のファントムのパイロット達に通信を行う。

「予定通り、作戦を執り行う。
 各機、最終確認を行い、時間通り待機せよ」
『思い詰めちゃダメよ……誰の所為でもないから』

ファントム1――エリィからの通信にシンジは苦笑いしている。
ケンスケへの説得の失敗よりも、彼女を心配させた事の方がシンジにとっては重いのだ。

「大丈夫だよ……割り切るさ。
 志願した以上、その責任は彼が背負うものだからね」
『そうよ。断る事も出来たけど、断らずに志願した時点で責任は彼が背負うもの。
 戦場の怖さを一度は知ったのに忘れた方が悪いのよ』
「そうだね……その通りだよ」

勝手にシェルターを抜け出して、痛い目に遭っているのに忘れているのだ。
その事を忘れて自分の欲望に忠実に従ったケンスケを気遣う必要もない。
エリィの指摘にシンジも納得して……家族――ルディ――を取り戻す事に切り換えて、戦自スタッフに指示を送っていく。
戦自スタッフは指示に従い戦闘モードへと切り換えて、戦闘準備を始めた。



参号機を拘束しているケージの映像を映しながらリツコは隣に立っているミサトを見る。
安全性を考えて施設内の人員は全て避難させるという手段を戦自は採用した。
現在は一部のスタッフが最終調整に残っているが、完了次第引き揚げる予定でフォースチルドレンがエヴァ参号機に搭乗して待機するだけの無人の施設に変わ る。
現在は戦自が用意した仮設指揮車からリツコがチェックを行っている。

『主電源、問題なし』
『第二アポトーシス、異常なし』
『各部冷却システム、順調なり』
『拘束具固定ロック、固定完了』
『了解。Bチーム作業開始』
『エヴァ参号機とのデーターリンク、問題なし』

ネルフ側の仮設発令車から送られる情報をリツコは目を通しながらミサトに話す。

「特に問題ないわね。即実戦配備も可能だわ」
「そう……あんまり気乗りしないわね」
「あら、エヴァが四機も直轄の部隊に出来るのよ。
 その気になれば世界の半分くらいは手にする事も可能だけど」
「本気で言ってんの? 人の言う事を聞かない三人娘が世界征服なんかに協力する訳ないわよ」

ミサトは不機嫌な顔で三人の事を告げると隣で聞いていたシンジが言う。

「ご自身の方に問題があると考えるべきだな。
 国連に送られている報告ではあなたの作戦で使徒を撃退しているが実際は違う。
 損害を度外視し、部下であるチルドレンの安全性も無視する作戦立案では誰が信頼すると?」

ミサトはその言葉を苦々しい顔で聞いている。
内心では諜報部は情報漏れをしてんじゃないわよと叫びたいが、そんな事を言えば……事実だと認めてしまう。
この場で事実を認めるような発言をすれば……後々まずい事になるのは明白なのだ。

「エヴァンゲリオンの運用には細心の注意が必要なのだが……随分と抜けている。
 特務機関だから機密を公開していないが、一般市民が知れば間違いなく怨嗟の声が出るだろうな」

黙り込むミサトに追撃の嫌味を加えるシンジに昨日同じ事をリツコからも指摘されて不愉快な気持ちになる。
勝てば問題ないと言いたいが、それを告げたら倍以上の嫌味が出ると感じられるし、リツコも黙っていないだろう。

「赤木博士、スタッフの避難も完了しました」
「そう。猪狩二佐……始めましょうか?」
「いつでもどうぞ」

ミサトの反論など最初からシンジは聞く気はない。
どうせ"仕方ない"の一点張りで自分は何も悪くないと言うだけなのだ。
逆にそんな事を言われたら即座に殺しかねないとシンジは思ったので、リツコの建設的な意見の方に耳を傾ける。

「フォースチルドレン、実験を開始するわよ」
『了解! いつでもどうぞ』

気合十分と呼ぶに相応しい顔つきでケンスケが返事をする。
この後に起こる事を予想してリツコはため息を一つ吐くと実験開始を宣言する。

「起動実験を開始します」
『第一次接続を開始』
『エントリープラグ注水』
『な、なんか水が競り上がってきますよ!?』

ケンスケが慌てた様子でリツコに尋ねる。
リツコはその声に冷ややかな視線と呆れた声で返答する。

「説明したわよ……まさか、人の話を聞いていなかったの?」
『え、えっと…………も、申し訳ありません!』
「……それはLCLといって、肺に取り込めば息が出来るから大丈夫よ」
『溺れないんですね』
「当たり前でしょう。何の為に説明したと思っているのよ」

