朝倉 和美は報道部に所属するだけに情報という物の重要性を理解している。

(…………メンドいな〜)

秘密というものを隠すのは、それなりに面倒だとも承知している。

「だからさー、調べて欲しいわけよ」
「うんうん、朝倉が頼りなの」

明石 裕奈と佐々木 まき絵が興味本位で心配しているわけじゃないと知っている。

(まあ、裕奈のほうは微妙だけど……)

基本3−Aの面子はお人好しの善人が大半なので、ああも憔悴したネギを見ると心配でたまらないとなるのも分かってる。

(問題は裏の事情つーか……魔法を口に出さずに説明できない点なのよね)

秘匿を旨とするらしい魔法をベラベラと口にする訳にはいかない。
罰則が非常に理解できないが、秘密という物は表に出すのが危険でもあるから隠しているはずなのだ。

(もっとも……魔法を隠していると言うには微妙なんだけどね)

緩いと言うか、本気で隠しているのかと聞かれたら首を捻る事ばかりしている担任がいるのだ。
本来はもう少しフォローしてやるべきの大人の姿が微妙に見当たらない。
クラスメイトのエヴァンジェリン曰く、「ジジィが遊び半分でバカ騒ぎを見て楽しんでいるのさ」らしい。
心底毛嫌いした顔で話しているだけに近衛 木乃香の祖父である学園長は秘匿など気にしていないのかもしれない。

(カモっちも微妙に打算で動いているし……)

仮契約で大儲けと考えているオコジョ妖精を態と泳がせている節もある気がするのだ。
贔屓目に見なくても、自分のクラスが非常にお買い得感のある才能ある生徒で固めている点が今になって気に掛かってきた。

「…………生贄か」
「は?」
「なに?」
「ゴメン、ゴメン。おかしな宗教のニュースを見てね」

思考だけが先走り、思わず口に出した事を誤魔化す。
このクラスの面子は意図的に集められた可能性があり、その目的はマギステル・マギになりそうなネギの従者を作り上げて、才能ある少女を青田刈りしているか もしれない。

(権力の悪用なんだよね〜。ホント、イイ性格してるよ)

学園の支配者とも言える立場なら生徒の配置なんぞ自由に出来る。
悪意があるわけではなさそうだが、一般人を巻き込まないようにと言っているくせに……入り込まそうと画策しているっぽい。

(勝手に人の人生のレールの切り換えすんのは……ヤダな〜)

いつだって自分で決断して突き進んで生きたいと思うのに、気が付いたら魔法にどっぷりと関わって……逃れられない。
あこぎなやり方するなと思いつつ、指し当たっての問題に意識を向ける。

「調べるのは良いけどさ。いいんちょを怒らせたのに?」
「……それでもよ」
「心配なんだよ」

おそらくいいんちょこと雪広 あやかも魔法を知った可能性があると和美は見ている。
いつものあやかならば、問答無用でネギに突進していると思えるだけに自分の予想は間違っていないと確信していた。

「そろそろさー、学園祭の取材が入ってきそうだから、こっちも大変になると理解してくれた上でイイ?」

一応の建前を告げ、どこまで調べられるか分からないと保険を掛けておく。
修学旅行の一件で人が死ぬところを見ただけに正直二の足を踏んでいる自分が居る。

(思った以上にファンタジーな部分なんて、嘘っぽいというか……微妙なのよね)

魔法というものがただ楽しいものではなく、危険な面を過分に秘めていると知った以上、安易に友人を関わらせたくないという気持ちが出てきた。

(銃火器みたいに制限の掛かった許可制じゃないし……)

厳重な監督下での所有が認められた猟銃以上の火力がありそうな魔法が十歳の少年でも訓練次第で使用できる。
しかも許可を得る為に条件は非常に緩い感じがする。
勢いだけで飛び込んだ感があっただけに、若干の冷却時間を置いてしまうと怖れを多少は感じている。
実際に分かったとしても表に出せるわけもなく、そして和美自身も蚊帳の外に置かれているような状況でもある。
それとなく話を聞いた限りでは、今日欠席していたリィンフォースが一番被害を被ったらしい。

(エヴァンジェリンが不機嫌というかさ、なんで微妙に成長してんのよ?)

