(BGM  月夜に響く追憶の調べ 神のラプソディより)

 
軍だって組織の一つでしかない。


 何をいきなり吼ざくか意味不明であるが、メルキア兵とて人間族が殆どで勿論常命である。飯を食いクソを垂れ眠る。その一切合切を仕切らねばならないのが管理者である騎長達だ。基本メルキア軍内では十騎長は兵の事を考え部隊を掌握する。百騎長は部隊の事を考え旅団を掌握、千騎長ともなれば旅団どころか自分の軍団の事全部を考えねばならない。

 
はっきり言って効率が悪かった。


 オレが十騎長になって早々に伯父貴とエイダ様に提案したのは前線と兵站を分離することだった。百騎長以上がなまじ高スペック故誰も気にしていなかったが近衛軍で実験を行った結果効果は覿面、前線の百騎長は心置きなく敵と戦う事が出来、後備百騎長という新設された役職はひたすら己の部隊の維持に努める。この中間点ともいえる副百騎長という役職すらできてしまった。――アンナマリアの様に小さい独立部隊を率いる場合、本来のようなスペック任せの方が腰が軽い場合が多いからね。
 初めは反対意見も多かった。なにしろ必要な騎長が倍増してしまう。その分の人件費は帝国が払わなければならないのだ。でも考えてみてくれ、高スペックでない者は何時までも下積みのままなのか? 年功序列が正義とは言わないがそれでも志願して役に立たなくなったら――兵士でいられるのは殆どが20代までだ――ハイさよならは余りに酷い。
 歴戦の経験者(こさんへい)は新兵共を蹴飛ばしてでも一人前に仕立て、臆病者すら戦争狂に変えてしまう。チートでなくても、たとえ老いたとしても活躍の場はある筈だ。実力よりも経験を生かした部署ならば。
 それを実現した結果今がある。一騎当千でないが歴戦という誉め言葉で教育・補給・支援・輸送という兵站が一線を退いていく普通の兵士、普通の騎長に解放された。ブラック軍部というなかれ、退役した兵士は十分な金やコネが無い限り第二の人生なんて夢のまた夢。荘園を買ったはいいがまともに運営できず破産していく元兵士がどれだけいるか。戦傷・戦病でなくとも廃兵となる者はメルキアでも多かった。だから丸抱えして軍内で企業活動させる。
 後の軍産複合体の創始者という悪名をオレが背負い込むのは確定と諦めている。オレが“望む”メルキア中興戦争の為、何が何でも近世常備軍(おうこくぐん)近代国家軍(ていこくぐん)に格上げする必要があったんだ。
 今、オレがやってきた酒保もその一つ。軍人に限り必要物資を割安で小口提供する、賃金の安い兵士の為に安価な娯楽を提供する。チルスの兵站施設に建てられた臨時酒保、その巨大天幕に入ると大喧騒の巷だった。
 給仕――彼女とて元兵士だ――から安酒をジョッキで受け取り其処此処のテーブルから差し出されるジョッキと打ち合わせる。酒保と言っても購買面は裏側、騒がしい最大原因は酒場を兼ねているからだ。
 目的の席を目指す。兵士たちや若い騎長達と声を交わしながらゆっくり進む。こういった場所で目的まで一直線に突っ走るのは上級指揮官して落第ものなんだよ。何か起きたか!? と要らぬ噂になってしまう。酒場故情報の拡散も早い。上級指揮官にとって酒保は情報収集・情報操作という戦場なんだ。こんな訳の分からない不文律からオレとカロリーネの付き合いは始まった。
 見えてきた人だかり。野太くそれでいて心地良さすら感じる胴間声、静かだが圧倒的なカリスマを感じる声――確実にヴァイス先輩を凌ぐだろう――その周りで沸き起こる当てた歓声、外れた悲鳴が響き渡る。


 「楽しんでいるみたいだな。」


 おや、お目当て二人と思ったのに三人目が居る。オレの目的である“ランドルフ卿”こと莫迦王、“神殺し”ことセリカ・シルフィル、そして“エイフェリア・プラダ西領元帥”ことエイダ様だ。珍しい。


 「エイダ様、だいぶ奮発しているようですね?」

 「う゛~~~~~~~~っ!」


 もの凄い顔つきで自分のカードとにらめっこしてる。理論派なのに勝負ごとになるとてんで駄目だしなこの人。全体を10とすれば莫迦王が4、神殺しが2、その他参加者二人で3、エイダ様は1の割合でコインの山になっている。今回も大負けですかエイダ様?


 「トリニット」   セリカが捨てられたばかりの手札をとり己の手札を見せた。


 あ……また負けた。ポーカーのフルハウスみたいなもんだ。ただ支払わせる相手を限定できる。多数から弱いプレイヤーを蹴落とすときに使われる。勿論目標は、


 「ぐあぁぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げて卓に突っ伏すエイダ様。大爆笑の中で木札がかき回されカードがシャッフルされる。


 「じゃ勝ち抜けさせてもらうゼ! シュヴァルツ、待たせたな。」


 莫迦王の誘いでオレ達はテーブルを離れる。なんとセリカまで附いてきた。軍機じゃないがモノがモノだ。退散願おうとすると莫迦王に止められる。


 「そこの色男も関係者だ。少しばかり話してこっちも確信が持てたからなァ。」


 成程、神話関連ともなればハイシェラの知識に該当する者があるかもしれん。三人で外の小天幕に入ると莫迦王のお付の重装騎馬兵――おそらく違う、ユン=ガソルの密偵組織だ。――がさりげなく歩哨についた。
 こっちもハンドサイン、影達に『手出し無用』『他言無用』の合図を送る。ヴァイス先輩や伯父貴には無意味だし、それ以上に彼等には御注進してもらわねばならないからね。小さなテーブルセットのソファー全部にどっかりと莫迦王が腰かけその両脇の椅子にセリカとオレが座る。オレが持ってきた金属製のグラスを置き酒を注ぐ。『あくまで酒の上での話』の暗喩、莫迦王が切り出した。


 「じゃオレサマから結論を言わせてもらう。」


 彼が……莫迦王らしくもない戸惑いの声を上げる。


 「アルタヌーという女神はいない。」


 とんでもない爆弾が投下された。




◆◇◆◇◆






――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  邪心蠢く 冥色の隷姫より)





 「理由は?」


 オレはそれを言うのが精一杯だ。何を馬鹿な! ではアルはなんなんだ? それ以前に晦冥の雫は!? 神界の半分を闇に染めたアルタヌーの所業は!!


 「落ち着け、【宰相と公爵の懐刀】。オレサマは手前が嘘なんぞ一つもついていないと確信してる。もちろんオレサマもだ。だがルイーネが大陸中の神殿(・・・・・・)周りに回って調べた結果がそれだ。アルタヌーと言う女神はいない。


 「儂からも言わせてもらおう。そこな莫迦の言っておることは正しい。」


 あの円盤の上にハイシェラソードが置かれ映像で魔神が喋る。あ……考えてみたらそれはあり得なくもない。縁と絆の物語(キャッスルマイスター)、そのメイン設定となる神様が神殿によって作り出された架空の存在だしな。ただ、こっちは証拠が多すぎる。余りにも神話が揃い過ぎているんだ。全部の神様、全部の神殿がグルでした……なんてありえるのか?


 「貴女方がグルでない限り今から言う事は真実とした方がよさそうですね、【魔神・ハイシェラ】殿。」

 「フン、疑り深いの。そうでなければあの青二才(ヴァイスハイト)の参謀は務まらんか。アルタヌー……主はどこまで知っておる?」


 話す。アルタヌーは謎多き女神であり夜天に存在する4つの月の一つ、ラウルヴァーシュ大陸で観測されない闇の月を司る女神。三神戦争で現神に降った古神アルテミスの母親に持つが、その怨念を継ぎ、闇に堕ちた経緯を持つ。大陸では信仰する種族も無く、影響力を増すために【晦冥の雫】を生み出し魔導巧殻を巡る大戦を裏から操る存在。
 あっさりと返された。そりゃオレが裏面の情報全く持っていないと二人が思う訳無いか。


 「先ずそこから間違っておる。闇の月を司る女神、そなたなら【知って】おろう? アルタヌーの司る物はなんぞ?」


 だから彼女は【知っていた】訳か。未来、新七魔神戦争においてセリカに倒され崩壊していく魔神の一柱を青の月女神リューシオン自らが迎えに来たという事実を。

 
アルタヌーでない闇の月女神


 このゲーム最大の矛盾点。背景設定に話を掘り下げる。


 「【復讐】、彼女はイアス=ステリナの月女神アルテミスの娘だ。本来アルテミスは様々な権能を司ったがそれは月という概念に集約され、ある神話において太陽神アポロンと共に天を二分する強大な神として君臨した。その神話はオレのいた世界でもメジャーなものだ。その女神が現神に敗れ、配偶者として憎しみの娘を産み出した。


 莫迦王が目を剥いている。オレが話した神話は此方に存在していない。いやそれは現神達によって秘せられている禁忌。三神戦争は各神殿においても多くは語られていないんだ。


 「ふむ、先程は表向き、今度は【知っている】か。だが細かいことは知らぬようだの? アルタヌーを産んだ母女神・古神アルテミスは産褥死した。腹違いの長姉イオ、血を分けた中姉リューシオン、その目の前でな。故に末妹アルタヌーはアルテミスから全てを受け継いだ。イアス=ステリナ月女神としての全て、敗者としての屈辱、母からも世界からも捨てられたという絶望。


 な! アルテミスの司どる権能の中に貞潔と共に妊婦、子供の守護がある。それらを振り捨てて産褥死……違う、己の死によって意味を反転させたのだ! それを押し付けられたのがアルタヌー!? そうなれば彼女の矛盾した行動に説明がつく。アルタヌーは現神のような権能を弄ぶ神の範疇に無く、己すら憎んで破滅だけを振りまく厄災という事か!!