疲れた表情でリツコが簡単に説明する。
隣に立っているミサトもリツコの肩を叩いて慰めている。
映像はプラグ内をLCLが満たした状態でケンスケが必死に息を止めて耐えている姿が映っていた。

「……我慢しても無駄なんだけどね」
『ブ、ブボボォォ――!』

もがく様にして息を吐き出すケンスケの様子にリツコもミサトも冷めた目で見つめている。
ネルフスタッフはケンスケの滑稽な姿に笑みを浮かべているが、戦自側は何も反応せずに冷静に見つめている。

「何をしている……さっさとシートに座れ!!」

シンジが一喝してケンスケに怒鳴る。
戦自スタッフは別段変化はないが、ネルフスタッフはその声に首を竦めて笑うのを止めている。

「もう呼吸は出来るだろう……何時まで遊んでいる」
『な、なんだよ?』
「説明も聞かずに遊び感覚でこの場所に来るな」

再度怒鳴りはしなかったが、シンジの身体からは殺気が漏れ出している。
実戦経験のあるミサトも目の前のシンジから放たれる殺気に恐怖を感じている。

「猪狩二佐、実験を中止しますか?」

リツコが落ち着いた様子でシンジに問う。

「リ、リツコ?」
「仕方ないでしょう……どっちに非があるかと聞かれれば、あの子の方よ」

ミサトが慌ててリツコに尋ねるとリツコが不機嫌な顔で告げる。
リツコにすれば、参号機をこのまま封印するのも悪くないと考える。
このまま凍結した状態ならシンジ達の誰かが秘密裡にバルディエルを回収する方法も可能になる。
フォースにしても不適格という形で排除すれば、使い捨てにする必要もないのだ。

『ま、待ってください! 俺はどうなるんですか?』
「決まっている。不真面目な人間を戦場に出せば、仲間を巻き込んだ惨事を起こす可能性もある。
 不適格として戦自から国連に報告して参号機は凍結してもらうだけだ」
『そ、そんな〜〜』
「ちょ、ちょっと勝手な事を言わないでよ!」

ミサトが慌ててシンジに叫んで話してくる。

「今、ネルフは零号機が凍結処分で動かせないのよ。
 参号機まで凍結されると使徒殲滅に支障が出るわ」
「だったら、もう少し注意しろ。
 戦自だって人員と機材を動員している。これも無料じゃないんだぞ」
「そんなこと知らないわよ。
 あんたらが勝手に出して来ただけじゃない!」
「本部で起動実験するのなら反対はしていない。
 強引に松代で実験を行うと通達したのは委員会とネルフだ。
 戦自はこの起動実験には絶対に何かあると考えている……本部では実験出来ない理由があると予想している。
 エヴァ参号機には不審な点があるのだ」
「不審な点って何よ?」
「使徒が寄生している可能性だ」

ミサトの問いにシンジが真面目な顔で答える。

「そんなわけないでしょう」
「では、何故本部で起動実験をしない。
 S2機関を搭載していない以上は暴走しても第二支部のような事は起きないぞ」

即座に否定するミサトに最大の疑問点をぶつける。

「本部なら暴走しても対応出来るだけの用意があるはずだ。
 だが、使徒なら話は変わる……一気にサードインパクトの可能性が出るから本部での実験を回避したいのではないのか?」
「……リツコ、可能性は?」
「事前の調査では不審な点はなかったわ。
 だけど……その可能性は捨てきれないけどね」

リツコがミサトの質問に答える。
実際にリツコなりに調べてみたが使徒らしい反応は見当たらなかった。
起動させる事で覚醒するとリツコは睨んでいるので完全な擬態としか、リツコには言えない。