担任のネギの様子にクラスの全員の意識が向いていたので、まだ話題にはなっていないが成長するはずのない吸血鬼が微妙に背が伸び、スタイルも変化が起こっ ていた。
吸血鬼化する事で身体の成長はなくなり、あの姿で固定されたと聞いていたのに……変化している。

(まだ私のほうがあると思うけど……やっぱ外国人は侮れないね)

胸はまだ自分のほうが上だと思うが、腰の細さでは絶対に負けている可能性が高い。
別に気になっている訳ではないが、この辺りは微妙な女心が刺激されていた。

「こっちの都合もあるし、時間掛かるかもしれないよ?」
「「それでもイイから!」」

和美の説明を十分に聞き入れたかどうか分からないが勢いよく二人が首を縦に振る。

「んじゃオッケー。調べておく(ま、調査中でしばらくは誤魔化しておくかな)」
「「お願いね!」」

任してと言いながらも調査内容は一切話す気がない微妙に腹黒い和美だった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十九時間目
By EFF




「しっかりしいや」
「はぅ!」

ビシッと頭を天ヶ崎 千草に叩かれて近衛 木乃香は慌てて講義に意識を向ける。

「術をやってる最中に意識を外すと……返りで死ぬえ」
「……かんにんな、師匠」

陰陽術師としての修業に関しては一切の妥協はしないと木乃香と此処には居ない桜咲 刹那にも最初に話している。
講義の最中に上の空でいれば、当然叱られると分かっていた木乃香は直ぐに頭を下げて謝る。

「まあ心配なのは分かるけど、こればっかりは自分でカタつけんとどうにもならへん」
「そうなんやけど……」

上の空になる原因を知っている苦笑気味に千草は話し、木乃香も心配している。

「世の中グレーゾーンの方が沢山やのに……極端に走り過ぎやね」
「……師匠」

修業の時間に関しては師匠と言うように注意されている木乃香は千草の苦笑に複雑な気持ちになる。
純粋無垢という言葉通りに同居人のネギは人の善意というものを信じている。

「信じんのはかまへんよ。ただ問題は裏の世界は善意だけで成り立ってへんのや」
「……そやな」

陰陽師という職業に関わる上でもっとも重要なのは呪いという存在と千草から聞かされている。
人を陥れる可能性が過分にある呪詛という物を扱う以上は偏ってはあかんと木乃香は注意されている。

善意と悪意――この二つを常に頭に入れた上で術を行使する事が肝要

善意から生まれた呪い(まじない)が人の為になる事もあるが、結局のところ呪いの一種である以上は悪意として術者に還ってくる危険性もないとは言えない。

「重要なんは修業で得た物をどう扱い、何を為すかや。
 別に復讐から始まった人生であっても得た力で人助けしたら帳尻は合うと思うえ」
「それ、ネギ君に教えてあげたらええのに」
「頭で分かってもあかんのや……心で分からへん限りはな」
「……きびしいわ」

木乃香は千草が言いたい事は理解しているが、友人の苦悩を思うとお節介して欲しいと思う。

「人は叩かれて成長するもんよ」
「ほんまに厳しいえ」
「言いたい事があるんのやったら、あっちのスパルタンな師匠はんにな」
「そないな事できひんえ」

弟子を鍛える事に関しては容赦の欠片もないエヴァンジェリンに文句など言えようはずもない。

「だいたい半人前にもなっとらん駆け出しがあれこれ心配するんはあかんよ」
「う、うぅぅ……きついな〜」
「はいはい、休憩はおしまいや。さっさと半人前になるために続きやるえ」
「は〜い」

木乃香の気分転換を兼ねたおしゃべりはここまでと言い、千草は講義を再開する。
師匠の気配りにほんの少しだけ気持ちが軽くなった事に感謝しつつ木乃香は千草の説明に耳を傾ける。
偶然の成り行きから始まった師弟関係ではあったが、概ね二人の関係は良好であった。