 「なるほどネェ、その負の意思が『全てへの憎悪』に転権した。復讐と言う権能は表向き。そこまで憎み切っている破滅主義者ならやりかねんわけか。己の肉体を潰して真なる御物【晦冥の雫】を創り出す。現神総出で隠さなきゃならん訳だ。」


 莫迦王の言葉――禁忌である御物【晦冥の雫】――に頷かざるを得ない。よくもここまで調べ上げた! 天賦の才と言ってもそれは世界の外を識ることはない。ただ眼前の未来を掴み取る。それをこの莫迦王と三銃士達は真実を探るために突き進んだのだ。
 そして辿り着いた。オレと同じ地平へ……ならば話すべきだ。魔導巧殻という兵器の在り様、その本質とこの世界で知った秘巧殻という裏側を。


 「……魔導巧殻の本来の運用思想は『神の源たる領域――権能や神域――強奪する対神特攻兵器だ。これはハリティが話してくれた。だがなぜ現神総出で隠さなきゃならん? 神々の世界、神骨の大陸半分を闇で覆い隠したなんて神官なら光闇相克の話で当たり前なんだが。」

 「そこなんだよ【宰相と公爵の懐刀】、何故闇で覆い隠した? アルタヌーが奪ったと書きャいいじゃねェか! ヴァスタールが最後に、インャ最初から裏切っていたんだよ。己の力の大半使い尽くしてでもな。ベルガラード王国・ヴァスタール総本山の秘事だそうだ。だからエルフの堕柱神にして【黒の太陽神・ヴァスタール】は神界半分、それだけの力を手に入れても何も出来なくなった。奴が神骨の大陸で未だ活動を続けている【晦冥の雫】を抑え込んでる。


 残りをハイシェラが紡ぐ。想像を絶した事実が浮かび上がってきた。


 「そして残る真なる御物(アルタヌーのカラダ)全てを現神は“本来”の闇の月女神を犠牲にすることで闇の月に封じ込めた。何重にも結界を張り、一欠けらたりとも【晦冥の雫】を幾多(・・)世界に落さぬように。」


 「ちょっと待て! ラウルヴァーシュに落ちてきた一欠けらは?」 


 とりあえず閣下が口走った失言は無視。オレの慌てた言葉に、


 「それが最後じゃ、いや…………」


 切れの悪そうに閣下が口籠る。オレはそれどころではない。両世界を繋いだ魔神、神殺しが疑う程の魔神・ハイシェラの正体、【時女神・エリュア】が彼女であるのなら……セリカが促す。ハイシェラはようやく言葉を紡いだ。


 「……最後の最後で現神共は支挫じりおった! 肝心要のアルタヌーと闇の月女神の精神を結界内から取りこぼしたのじゃ!! それがアルタヌーが闇の月女神と呼ばれる所以よ。」


 酷い話だ。これでは『アルタヌーはいない』が成立してしまう。結果とはいえ神の中枢たる神核、意思の拠り所たる精神、権能の源たる肉体がバラバラに分断された。オレが、いやプレイヤーが楽しんだこのゲームは現実では氷山の一角に過ぎなかったのか。
 そして聞き捨てならない先代ともいえる闇の月女神がなぜあんな場所に封印されていたのかも判明した。現神からすれば存在して欲しくない神だ。新たなる闇の月女神(アルタヌー)が信仰を受け取れない、それが為だけに彼女を封印したのか。これも一種の魔導巧殻製造技術のリスペクト、本質を封印し解除のカギとなる権能を捻じ曲げることで信仰を遮断する。


 「まさか先代闇の月女神、【黄墟のイオ】はそんなことで七魔神として封印されたのですか?」


 ここで神殺しの真なる再生の物語(いくさめがみⅡ)に繋がるのか! 絶句する暇すらなく莫迦王かオレの前で拳を掲げて見せる。


 「流石【宰相と公爵の懐刀】! オレサマだってそこまで至るのに悩みに悩んだんだゼ。【知っている】はやはり違う!」


 褒めても何も出ないぞ……と言うよりギュランドロス・ヴァスガン? お前は自身を見切っているんだな。王の器であってもお前は王を望んでいない。少なくともメルキアと言う原罪をお前は望んでいない。お前の望む王国があるとすればそれはメルキアという頑迷固陋なシステムをぶち壊し人間が人間として生きれる王国を作る…………脇にそれがちなオレの考えとは別に莫迦王が後を続ける。


 「オレの推論でしかネェがな、実の姉として情が湧いたんだろうさ。中の姉貴は立場上動けネェ、動いちャなんねェ。黄の太陽神と並ぶ【青の月女神】(リューシオン)、最高権威者だ。動いたら神界が滅茶苦茶になる。種を分けた妹がクソババァ(アルテミス)の身勝手で破滅させられるなら魂だけでも救いたいと願うのが【闇の月女神・イオ】の意思になるだろうさ!」


 うん、此処も元の世界とは逆転現象になるんだな。男女不均衡により同じ胎の同母より同じ種の同父の方が絆が強くなる。面白いことに神殿では父親が現神で母親が古神だと生まれた子は全て現神と扱われるんだ。まず無いが逆だと古神――即ち抹殺対象――になる。この矛盾がかつて七魔神戦争を引き起こしたと一般に考えられてる。頭を素早く回転させる。少なくともイオは遥か昔、ディル=リフィーナ創生の時代とは言わないが神殺しの誕生など問題ならない位昔に封印されたことになるのだ。


 「少なくとも【黄墟のイオ】は現神に捕えられ、封印された。だがそうなると妙なことになる。七魔神戦争で封印された魔神が再度ラプシィア・ルンの手で復活し、後の世で新七魔神戦争が勃発するんだ。数と時代が合わなくなる。」


 喋り過ぎたと思うが固有名詞をすっ飛ばしてハイシェラ閣下が返事を寄越す。


 「そこらへんはいくらでも代替が効くじゃろうな。世俗では語呂良く七であればよいのじゃから。」


 閣下の言葉に、そんないい加減な……とも思うが現神がそう世論誘導してくればあり得るかもと納得する。後世、精域神戦争の“決着”はそうやって歪められ駄女神とその神格者は罪を免れるのだから。


 「解った、ということはオレ達の最大の懸案は。」

 「「「ラウルヴァーシュに墜ちた復讐の御物(アルタヌー)」」」


 皆が息を整え、一斉に声を放った声、確認のためにオレが話を切り出す。


 「だから闇の月女神アルタヌーはいないと言う訳か。座する闇の月は愚か、存在すらも。」

 「そうだ。そこでオレサマはルイーネが前に報告してくれたロクでも無い戯言に思い至ッたのさ。【腰巾着】ならオレサマより詳しいだろ? 皇帝暗殺未遂事件。あの皇帝が親衛隊長手討ちにしたときにその口から漏らしたそうだ。『俺は月女神の国を作る気はない』とな。」


 あ? あぁ! そうか!! メルキア帝国皇帝ジルタニア・フィズ・メルキアーナとヴァイス先輩の間柄は擦れ違い続ける兄弟という設定だった。目指す目標、メルキアの再生と中興は同じなのに手段が全く違う。神帝となってメルキア法治の権化と化すことで人の国を神より守るジルタニア。人の力を束ねその絆によって回天という脅威を現神共に見せつけて抑止力とし人の国を神より守るのヴァイス先輩。相容れないことがゲームにおける最終決戦となるのだ。
 だがこれで中興戦争という盤上ですら恐るべき事態が浮かび上がってきた。オレやヴァイス先輩が右往左往しているうちにアルタヌーは着々とメルキアを晦冥の雫によって塗り替えているとしたら? それを覆す最有力手をジルタニアがすでに掌握し、オレ達は只双方の邪魔をしている……いやその邪魔そのものがジルタニアのアルタヌーに対する欺瞞行動だとしたら!? あの飛天魔族の言う通り、

 
オレ達はとんだ道化だ!!!