「どうする……全責任を君が背負うのなら続行するが?」
「わ、私が?」
「必要と言ったのは君だぞ……私の懸念も本来は君が想定する事だが」

シンジがミサトに一任すると言うのでミサトは困った顔になり……考える。

(エヴァがもう一機あると楽だけど、万が一の時は……。
 でも確たる証拠は無いし……)
『か、葛城作戦部長! じ、自分に任せて下さい!』

ケンスケの声にミサトは自分の言う事を忠実に聞く駒が欲しいと考える。
能力的には不十分だがケンスケは自分の指示に従ってくれる存在だ。
今はまだ未熟だが自分が鍛えて物にすれば良いと判断した。

「……続けるわ」
「ミサト、良いのね?」
「ええ、確証がない以上は仕方ないわ。
 零号機が凍結中なら参号機は必要じゃない」
『ま、任せて下さい! 自分は作戦部長の命令に従いますよ』
「期待してるわよん♪
 起動実験を続行するわ」

意気込んで話すケンスケにミサトは軽い口調で話してから、シンジに起動実験の継続を告げる。
シンジはミサトが自分の都合を優先したと考えて呆れた視線を向けながら起動実験再開の指示を出す。

「では実験を続行する」
『主電源接続』
『全回路動力伝達』
『思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス』
『初期コンタクト問題なし』
『双方向回線開きます』
『起動確認、参号機起動しました』

スタッフが一様に安堵した表情を浮かべた瞬間、モニターが真っ白に染まり……ブラックアウトして、指揮車を揺らす衝撃波がきた。

「現時点を持って、エヴァンゲリオン参号機を使徒として認識する」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
 勝手なこと言わないでよ!」
「無事実験が完了した訳ではないのに気を抜くような馬鹿な組織に付き合いきれんな。
 見てみろ……あれが暴走しているように見えるのか?」

シンジの指先には復活した映像がモニターされている。
そこにはアンビリカルケーブルをパージした状態で活動するエヴァンゲリオン参号機の姿があった。

「内蔵電源はゼロのままで活動できると思うのか?」
「そ、それは……だったらネルフに優先権があるはずよ!」
「戦自で処理する事は最初に通達している。
 自分本位で叫ぶと大火傷をするぞ」

シンジの含む言い方にミサトは此処がネルフではないと気付いて苦々しい顔で睨んでいる。
自分が此処にいるのは使徒と戦う事ではなく、実験の監督役の一人なのだ。

「そうやって感情を剥き出しにするような作戦部長では誰も安心できんぞ
 重石のようにどっしりと構えてありとあらゆる状況を想定して対応策を練るのが本物だ」
「人を偽物みたいに言うな!!」
「葛城ミサトの役目は別にある事を知るべきだな」
「どういう事よ!?」

ミサトの問いをシンジは無視して部隊に指示を伝達していく。

「言いなさい……よ「動くな、作戦の邪魔をするなら……射殺するぞ」」

ミサトが感情を爆発させてシンジに掴みかかろうとした時に側に控えていた士官がミサトの後頭部に銃口を当てている。

「……無様ね、ミサト。
 猪狩二佐、本部からウチの馬鹿が一言あるみたいですよ」
「繋いでもらおうか……こちらも言いたい事があるからな」

リツコがこの後に起こる会話の内容を想像してクスクスと笑いながら通信を繋げる。
画面に映し出された男の不遜な態度がどうなるか……とても興味があるリツコだった。



本部の発令所ではリンクしていた映像が切れて騒然としていた。

『現時点を持って、エヴァンゲリオン参号機を使徒として認識する』

戦自の士官の声にスタッフ全員が息を呑んでいる。
復帰した映像にはアンビリカルケーブルをパージして歩き出している参号機の姿があった。

「碇、どうする?」
「日向二尉、戦自と通信を繋げ」

冬月の問いに即座にゲンドウが行動を開始する。
戦自に使徒戦を勝手にされるのはネルフの立場を軽んじられる事になるので、自分達の手で始末したい。
強引に話を進めて自分達に主導権を持ち込もうとゲンドウは考えていた。

『何かご用か?』
「使徒戦は我々に優先権がある……そのまま本部へと向かわせろ」
『お断りする。今回の使徒戦はこちらの管轄だ。
 ネルフの茶番に付き合う気はない』
「なんだと?」
『何故、松代で起動実験がしたかったのか、よく分かったよ。
 最初から使徒が寄生していた事を知っていたな?』