南国風の砂浜で犬上 小太郎は巨大な岩を背中に置かれて腕立て伏せをしていた。

「基礎、基礎、基礎ばっかやな」
「仕方ないね。基礎が出来ていない君を連れて行くと千草さんがお怒りになる」
「うっ! そ、それは勘弁してや」

海の上に立って訓練の監督中のソーマ・青が肩を竦めて話し、振った内容に青い顔で小太郎が応える。

「……鼻がもげるかと思うたわ」
「ククク、君の弱点を思いっきり突いてきたね」

身動きが取れない状態にされて、更に顔を固定されて小太郎は千草に折檻された。

「クサヤといい、豆腐の腐ったヤツといい、あんなん食いもんとちゃうわ!」

狗族でもある小太郎は人より鼻が利く為に臭いには非常に敏感だった。
鼻先に強烈な臭いのする食べ物を持って来られ、その臭いを嗅がされ続けさせられて小太郎は大ピンチだった。

「あれはあれで美味しいんだけどね」
「あん時ばかりは狗族である自分が恨めしくなったわ!!」

泣き言など一切言う気がなかった小太郎だったが、その時ばかりは素直に泣きを入れざるを得なかった。

「そう拗ねない、拗ねない。ちゃんと基礎を身に付けたら、狩りに連れてってあげるからさ」
「約束やで! ソーマ兄ちゃんばっかり強いヤツと戦うなんてあかんわ!」
「はいはい。ちゃんと頑張れば、ご褒美をあげるさ(もっともご褒美になるかどうかは微妙だけど)」

小太郎自身は良く分かっていないのかもしれない。
自分がデッドオアライブの狩猟生活に突入する為のフラグを順調に立てている事を。

「異世界のドラゴンか……面白そうやな」

腕立て伏せを終えた小太郎が向けた視線の先には真っ黒の異形のドラゴンが居た。
初めてそのドラゴン――ナ○ガクルガ――と対峙した時、小太郎は本能的にブルってしまった。
生命力の差、圧倒的な暴力と呼べるほどの戦闘力を肌で感じ、冷や汗が止まらなかった。
しかし、怖れを感じると同時に戦ってみたいという感情も徐々に湧きあがってきたのも確かだった。

「アレの捕獲には苦労したんだって」
「マジで楽しそうやな。青兄ちゃん! 次、やるで!!」
「了解したよ。じゃ、次の修業に……」

まだ見ぬ強敵なモンスターを想像して小太郎は気合を高めて次の修業を始める。

「グルグルグルグル同じとこ回り回って足止めとるネギに差を付けたるで!」
「そうだね(まあ、悩む事は悪い事じゃないけど、彼の場合は答えを求め過ぎようとするところかな)」

善悪やら、白黒はっきりと分けたいと思うのはあまり良い事ではないとソーマ・青は思う。

(どうしてそう極端から極端に走りたがるんだろうねえ)

完全、完璧という物を追い求めるのは無意味だとソーマ・青は考える。
完成された存在は悪くはないと思うが、完成した時点でそれ以上発展しないという意味と変わらないのだ。
それは即ち……先がなくなり、後は終わるだけ(滅び)しかないのと同じである。
変化のない毎日など退屈極まりない。
そんな世界の住人だけはなりたくないと本気でソーマ・青は感じている。

(雑多で様々な可能性を秘めた世界の方が素敵だと思うんだけどね)

やる気が漲って気合十分な小太郎を見ていると楽しいし、面白いと心が騒ぐ。

(ま、強くなってはいるがそう簡単に負けては……あげないけどね)

「待ってろや、強うなってカチコミかけたるで!」
「……君はもう少し自重した方が良いかもね」

血気盛んな小太郎には聞こえないようにソーマ・青は呟く。
子供のうちはこの方が良いと思いつつ、面倒なフォローは赤に任せようと丸投げする鬼が居た。

「強くなる方法は幾らでもある」
「そりゃそうやろうな」
「君はまっすぐに君のままで強くなれば良い」
「なんや、おかしな言い方やな?」

癇に障るとまでは行かないが、気になる言い回しに小太郎はソーマ・青に顔を向ける。

「手っ取り早く強くなる方法に殺ぎ落とす方法がある」
「殺ぎ落とす?」
「そ、感情を殺ぎ落とし……純粋に戦うだけの存在になるのかな」

ソーマ・青の説明に小太郎は心底嫌そうな顔で話す。

「そんなんつまらへんわ」
「ま、その通りさ。喜怒哀楽、全部捨て去ってしまえば、物言わぬ人形と変わらないよ。
 ちなみにエヴァの従者の皆は人形じゃないからね」

エヴァンジェリンの従者は大半が感情を表には出さないが、自分なりに判断して行動もする。
別荘の管理だけを行うわけでもなく、野菜、果物の栽培に始まって、酒の製造も行う。