 「ランドルフ、そしてシュヴァルツ。問題はたぶんそこではない。親衛隊長が死に、アルタヌーの精神は何処へ消えた?」


 セリカの何気無いような言葉にハッとする。確かにそっちの問題の方が重大だ。そのセリカの表情がおかしい。瞳の色がだ。碧眼の中に桃金色の虹彩が混じる。初めて見た……脈絡のない別キャラ視点を神殺しが察知して行動する。これがそれなのか!?


 「エリザスレインが話してくれたことがある。彼女の部下が暴発し、メルキア皇帝暗殺に動いたという話だ。それは失敗し親衛隊長は手討ちになったんだが精神は即、別の肉体に移れるものなのか? 聖女ルナ・クリアがいい例だ。」


 こらセリカ! トランス状態の上、悲劇とはいえ未来の嫁の話なのにオレの説明に『?』マークはやめんかい。まー仕方がない。あくまで未来に起こりうる話として二人に話すとしようか。実は神殺しの肉体、その持ち主たる【女神・アストライア】の精神はこの世界に残っているんだ。それは神の力の核ではなく、唯々人の転生に合わせて継承されていく情報みたいなもの。だから肉体が死んでしまえば一度冥界へ情報は流れ……ん? じゃ後の世で起こる【幻燐戦争】、その悲劇たる魔人帝の嫁のイリーナはどうなんだ? ただの人間如きの魂が死後も冥界に行かず留まっている。邪龍アラケールから神殺しがその魂を開放した後ですらだ! 


 「ハイシェラ、神の精神を継承することに何か条件があるのか?」

 「オィ、シュヴァルツ。いくら聞くにしてもどう見ても禁忌じゃねーか! 言葉選べや!」


 莫迦王に怒られた。だけどさぁ!


 「…………今の自称転生者とそこな莫迦、そして西領元帥から聞いた話からすると……想像に過ぎぬのだが…………」


 ハイシェラ閣下ですら仮定に仮定を重ねた話になっている。それに莫迦王が補足情報を渡しオレが切れたラインを繋ぎ直していく。もしアルタヌーがエリザスレインの部下――おそらくルノーシュに左遷された第8位階天使(アプサエル)・アニエス――が分体を放って暗殺を強行するのであれば親衛隊長にアニエスが憑依して実行するのが適当だ。これではアルタヌーの入る余地がない。
だが、そう捏造された情報が流布されたとならばどうなんだろう? ただでさえ帝宮内での醜聞だ隠しはされるが宮廷雀共は侮れない。それを見越して態と誤った情報に辿り着くよう仕込んでおいたというのはあり得る。唯、何のために?

 ジルタニアに得はない――彼はこの件に限って言えば被害者だ。

 アニエスにも得はない――失敗をメルキアのために隠すなど無意味だ。

 アルタヌーは得があるが関与できない――そもそもどうやって? な話だ。ジルタニアの呟きが無ければ盤外でしかない。自問自答開始、

 「(ではメルキアにアルタヌーの精神を継承した者がいるとしよう。もしその当人だったら今の状況をどう利用する?)」


 二人の齎した事実によって最早アルタヌーは神界にもラウルヴァーシュ大陸にも居場所はない。同盟相手だと踏んでいたヴァスタールすら初めから彼女を抑止ないし潰す目的だった。憎悪に塗れた破滅主義者たる精神が復讐の権能を自ら振るうとしたら? もちろん神力もないのに権能が振るえる訳がない。ならば求める筈だ。己の肉体の残滓、

 
【晦冥の雫】


 それを収める封印を外から破壊する。それはヴァレフォルの情報では生半可な手段では不可能だ。その制御者“アル”が望まない限り、それを東領元帥たるヴァイス先輩が認めない限り。だからノイアスの様に周辺の三魔導巧殻から破壊に掛かりその上で己の脅威をアルに宣伝しヴァイスハイトに封印開放を選択させる……
 あ? ああ! そうだったのか!! ノイアスの目論見、あのルートでアルを除く全魔導巧殻が破壊されたのはそういった策だったのか!!! 本来それでアルに封印開放を強いれば良かったが、あのルートではヴァイス先輩初め東領全体が反則みたいに強くなる。いや強くならねばならなくなる。
 つまりノイアスがアルに介入する段階で東領全体がチート化してジルタニアの策そのものが手遅れになってしまったんだ。故に全てのルートから外れ、なお打ち切りエンドにもならない【覇道】が成立したのか。


 「シュヴァルツ……どうした?」


 一時、元の碧眼に戻ったセリカが莫迦王に尋ねているがそんな暇はない。想定を励起させ、シュミレートを繰り返し、アルタヌーの行動を組み立てる。狙いは『すべての破滅と言う復讐』。


 「色男、此奴が白昼夢になっているという事はトンデモな事実を叩きつける前兆だそうだゼ。メルキアは此奴の御蔭で本当の意味で【貪欲なる巨竜】(ウロボロス)に生まれ変わろうとしている。オレの部下共(さんじゅうし)が小一時クチ開けたまま、直後に罵詈雑言になった位だからなァ。」

 「それはどういう? ……あぁ解った、全部言わずとも好いわ。ヌシの国が『無意味』になってしまうのか。ヌシは兎も角、部下共は堪ったものでは無いの。」


 ……つまり最低魔神クラスでもない限りアルの封印が破れることはない。それがどんな自爆か幾多の魔神達も理解できるだろう? どの魔神も己のエゴを満たしたい。だが晦冥の雫は初手から全てをぶち壊しにしてしまうんだ。つまり超常が動くことはない。それ以下なら封印破壊など不可能だから気にしなくて良い。本気でアルタヌーが己の宗教組織立ち上げて世界を破滅させるならどうしようもない。オレの寿命など問題にならない位先の話だろうし、そもそも国家とて栄枯盛衰、メルキアの方が先に滅亡してしまう。考えなくて良い問題だ。


 「皇帝暗殺事件とアークパリスの先鋒・フォルザスレイン、関与し放逐された天使・アニエスとその上司エリザスレイン、そしてアルタヌーか。40年前何があったか知っておるのか? そこな髭面筋肉達磨。」

 「………‥ま、こんなとこだ。要するに現神共はメルキアが邪魔で邪魔で仕方がないのサ。だからと言って力任せに介入すれば人間族そのものが神を見放しかねん。だから常に搦め手だ。いうなればメルキアが人間族の繁栄と言う【権能】を人質に取っているからその膨大な信仰を得られる神も、神意で国すら格下に扱う大陸中の神殿すらメルキアを恐れている。だがコイツはそいつを引っ繰り返しやがった。」


 莫迦王が説明を始めているがこっちは思考に夢中だ。勝手に状況説明してもらおう。


 「中原全部で連合を組んで他の領域全てを喰い物にする。之なら当分、いや政治破綻するまで中原はメルキアと組んでいる限り安泰と安寧を手に入れられる。東領元帥(ヴァイスハイト)から聞いたが空恐ろしい構想だぜ。そしてその力がメルキアにある。本人は只の人間だと強弁していると云うがオレサマから見ても思考がオカシイ、本当に人間なのかね。コイツ?」


 グラスの酒を呷ってオレを指さしながら随分な発言だな莫迦王、後で覚えていろよ? 大体固まってきた面白くもない想定を精査する。勿論対策もだ。


 「……コイツの異名は【宰相と公爵の懐刀】だけじゃねェ。こいつは敵である筈のジルタニア皇帝の【腰巾着】だったこともある。全く兄妹揃って大したタマだぜ。ザイルードのお家騒動で実妹を皇帝に特攻させるか!? シャレにもならねェ。」