発令所のスタッフ全員の驚愕の視線が一斉に最上段の二人に向かう。

『S2機関を搭載していれば、その危険性から本部での起動実験の回避も納得できた。
 だが、未搭載で暴走しても消滅はしないし、即座に対応出来る本部での起動実験を回避した理由はこれだな。
 使徒が寄生した状態で本部で実験すれば、即サードインパクトの可能性もある。
 前々からネルフの存在そのものが胡散臭いと知っていたが……使徒襲来のスケジュール表を持っていたな。
 知っているからこそ、その迎撃都市の建造スケジュールも間に合うようになっていたのか』
「言いがかりだな」

ゲンドウは即座に切って捨てるが、スタッフは納得できる指摘にゲンドウ達に対する不信感を消せない。

「使徒戦は我々ネルフの管轄だ」
『知らんな……エヴァンゲリオンを使用したサードインパクトを起こすのが本来の仕事だろう。
 全ての使徒を撃破した後に人類の手によるサードインパクト……その為のエヴァンゲリオンじゃないのか?』
「もういい。エヴァを出して迎撃する。
 邪魔をするなら『国連の、人類補完委員会の指示を忘れたのか、今回は戦自に優先権がある』」

不機嫌なゲンドウの声を遮るようにシンジが告げる。

『命令違反を犯す者はそれ相応の処罰を受けるぞ。
 まさか自分は処罰されないと勘違いをしているのか?』
「ぐ……」
『委員会の指示もなく動かして……戦自のファントムに壊されましたで、その椅子に座っていられると思うのか?』
「碇、落ち着け」

冬月が落ち着かせるようにゲンドウに声を掛ける。

『初号機、弐号機を破壊されて委員会にどう言い訳するのかな?
 ネルフの妨害工作として我々は攻撃対象にするぞ』

この一言にゲンドウも冬月の背中に冷たい汗が流れている。
戦自のファントム二機の性能は見た事があり、万が一初号機を破壊されたら全てが台無しになると気付いた。
特に初号機はゲンドウ、冬月にとって重要な意味を持ち、ゼーレにとっても儀式の中心に配置する重要な意味がある。
そんな失態を犯した者に老人達が容赦しない事を二人は知っているだけに……黙り込む。

『では、こちらの邪魔をするのならそれ相応の対応をさせてもらう、以上だ』

黙り込む二人を見ながらシンジは通信を切る。
スタッフ一同はやり込められたゲンドウ達の姿に頼りなさを僅かに感じながら状況を見つめていた。

『ファントム各機に告げる。
 目標はエヴァンゲリオン参号機の形をした使徒だ。
 他のエヴァのような動きをするとは限らないので油断はするな。
 またパイロットの安否に関しては気にする必要はない』

その一言にスタッフは顔を顰めている。非人道的といえるような言い方のシンジに不満があるようだ。

『全人類と少年一人……どちらを優先するかは明白だ。
 ネルフは自分達が子供を戦場に送り出した事を忘れているが、こちらは戦場がそんな甘い場所でない事を知っている』

責任を転嫁するなと言うようにシンジはネルフの考えの甘さを指摘する。
子供を戦場に送り出しているのは自分達だと今更ながらに指摘された棘だらけの一言にスタッフは胸に痛みを感じる。

『一応、少年の安全を確保する為に火器の使用は避ける。
 従って近接戦を主体に動きを封じて活動を停止させる、以上だ』
『『『『『了解』』』』』
『本来はネルフの作戦部がこういう事態も想定しなければならんが作戦部長を筆頭に抜け作揃いだ。
 面倒を掛ける事になると思うが皆の奮起を期待する』

発令所のスタッフは作戦部の部員達に冷たい視線を向けている。
日向を含む全員がそんな事態になるとは思わなかったという言い訳をしようかとしている中で戦闘が始まり、スタッフ全員の視線がモニターに向かう。

「葛城君なら気付かなかったが、戦自には気付かれたな」
「…………」
「また老人達がうるさくなるぞ」
「向こうに責任がある」
「……そうだな」

どちらにしてもネルフと委員会の疑惑の種がまた一つ蒔かれた事に変わりはないと冬月は考えていた。
正面の大型モニターには戦自による第十三使徒戦が映し出されていた。


ファントム五機の内、二機が正面から対峙する。
リニアボードを使用して地面を滑るように高速で移動するファントム。
エヴァ参号機はファントムを敵として認めたのか、突然咆哮するとその手を伸ばして襲い掛かる。
二機は左右に分かれて回避しながら伸びた腕を掴んで手持ちのダガーでその腕を切りつけると、