「美味いお酒を作るには精魂込めないとね」

良質の、より美味い物を口にして頂きたいという思いがあるからこそ、美味い酒があるのだ。
主の為に最高の物を作ろうとする心遣いは心無きものでは出来ようもない。

「…………主の素直になれない不器用な心をよく分かってるね」

生き方を望んだ方向にさえ進ませる事が出来なかった主――エヴァンジェリン――の心の捻じ曲がり方をしっかりと理解しているからこそ……最初の従者―― チャチャゼロ――以外の魔法だけで作られた者は必要以上に語ろうとしない。

……自分達がただの駒ならば、捨石扱いにしても気に病む必要はない

「ま、茶々丸とは違う方向で尽くしているんだよな」

科学技術と魔法との融合体である末の妹――絡繰 茶々丸――とは在り方は同じでも生まれ方が微妙に違う所為か、その教育はエヴァンジェリン自らが行ったし、自由に動けるおかげで表の社会にも必要以上に関 わらせている。

「はっきり言って、もう一人の娘がどう成長するか……楽しみにしてるのかもね。
 ククク、姫さまのおかげで微妙に方向性がズレた感じだけど」

さぞ頭の痛い事になるかもしれないなとソーマ・青は考えている。
まさか、主――エヴァンジェリン――よりも自分達の姫さま――リィンフォース――への献身の重要度が高そうな事態に発展しそうな感じなのだ。

「…………拗ねて、大荒れになるかもしれないねぇ」

茶々丸にあたれば、リィンフォースが庇って、エヴァンジェリンが当然悪役になる。
かと言ってリィンフォースに文句を言えば、茶々丸が彼女の手を取り、更に二人の荷物をまとめて……実家――超 鈴音――に帰りそうな予感すらある。

「ババ引くのは超のお嬢さんか……報われないけど、ま、いいかな」

超が怒り狂うエヴァンジェリンに当たったとしても、特に問題はないとソーマ・青は判断する。

「ま、あれも修業の内だね」

ソーマ・赤あたりならば、同情してくれるかもしれないが、今は自分の時間故にお休み中だ。
それでエヴァンジェリンの機嫌が直れば、万事めでたしだと思う。
やはりこの辺りの思考は十分鬼だと思われそうな結論に達する鬼神の片割れだった。

「なぁ……ネギは大丈夫やろか?」

小太郎がそれとなくソーマ・青に尋ねてくる。
ライバルであり、友人の今の様子を見ていると不安が募っているみたいだった。

「どうだろうな。こう言っちゃなんだけど、彼の周りがダメっぽいからねぇ」
「やっぱ、そうなるんか?」

周りがダメと言うソーマ・青に小太郎は非常に嫌そうな顔で聞く。

「エヴァさんを除いて、一番まともそうなのがアスナお嬢さんだけっていうのは問題じゃないかい?」
「……千草姉ちゃんは?」
「彼女は味方であって、味方じゃない微妙な立場を維持中さ。
 ついでに言えば、木乃香お嬢さんとそのお側役のお嬢さんも微妙かな」
「……面倒な話やな」

ソーマ・青の言い分に小太郎は眉を寄せて渋面を作る。
小太郎にしてみれば、立場云々という言葉は鬱陶しい事この上なかった。

「本屋の姉ちゃんは?」
「彼女はどっちかと言えば、柱の影からそっと見守る控えめな人でしょう?」
「……否定はせえへんけど」

最近、ようやく自己主張っぽい事が少しは出来るようになってきた宮崎 のどかを口に出して問うたが、ソーマ・青から出された返事はこれまた微妙故に小太郎は肩を落とす。

「彼、男友達は小太郎ぐらいだろうし」
「そやなー。アイツ友達少なそうやし、居ても女ばっかっぽいわ」
「対人関係、ダメだしね。微妙に空気読めなさそうだ(コレは小太郎くんもだけど)」