 問題はアルタヌーがどうやって……ヲイ! レイナの如く声が低くなる。


 「口が悪いにも程があるぞ。お前とルイーネ嬢の悪行、ばらしてやろうか?」


 ルイーネ嬢の爆乳攻撃で早漏した癖に! ジト目の視線先で三人の期待のこもった顔が見える。全くもー、少し考えさせろよ。オレの不機嫌解ってて莫迦王が煽ってくる。


 「それいうかァ! 皇帝暗殺未遂事件の当事者じゃねぇかよお前の妹は。ジルタニアの寵姫としてお前が送り込んだんだろ?」

 「な……に…………?」


 莫迦な! 何かどうなっている? そもそも妹は皇宮中枢に上がれるほど序列は高くない。あくまで行儀作法見習いという小間使いで婚儀での箔をつける……それだけの皇宮出仕だったはず。
 いくらザイルードがメルキアでも名門の端っこに位置するからと言ってその序列を破れば一気に周囲の敵意を買いかねない。当然伯父貴とジルタニアで口裏合わせても無駄だ。皇宮の女共全てを敵に回せば男なんぞあっという間に潰される。それが皇帝であってもだ。身も蓋もない話だが皇宮の女、即ち帝国の女全てを御し得るからこそ皇帝なんだよ。ヴァイス先輩に素質がありオレは問題外、あの飛天魔族の提案が論外なのはそれが理由だ。


 「ラ、もういい! ギュランドロス・ヴァスガン詳しく聞きたい。オレの妹……ルクレツィア・ザイルードは皇宮でなにをやらかした!!!」

 「おめェ……なんだよ、神の御許は冥界の穴(とうだいもとくらし)じゃねぇか!? 策謀元帥(オルファン)から指示されても無いのか? オレサマはてっきりお前さんが黒幕だと。」


 彼が話した事実に絶句する。その事件よりも前、ルクレツィアがやらかした結末、それが中興戦争の始まりだった! この戦争はジルタニアの陰謀でも、ヴァイス先輩の国獲りでも、伯父貴とエイダ様の魔法か魔導かですらなかったのだ!! あの時点でヴァイス先輩の運命が狂わされたことが始まりになったのだ。それをオレは知って……いいやその場所にオレは居た! 

 その場所こそ先輩とオレの出会いと誓いになったのだから。

 ……何故? 何故こんな重大な事実をオレは見逃した? ズキリと久しぶりに何かが痛む。莫迦王の話は信憑性が高い。実はユン=ガソルは長年にわたってメルキア宮廷にスパイを送り込んでいるんだ。オレもすぐ気が付いてご注進に及んだが『気にするな、泳がせておけ。』が四元帥、元老院、そしてジルタニアの共通認識だった。勿論、『耳』だけは泳がせておいて『手』を動かせば問答無用に耳ごと始末するという意だ。オレ達の生まれる前、何度もメルキアとユン=ガソルではこんな影戦が行われ莫迦王の代になってからはひたすら耳になったという話だ。その裏返しが莫迦王の代になって明文化された毎年恒例『復讐戦争』なのは記憶に新しい。
 だからこそオレは臍を噛む。飼い慣らされた耳が持ち帰れる情報は表面的なものだけだ。明確な軍機や禁忌には近づけない。その情報しか知らない、いやその裏くらいは読めるがそこまでのユン=ガソル首脳に対しある程度内実に近づける筈のオレがその情報を見逃した? あり得ん。


 「信じられぬな……いや信じ難い偶然というべきか。兄が預言者ならば妹は継承者、しかしそれであるならばすべてが繋がる。40年前の騒乱、皇帝暗殺未遂事件、そして帝都結晶化とメルキア中興戦争。そして不可解な監視をしていた飛天魔族。」


 セリカと念話を行っていたであろうハイシェラが映像盤の中、己の蒼髪を苛立たしげに掻き揚げた。碧眼を桃金色の神光でわずかに明滅させつつセリカが後を続ける。


 アルタヌーの精神は初めからメルキアにいた。ザイルードに潜み、今代は彼の妹君、【ルクレツィア・ザイルード】の中に。彼が気が付かないのも当然だ。彼はアルタヌーから末期の呪いをアルタヌーの破滅より遡って彼女自身からかけられている。彼自身ではなく彼を守り彼そのものを顕界させないという結界そのものに呪いを……いや、条件を書き加えられた。」


 ……神力を僅かに開放しただけで真実どころかオレとハリティの共有秘密まで丸解りかよ! 


 「ここまでか……クッ!」


 己の瞳を手で押さえつけながらセリカが呻く。彼の鼻筋から血が滴っていく。恐らく『世界の敵』にまで辿り着かれた。神力対神力とはいえこちらは結界に過ぎないだけに不利、それでも何という無茶を、相手はお前の真打ち先代とイアス=ステリナ最強格の月女神だぞ! ハイシェラ閣下が総括する。


 「これで明らかになったの。おそらく妹は兄の背景を知っていた。妹は宮廷に上がり、アルタヌーの精神を利用してのし上がっていく。親衛隊長はフォルザスレインに唆された天使より前にアルタヌーの手駒になっていたと考えるべきじゃな。その死でアルタヌーの脅威が頓挫したよう見せかけるため妹は全てを利用した。
 その真なる目的はジルタニアを追い落としヴァイスハイトと言う傀儡の下、シュヴァルツバルド・ザイルードと言う【影の指導者】を誕生させる。アルタヌーの精神で狂っていればなお不味い。己の精神の継承を最も近しく、そして強い力を持つものにやらせればよい。己に胎はある、欲しいのは破滅の神となれる優秀な子種(あに)よ。それでアルタヌーはディル=リフィーナに受肉する。」

 「ハイシェラ、それは駄目だ。神々の怒りに触れる。現状現神がメルキアに手をこまねいているだけ、そんな事態にはなっていない。戦神の聖女(ルナ=クリア)がサティアの精神を受け継いでよいのならば、メルキアに水の巫女と同格のものが顕現しても可笑しくない。特に神と人が一線を引けるメルキアならばメルキアの抑えとして現神はアルタヌーの行動を追認せざるを得なくなる。アルクレツィア……皮肉だな、闇の巫女の古メイル読みアルクレーアか。


 オレが怒鳴る、ありえん。絶対にあり得ん!! ルクは……ルクはあの部屋で己のたった一つの願いだけ叶えて死んだ!!!


 「それ以前の問題だぞ! ルクは既に死んでいる。不死者にでもしたら神の依代としては使い物にならない!!」

 「シュヴァルツ、簡単な話じゃねぇか。おめえの妹【ルクレツィア・ザイルード】は死んでいない! あの飛天魔族がカギだ!! 何故あいつがお前に拘る? 皇帝に拘る?? そしてお前はあの時何故妹の墓に行けた???」


 割り込んできた莫迦王の話はこうだった。オレは妹の葬儀とカロリーネを伴っての墓参り、その間に一度だけ墓に行ったことがある。その時に莫迦王の密偵が付けていたらしい。オレも警護の影も墓とは関係ない林の外れの石柱で祈っていたという。密偵は馬鹿正直に報告し嘲笑ったというが即座にルイーネ嬢は高位神官に依頼し林そのものが特定の個人を起点に強力な認識阻害魔術――いや神力級のナニカがかけることを突き止めたのだ。それがカロリーネの時に無かった……違っていたのは精霊達の導き、それをやったのは超常……エリザスレイン!?
 立ち上がろうとするオレの肩を莫迦王が掴み椅子に座らせる。


 「落ち着け、シュヴァルツバルド・ザイルード! 今お前が動けばあの飛天魔族の思うつぼだ。」

 「いや、動くべきだ。これほどの危機を放置できない。動こうと動くまいと飛天魔族の罠に嵌る。ならば喰い破るしかない。」

 「今であれば不可能ではないの。セリカとそこな筋肉達磨、それにミサンシェルの堅物に冥色の隷姫、ここまで結集した力があれば魔神如き屁でもないわ。」

 「オレの行動を阻止するとしたら第一に深凌の楔魔・グラザ、第二にあの飛天魔族、想定外で他の魔神と言ったところだ。まさか某触手幼女魔神(ラテンニール)が出てくるとは思えないが。」


 流石に制作陣のネタキャラは出てこないだろう? 第四位メイド天使(エウシェリーちゃん)が出て来たらオレ真っ先に逃げる自信あるし。
 行動を開始すべき時が来た。考えたくない状況、ザイルードの家族一つ如きで世界の命運が左右されるだと? しかし兄が『メルキアの原罪を背負う変革(はじまり)の魂』ならば妹は『メルキアという呪いを背負わされた復讐(おわり)の魂』。ヴァイス先輩とジルタニアを凌ぐ相容れぬ存在。それらがメルキア(じんるい)の未来をかけて争う。ならば大戦略規模ですべてが身動き取れないようにし、オレ達はその裏で元凶を叩き潰す。これが最善手か? 