『イ、イテェ―――! な、なんだよ!?』

突然、スピーカーから少年の声が大きく響いた。
発令所のスタッフはその少年の声がフォースチルドレンである相田ケンスケだと気付いて動揺するが、戦自のファントム五機の動きは全く変化がない。
二機のファントムが腕を押さえて斬りつける背後から三機のファントムが強襲する。
ファントムの手には剣の形をしたチェーンソーのような武器があった。

『イ、イテ、イテェ――! や、止めろよ!!』

エヴァ参号機とシンクロしているのか、参号機の受けたダメージがケンスケにフィードバックしている。
ファントム三機の武器が火花を散らしながらエヴァ参号機の装甲を切り裂いて素体を傷付ける。

『グ、グァ―――!!』

エヴァ参号機が腕を振り回そうとした瞬間、三機のファントムが離脱する。
そして二機の内、一機がその両手のナックルガードを拳に装着してラッシュを仕掛ける。
伸びきった腕を元に戻してその一機に襲い掛かろうとすると再び三機が後方から襲い掛かろうとして振り向くともう一機が側面からダガーを腹部に刺し込んだ。
その攻撃に反応したエヴァ参号機の背後に再び攻撃を仕掛けるファントム三機。
エントリープラグを外して手や足を狙っているので、パイロットを救う意志があるとスタッフは考えているが、

『ちょ、ちょっと! フォースを助けなさいよ!』
『どうやってだ?』
『そりゃ、使徒を取り押さえてプラグを引き抜けば……』
『使徒の能力も不明な状態でか?』
『そ、それは……でも、苦しんでいるじゃない!
 何とかしなさいよ!』
『実験を強行するように言ったのは誰だ!
 自分のした行為を棚に上げて命令などするな!』

ミサトの文句にシンジが冷めた言い方で返答している。

『使徒が寄生している可能性を実験前に指摘したが、必要だと言ったのは葛城作戦部長だぞ。
 子供を戦場に送り込んでいる事は良くて、こちらに文句を言うのは筋違いだろう』

呆れた口調のシンジの意見に発令所のスタッフは一様に苦い物を口にしたように顔を顰めている。

『今更だが子供を最前線に送り込んでいる事を忘れて、自分達が世界を救っている等と勘違いされても困るな。
 セカンドインパクト後、世界の治安を維持してきたのはUN軍だぞ。
 ネルフはセカンドインパクト後に一研究機関から昇格した軍事組織だが……国際紛争の仲裁に関与した訳でもない。
 そういう点を頭に入れないで、さも自分達が世界を救っているなんて勘違いするのは止めて頂きたいな』
『使徒殲滅で貢献しているじゃない!』
『では国際紛争の調停が出来るのか?』
『何でそんな事をする必要があるのよ。ネルフは使徒殲滅の特務機関よ』
『傲慢だな……世界の住民が必死に日々の糧を切り詰めて多大な予算をネルフに送っているというのに。
 少しは無駄なく使おうとは思わんのかね』
『ちゃんと結果を出しているわ』
『作戦部の無能な作戦を子供達がフォローしているだけだろうが。
 知っているぞ……第五使徒戦で威力偵察もせずに初号機を加粒子砲の前に放り出そうとした事を。
 当然その際の破損でどれだけの餓死者が出るのか……理解しているのだろうな?』

シンジの問いに発令所のスタッフがミサトの行状に頭を痛めている。
特に作戦部のスタッフは肩身が狭い様子だった。

『失った命は戻って来ない……ネルフの傲慢さは正直我慢ならんな』
『うっさいわね! 結果を出しているなら文句を言われる筋合いはないわよ!!』
『……面白い事を言うな。
 では、家族を失った者の前で同じセリフを吐いてみるか?』