微妙に女心が分かっていない少年二人に内心でため息を吐いておく。
あえて小太郎の事を口には出さず、思うだけで空気が読めるソーマ・青だった。

「なあ……高畑のおっさんはどうなんや?」

小太郎がちょっと歳は取っているが、ネギの男友達っぽい人物の名を出してみるが、

「ダメ、ダメ。彼は父親という眼鏡越しでしか、見てないよ」

ソーマ・青が即座に片手を左右に軽く振ってダメだとジェスチャーする事で否定した。

「色眼鏡ちゅうことかいな。ええ大人がなにやっとんのやろ」
「だよね」

ちゃんとネギを見ろやと憤る小太郎にソーマ・青はその通りだと頷き、偉大らしい父親を持つ息子の不運さとはこんなものなんだろうと思って苦笑い。

「子供の未来を期待するのは悪くないけど、過剰に期待するのは問題さ」
「ネギのヤツも苦労人やなー」
「まあ、その代わりに優遇されてもいるけどね」
「そやけど……微妙やで」

ソーマ・青が言うようにネギの待遇が他より良い事は事実だが、小太郎が父親関係の厄介事を考えて微妙な顔付きで話す。

「でも、そんなところは美味しいと思ってない?」
「そやな」

放って置いても敵がやって来る……しかも強そうな連中がだ。
ソーマ・青の指摘に小太郎は楽しそうに表情を変えたが、

「ただなー、巻き込んでしまうのはちょっと困るで」

誰かを巻き込んでしまうと考えると明るかった表情も沈み気味になった。
実際に今回の事件で一般人の那波 千鶴、村上 夏美の二人を巻き込んでしまっただけに自身の不手際を嫌悪してしまう。

「結局、強うならなあかんちゅうことか」
「その為には基礎をしっかりする事だね。
 土台をしっかりと作っておけば、応用する時が楽だ。それに変な癖を今付けると後で修正しにくいし」
「わーっとるよ」
「そんなわけでブーたれないで、しっかりしようね」
「へーい」

強くなる為に楽な方法はないと言わんばかりのソーマ・青の声に、小太郎はしっかりと意識を切り換えて修行に励む。
今は焦ってもしょうがないと判断し、地道に強さを積み上げるしかないと。




絡繰 茶々丸は自宅の一室で静かに待ち続けていた。

「…………ナハトさん」

自分も含めたあの場に居たもの全てに"娘を頼む"と告げて……記憶を残して去ったリィンフォースの母親ナハト。
どれほどの無念さがあったのかは自分には完全に理解出来ないと経験の足りなさから茶々丸は感じていた。
失う事で生まれた悲しみみたいな感情は少しだけ……理解できた。

「…………何故…」

破損してもダメージを感知するだけの筈の身体が軋んでいるように……感じられる。
痛みなど感じるはずのない機械の身体が……まるで心があるかのように。

「……リィンさん」

一度は目を覚ましたリィンフォースだったが、簡単な食事を取って、すぐに眠ってしまった。
本人の意識などない自動的な自己保存のような空気を纏って。
母親が最後の力を振り絞って行った知識の継承が始まったと主であるエヴァンジェリンはそんな様子を見て話していた。

「大き過ぎる力も知識も碌な物を呼び寄せない。
 それでも……リィンさんの力に、役に立って欲しいと信じて、ですか……」

身体が破壊されても、主の危険を排する事が出来れば十分満足だと今までは思っていた。
この身は主の為に在り、主の危難を如何なる手段を以ってしても排するのが従者としての自分の役目なのだ。
しかし、何も遺せずに去るのは確かに何か寂しく感じられるものかも知れないと今ならより深く理解できた。

―――娘の為に自分の全てを伝えておきたいと願った母親の想いを見た

―――そして、その姿がとても尊く……感じられた

「私もマスターとリィンさんの為に、何かを遺せるような従者で在りたいのかもしれませんね」

今を生きる存在が後に続く者へ想いを遺し……託す。
心を持つ存在だけが備える強さの一つを自身の目でしっかりと垣間見た。
悲しい事件ではあるが、幸せを願い託す想いを感じ取れた事を大切にしようと茶々丸は思った。