 「状況を説明する。現在アヴァタール連合軍集団第一方面軍シウ=コアトル(バーニエ)がイーグス炭鉱をかすめ北部からハレンラーマに進撃中、勿論エイダ様も合流してる。第二方面軍ミーフハルピュア(ディナスティ)はイウス街道から同じくハレンラーマめがけて進軍してる。この二つは囮。今分進合撃しつつある各軍団が一つになる第三方面軍ミカーニア(センタクス)がハレンラーマ攻略の主力だ。第四方面軍ゲルテニュート(キサラ)が何の意味を持つかは……」

 ユン=ガソル(オレたち)への抑えだろ? 西と東に余命な真似をするなってトコか。」


 見事なまでのツッコミ有難うございます。ま、こちとらその首領たる莫迦王がいるんだ。表向きは動かないだろうがルイーネ嬢の事、何をやるかわからない。正直リリエッタさんはじめメルキア各方面の密偵が影戦仕掛けているんだが一進一退。コーネリア千騎長曰く、仕掛けてくるには弱いが迎え撃ってくる戦力が尋常ではないらしい。アヴァタール東方域のさらに東の戦力を引き入れている可能性があると憂慮していた。


 「だが言わせてもらう。西アンナローツェはオレサマが貰い受ける。」


 喉元を自分の親指上げた拳でトントン叩き莫迦王が言う。メルキアの流儀でぶっちゃけたな。イウス街道、蛇鱗の荒野、マグナート大山塊は頂くという意味だ。いや、おそらくバ・ロン要塞もだろう。恍けたふりをする。


 「アンナローツェは同盟国なんだがね?」

 「手前が言うかァ【宰相と公爵の懐刀】? 今の動きからしてもバレバレじャねェか。タイミングはハレンラーマ攻略直前だ。おそらく何かが起こる。それを手前は【知っている】。それを逆用して即座にアンナローツェ宣戦布告。第一方面軍をハレンラーマ攻略の要石に遺し、防衛に徹して時間を稼ぐ帝国最強・北領軍たる第四方面軍。それに第二方面軍が合流しアンナローツェの攻略開始。いいや、戦場を大きく迂回してアニヴァからフォートガード神聖宮に雪崩れ込むヴァイスハイト率いる第三方面軍こそ主力! 一月保たずにあの王女の国(アンナローツェ)は滅ぼされる。戦後すら想定済みだ。ここで手前は本性を現すつもりだったんだろ?」


 讃嘆と敵意、それが混ぜこぜになった表情で天賦の才(ギュランドロス)がオレの企みを看破する。


 「なぁ? 【ヴァイスハイトの比翼】」


 薄く笑みを浮かべるが内心齟齬に気付く。あれ? ハレンラーマ攻略直前?? ゲームではその後ザフハ部族国滅亡でトリガーが引かれるんだがタイミングの問題なのかね。
 問題無い筈だ。もし先輩率いる第三方面軍にリ・アネスだけでなくアンナローツェ第三総騎軍全てが殴り込んできても質量ともにこちらが圧倒的に上、伊達に先輩の指揮下にエディカーヌ神官団、リスルナ竜騎士団、レウィニア不死騎兵隊と神殿騎士団、スティンルーラ傭兵隊……いやそれに名を借りた女侯国親衛隊という各国最強部隊を集めた訳ではない。直下の兵力もリセル先輩、カロリーネ、アンナマリア、ミア……ラナハイムとルモルーネの選りすぐりの騎長達。最強は龍人リ=アネスだろうがその下がまるでいないのは確認済み。イソラの聖戦士(シルフィア)も敵前でこっちに寝返りかねない。フォアミル郊外の戦いと状況は変わらないだろう。それ以前に未だに第三総騎軍に動きが無い。ここまでくると『アンナローツェの裏切り』は不発したともいえるんだ。
 釘は刺す。今言質にしてやる気はない。


 「イウス街道は兎も角、バ・ロン要塞はやらん。頂上決戦の範囲をいたずらに広げる気はない。」

 この時点ではこういうべきなのよ。シャンティが姉貴に負ければ譲歩せざるを得ないから強気に出るのも交渉の内。ただその真意は隠しておく。代わりに戦略的判断で誤導する。


 「ほぉ、理由は?」


  莫迦王でなくハイシェラ閣下が聞いてきた。驚きつつも表向きの答えを返す。


 「バ・ロン要塞は荒涼地帯の西アンナローツェと穀倉地帯の東アンナローツェを結ぶ結節点だ。メルキアとしては莫迦王と先輩の頂上決戦で後の支配者のための穀倉地帯を滅茶苦茶にされたくないという点。それとユン=ガソルに長期戦をさせないためさ。」


 「蛇鱗の荒野からここ、アンナローツェ王国東部【旧王都・トトサーヌ】に届くのだがこれは良いのか?」


 地図をなぞり不思議そうにセリカが尋ねてくる。良いじゃん良いじゃん! 幾ら記憶や経験が神化で飛んでも戦闘バカではなくその上を見ることもできる。ゲームで何故にあんな単細胞だったのか悩むくらいだ。


 「セリカ君、領土争いならその手もあるがユン=ガソル国王とメルキア東領元帥が望むのはあくまでどっちが上か? という馬鹿々々しくも重大な問題なんだ。政治的に旧アンナローツェ国民を敵に回すのは下策だし、一軍団を国家間戦争で完全な遊軍にしてしまうのはそれを越えた愚策だ。」


 止めとばかりソファーの漢に声をかける。


 「ギュランドロス・ヴァスガン、オレがお前の戦争を短期決戦と位置付けるのには理由がある。二年(120)……いやすでに残された時間は1年4か月(77ターン)にまで減っている。これが過ぎたとき……」


 断言する。これがゲーム投了時限ならぬ『覆せない破滅的結末(バッドエンド)』の一端、先ずこれを阻止する。


 「世界は滅ぶ。」

 「メルキアでなく、アヴァタール地方や中原全体でもなく、世界が滅ぶカァ……大きく出たな?」


 彼の茶々は聞き流す。勿体ぶらずに言えという事だからね。


 「オレが馬鹿言っていると思ってくれていい。だが手をこまねいていれば。ジルタニアが復活するどころの騒ぎではなくなる。」

 「闇の月女神・アルタヌーが顕現する。世界全ての敵として……」


 ハイシェラが相槌を打つ。オレが思い至った最悪の状況。前の一人と一柱がオレ達とかつての帝妃シルフィエッタが遭遇した『覆せない破滅的結末』。その再現を推論し始める。


 「そうなれば笑いが止まらんのが現神共じゃの。現神の悩み種『メルキア』と神々の鬼子『アルタヌー』を同時に処分する理由が出来る……勿論笑っていられる内が花の愚策じゃな。」

 「闇の巫女の出現だけだろ? おい……まさか顕現したアルタヌーが最初にやるのは!」


 莫迦王も気が付いた。神殺しの物語(いくさめがみ)、その真実の一端を理解すれば神がどれ程の無体を人に強いるか理解できる。神罰という身勝手を。ハイシェラが溜息を吐きながら結論を映像から放り出す。


 「リガナールでそこなバカ(セリカ)がやらかしたことを数千倍に拡大するだけじゃ。ディル=リフィーナに闇の月を墜とす(ゆうせいおとし)。」


 あぁその通りだ。現神の揺り篭を木っ端微塵に破壊する。全てを憎む破滅主義者らしい世界を標的にした自爆テロ攻撃(ムーンストライク)糞面白くもない。
 ハイシェラソードが浮き幾重もの魔法陣が展開される魔神級の結界魔術だ。もはや神格者級ですら干渉は不可能、彼女の格からすれば神が介入することすら躊躇うだろう。それでいてオレ達が神話の事象をあれこれ討議しているだけに誤解させる。


 「だからこそ先ず、アルタヌーの精神を破壊する。馬鹿正直にルクの真なる墓に精神を封じ込めたものを配置していると見た。たとえそうでなくとも中継点として何かを配置している。奴の行動を掣肘しよう。そしてエリザスレインはそれを知っていて隠していた。それを問いただす。」


 「次はそなたの妹御の捜索じゃな。悪いが生死は問わずになるぞ。一歩間違えば此の世が終わるのじゃからの。」


 閣下の言葉に頷くと、次は莫迦王が繋げる。


 「ルイーネもエルもパティも悲鳴上げるが頂上決戦も前倒しだ。【ヴァイスハイトの比翼】? 帝国内乱の前にカタを着けるぞ! そっちじゃどう【知っていた】。」

 「魔導戦艦と歪竜の同時配備のタイミングでだ。些か南領が苦しいな。だが伯父貴の事だ、オレに見えていないだけでとっくに実戦配備なんてやっても可笑しくない。殊に現在ドレッドノートは修理中だ。修理に2か月はかかる。」

 「……もう少し早いんじゃねェか? まァいい、最後の『復讐戦争』終わったら手前が作った魔導戦艦一隻寄越しな。勝つにしろ負けるにしろ今の騒乱を外側から片付ける役者がいる。其処の色男を別としてもだ。」