通信機越しに聞こえているが、シンジの声には凍りつくような殺意が感じられてスタッフ全員が寒気を感じている。

『踏み躙る者は当然自分も踏み躙られる事を覚悟しなければならない。
 その覚悟を……何れ見せてもらうぞ』
『は、はん……出来るもんならやってみたら良いわよ』

虚勢を張ったミサトの声に全員がため息を吐くしかなかった。

『や、止めろ! イ、イテェ―――ッ!!』
『うるさいぞ。戦場に出れば傷付く事は当たり前の事だ。
 子供と言えどその点は変わらんし、自分から志願したのだろう……自業自得だ』
『だ、だって……こんな目に遭うなんて―――!』
『まさか、自分は負けないし、死なないと勘違いしていたのか。
 戦場は……誰にも平等に死を振り撒く世界だぞ』
『だから助けなさいって言ってるでしょう!』

呆れた様子で話すシンジにミサトが噛み付いている。

『動きを止めるまではどうにもならんよ。
 さっきからこちらに非があるように言うが、パイロットを選んで乗せたのはネルフだぞ。
 こちらの諜報部の調査結果ではマルドゥック機関は全てダミーで作られている。
 関係会社はトップは碇ゲンドウと冬月コウゾウの名で偽装されたもんだった』

シンジの説明にスタッフの猜疑の視線が最上段の二人に向かうが……二人は動じていない。

『国連の監査が出来ないわけか……自分達の懐に回しているという事だ。
 世界の危機だというのに自分達が潤う事ばかりしている……浅ましい連中だな。
 こんな男に従って……自分達は悪くないし、手を汚していないなどと勝手な事を言うのならここから出て行ってもらうぞ』
『そ、それは……』
『世界を救うには如何なる犠牲も惜しまないのがネルフの流儀でしょう。
 使徒を殲滅するために子供一人の犠牲なら安いものだと思いませんか、碇司令?』

シンジの問いに発令所スタッフは最上段のゲンドウの答えに注目するが……ゲンドウは何も言わない。

『やれやれ、都合が悪くなると黙り込むのは……相当後暗いものがネルフにはありそうだな。
 妻殺しに息子を犠牲にしてまで一体何を計画しているのやら』
「黙れ」

妻殺しの一言にゲンドウは反応する。

『エヴァという世界の住民の生活を苦しめる物を生み出した碇ユイは狂人ですか?
 自分の息子を戦場に立たせるような物で世界を救おう等……狂って「黙れぇぇ―――!!」』

シンジの声を遮るように激昂して叫ぶゲンドウの姿にスタッフは驚いている。
どんな時も感情を見せない人物だと認識していただけに言葉が出ない。

『おや、相当痛い所を突いたかな?
 自分の息子より妻を罵倒されて本性を見せたか……妻一人救えずに世界を守ろうなど滑稽ですね』
「すまないが……昔の話をほじくり返すのは止めてもらえまいか?」

冬月が慌てて会話に割り込んでゲンドウの暴発を制しようとする。

『まぁ良いでしょう。こちらとしてもネルフ司令のアキレス腱を発見したので。
 その男を踏み躙り、苦しめるにはどうするのが有効なのか……理解しましたよ』

シンジのセリフにゲンドウは自分の弱点を気付かれて睨むように正面のモニターを見つめている。
その様子に発令所のスタッフは触らぬ神に祟り無しと言った表情で作業を行っている。

(碇……迂闊すぎるぞ)

冬月はゲンドウの背中を見ながら一人嘆息していた。
発令所内は聞こえてくるケンスケの悲鳴以外は聞こえず、時折仕事の報告がスタッフの間で小さく囁かれていた。


戦自ファントム五機は第十三使徒――バルディエル――の取り囲むように周囲に展開している。
獣のように四肢を大地につけて、咆哮しながら威嚇する。
ファントム1――エリィ機がバルディエルの正面から攻撃を加えようとすると腕を伸ばして捉まえようとするが、回避しながら後退すると側面からファントム 2――サハク機が強襲する。
伸びている腕をダガーで貫いて切断しながら、片方の手でコアを狙うが、バルディエルは身体を捻ってずらした。

『イ、イテェ――! う、腕が―ー―ぁ!!』

ケンスケの叫びが聞こえるがパイロット全員が無視している。
運が悪いとは誰も思っていないし、ケンスケの事など気にも止めていない。
非情だと言われてもサードインパクトを誘発させる訳には行かないので、止まる事は出来ないのだ。
切り落とした片腕がビクビクと動いていたが蹴り飛ばして繋げられないようにする。
もう片方の腕はファントム1が掴んで戻させない。