「大丈夫です。しっかりとお守りいたします……その時が来るまで」

主を蔑ろにするつもりはないが、託された以上は自身の持てる力の全てを使ってでも守ろうと誓った。
自身をこの世に生み出してくれたエヴァンジェリンと同じくらい大切な少女が目覚めるのを。




空気が重い――端的に言えば、まさにその通りだと神楽坂 アスナは思う。

(……まあしょうがないと言えば、そうかもしれないけど)

部屋の空気を重くしている元凶――ネギ――に目を向けて、ため息を漏らす。
エヴァンジェリンがスパルタな師匠なのは最初から分かっていたが、何もここまでしなくてもと思う反面、この問題はそう遠くない将来に起こったという点も否 定できないだけにどうしたものかと頭を痛める。
手っ取り早く解決する方法はあるが、それは問題を先送りするだけで終わりそうなので……意味は有って、無きものだ。

(……私のほうも何とかしないとマズイし)

ネギの問題も大事なのだが、それ以上に心に引っ掛かっている事がアスナにはある。

「結局のところ、私の消された過去にも関わってくるのよね……」

あの悪魔――ヘルマン――は誰も知らない筈だったアスナの特殊能力である魔法完全無効化を上手く引き出していた。
自分自身も上手く使いこなせない能力を悪魔を召喚した者に知られていた。
アスナはエヴァンジェリンの偽者発言にぐうの音も出ないくらいに黙らさせられた。

「…………はぁ、なんなのよ?」

さっきからどうしようもなくため息しかアスナの口から出てはまた……零れ落ちていく。
周囲の善意によって、楽しい日々を送れてきたと感謝していたが、今はそんな気持ちも虚しくなってきそうだった。

「…………ダメかも」

少々の事でへこたれたりはしないと周囲に強気を見せたりしていたが、今はそんな空元気も湧いて来ない。

「過去がない事がこんなにも……怖いなんて」

小さい時の事なんて気にする必要などないと思ってきたが、今は思い出せない事が……不安にさせる。
自分の知らないところで、自分の力を勝手に当てにされて……利用されている。
優しい顔で自分を見守ってきた大人が、実は微笑みの仮面を着けていただけかもしれないと思うと心が恐怖で萎縮する。
今、自分の胸の中にある感情さえも作られたものではないかと思うと……悲しくなって凹みそうになる。

「大丈夫、大丈夫だから……」

アスナは震えそうになる身体を必死に押さえつける。
しかし、大丈夫だと自分に言い聞かせても、根拠など何処にもない。
自分の知らない過去を教えて欲しいと言うのが一番手っ取り早い解決法だけど、思い出す事で今の自分が消えてしまうかもしれないと考えると言い出せない。

「……そもそも、ちゃんと教えてくれるかどうかも分かんないし」

責任者が人の言い分を満足に聞かない学園長なので、自分達に都合の良い事しか教えてくれない可能性だってある。

「エヴァちゃんが言うように……利用したいのかもしれないし」

此処――麻帆良――の警備員の一人であるエヴァンジェリンにもアスナの過去は話されていない。
保護対象のはずだが、極一部の限られた人間だけしか知っていないらしい。
上手く利用できれば、相当のアドバンテージを得られるだろうな、とエヴァンジェリンは苦々しい表情で話していた。

「私個人の意思なんて……どうにでもなる…か」

不愉快極まりないエヴァンジェリンの言い方だったが、悪魔に利用された時点で認めざるを得ない。

「ああっ、もうっ!! 何がなんだかわかんないわよ!!」

敵味方の区別がまるで出来ないのが本当に困るとアスナは思う。
味方だと思っていた学園長さえも疑わしいところが出てきてしまった以上、誰を信じればいいのか……分からなくなる。
はっきりと分かっていれば、こんなにも悩む事はないのだ。

「もういいわよ! 今、やれる事をやればいいんでしょ!!」

スクッと立ち上がって、アスナは着替えを数着用意して大き目の鞄に詰め込む。
そして慌しくドアへと向かい、勢いよく開け放って出て行った。

「要は利用しようと手を伸ばしてきた連中の手を噛み千切ればオッケーよ!」

ポジティブシンキング、またはキレたというか、アスナは自分が強くなって周囲の思惑をぶち壊すと決意する。
その為には自分自身が強くならなければならないと考え、自分の周囲で一番大丈夫そうで強くて、自分の力など全くアテにしていない人物の元へと走り出した。