 やれやれ勘の良いことで。すでに修理は本格化。後二週間で再就役が可能だ。航行可能になった時点で欺瞞に欺瞞を重ねてラ・ギヌスに運び建艦工廠で修復中。おかげで『すぐやる計画』が再設計・大改装で大わらわだ。――流石エイダ様、見事な基礎設計だよ――しかし良い考えだ。莫迦王はエンディングで国放り出して魔導戦艦でどっか行っちまう。こっちのコントロール下に置いておかないと何をするか解らん。役割と役者を述べる。


 「直接相対するのはセリカ、アルタヌーに同調する阿呆にはギュランドロスが対処する。そしてオレは先輩達と共に内乱を一気に終わらせジルタニアを討つ。いいやこの状況だと帝都結晶化は解かれないと思うが油断はできん。それでいいか?」


 カロリーネごめんな。小母さん、リインナちゃん本当にごめん! でも幾年かかっても助け出すから!! いきなり莫迦王から茶々入れられる。


 「おぃおぃ、オレサマが負ける前提かァ?」

 「国政壟断の筆頭とはいえメルキアの臣なんでね。ギュランドロス、お前が勝ったらオレは先輩引きずりおろして政治指導者に留め、メルキア連合(ユン=メルキア)を国名にしてやる。お前自ら国を立て直すなんて柄じゃないだろ?」

 「いってくれるネェ!」


 オレの渋い顔にゴキゲンで莫迦王が返す。たぶんここが先輩と根本から違うんだろう? 双方乱世でこそ輝くが先輩はあくまで平時から戦時を行き来できる政治家、こいつは本来平時に生きられない侠だ。それが生きて居られたのは簡単、ユン=ガソルが建国以来非常時体制でありメルキアと言う『存在を賭けて争う敵』がいたからだ。


 「じゃ準備しとくわ。悪いがセーナルの偽手形何枚か用意してくれ。オレサマが罪を被ればいい話だしな。」

 「東領で魔法具は用意できるのか? ……では南領で呪符と媒体を買い込んでおく。ハイシェラ、力を使うことになるが良いか??」

 「セリカよ、儂はお主の剣ぞ? それに久々の大暴れじゃ! 【宰相と公爵の懐刀】いいや、【ヴァイスハイトの比翼】、隷姫に伝えておけ! 『今度は支挫じるなよ?』」


 その棘のある言葉に愛情すら感じた。たぶんシルフィエッタはラエドア城が消滅した時、続いて神罰を浴びせられようとするイグナートを庇ったのだろう。ただ己の夫というそれだけで、虐げられていた……虐げられていたからこそ彼女はイグナートの孤独と絶望、そこから湧き出す力の渇望を知っていたのかもしれない。
 憎悪の連鎖、それはレスペレントが始まりでもなくリガナール……いやヒトすべてが遥かな過去から悠久たる未来まで永遠に背負い続ける原罪でもあるのだから。
 三人一柱が立ち上がる。何という因果、このゲームで主人公でもない者たちが主人公を守るため世界の敵に挑む、伝説の影が今始まろうとしている。目指すはオレの始まりの場所、ザイルード公邸、林の外れルクの眠るべき(・・)場所。


 「(面白いな)」


 不謹慎とは言え心の中で笑った。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





     
(BGM  舞い降りた調停者の使命 珊海王の円環より)

 セリカの腰に大仰に吊るした長剣の鞘、それに差し込んだ彼の魔神の変化体からくぐもった声が流れてくる。ゴメン、ハイシェラ閣下。改良は続けるからもう少し待ってください。閣下の声音、結構好きだからオレ完璧なモノ用意したかったのよ。――これが限界だった。そんなことも気にせず閣下が話しかけてきた。


 「主にしては数を絞ったの?」

 「バックアップはつけてます。ですがこれで勝てない相手となるともはやラウルヴァーシュではどうしようもないのでは?」

 「違いネェ!」

 「しかし良いのか? シュヴァルツバルド千騎長、自分の家族を拘束するとは。」


 オレの隣に莫迦王と神殺し。相槌を打ち疑問を呈する彼らに今回の保険を説明する。
 少し情報を歪曲しただけだ。母上にはルクがアルタヌーであることを隠していた疑い、父には猫姫のルクを不法に購入した件を拡大解釈して拘禁した。オレによる密告という体裁で彼等を守る護衛を集めた訳。毎度御迷惑をおかけしますギュノア百騎長とデレク神官長、ついでに新顔の若輩ながらアークパリスのローズマリー・スイフェ高位神官――ぶっ魂消たわ。神殺し最初期の物語のサブヒロイン、メリエル・スイフェの子孫。思わずセリカに嫌味を言ってしまった。


 「万が一です。オレへの人質に取るとすればアルタヌーは真っ先に父上と母上を狙うでしょう。だからこそ南領憲兵隊と西領正門隊を回してもらいました。」




 ルクの墓に行くのは更に後ろを付いてくるシルフィエッタとエリザスレインの二人、合計五名と一柱だけだ。エリザスレインには三人掛かりで詰問して白状させた。『ゲロるかヤリチンにゲロらされるかどっちかえらべー!』――オレ等一応正義の味方だよな?
 そのノリで怯んだのか呆れたのか、エリザスレインが事の次第を白状したのが半日前。要するにエリザスレインはアルタヌーに対する知識はあったものの他言無用で関われなかったらしい。本来、ミサンシェルというセテトリ地方からアヴァタール地方へ介入するなど自らの役目すら超えた越権行為だからだ。それが変わった原因が、

 
オレだ。


 初めの介入事件で彼女もその異常さに気付いたらしい。周囲を調べ、アルタヌーとの関連性を疑うと神殿勢力に協力を要請、あえてオレが何者なのか探る為、監視者という形で祖霊の塔探索に参加してきた。つまり彼女の独断行動ですらなかった。そうなればそのころから神殿勢力がオレ個人の動きに関して妙に積極的かつ友好的に振舞い始めたのも納得できる。オレを軸にメルキアをコントロールできないか? という算段を神殿――いや神々が策謀を巡らしていると彼女は締めくくった。少し蒸し返して確認を取る。今回の事が片付いた後、オレが真打の計画を神殿勢力に話し協力を要請すべきか悩んでいるんだ。


 「エリザスレイン、現神は結局オレの思惑に乗るつもりなのか? メルキアの論理を世界全体へと波及させるオレを全面肯定したら己達が危うくなるなど自明なんだが??」

 「それが世界の行く末なら……と言いたいところですが私個人としては貴方はヒトの過ちを繰り返しかねませんからね。貴方はかつてのヒトそのものなんですから。だから監視役と言う所です。御蔭で同僚を顎で使えるのはちょっとした満足といった所でしょうか?」


 クスリと笑って諧謔も終える。成程ね、オレの死後ならどうとでも改変できる。その手妻を確保するための監視者か。大枠をオレが崩さないのであればメルキアの多少の延命すら認めるだろう。それよりも……アークパリスからフォルザスレインと配下の天使軍団丸ごと借りて監視してるのかよ。こりゃアルタヌーの精神の方がアクション起こしてくれるか解らんな。


 「では、生きているんだな? ルクは。」

 「確かにルクレツィア・ザイルードは生きています。それがあなたの望む姿なのかは解りませんが。」

 「ついたぜ。」     莫迦王の言葉で全員が緊張を上げる。


 太陽の位置を把握したうえでここに来た。中天に黄の太陽【アークリオン】がありそれに従うよう青の太陽【バルシ・ネイ】が座する。東の空からは赤の太陽【アークパリス】――この位置こそ昼において最も光が強く闇が弱い――が昇り始める。黒の太陽【ヴァスタール】は黄の太陽の裏にあり見ることはできない。
 赤の太陽に紛れるようにして空中に翼持つ人影多数……フォルザスレインと率いるアークパリス直下の天使軍団か。ここでアルタヌーを滅するつもりで3つの太陽神が結託したともいえるんだ。この状況で抗える存在など……


 「(……それでも多いけどな。そして闇の月女神はその中に確実に入ってる。)」


 内心他所に今回の導き手と切り札が放言した。


 「魔神クラスなら場に引き込まれない限り勝敗は動かんの。今最もセリカが代償なく力を開放できる三神の加護、そして……」

 「イアス=ステリナ最強の権能【正義】を振るえる状況になった。そして先鋒として壁を穿つ、天賦の才(オレサマ)がな!」


 そうだ。アルタヌーの欺瞞された聖域たるこの結界空間は生半可な方法では破れない。オレを前に欺瞞していたのは結界の薄皮一枚に過ぎないんだ。信じられない話だがルクはアルタヌーに汚染されたとしても単独でこれを作り上げたともいえる。ここに坐する中枢は半端な代物ではない。しかしここで神殺しに自滅同然の神力開放を押し付ける気はない。彼には彼の求めるべき未来があるのだからそれを歪めてはならない。だからこそ