『両足を切り落とせ!』
『ま、待ってくれ――!』

シンジの指示にケンスケがこれ以上痛い思いはしたくないので必死で叫ぶが……その声は届かない。
ファントム二機が剣を大腿部に当てて火花を散らしながら装甲を削り、素体を切断しようとする。
噛み付こうとするバルディエルの頭をファントム2が両手で挟み込んで固定する。

『い、痛いんだ……た、助けて……』
『甘えるな……警告を無視したのは君だ』
『そ、そんなっ! や、やめてくれ! ア、アギィィィ―――!』

ケンスケの叫びが一段と高くなると同時にバルディエルの両足が切断され、残った片腕も切り落とされる。

『背中を向かせて、プラグを引き抜け!』

指示に従って強引にプラグを引き抜くファントム1。
プラグに張り付いていた粘着質のある菌糸状の物体が干乾びていく中で三機のファントムが剣を突き立てた。
痙攣するように何度か身体を震わせた後、完全に動きを止めるバルディエル。

『反応の消失を確認。第十三使徒、殲滅だ』
『了解……やはりネルフはサードインパクト阻止だけの組織ではないみたいね』
『それは前から判っていた事だ。世界を救うためなら情報をきちんと公開して世界の賛同を得れば良い。
 セカンドインパクト直後なら情報の隠蔽も必要かもしれんが……今その必要があるとは思えん』
『司令が妻殺しの容疑者だから、最初から胡散臭いんだけど』

聞いているゲンドウは殺気を振り撒いて座っている。

『人類補完委員会も相当後ろめたい機密を隠している様子だ……注意が必要だ』
『やはり戦自のネルフ侵攻は避けられないわね』
『状況証拠は幾つもある。特に日重に不法侵入し、破壊工作をしようとしていたネルフの特殊監査部の連中もいる』

発令所のスタッフ全員が信じられない事を言われて驚いている。
まさか不法侵入などという非合法な手段を特殊監査部が行い、戦自に拘束されているとは考えていなかったのだ。

『さて、碇司令。特殊監査部のスタッフをどうしますか?』
「事実無根だ」
『では、ネルフの名を騙った第三者として処理しても構わないと?』
「問題ない」
『分かりました。
 今後、日重に不法侵入して取り押さえた不審人物でネルフを騙る者は全てこちらで処理する事で構いませんね?』
「こちらは一切関与していない。
 口から出任せを言われてもどうにもならん」
『では、今後も日重周辺にいる不審人物でネルフ関係者に関してはこちらで勝手に処理します。
 それで構いませんね?』
「好きにしろ……我々は関与していないからな」

いつも通りの口調で答えるゲンドウだが内心では苦々しく思っていると冬月は感じている。
マルドゥック機関がダミーだと暴露され、特殊監査部の非合法な部分もスタッフに知られた。

(また厄介な事になるだろうな……徐々にこちらの後暗い部分を暴露されている。
 どうせ、こいつの事だから気にせずに動くだろうが……スタッフの信用はなくなるな)

作戦部の失点からトップの二人に対する信頼は減少している。
葛城ミサトが優秀な人材ではないとスタッフは思い始め、そんな人物を作戦部長に据えた上層部に対する不審が積もっている。
上層部と一般職員の温度差に気付いて冬月は表情を険しい物に変えている。

(強引に進めて……隠していた事が明かされている。
 ネルフの闇を表に出された時……彼らは…………)

冬月はゲンドウの背を見ながら事実を知ったスタッフがどう行動するかを予想する。
だが、その先に見えるものは……明るいものではなかった。












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どうもEFFです。

やっとバルディエル戦が終わりました。
結構、ここまで来るのは大変で……何度か書き直したりしました。
ケンスケの扱いをもう少しマシにするべきか悩んだりもしましたが、こういう形に決めました。
劇中でのケンスケはミリタリーオタクで戦場に立つ覚悟などなく、カッコイイ、自分なら大丈夫という理由でエヴァに乗りたがっているように思えました。
どうも戦場に立つ覚悟という物がないケンスケの命運はこんな物だと感じましたので、これで良しと言う事で。

それでは次回もサービス、サービス♪

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