「…………で、私のところに来たのか?」
「そうよ」

アスナは非常に不本意そうな顔で事情を聞いていたエヴァンジェリンに同じような表情で返事した。

「……バカだろ、貴様?」
「バカで悪かったわね! 他に私の力を全くアテにしない人がいないし……」

呆れた顔で話すエヴァンジェリンにアスナは本当に嫌そうな顔で話すしかない。
全くの素人同然の扱いだったアスナには魔法関係者の知り合いは3−Aのクラスメイトしか居ない。

「そうではない、バカレッド。
 別に無理に関わらずに……全てを再度抹消して、一般人に戻ると言う選択肢もあるだろうが」
「へ?」

エヴァンジェリンの指摘に虚を突かれたような顔でアスナは硬直した。

「これでも私は六百年以上は生きている。
 平穏な日常が如何にありがたみがあるものかは……他の誰よりも知っている」

見かけは少女なのだが、アスナには今のエヴァンジェリンは誰よりもマトモな大人に見えた。
口調こそ上からのものだが、アスナを気遣っているのは何となく分かった。

「別に無理に関わる必要があるのか?
 いざとなれば、リィンに相談して完全に魔法とは無縁の世界に行かす事だって可能だぞ」

エヴァンジェリンの言うようにリィンフォースの持つ魔法の一つの次元転移を使えば、本当に魔法使いがいない別の世界へアスナを送り込む事だって可能なの だ。

「このまま此処に居たところで、ロクでもないドタバタ劇に関わって……平穏な日常には戻れんぞ」
「…………」

エヴァンジェリンの言い分にアスナは若干心を動かされて黙り込んでしまう。
ネギと関わって、魔法というものにアスナが翻弄されているのは間違っていない。

「保護されていた筈の貴様が今のなってこちら側に入り込まされたのは……本当に偶然なのか?」
「……そんなの分かんない」

エヴァンジェリンの問いにアスナは判断材料が乏しい為に答えられない。

「どこのクラスに魔法使いやら、忍者やら、スナイパーやら……マッドサイエンティストがいる?」
「そう言われても……」

実際に自分のクラスにはエヴァンジェリンの言うようにただの一般人とは呼べない面子が揃っている。

「意図的に集められたクラスメイトの意味が分かるか?」
「……偶然じゃないの?」
「バカか、貴様は。ああも都合よく集まるわけがなかろうが。
 他の連中にしても、それなりに才能ある奴らばかりだぞ」

偶然の一言で済まそうとするアスナを呆れた目でエヴァンジェリンは見つめる。
エヴァンジェリンにしてみれば、あのクラスは保護対象と監視対象を一つに集め且つ、個性的で才能ある人材を集め尽くしたとしか言えなかった。

「普通はな、あんな濃い面子のクラスにはせん。
 分散させる事で均一化して、リスクを減らすのが常識だ」

非常に不愉快な表情で、何故私がこんな事を言わねばならないとエヴァンジェリンがぼやく。
偏ったクラス編成だと常々思っていたが、今自身が口にする事で更にその気持ちが増していた。

「……そうかもね」

今にして思えば、あのクラスはエヴァンジェリンの言う通りにおかしいかなとアスナも思わざるを得ない。

(エヴァちゃんもその一人だけどね。
 よくよく考えるといんちょが……普通っぽいかも?)

財閥の次女という立場の雪広 あやかが時々霞むくらいに濃い面子があのクラスには多い。
疑いの目で見れば、誰もが普通じゃないと思わせるだけのスキルを持っていそうなのだ。

「真祖の私の目から見ても、あのクラスは……普通じゃないぞ」

異世界の魔法使い――リィンフォース――に未来人――超 鈴音――という常識外の二人も居る。

(濃い面子の中に埋もれた形の見習い魔法使いの春日 美空がマトモに見えてくるのはちょっと……な)