 三太陽神の助力を得られるようデレク神官長とエリザスレインに頼み込み

 その加護をもって神殺しセリカの神力を最小出力、最高効率で引き出せる状況を整え

 莫迦王の天賦の才を最大限引き出す一振限りの聖剣を与えた。


 林を抜け小高い起伏、そこにある小さな墓石が見えてくるとふと気が付いた。エリザスレインに尋ねる。


 「手向けた【珊海王の円環】。その目的はアルタヌーが真の意味で甦った時、ガウテリオの力をもって思惑を歪める為でしたか。」

 「はい、限定された万能器にアルタヌーが安易に頼れば己の破滅として帰ってくる。その為の円環であり罠だったのですから。そう貴男の伯父上(オルファン)が望んだ帝都インヴィティアの再現という形で。」


 おっそろしいこと考えていたんだなエリザスレイン。人類の過ちと彼女が称したその残滓【魔導技巧】。それをインヴィティア20万の民諸共爆殺する。さらに願いを叶えるというガウテリオの誘いに乗ってしまえばより状況は悪くなる。珊海王・ガウテリオは叶えられない願いを歪めて叶えるからだ。自爆テロ攻撃など自分の脳天に遊星墜とし(おのれのみのはめつ)と言う願いに書き換えられかねない。結果メルキア帝国消滅、メルキアとアルタヌーの手前勝手な火遊びが自業自得を引き起こした。という事実を世界中に宣伝できる。エリザスレインが最も望む展開だ。――――そうはさせんがね。


 「時間だ、シュヴァルツ、始めよう。」


 僅かずつセリカの瞳が桃金色の輝きを帯び、同色の聖光と小さな稲妻が纏わりつく。莫迦王は聖剣というには、いや剣と呼ぶにも躊躇われる異形の塊を背中から引き抜く。シルフィエッタが防御結界を展開し、エリザスレインがその歌をもって外界からの干渉を断ち切ろうとする……額冠に魔力反応! 転移パターン!?


 「全員背後警戒!!」


 その怒声でオレのみ挙動が遅れる。オレの脇腹直下から伸びてくるパール鋼の鈍い輝き!


 それが一瞬にして粉々になる。セリカの放った神力上乗せの【飛燕剣・滅鋼斬】(ストラトブレード)によって。このやり口は否応でも解る。だからこそ奴は相手を見て行うと思ったがとんだ阿呆だ。最大級の侮蔑と嘲笑をもって返す。飛び退いたオレの居た場所に蟠る闇の影法師へ!


 「お前の器、今の行動で軒並み下方修正、それもどん底までだ! それでよくジルタニアの側近が務まったな?」


 半ば融合した先史文明期魔導鎧【ステリナ】の下は人とは思えぬほど歪んだ外皮がそれを確信させる。瞳に虹彩無く、ただ青白い光が灯るのみ。僅かな鼻髭と髪らしき鋼線が人間であったという残滓を残す。


 
「前東領元帥 ノイアス・エンシュミオス。いいや!」


 
「魔導兵器・ノイアス!!!」





◆◇◆◇◆






(BGM  姫神乱舞-未来への楔- 幻燐の妃将軍2より)

 チッ、なんてことだ。いや、状況はこちらにとってヌルゲーのラインまで難易度が下がった。あの制作会社の出したゲームではこのゲームのレベル設定は本来の流れからして異質だ。なにしろ主筋にあたる神殺しセリカの物語(いくさめがみ)ではヒトなんぞエキストラに過ぎない。神に値する者達の相克の物語、そんな世界観に只人など足手纏いでしかない。
 シャマーラ・クルップ、神殺しの心を癒したあの少女が何故彼から去ったのか? リタ・セミフ、彼女が精神だけとはいえ只人の範疇に収まりながら何故長らく神殺しと共に旅を続け、そして冥界の守護者として独り立ちしていったのか? 彼女達はヒトを超えられず、また望まずともヒトを超えてしまったが故に運命を受け入れた。その境界線をメルキア中興戦争は持たない。
 故にメルキアを主軸とする魔導巧殻(このものがたり)は人の物語なんだ。そこにオレは神殺し(セリカ)、ミサンシェルの高位天使(エリザスレイン)リガナールの隷姫(シルフィエッタ)をぶちこんだ。
 このゲームのシステム上では最高レベルは50、ノイアスが其処に達していても神殺し一人だけのレベルを換算すれば最低180、完全状態なら250だ。神殺しと言う存在をもしゲームに挿入したらラスボス戦でジルタニア軍団を単独粉砕し、ここでならオレ達全員守ってノイアスを瞬殺できるんだよ。楽勝でな!


 「ザイルードノ小倅ェ! ヨクモヨクモ全テヲ、ヘイカノスベテヲ滅茶苦茶ニシタナァ!!」

 「おネェ言葉が崩れているぞノイアス? だが同感だな、オレの望みとコレは既に違っている。オレが望んだのは神の介入しないメルキア中興戦争……」


 意を決して挑発する。眼前のノイアスではなく、封印の中にいる妹であったモノに。


 「だが史実と違い、その根本たる闇の月女神自らが介入してくるのであれば問答無用だ。メルキアはヒトの大地、神の土地になどさせん! それがかつてオレの妹であったモノだろうとも!!」


 エイダ様の言葉がストンとセリフに落ちた。神世の狭間(ラウルヴァーシュ)に辛うじて残っているヒトの大地(メルキア)、それを崩したのはどちらか、いや研究目的でアルの持つ本質を引き出した所業(ノイアス・エンシュミオス)が度し難い愚行だったか思い知らせてやる!


 「エリザスレイン、【陣形構築歌唱】! 展開・防御陣形!!」

 「シルフィエッタ、【環魔の結界】六大精霊同時遮断! 秘印式魔力強奪開始!!(メルユンリーフベーゼルンケール)


 爆発的な勢いでエリザスレインの謡が拡散し、オレを含めた5人に多重()障壁が展開される。シルフィエッタの魔術が周囲から大量の魔力を奪い去り、ノイアスのアクションを限定する。
 ――このゲームではない神殺しの物語で多用される多種陣形使用による作戦戦術(フォーメーションコンバット)、いろいろ軍内で試したが無意味だった原因がコレ。超常級の登場キャラクターの力そのものを媒体にしないと少人数での陣形戦闘なんぞ不可能だったんだ。ある意味これはイア=ステリナの陣形戦闘をこの世界の超常達がリスペクトしたのかもしれないな。


 「殺ス! コロス!! スベテ闇ニシズメェ!!!」


 ノイアスの絶叫――コイツここまで狂う必要があるんだろうか? 少しばかり懸念があったが予想通り。
 空気が歪み孔ができる。そこからボトリボトリと滴り落ちるように顕界し地面を汚染しながらその形を創り出す病原体、その数一個軍団分もの、

 
【哭璃の汚染生物】



 「出番じゃぞ、セリカ!」


 ハイシェラの声と共に彼がぶれていく……片方はセリカのまま、片方はセリカの女性体。いやあの姿と衣装はケレースの覇者、

 
神殺しハイシェラ



 「シュヴァルツの話では、『これを凌いだら天位をやろう』……だったか?」

 「此奴の無駄知識を宣うな!!」


 ハイ御免なさい、調子に乗って喋り過ぎました。だって其の物だし! そこへ殺到する混沌の津波。それを余裕で眺める。だって次元反転分離(ミラー)から二人同時の、


 
「「紅燐舞華斬!!!」」



 うぉい! 飛燕剣・必殺どころか周回前提の飛燕剣・奥義カテゴリーからかよ!! 襲い掛かってきた混沌生物が止まる。一個軍団2000を超えるであろう混沌生物が一時にその歩みを止める。そして消えた……跡形もなく。残るのは混沌化させたであろう植物や小動物の残骸だけ。


 「バ……バカナ、バカナバカナバナカナアァァァッ!!!」  


 ノイアス、それはオレの台詞だ。哭璃というこの世にあるべきものでないとはいえ生命としての根源を剣技一つで消し飛ばしやがった。スキル【致死攻撃】どころか再生、蘇生すら許さぬ【滅命攻撃】。それも2000を超える数を一瞬で跡形もなく。嗤う……彼等の物語(いくさめがみ)にとってはオレは、オレ達人間はエキストラでしかない。その事実を見せつけられた。だからこそ奴の精神を圧し折る。神が世界を守るではメルキアの意味はない。


