「おかえり、優唯」
「ただいま、仁詭」


陣に戻ってきた優唯に、傍らにあった水筒を投げてよこす。
片手でそれを受け取ると、優唯は一気に飲み干した。


「それで……?椿輝とは、話せた?」
「うん、いっぱい話してきた」


にこやかに答える優唯。
しかしながら、後ろにいる二人は少々表情がすぐれない。


「お言葉ながら優唯様、我々には睨みあっていただけのようにしか見えませんでしたが……?」
「会話と言っても二言三言、言葉をかわした程度で、とても会話と呼べるようなものでは……」


玲那と奏絵にそう言われたにもかかわらず、優唯は至って笑顔。
その様子を見ている仁詭の表情も、どこか穏やかに見える。


「ありがと、仁詭」
「ん、満足そうで何より」


そんな二人を差し置いて、優唯と仁詭は和やかに会話を続ける。
一度顔を見合わせた玲那たちは、仁詭に声をかけ、人の裏へと向かった。
仁詭もすぐに席をはずし、二人の後に続いた。


「萩原、どういうことか説明してもらえるな?」
「単刀直入だな、まったく……」


誰もいないことを確認するや否や、即座に口を開いたのは奏絵。
玲那も同じことを言いたかったらしく、少々厳しい目つきで仁詭の言葉を待っていた。


「優唯に先陣を切らせたのは、先に言った通り、相手の動揺を誘うのが第一の目的。そしてその裏にあったもう一つの目的って言うのは、椿輝ともう一度話し合わせること」
「何故そのようなことを!今更話合ったところで、何が変わるわけでもない!」


思わず、玲那の口調が強くなった。
それを邪険にも思わず、仁詭は言葉を続ける。


「確かに、ね……でも俺はやっぱり、姉妹同士で殺し合いなんてしてほしく無い。椿輝、言ってなかった?“俺は軍師に不向き”とか……?」
「「…………………………」」


自嘲気味に笑う仁詭。
どこか悲しげなその笑みが、二人を押し黙らせていた。


「一番良いのは、二人が話し合って、これ以上血が流れることなく戦が終わること。でもまぁ、どっちも一度決めたら譲りそうにないから、これは本当に俺の願望でしかない」
「……そうならなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「後は、優唯の決心を固めるって言うのが、次いで強かったかな?」
「優唯様の、決心?」


首を傾げる玲那。
奏絵の方を向くが、同じようにその真意が分からないらしく、首を横に振っていた。


「総大将と言っても、一人の人間。況してや、敵は自分と血を分けた妹。少しでも迷いがあったら、それはそのまま軍の士気にも繋がるんだろ?」
「それは、そうだが……」
「だから、みんなが見ている前で、敵──椿輝と真正面から向かい合ってもらいたかった。もう、ただの姉妹喧嘩じゃない。人の命を背負った、“戦”だっていうことを、再確認してほしかった」


どこか、自分自身に言っているようだった。
軍師である以上、策を実行する人間の命を背負っている。
それを自分自身に言い聞かせているように、奏絵たちには聞こえていた。


「……他に、聞きたいこととかは?」
「いや……オレは充分だ」
「私も同じく」


だが、暫く三人とも動こうとしなかった。
数分経って、仁詭が小さく頷くまで、その場に三人は立ちつくしていた。





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「じゃあ仁詭、これからの策を教えて」


戻ってきた途端、優唯はそう言った。
呆れつつも、仁詭は軽く頷く。


「次の策は、全員別々のことをしてもらう……とは言っても、隊を率いて特定の位置に待機しててもらうだけだけど」
「待機?」


口を開いたのは優唯。
先程人を斬ったからか、どこか高揚しているように見える。


「こっちから動いて、どうやって勝つって言うんだ、優唯?」
「私や奏絵さんたちで、椿輝の首をここに持ってくれば……?」
「……さらりと怖いこと言うな、お前」


苦笑で流すが、背筋に冷たいものを感じた。


「まぁ、総大将を討ち取るっていうのは、一つの手段と言えば手段だ。ただ、この現状でできると思ってるなら、少し黙ってろ」
「あぅ……」
「さて、と……玲那は陣の手前付近で、奏絵は隊を二つに分けて陣の両脇に」
「分かった」
「承知した」


指示を受け、二人はそそくさとその場を後にする。
残された優唯は、自分の役目を今か今かと待っていた。


「…………………………」
「…………………………」


指示がない。
仁詭は地図上に視線を移し、何か文字を認めている。


「ね、ねぇ、仁詭?」
「ん?何だ、優唯?」
「私は、どう動けばいいの?」
「そうだな……とりあえず、ここに正座」


言われたとおりに、すぐに正座する。
そして、まるで子犬のように、次の指示を待った。


「…………………………」
「…………………………」


一向に指示がない。
既に仁詭の頭から、優唯の存在は消えており、認める文字にのみ注意が注がれていた。


「(……………くぅ〜ん)」


本当の子犬のように鼻を鳴らすも、仁詭はまるで気付かない。
うずうずして落ち着かない優唯は、今すぐにでも陣を出たい気分ではあった。
だが、どうにもそれが出来そうにない。