悪戯好きで悪戯の為に魔法を使うガキが霞んでいくのはシャレにならないとエヴァンジェリンは思う。

「そもそもだな。魔法の秘匿云々を聞かされておきながら、あっさりと魔法を使うバカに巻き込まれたのは誰だ?」
「そ、それは……」

辛辣な言い方ではあるが、エヴァンジェリンはアスナが此処にいる経緯を振り返って話し続ける。
アスナは最初の事件自体はそう悪い事じゃないと思っているが、魔法の秘匿に関してはザルのネギに苦労させられているのは間違ってないと振り返ってしまうと 反論できなくなる。

「魔法とは無関係だった人物がフォロー役をする事自体が杜撰で、明らかに貴様をこちら側に引き込む事が目的だろう?」
「………………」
「十歳という年齢に絆されて、どっぷりと危ない世界に足を踏み入れて……気が付けば利用されている。
 こうして振り返って見ると貴様は本当にバカだな」
「ほっといてよ!!」

哀れみと呆れを多分に含んだ視線のエヴァンジェリンにアスナは複雑な気持ちになってしまう。
頑張っている人間が報われないのは嫌という感情がアスナの中に在り、一生懸命なネギを応援したいという気持ちに嘘はない。
エヴァンジェリンが言うように、魔法がアスナが思っている以上に危険なものだと今回の事件で否応なく理解させられた。
今ならまだ戻れる事もないと気遣ってくれているエヴァンジェリンの気持ちはありがたいと思うが、かと言って色々問題を抱えているネギを放り出して自分だけ 安全な場所で暮らせない。

「……今更逃げられないわよ」
「そうやって深みに嵌まって、利用されていく。お人好しも大概にするんだな。
 まあ……良いだろう。今更バカな貴様に何を言ってもムダか」
「バカで悪かったわね」

文句の一つでも言いたいアスナだが、これまでの経緯を思い出させられた後では不貞腐れるくらいしか出来ない。
事実、見習い魔法使いのネギと関わってから……世界の裏側に関与させられているのだ。

「自分でもバカやってるって思うわよ。
 でもね、頑張っているヤツを放っておけるほど……」

口篭りながらもアスナは今更後には引けない気持ちも確かにあると言うが、

「そんなくだらん感情はさっさと捨てろ」
「なんでそんなふうに言うのよ!!」

にべもなく否定する言葉を放つエヴァンジェリンにアスナは苛立つ。

「決まっているだろう。悪人の私が何故、キレイ事を尊ばねばならんのだ」

そんなアスナにつまらないものを見るような冷めた視線をエヴァンジェリンは向ける。
彼女にしてみれば、善意などで動く人間ほど利用しやすいと、とうに理解している。
そして、善意で動いている人間が使い潰されていく末路も見ていたのだ。

「私の元で強くなりたいなら……悪になれ。
 自分を利用しようとする連中の思惑をぶち壊して、破滅させるくらいの覚悟を持ってから来い」

酷い言い草だとアスナは思うが、修業がダメと言われた訳ではないという事だけは理解した。

「あのぼーやははっきり言えば、世界が善意で成り立っていると信じきっている甘ちゃんだ。
 アレに付き合うのならば、周りの人間が注意せんと死ぬぞ」
「……なんか冷たくない?」

ネギの事を告げる際の言葉の端々に棘があるような気がしてアスナは聞いてみた。

「当然だ。今になって、ナギはナギ、ぼーやはぼーやだと痛感させられた」
「それって……」

自身の目の曇り具合に腹立たしさを感じ、不快げに話すエヴァンジェリンにアスナは不安を覚える。
元々ネギとエヴァンジェリンの関係は本来ならば父親を挟んでの敵対に近しいのだ。
今回の事件でネギは軽率な行動を取って、師であるエヴァンジェリンからの評価が下がった。
今のところはまだ大丈夫そうだが、ネギの行動次第では……放り出す可能性があるかもしれないとアスナは感じた。
後先考えない軽挙な行動が齎す危険性をようやくアスナは肌で理解した。


そして、エヴァンジェリンがネギの事を見限り始めている事に……




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EFFです。

グダグダ感が多いのが書いた自分でもちょっと不満っぽい?
欺瞞を重ねてきた魔法使い側の問題をそれぞれがどうするべきか悩んでるところです。
悩み、考える事で人の成長があると思うので必要かもしれませんね。

それでは次回でお会いしましょう。



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