 「ノイアス、お前は人を捨て超常となったが、それはあくまでカテゴリーに入っただけに過ぎない、これが現実であり真実であり事実だ。お前はモドキでしかないんだよ。」


 一気に畳みかける。精神支配、此処に居る全員が無効だろうが万が一を潰す。完膚なきまでに奴に敗北を植え付ける。オレ達にとってお前等、元々眼中に無いと認識させてやる。


 「ギュランドロス、やれ!」

 「おうよ!」


 彼に与えた聖剣は実は聖剣とは呼べる代物じゃない。錬成素材は知っていた、最難関の聖石はセリカから大枚叩いて買い取った。錬成はハリティが行った。だからゲームと違い、莫迦王が仲間になっていない今、此処にある

 
真聖剣・ザオラー


 その機能はただ一つ、使用者の魂の輝きの強さ――悪く言えば単純バカ度合――に応じて威力が増す武器や兵器と言うより神器に近い。これでも無理そうだったから三太陽神の祝福とセリカの神力を上乗せ、


 「それだな? そいつが結界か!! じゃまだ! 退けえぇっぇえぇぇ!!!」


 そして天賦の才が本来見えない結界、その本質を抉る。アルタヌーの精神が出入りしているであろう結界の綻びを莫迦王 ギュランドロス・ヴァスガンが穿つ!
 大上段からの振りかぶりそして振り下ろした大気に歪みが生じ虚空が発生した。細いガラス棒が折れたような音が響く。そこから怨念が溢れ出す。それも実体を伴って。莫迦王と交代、莫大な数の暗黒衝撃をオレの特性と砲楯がかき消し防ぎ止める。そして光が降り注ぐ。闇を滅する赤の太陽神が投げつける無限の槍が如く。

 【光弾】、【連続光弾】、【プラナスの原罪】、【光柱】、【純聖光】、【聖剣】!? エクスピアシオンかよ! 邂逅の物語(VERITA)ではシルフィア・ルーハンスの最強必殺技じゃないか!

 天使軍団が単体攻撃魔法に絞って土砂降りのような神聖属性攻撃を浴びせる。あの遠距離から直接シルフィエッタの魔力強奪に関係ない弾頭型魔法を撃ち込んでくる。凶悪な戦闘能力を持つモンスター【アルタヌーの怨念】だが相手が悪すぎる。相性最悪、数こそ多いようだがそれ以上の物量たる天使千単位の絨毯魔砲撃に抗する術はない。


 「全くこっちまで殺す気かよ。容赦無ェな。」

 「同感、エリザスレインなんて指示出した?」

 「特には? 前衛には魔法が効かないので遠慮なくどうぞと言っただけですよ。」

 「「非道ェ!」」


 エリザスレインのすっ恍けに莫迦王とオレのツッコミがハモる。ノイアスが膝をつく。当然だ、人の営みなぞ斟酌しない。人の原理とて意に介さない。人の意思など一顧だにしない。それが超常と言うモノなのだ。忠誠やプライドと言った人の感情に未だ振り回されているコイツがモドキでしかない原因。人を超えるというのはそういう事なんだ。
 そしてオレがそんな存在より上に置くと定める存在、超常の存在意義すら捻じ曲げ時に従わせてしまう人の輝き……天賦、覚醒、英雄といったヒト特有の可能性だ。

 
だから神も悪魔も超常はセリカを恐れる。

 
人と超常、その二つを併せ持つ『聖なる父』を継げる存在を。



 「皆さん、結界が!]


 シルフィエッタの警告で全員の視線が集まる中、虚空が広がる。そこから現れるもうひとつの影法師、凄まじいほどの重圧。それが幾分軽くなるように感じ、それがエリザスレインの多重奏障壁であることに感謝する。意思だけでこの暴虐か! 耐えるので精一杯と見たかハイシェラ閣下がオレに代わって挑発する。


 「アルタヌー、精神支配など無駄ぞ。いや、最早主にはそれしか手がないとこ等解り切っておる。既に神力を使えぬ主はこの世に意思を持ってしか影響を及ぼせぬ。」


 精神支配という手段はエリザスレインが封じ込んでいる。性魔術をもって個人レベルで意思を奪おうにもそれを行う肉体をアルタヌーは持っていない。殴り合おうにも肉体を持たず、逆に精神を直接攻撃できる神殺しに天賦の才、戦争は始まる前に終わっている。終わっている筈なのだが……


 「魔剣・ハイシェラ……そう言われている魔神ね。世界を渡った魔神にして世界を繋げた神柱…………私が最も憎むべきパンドラ。」

 「「何故それを!!」」


 オレとハイシェラが叫ぶ。思わず気まずそうにセリカの腰の鞘から目を離すオレ。そう、オレはそれをハイシェラに話していない。ハイシェラも毛程もオレに感づかせなかった。虚空から届く声。オレが覚えているあの絶命の嘆きと得た僅かの歓びを発したあの声音。それが深淵から湧き出す怨嗟の様に響き渡る。


 「あら兄様、全部話してくれたのに何を仰って? みんな、みんな覚えていますわ。神殺しの物語、異界守の物語、ある工匠の物語、海賊王の物語、そしてメルキア中興戦争。楽しかった。世界はこんなに広い、空はこんなにも高い、そしてその物語達が私に力をくれた。」


 疑惑が燃え上がる。オレはいったい何をした!!


 「バカな! 一体何時の話だと思っている!! 子供の御伽話……」

 「兄様、少し間違っていましたわ。リセル従姉様はただ物覚えが良い覚醒者でしか無いと思います。では【完全記憶能力という呪い】は誰に渡るべきなのでしょう?」

 「やめろ!」  絶叫する。まさか、真逆まさかマサカ!!!

 「忘れられない記憶、それはヒトにとって【狂気】でしかありませんわ。それは古神の世界ネイ=ステリナにおいて【月女神の権能のひとつ】」


 絶叫するオレの隣で四苦八苦している一同。誰もが想定外の事態。そう此処にアルタヌーと妹は“居た”に過ぎなかった! これは既に意思でも神でもヒトでもないナニカ。


 「セリカ! 何とかならんのか!!」

 「無理だ、残留思念(おんねん)の塊等封印するしか手がないが……こいつは此処に居ない。」


 ハイシェラの叫びにセリカも痛恨の呟きを漏らす。


 「障壁と魔力剥奪を解除すれば可能性はありますがそれはアルタヌーの精神攻撃を許すことに。」

 「クソ! 重ェ!! 本当に1発きりなのかよ!!!」


 エリザスレインもシルフィエッタもギュランドロスさえ手の下しようがない。その影法師は哄笑も勝ち誇りもせず淡々と言の葉を紡ぐ。この状況は【知っている】と言わんばかりに。


 「ノイアスだったモノ、崩れなさい。」


 バケモノの声一つでノイアスの形が崩れる。流動性の闇と化しそれが影法師の前で球体に変わる。それが無色の力に押し潰され一言。


 「魔導兵器・ノイアス 招聘。」


 十数体のノイアスが招聘される。


 「馬……鹿…………な!」


 微笑むような声が追い打ちをかける。


 「兄様、魔導で招聘が出来ないと誰が決めたのでしょうか? 復讐の女神は自らの肉体を潰し御物を創り上げた。魔導で出来た人形を潰して魔導で招聘を行う。一時で十分なのですから。」

 彼方より光の濁流、しかしそれが!

 魔導重力子空間歪曲障壁 展開(ディストーションフィールド)


 十数体のノイアスが一斉に片手を突き出す。それによって尽く弾道を歪められ明後日の方角に着弾する光属性魔法の数々。くすりと笑みを漏らし、


 「これは反則、今だからできる反則ですわ。兄様に呪いとして与えられた神核、ザイルードに受け継がれてきたアルタヌーと言う精神。それあって初めて神力を使えるのですから。アルタヌーという亡骸(わたし)は。」


 不利だ、圧倒的に不利になった。ここで神殺しの力を開放すれば全てが解決してしまうが、それはメルキアが滅ぶことを意味する。どうする……背に腹は代えられないか? バケモノの声音が変わり毒吐く。


 「……封印者が、もう気が付いたか!」


 気が付くと地面に額冠が反応してる。魔力剥奪をかけているのにそれを上回る魔力が? シルフィエッタが倒れ込む。魔力剥奪を機能停止に追い込んだ莫大な魔力が収束すると共に。声が響き渡る。


 「楯となりなさい、ノイアス。」

 「光に消えろおぉっ!」


 その声と共にオレの視界は白く染まり色が戻った時には。全てが終わっていた。陽光の降り注ぐ中、その眩しさに目を細める。


 「大丈夫ですの?」

 「オルファンのお墨付きよ。躰だけは頑丈だから。」

 「真逆、これが真実だったとはな。どう手を下したものやら。」


 倒れ込んでいたオレを覗き込む三体の魔導巧殻とその後ろに見えるエルファティシア陛下……どういうことだ?



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