「(ここで勝手に出ていったら、後で仁詭に何言われるか分からない……でも、私も戦いたいの!仁詭、察してよ……)」





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所変わって、椿輝側の陣。


「椿輝様、いかがいたします?」
「何が?」
「何が、と申されましても……相手側は既に、陣形を展開し始めています。こちらもそろそろ──」
「……碧理」


言葉を遮り、椿輝が口を開く。


「陣形は必要ない。こちらの兵を三つに分けて、三方向から同時に攻撃させる」
「なっ……!」


予想だにしなかった言葉。
思わず、驚愕の声を上げた。


「つ、椿輝様!お言葉ではありますが、正気ですか!」
「正気よ?分かってる、相手が迎撃態勢に入ってるのに、突撃するなんて愚の骨頂……でも、それはあくまで“普通なら”でしょ?」


小さく微笑む。
その笑みに、思わず碧は背中に冷たいものを感じた。


「碧理、私の性格ってどう思う?」
「……その、慎重な方だとは、思っていますが」
「そう。優唯があんな性格だから、私の性格は極端に慎重だと、大抵の人間は思ってる。だから、その裏を付いて、ちょっとくらい強引な策を使ったとしても、然程問題はないの」


納得できなくはない。
だからと言って、二つ返事で了解できるわけでもなかった。


「そうは申されますが……」
「分かってる、仁詭のことでしょ?」


心配そうな碧理の顔をしっかりと見ながら、椿輝は答えた。


「でも、策を実際に行う他の人間は違う。仁詭が正しいと分かっていても、疑いは嫌でも生まれる。それが、隊の一番上に立つ人間なら、それは隊全体の乱れにつながる」
「……そらは、確かに」
「だから、碧理に指揮を任せる。全軍を率いて、突撃して」
「……御意!」


急ぎ足で、碧理は立ち去った。
その姿が見えなくなると、椿輝は一人の武将を呼んだ。


「……林秀貞、参上仕りました」
「そんなに声を落とさないで。顔も上げて」


膝を付く赤い髪の武将は、その言葉に従うことができない。
妹を失っただけでなく、無様な姿を晒したのだ。
今この場にいるだけで、顔から火が出そうなほどであった。


「秀貞……あなたの部隊から、斥候に向いている人間を十人ほど、ここに連れてきて」
「え……?」
「質問は受け付けない。失態を取り返したいなら、言う通りにしなさい」


選択肢はない。
ただ自然と、首は縦に動いていた。


「用件はそれだけ。すぐ動いて」
「ぎ、御意……」


促され、秀貞はすぐにその場を後にする。
残された椿輝は、見えないながらも相手陣営の方へと目を向ける。


「(……仁詭、あなたには感謝するわ。同時に、尊敬もするわ。味方だけでなく、相手側の心情も読み取った上で、采配を取れるなんて、初陣の人間とは思えない……)」


椿輝は、素直に仁詭の優秀さを認めた。
恐らくは、こちら側には仁詭を超える頭の持ち主などいない。
その上で、どこまで数の優位を生かしきることができるか……


「信勝様」
「分かったわ」


秀貞の声で、椿輝は踵を返す。
手には装飾の施された刀を握り、その目は迷い一つない程真っ直ぐだった。





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「……三つ、か」


斥候からの報告。
相手側は、軍を三つに分けて、三方向から突撃を敢行する。
だが、その報告の中に、仁詭の期待するものが一つ欠けていた。


「……まずいな」
「どうしたの、仁詭?」


表情のすぐれない仁詭に、優唯が話しかける。


「ん……いや、大したことじゃないけど、な」
「何よ……そんな風に言われると、余計に気になるでしょ!」
「それもそうか」


小さく溜息を吐く。
体を優唯の方へと向け、少し間をおいてから口を開いた。


「優唯、“意趣返し”って知ってるだろ?」
「えっと……相手の使った戦法をそのまま相手に使い返す、って意味だったっけ?」
「実際の意味は少し違うけど、こういった戦場とかで使う場合は、それでも間違いじゃない」
「その“意趣返し”がどうかしたの?」


尋ねられ、仁詭は小さく頷く。


「予想はしてた。椿輝は慎重な人間だから、敢えて大胆な策をとることくらいは……でも、その大胆な策の中には、さっきの優唯みたいに、総大将である椿輝自身が先陣を切ると思ってた」
「……違ったの?」
「斥候の話だと、本陣にもどこの隊にも、椿輝の姿はなかったらしい」


一抹の不安が、優唯の頭を過る。
その不安を察したかのように、仁詭がニヤリと口元を吊りあげた


「……まぁ、俺の考えがこの辺りまで裏切られた時のために、優唯にはここにいてもらったんだけどな」
「へっ?」
「あと、柚葵にも別の動きをしてもらってる」


対策は立てられるだけ立てた。
後は、その対策すら裏切られないことを祈るだけ。
戦の終焉は、もう眼前に迫っている。




















後書き(と言う名の作者の言い訳コーナー)


更新、恐ろしいほど遅れて申し訳ないです。
学業とか諸々の事情が重なって、なかなか筆が進まず……
ちゃんと、定期的に更新するつもりはあります。
ただ、時間に嫌われているのか、本当に書く時間が……


えっと、これ以上書いても嘘臭いので、言い訳はこの辺で。
漸くですが、この戦も次話で終結です。
どのようになるかは、次話をお楽しみに。


しっかし……真名を考えるのが本当に難しいです、はい。
今のところ、登場している人していない人含め、15人しか決まっていないという現状(ォィ
予定では30人前後登場していただく予定なので、こちらの方も考えていかないと……


では、また次話で。
次回の更新は……目標は十日以内!



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